世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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相棒

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マクシムのお披露目パーティから何日か経ったある日、俺はルドラマに呼び出されて屋敷を訪れていた。
無論、アンディとして呼ばれたので変装はしていない。
普通に門番に顔を見せて、普通にメイドに案内されて執務室へと向かったらルドラマからきつい言葉を掛けられた。
「すぐに王都を去れ」
「…それは追放という意味でとらえてもよろしいので?」
簡潔な言葉からそう捉えても仕方ないと思うのだが、口調と雰囲からは悪感情は感じられない。
実際の所、伯爵クラスの権力者が一冒険者を追放するなら何も伝えず放り出せるしな。

「そうではない。単純にお前が王都にいると、いずれまずいことになるかもしれんから、出た方がいいという意味だ」
「まあ、何となく悪い意味ではないとは思っていましたけど。何かあったんですか?」
俺の質問にルドラマが疲れの滲んだ溜息を吐いて説明をしてくれた。

パーティの後、アーミー・チェスとルフマの歴史の謎を解明したとして、ジェームズ・リンドは一躍時の人となり、会見を求める要請がひっきりなしだったそうだ。
一応他国の貴族という風に取られているため、俺に直接ではなくルドラマに頼む形になっていたのだが、なにせ数が多く、断る理由にも困っていたのだそうだ。
そこで、ジェームズ・リンドはパーティが終わった後、すぐに街を出たと言って引いてもらったのだが、それならその国へ直接要請して招聘しようという流れになってしまい、さあ大変。
存在しないイギリスに特使を送り込めるはずもなく、途轍もなく遠い国からの一度限りの訪問客という形に落ち着かせるのがやっとだったらしい。

それでもルフマの研究をしている者達は諦められないようで、街中の宿や飲食店を回りジェームズ・リンドの足跡を追っているらしい。
俺が変装道具の制作を依頼したのは職人たちなので、他国の貴族と自国の職人を繋げることは難しいだろう。
普通にバレるとは思えないが、何があるかわからない以上は早々に俺を王都から逃がそうという結論に至ったというわけだ。
「なるほど、話は分かりました。そういうことなら仕方ありませんね。近いうちに王都を出ます」
俺の言葉に安心したようで、ルドラマがソファーの背もたれに体を預けて息を吐く。
「すまんな。わしが依頼で同行を頼んでおいて、追い出すような形になってしまった」
「いえ、お気になさらず。自分の起こした騒動の結果ですから、不満も持ちませんよ」

実は俺はこのルドラマの提案がなくとも近いうちに王都を出るつもりだった。
というのも、クレイルズに制作を依頼していたバイクが完成したとの知らせがあったのだ。
早速試運転をと思った矢先にルドラマからの呼び出しがあったからまだ見てもいない。
いい機会なので、いっそのことバイクでの旅を楽しむのもいいかもしれないと思い、王都を出ることにした。

「この後はヘスニルに戻るのか?」
「いえ、実は移動用の魔道具の制作を頼んでいまして、今日完成の報告がありました。、それで色々と見て回ろうと思っています」
「……むぅ、そうか。お前にはヘスニルに居て欲しいのだが、冒険者を縛ることは出来ないからな。少々残念だがしっかりと送り出させてもらおう」
心底残念そうな顔で言うルドラマに、こちらも多少の罪悪感が湧き出来た。
なんだかんだと世話になったことも多いし、いつか何かの形で返せるといいのだが。

「そういえば、ここに来る途中に捕まえた盗賊がいただろう。あれの懸賞金が出たぞ」
すっかり忘れていたが、そんなのがあったな。
少し前のことなのにもうだいぶ昔のことのような気分だ。
ソファーから立ち上がったルドラマが執務机へと向かい、引き出しから取り出した小袋をこちらに手渡してきた。

「あいつら、懸賞金かかってたんですね」
「いや、かかっとらん。あいつらの強奪した荷物の中に貴族の持ち物があってな、それを取り返したことへの礼と、ヘスニル管轄の街道での捕り物ということで、わしからいくらか足しておる。一応商人ギルドからの謝礼もあったが、まあ微々たるものだ」
俺に対する謝礼としていくつか包んでくれたようで、袋を開けてみると金貨が8枚入っている。

「結構多いですね。盗賊の討伐ってこれぐらい貰える物なんですか?」
「わしからは金貨1枚、盗賊討伐の報酬と商人ギルドの分を合わせて金貨2枚、他は全部貴族からの礼金だ」
金貨5枚の礼をするほどの物ってなんなんだ?
聞きたいが、貴族のそういうのって聞いていいものかわからないし、ルドラマも教えてくれるとは思えない。
もしかしたら口止め料も含まれているのかもしれない。
俺は実物を見てないけど。

ともかく、貰えるのなら貰うとして、せっかくだから魔道具の支払いに充てさせてもらおう。
後は特に用は無いので屋敷を去ることにした。
マクシムに挨拶ぐらいをと思ったが、ここ数日は貴族のお茶会やら挨拶やらで忙しいらしい。
まあ、あいつも貴族としての付き合いが発生するようになるのは正常なことだろうから、仕方ないな。

屋敷を後にしてクレイルズの工房へと向かう。
魔道具の完成の連絡だけもらって、代金の話は一切なかったが、一体いくらになるのか気になる。
ただでさえ高い魔道具であるのに、腕の確かな工房に一からの特注ではどれだけの額になってるのか想像もできない。
支払いの不安もあるが、それ以上に楽しみが勝ってしまい足取りは軽い。

工房は以前見た外観とほとんど変わりはなかったが、外に置かれていた資材が多少減っているように思える。
俺の依頼に使った分だろうか。
一応工房の扉をノックして来客を告げるが、やはりクレイルズは出てこない。
大方、また作業に集中してノックに気付かなかったのだろう。
仕方ないので勝手にドアを開けて中に入る。

店舗部分には当然いるはずもなく、奥の作業場かと思いそこへ通じるドアを開けるがいない。
「クレイルズさーん。いませんかー?アンディです、依頼の品を受け取りに来ました」
とりあえず大声で呼びかけてみる。
すると、作業場の奥に目立たないがドアがあったようで、そこが開いてクレイルズが現れた。

「いやぁわるいね、アンディ。また作業に没頭してしまってね。例のモノ、こっちにあるよ」
そう言って今出てきたドアへと入り、中から俺に手招きをしてきた。
誘われるがままそのドアをくぐるが、ハーフリングの大きさに合わせているのか意外と狭い。
俺は子供の身長なので普通に歩けるが、人間の大人だと腰を曲げて歩く必要がありそうだ。

通路を抜けるとそこはちょっとしたガレージのようになっており、10坪を少し超える位の広さの部屋の隅には制作のための工具やら材料が置かれたエリアがあるが、それ以外はがらんとした空間だ。
天井にはクレーンの用途であろうアームと鎖のような物体があり、大物の魔道具を制作するために使うのだろう。
一際目を引く部屋の中央には俺が頼んでおいたバイクが鎮座していた。
大まかな形はハーレーとほとんど同じだが、後輪の両サイドに荷物を入れる大き目な箱、いわゆるパニアケースを取り付けてある。

これとは別に折り畳み式のリヤカーも作ってもらっている。
ザラスバードの時のように、不慮の荷物の増加を見越しての物だ。

動力はガソリンではないのでマフラーは必要ないのだが、そこはこだわりを持って付けてもらった。
クレイルズには不思議に思われたが、あくまで俺の自己満足なのでそこは飲み込んでもらいたい。
作るのが面倒な変速機は積まずに、ブレーキとアクセルだけで操作をする。
モーターの出力の増減だけで動かす強引なやり方だが、変速機のつくり方などわからないので仕方なかった。
ディスクブレーキは再現可能だったようで、ブレーキ性能は忠実に再現できている。

「少し跨ってもいいですか?」
少々興奮気味にクレイルズに確認し、許可をもらって操作感を体験する。
軽く勢いをつけてシートに座ると、ちゃんと説明通りに作ったようで、サスペンションが利いて柔らかく跳ねる感触が返ってきた。
ハンドルも軽すぎず重すぎず、ブレーキレバーもちゃんと段階的に重くなるのもよくできてる。

「完璧ですよ、これ!クレイルズさん、いい仕事してますねぇ」
鑑定家のような俺の声に満足そうな顔で頷きを返してくるクレイルズ。
それからバイクの機能について説明を受けた。

基本フレームは金属と魔物の骨を複合的に組み合わせて、軽量化と剛性のバランスを取っている。
タイヤは希少だが確かに存在するゴムを使い、内側のチューブには空気ではなくコニルスライムという魔物の体液を加工したものを充填剤にしてパンクしないように工夫してある。
この充填剤は衝撃には強いが摩耗性が弱いため、タイヤに使われることは考えられもしなかったが、ゴムの被膜との組み合わせでタイヤにする考えは画期的だったらしく、他の物にも応用できないか研究していくとのことだ。

動力は用意できるもので最高の物をということで、最近討伐されたアプロルダの魔石が流れてきたのでそれを買い取って取り付けてある。
その魔石って俺が倒した奴のじゃないか?
まあ断定はできないが、それでも俺のしたことが巡り巡って返ってきたのならこれほど面白いことは無い。
それはそれとして、クレイルズによる説明は続く。

動力としての魔石とは別に、それに魔力を送るタンクの役割の物が必要で、これには魔力を蓄積する性質がある金属をバスケットボール大に加工したものが魔石と直結されて、バイクのタンク部分に収められている。
今の所、モーターに伝達される電気の性質を持った魔力は俺以外には使えないため、魔力の補充は俺がするしかない。
これに電気風の魔力を流し込めば、満タン状態なら全速力で半日、巡航速度なら丸1日は走れるそうだ。
ハンドルの部分にはしっかりと残量計も備えてある。

試しに電気を流し込んでみるとかなりの容量があるようで、魔力の3分の1が持ってかれた。
普通の人間なら満タンにするのにかなりの魔力がいるようだが、俺は短時間であっさりと満タンにしてしまったことにクレイルズが若干引いていた。
俺の種族を疑われたときは全力で否定させてもらったが。
誰がリッチロードだよ。失敬な。

さあ、俺の冒険はこれからだ!

バイクの試運転をと思った瞬間、クレイルズにストップをかけられた。
清々しい出発に水を差された気分になり、少し睨む形になってしまったが、クレイルズがこちらに手を差し出していた。
何かと思って首をかしげると、苦笑を浮かべたクレイルズから、その答えが返された。
「うちの魔道具を受け取った人はみんなそんな感じになるんだけど、こっちも生活があるんだよね。ちゃんと代金をいただきます」

やっべ。あまりにテンションが高ぶってしまい、そのまま出て行ってしまうところだった。
言われて代金を払っていなかったことに気付いて、恥ずかしい気持ちを抑えて跨っていたバイクから降りる。

「ん゛ん゛、失礼。あまりにも嬉しくなってしまいまして。決して代金を踏み倒そうとしたわけではありませんよ?」
いや、本当にそんなつもりはなかった。
俺はそんなお天道様に顔向けできないことをするような男じゃないんだ。

「うん、わかってる。さっきも言ったけど今までもそういうお客さんは多かったからね。それで代金だけど。…はいこれ」
そう言って手渡されたのは内訳を細かく書かれた請求書で、材料費から手間賃からズラーっと並んだ一番下に請求金額があった。

「えーどれどれ。…んん?………ファッ!?」
思わず漏れた謎の声だが、仕方ないだろう。
なにせそこの書かれていたのは途轍もない金額だったのだから。

「クレイルズさん、これ桁が違いません?」
「いや違わないね。今回のは普通の魔道具とは違う材料と工程が使われてるから高額になっちゃったけど、それでも加工費と作業代はかなり負けてるんだよね。こっちも面白い仕事させてもらったし、もう少し安くしてもいいんだけど、手伝ってもらった職人に渡すお金もあるし、僕も何も食べずに生きていけるわけじゃないからね」
クレイルズの言葉は全く持って正論であり、むしろ大分無理をしてくれた金額だとわかる。

「けど流石に1000万ルパは…」
「無理かい?」
いや払うよ?払えるけど。
俺の手持ちの殆どが消えてしまう。
さっき伯爵邸で受け取った盗賊討伐の報酬がなければ俺は払えなかったんだが、そうなったらバイクは差し押さえにでもなっていたんだろうか?

「はい、確かに金貨10枚で1000万ルパを受け取ったよ。…本当に払えたとはね。じゃあ、これね」
代金と引き換えにクレイルズから手渡されたのは何かの鍵だった。
一体何かと尋ねると、バイクの起動鍵だと言われた。
そういえば防犯対策にイグニッションキーを搭載するように言っていたな。
これが無ければバイクは走らないので、先ほどの俺の行動もさぞマヌケに映ったことだろう。

鍵を受け取り早速バイクを起動する。
エンジンのような爆音は当然無く、低音で唸っているような僅かな音だけがアイドリングを知らせてくる。
「それじゃ、クレイルズさん。バイク、ありがとうございました。大事に使わせてもらいます」
「うん、僕も作ってて楽しかった。なんかあったら持っておいで。すぐに手を空けるからね」
ガレージのドアを開けてもらいそこからバイクをゆっくりと発進させる。
ガレージの外まで見送りに来てくれたクレイルズに手を振り返し、ホテルへと戻っていく。

馬車が走る道と同じ所を通るが、道行く人たちからの注目が集まり、何人かは目を輝かせて並走してくる者もいた。
比率としては子供が多かったが、大人の男性も結構混じっている。
当然走る速さが違うため、バイクだけが先へと走っていくが、しばらく進むとまた新しい集団が並走してくる。
それを繰り返して、宿へと戻ってきた。
流石に最高級のホテルに踏み込むことは出来ないようで、並走していた集団を尻目に俺はホテルの玄関前に着く。

その場にいた従業員にバイクの置き場について聞いたが、馬車ならそういう場所はあるが、魔道具の乗り物となると前例がないらしく、上司を連れてきて置き場所の相談をしていた。
結果的にはホテルの玄関脇に紐を張ってスペースを作り、そこにバイクを置くことになった。
屋根の張り出した下の所なので、雨に濡れる心配はしなくて済みそうだ。
念の為にテントに使う布をバイクに被せてロープで巻いておいた。
盗難に関しては、鍵がなくては動かせないので気にしないでおける。

ホテル側には近いうちに王都を出ることを伝えておいた。
準備にかかる時間がどれくらいかわからないが、それでも数日程度で出発できるだろう。
欲しいものが手に入った充足感と旅の始まりに対する期待でこの日は遅くまで眠りにつくことは出来なかった。





次の日からは旅の準備に動き始めた。
と言っても食料と着替えぐらいしか持っていかないのでそれほど時間はかからなかった。
なにせ今回は自前の移動手段があるのだ。
荷物の重さはあまり気にしなくてもいい。

金に関しては冒険者ギルドへ行って、ルドラマから受けていた護衛の依頼報酬が支払われたので、そのおかげで買い物もできて非常に助かった。
大銀貨6枚と意外と多かったのもうれしい誤算だ。

そうなるとヘスニルで手に入れてから全く使う機会のなかった武器を処分したくなる。
1.5メートルの長物で、背負ってバイクに乗るにはあまり向かない気がするため、この際だから他のものに変えてみようと武器屋へと向かった。

王都には武器屋も何軒かあるが、その中でも安くて質のいい店をギルドで聞いていたので、少し探し歩いたが無事に見つけたその店へ入った。
どこの街も武器屋というのは大体の造りは似ている物で、壁に沿って立てかけられている長物の武器を辿っていくと奥にはカウンターがあり、若い女性の店員が店番をしている。
中はヘスニルの武器屋よりも広く、売り場は2階にまでわたっているようだ。

「いらっしゃい。適当にどうぞー」
エプロンドレスの10代半ばと思われる女性からダルそうな声で応対された。
声をかけてすぐにカウンター席に突っ伏した女性の姿は、俺のいる位置からだと茶髪のポニーテールが見えるだけとなっていた。
商売としてこのスタイルでやっていいものなのか?
とりあえず武器の買い取りを依頼する必要があるため、カウンターに近づく。
それに気付いてこちらを見る店員の目が見るからに面倒くさそうなものに変わっていった
この人、客商売に向いてないんじゃないか?

「武器の買い取りをお願いしたいんですが」
カウンターの上に鋼のスタッフを置くと、一応商売をする気はあるようで、隅々まで見て鑑定を開始した。
持ち上げて重さを測ったり、傷の具合を見るためだろうと思われる光の加減を見て頷いたり溜息を吐いたりしていた。
その様子は意外とまじめに作業をしているようで、見た目とは違ったその仕事に偏見を持った自分を叱りたいくらいだ。

「使用頻度はあまり多くないようで、傷も少ないし状態はかなりいいです」
スタッフを置きながらこちらに告げてくる女性の目は先ほどとは違い、商売人の目をしていた。
まあ、商売人の目と言ってもあくまで俺の主観での話だけど。
「材料も高品質の鋼が使われているので30万ルパ、大銀貨で3枚ですね」
「……これ、未使用ですよ?前にヘスニルで買った時は金貨1枚だったんですけど」
新品同様の武器がまさか7割も安くなってしまうとは。
まさか、ヘスニルの武器屋ではぼったくられたのだろうか。

「金貨1枚は妥当ですよ。ただ、この手の物はあまり買い手が現れないんで、買い取りとなると安くなりやすくて」
「それにしたってその額はちょっと…」
手持ちの金が心許ない今の俺からしたら、少しでも高く買い取ってもらいたいんだが、向こうも商売で売れない在庫をただ抱えるのも嫌なのだろうと理解はできる。

カウンターを挟んで暗い空気になり始めた時、店員から嬉しい提案がされた。
「なら下取りという形でならもう少し出しますけど、どうします?」
渡りに船、地獄に仏とはこのことか。
その提案に一も二も無く食いつき、武器選びへと入った。

選ぶ基準は長物はまず論外だし、俺には魔術があるから弓矢等の飛び道具は必要ない。
そうなると自然と剣か手斧辺りになるのだが、やっぱり男なら剣に憧れるのも仕方ないね。
だが剣の良し悪しが分からない俺が適当に選んだ物に命を預けられるだろうか?いやない。

餅は餅屋、武器は武器屋にという諺にのっとり、店員にお勧めを聞いてみる。
「実は剣が欲しいんですけど、何かお勧めの品ってあったりします?」
少し考え込んでからカウンターの奥に引っ込んでいき、一本の鞘付きの剣を持って戻ってきた。
全長は80㎝程、鞘から推測できる刃幅が普通の剣の倍はあろうかと思うぐらいに広い。
装飾があまり施されていないシンプルなものだが、柄には握りを意識してか、蔦が絡んだように凹凸が施されている。

「これはアールズという鍛冶師作の軽量化を主眼に置いた剣で、女性や子供でも楽に振れるというのが売りらしいです。どうぞ、抜いてみて下さい」
手渡されてわかるが、確かに軽い。
俺は強化魔術があるのであまり重さは考えずに武器を振れるが、それを抜きにしても普通に振れるぐらいの重さだ。
早速鞘から抜いてみるとその軽さの秘密がわかった。
刀身の腹にあたる部分が存在しないため、実際に切れ味のある刃の部分だけが残された異様な姿だ。
さしずめ肉抜き加工の剣といったところか。

「持って分かったと思いますけど、とにかく軽いのでお客さんのような体格でも十分に扱えるはずですよ」
子供の俺の体格では普通の剣だと重いと考えたのだろう。
確かにこれなら腕力が弱い人間でも普通に戦えるかもしれない。
「なるほど、確かによさそうですね。…でも、お高いんでしょう?」
「それがなんと、今なら90万ルパでお売りしましょう」
まあ安い買おう、とはならんな。
安いのには何か理由があるはず。
その辺を突いてみると特に隠すことでもないようで、あっさりと店員が白状した。

普通の剣士ならこんな形状の剣は絶対に使わない。
なぜなら剣の腹を盾代わりに使うこともあるのに、それが無いとなると防御手段を一つ失うことになるからだ。
さらには、軽いということはそれだけ叩き付けた時の衝撃も弱まってしまい、攻撃力の低下を嫌がる剣士がこれを使おうとはならないとのこと。
そんなわけで特に売れることもなく、在庫として抱えてたものが遂に売れる相手を見つけたと言うわけだ。

「子供の俺になら売れるから、在庫処分ができると?」
「まあ、そんなこともあるかもしれませんね」
シレっと言ってのける彼女の面の皮の厚さに呆れを通り越して感心してしまう。
とはいえ、この剣の奇抜な感じが俺は結構気に入ってしまった。
それに持ってみて分かったが、この剣はどうやら空いている内側部分の電気抵抗がかなり低いようで、非常にスムーズに通電が出来た。
そのくせ刃の部分は抵抗値が高く、先ほどからじわじわと電流を強めに流しているが、かなり早い段階で赤熱化し始めている。
剣の素材を尋ねてみたが、分からないらしい。
だが、この俺にとっては都合のいい武器を見逃す気にはならず、購入を決定した。

「ではそちらのスタッフの下取りとの差額に55万ルパを頂きます」
この剣は相当いい物なので、文句も無く普通に支払いをして店を出る。
来た時とは違い、俺の左腰には新しい相棒が吊り下げられている。
その重さを頼もしく思いながら、通りを歩いて行った。
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