世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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親方!空から男の子が!

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 パーラの封印処置が済み、室内に入ることを許可された俺が最初に目にしたのは、昼間に見るのは随分久しぶりとなった、普人種の状態のパーラの姿だった。
 同時に、半泣きで尻をさすっているのも見てしまったが、そこは見逃してやることにした。

「一先ずこれで処置は終わったわ。多分、これ以上姿が変わることはないはずよ。念のため、これからしばらくは私のところに通いなさい。毎日ね」

 腰を落ち着け、医者からの説明を受けるようにアミズの声に耳を傾ける。
 それによると、封印処置は一先ず成功し、パーラの中にあった狼の因子というのは普通ならもう表に出てくることはないそうだ。

 ただ、この手の封印を人に施すのはアミズも初めてのことなので、完全にいいと思えるまでは経過を見たいとのこと。

「えぇー…毎日?絶対に?」

 座薬がトラウマにでもなったのか、アミズのところに通うのが実に嫌そうだ。
 時折、アミズの右手が動くたびにビクリと身じろぎすることからも、よっぽど怖い目にあったと見える。

「そんな顔しないの。いい?今のあなたは肉体的には確かに安定しているわ。それでも、何か急な変化がないとは限らないわけ。そうなったら対処できるのは私だけなんだから、小まめに様子は見ないと」

「うー…分かった…」

「よろしい」

 傍から見ると通院を嫌がる子供と医者の図のようだが、肝心の医者にマッドの気があるのでそれも仕方がない。

「あと、パーラは今日泊っていきなさい」

「え?なんで?私、もう大丈夫なんだよね?」

「廃骨を回収するからよ。言っとくけどそれ、使い捨てじゃないわよ。ちゃんと便として排出されるやつだからね」

 座薬と言えば体内に吸収されて終わりだが、このファイマンの廃骨というのはそうではなく、用が済んだら体外に出して回収する仕様のようだ。
 まぁ複製可能とはいえ、貴重な品っぽいし、そういうことはあり得るか。

 しかしそうなると、再利用するということになるだろうが、正直、他人のケツに入っていたやつを使われるのは、少なくとも俺は嫌なんだが。
 まさか、この世界の常識的にはありなのか?

「えー!?それってつまり、私の…アレを、その、アレするってこと?」

「そうよ。パーラのう〇こから取り出すの」

「言い方ぁ!」

 流石に自分のうん〇が話にでるのは恥ずかしいのか、もじもじするパーラだったが、他人事のアミズはオブラートなど知ったことかとハッキリ言ってしまう。
 研究者にしてみたら、モルモットも人も等しくケツからブツをひりだす存在なので、言葉を選ぶほどでもないというだけなのだろう。

「そういうわけだから、アンディ、あなたは明日迎えに来なさい。そうね…昼前でいいわ」

「分かりました。じゃあパーラ、そういうことだから、いい子にしてろよ」

「子ども扱いしないで…。うぅ、アンディ、せめて醤油置いてって」

 落ち込みながら醤油の催促かよ。
 アミズの性格と生活環境を見るに、食事の質はあまり期待できなさそうだし、それぐらいはかまわないだろう。
 むしろ、どうせ泊まりで世話になる礼に、今夜と明日の朝の食事はこっちで用意した方がいいか。

「心配すんな。俺が夕食と朝食を作ってやるからよ」

「それは勿論、私の分も込みなのよね?学園の食堂も悪くはないんだけど、行くのが面倒なのよ」

 パーラに向けたセリフを拾ったのはなぜかアミズで、その口ぶりから察するに、やはり懸念していた食事の問題はありそうに思える。
 まぁアミズの分を追加するぐらいは大した手間でもないし、別にいいが。

「まぁ構いませんけど。というか、何を食べるつもりだったんですか?」

「少し前に伝手で保存食が大量に手に入ってね。ここ最近はこればっかりよ。ほら、こういうのを冒険者が愛用してるんでしょ?」

 一旦テーブルを離れたアミズが持ってきたのは、俺達には馴染みのあるあの乾パンっぽい保存食だった。
 味はいまいち、保存と携帯性だけが売りというあれだ。
 必要に迫られたならともかく、好んで食べるものではないのを平気で常食しているらしいアミズは、もしかしたら味覚が死んでるのだろうか。

「アミズは昔からこうなんだ」

 俺がよっぽど分かりやすい呆れ顔をしていたのか、ゼビリフが耳打ちするような小声で話しかけてきた。

「とにかく興味のあることが最優先で、食事も腹が膨れればいいって感じさ。子供の頃はもう少しまともだったんだけど…」

 研究に没頭するあまり、時間と手間を削っていった結果が今の食生活に繋がっているのかもしれない。
 流石に保存食だけの食事となれば、付き合うパーラも辛かろう。

「なんとなく、この部屋を見たらそうなんじゃないかと納得できますね」

 部屋はその人を映す鏡というそうだ。
 今いる部屋のこの散らかった様子は、アミズの大雑把な性格が反映されている気がしてならない。

「言っとくけど、研究者が皆こうじゃないから。アミズが特別そうだってだけだよ」

 ほんとにそうか?
 研究優先でいれば、大体こんな感じになりそうなものだが。




「今回は、加護がパーラの体全体に広がっていたのを、一か所にまとめて収納したって形ね。元来、加護というのは人に御せるものではないが、それでも宿主を守るためにある力である以上、原則として意にそぐわない振る舞いはしない、というのが私の見立てよ」

「つまり、封印は無理やりじゃなく、変な話だけど、説得したような形で成功したってことかい?」

「説得って例えはいいわね。そういうことよ。封印という体裁は取ったけど、実際は幽星体の奥へ自発的に潜んだと思ってちょうだい。バーマン効果と似た感じね」

「それだと、何かの拍子で表に出てきたりするんじゃないか?三周期ごとで幽星体は変動するって説があるし」

「ま、それもあり得るわね。けど、加護の振る舞いとしては持ち主が望まない限り、そうはならないと思うわ」

 ゼビリフもアミズ同様、やはり研究者であったからか、先程から俺とパーラを蚊帳の外に置いて、アミズの行った封印についての議論が活発に行われていた。
 正直、専門用語と高度な理論が前提となって話されているため、全体像をなんとなくでしか理解できないでいる。

 体感でもう一時間近くになるだろうか。
 もうとっくに理解できない話に飽きていたパーラなんかは、部屋の隅で勝手にスペースを作って寝こけているくらいだ。

 パーラはともかく、俺はアミズのところに残っている理由はないのだが、なんとなくゼビリフと一緒に来たのだから帰るのも一緒という気でいる。

 しかし、こうも白熱している研究者二人を見ると、もう放っておいていいのではないかとも思えてくる。
 なにせ、この部屋にある小さな窓から見える空は赤みを帯び始めているし、パーラとアミズの夕食を用意するのも考えると、流石にそろそろ動かなくてはなるまい。

「お二人とも、お話に夢中のところを悪いんですが、俺はそろそろ夕食の準備にいかないと」

「おや、もうそんな時間かい?すっかり話し込んでしまったな」

「ほんとに。やっぱりいい研究材料に出会うと、時間が経つのも忘れちゃうわね」

 アミズの中では、パーラはもうすっかり研究対象として認識が固定されているようだ。
 大きな見方では間違ってもいないので、特に訂正する必要はないか。

「しかし準備ならうちの台所でやったらいいじゃない。そっちの……あー、上着をかけてるごちゃっとしたところがあるでしょ?そこのなんかいろいろ積みあがってる向こう側がそうよ」

 指さす先には椅子を囲むようにして雑多に置かれ、その中にあるくたびれた様子の服が目印となる。
 そのさらに向こう側に台所があるようだが、残念ながら荷物に遮られて見えはしない。
 この様子だと、アミズも長いこと台所を利用していないのではなかろうか。

「自分でごちゃついてるって認識があるんですね。ちゃんと掃除しましょうよ」

「いやぁ、片付けても結局すぐ荷物を引っ張り出したりして、また元通りに散らかっちゃって。結局意味なくない?」

 散らかるのを元通りと言っているところに、ここの惨状がいかに常態化して長いかよく分かる。

 台所がこの状態では、ここで調理をするのは難しい。
 となると、学園の調理場を借りるか、外で適当にかまどを作るかだが、調理場は決められた人間しか立ち入ることが許されないので、自動的に夕食はキャンプ飯となってしまう。

 調味料はともかく、食材はどこかで手に入れなければならないのだが、そっちはゼビリフが協力してくれることになっている。
 なんでも、今日の午前に授業で調理実習のようなものをやったらしく、その余りが自分の管理下にあるため、いくらか融通してくれるという。

 そういうのは勝手に動かしてもいいのかという疑問もあるが、ゼビリフが特に悪びれた風でもないので大丈夫だと思おう。
 まぁこれでなんかあったら被ってもらうのは彼一人だし、気にしないでいいか。




 研究者同士の討論会は一時休止とし、ゼビリフは食材の準備に、アミズはパーラが泊まるための部屋を用意するために動き出した。
 未だ眠っているパーラはそのままでいいとして、俺はやることがないことに気付く。
 しいて言えば、外に土魔術でかまどを作るぐらいだが、あんなものは作るのに三分もかからん。

 急に暇を手にした俺は、学園内をぶらつくことを急遽決めて、アミズに一言告げて外に出た。
 昨今の日本では、学校関係者以外が学校の敷地内を歩き回るのが難しいそうだが、この世界、というかディケット学園は侵入するのが特別難しくはあっても、中に入ってしまえば監視の目もゆるく、ぶらつくのに障害はまずない。

 何より、俺を知っている学園関係者もそれなりにいるので、変装を解いた今なら不審者扱いはそうそうされることもないはずだ。
 それでもなんかあったら、ゼビリフとアミズの名前を出して逃げるとしよう。

 ゼビリフが校舎の方へ向かったのは確かなので、俺も何となくそちらへと足を向ける。
 少し前まではしょっちゅう学園の蔵書室に来ていたおかげで、敷地内を歩くのに迷うことはない。
 ただ、それでも色々と変わっているところはあるもので、新しく建てられたと思われる建物もいくつかあり、その中でも群を抜いて背の高い、塔ともいえる細長い建造物に視線が吸いつけられた。

 高さは50メートルを優に超えるその時計塔ともいえるフォルムは、平面に広がっている校舎とは方向の違うサイズ感を感じさせ、まるでイギリスのあの景色を思い出させる。
 まぁ実際にイギリスへ行ったことはないのだが、気分の話だ。

 夕日を受けて赤くなっているそれは、時間と共に頂点へ陽光が移動していくことにより、陽が沈む一瞬の間には巨大なロウソクのように見えることだろう。

 絵になるそれをしばらく眺めていると、不意に強い風が俺の顔を撫でた。
 秋が近いこともあって、今ぐらいの時間は爽やかな風が感じられる。

 ―キャァァアッ!

 突然、頭上から聞こえてきた悲鳴が、歩き出そうとした俺の足を止めさせた。
 絹を引き裂くような、というのは言い過ぎだろうが、ただ事ではない何かに遭遇したような若い女性の悲鳴は、場所を考えると生徒の誰かが発したのだと思う。

 アイドルに出会った女子のようなものでもなく、大学に合格した喜びのようなものもない、驚きと恐怖が込められたような切羽詰まった何かが感じ取れる。

 周りには俺以外誰もおらず、悲鳴の発生源が頭上のかなり高いところだということから、目の前にある塔の頂上へ自然と顔が向く。
 すると、何があって悲鳴が起きたのかがすぐに分かった。

 まさに今、夕日に照らされた人影が、空中にその身を躍らせて落下する瞬間を俺の目は捉えている。

 なるほど、声の主があの人影なのかそれとも見ている誰かかは分からないが、あの高さから落ちたら命はないという恐怖からの反応だったわけか。

 酷くゆっくりとした時間間隔の中で悠長なことを考えつつ、俺は自分の背中に背負っていた噴射装置を腰へと装着し、何倍にも希釈した一瞬のうちに空へと飛びあがった。
 敷地内では取り外していた噴射装置をたまたま持ってきていたことと、装置を取り付けるハーネスを脱いでいなかったことが幸いして、こうして落下死を迎えようとしている人を助けられるのは、俺とあの人とどっちの日頃の行いのおかげだろうか。

 グングンと迫る人影にこちらからも近づいていき、すれ違い様に噴射装置から手を離すと、上昇の勢いが残ったままに人影を抱きとめた。
 かなりの衝撃が腕に襲い掛かってきたが、この重みこそが命そのものだと思えばむしろ安ど感を覚える。

「ぐぅっ!おい!俺の体にしがみついてろ!またすぐに落ちるぞ!」

「いひぃいい!?あ、あんた誰!?なんで飛ん…落ちっ!」

 人影は予想していた通り、学園指定のマントを身に着けていることからも、学生ということは分かり、取るべき行動を強く指示する。

 この人が自分の腕でしがみつければ、俺は噴射装置の操作に手が使える。
 情けない声を上げはしたが、ちゃんと俺の体に抱き着いてきたのは上出来だ。

 その際、この人物の性別が男だということもわかり、あの悲鳴の主はこの生徒が落ちるのを見てしまった女生徒のものだと推測した。
 つまり、あの塔にはまだ他に誰かいるらしいが、今は脇においておこう。

 上昇のエネルギーが無くなり、再び落下し始めたところで、また情けない声が俺の胸元から聞こえてきたが、それを無視して噴射装置を細かく噴かしていく。
 俺もこの男子生徒も体重が重い方ではないが、二人分ともなれば噴射装置にかかる負荷は単純に倍となる。
 おまけに人ひとりがくっついているせいで、重心の位置もいくらか変わっているのだ。
 ゆっくりと降りていくのでもかなり神経を使う。

 途中で圧縮空気が底をつく可能性による恐怖心とも戦いつつ、たっぷりと時間を使って無事に地面へ降り立つと、しがみついていた男子生徒は気が抜けたようでそのままへたり込んでしまった。

「はぁ…死んだかと思った。誰だか知らないけど、助かったよ。ありがとう」

「礼はいい。それより、どうしてあんなことを?俺がいなかったらあんた、熟れすぎたトマトみたいになってたぞ」

 噴射装置を取り外しながら、改めて今助けた奴の様子を見る。
 こうして見るといたって普通の学生といった感じで、青ざめてはいるが怪我もなく、まずは一安心だ。
 だが同時に、なぜこんなことになったのかの理由も知りたくなった。

 まさかいじめでもあって自殺を図ったとかじゃあないだろうな。

「あ、ああ、それは―」

「会長ー!」

 訳を問いただそうとしたところに、横合いから突然現れた女生徒が、会長と呼ばれた男子生徒へと飛び掛かり、言葉が強制的に遮られてしまった。

「会長ごめんなさい!わ、私があの時ちゃんと見てればっ。もうダメだって思って…」

 そのまま泣き出してしまった女生徒だったが、どうやら彼女はあの塔のてっぺんで彼が落下するところを見てしまったようで、そのショックで取り乱しているのだろう。
 鼻水と涙で顔がすごいことになっている。

「心配させちゃったね、チャム。大丈夫だ。こうして無事なんだからそんな泣くなよ」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 ひたすら謝るのを繰り返すチャムと呼ばれた女生徒に、ただただその背中を撫でてやるしかできない男子生徒と、それを見ている俺。
 何か言えるような雰囲気でもない中で、いっそ立ち去ろうかと思っていたら、また新しい声が聞こえてきた。

「会長ー!」

 声の方向へと視線をやれば、さらに塔の中から出てきた生徒が二人、こちらへと駆け寄ってきた。
 一様に落下した者を心配してのことだろうが、無事な様子に笑みを浮かべていたりする顔に、知り合いのものを見つけた。
 見つけてしまったと言うべきか。

「…あら?アンディ?あなたアンディでしょ!」

「久しぶりだなエリー…。そういやお前も学園に通ってたんだったか」

 新しくやってきた二人のうち、男子の方は知らなかったが、女子の方は完全に知った顔だった。
 少し前にはしょっちゅう一緒に遊んだり飯食ったりした仲で、こうして顔を合わせるのは随分久しぶりになる。

 そりゃあ入学したとは聞いていたが、まさかこのタイミングでの遭遇になるとは。
 できればパーラも交えての、落ち着いた場での再会にしてほしかったものだ。




「飛行同好会?なんだそりゃ」

「読んでそのまま、空を飛ぶことを探求する人達が集まる会よ」

「よく分かんねぇな。あの自殺まがいの落下が、その会の活動なのか?」

「そんなわけないでしょ。あれは事故だったの」

 腰を抜かしてしまった男子生徒と、泣きっぱなしの女生徒を落ち着かせるため、俺達は学園の中庭へと場所を移し、そこでエリーから色々と話が聞けた。

 エリーを含めたこの四人は、ともに飛行同好会という部活動のようなものに所属しているそうで、今日もその活動の一環であの塔の頂上にいたところ、突風にあおられた男子生徒、会長が落下してしまい、それを俺が助けたというわけだ。

「まぁあの感じはそうだと思ったがな。けど、あんなとこでなにやってたんだ?」

「それについては僕の方から」

 もうだいぶ落ち着いたのか、会長と呼ばれていた男子生徒が俺とエリーの会話に割って入ってきた。
 泣いていた女生徒が支えるようにして傍にいることから、まだ一人で立つのには不安がありそうだ。

「まずは名乗らせてくれ。僕はヒエス、ここの四期生だ。改めて礼を言わせてほしい。君がいなかったら僕はこうして立っていなかっただろう」

「俺はアンディ、冒険者だ。礼ならさっきもらった。もう気にしなくていい。それより、なんでああなったのかを教えて欲しい」

「うん、まぁ大体はさっきミエリスタ君が言った通りなんだが…アンディ君だったね。君は学園の生徒じゃないようだけど、同好会についてはどういうものか知ってるかい?」

「いや、全く。さっき初めて聞いたよ」

 同好会という言葉自体は俺も高校生の時に耳にしたことはあるが、それがこの世界と同じものかはわからない。
 ここは会長殿から教えてもらうとしよう。

 元々ディケット学園には部活動のようなものはなく、しかし勉強以外にも打ち込めるものを持つことを奨励する学園側の方針もあり、生徒が集まって同好会という名前のもとに活動を始めだした。
 最初のうちは学園側からの活動費の支援などはないが、設立の許可さえもらえれば、設備や場所を使うのも申請が通りやすくなるため、放課後の時間を有意義に使いたい生徒の数だけ、同好会は作られていた。

 優れた剣術を修めることを目的とした『剣技育成会』や、礼儀作法を学ぶ『礼法会』といった実用的なものから、可愛いものを愛でるだけの『愛でよう、いざ』、学園の敷地内に生える雑草を調査する『名もなき草束』などの発起人の趣味が前面に出たものまで様々に存在しているらしい。

 ヒエスが会長を務める飛行同好会も、元々は鳥好きだったヒエスが、鳥がどうやって飛ぶのかを研究するために立ち上げたもので、今年までずっと一人しか在籍していない、零細もいいところの個人同好会だった。

「けど、去年から会の目標が変わってね。ここにいるミエリスタ君が飛空艇でやってきたのを見た時に、僕は衝撃を覚えたんだ。人は空を飛べる!鳥だけの空じゃないんだってね!」

 最後の方は空へ向けて放つように、ぐっと握った拳を突き上げながら言うヒエスの姿には、学生にしていっぱしの研究者に劣らない情熱のようなものを感じ取れた。

 しかしきっかけが飛空艇ということは、ここにエリーがいる理由も何となく見えてくるな。
 飛空艇を保有する国から来た王女となれば、空を飛ぶための手段に参考とする情報を得るなら、一番太く確実なパイプだ。

「そんなわけで、この会は飛空艇のように空を飛ぶ、というのを目標にしてるんだ。ミエリスタ君をはじめ、僕以外は去年の暮から会に入ってくれた有望株さ!」

「いや、違うでしょ。他の二人はともかく、私は会長がどうしてもってしつこかったから入ったんだよ。あんまりしつこいから、もう面倒になってさ。どうせ私の学年だと、しばらくは礼儀作法の授業が多いから、暇になることも多いからね」

 困った顔でそういうエリーだが、王女としてではなく一人の少女として普通にいられる同好会というのは意外と気に入っているように思える。
 ヒエス達もエリーが王女だということは知っているだろうが、あくまでも一生徒として接しているのは少し見ているだけで分かった。

「さっきの塔でも、実は会で作った鳥の模型を飛ばす予定だったんだ。けど、不意の風にあおられて足を滑らせてしまって、あの通りさ。……あ!チャム!模型は!?どうなった!?」

「え…あ、そう言えば見てないです。エリー、見た?」

「さあ…。会長を追いかけるのに夢中だったし。リヒャルトは?」

「は。自分もすぐに殿下を追いかけましたので、どうなったかまでは」

 どうやら模型のテスト飛行をして事故があったそうだが、肝心の模型の方が行方不明のようだ。
 あれだけ危険な目にあっても、そっちの方が大事そうなリアクションを見せるあたり、ヒエスにとってはよっぽどの品なのだろう。

 しかしまぁ、今のやり取りでヒエス以外の三人がどういう関係なのか少しだけわかった気がする。

 チャムと呼ばれた赤毛の少女は、エリーという愛称を使っていることから、かなり親しい関係性を築いているようだ。
 見た目の年齢はエリーと近いようなので、学年が同じなのかもしれない。
 ここまでの態度を見るに、ヒエスに惚れていると思われる。

 リヒャルトと呼ばれた男子生徒は、恐らくエリーの傍付き等の役割でソーマルガからついてきたのかもしれない。
 センター分けにしている灰色の髪にやや褐色寄りの肌と、ソーマルガの人間としての典型的な特徴が見てとれる。

 王族の護衛や世話役で年が近い人間が一緒に入ってくるのはよくある。
 しかしその場合、同性が着いてくるものだと思うのだが、何か彼でなくてはならない理由でもあるのだろうか。

「はぁー…、仕方ないか。僕も落ちた時に手放しちゃったし。悪いんだけど、後で探すのを手伝ってくれるかい?」

「はい!勿論です!」

「あ、ごめんなさい。私ちょっと用事あるから」

「自分はミエリスタ様と行動を共にしなくてはならないので」

 肩を落として会員へと縋るヒエスに、色よい返事を返したのはやはりチャムだけで、エリーとリヒャルトはそっけないものだ。
 用事とは言っているが、あれは面倒くさがっているときのエリーだと、俺には分かる。

「うぅ、頼りになるのはチャムだけだ」

「そんな、私、会長のためならなんでもします!」

 恋は盲目とはよく言ったものだが、あまり何でもすると軽々しく言うものではないな。

「なぁ、エリー。その模型ってどんなのだ?もしかしたら探してやれるかもしれないぞ」

「え?あぁ、模型ってこう、形は羽を広げた鳥なんだけど、木の骨組みと布を組み合わせたやつよ。すっごく軽くて、もしかしたらさっきの風で遠くに行っちゃったかも」

 どうやら模型飛行機のようなものっぽいが、あの塔の高さを考えると、半径100メートルは捜索範囲にした方がいいな。
 地面に落ちていればいいが、木や屋根なんかに引っかかってたら、見つけるのも大変だろう。

「…そういえば、アンディ、さっき空飛んでなかった?いや絶対飛んでたよね」

「そうだ!僕もそれを聞きたかった!アンディ君!君のそれは空を飛ぶ道具なんだね!?」

 噴射装置を使ったところを見てから大分経っているが、ようやくエリーがヒエスを助けた手段について気になったようだ。
 するとヒエスもそれに乗っかるようにして、俺に詰め寄ってきた。

「今更かよ。これは噴射装置っていって、これで会長さんを助けたんだ。まぁ飛ぶって言うより、跳ねるってのが正しいんだが」

 そう言って取り外した噴射装置の本体を一つ、エリーに手渡した。
 王女に手渡すには少々危険なブツではあるが、安全装置を掛けたので暴発する心配はない。
 持ち逃げされないという信頼も当然ある。

「これって前も持ってた?」

「いや、お前と会ってない時期に作ってもらった。俺とパーラの分をな」

「ほー!これを着ければ空を飛べると!?アンディ君、よかったら僕につけさせてくれないか!」

 エリーの肩越しに、ヒエスが覗き込むようにして噴射装置を見る目は、酷くらんらんとしたもので、あふれ出る好奇心を全く抑えられていない。
 というか、そもそも抑えるつもりもないか。

「あ、そういえばパーラがいないじゃない。今どうしてるの?一緒じゃないの?」

「さっきは僕を掴んでからは、突き上げるような感触が小刻みにあった。あれもこの装置の特徴かい?」

 興奮しているのか、エリーもヒエスもいっぺんに話しかけてきやがる。
 俺は一人なんだから、順番か交互に聞いてほしいのだが。

 とりあえず、この二人をいったん止めるためにも、チャムとリヒャルトに視線で助けを求めてみるが、この二人も困惑した表情を浮かべており、こうなってはどうにもできないらしい。
 仕方ない。
 もう少し落ち着くまで俺は石像になって、静かに待つとしよう。

 人に何かを尋ねるときは、ゆっくりと順序立てて行おうと、人の振りを見て思う今日この頃だった。
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