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狼とドライフルーツ

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 SIDE:リッカ



 妖精と人間の生きる時間には大きな差がある。
 長ければ千年以上も生きるあたいらと違い、人間は六十年程度で死んでしまう。
 まぁ普人種の中でも魔力の保有量が多い奴はもっと長生きだし、エルフに代表される長命種なら五・六百年ぐらい生きるらしいけど。

 それでも、短い時間を必死に生きる人間の人生は美しく見える、ってのは知り合いからの受け売りだが、そこはあたいもそう思わないこともない。
 長く生きることが出来ないからこそ、次代へ継承する技術を生み出し高めていく様は、時に恐ろしい速さで進化していって、世界の有り様を変えてしまうようで、漠然とした怖さを覚えたこともある。

 そんな人間だが、あたいら妖精から見ると魔術の扱いはかなり下手くそだ。
 発動には一々詠唱と発動体とかいう道具が必要だってんだから、なんとも手間のかかる奴らだと思っていた。

 ところが最近、あたいらとタメ張るぐらいに上手く魔術を使うやつと遭遇した。
 アンディとパーラだ。
 どっちもまだ若いくせに、詠唱も発動体も必要としないで魔術を使うのだから、この点だけでも今の世の魔術師と大分違うと分かる。

 束ねるも散らすも思いのままに風を使うパーラの魔術は大したもんだが、それ以上に驚いたのは風魔術を応用した音の扱いだ。
 音は空気が振動することで伝わるため、風魔術との相性はいいとパーラは言うが、それを魔術の一部として扱うのは才能と発想がずば抜けている証拠だ。

 音の増減に、任意の音を作り出せるというそれは、もうすでにそれは風魔術じゃないだろと叫んだあたいは悪くねぇ。

 パーラの方はまだいい。
 いやよくはないが、よしとしよう。

 問題はアンディの方だ。
 こいつがまた、今じゃめっきり見ない雷魔術の使い手というのは驚いたが、他にも水と土の属性も扱えるというのにはもっと驚いた。

 人間の中で魔術師の数はかなり少ないそうだが、その少ない魔術師でも大体一人一属性の魔術に系統が決まるのが普通だ。
 あたいら妖精は、基本的に全員が魔術を扱えるが、それでも一人一属性というのは同じだ。

 二つの属性に適性のある奴もいるにはいるが、そういうのは本当に少ない。
 妖精でも百人に一人、人間だと何千人に一人ぐらいだったか?

 それなのにアンディの奴は三属性、しかもうち一つは雷魔術なんだから、魔術師としては相当に非凡だと言える。

 そんな奴らだから、あたいは結構気に入っちまって、今回も落ちたる種との対話に手を貸すのを引き受けたわけだ。
 まぁ発生が稀な落ちたる種に興味があったというのもあるが。

 しかし予想外だったのは、まさか落ちたる種が転真体だったということか。
 落ちたる種自体、あたいは遭遇するのも今回が初めてだが、転真体ともなれば生きてるうちにどっかで発生の噂を聞けるかどうかというほどだ。

 そんなのと、郷からこんなに近いところで遭遇するなんざ、運がよかったと言っていいものか。
 基本、転真体も落ちたる種も意思疎通の手段は変わらないと聞くし、実際、あの狼野郎はパーラの歌に答えた。

 妖精ならともかく、人間が歌で転真体と意思疎通が出来たことはすごいことだが、ちょっと出来すぎた結果にもなったのは誤算だった。
 パーラと転真体の共鳴とでも言おうか。
 まさか、お伽噺にしか聞いたことのない、森が歌う場面に立ち会うとは。

 妖精の歌に植物が反応するというのは時々あるそうだが、それにしてもあそこまでのものは聞いたことがない。
 もしかしたら、あの妖精王が理想郷を作ったときってのも、転真体との共同作業的なことだったのだろうか。
 今回の現象を考えると、どうもそう思えてしまう。
 だとしたら、妖精史に残る新発見とかになるかもしれないな。

 そう言えば、妖精族に伝わる言い伝えには、森と歌った者には王から祝福が与えられるって言われてたな。
 人間で妖精王の祝福を貰うのは多分初めてだろうし、もしそうなったらアンディ達は妖精と一緒の時間を生きることになる。

 人間はすぐに死んじまうけど、アンディ達があたいらと一緒に生きてくれるなら、きっと楽しいだろうな。
 けどまぁ、確か今代の王はまだ決まってないし、この言い伝えが妖精族以外にも適応されるのかは分からないが、どうなるもんか。
 今回の件は郷の爺様達にも報告するつもりだが、その時に祝福の件も聞いておくとしよう。




「―ってわけで、あの森は大丈夫だ。転真体…あの狼野郎はお前ら人間を襲わないって一応約束したし。けど、あのバカ狼のことだし、忘れちまうかもしれないから、時々美味い食いもんでも差し入れて機嫌とっとけ」

 アンディ達と共に森を出て、タミン村って所に来たあたいらは村長宅に招かれ、そこへ集まった村人達に、森であったことを話して聞かせた。
 元々、アンディ達は狼の排除を頼まれていたが、あれが予想を超える存在だということと、人間に危害は加えないということを説明し、妖精としてのあたいからもアンディ達の言葉が本当だと証明してやった。

 半信半疑だった村人も、あたいが言うならといった感じで納得したのは、人間の間で妖精が不思議な存在であるとともに、敬われている証拠でもある。
 そこは少し気分がいい。

「ちょっとリッカ、バカ狼は言い過ぎじゃない?いい子だよ?」

 あの狼をバカ呼ばわりしたのが気に入らないのか、不機嫌そうなパーラがあたいにそう言う。

「なぁーにがいい子だっての。あいつ、完全にあたいを舐めてやがったんだ。あんなのはバカ狼で十分さ」

 狼野郎は敵意むき出しってわけじゃないが、友好的ってわけでもない。
 こっちが手を差し伸べても身を引くし、馴れ合うつもりはないと言わんばかりだった。
 そんな態度をとられたら、こっちもわざわざ歩み寄るつもりはない。
 だからバカと呼んでやるんだい。

 もしかして、転真体ってのは元来ああなのか?
 人間には普通に接するが、妖精だけにはそっけないみたいな。
 そんな話は聞いたことはないけど、なんせ落ちたる種との遭遇例自体がとんでもなく少ないし、今まで知られていなかっただけで、そういうもんなのかもしれないが。

「…とにかく、リッカが言った通り、あの森に入るのに懸念だった件の狼はどうにかしました。こちらからちょっかいを出さない限り、危害を加えられることはないはずです」

「うむ。他ならぬ、妖精が言うのだ。そうなのだろうな。お三方、此度のこと、まことにありがたく、お礼を申し上げます。ありがとうございました」

 あたいの言葉を引き継ぐように、アンディが村長にそう告げると、険しい顔が幾分和らぎ、真摯に礼の言葉が伝えられた。
 同席していた村人達も、アンディ達に感謝の言葉を言う。

 少し前、この村長達はアンディに失礼な態度をとったらしく、その謝罪も込めてのことだそうだ。
 アンディ達は特に気にしていないようだったが、村のために駆け回ったのもこの二人だ。
 思う所があったのだろう。

 しかしこのアンディ、ヤゼス教絡みでゴタゴタがあったせいで、今は顔を特殊な化粧で変えているそうなのだが、これがまた見るのに慣れない。
 そういう技術があるのにも驚かされたが、見慣れない顔からアンディの声が聞こえてくると妙な感じだ。

「ま、あたいはアンディ達を手伝っただけだし、大したことはしてないけどなージュプ」

 礼の言葉は素直に受け取っておくとして、目の前に積まれた果物の山へ手を伸ばし、真っ赤な果物に齧り付く。
 あたいからすれば抱えるほどの大きさがあるそれに歯を立てた瞬間、弾ける果汁で甘みと酸味が口いっぱいに広がった。
 こいつは妖精の舌を満足させる、よく熟れた実にいい果物だ。

 これは妖精が姿を見せたと聞いたこの村の人間が、わざわざ村長宅まで持ってきてあたいに献上したものだ。
 郷の周りでもよく見る果物で、確かケランブーラの実って名前だったか。

 今の時期だともう旬は過ぎているはずだが、丁度よく熟れているってことは、青い内から採ってちゃんとした方法で保存していたんだろう。

 人間にとって妖精は神秘の存在で、土地によっては崇められるとは聞くが、この村は崇めるまでではないものの、こうして果物を持ってきてくれる程度には敬ってくれる。
 うむ、この村はいい村だ。

「リッカったら、羽に汁が付いちゃってるよ」

「お、わりぃな」

 甘い幸せを味わっていると、パーラがあたいの羽を布でかるく拭い始めた。
 どうやら派手に齧りついた時に果汁が飛び散ったようだ。
 別に果物の汁ぐらいは気にしないんだが、綺麗にしてくれるならありがたい。

「嬉しそうに食べてたけど、それってそんなに美味しい?」

「おう、しっかり熟れててうまいぞ。パーラにも一つやるよ。ほれ」

 パーラは食ったことが無いのか、味に興味がある様子だ。
 ケランブーラをもう一つかかえ、羽を拭き終わったパーラの手に渡してやる。

 村人があたいにと持ってきたものだから遠慮でもしていたのか、アンディもパーラも手を付けないもんだから、こうでもしないとこの味は共有できない。

 あたいには抱えるような大きさだが、パーラには掌に収まる大きさの果物だ。
 皮つきのままのそれを一度眺め、パーラがゆっくりと口をつける。
 シュプという瑞々しい音と共に、口元が果汁で汚れていくのを見ると、あたいの羽もあんな感じで汚れたのかと分かる。

「ん~、ほんとだ。甘酸っぱくていいね」

「だろー?」

 その味に笑みを浮かべるパーラと顔を見合わせ、あたいも自分の分に口をつける。
 さっき飛空艇の中でアンディから貰った干果もすげぇうまかったけど、やっぱり果物はこの汁気がたまらん。

「―という感じに、急がなくてもいいので、しっかりとした物をお願いします」

「うむ、任されよう。薬の調合は我々も得意としているからな」

 あたいらが果物を食ってる間に、アンディは村長と何やら話を進めていたようで、多分報酬に薬でももらうつもりなんだろう。
 確か、アンディ達には村特産の野菜の種が報酬だったらしいが、今回の件を考えれば、追加報酬で薬を要求してもいいはずだ。

「なぁアンディ、お願いしますって、何頼んだんだ?薬だってのはわかるけど」

 村長と話を終え、椅子に座りなおしたアンディに立った今目の前で躱していた会話の中身を尋ねる。
 別にどうしても知りたいってわけでもないが、何となく気になった。

「薬ってのは合ってるけど、想像してるのとは違うかもな。頼んだのは虫除け用の薬液だよ」

「虫除け?なんでそんなのを?」

「昨夜ちょっと話したろ。今小さい畑を作ってるって。そこで使うんだよ」

 そう言えばそんなこと言ってたっけか。
 すっかり忘れちまってたな。
 パーラがウンウン頷いているから、忘れてたのはあたいだけか。

「へぇ、ここの村って虫除けも作ってたんだ。もしかしてそれも特産品?」

「いや、そこまでの品ではない。作るには作れるが、売るほどの量ではないというところだ」

 パーラが感心したように呟くと、それを耳にした村長が話に加わる。
 この村では薬草の採取から簡単な加工までを行っていたが、その過程で虫が嫌う薬というのは偶然生み出されたそうで、それをアンディが欲しがったため、今回の追加報酬として融通するとのこと。

 ただ、すぐに用意できるものではないため、後日改めてアンディが取りに来ることになる。

「そういうのがあんのか。ちょっと興味あるなぁ。それあたいにも分けてくれよ」

「勿論、ご用意させていただきます。少し時間を頂くことになりますので、後日取りに来ていただければ。それとも、アンディさんにまとめて渡した方が?」

「あー、そうだな。そうしたほうがいいか。アンディ、頼めるか?」

「おう、分かった」

 ばか丁寧な村長の提案に、あたいがここにまた来るよりも、アンディにまとめて預けてくれた方が楽だと判断し、アンディに頼むと快く引き受けてくれた。
 嫌な顔もせずに引き受けてくれたのは、今回の件で協力してくれた礼とでも思っているのか、もしくはあたいが可愛い過ぎるからか。
 まぁどっちでもいいが。

 あたいの郷でも、虫が嫌う植物を利用してはいるが、直接薬を使って虫をどうこうしようってとこまでは手を出していない。
 なんとなく、薬を作物に使うのはよくない気がしているからだ。

 けど、人間はそういった薬もよく使うのか、アンディに忌避感のようなものは無い。
 他の奴ならともかく、アンディが普通に使うってんなら興味も沸くってもんだ。

 まだアンディには明かしていないが、郷じゃ今、米作りが結構上手くいってる。
 そっちにも使えるか試してみて、出来にどう影響するかも見てみたい。

「…なぁお前ら、さっきからそれ食ってるけど、美味いのか?」

「うん、結構おいしいよ、これ。リッカ、アンディにも分けてあげてよ」

 考え事をしながらも果物を食べ続け、三つ目に手を伸ばそうとした時、アンディがそう尋ねてきた。
 食べたことが無いのか、好奇心の滲んだ顔に、パーラがあたいに許可を求めるようなことを言いだした。

「おう、いいぞ。ほら食ってみろ、飛ぶぞ」

「何がだよっと」

 あたいが食べようとしていた分を放り投げてやると、器用につかみ取ったアンディが流れるようにして口へ運んだ。
 かっこいいな、今の動き。

「……うん、美味いことは美味いが、ちっと酸味が強くないか?」

「そう?私はこれぐらいでも十分美味しいけど」

「だな。あたいもそう思う」

 酸味はあるが、別に言うほど強くは感じないのは、個人の味覚によるのかもな。
 または、女と男で好みが違うのもあるとかか。
 どっちにしろ、あたいは好きだがね。

「ふーむ、これも干果にしたらいい味になりそうな気が…」

 何気なくといった様子で呟いたアンディの言葉に、あたいの耳がピグピグとなる。
 こいつもまた、なんと罪なことを言うのだろう。

 このまま食べるのでも十分美味いが、干果にしたらどういう味になるのか、強い興味を覚えてしまった。
 飛空艇で出されたあのめちゃうまな干果を作ったのがアンディとパーラだと知っているだけに、期待もでかくなる。

「そりゃいいな。アンディ、これで干果作ろう。そしてあたいに食べさせてくれよ」

「アンディ!私も!私も食べたい!」

 極々自然に干果作りに誘導すると、パーラも援護に加わってきた。
 口の端に涎を滲ませながら、顔を蕩けさせるパーラの様子に、アンディも思わずと言った感じで笑みをこぼしている。

 こいつはいけそうだ。
 アンディの奴はパーラに甘いからな。
 あたいにパーラが同調したことで、狙いは達成したと言っても過言ではない。

「はぁ…分かったよ。作るよ。その代わり、お前らも手伝えよ?乾燥作業は俺一人じゃできないんだからな」

『やったー!』

 言質がとれたことで、パーラと一緒に喜びの声をあげる。

 本当ならこの後は、アンディ達と別れて郷に戻るつもりだったが、これは事情が変わったな。
 干果が出来るまで、もうちょっと行動を共にしよう。
 あのケランブーラが干果になることでどう味を変化させるのか想像して、もう口内に涎が溢れてきた。

 今から楽しみで仕方ない。



 SIDE:OUT





 狼をどうにかする件については、リッカのおかげでタミン村の人達にも説明が上手くいき、今後森に入る際の危険はなくなったと分かってくれたようだ。
 とはいえ、全てを話したわけではなく、歌でどうこうしたくだりこそ言いはしたが、妖精の手助けで意思疎通を行ったということにしてある。

 別に秘密にすることでもないのだが、一から話して聞かせるには少々突飛な説明になるので、他の人にも分かりやすいようにと配慮してみた。
 結果として、村人を納得させられたのだからそれでよし。

 その報酬として、タミン村で育てている野菜の種に加え、除虫薬とも言えるものも貰えることになったのは嬉しい誤算だろう。
 流石にあの狼を相手してかかった労力を考えて、元々貰うはずだった報酬以外にもなんか貰わないと割に合わんと思って交渉した結果だ。

 この世界ではあまり一般的ではない除虫薬だが、タミン村では薬草を加工する際にたまたまできた系の薬で、流通に乗せるほどの量はないが、俺に報酬として分けるぐらいは融通してもらえた。
 実際の効果のほどはデータ化されておらず、なんとなく効いてるという程度ではあるそうだが、全く効果がないわけではないため、試しに使ってみようという気になったのだ。

 ただ、在庫の方が今のタミン村にはないため、薬草採取が再開され次第、用意するとのこと。
 流石に今日明日にとはいかず、リッカの分も含めて十日ほど待ってほしいと言われたが、それぐらいは待とう。

 狼騒動も一応落着し、十日後に様子見も兼ねて追加報酬を受け取りに来るとして、とりあえず今日はお暇しようかと思ったが、もうじき日が暮れるということもあって、この辺りで一泊することに決めた。

 村の外に停めている飛空艇に戻ろうとすると、妖精をありがたがってか、結構な数の村人の見送りを受けた。
 多くがリッカを一目見ようとやって来たのは明らかで、俺の隣をフヨフヨ飛んでいるリッカを見て、年寄りは拝むようにして、幼い子供はキャッキャ言いながら指差してくる。

 いつもの伝法なリッカを知っている俺には少し意外だったが、やはり妖精というのは人目を集める生き物なのだと再認識させられた。

「大人気だな、リッカ」

「そりゃそうだろ。あたいは妖精。人気があるんだよ」

 ドヤ顔でそう言うリッカに、俺もそれ以上何かを言うことはせず、村を離れるための足を動かし続けた。
 リッカも気分がよさそうだし、暫く浸らせてやるとしよう。

 飛空艇に戻った俺達だが、まずは貨物室の方へと入る。
 さっきの村長宅でリッカ達が分けてもらった、ケランブーラという果物の入った籠を地面に降ろす。

 このケランブーラは皮が赤く、スモモのような見た目の通りに酸味の強い果物だが、果肉はライチのような透き通るような白色という、初めて見るタイプの果物だ。
 俺には酸味が強い果物ではあるが、パーラ達にはそれがいいらしく、ドライフルーツにするのも心底楽しみにされている。

 大抵の果物はドライフルーツにすると、酸味は凝縮されて甘味と相まってほど良い味になるのだが、ここまで酸味が強いと、どうなるのかはやってみないと分からない。
 まぁよっぽどのことが無い限りは食べられない出来にはならないと思うので、気楽にやりたいものだ。

 手のひらサイズのケランブーラが凡そ二十個ほどあり、これらを全てドライフルーツにしたとして、水分がどれだけ抜けるかにもよるが、出来上がるのは二キログラムには満たない量だと予想する。
 パーラ達にも手伝ってもらい、ソーマルガで培ったノウハウが生かせるとして、完成は二日後になりそうだ。

「二日か…まぁそれぐらいは待ってやるよ。あたいもそれぐらいは待てる女だからな!」

「ま、しょうがないね。干すっていう工程があるんだしね」

 皆でケランブーラをスライスしながら、完成予定日を告げると、リッカ達もそれには納得してくれたのだが、向こうが譲歩したような言い方をするのは何故なのか。
 そりゃ皆で作るってことになってるから、そういう言い方もおかしくはないが、もっとこう、俺に感謝をしっかり伝えても罰は当たらんと思うのだが。

「そういやさ、リッカってしばらく私達と一緒にいるんだよね?」

 黙々と作業をしていると、ふと思いついたようにパーラがリッカに尋ねる。
 十日後に虫除けを受け取った後、リッカに引き渡すからそうした方がいいかもしれない。

「おう、そのつもりだ」

「寝泊まりとかどうすんの?」

「どうするって、どっか適当なとこに行くさ。あたいら妖精はそこらの木を寝床にすりゃいいし」

「そういうものなんだ。じゃあさ、飛空艇に泊まったら?昨夜使った寝床もそのままにしてあるし。いいよね、アンディ」

「んー?いいんじゃねーの?」

 パーラに話を振られたが、特に考え込むことなく了承する。
 昨夜もリッカはリビングに作った寝床で眠ったし、今更別々にならんでもいいだろう。

「いいのかよ。なら、世話になろうかな。いやぁ、助かるわ」

 そんなわけで、リッカは当分、飛空艇で寝起きすることが決まった。
 やはりリッカも外で平気だとはいえ、ちゃんと屋根のある場所で寝れるならそれに越したことはないか。

「よし、こんなものかな。アンディ、次は干すんだよね?網ってどこに置いたっけ」

「あー、どこだっけな。前に使ってからしまったまんまだからな」

 次の行程に移ろうと思ったら、肝心の干すのに使う網が見当たらない。
 貨物室にしまってはあると思うが、どこに置いたかはうろ覚えだ。

 心当たりの場所を探してみたが見つからず。
 貨物を半ばひっくり返すようにして探し回り、結局リビングの方にあったというオチがつきつつ、ドライフルーツを干す作業に移れた。

「風通しを良くして、水分を抜くんだろ?だったらあたいとパーラの出番だな」

 ここで風魔術を使って乾燥作業を進めるのだが、パーラはもとより、リッカもまた風魔術が得意なので、二人の共同作業によってドライフルーツが作られる。
 量が量だけに、三つある網にぎっしりと敷き詰めた。

 網全体を包むようにして空気の流れを作るパーラに対し、大量にあるスライスされた果物の一つ一つに風を纏わせるという、明らかにリッカだけレベルの違う魔術の使い方を見せてきた。
 妖精は魔術の使い方が上手いとは言うが、これには隔絶した実力差というものを感じてしまう。

 決してパーラは風魔術の扱いは下手ではなく、むしろ優れている方なのだが、それでもリッカと比べたら技術的に劣っていると言わざるを得ない。
 それほどに魔術の扱い方が違うのだ。

 パーラもそれには気付いており、技術を盗もうとでもしているのか、真剣な目付きでリッカの方を見ている。
 それを見てパーラが何を学ぶかも気にはなるが、面白そうなのでパーラとリッカにそれぞれ網を一つずつ任せて、二つの出来がどう違ってくるのか試してみることにした。

 同じ果物を使ってはいるが、乾燥は最も大事な工程であるため、出来に影響するとしたらやはりここになるかもしれない。
 正直、ケランブーラをドライフルーツにするのは、リッカ達のためというのが大きかったが、これを見てしまっては俺も完成が楽しみになってしまう。

 出来上がりは二日後になる予定だが、その日が来るのが待ち遠しい。



 ドライフルーツの仕込みをした翌日、タミン村を離れようと飛び立った俺達だったが、高度を十分に上げて移動を開始しようとしたその時、パーラが操縦室へと駆け込んできた。

「アンディ!ちょっと来て!」

「なんだよ、今出発するとこだぞ?」

「いいから来てって!」

 首根っこを掴まれるように操縦室から連れ出され、向かったのは貨物室だった。
 連れ出される前に滞空位置を固定する操作はしたが、航空保安官が見たら射殺ものだぞ。

 到着すると、そこでは後部ハッチが半開きの状態になっており、外の景色が丸見えとなっている。

「おいパーラ、お前ちゃんとここ閉めとけよ。開いたまんま飛ぶと危ないってあれほど―」

「そっちじゃなくて、下見てよ」

「下ぁ?」

 パーラに言われ、ハッチから顔を出して下を見てみると、眼下にはタミン村があるだけだ。
 これを見てなんだというのかと思ったが、村から少し離れた場所の小高い丘に、見慣れた影があった。

「…おい、あれって」

「うん」

 わざわざ森の中から出てきたのか、あの狼が飛空艇を見上げながら佇んでいる姿に、思わず俺も苦笑いが漏れる。
 昨日の今日で村の近くに姿を見せては騒ぎになるかもしれんのに。

 何をするでもなく、ただジッとこちらを見ている目からは、その目的を汲み取ることができない。
 一体あれは何をしているのだろうか。

「おー、なんだあいつ、見送りに来たのかよ」

 首を傾げていた俺の頭に、飛んできたリッカが座り込んできた。
 こいつ、直接頭に…。

「見送り?俺達をか?」

「だと思うって程度だけどな。あいつは転真体として生まれてまだ若いんだ。歌を通じて意思疎通したのも、あたい達が多分最初だろう。見送りぐらいしたくもならぁな」

「ふーん……一応聞くが、俺達に着いてくるってことはねーよな?」

 ふと、餌をやった犬が家までついてくるというのを想像してしまった。
 あの狼には餌をやってはいないが、見送りにくるのならそのまま着いてくる可能性も捨てきれない。

「流石にそれはないだろ。転真体とはいえ落ちたる種だ。森を離れては長く生きられねぇってのは分かってるよ」

「それならいいが…」

 着いてくることが無いと分かって一安心だ。
 あのサイズの狼を連れて歩くには、俺のポケットは小さすぎる。

「ま、あれもお前らを気に入ってたみたいだし、手でも振ってやれよ」

「そうだね。おーい!さよーならー!」

 リッカに言われ、パーラが俺の隣に立ち、狼へ向けて大きく手を振るのに合わせて俺も手を振ってやる。
 すると、それに気付いたのか、狼も細く長い遠吠えを一度返し、すぐに走り去っていった。

 人里近くで遠吠えをあげて、騒ぎになると理解しているのだろう。
 別れの挨拶も、今ので十分だと言わんばかりに、一度も振り返ることなく森へと帰っていった。
 涙の別れを期待していたわけではないが、実にあっさりとしたものだ。

 しかし、これはこれで悪いものではない。
 また会う時があれば、その時は日本の曲でも聞かせてやろうと、そんなことを思う別れとなった。
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