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オーク

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 既に暗さが相当なものとなっている森の中、高速で飛び続けて凡そ五分。
 突然先を行っていたパーラが地上へと降り立つ。
 圧縮空気が切れたかと思ったが、すぐにその理由が分かった。

 そこには木へもたれかかるようにして意識を失っている人間の姿があったからだ。
 パーラはこれを見つけたから、飛行をやめて安否を確かめようとしたわけか。

 俺も地面に降りてその様子を見てみると、顔と身に付けている装備には見覚えがあり、村長宅で見かけたあの傭兵の集団の一人だと気付く。
 若い男だったという以外はあまり印象に残っていないが、それでも顔を見れば思い出せた。

「どうだ?」

「だめ、死んでる」

 顔をのぞき込んだり肩を揺すったりしていたパーラに具合を確かめてみるが、首を振られてそう言われた。
 見たところ外傷はないようだが、死因は何かと体全体を見てみれば、微妙に歪みのあるシルエットから、何か強烈な衝撃を受けたように思える。

「死因は…これだな。首が折れてる」

 更に詳しく見てみると、首の後ろ辺りが歪に傾いでいるのが分かった。
 全身に骨折の痕は見られるが、死因とするなら首のこれが一番有力だろう。

「やったのは狼だと思うか?」

「どうだろ。もしそうだとしたら、遺体がかなり綺麗だね。普通、狼なら牙とか爪を使うから、もうちょっと外傷があっても良さそうだと思うけど…」

 例の狼がやったと仮定すると、その巨体から繰り出されたタックルでやられたと言われれば納得は出来る。
 だがパーラは何かが引っかかるのか、それを肯定することなく遺体の周りを調べ出した。

「…やっぱり。ねぇ、アンディ。あの狼ってどれぐらいの大きさって話だっけ」

「ん?確か家ぐらいって話だったから、四メートルは超えそう―…なるほど、そういうことか」

 パーラが何故狼のサイズを聞いてきたのか、その理由が分かった。

「足跡か」

「うん。話の通りの大きさの狼がいたにしては、この場に足跡が残っていないのはおかしいよ。あるのは精々普通の大きさの動物か人間の足跡ぐらいだし。…ちょっと荒れててわからない足跡もあるけど、これは狼じゃないのは確かだね」

 巨大な動物が歩けば、それだけで多くの痕跡が残る。
 特に顕著なのは足跡で、大きさに見合う体重によって土にはクッキリとしたものが刻まれるはずだ。
 だがこの場には人間と普通サイズの動物数種類の足跡しか見えない。

 俺ですら気付けたのだ。
 追跡術が得意なパーラは、とっくに気付いていたのだろう。

「てことは、やったのは例の狼以外か。パーラ、残っている痕跡で該当しそうなのはあるか?」

「うーん…どれも体重の軽い動物ばっかりだしね。体当たりでこの人ぐらいの傷を与えられるのは―」

 左耳をくっつけるようにして地面と平行に視線を落としたパーラが、しばらく痕跡を探していると、不意にその声が途絶えて息を呑んだのが分かった。

「どうした?」

 様子が分かったのが気になってそう声を掛けると、すぐにパーラは這うようにして動き出し、ある一点にたどり着くとその動きを止めた。
 何か見つけたのかと、俺もパーラに近付いて注視している部分を一緒になって覗き込む。

 パーラが見ているのは一本の木の幹を這っている蔓だ。
 森の中で見かけるものとしては普通の植物だが、その形がおかしい。
 二本の直線が上へと走り、その間を等間隔に横線のように蔦の分枝が繋がっている。
 丁度梯子のような形と言えば分かりやすい。

「おい、それまさか妖精の梯子か?」

 実際に見たのは初めてだが、その存在は以前、妖精研究をしている人間から教えてもらったものに特徴が酷似している。
 まずそれと見て間違いないだろう。

「あはぁ…やっぱそうだよねぇ。この森に妖精がいるってことになるのかな」

 やや硬い笑い声でパーラが言う。

 妖精が残したと言われているこの梯子状の蔓は、それだけで妖精がいるという確たる証拠とは言えないが、それでも専門家が根拠とする一つに数えられていることから、いる可能性はゼロではない。
 しかも、木肌の変色具合から、出来てさほど年月は経っていない感じだ。
 もし本当にこれが妖精の痕跡だとしたら、近年までこの森にいたことになるわけだ。

「妖精か。リッカのことを思えば、ここにいてもおかしくはないだろうが……いやいや、ちょっと待て。妖精の梯子じゃねーだろ、俺達が探してんのは。この死体を作った原因の方はどうしたよ」

「あ、そうだった。いやぁごめんごめん。これ見つけちゃったからついね」

 自分達が何を求めているのかをハタと思いだし、照れくさそうにするパーラの姿に、俺も溜め息を堪えきれなかった。
 妖精がいるかどうかは確かに気になるところだが、今はそれよりも優先するべきことがある。

「うーん、でもあと残ってる痕跡でそれっぽいのは見当たらないけど…」

 ―ャァアア―…

 途方に暮れかけたその瞬間、遠くの方から女性の悲鳴が聞こえた。

「アンディ!」

「ああ!今度は俺も聞こえた!行くぞ!」

 すぐに噴射装置をを吹かし、声の方向を目指して飛び立つ。
 ちょっと呑気が過ぎたか。

 森に入った傭兵団の内、見つかったのは死体となった男一人。
 傭兵達が襲撃にあったとして、他のはどうしたかなど考えるまでもない。
 追われてか追ってか、森の奥へと進んだに違いない。

 そして今、悲鳴が上がるほどにピンチを迎えているというわけだ。

 木の間を高速で通り抜け、前方にやや開けた場所があるのを見つけるとともに、そこで戦いの気配が続いていることにも気付く。
 金属がぶつかる剣戟の音に混じり、悲鳴と裂帛が混ざり合った声も聞こえてくる。

 まず間違いなくあの場所に傭兵達がいるはずで、さらには戦いの最中でもあるようだ。
 ハンドサインで後方に着いてきているパーラに合図を送り、飛行の軌道を上昇へと変えて高い位置から戦闘の光景を見下ろしてみる。
 すると、そこにあったのはタミン村で見た傭兵達と、二足歩行の巨体の戦いであった。

 傭兵達の方は、もう既にかなりの被害が出ているのか、9人いるうちの4人が戦いから離れてけがの手当てを行っており、それを背後に庇う形で残りの人間が戦いを続けている。

 対して、敵となっているほうは焼け爛れたような顔に身長が三メートル近い体躯と、シルエットこそ人間と似ているが明らかに普通の人間ではない。
 一匹であるにもかかわらず、数に勝る傭兵側を圧倒するほどに、高い戦闘能力を見せていた。

「アンディ、あれってオークじゃない?」

 薄々そうじゃないかと予想はしていたが、隣に並んでホバリングするパーラがその正体を口にしたことに、俺も頷いて同意する。

「ああ。この目で見るのは初めてだが、特徴からそうとしか言えないな」

 死体のような浅黒い肌に、目と鼻が見分けられないほどに顔を乱している皺と、聞いたことのある特徴が見事に当てはまっている。
 まず間違いなく、あれはオークなのだろう。
 先程の遺体の周りにあった、荒らされて判別不明の足跡は、もしかしたらこのオークのものだったのかもしれない。

 この世界にいる魔物の中で、人間の形に近い生き物としてゴブリンやオークなどが存在している。
 ゴブリンはよくゲームやアニメなんかで見るあのままだが、オークに関しては、よく知られているあの豚顔にデップリした腹という特徴は薄い。

 クシャっとした顔に筋肉が鎧になっているような体つきという、俺が想像したものと大分違う姿に、オーガと間違えているのではないかとも思ったが、オーガはオーガで別にちゃんといるので、この世界ではそうなのだと思うことにした。

 オークは人語を解するほどではないが、道具を使う程度には知恵と器用さを兼ね備えており、人間から奪った武器を使って戦うことから、白級上位が集団で討伐に当たる必要があるとされるほど、脅威が認められている魔物だ。
 普通の動物と違い、人間を積極的に襲うので討伐が推奨されているが、正直、並の傭兵や冒険者では束になってかかってもまだ危険な存在だ。

 ただ、オークは基本的に群れを作らず、人里にも滅多に出てこないため、遭遇することは稀と言われているわけだが、そのオークが今、俺が見下ろす先で複数の人間相手を圧倒しているのだから、この傭兵達はかなり運が悪かったと言う他ない。

 このオークはどこから手に入れたのか、右手に錆だらけの剣を握っており、サイズの比較からショートソードに見えるが、実際は両手剣が傭兵達に向けられている。
 巨躯によって繰り出される一撃は、盾や剣では完全に防ぎきることはできず、ひと振りごとに誰かしらが吹き飛ばされていく。

 幸いにしてオークが一匹なのと、傭兵達の連携が生きていることによって戦いはまだ一方的というほどではないが、背後を気遣って防戦に徹していては長く持ちそうにない。

「陣形を崩すな!負傷者は早く下がれ!」

 その中で最も前に立って剣を振るっているのは、やはり集団のリーダーであるあの女傭兵だ。
 腕の立つだろうという印象通り、自分の体格の倍はある相手にも引けをとらずにやり合っている姿は、アマゾネスという称号を与えてもいいほどだ。

 しかし、一人がオークとやり合えていたとしても、残りの人間が碌に戦えていない現状は、好転する兆しは見えてこない。
 恐らく、このままの状況が続いたとして、あと五分もすれば陣形は食い破られて全滅を迎えるだろう。

 彼らの不運は怪我人がいる状態でオーク相手に防戦を強いられていることだが、逆に運がいいのは俺達がここにいることだ。
 助けを必要としている人間と、それを提供できる人間が揃っているなら、やることは一つ。

「行くぞパーラ!お前はオーク!俺が怪我人だ!」

「あいよ!」

 俺の合図を待っていたのか、そう告げると同時に噴射装置を吹かし、弾丸のような勢いでオークへと突っ込んでいくパーラ。
 それから一拍遅れ、俺は怪我人がいる方へと向かう。

 丁度下の方では、また新しい怪我人が作られそうになっており、オークが繰り出す横薙ぎの剣が陣形の端にいた人間を捉えようとした瞬間、その剣の軌道が掬い上げるようにして上へと逸らされた。

「くっ…う?」

 狙われた人も、衝撃に備えて防御の態勢をとっていたら、まるで向こうから避けるようにして剣が動いたことで、ポカンとした顔に変わる。
 他の面々も、予想とは違う光景が目の前で起きたことに、揃って不思議そうな顔に変わっていた。

 オークの方も、自分の意図しない軌道変更に、そのクシャクシャの顔が不思議そうな気配を放つほどに不審がっている。

 何が起きたのかを理解しているのは、恐らくこの場では俺とパーラの二人だけだ。
 あの瞬間、パーラは剣の軌道を逸らすために圧縮した空気をオークの剣と狙われた人間の間に発生させ、それに剣があたったことで解放された空気が剣の腹を大きく跳ねあげ、先程の光景が作られた。

 これによりほんの一瞬、辺りの時間が止まったように静まると同時に、空から人影が舞い降りる。
 たった今、魔術でこの場を乱した張本人であるパーラだ。

「邪魔だよ!下がって!」

「なんっ…!」

 着地するや否や、背後にいる傭兵達へそう告げると、反発するような声が上がりかけるが、それを遮るようにしてオークが再び剣を振るう。
 狙いは傭兵達を庇うようにして一番前に立つパーラだ。

 脳天を狙って唐竹割に振り下ろされた剣だったが、パーラもただ大人しく受けるわけもなく、頭上へ向けて衝撃波が放たれた。
 砲形態へと変わっていた可変籠手により放たれた衝撃波は、狙いを違うことなく剣を捉え、錆だらけのそれを粉々に砕く。

 さらに、その衝撃は使い手にも伝播していき、振り下ろされていた手も弾かれるように上へ跳ね上がると、鈍い破砕音と共に本来の稼働域を超えた曲がり方を見せる。

 ―ドォオオオオッッ!

 それは悲鳴というにはあまりにも醜く、しかしとてつもなく巨大な叫びだった。
 自分の腕が骨折した痛みで、オークが辺りに咆哮を響かせながら残った腕で周りの気に当たり散らすようにして暴れ出す。

 ここまで一方的に蹂躙していた側だったのが、突然現れた一人によって腕を壊されたのだ。
 吐き出されたその咆哮には、怒りや痛みで荒れ狂うオークの内心が十分に表れている。

 それに対し、冷静に対峙するパーラの背中を頼もしく見ながら、俺は怪我人の集まっている場所へ降り立つ。

「ひぇっ!?」

「驚かせてしまって申し訳ない。大丈夫、敵じゃありません。あっちにいる奴の仲間です」

 ろくに身動きが出来ない自分達の傍にいきなり人が降り立ち、短い悲鳴を上げる傭兵達へそう断りを入れる。

「は、はあ…」

 いきなり現れてそう言われ、はいそうですかとは普通はならないが、オークに襲われている現状、同じ人間という点で、やや訝しげではあるが一先ず安心はしてくれた。

「怪我人はここに居るだけで全員ですか?危険な状態の人は?」

 4人いる怪我人の内、命に関わるような酷いのは見た限りではいないが、後から来た俺には分からない怪我人の状態というのもあり得る。
 すると俺の問いに、一番近くにいた男が答えた。

「あぁ、いや、怪我人は四人だけだ。今のところは、だが。危険ってほどじゃないが、そっちにいる女が左の足と肋骨を折ってる」

 言われて見てみると、木にもたれかかかるようにしている女の足が、やや不自然な歪み方をしている。

「あぁ、こりゃ確かに折れてますね。変にズレてはいないみたいなんで固定だけしときますか。このナイフ、借りますよ」

「え、ええ。どうぞ」

 鞘ごとのナイフを添え木代わりに、歪んでいる足を正すようにして布で巻いていく。
 その際、痛みに女性がうめき声を上げたが、痛みがあるということは治る見込みもあるという風に安心できる。

 足の方はこれで完了したが、肋骨の方は正直手の出しようがないので、鎧の隙間に布の切れ端を詰めておくだけで済ます。
 肋骨はあまり強く締めてもだめだし、鎧が骨折部分に当たるのを詰め物で和らげるぐらいしかやれることはない。

 他にも怪我人を見てみるが、深刻な怪我は見つからず、脱臼か骨にひびが入っているぐらいで済んでいるのは、偏にオークが使っていた剣が錆だらけでほとんど鈍器同然だったおかげか。
 これで剣の切味もよかったら、手足の欠けた人間もいたことだろう。

 それでもやはり剣での攻撃だけあって、それなりに深い切り傷を負った者もいたが、包帯を変えるふりをしてこっそりと水魔術で傷口の癒着をしておく。
 その時、手当をしていた俺の手を、治療を受けている男の手が握った。
 まさか治療の拒否かとも思ったが、どうも違うらしい。

「…なにか?」

「俺の傷はもういい。それより、団長の方に行ってくれ。あんた、魔術師だろ。今はオークを追っ払うのを優先するんだ」

 遭遇してからあからさまな魔術を使う姿を見せていないはずだが、俺を魔術師だと断言するのは、恐らく空から降りてきたせいだろう。
 魔術でもない限り、人間は生身で空を飛んだりはしないからな。

 この場で一番優先するべきは、オークの対処であるため、一人でも多くの戦力を当てて、オークをどうにかするべきというのは全くもって正しい。
 ただ、さっきのパーラの立ち回りを見ていなかったのか、追っ払うという消極的な言い方なのはいかがなものか。

「ご心配なく。向こうはもうすぐ終わりますよ」

「バカ言え。お前はオークを知らんのか?たった五人ちょっとで相手できるもんじゃあない」

 声こそ抑えられているが、そこにはオークへ対する恐怖が十分に込められている。
 彼らのような傭兵の集団ですら、鎧袖一触にされかけたのだ。
 パーラが一人加わっただけで安心とはいかないらしい。

「ええ、知ってますよ。けどね、それは普通の人間の場合でしょ?あそこにいるパーラは、腕利きの魔術師です。すぐに追っ払ってくれますよ」

 とは言ってみたが、正直なところ、パーラならオーク程度は普通に倒してしまいそうだ。
 パーラは並の魔術師ではないし、装備は可変籠手一つとってもかなりのオーバースペックときている。
 先程も衝撃砲を使ったが、あれを剣ではなくオークの体に使っていたら、今頃はもう勝負はついていた。

 手当を終えたところで、今はどうなっているのかパーラの方を見てみると、丁度そのタイミングで魔術による攻撃が行われるところだった。

 圧縮した空気を盾にしたのか、オークの振るった拳が不自然に減速するのを見届けるようにして、パーラは腰に提げていた短剣を振りかぶった。

 爆発するような音が響いたと同時に、カタパルトでも使ったような勢いで短剣はオークの胸元へと向かう。

 短剣は何の変哲もない物だが、尋常ではない威力で発射されたことで本来の性能から大きく逸脱し、強靭な皮膚を持つオークの胸の部分にぽっかりと穴を空け、その勢いを保ったまま空の彼方へと飛び去った。

 やや遅れて水気のある破裂音が辺りに響くと同時に、オークの体に作られた風通しのいい穴から鮮血が吹きあがり、辺りにぶちまけられた血で池が出来上がると、その上に音を立てて巨体が倒れ込んだ。

 出来たてホヤホヤの死体だけあって、まだピクピクと動いてはいるが、あの傷のでかさと出血量から、確実に死んだと見ていい。

「おう、パーラ。仕留めたみたいだな」

 オークの死体を囲むようにして立つ傭兵達の間を抜け、未だに警戒を解かないパーラの背中にそう声を掛ける。
 死んだと見えても、確実に絶命を確認するまでは気を抜かないという気構えは忘れていないようで感心だ。

「あぁ、アンディ。まあ一応はね。そっちはどうだった?」

 流石にもうオークの体も完全に力が無くなったようで、微かな痙攣を最後に、その動きは完全に止まったため、パーラも深く息を吐いて答えた。

「骨折したのがいたけど、それ以外は大したことはない。それより、さっきの技はなんだ?初めて見たぞ」

「へっへぇーん、すごいでしょ。ほら、前にアンディからレールガンの仕組み効いたことあったじゃない?あれを私なりに改良して、風魔術で再現してみたんだ」

 以前、パーラは俺のレールガンの仕組みを熱心に聞いてきたことがあったが、どうやらあの時から研究と努力を重ねたのか、立派な攻撃手段としてオークを見事に打倒して見せた。
 プラズマや電磁力を使えないパーラだが、圧縮空気を使って物体を射出するぐらいはできるので、さっきの技の原理としては、恐らくそれを利用したものと考えられる。

「大したもんだ。けど、ちょっと威力が強すぎたんじゃねえか?ナイフがどっか行っちまったぞ」

「このオークって、結構皮膚が固いからさ、普通の攻撃じゃちょっとてこずると思って。怪我人もいることだし、さっさと倒した方がいいでしょ?…ナイフは犠牲になったんだよ」

 別に特別なナイフというわけではないが、それでも無くなると惜しいもので、飛び去った方向を向くパーラの目は少し遠いものを見ているようだ。

「ちょっといいかい?」

 タイミングでも計っていたのか、そんな風にしていた俺達に遠慮気味な声が掛けられる。

「あ、はい。えーと…」

 声の主は傭兵達のリーダーである女で、名前を呼ぼうとしたが知らなかったことを思い出す。

「あぁ、名前を言ってなかったね。ウチはドリューってんだ。こいつらの頭張ってる。今回は助けてもらったこと、本当に感謝してるよ」

 頭とはまた、暴走族のような言い草だな。
 まあ冒険者も傭兵も、一歩間違えばごろつきと変わらない人間ばかりなので、こういう言い方も間違いではないが。

「どういたしまして。でも、私らも成り行きで助けただけだから」

「成り行き?そう言えばあんたら、どうしてここに?狼退治はウチらが請け負ったことになってるはずだけど」

「あぁ、それはね」

「待った、パーラ」

 俺達が森にいる理由をパーラが説明しようとしたのを、俺が一旦遮る。
 そうすることに不審そうな顔をするパーラだが、ひとまずそれは無視してドリューの注意をこちらへ向けさせる。

「ドリューさん、俺達がここにいることは後で説明しますから、とにかく一度森を出ませんか?もう辺りも大分暗い。怪我人もいることだし、このままここで夜を明かすのは危険だ」

「ああ、そのつもりさ。ただ、逃げちまった馬をかき集めてるところだから、もう少しだけ待ってくれるかい?それが済んだらすぐにでも森を出ちまおう」

 ドリューもこの状況で夜の森を過ごすつもりはなく、言われるまでもなく出発の準備を進めていたようだ。
 オークに襲われた時に、連れていた馬も逃げてしまったようで、それを捕まえたらここを離れることにした。

 馬はそう遠くに行っていないはずなので、ドリューを含めた動ける人間が探しにいくとして、怪我人を守るという名目で俺とパーラは残ることになった。
 木々の間から見える空は茜色といっていいほどで、まだ完全に日は落ちていないにもかかわらず、もう森の中は大分暗い。

 最悪の場合、馬と括り付けた荷物をあきらめて森を出るのも考えておいたほうがいい。
 もしもドリュー達が手ぶらで戻ってきたら、そう提案するとしよう。

 そんなことを考えつつも、とりあえず護衛としての役目を果たそうと周りを警戒していると、不意に何かに見つめられている感覚に襲われた。

 それは強烈なプレッシャーとしか言えない何かだ。
 直接的な害を受けてはいないが、その感覚に気付いた瞬間、俺の全身から冷や汗が噴出していた。

「…アンディ?どうかしたの?」

 俺の雰囲気が変わったのに気付いたのだろう。
 パーラが気遣う言葉を掛けてきたが、それに答える余裕がない。

 俺を見ているただ者とは思えない何者かを探し、視線を辺りに彷徨わせたその時、木々の間の向こう側、俺のいる場所からずっと遠い場所で、しかもこの暗さの中だというのに、何かがいるのに気付く。

 その何かとは、狼だった。
 白く大きい、多分タミン村で聞いたあの狼だ。
 体自体が淡く光っているようで、暗い中でもその存在ははっきりと分かる。

 話しに効いていた通り、なるほど巨大な狼だ。
 もの〇け姫に出てきてもおかしくはない威容がある。
 この大きさの狼を見たら、確かに怖くて森に入ろうという気は起きないことだろう。

 だがそれ以上に、こうして目を合わせて見つめてくるその気配からは、人間や動物、魔物にはない強い圧力を感じられる。
 呼吸すら満足に許されないほどのものだ。

 この重く息苦しい感覚に、実は覚えがある。
 以前、とある村で出会った土の精霊とよく似た気配だ。

 まさかこの狼、普通の動物ではなく、精霊かそれに近い存在なのだろうか?
 だとすれば、下手に手を出すのはまずい。
 攻撃するのは勿論、機嫌を損ねたらどんな行動に出るのか。
 これは慎重な対応を考える必要がありそうだ。

 近付くことも立ち去ることもせず、何かをすることもなくただジッと俺を見つめるその視線は、鋭さこそあるが敵意のようなものは感じられない。
 一体どういうつもりでこちらを見ているのか、それすらも分かりそうにないその視線に晒され、そろそろ息苦しさも限界に来た頃、パーラに異変が現れた。

「ヒュッ…」

 突然、悲鳴に近い呼吸を漏らすや否や、一点を見つめて完全に動きを止めた。
 どうやら俺と同じものを見つけてしまったようで、直接のプレッシャーは感じていないようだが、目を合わせただけでこの様だ。
 あの狼がいかに生物としての格が違う存在か、パーラの反応でもよく分かる。

「お、おい。あんたら大丈夫か?」

 そんな俺達の様子に気付いたのか、怪我人の一人が心配そうに声を掛けてきた。
 すると、あの狼もまさかその言葉を待っていたわけではないだろうが、狼は暗がりへ同化するようにその姿を消す。

『っぶはぁああ…』

 それと同時に、俺達を襲っていた呼吸も忘れさせるほどのプレッシャーが消え、パーラと揃って大きく息を吸う。
 狼がいなくなって、ようやく呼吸を取り戻せた。
 パーラの姿を横目で見るが、顔には汗がびっしりと浮かんでおり、喘ぐように息を吸う姿は酷いものだが、恐らく今の俺もそう変わらないだろう。

 二人共が揃って酷い状態を見せていたようで、気遣うような目が傭兵達から向けられている。
 彼らにはあの狼のプレッシャーは及んでいなかったようで、体力の落ちた怪我人があれに晒されなかったことには安堵した。
 しかし、それでも何かを感じ取っていたのか、何人かは顔を青くしている辺り、全く影響がないわけでもなさそうだ。

「はあ~…ねぇアンディ、あれやばくね?」

 ようやく落ち着いたところで、パーラがそんなことを口にした。

「ああ、ありゃあとんでもねぇ化けもんだ。目が合った瞬間、ケツから氷柱突っ込まれて頭まで串刺しにされた気分だったよ」

 あれが精霊と断定はしていないが、かなり近いものを感じているだけに、俺のこの表現はかなり的を射ていると自負したい。

「ひどい例えだけど、ちょっとわかるかも」

 お互いに味わったものが同じだけに、俺の例えも理解してくれたようだ。

「けどあんなのをどうにかするってなると、ちょっとやり方考えないといけないかもね」

「だな。普通の動物じゃないとは思っていたが、あそこまでなのは予想外過ぎた。変に手を出したらこっちがやられちまう」

 実際にやり合ったわけではないが、精霊に準じた存在だとしても、全力で挑んで果たして勝ち目があるのか疑問だ。
 元々退治するつもりは無かったが、こうして遭遇してみて改めてその気持ちは強くなった。

 しかし、あの狼を最初に見たという村人は、よく正気でいられたものだ。
 いや、直接目を合わせていなかったらあるいはとも思えるし、もし目があったら感じたあの威圧感から、退治にまで一気に話は動いたのかもしれない。

 ただ、一つ、気になったことがある。
 あの瞬間、たしかに強烈なプレッシャーは感じたのだが、それとは別に、確かな理性がその佇まいと目からは感じられた。
 図体がでかいにしろ、ただの狼が持つには奇妙な印象だ。

 まぁあのデカさとプレッシャーを持っている時点でただの狼ではないのだが、そんな存在だからこそ、それが気になってしまう。

 精神の安定を考えれば、あの狼の正体をもう少し調べたい。
 タミン村かどこかでそれらしい伝承や記述がないか、後で探ってみるべきだろう。

 いずれにしろ、今日はもう狼を探すこともできないし、するつもりもない。
 馬を見つけたドリュー達が戻ってきたら、さっさと森を出るとしようか。
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ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
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リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

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