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これは嘘をついている味だぜ

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街の封鎖が解かれた次の日は、朝から中々の騒ぎになっていた。
1日とはいえ足止めを喰らっていた商人や冒険者が遅れを取り戻さんとばかりに次々と旅立っていく。
危機が去った街はもはや日常を取り戻しており、事情を知らなかった一部の住人には改めて封鎖の理由が説明され、自分たちが置かれていた危機に戦慄するも、既に脅威は取り除かれていることを喜び、ちょっとしたお祭り騒ぎに発展していた。

そして、昼に差し掛かるとこの騒ぎも最高潮を迎える。
昨日討伐したアプロルダが簡単な解体処理をされて、街の門前に運ばれてきたのだ。
日が昇ったばかりの早朝に街を後にして、アプロルダの死体の回収に向かった荷馬車7台が荷物を満載にして戻って来た時などは、一目見ようと人々が門の外まで溢れていたほどだ。
積めるだけ積んで戻って来た荷馬車のアプロルダの肉やら骨、皮に爪牙といった素材が門の前に臨時で作られた解体場に次々と積み上げられていく。
冒険者たちも全員戻っており、今はギルドでギルドマスターから労いの言葉をかけてもらっているはずだ。

そんな中、俺はというと、ギルド職員に交じって解体を手伝っていた。
運び込まれてきたアプロルダの肉塊を前に、さきほどまで解体をしていた男達が唸っている。
男達は皆一様に怪訝そうな顔だ。
「この肉、食えるのか?誰か解る奴いるか?」
「さあ…?なんせ普通は出会わない奴だからな」
「確か爪と牙に毒があるんだっけか?大丈夫かよ」
確かにその心配はわかる。
だが俺は余り気にすることはないと思う。
蛇やトカゲなんかは毒があるのは特定部位だけで中の肉は大丈夫ってのをよく聞く。

「なら俺が食ってみますよ。火の準備だけお願いします」
肉を前に唸るだけというのも時間が勿体ない。
アプロルダの肉を食べた事のある人間がこの場にいなかったので、それなら俺がと名乗り出て、さっと焼いて食べてみた。
ワニなら鶏肉の様な淡泊な味のはずだが、こいつは違った。
確かに淡泊な味わいだが、中からジューシーな旨味が溶け出すようだ。
どことなくスッポンのように思えるが、それより数段旨い。
皮と肉の間にしっかりとしたコラーゲン質もある。

「おい、どうだ。体に異常はないか?味は?」
一応俺の身を案じているが、味も気になっているようで、あまり深刻な口調ではない。
まあ、うまいんだけど。
……焼くだけだとリアリティに欠けるな。
よし、湯通ししてあっさり系の味わいも確かめよう。

「おい、もう充分だって。味見はもういい。食えることはわかったんだからな」
「どんだけ食う気なんだよ。ま、その反応を見れば味もよさそうだが」
そう思って準備を始めたところで、周りの連中に腕を掴まれて止められ、味見終了を言い渡された。
あわよくばこれで昼食でも、という俺の目論見は脆くも崩されてしまった。

俺の太鼓判で街の人へ肉は振る舞われ、余った分はギルドが買い取り、今回の依頼に参加した冒険者達へ報酬として分配される。
直接戦闘に加わった者は当然ながら、他にも街の防衛や雑用などで動いていた冒険者達も分配の対象となる。

普段出回ることのない素材に商人だけでなく職人も加わり争奪戦が始まっていた。

解体の手伝いを終え、ギルドへ戻るとイムルに呼ばれて窓口へと向かう。
「アンディ君、お疲れ様。はい、コレ。今回の討伐と解体手伝いの報酬ね」
そう言ってお金が入った小袋をカウンターの上の皿に置いた。
中の数枚の硬貨が鳴らした音が綺麗な高音だったため、金貨もあり得るな。
袋ごと受け取りポケットへと滑り込ませる。

「ありがとうございます。…そういえば領主様っていつ戻ってくるかわかります?」
「うーんそうねぇ、早ければ5日後には戻ってくると思うけど、まあ普通なら1週間後ね。多分今はここの町にいるんじゃない?」
カウンターの上に広げた地図を指でなぞった先を指先で軽く叩いた。
見ると王都まで続く道の5分の1ほどの位置だった。

「え、そんなにかかるんですか?地図だとそんなに離れてないと思うんですけど」
「アンディ君って馬車に乗ったことないの?馬車って1日中走り続けるものじゃないの。明るい内の半分の時間位しか走ってないのよ。だからこれくらいの距離でも時間が掛かっちゃうのよね」
思い返すと、この世界で最初に俺が乗ったのは荷馬車に半日だったな。
まあ人を乗せることを前提とした馬車ならそんなもんか。
しかも移動時間に加えて、引き返す理由を王都側に伝える手紙なんかも用意しなければならないだろう。
とりあえずまだまだ時間はかかりそうだな。



この日の夜、アプロルダ討伐の成功を祝い、酒場を一つ借り切って打ち上げが行われた。
討伐に参加した者以外の協力者も招いたもので、店内は大勢で賑わっていた。
「おう、アンディ!飲んでるか…ってそういやまだ飲める歳じゃなかったか…」
そう言ってほろ酔いの冒険者が酒を注ごうと近寄ってきたが、俺が飲んでいる果物ジュースを見て一瞬眉を顰めてその理由を思い出し、バツの悪そうな顔をしていた。
「ご心配なく。俺にはこれで充分ですよ。それに結構楽しんでますから」
持っていたカップを持ち上げて酌を断る。

このやり取りももう何度目か。
皆俺に酒を勧めてくるが、一様に俺の歳を思うと引き下がっていく。
中にはそれでも気にせず酒を飲ませようとする者もいたが丁重に断った。
大人だった頃は多少は飲むこともあったのだが、今は子供の身なので純粋に成長の為にもアルコールは取らないようにしている。

「人気者だな」
そう言って俺の席の対面に腰掛けてきたのはコンウェルだ。
怪我の治療が終わったばかりなので飲酒を控えているため、この場では数少ない素面だ。
「断るだけで忙しいですよ。俺はまだ酒を飲めない歳ですから」
「皆、酒を勧めて改めてお前が子供だって思い出すんだよ。…にしてもなんだよ、この飯の量は」
俺の前にはこの店で出している料理の全種類が並べられている。

打ち上げの費用はギルド持ちなので、俺は遠慮なくメニューの品を片っ端から注文した。
肉に魚に野菜と色々あったが、やはり香辛料を使ったものが一番旨いし一番値段が高い。
いい機会なのでたくさん食べたかったが、子供の体には量が多かったので今は大量に余っている。

「酒を飲めないなら食うしかないか。俺も似たようなもんだがな」
目の前の料理へ手を伸ばしながら愚痴をこぼす。
この人も本来なら宴の中心で酒を酌み交わして騒いでいるのだが、怪我のせいでこうして楽しめないでいる。
それが少し不憫に思えて、俺の前にあった料理の乗った皿を彼の前に押し出した。
俺の気持ちだ、ドンドン食べてもらいたい。
決して残飯処理係にしたわけではない。

「その時!コンウェルが飛び出し、アプロルダの首元に向かって渾身の一撃を叩きつけた!」
名前を呼ばれたと思ってコンウェルが後ろを振り向いた。
どうやら参加した者の一人がアプロルダの討伐の様子を身振り手振りで語っているようだ。
クライマックスのようで、語っている者も周りを囲んでいる者も一様に熱が入っている。

「しかしアプロルダはそれでも倒れなかった…。身を捩るアプロルダに吹き飛ばされていったコンウェルを守らんと仲間たちが飛び出して行った」
あの時は焦ったな。
鱗の硬さを考慮しても、魔道具に分類される武器ならいけると踏んだ俺の浅慮だった。

「負傷した仲間を守りながら巨体に対峙し、もはやこれまでかと覚悟した……その時だ!アプロルダの頭上に山の様な岩が生み出されていく!」
…ん?そうだったか?
いや、そこまで大きくなかったろ。
あいつ、話を盛っているな。
まあ酒の席だし、多少は大袈裟にもなるか。

「なんとその岩山を生み出したの我らが軍師、アンディだ!それに気付いたアプロルダが上を向き恐怖に慄いた。だがもう遅い、『これが人間の力だ!』と、その言葉と共に慈悲もない岩の一撃で首を叩き折られ、ついにはアプロルダは絶命した……」
しーんと静まり返った中、語り手の男がおもむろにジョッキを高々と掲げた。
「我らの勝利にっ!」
「「「「「勝利にっっ!!」」」」」
その場に唱和の声が響き、一斉にジョッキを空にしていく。

ちょっと待て。
俺はそんなこと言ってない。
そもそもアプロルダの首を折ったのではなく、岩の重量と衝撃を集約させた爆砕斧での切断だった。
あと俺の呼称がいつの間にか軍師になってるし。
話を盛るのはまだいいが、捏造はいかん。
訂正をしようとしたが、バカ騒ぎが大きくなり過ぎて俺の声が通りそうにない。
頼みの綱のコンウェルは大笑いして頼りにならない。
あぁ…、こうやって噂は尾ひれ羽ひれ胸びれ背びれが付いて広がっていくんだな。
落ち込んだ気持ちのまま席に座り込み、宴は続いていった。




打ち上げの日以降、俺はギルドに行くのをやめている。
あの時の連中がどういう具合に噂を広めているのか考えるだけで怖くて仕方ない。
そうやって宿でゴロゴロ過ごしていたが、今日はギルドに向かおうと思っている。
宿の娘さん、マースというんだが、その子が俺を日に日にダメ男を見る目で見てくるのが辛くなってきていた。
なのでこうしてギルドに向かうことで働いてますアピールをして、失った信頼を回復させようとしたのだ。

ギルドに着いて周りの様子を探るが、普段と変わった様子もなく、ホッと胸を撫で下ろした。
気になるのはフードコートに座っている冒険者の何人かがニヤニヤしていたが、理由はわかってる。
打ち上げのあの日、面白がって話を更にでかくして周りに語っていた連中だ。うぬれ。
今ではどんな話になっているのか怖くて確認もしたくない。
その内沈静化したら本当の話を広げるようにしないとな。

掲示板を見ていると、後ろから肩を叩かれたので、振り返るとヘルガが立っていた。
「ヘルガさん?何か用でも?」
「はい、ギルドマスターがお呼びです。案内いたしますので、こちらへどうぞ」
そう言って俺を先導して歩きだした。

前に来た時と同じように執務室へと着くと、ノックをして入室の許可をもらい中に入った。
ヘルガはドアを開けて俺を中に入れると、自分は入らず一礼だけして去っていった。
忙しいんだろうか?まあここからは俺一人でも大丈夫だけど。

「来たか。掛けなさい」
いつもの机ではなく、応接セットに腰かけてお茶を飲んでいたギルドマスターに促されて着席する。
何も言わず俺の前にお茶の入ったカップが置かれた。
前に飲んだのとは香りが違うが、これもまたうまい。

「呼び出したのは、今日、領主が到着することを伝える為じゃ。明日の午後に今回の功労者を集めて食事会が催される。特に準備は必要ないが、昼前には館の前に着いておくように」
「急すぎませんか?なんでもっと前もって教えてくれなかったんですか。俺にも心の準備―」
「お主がここ数日、ギルドに来なかったからじゃろうが。そもそも、どこに泊まっているのかすら知らなかったのじゃから、伝える方法もなかった」
ぐぅの音も出ない。
ここ数日顔を出さなかった理由を説明するのも嫌だし、泊まっている場所を知らせなかったのは俺の落ち度だ。

冒険者は別に滞在場所が一定とは限らないため、どこに宿を構えているかを申告する必要はない。
これが高ランクの者なら話は別だが、俺は黒という低ランク者。
危急の用の優先順位は高くないため、受付嬢にも聞かれることは無かった。
伝えていなくても誰にも咎められないが、普通は何かあった時の為にギルドに話をしておくのが推奨されている。
つまり、そういうことで俺には連絡が来なかった。
せめて普通の冒険者のように毎日ギルドに顔を出していれば、こんな急な話にはならなかっただろう。

「そう言えば、アプロルダの卵を持ち込んだ犯人は見つかりましたか?」
ふと気になったので聞いてみると、ギルドマスターは眉間にしわを寄せて難しそうな顔をした。
「被疑者は見つかったが、少々問題があっての…。まだ処分できずにいるんじゃよ」
その言葉から困り切っている色が滲んでいた。

卵を持ち込んだ犯人は確かに見つけた。
だが、既に始末されていたようで、路地裏で死体で発見される。
口封じに殺した犯人が持ち去ったようで、現場に卵は残されていなかった。
死体が所持していたギルドカードから商人ギルド所属の傭兵だと判明する。

「商人ギルド?冒険者じゃなくて?」
「どちらのギルドに所属するのも自由だし、どちらも依頼には事欠かん。ただ、商人ギルドの方は護衛や調達依頼の方に比重が置かれておる。区別の為に商人ギルドの方は冒険者ではなく、傭兵と呼ばれとるんじゃ。まあこの区分は今は余り定着しとらんが」
なるほど、今回の卵を取ってくる依頼は商人ギルドに出すのが妥当だと首謀者は判断したのか。

身元は分かったが手を下した者が見つからず、先日ようやく容疑者として見つかったのは4人の男だった。
僅かな目撃証言と現場に残された手掛かりから彼らへと辿り着いたが、全員が否認している。
現場の足跡と死体の傷跡から単独犯の仕業とわかっているため、内3人は無実だと言うことになる。
尋問しても誰が嘘をついているのか分からなくてほとほと困っていたそうだ。

「そうでしたか。…よかったら俺に尋問させてもらえませんか?絶対にとは約束できませんけど、もしかしたらボロを出させることは出来るかもしれませんよ」
「…お主がか?大丈夫かのぅ…、まあよかろう」
ギルドマスターの先導で執務室を後にする。
尋問に向かう途中に一つ頼むことにした。
それを了承したギルドマスターは職員に声を掛けて先に行かせた。

ギルドの尋問室は一見ただの大き目の部屋にしか見えない。
窓と出入り口のドアには鉄格子が付けられているが、それ以外は普通の部屋だ。
先程頼んだ通り、そこに4人を一片に集めてもらい、同時に尋問を開始する。
最初は当たり障りのない会話から初めて、相手の緊張が解け始めてから一気に勝負をかける。

「もう一度お聞きしますが、本当にアプロルダの卵に心当たりはありませんか」
「ないな」
「俺もだ」
「知りませんよ」
「知らんな」
4人ともが否認する。
当然そう返されることは想定している。

「そう言えばご存知ですか?アプロルダの卵から発されるにおいを吸い込むと鼻の頭が徐々に黄緑色になるらしいですよ」
「ふーん」
「だからなんだってんだ?」
「へぇ」
「嘘だろっ!?…ハッ!!」
4人のうち3人は俺の言葉に特に反応を示さなかったが、一人だけ鼻を抑えていた。
「ええ嘘です。ですが、間抜けは見つかったようですね」
思ったよりあっさりと罠にかかってくれたことに気分がよくなり、ニヤけ顔を抑えるのに苦労する。

一人を除いた室内の全員が厳しい視線を注いでいる男こそが、運び役を殺害し、アプロルダの卵を持ち去ったと自白したようなものだ。
「このガキっ!ハメやがったな!!」
罠にかけられたことに気付き、俺に飛びかかってくるが、周りにいた衛兵と他の冒険者に取り押さえられた。
犯人が喚きながら外へと連行されていく。
彼には殺人と騒乱幇助など諸々の罪が適応されるらしい。

犯人が分かったので、他の容疑者が解放される。
皆口々に不満は言ったが、それ以上に面白い出し物を見た気分だと言って帰っていった。
「…まったく、あんなものは詐欺師のやり口じゃぞ」
「真犯人が分かったんだからよしとしましょうよ。では俺はこれで」
ギルドマスターの呆れた声を背に受け、ギルドを後にした。
これで本当の意味で事件は終結を迎えたと言っていいだろう。




翌日、俺は領主の館の前にいた。
さすが大きな街の領主だけあって目の前に立つ館は立派なものだ。
サッカーコート2面ほどの広さの敷地の3分の2を占める2階建ての館は、黒い外壁に取付くように白い壁材で鳥や植物の装飾が彫り込まれており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
周りは煉瓦だろうか、赤茶色の壁がずっと左右に広がっていた。
正面の門の前には武装した兵士が2人門番に立っているのだが、さきほどから俺を警戒しているようで、じっと見られている気がする。

昼前には着いてろと言われたが、ここにいるのは俺一人だけ。
てっきり他の皆もいて、一緒に中に入れてもらえると思っていただけに、少し戸惑っている。
もしかしたらみんな既に中に入っているのかもしれない。
思い切って門番に声を掛けてみるか。

「あのぅ、お仕事中失礼します。今日こちらに招待されているアンディと申しますが、入ってもよろしいでしょうか?」
なるべく丁寧な言葉で機嫌を損ねないように話しかけると、右側の兵士が答えてくれた。
「失礼ですが、ギルドカードの提示をお願いします。……確認しました。どうぞ、奥の扉から中へお入りください」
そう言って門を開き、俺を館の入り口へと送り出す。

前庭には煉瓦が敷き詰められており、馬車が2台は並んで通れる広さの道の両端には花の植えられているプランターが並べられている。
その向こうには芝生のような緑が広がっていた。
そこを5メートルほど進むと建物の入り口が両開きの高級そうな木で出来た扉に着いた。
ドアノッカーと思われるものを叩くと、重い音が鳴り響き、そのまま待っていると静かに扉が開かれていった。

ドアの向こうに立っていたのはどこからどう見ても執事としか思えない人だった。
4・50歳ほどか。
タキシードではないが、それと似ている雰囲気の服装は仕立ての良いもので、恐らく使用人の中でも上位の人間に与えられるものだろう。
白髪を後ろに撫で付けてモノクルを付けた顔に刻まれた皺は過ごした年月の重みがあり、知性の宿った瞳は確かな教養を感じさせるもので、身長180㎝ほどと体格もかなりよく、歳のわりに鍛えているようで立ち姿もしっかりと安定している。

「お待たせしました。当館はルドラマ・ギル・エイントリア伯爵の館にございます。失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「今日こちらに招かれた、冒険者のアンディと申します。他の人が見当たらないのでこちらへ通していただきました」
「アンディ様ですね?当主より伺っております。生憎会場の準備がまだ出来ておりませんので、もう暫くお待ちください。ついては我が主が話の席を設けたいと申しておりました。よろしければそちらへお付き合い願えますか?」
そう言ってこちらに同意を求めるが、既にそういう場を用意されているのなら断ることはできない。
恐らく昼前に行けと言うのもこのためだろう。
なんてことだ、ギルドマスターに騙された。

「わかりました。案内をお願いします」
「かしこまりました。どうぞ、こちらです」
俺の前に立ち先導していく執事に付いて歩きながら、館の中を観察していく。
廊下は板張りだが、壁紙だろうと思われるもので覆われた周りは明るい色が多く、暗さをあまり感じさせない。
調度品もあまり多くないが、それだけいいものを厳選しているのだろう。
俺の目に映る物どれもが高そうに思える。

それにしても、先程から目の前を歩く人物の存在感の大きさと来たら、とても一使用人が持つ者とは思えない。
大都市の領主ともなると使用人の質もこうまで引き上げられるのかと感心するとともに、微かにのこる棘のような違和感も覚えた。
しばらく移動していると、一室の前で止まった。

「旦那様、アンディ様をお連れしました」
「入れ」
執事がドアにノックして入室許可を求めると、中から硬い声で返された。
開かれたドアをくぐると中は執務室のようで、応接セットがまず目に入り、その向こうでは机に向かい仕事をしている男がいた。
こちらも金髪をオールバックにしていて、どことなく疲れた雰囲気がある。
年齢は執事と同じ位か。
線の細い体つきに神経質そうな顔が文官の印象を与える。

使っているペンがあまり質はよくないが、よく使いこまれているようで何度か修繕されている痕が見える。
手元の書類に何か書き込んで脇の文箱にどけてから席を立ち、俺の方へと歩いてきた。
近づいて分かったが、身長が170㎝ほどと思ったよりも小さい。

「お前がアンディか。まあ掛けてくれ」
「失礼します」
俺が席に着くのを見てから領主も席に着く。
机の脇のティーセットに手を伸ばし、領主自らお茶を入れようとして、執事が横から奪ってお茶を入れる。

「話には聞いていたが、本当に若いな。まだ子供と言ってもいいのではないか?」
話に聞いたとはギルドマスターからだろうか。
いやその前に確認しなくてはならないことがある。
「その前に、不躾ながら私の質問にお答え頂けますか?」
俺の一言に話を中断し、こちらを訝る領主。
お茶を入れていた執事もその手を止めてこちらを観察するように見ている。
上位者の話を遮るのは失礼なことだとはわかっているが、それでも疑問を抱えたまま平然と会話を進めるわけにはいかない。

「かまわん、質問とはなんだ」
「では…、あなたは領主様ではありませんね?一体どなたでしょう?」
その言葉に室内の空気が一気に凍り付いた。
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