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釈放

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 SIDE:ロスチャー監獄勤務のとある看守


 最近、ロスチャー監獄ではおかしなことが起きている。
 表だって問題とするほどではないが、ここで長年働いてきた俺から見ても妙だと思うことがいくつかあった。

 まず一つ、ここ何日かで看守用の食堂で出される食事が急に美味くなった。
 なんだそんなことかと思うかもしれないが、実はこれが気付いたことの中では一番衝撃だったりする。

 監獄内では囚人用と看守用の食事が分けて作られているのだが、囚人用の方はとにかく安い食材で適当に作るため、恐ろしくまずい。
 囚人に凝ったものを出す必要はないという方針なのは理解できるが、それにつられて看守用もまずいのは一体どういうことなのかと、同僚達とよく愚痴を吐いているほどだ。

 大量の犯罪者が押し込められている監獄で働く俺達にとって、食事は数少ない楽しみではあったが、その味に絶望を抱いては仕事にも張りが出ないというもの。
 しかしそんな食事がここ何日かで劇的に改善されているのだから、これを妙だと思わずにはいられない。
 実は調理に手を抜いていたんじゃないかと揶揄されるほど、明らかな変化だ。

 食材も料理人も変わっておらず、尋ねてみても作り方も特に変えていないというのだ。
 味が良くなったのは料理人も分かっているようで、なぜそうなったのかは分からず、むしろこっちが教えてほしいぐらいだとこぼしていた。

 勿論、いいことではあるので歓迎しているし、美味い食事で仕事への意欲も高いとくれば文句はない。
 ないのだが、作る側も食べる側も変化には気付いていながら、その原因が全く分からないというその妙な違和感に、俺を始めとした古参の看守は揃って微かな不気味さを覚えている。

 次に、これもここ何日かのことだが、通路に箱や樽が放置されているのをよく見かけるようになった。
 看守の仕事に朝・夕・深夜の三度の見回りがあるのだが、その際に通路を歩いていると脇の方にどけられて置かれる木箱が目に付く。

 以前も全く無かったわけではないが、それでも急に増えたように思えるのは決して気のせいではない。
 見回りの際に組んでいる同僚とその話をしたら、向こうも俺と同じことを思っていたそうだったしな。

 片付けられるならそうした方がいいとは思っているが、通路を塞ぐほどではないためそのままでも困ることはなく、言いだしたら自分がそれをやらされると分かっているため、誰も言いださずに放置されている。

 他にもいくつか小さな変化はあるが、大きなもので言えば先の二つがそうだ。

 一応、三日おきに作ることが決まっている報告書にこれらのことは書いたが、あまり大きい問題として取り上げられることはなく、せいぜいが通路の邪魔になるものがあったら都度どかすようにと、軽く通達があっただけで終わっている。

「おやっさん、また木箱ですよ」

「ん、あぁ」

 考え事をしていた頭が、自分を呼ぶ声によって現実に呼び戻された。
 俺をおやっさんと呼ぶのは、今朝の見回りで組んだ若い看守だ。
 他の奴がそう呼ぶもんだから、新しく入ってきた者もおやっさんと呼ぶのだから参る。
 俺はまだ40前だってのに。

 それはともかく、若いのが指差す先に視線をやれば、通路の脇に木箱が二つほど積まれているのを確認した。
 またか、と思わず漏れるため息を堪えることも諦め、木箱に近付いてその側面を凝視する。

 そこには『補修材』という文字が書かれていた。
 これは監獄内の施設が破損した際に使う補修材が入っていたものだろう。

「補修材って確か第二倉庫に置いてましたよね。誰かが持ってきて使ったんすかね」

「かもな。ここにあるってことは、近くを補修したんだろうが…」

 そう言い周りを見回すが、特に補修が施されている場所が見つからない。
 壁なり床なりに使ったのなら、その痕跡もあろうものだが不思議なものだ。

「…まあいいか。仕事に戻るぞ」

「え、これ放っておくんですか?見つけたら片付けろって通達ありましたけど」

「邪魔になってたらの話だろ。あまり通路も狭くなってないし、放っておけ。ま、お前が一人で第二倉庫まで持って行くってのなら止めないがな」

「いや、それはちょっと…」

「だったらそのままにしとけ。ほれ、見回りに戻るぞ」

 ここから倉庫がある場所までは大分遠く、かさばる木箱を持ったまま向かうのははっきりいって面倒だ。
 別に片付けなくとも困るものでも無し、通達があったからと言って馬鹿正直に従うほど真面目な看守はここにはいない。

 俺も目の前の若いのも、与えられた仕事をこなしはするが、余計なことはしないという考えは同じだ。
 そのまま木箱を放置し、通路の先へ向と歩みを進める。

 昨日と同じ、監獄内は異常なしという報告をするためだけに歩きまわり、少しだけましになった昼食に思いを馳せながら、俺達は見回りの仕事へと戻っていった。



 SIDE:END






「……ふぅ~、焦ったぁ」

 見回りの看守が遠ざかり、人の気配が完全になくなったのを確認して、被っていた木箱から体を這いださせる。
 刃物へと形を変えていた可変籠手を元に戻して深く息を吐く。

 今のは危なかった。
 まさか、身を潜めている木箱が見回りの注意を引くとは。
 もしあの時、木箱を持ち上げられでもしたら俺の姿は明るみに晒されることとなっただろう。
 そうなると、俺もその場にいる人間を殺すしかなくなっていたが、まだ脱獄の目途が立っていない現状でそれは避けたいところだ。

 幸い、あの看守達はさほど仕事熱心でもなかったようで、騒ぎにまでならずに済んでよかった。

 人目を避けて木箱を被りながら移動することが多い俺は、ここ何日かの間に監獄内に木箱や樽を密かに配置しており、それがうまい事看守達にとっての日常の風景になりつつあることによって、先程のようにやり過ごすのに役立っていた。

 最初は倉庫から盗んできた木箱を放置して、牢屋に戻ってしまったのがきっかけだったが、特に撤去されることなく次の日も変わらずにあったことに着想を得て、今日まで木箱をあちこちに置いている。

 その一環というわけではないが、ここの看守が利用する食堂にも侵入してみたのだが、その際に囚人用とは別に作られていた看守用と思われる料理を味見してみたら、これがまぁ囚人用のに劣らずひどいものだった。
 明らかに囚人用のものよりいい食材を使っているにもかかわらずだ。

 作った料理人の舌と腕を疑う出来に、看守達に同情を禁じえず、つい少しだけ手を加えてしまった。
 やったことは単純なもの。
 日を変えて調理前の食堂に侵入し、料理人の姿が無くなったタイミングを計って、野菜クズからダシをとってスープにぶち込んだだけだ。

 これはベジブロスと呼ばれるもので、動物性のものに比べたらパンチは足りないが、野菜から出るマイルドで柔らかなコクでスープが一段はクオリティが上がる代物で、足りない時間で作ったにしては結構上手くいった。

 そして、スープをレベルアップした代価として、自分用にこっそりと食材を持ち帰っているのだが、今の所それがバレていないのは、ここの危機管理の薄さに助けられているからだろう。

 なお、囚人用の料理の方は食材があまりにもひどいので手を加えられなかった。
 まさか腐りかけの食材が使われているとは、流石人権意識が独裁政権並みの世界なだけはある。
 囚人など腹を壊して死んでも構わんという意図が隠されてすらいない。

 それからは監獄内の情報収集をしつつ、暇が出来たら看守の食事に一手間を加えるという、まるでブラウニーのようなことをしながらしばらく過ごした。

 自分の牢屋を基点にして周りを調べていき、四日かけてその範囲を広げていった結果、まずいことに脱獄が非常に難しいということを確信できた。

 看守の見回りに関して、ルートと巡回時間は粗方調べ終えており、脱獄の際に障害とならないルート選びは既に済んでいる。
 問題は外へ通じる門の方だ。

 流石、監獄だけあって重く閉ざされた扉と、多く配置されている見張りの存在もあって、魔術を封じられた俺では正面突破できるレベルではない。
 出入りは限られた人間が特定の時間に、何重にもある門扉が時間差で開いていくのを潜ることで、初めて外へ出られるらしい。
 その警戒っぷりは一国の城の警備よりも厳しいように見える。

 開門は別の場所で仕掛けを動かしているようで、可変籠手でちまちまと見張りを倒しても門から出るのは容易ではない。

 では他の場所から出られないかと言うと、これも難しい。
 外に通じている窓はどれも人が通れる大きさのものはなく、換気と採光以外で用途を果たすものは一つとしてない。
 壁はどこも防空壕並みの分厚さで、可変籠手で半日削っても貫通する気配も見えなかった。

 囚人を運動させることがないからか、監獄内に運動場や庭といった天井が開放されているエリアも存在せず、ここを出るには門からの正攻法しかないわけだ。

 このことは既にパーラとは話しており、今から三日前に牢屋の窓越しで面会をし、俺が当分脱獄できそうにないと伝えると露骨にがっかりしていたのには、正直すまないと思っている。
 なんせ早い内にシャバで再会できると思っていたところに、やっぱり無理だとなり、俺は悪くはないのだがそれでもあの時のパーラの顔を見てしまうと、無条件に罪悪感を覚えてしまうほどだった。

 ただ、そうはなってからパーラが何かを決意したような雰囲気に変わり、面会を早々に切り上げてどこかへと行ってしまった。
 流石に早まったことはしないとは思うが、俺に何かを告げることなく立ち去ったのが気にはなったのは確かだ。

 あれからパーラは会いに来ていないので、今は何をしているのやら。
 最後に差し入れてくれた干し肉と調味料が尽きる前に、何とか会いに来てくれないものか。



 見回りに気をつけつつ、自分の牢屋に戻ると、何食わぬ顔で囚人の立場に戻る。
 看守の仕事として、通路は見るが個人個人の牢の中までは見ないおかげで、俺がここを留守にしていたことはバレていない。

 最近じゃ朝と夜の二回、監獄内を彷徨っているが、粗方情報を集め尽くしたこともあって、食堂以外に向かうことはめっきり減った。
 一度だけ、獄長の部屋に侵入を試みたが、留守の間は厳重に鍵をかけているようで、まさか壊して入るわけにもいかず、その時は引き下がった。

 まぁ目的があって入ろうと思ったわけでもなし、特にこだわることもなかったが、映画やドラマだとこういう監獄では獄長の部屋に高価な調度品や高級酒やらが置かれているイメージがあったため、できれば一度この目で確かめてみたかっただけだ。

 しかしこれからどうしたものか。

 藁のベッドに寝転がりながら、サンドイッチを齧り今後のことに思考をを巡らす。

(む、このサンドイッチ、かなり出来がいいな)

 野菜の酢漬けと肉をパンで挟んだけのサンドイッチだが、食堂にあった食材を勝手に拝借して作ったにしては、ここしばらくでも相当美味い。
 元の監獄の食事がクソだということを差し引いてもなおだ。

 結構な大きさがあったのだが、ペロリと食べてしまえるとは。
 舌も腹も満足である。

 日に二度の食事ではまずありえない、昼の満腹を得た俺はこの幸福に抱かれ、自然と瞼が下がってきた。
 満たされると眠気を覚えてしまうのは、ここ何日かの忙しさのせいだろうか。
 襲い掛かってくる睡魔に身を委ね、ちょっとの間だけと仮眠をとることにしよう。

 はて、なにか考えなきゃいけないことがあったような……まぁいいかスヤァ。



 人間としては不自由だが、囚人としては破格の自由さを手にしてどれくらい経ったか。
 相変わらず脱獄の手立てを見つけるため、監獄内を蛇のように這いずり回っている日々を送っていた。
 新しい方向性として、看守の服をくすねてきて定期的に外へ出る人間と入れ替わるという方法を模索し、そのための計画を牢で練っていると、通路の方から大勢が立てる足音が聞こえてきた。

 普段の見回りと配膳でやってくる看守の数を優に超える人数の足音に、何事かと思わず身構える。
 ここ何日かの調査で、この牢屋の周りには俺以外の囚人はおらず、大勢がやってくるとしたら新しい囚人を収監するためか、俺に用があるかのどちらかだろう。

 そして、今回はどうやら後者だったらしい。
 人の気配がすぐ外で立ち止まると、ガチャガチャと扉が音を鳴らしだした。
 これは鍵を開けようとしている音だと分かり、彼らが俺に用があることは確実となった。

 しかし同時に、まずいことも起きようとしている。
 この扉は現在、俺が蝶番を壊したままだ。
 一度壊した蝶番を直す手段もないし、出入りに便利だからとそのままにしておいたのだが、今開けられると細工していることがバレてしまう。

 何とかしければと焦るが、時間は待ってくれず。
 グワンという一際大きい金属音を鳴らし、扉は開かれた。

「うおっ!なんだ!?」

 そんな声を上げたのは恐らくたった今鍵を開けた看守だろう。
 本来なら重い抵抗と共に開くはずの扉が、傾いで倒れてしまったのだから驚いたようだ。

 蝶番のない扉など、鍵を外されればそうなるのは当然だが、そんなことになっているとは思いもしない看守達は揃って間抜けな顔を見せてくれた。

「あん?なんで外れた?」

「見ろ!蝶番がねぇぞ!」

「おい貴様!扉に何かしたな!いや、何をした!?」

 すぐさま室内に入ってきた看守達に地面に引き倒され、扉がこうなっていることの理由を問い詰められた。
 まぁ内側からしかどうにかできない蝶番が壊されているのだ。
 彼らがそう考えたのは間違いではなく、そして事実そうしたのは俺なので全くもって正しい。

 しかしまさか、脱獄のために細工をしましたと馬鹿正直に答えるわけにはいかない。
 もっとも、囚人が扉に何かをするということは脱獄目当てだと、誰もがすぐに思い至ることだ。
 この看守達もそれは分かっているはずだが、聞かずにはいられないのだろう。

「おい!何とか言ったらどうなんだ!」

「待て、もういい。とっととそいつを出せ」

 だんまりを決め込んでいる俺の態度に焦れた看守が、拳を振り上げたタイミングで外から声がかかる。
 今いる看守達のリーダー格なのか、その男の一言で地面に押し付けられていた俺の体が起こされ、腕に枷が取りつけられた。

 そしてそのまま牢屋の外へ連れ出され、看守に囲まれながら通路を歩いていく。
 扉のことで尋問か拷問でもあるだろうと覚悟していたが、意外なことに向かった先は外へ通じる門の前だ。

 そこでは投獄初日に見た切りだった獄長の姿があった。
 多くの看守を従えて立つ姿には、どこか不機嫌さが感じられる。

「よう、獄長さんじゃあないか。初日に会って以来だからひと月ぶりぐらいか。わざわざ出迎えてくれるとは、俺もグロウズと同じぐらいに扱ってくれてるのかな?」

「ふん、貴様がグロウズ卿と同等など有り得んわ。それと、こうして顔を合わせるのは40日ぶりだ」

 言われて、牢暮らしで日付の感覚が少し狂っていることを思い知らされる。
 特に正確に日にちを数えてはいなかったが、十日のずれがあるとは意外と俺の感覚も当てにならん。

「んで、こんなところに連れ出してくれて、一体何の用だ?まさか、外に出してくれるのか?」

 こうしていることの目的が全く分からず、一番可能性のないことを口にしてみる。
 俺の幽閉はサニエリが画策したことである以上、それはないだろうと分かっているがな。

「忌々しいことに、まさにその通りだ」

「…はい?」

 だが返ってきた答えは、思わず間抜けな声を漏らしてしまうほどに意外なものだ。

「アンディ、貴様は釈放だ。外に迎えも来ている。さっさと出て行くといい」

「迎え?」

 サニエリとグロウズが言っていたことによれば、俺は釈放などまずない幽閉という扱いだったはずだが、これは何かの罠か?
 いきなり釈放と言われたことにも訝しむが、迎えが来ているということにも首を傾げざるを得ない。

 手枷を外され、門の前へと立たされた俺の目の前で、巨大な扉が上へとせりあがっていく。
 これさえ何とか出来ればと、今日まで何度も思っていた扉が、あっさりと開いていくのに思う所はあるが、この先にある自由を思うとそれも小さなことだ。

 開いた扉の向こうにはさらにまた扉があり、四枚あるのが交互に開くことで、中あるいは外から予定外の人間が出入りするのを防いでいるわけだ。

「本来、ロスチャー監獄から出るには死体になるか、司教位以上の人間からの許可がなくてはならない。甚だ不本意だが、今回貴様が釈放となれたのは後者の理由である」

 そう獄長が言う声からは苦々しさがにじみ出ていた。
 一度収監した者を自由の身にすることに対して、監獄を治める立場からくる抵抗感がそう思わせているのだろう。

 言外に、『お前など一生ここに閉じ込めておくべきだ』という思いがありありと伝わってくる。

 獄長と看守数名に囲まれつつ、扉が開いていく毎に進み、後ろの扉が閉まるとまた次が開くという風に繰り返し、四枚目の扉が開かれると同時に、外から差し込む光に目がくらむ。
 と同時に、少し先で逆光に立つ人影が目に付いた。

 恐らく、この人影が獄長の言っていた迎えなのだろうが、心当たりがあるとしたら一人しかいないため、その名前を呼ぼうとして、寸でのところで飲み込んだ。

「…獄長、迎えってのはあれか?」

「そうだと聞いているが……知り合いじゃないのか?」

「まぁ多分知り合いで合ってる。念のために聞いただけだ」

 訝しむ獄長にそう返し、人影へと近付く。
 未だ逆光の中で身じろぎもしない様子に、もしかして立ったまま眠っているのではないかと心配してしまう。

「んっんー…あー…パーラ、だよな?」

 投げかける言葉が疑問形になってしまうのは、その姿にある。
 全身が鎧で覆われ、顔の上半分を隠す兜を身に着けている様は、変質者寄りの騎士といった感じだ。

 パーラだと見分けられているのは、今の俺を迎えに来る人間が彼女ぐらいしかいないことと、目の前の人物が身に着けているものが、展開した駆動鎧であり、腰元には噴射装置が装着されていることから、その正体が推測できただけだ。

 一応、他人だという可能性もなくはないが、兜を押し上げて現れた素顔はパーラそのものであり、そのことにまずは安心した。

「そうだよ。他に誰だと思ったのさ」

「いやだってお前、迎えに来たってのになんだよその恰好。駆動鎧まで引っ張りだしてきて、なんかと戦ってたのか?」

「違うって。もしアンディの釈放がされなかったら、このまま突入するつもりだったから。中じゃ魔術は使えないって言うし、防御はガッチリ固めたほうがいいと思って」

 何気なく言うパーラの言葉に、背後にいる看守達が動揺した気配を見せた。
 まさかこうも堂々と、監獄内に攻め込む準備をしてきたと言われて、何もリアクションをしないわけがない。
 中々刺激的なことを言うパーラに、俺も内心でヒヤリとしたものを覚える。

 こいつ、いざとなったら単身乗り込んで暴れるつもりだったのか。
 魔術は使えないにしても、駆動鎧と可変籠手を駆使して暴れまわるパーラの姿を想像すると、釈放の手続きをきちんと処理した看守達はいい働きをしたと言っていい。

「ま、こうして無事に出てこられたみたいだし、いらない備えだったのはよかったよ」

 そういい、駆動鎧がパーラの体から離れ、ガチャガチャと円形に納まっていく。
 こうすることで看守達に対しても監獄へ攻め入る気はないと意思表示をしたわけだ。

「んじゃ行こっか。あっちの方に飛空艇停めてあるから、少し歩くけど大丈夫?なんだったらこっちまで持ってこようか?」

「大丈夫だ。別にそこまで弱ってるわけじゃない。…獄長、なったつもりはないが、一応言っとく。世話になったな」

「…さっさと行け」

 後ろに振り返り、礼儀として獄長にそう言うが、返された言葉はなんとも冷たいものだ。
 まぁ俺も暖かいやり取りなんて期待して言葉は選んでいないし、構わないのだが。

 パーラと共に歩き出すと、当然のことだが止められることなく、そのままロスチャー監獄から離れていくが、一度だけ背後をチラリを振りむいてみる。
 すると、丁度監獄の扉が閉められていくところで、獄長と看守達の背中だけが見えたが、特に感慨を抱くことなく再び視線を前に向けた。

 投獄されたこと自体は腹立たしいが、看守達には特に恨みなどはないし、かといって絆が生まれるほどの交流も無かったため、今日までの時間が思い出になることはないだろう。
 互いに背を向け合って別れていることからも、それは確かだ。

 飛空艇のある場所はそこそこ遠いようで、まだ遠目にも見えないこともあって、暇を埋めるでもないが、気になっていたことを尋ねてみる。

「そういやパーラ、俺がこうして釈放されたのってお前がなんかしたんだよな?」

「当たり前じゃん。何もしないで釈放されるわけないって」

「そりゃそうだけど。だとしたら、なにしたんだ?見たところ、正規の手続きがされたみたいだが、まさかガイバさんの伝手か?」

「まさか。いくらなんでもガイバさんにそこまでの力はないでしょ」

 さりげなくガイバをディスっているようなパーラの言葉だが、確かに聖鈴騎士ではあっても司教に対抗できるほどの権力は彼にもない。
 ということは、ガイバ以外のコネで俺の釈放が働きかけられたということになる。

「簡単に言うと、あちこちの偉い人を頼ったんだよね。ほら、最後にアンディと窓越しに会った時、あのすぐ後に飛空艇を飛ばしまくって、色んなとこに行ってさ」

「偉い人ってーと…ルドラマ様とかか?」

「まぁルドラマ様にも頼ったけど、他にも色々ね」

 色々の部分に何か大きな含みがあるように聞こえたが、パーラの奴、一体どこまで助けを求めたんだろうか。

「ちょっと待て。なんだか怖くなったぞ。お前、どこまで借りを作ったんだよ」

 パーラの言葉からは、恐らく俺達が行ったことのある国のお偉いさんに対し、軒並み借りを作ったように思える。
 何せひと月半ほどでペルケティアの監獄にいる一個人、それも平民を外に出したのだから、かなりの圧力をペルケティアという国に与えたのではなかろうか。

「借りっていうより、貸しを返してもらったって感じだったよ?グバトリア陛下にダルカン様でしょ?あ、そうそう。ルドラマ様は勿論だけど、ガレアノス殿下も協力してくれたみたい。アシャドル王家の印が入った手紙もあったし」

 楽し気なパーラの口から飛び出した名前に、立ち眩みを覚える。
 グバトリアやダルカン、ルドラマはまだ分かる。
 それなりに貸しは覚えもあるが、ガレアノスが絡んでくると少し事情が変わる。

 確かにアシャドル王国独自の飛空艇開発に関して、多少手を貸しはしたが、それだけで俺を助けようと動いてくれるほど縁があったとは思えない。
 もしかしたら、向こうはこれを借りにしようとしているのではないかと勘繰ってしまう。

 それから、各国を巡ってペルケティア教国のサニエリ司教に対する抗議と警告の手紙を集め、それを持ってガイバがペルケティアのとある枢機卿に訴え出て、俺の釈放が成ったということをパーラは語ったが、正直、頭には入っているが感慨は覚えない。

 それ以上に、各方面のお偉いさんに新しくできた借りに対しての考えが頭を占め、飛空艇に着いてシャワーを浴びるまでの間、俺は亡霊のように歩いていたことだろう。

 娑婆に出れたことは素直に喜べるが、同時に警戒すべきことに対しての悩みも覚え、プラスマイナスで丁度ゼロという気分だ。
 一応、助力してもらった各国の偉い人に向けて、娑婆に出してもらった礼の手紙も書かなくてはいけないが、落ち着けるまでは後回しにさせてもらう。

 しかし、体を綺麗にし、清潔な衣服に身を包んで美味い飯を食ったことで、気分は一気にプラスへ転じる。

 考えてみれば、何も貸しだからと言われてもいないし、あまり考えすぎるのもどうかと思えた。
 いつか清算する時が来るとしても、その時までうじうじするのがいいことだとは思えないし、今はそれを脇に置いて、自分が改めて手にした幸せを噛み締めるべきだ。

「そう言えばさ、バイクってどうするの?」

 何故か囚人暮らしの長かった俺以上に勢いよく食事をするパーラが、口の中を見せながらそう尋ねてきた。

「汚いから口の中食べきってから話せよ。…そうだな、やっぱり直したいからクレイルズさんのとこに持ち込みたいけど、今あの人ってソーマルガだよな?もう帰ってきてたりするか?」

「うーん、私がソーマルガに行った時は、まだあっちにいたけど、どうだろ。一応、アシャドルに帰ってる可能性もないことはないけど、まだ戻ってないと私は見るね」

 俺もパーラの意見には同意だな。
 技術交流という形を取ってはいるが、実際は飛空艇の技術を一から学ぶに等しいクレイルズ達だ。
 一年も経たないで全部極めたとアシャドルに戻るとは思えない。

 となると、バイクの修理は当分先のことになるか。
 ソーマルガまで行ってクレイルズに直接見てもらうのも手だが、ああまで壊れていると自分の工房でないと直せないかもしれないし、やはり先送りにすべきだろう。

 バイクのことを考えていると、不意にグロウズのことが頭をよぎった。
 そもそもバイクを壊したのはグロウズで、その大元の原因を作ったのはサニエリだ言っていい。
 果たして、俺はグロウズとサニエリにバイクのことを意趣返しなくていいのだろうか。
 いや、いいわけがない。

「おいパーラ、後でちょっと話したいことがあるから、食い終わってもまだ寝るなよ」

「ん?いいけど、話したいことっ…わっるい顔。アンディ、悪い顔してる」

「そうか?まぁそうか。そうなるだろうな」

 たった今胸の内に芽生えた感情が顔に直接出てしまったようで、パーラが引いた様子を見せる。
 だがその判断は正しい。
 なにせ、これから俺は悪い事を企むのだからな。

 俺をよく分からん理由で監獄にぶち込んでくれたんだ。
 グロウズとサニエリには一発やり返さずにいられるか。

 ただし、命までは取らん。
 死んだらそれまでだが、生きていれば怒りと屈辱に塗れている姿を想像しやすいからな。

 これは俺のオリジナルの標語だが、『やられたことはやり返す、倍返しじゃけ』というのがある。
 秘かに俺が流行語大賞を狙っていた言葉だ。

 それに倣って、報いは受けてもらわねば気が済まん。

 ただし、俺自身は報いは避けたい。
 俺はそういう人間だ。
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