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異世界カクテル

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「……いつ、気付いた?」
凍り付いた時間を溶かすように、目の前の偽領主が口を開く。
「確信を持ったのはこの部屋に入ってからです。疑問を抱いたのは館の入り口を潜ってからですが」
目の前の男は感情を隠すのが上手いようで、表情からは焦りも驚きも感じられない。
俺の答えをただ待っているだけのように感じる。
そういうことなら答え合わせと行こうじゃないの。

「まず、この部屋にはいくつか、不自然な点があります。その中で私が最も気になった点が2つ」
俺がこの部屋に入ってから疑問に思ったのは、机の上の文箱だ。
机自体は高級そうな木で出来ている立派なものなのに、文箱だけ少し格が落ちるものを使っている。
わざわざその机に釣り合う高級そうなペンが隅に用意してあるのに、だ。
机の上に置いてあるペンを使わない理由は使いなれていないから。
つまり、普段この机を使っている人物と目の前にいる人物は別人だと言うことになる。
指摘すると苦み走った顔が浮かび上がった。
詰めの甘さに表情を隠し切れなくなってきてるようだな。

「なるほど、確かに不自然だな。他にもあるのだろう?」
催促され席を立ち、執事の方へ向かう。
そもそも俺が疑問を抱いた理由が執事にある。
「こちらの執事の方ですが、身につけている物と言い物腰と言い、完璧でした。ただ1点だけ、おかしな所がありました。このモノクルです」
左目に付けられたモノクルを指さす。
ハッとした表情を浮かべて、モノクルに手を伸ばそうとして寸前で踏みとどまった執事を見て、確信はより深まった。

「衣服は確かに上等ですが、どれも動きやすさを重視している実用的な物ばかりです。その中にあってこの精緻な装飾のされたモノクルだけはどうにも浮いて見えてしまう」
執事というのは主の後ろに侍り、決して目立ってはいけない存在だ。
そういう点ではこの執事は合格だったが、それだけにモノクルが強調される。
一度気付いてしまえばもう隠せない。
まるで純白のシーツに墨が一滴落ちたように、1点が際立って目立つようになる。

この世界では視力が弱っても普通の人は我慢するしかない。
モノクルという加工も難しく、保管にも気を遣う高級品を、おいそれと日常的には使えない。
つまりモノクルは身に着けるだけでステータスとなるのだ。
執事として教育を受けた者が、ただでさえ目立つ品をさらに目立つようにするだろうか。いや、しない。
仮にモノクルを付けるとしたら、もっと落ち着いたシンプルなものを選ぶだろう。
こういうことをする人種は限られる。貴族の、それも高位にいる者だけ。

「すなわち、執事さん。あなたが本物の領主様ですね?」
俺の推理で再び部屋の時間が凍りつく。
これで違っていたら不敬罪に問われて最悪死刑だな。
実際この推理に突っ込みどころは満載だ。
なんとでも反論できるものを、さもこれ以上ない正論へ粉飾した話し方だけでその場を支配している。

「くっくっ…、はっはっはっはっはっ!見事な洞察力だ!話に聞いた通りの切れ者だな、アンディ!はっはっはっはっ!」
不意に室内に執事、いや正体のバレた領主の笑い声が響き渡る。
よかった、どうにか乗り切れたか。
「まったく、お戯れもほどほどになされませよ。アンディ様、ご無礼のほど平にご容赦を。私が本物の執事のヤノスと申します。当主共々の非礼、深く謝罪させていただきます」
そう言って偽領主、執事のヤノスが席を立ち頭を下げてきた。
やはりこちらが執事だったか。

その後、服を着替えに2人が出ていくと、喉の渇きに気付き、テーブルに置かれたお茶に手を伸ばすが、すっかり冷めてしまっていた。
自分で淹れてもおいしくなるとは思えないので、じっと座って待っていることにした。

しばらくすると、着替えが終わった領主と執事が揃って部屋に戻って来た。
こうしてみると本物の領主はやはり部屋の空気になじんでいるように思える。
執事の方も本来の姿に戻れたことに安堵しているようで、落ち着いた雰囲気でお茶を入れなおしてくれた。
こちらも手際を見ると、先ほどの偽執事などと比べ物にならない程洗練されていた。

「さて、改めて名乗ろうか。わしがルドラマ・ギル・エイントリアだ。先程の茶番はお前の頭の切れの良さを聞かされてな、つい試したくなったのだ。すまなかった。…あまり根に持つなよ?」
謝ってはいるが反省はしていないようで、楽しそうな雰囲気を隠さずに話しかけてくる。
「いえ、そのようなことは。つかぬことをお聞きしますが、自分の話をいったい誰から…、ギルドマスターですか?」
「それもあるが、最初はアデスからだ。ほれこの街の騎士団長の。あやつとは古い付き合いでな。公私でよく話をする仲だ」
団長さんか。
確かに直属の上司に当たるだろうから報告は上げるか。

聞くと俺の話をしたのも酒の席での事らしく、それ以来頭の隅に置いておいたが、この間の騒ぎで名前が挙がった冒険者の中に俺の存在を思い出し、今回の席を設けたとのこと。
「しかし、聞きしに勝る智謀だな。わしとヤノスで考えた作戦を容易く見抜くとは。どうだ、わしに仕えてみんか?」
やはり来たか。
なんとなくそう来ると思っていたが、領主は受けてもらえるとは思っていないようで、口元がにやけている。
団長さんから話を聞いているなら、俺が断るのも織り込み済みということだろう。

なのでそれに俺は断りの言葉を気軽に返せる。
「お誘いあり難く思います。ですが、自分は未だ若輩の身。領主様のお役に立つことはできないでしょう。自分より優れた人物は他にもおりましょう。そちらを頼られては?」
「ほう?お主以上の才を持つ者が他にいるとは思えんが?」
これは解ってて聞いてるな。
にやけ顔がさらに深くなっているし。

「さて、私には解りかねますが。凡庸の自分以上の者が必ずおります。ご自身自らお探しになるのもよろしいのでは?」
いいかげん諦めろや、他の奴に当たれと言外に込めて丁寧に返すと、その真意を読み取ったのか愉快そうに笑い出した。
「くっくっくっくっ、そうだな、誘いもあまり過ぎると無粋か。この話はここまでとしよう」
ふー、よかった。これで諦めてくれたか。
そこから話は討伐依頼に移り、直接俺から聞きたいという領主たっての願いに応えて、嘘偽りなく正確な話を聞かせた。

「ふーむ、聞いた話より地味だな。わしはお主が岩山を丸ごと斧に変えてアプロルダを正面から叩き切ったと聞いたが」
誇張されすぎだろ。俺はヘラクレスか。
「全く違います。それは噂が勝手に独り歩きしているだけです。真実は私の話した通りです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「む、そうか。当事者の言葉だ。その通りなのだろうな」

そうして噂の沈静化を図っていると、いつの間にか部屋から消えていた執事が戻ってきた。
「旦那様、食事会の用意が出来ました。既に皆さま、お越しになっております」
「わかった。アンディ、そういうわけで食事にしよう。ヤノス、お前は先に行け。アンディはわしが連れて行く」
執事が頭を下げて退出していった。

そうして領主に連れられて広間へと向かった。
どうやら建物の入り口すぐ横のドアの向こうが広間だったようで、そこを開くと既に他の冒険者達が待っていた。
広間は壁から天井に至るまで細かく装飾がなされており、他の貴族なんかを招くことも考えて作られているようだ。
1階の面積の半分を占めるだろう広さはダンスホールとしての役割もあるのだろう。
ドアを開けた際に中の人たちで交わされていた会話の音が響くのが解る。

全員が領主の入室に気付き、話をやめてこちらに注目している。
俺が領主の後ろに付いて入ると、それを見て驚き、そしてニヤニヤしだした。
このニヤ付いてる奴らは俺が噂話を領主に根掘り葉掘り聞かれたことを想像しているんだろう。
事実、その通りなのだからその想像は合っている。
だが俺はその噂の訂正を既に領主自身に対して行っているため、これ以上油を注ぐことは出来ない。
それだけが救いか。

「皆、よく集まった。先だってあった街の危機に立ち上がった諸君にまずは感謝する。街の存亡の危機に置いて勇気を示したその行いは街を治める立場の者として誉である。ささやかではあるが酒と食事を用意した。今日は存分に楽しんでいってくれ」
ワッと歓声が上がり、領主が拍手に手を挙げて応えていく。
そのまま広間は宴の場へと変わった。
壁際に並べられたテーブルの上に乗った皿に盛られた食事へと次々に人が群がっていく。
食事会と聞いていたが、これではバイキングだな。

領主は先程からギルドマスターと話し込んでいる。
時々笑いながら俺の方を指さしているのであまりいい予感はしない。
いや、気にしてはいけない。
俺も今は食事に集中しよう。

用意された食事はどれも色とりどりの食材をふんだんに使われており、目でも楽しめるものとなっている。
やはり圧倒的に肉料理が多いが、中には味が想像もつかない料理もあり、見た目とのギャップを楽しめた。
酒も用意されていたが、皆無茶な飲み方をせずじっくり味わっているようだ。
漏れ聞こえる声によるとかなり高級な物のようで、一気に飲むのは勿体ないらしい。

酒以外の飲み物では果物ジュースがいくつか用意されていたが、こちらも中々いい物を使っているのだろう。
こちらは俺以外にはあまり人気はないので遠慮なく独占させてもらっている。
そう言えばこの世界ではカクテルを見た事が無い。
せっかくだから一つ作ってみるか。

この辺りでよく飲まれているのはエールや酸味の強い果実酒が多いが、今日の会で供されているのはワインが多い。
ワインのカクテルはあまり知らないが簡単な物なら知っている。
今用意できたのは赤ワインとオレンジジュースだけ。
なにか甘味があればと少し探したが、見当たらないのでこのままでいくしかない。

今から作るのはワインクーラだ。
ワインと果物のジュースとシロップを混ぜて作る簡単なものだ。
本来はここに氷を入れるのだが、用意できそうにないのでこれも省く。
ここにあるワインの味がわからないので、オレンジジュースっぽいものにワインを少しずつ量を足していく形で作る。
最後にカップに輪切りにしたレモンっぽい果物を浮かべる。
もっといろいろ手を掛けるもんだが、限られた材料で作る、なんちゃってカクテルの完成だ。
…うん、いいカクテルだ。
この時、もっと周囲に気を配っていればあんな悲劇は起こらなかったのに…。

「おーい!アンディがなんかやってるぞー!」
酒を飲んでいた冒険者の一人に見つかり周りにバレた。
「なんだなんだ」
「酒を混ぜてんのか?変わってんなぁ」
「どれどれ、お!結構いけるぞ」
わらわらと集まって来た奴らにカクテルを没収されて次々と回し飲みされていく。

みんなうまうまと飲んでくれるのでうれしくなり、次々と振る舞っていく。
途中から領主も加わり、俺は異世界バーテンダーとしてカクテルを作り続けた。
「口当たりが軽い。これなら女性でも飲みやすいな」
「はい、これならば奥様にもお勧めできます」
領主と執事の会話から女性受けの保証が得られた。

結構作り続けて来たので、周りの人も作り方を覚えていき、今はカクテル試作で味を競い始めている。
最初こそは俺の作ったものに倣っていたが、途中からは度数の高い酒を混ぜ始めた。
やはり荒くれ者はアルコール度数の高いものを求める傾向にあるようだ。
あーだーこーだと試飲と品評が盛んに交わされ、いつの間にか食事会から宴会へと成りつつあった。

昼から始まったこの食事会だが、結局宴会へと移ってしまい、俺だけ先に帰らせてもらった。
外はもうすぐ夕方になろうかという時間で、これからどうするかを考えながら門を出た。
今からギルドに行っても依頼を受ける時間が無いし、市場ももう大分捌けてしまっているという半端な時間帯に暇になってしまった。

そう言えば、今までは必要なかったが冒険者として活動していくのなら武器を用意しないとまずい。
一応武器代わりとして鉈を持っているが、やはりちゃんとした物の方がいいだろう。
そう思って以前利用した武器屋へと向かうことにした。

「いらっしゃいませ」
以前と同じ男性の店員に迎えられて早速店内を物色する。
オーソドックスな剣から変わったものだと斧と槍の融合した、いわゆるハルバードというやつだろうか?
色々あるがどれにしたものか。
「武器の選択でお悩みですか?うちは助言などもしていますが」
悩んでいると店員に声をかけられた。
「あ、ええ、じゃあ…お願いできますか?」
正直武器の選び方なんぞさっぱりの俺からしたらアドバイスはありがたい。
早速俺の要望を伝えていく。

「俺は基本的に魔術を使うんで、あまり武器に拘りはないんです。それで出来れば刃物は除外して、間合いを確保できて魔術を使用するときに邪魔にならないのがいいんですが。…どうでしょう?」
無茶な注文だとは思うが、武器のプロなら答えを持っているかもしれない。
目をと閉じて少し考えてから、店の奥の一角に案内された。
そこには刀剣類以外の武器が多く並んでいる。
ハンマーやメイスなど鈍器類、棘のついた鞭からただの鎖までと様々な物がある。
そこで勧められたのは2本の棒状の武器。
というか棒だ。棍というやつだろうか?

「こちらの2つがお客さんの要望に応えれるものですね」
そう言って一本を俺に渡して来た。
渡されたのは1メートル半ほどの長さで、金属製のため中々重量がある。
「今手に持っているのが、普通のスタッフですね。とにかく頑丈で、ちょっとやそっとじゃ折れも曲がりもしないので、お勧めですよ」
確かにこれなら壊れる心配もあまりないから修繕費なども気にしなくていいだろう。
これは買いだな。
だが、2本用意したということはもう一本の方にも何か勧める理由があるのだろう。
それを聞いてからでも遅くはない。
「ではもう一本の方ですが、こちらはトネリコスタッフといいます。トネリコの木を使っているので魔術との親和性が高く、詠唱の邪魔をしないという利点があります。欠点は木製なのでそれほど耐久性が高くない点かと。どうぞ、持ってみてください」
そう言われてトネリコスタッフを渡された。

手に持ってみると、確かに魔力の通りがいいようで、魔術の発動を意識すると棒の先まで腕が延長される感じがする。
魔力の伝達距離が延びるとそれだけ間合いと発動待機の時間が稼げるため、詠唱補助としての機能は確かにある。
だが、そもそも詠唱をしていない俺からしたら全く必要ではないな。
そう考えると最初に渡された普通のスタッフが一番使いやすい。
俺が魔術を使うとの情報を与えてしまったばかりに、これを用意してくれたんだろう。

「最初の棒はいくらになりますか?」
問題は金額だ。
剣に比べれば加工が簡単なのだから、あまり高くないだろう。
「そちらでしたら金貨一枚でいかがでしょう」
「…高くないですか?言ってはなんですが、金属の棒ですよ?」
俺の身もふたもない発言に気を悪くするかと思いきや、店員は困ったように笑う。
「皆さんそういわれますが、実際剣よりも多くの鋼が使われてるんです。確かに加工の手間が少ない分安くなりますが、もともとの鋼の値段でこれだけになってるんです」

言われて納得する。
長さ1.5メートルの棒となると使われている金属が多くなるのも当然か。
この店の普通の剣の値段が大銀貨5枚なのを思うと倍の金額だが、ランニングコストは抑えられるだろうから長い目で見れば得になるはずだ。

その場で金貨1枚を支払い、背中に背負うのに便利な紐をサービスで着けてもらった。
買った物を据わりのいい位置に固定して店を後にする。
とにかく高い買い物だったが、この先冒険者として活動していく上での必要経費だと割り切ろう。
そう思い、すっかり夕暮れに染まった街を歩いていく。
今日はもう宿に帰ろう。
明日から稼がなきゃな。
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