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掃除ぐらい良いじゃない 依頼だもの

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冒険者の朝は早い。
基本的に24時間営業のギルドだが、1日で人が最も多い時間帯が2度訪れる。
まずは朝、掲示板から依頼を選び仕事へ向かう冒険者が最も溢れる時間帯。
そして夕方、その日の成果を手に、ギルドへ帰ってきてその手に稼ぎを手にし夜の街へと繰り出す。
程度の差はあれど、大概の冒険者はこのようなリズムで一日を送る。

制限付きの冒険者の朝はもっと早い。
依頼というのは早い者勝ちだ。
特に低ランクともなればその人数は相当多い。
必然的に人気のある依頼から捌けていくことになり、残されるのは人気のない、割に合わない依頼であることが多い。

そういった仕事はギルド側が低ランク者救済の為に定期的に張り出しているため、それを受けるだけでとりあえず最低限の報酬は手に出来る。
出遅れた者はその日の稼ぎを得るためにやむを得ず人気のない仕事へと向かっていくことになるのだ。

掲示板の依頼が更新されるのは夜明けから早朝にかけての頃なので、その時間が近づくとギルドの人口密度は一気に跳ね上がる。
依頼用紙の張り替えがされると、途端に人が掲示板に群がり出し、次々と人の流れが出来ていく。

俺も例にもれず、早朝から依頼を見に行くのだが、子供の体格で人の群れに突撃すると身動きが取れなくなるので、今では残り物を漁るようになっている。
残されたものは大概、キツイ割に報酬が少なかったり、ひたすら面倒な仕事だったりすることが多い。

その中でも特に人気がないのが、街の外縁部に広がる農地の開墾手伝いだ。
報酬は割と高めだが、それだけキツイ仕事であり、本当に仕事がなく困っている人がやむを得ず受けるくらいだ。
だが俺にとってはこの仕事は楽に稼げる、ボロい仕事なのだ。

「これ、お願いします」
「はーい、…アンディ君またこれぇ?」
そう言って呆れた顔をしているのは、受付嬢のイムル。
茶髪のポニ―テールと頭の上の犬耳がが活発そうなイメージを与える犬の獣人だ。
この人は最近入った新人で、朝の時間帯にいることが多い。
新入社員というのはいつの世も過酷な現場に送られるもんなんだな…。
まあ、イムルは朝から元気が有り余ってる感じだが。
…犬の獣人だからか?…関係あるか?

「ここの依頼主からのアンディ君の評判はいいんだけどさぁ、あんまりこればっかり受けてたら経験にならないよ?」
そうなのだ、俺はもう既にこの依頼を1週間連続で受け続けている。
初日は依頼人に子供が来たということで渋い顔をされたが、土魔術で一気に開墾していったらそりゃあもう大喜び。
その日のノルマを2時間で終わらせてしまったので、報酬に色を付けてもらってホクホク顔で帰ったものだ。

土魔術で派手にやってよかったものかと思ったが、依頼人が意外と平然としていたので、大丈夫だろうと思った。
それからというもの、俺はこの依頼を受け続けた。

朝行って1・2時間畑を作って、少し増えた報酬を貰い宿に帰る。
午後からは市場を冷かしたり、教会で本を読んだりして過ごす。
午後にもう一度別の依頼を受けることも出来たが、まあ金に急かされているわけでもなし、俺なんかにはこんな暮らしで充分なんですよ。

「仕方ないじゃないですか、他のを取られちゃってこれしか残っていないんですし」
「嘘ね。別の依頼があっても他の人が持って行くのを見てるだけじゃない」
見られていたか。
確かに他の依頼に見向きもせず、この依頼書をさも仕方ないとばかりに持って行ってたが、まさかバレていたとは。
土魔術を使える俺からしたら天職としか思えないんだが。
いっそこの世界でも農業を始めてみるのも手か?

「アンディ君が依頼をサクサクこなしてくから今年度の開墾計画が大分前倒しになって、領主様が忙し過ぎて困ってるらしいって。うちの上司が役人に愚痴られてたわよ」
「そうは言っても俺は依頼をこなしてるだけですし。俺も生活があるんですよ」
実際この周辺の開墾速度は異常だと思う。
聞いた話だと、本来は1カ月かかる予定だったのが、俺が土魔術を使って5日ほどで終えてしまったから、追加で開墾地の整理をする人員を急遽かき集める必要があると、前に依頼人がこぼしていた。

だが確かにこのまま同じ依頼を受け続けてもいずれ飽きてしまうか。
そう思い、別の依頼を探してみることにする。
掲示板前に戻り、依頼書を見てみるが、やはり良いものは残っていない。
俺のランクで受けられるのはさっきのを除くと2件だけ。

一つは服屋の手伝いで、商品の服の修繕に人手を欲しいとのこと。
募集人数は6人とあり、依頼書の下に下げられている木札は残り2枚となっていた。
俺は自分の着ている服を自作できるだけの縫製の腕はあるが、この依頼は受注できない。
理由は注意事項として女性に限るとあるからだ。これは除外。

残る依頼は薬師の手伝いだけだ。
内容は薬師の家に行き、雑事を片付けるだけのようだ。
これだけ見ると特に大変そうに思えないのだが、残されるには理由がある筈。
とりあえず詳細を聞こうと思い、受付へと向かう。
イムルの所が今は空いてるのでそこでいいか。

「イムルさん、この依頼なんですが、詳細を教えてもらえますか」
「はいはーい。えーと、ああこれね。依頼人はバスヌさんていう薬師さん。悪い人じゃないんだけど、研究者肌で没頭すると身の回りのことが何にもできなくなるの。だから時々こうやって依頼を出して掃除とか洗濯をしてくれる人を募集するのよ」
「なるほど。聞く限りだと楽な仕事に思えるんですが、取り合いにならず残ってるには何か理由があるんですね?」
依頼書によると1日身の回りの世話だけで銀貨1枚が貰えるのだ、駆け出しの冒険者が得る金額としてはいい方だ。
にも拘らず誰も手を出そうとしないということはメリットを上回るデメリットがあるからだ。

「まーわかっちゃうよね?今まで何人か行ったんだけど、一回きりで二度行った人はいないわね」
「そのバスヌさんに何かされたんですか?」
「気難しいらしくて、何をするにもあれに触るなとか動かすなとかでまともに掃除もできないのよ。そんなだから依頼を受ける人がいなくなっちゃって。この依頼だってもう半年は残ってるんじゃない?」
なるほど、典型的な研究者だな。
一回行ったら精神的な疲れで二度と行きたくなくなるんだろう。

「とりあえずこれ受けてみます。手続きをお願いします」
「本当に?助かるわー。そろそろ誰か職員を行かせようって話になってたのよ」
多分その場合は一番新入りのイムルが行かされるんだろうな。
それを回避できることの喜びも、今の言葉には混じっているんだろう。
「こういうのこそ強制依頼でやらせたりしないんですか?」
「今は強制依頼を負わせれる人はいないからね。それにこの依頼だとランクが低すぎて対象から除外されるかもね」

手続きを終え、家の特徴と場所を教えてもらいギルドを後にした。
依頼主は街の西地区に住んでいるとのこと。
店舗兼住宅のごく一般的な販売形態をとっているようで、家の造りは周りの建物とよく似ているが、入り口のドアには薬師の店を示す、杖に植物が絡まっている看板が提げられている。
立地と外観は聞いていた特徴と一致しているので、ここだろう。

早速中に入ると薬の匂いだろうか、独特な匂いが満ちており、6畳ほどのスペースしかない店内はカウンター越しに薬を売り渡すスタイルのシンプルな構成だ。
普通はカウンターに誰かしらいるものだが、無人ということは商売する気があるのか疑問である。
カウンターの上に呼び鈴を見つけたので強め、多めに鳴らした。

しばらくするとカウンター内の左にあるドアが開き、中から男性が怠そうに歩き出てきた。
歳は30程か、無造作に伸ばした赤髪を後ろでざっくり括り、伸ばし放題の無精髭が生活のだらしなさを感じさせる。
睡眠が取れていないのか、眠そうにしている目は今にも閉じられそうだ。
白衣代わりのローブだろうか。
元は白かったと思われるそれは何かの汁やらインクやらが飛び散ったようで、汚れが目立っていた。

「いらっしゃい、どんな症状だ?」
「バスヌさんですね?冒険者ギルドからの依頼を受けてきました、アンディです」
そう言ってギルドカードを差し出し、確認させる。
「確かにバスヌは私だが……依頼?そんなもの出して……いや、そう言えばそうだったか。半年前の事だから忘れていたな。まあ、いい。とりあえずこっちにきてくれ」
そう言ってカウンターの横の天板を上げて中に招いてもらった。
さきほどバスヌさんが出てきた扉を通り、奥の生活スペースと思われる場所へと先導される。

着いた先はまさに研究室といった様相だ。
テーブルの上に乳鉢と金属のビーカーの様な物が乱雑に置かれており、空いたスペースに書きかけの羊皮紙がこれまた乱雑に放置されていた。
何かを煮込んでいるのか、強烈な青臭さを放つ液体が鍋に入れられて火鉢の上に乗せられている。

「それで、たしか依頼には雑用を頼んだはずだが、それであってるか?」
「ええ、そうです。実際の作業はバスヌさんから聞くようにと言われています。どういったことをやりましょうか」
そう言って勧められた椅子に腰かけて話を始める。
「見ての通りこの散らかりようだ。まずは掃除をしてもらいたいが、物を動かす際には必ず最初に私に声を掛けてくれ」
「配置先を把握する為ですね。わかりました」
俺の言葉に感心するように頷いている。

今まで来た人達が掃除をしにくいと思ったのはこれを理解していなかったからだろう。
研究者というのは置いている物の場所は常に把握している人種だ。
なので掃除の際の物の移動も把握していないと、いざ使おうとした時に困るのだ。

「そこのドアを抜けると、寝室になっているが、そこに服や寝具が置いてある。それらを洗濯してほしい。向こうに洗濯道具があるからそれを使ってくれ」
洗濯に関しては特に言われなかったが、そうはいかない。
「洗濯ですが、衣服に着いた薬剤などで水に溶けるとまずいものはありますか?」
「ほう…。いや、大丈夫だ。そういった物は扱っていない。そのまま洗ってくれて結構だ。……君は今までの者とはずいぶん違うな。感心したぞ」
またもや感心された。

現代日本では環境意識などの問題が学校でも学ばれるくらいなので気を使うが、薬を扱わない普通の人間はそう言った考えにはなかなか至らないだろう。
どんな薬を作っているかわからないが、体にいいものだけを使っているとは限らないのが薬剤師という物だ。
なので洗濯を頼まれるとわかった時には真っ先に確認しようと思っていたことだ。

早速作業に取り掛かった。
まずは掃除からだ。
バスヌに確認してもらい、大きなものを動かしたら、さっさと片付けていく。
細かいものは先にバスヌに回収してもらい、残すものと捨てるものに分別する。

洗濯に関してはあっさり終わる。
俺には水魔術で洗濯機を再現できるので、洗濯板でゴシゴシといったことはしない。
一気に渦巻く水流を閉じ込めた水球に洗濯物を放り込んでしばらく待つだけで、あら不思議。
汚れが楽に落ち、しかも布の傷みも無く出来上がる。
それでも量が多いので、一度に水球を3つ出して操るやり方で早く終わった。

バスヌは俺の水魔術の使い方に食いつき、説明を求められたが、特に隠すこともない単純なやり方なので作業をしながら教えた。
バスヌ自身は水魔術を使えるのだが、魔力量はさほど多くないようで、俺のような真似はできないそうだ。

「だったら、桶に水を張って水流を作ったらいいんですよ。こういう具合に」
そう言って大きな桶に水を張り、そこに水流を作り服を放り込む。
最初は俺が流れを作り、それを手本にバスヌが操る。
「なるほど、こうすれば洗濯が楽になる。だが、これは魔力が持たないな」
「確かに常時水流を操作すればすぐに魔力は無くなりますが、なにもずっとやっている必要は無くて、最初に水に勢いを与えたらすぐに手を放して、流れが弱まったらまた勢いを与えるやり方にすればいいんです」
そういって実演で教えると、バスヌもしばらく続けることができてコツを覚えたようで子供のようにはしゃいでいた。

「アンディ!これはすごい発明だ!もっと世の中に広げるべきじゃないか?」
「まあ便利なことには違いないですけど、そもそも水魔術を使えるのが前提なんで、誰もが使えるというわけにはいかないでしょう」
「…むぅ、そうか。…そうだな。冷静に考えれば解ることか。少しはしゃぎ過ぎたな。だが、これはいいものだ」
今は作業を終え、一息ついている。
椅子に座り、バスヌと話をしているが、今日はもうやることは無いそうだ。

報酬をもらい後は帰るだけなのだが、時間がまだ早いためバスヌの研究の話を聞いてみたくなった。
洗濯魔術(俺命名)の礼にと昼食を用意してくれた。
普段料理はしないらしく、塩味の麦粥だったが、ありがたく頂戴した。

「バスヌさんはどういった研究を?」
「私か?そうだな…、解り易く言うと病気になる前に治す薬を作る、というものなんだが。…まあ理解できんか」
そう言って自嘲的に笑い、遠い目をする。
対処療法が一般的なこの世界では理解され辛い話かもしれない。
辛い思いをしたことがあるのだろう。

「へぇ、予防医療ですか。すごいじゃないですか。やっぱり免疫を高める方向ですか?それともワクチンを?」
俺の言葉を聞いてギョっとした顔をして、次の瞬間には泣きそうな、嬉しそうな顔をして立ち上がった。
「き君はわかるのか!?これを治療と、医療と理解できるんだな!?」
興奮した様子で俺の肩を両手で揺さぶって来た。
ちょ顔が近い、うわっ唾が!
「あばばば、ちょちょっちょ、バスヌさん落ち着いて下さいよ!あと肩が痛いです」
「あっ…すまない。少々興奮してしまったようだ」
あれを少々と言えるあなたが俺には恐ろしい。

ようやく落ち着いたようで、バスヌが口を開いた。
「…私は以前、王都の有名な薬師の元で教えを乞うていたことがあってね。日々治療に追われている中で苦悩を抱えていたんだ。若造の思い上がりだと笑われるが、助かる人と助からない人の違いは一体何なのか、とね」
目の前で死んでいく人を見て己の無力を嘆き、苦しんだ。
ある日、ふと思いつく。もっと早く治療できていれば助かった命があるなら、そのもっと前の段階で病気を防ぐことはできないのだろうか。
そう思い立つと居ても立っても居られなくなり、なりふり構わず研究を始めた。
まったく未知の試みに薬学の重鎮たちからは失笑を買った。
周りは無駄なことと止めさせようとしたが聞く耳を持たず。
研究に没頭するうちに周囲から孤立していき、遂には自ら師のもとを去った。
だが、その師はバスヌの研究に理解を示しており、なにくれなく助けてくれたそうだ。
この街で研究をしながら暮らすことができたのもその師匠の助力があったからこそだった。

「研究はあまり捗っていなくてね。もう無理なんじゃないかと何度も思うようになっていた。このまま何も成果も出ずに、私の研究は無駄だったことの証明を、自ら示す日が来ると漠然とした不安を抱いていたものだ。だが、今日君が現れた」
長い昔話の後、力のこもった目で見つめられた。
「教えてくれ。君は私の研究の行きつく先を知っているんだろう?免疫とは、ワクチンとは一体何なのだ?」
バスヌは今にも縋りつきそうなほど前のめりになり、俺の言葉を待っている。

さて、困ったな。免疫はまだいい。
薬学を齧った人間なら、人体の仕組みを少し説明すれば理解できるだろう。
だがワクチンはそうはいかない。
ウィルスの説明から始めたら、俺のつたない知識だとどれだけ掛かるか。
うっかり口走ってしまったばかりに問い詰められたら困ることになるとは。

とりあえず免疫についての説明をして見た。
流石に医学の下地があるため、すぐに理解したようで、先程から羊皮紙に何かを書き続けている。
それを見守っている内に空が赤くなり始めた。
そろそろお暇しようかと思って声を掛けるが、集中しているのか生返事が帰ってくるだけだった。
少し強めに声を掛けてようやく気づいてくれた。

「すまない。昔から集中するとこうでね。何度も窘められているんだが直らないんだ。もう帰るんだろ?どれ、外まで見送ろう」
そう言って立ち上がり、店の入り口まで来てくれた。
街はもう夕暮れに染まり、家々から夕食の匂いが漏れ始めていた。
「もう少し話を聞かせてもらいたかったが、あまり遅くまで引き留めるのも悪い。だがまだ聞きたいことはある。また来てくれたら歓迎しよう」
「そうですね。また依頼を出していただければ来ることもありますし。その時はお邪魔しますよ」
そう言ってバスヌと別れて家路についた。

バスヌの考え方はこの世界だとかなり先進的なもののはずだ。
今までの研究が進んでいなかったのは方向性しか決めていなかったからだと思う。
そこへ俺の話が研究を加速させる起爆剤になる。
恐らく俺の話した事をまとめて研究に反映するのはまだ先になるだろう。
それでも手探り状態から立って歩けるようになった今の状態の方が何倍も進みは早くなる。
もしまた協力を求められたら、俺の出来る範囲で協力しよう。
それがこの世界の道を切り開く者の手助けとなるなら、こんなに嬉しいことは無い。

さあ、もう帰ろう。
今日の夕食は何だろうな。
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