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異世界収監
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『エリエリレマサバクタニ』
かつてイエス・キリストが十字架にかけられた際に叫んだ言葉だが、意味は『神よ、何故私をお見捨てになったのですか』と、迫る処刑に自らの運命を嘆いたものとされている。
後に復活が約束されていたとはいえ、この時の絶望感たるやいかばかりか。
そんなキリストの気持ちを、俺は今ちょっぴりだけ理解し始めている。
と言っても、別に処刑されるわけではなく、ただ単に監獄へと幽閉されるだけなので、敬虔なキリスト教徒からはキリストはそんなもんじゃあなかったと怒られそうではあるが。
サニエリとの面談の後、強制的に教会預かりの身となった俺だが、当然それには反発した。
教会に仇なすわけでもなく、アンデッドを生み出しているわけでもない俺が、何故ヤゼス教の管理下に置かれ、ほぼ自由をなくさなくてはならないのかと。
それに対する答えは、グロウズが教えてくれた。
そもそも、今回のこの面談自体、教典にあるヤゼスの死者復活と俺のしたことを照らし合わせて検討し、聖人として認定するかどうかというのが目的だった。
当事者である俺ですら知らされていなかったのは、偏に聖人認定によって齎される混乱を最小限に抑えるためだ。
ヤゼス教が世に広まってからかなり長い時間が経っているが、公式に聖人と認められた人物は二人だけと驚くほど少ないそうだ。
聖人が現れたとなれば熱心なヤゼス教信者はお祭りになり、その熱狂がコントロールできるかどうかも分からないとサニエリは判断した。
さらに、三人目の聖人が認定されるかどうかというこのタイミングで、よからぬことを考える人間が教会の内外に現れかねないと、当事者にすら伝えずに大雑把な召喚理由で俺を引っ張って来たわけだ。
結局俺は聖人認定されなかったわけだが、それでも死者を復活させたという点は教会として見逃せるものではないため、後々何かしら生かせる場面があった時のために俺をキープしておこうと、ペルケティア教国有するとある監獄で幽閉されることになった。
この時点でも相当ひどい話だが、その時の俺の処遇が決まったグロウズとサニエリが交わした会話がまたひどいものだった。
『司教猊下、アンディ君はこの後どういった扱いとしましょうか?』
『そうさね。どこか適当な修道院にでも放り込んでおけばいいさ』
『秘匿性を考えると、候補にできる修道院は…』
『あぁ、それもそうだ。なら……ロスチャー監獄だね。あそこなら隠すのにもってこいだ』
『なるほど、教会にとって重要な人物がそこにいると考えるものはおりませんし、よろしいかと』
『手配は私の方でやっておくよ。ヒューイット、あんたはすぐにでもその坊やをロスチャーに連れてきな。向こうで私の名前を使っていいから、せめて少しでもいい部屋を宛がっておやり』
『ご高配、痛み入ります』
と、こんな人を人とも思っていないやり取りが行われたわけだが、放心していた俺はそれをただ見ているしかできなく、気が付くとグロウズに連れられて、またあの護送車仕立ての馬車でそのロスチャー監獄へと向かう途中にいた。
「…アンディ君、そんなに睨んだままじゃ疲れないかい?今朝からずっとじゃないか」
「うるせぇ。自分達が何をしたのか思い返してみろ。魔術が使えりゃ今頃あんたを消し飛ばしてるぞ。睨むぐらいは俺の好きにさせてもらう」
対面に腰かけているグロウズのヘラヘラとした態度に、睨みつける目にもさらに力が入る。
馬車の振動で尻を襲う痛みが気にもならないほどに、この男には苛立ちを覚えた。
ここまでの経緯は覚えているが、あまりにも酷い展開だったため、正気に戻ったのは馬車に乗る直前だった。
そのため、直接文句を言うべき相手であるサニエリはもう姿がなく、俺の怒りの矛先が向くのは同道するグロウズに向けるしかないというのがなんともやりきれない。
正直、そのロスチャー監獄とやらに幽閉されることに納得はしていないが、未だに首輪付きで魔術が使えない俺にはろくな抵抗もできないので、今は大人しくするしかなかった。
とにかくこの首輪だ。
この首輪さえ外れれば機会はある。
そうして馬車に揺られて丸一日、途中で野営を一度挟んで辿り着いたのがロスチャー監獄に到着した。
馬車を降りると、ゴツゴツとした岩で出来た十畳ほどの広さの空間が目の前に広がっている。
どこかの鉱山にでも連れてこられたのかという趣だが、いくつかの横穴に格子が嵌められている様子から、人を閉じ込めておきたいという目的が垣間見え、ここが監獄だということを如実に表していた。
「お待ちしていました、グロウズ卿。それが例の囚人で?」
酷くしゃがれた声が聞こえ、その主に視線が行く。
屈強な男数人を引きつれ、全員お揃いの黒い学ランっぽい服を身に着けた小柄な男が目の前に立っていた。
場所を考えれば彼らは看守であろうが、その中でも声を掛けてきた小柄な男は看守長か監獄長といった、そこそこ偉い立場の人間なのかもしれない。
小さい癖に横に幅が広いという風体は、不摂生の賜物だろうか。
「やあ、君が獄長さんかい?そう、彼、アンディって言うんだけどさ、猊下から通達は来ているよね?」
「はい、書面にて伺っております。通常の収監ではなく、特等房へ入れるようにと」
「うん、その通り。詳しくは教えられないけど、彼は特別でね。なるべく死なせないように頼むよ」
「は。お任せください」
畏まった例の姿勢を取る獄長に、鷹揚に頷いたグロウズが俺の方へと向き直ると、ポケットから尖ったガラス片のような物体を取り出す。
それを俺の首元へと近付けると、魔力封じの首輪があっさりと外れた。
どうやらあれが鍵だったようで、これまで俺を苦しめていた枷がこれでようやく外れたわけだ。
「…本当に外すんだな」
「だから言ったじゃあないか。貴重な首輪、君に使い続けるわけにはいかないって。ここに来たら必要ないからね。返してもらうよ」
ここに来る道中で、監獄に着いたら首輪は外されると聞いていた。
何せ貴重な品なので、使用と管理は教会によって厳しく制限されており、俺一人に使い続けるわけにはいかないそうだ。
「へぇ…それじゃあ首輪が取れた途端、俺に攻撃されるとは思わなかったか?」
首輪が取れたと同時に身体強化を行い、体を巡る魔力を感じとったことに自由を感じられた。
正直、グロウズを含めたヤゼス教の神官に対する感情は最悪に近く、首輪が外れたら逃げるよりまず先に、グロウズに一発レールガンを叩きこんでやろうと思っていたのだ。
それでグロウズが死ぬのなら御の字、怪我で済むとしても意趣返しにはなる。
この距離で撃つ高出力の電撃では、他の人間にも危害は及ぶだろうが知ったことか。
とにかく今はグロウズに一発かましてやらねが気が済まん。
「あっはっはっはっはっは!思わないわけがないだろう。僕が君の立場だったらそうする。…けどま、やれるもんならやってみなよ」
心底おかしいと高笑いをするグロウズの姿は、的確に俺の神経を逆なでしてくれる。
まじこいつタダじゃおかねぇ。
まだ俺はバイクを壊した恨みを忘れてはいないぞ?
この恨みに身を任せ、目の前の男を塵も残さず燃やし尽くすことも吝かではない。
沸き上がった感情に逆らう理由もなく、掌へと電撃を発生させようとしたその瞬間、強烈な違和感と共に掌の魔力が弾けるようにして霧散してしまった。
魔術は途中まで発動しかけて何かに邪魔をされたというこの感覚には覚えがある。
「魔術を使おうとしたけど、発動までいかなかったろ?それが君から首輪を外しても構わない理由さ。この監獄は建設の段階から魔術師への対策が施されていてね」
「…阻導石か?」
「正解!…といっても、建物全部に使われてるわけじゃない。要所要所に阻導石は仕込まれてるんだ。捕まえた魔術師を連行する通路、拘禁する部屋といった具合にね。今いるここもそうだ。まぁ一応、阻導石以外にも魔力を阻害する材質はあるし、そういうのも全体には使われていてかなり厳重に対策されているらしい。だったよね?獄長」
「ええ。この監獄はペルケティアで唯一、魔術師も収監できるようにと作られましたので。専用の区画にさえ収監させてしまえば、たとえあの夜葬花様であっても脱獄はできません。イヒヒヒ」
「おや、それはまたキャシーが聞いたら怒りそうだ。ムキになってここに押し掛けてきたらどうするんだい?」
「これは口が滑りました。私の戯言とお捨て置きください」
悪代官と悪い商人のやりとりかと思わせるぐらい、どちらも気持ちの悪い笑みを浮かべてそんなことを言う。
夜葬花というのが誰を指しているのかは分からないが、話の流れとグロウズがキャシーという名前を出したことから、どうやら聖鈴騎士か修道騎士に属する優れた魔術師なのだろう。
名前の響きからは女性だということぐらいしか分からないが。
わざわざ今話題に出すほどなのだから、よっぽどの魔術師と思われるが、その夜葬花ですらできないのにお前なんかが脱獄できるかというメッセージは十分に伝わってきた。
かなりの自信が垣間見えるが、さっき俺が魔術を使うのをほぼ完全に妨げられたことから、それも決して大袈裟なものではない。
ただし、疎外されているのはあくまでも体の外へ放出するタイプの魔術だけだ。
体内を魔力が巡る強化魔術がほとんど影響を受けないのは、今も密かに使い続けることができているので間違いない。
俺の魔術を封じたと勝ち誇ったような顔をしているグロウズと獄長だが、このことには気付いていないようだ。
これは敢えて伝えることはせず、密かなアドバンテージとして秘めておくべきだろう。
俺を監獄へと護送し、役割を果たしたグロウズはすぐに立ち去り、せいせいする余韻を味わう暇もなく俺の腕が木の枷で拘束され、牢への移送が開始された。
獄長は本当にグロウズの出迎えだけが目的だったようで、俺を看守に任せるとさっさといなくなってしまった。
馬車で乗り付けたのは岩肌まるだしのゴツゴツとした場所だったが、無数にあったうちの一つの横穴へと入って暫く歩くと、まるで古城にあるような石造りの通路へと出た。
壁も床も全て灰色ではあるが、全て同じ大きさの石材を組み上げて作られたような通路は寒々しさを纏っており、そんな通路を看守達に囲まれながら歩いていく。
壁の材質は分からないが、見た感じだとコンクリートのようで、相変わらず魔力の放出が阻害されるのは、この通路も魔術師対策のされたものだからだろう。
阻導石自体は貴重なものだと聞いていたが、わざわざこうして監獄なんかに使うとは、ペルケティアの人間も中々豪気なものだ。
…いや、閉じ込めておくべき魔術師への備えだとすれば、先見の明があったとも言えなくはないか。
所々に明かりはあるが、窓が極端に少ないせいで全体が暗く、強い圧迫感を与えてくるのは、流石監獄といったところだろう。
時折現れる鉄製の扉は、恐らくその一つ一つが牢屋のものだとは思うが、そこの住人と思われる目が隙間から俺を見ており、新しくやってきた新人がどんな奴かを確かめているようだ。
海外の映画なんかだと、こういう風に歩いていると先住の囚人達から言葉による熱く汚い歓迎があるものだが、声どころか物音一つ立てずに俺を見ているだけの囚人たちには不気味さを覚える。
まぁあれは地球の常識であって異世界じゃ違うと言われればそれまでだが、人間、世界は変わっても本質は変わらないものなので、ここでもきっとあると思っていただけに拍子抜けしたのは確かだ。
どれだけ歩いたか、辿り着いたのは通路の突き当りにポツンと一つだけある扉の前だ。
近くに他の牢屋がなく、明かりも扉の傍にあるだけと、目の前の部屋が特別に隔離されているようではある。
「今日から貴様の暮らす部屋だ。きれいに使えよ。入れ!」
錆びた音を響かせて扉が開き、その中へと俺は雑に押し込まれる。
グロウズは俺を特別だからと言っていたはずだが、この看守たちにとっては他の囚人と変わりないようで、中々ひどい扱いだ。
まぁ場所が場所だし、高級ホテルのような待遇は端から期待していないが。
手枷を外されると扉も閉められ、俺一人だけが仄暗い牢屋に取り残された形となる。
中は格子付きの小さい窓があるだけで、そこから洩れる明かりで辛うじて真っ暗ではないが、換気の悪さでじめじめしているのもあって、正直何か出そうな気がして居心地は最悪だ。
隅の方には錆が目立つ金属の桶が無造作に置いてあるのだが、用途は多分オマルだろう。
そういう匂いが微かに残されているのでまず間違いないと思う。
あれに用を足したとして、その後の処分はどうするのか気になる。
それとは反対側の壁には藁の山が出来ており、これは恐らく寝床か。
藁を布団にして寝ろと、毛布やシーツなど囚人には贅沢だと言わんばかりだ。
今は寒くないからいいが、冬になったら凍死も覚悟しなくてはならない。
もう既に最底辺の部屋をどう奇麗に使えと言うのか。
自分で掃除しろと?
よもやよもやだ。
四畳ほどの狭さしかない牢屋は、中を把握するのにそう時間はかからず、すぐにやることが無くなった俺はベッド代わりの藁の山に身を横たわらせる。
暗くかび臭い天井を見上げて思うのは、こうした状況になったことへ対する憤りだ。
確かにこの世界での非常識なことをしたのだろうが、だからといって今のこの扱いはひどすぎる。
『ヤゼス教の認める真の死者復活とは違うが、とりあえずなんかあった時のためにキープしておこう』というだけで牢屋に放り込むなど、これだからファンタジー世界の倫理観というのは質が悪い。
いや、この場合はお偉いさんの倫理観というべきか?
特別扱いというのに期待した俺もバカだったが、正直牢屋の環境は最悪だし、出来るならさっさと脱獄したいところだ。
ただ、脱獄するには魔術が使えないのは大きな問題だろう。
目の前まで持ち上げた手に、魔力を集中させて水分を集めるように意識してみるが、望むような結果は発生しない。
一応、手汗か?と見紛う程度に水分は集まったが、正直何の役にも立たない程度なので、実用には程遠い。
なるほど、正しく魔術師を収監させる目的で作られただけはある。
となると、脱獄には物理的に穴を掘るか扉を解錠するかの二択になる。
穴を掘るとしたら、とっかかりにするのは部屋の天井ギリギリに設けてある窓からだろう。
一片が10センチほどの正方形型のそれは、到底人が出入りできる大きさとは呼べず、採光と換気の用途にしか使えそうにない。
その窓から分かる壁の厚みも相当なもので、身体強化で増した腕力で殴りつけただけでは壊すのに何年かかるか。
まさかスプーンでコツコツ壁を削るなど、気の遠くなる作業を選択する気もない。
ここは扉の鍵をどうにかして外す方がまだましなのかもしれない。
チラリとこの部屋の中で唯一の金属である扉へと視線が向かうが、その扉の方も一筋縄ではいかないだろう。
当たり前だが、囚人を閉じ込めている牢屋の扉を簡単に突破できるように作るわけがない。
扉は覗き穴以外は隙間も見当たらず、唯一食事を配給する目的と思われる横長の開閉口からは掌を外へ出すことはできるが、そこから先へ体を押しだせるだけの大きさはない。
念のため、扉を押したり引いたりして見るが当然開くわけもなく、身体強化で扉を歪められないかとも試みるが、この扉も厚みは相当なもので、道具もない状態では変形する手応えまで至る道のりはローマより遠い。
これらの判断材料から、脱獄は非常に難しいという結論に行きつくわけだが、こうなると外に協力者が必要だな。
具体的には、どうにかしてパーラに連絡を取りたい。
囚人になった今、果たして手紙を出せるのかという疑問はある。
ここが地球で、人権というものを知る法治国家であれば、手紙や電話なんかをする権利は普通に認められているが、この世界は某一党独裁の国家並みに人権意識は低いので、多分手紙を出しても検閲という握り潰しが待っているだけだ。
グロウズに捕まった時は、どうせすぐに釈放されるだろうと思っていたため、ガイバにディケットで待機するようパーラ宛の伝言を頼んでいた。
まさかこんなことになるとは思っていなかったからそうしたわけだが、こんなことなら何か目印でも残して、この監獄へ救出に来てもらうべきだったか。
あるいは、もっと海外の脱獄ドラマをよく見ておくべきだったかという、二つの後悔を抱くとともに、唐突に空腹が襲い掛かってきた。
そう言えば朝食を摂って以来、水の一滴も口にしていなかったな。
流石にこんなひどい監獄でも食事位は出るはずだが、ちゃんと一日三食を用意してくれるのだろうか?
だが監獄と言えば臭い飯と相場は決まっているし、まともな食事は期待しないでおこう。
いっそ、どうにかして食料を手に入れて勝手に自炊してしまうのも選択肢として考えておくか。
しかしそうすると、やっぱりまずは牢屋を抜け出さないといかんな。
悩ましい。
自炊が先か牢破りが先か、それが問題だ。
まぁとにかく、ここの食事情次第で脱獄を早めるかどうかを決める。
クソみたいな飯なら俺は何を差し置いても脱獄を早めるし、多少ましならゆっくりと腰を据えて脱獄計画を練るとしよう。
あぁ、本当に、腹が……減った。
看守さんや、飯はまだかのう?
SIDE:パーラ
「…どういうこと?なんでアンディが?」
イアソー山麓町へと戻ってきた私は、すぐに商人ギルドの一室へと呼び出され、そこでガイバさんからアンディがペルケティアへと連行されたことを知らされた。
わざわざペルケティアからやって来た聖鈴騎士の序列二位という大物がどうしてアンディを、という疑問はあるが、目の前で悲痛な顔をする男の様子から、あまりいい理由からではないと思える。
「アンディさんの死者復活だ。あの件でヤゼス教の司教が動いた。すまん、私はヤゼス教の一員として…聖鈴騎士としてアンディさんのことを報告しないわけにはいかなかったんだ」
私も死者復活がヤゼス教にとってどれだけ特別な意味があるのかはちゃんと理解はしていないが、それでもとんでもないことをしたというのは何となくわかる。
正直、アンディから話を聞いた時は耳を疑ったけど、その時の状況と蘇生の条件を聞いてみれば、酷く限定された条件の下で、運のよかった人間だけが復活したという話だ。
だから、人の噂にはなってもあまり大事にならないだろうと、アンディも私も思い込んでいた。
実際はこうして、アンディが連れていかれたことで甘い考えだったと思い知らされたわけだが。
「む……まぁ仕方ないか。ガイバさんにも立場とか義務があったんでしょ。それで、アンディはいつ戻ってくるの?なんだったら私が迎えに行くけど」
馬車で連れていかれたのなら、今頃は主都に着くかどうかという道中と思われる。
今から行っても飛空艇だと追いつけるかどうかといったところだが、全部終わって解放されたアンディを拾うことはできるはず。
「…何も無ければ、面談をして一日で解放される。戻ってくるとしたら、馬を使って二十日弱と言ったところか」
「何もなければ?」
その言い方だと、何かあるかもしれないと取れるけど。
「アンディさんと面談するのはさる司教猊下だ。その方がもし、アンディさんの死者復活をよく思わなければどういう行動に出るか」
司教と言えば、ヤゼス教でもかなり偉い立場だ。
そこから上にはもう枢機卿と教皇しかいないとなれば、それはもう…あれだ、とにかく偉い立場だ。
「それってつまり、アンディは向こうに置かれたままになるかもってこと?」
「ああ。それと、最悪の場合は処刑も…」
「処刑!?なんで!」
アンディは話を聞くために連れて行かれたんじゃないの?
それが処刑なんて。
「落ち着け。最悪はと言っただろう。死者復活をあえて異端だと唱えて、そうすることもできるということだ」
そんないい加減にアンディの処刑が決められたらたまったもんじゃない。
「待て。どこに行く」
部屋の扉へ手を掛けた私の背中に、ガイバさんの声が掛けられる。
その声は問いかけてはいるが、私の行動は分かっていると言わんばかりの重さが込められていた。
「マルスベーラに。アンディを迎えに行く」
「ふぅ…だと思った。一応言っておくが、アンディさんからはディケットで待機しろと伝言を預かってるが」
「それはガイバさんの言う最悪の状況が起こらなければの話でしょ?私は最悪を見越して動く」
アンディはとにかく頭が切れる。
切れるんだけど、時々楽観的な考えをするところがあるから、こういう時は私がなんとかしないと。
まずはマルスベーラへ行って、アンディを見つける。
それでもし、処刑の話が出ていたら力ずくでも助け出す。
それからどうするかは…アンディと相談して決めよう。
「ガイバさん、一応聞くけど、アンディがどこに連れていかれたか教えてもらえる?」
まぁこれは期待していない。
聖鈴騎士としての立場があるから、司教を裏切りかねない情報は渡さないだろう。
「よかろう。正確な場所は分からないが、マルスベーラに着いたら協力してくれる人物を紹介する。私の書状を持ってそいつに会うんだ。きっとアンディさんの情報も手に入れてくれるはずだ」
「あら、教えてくれるんだ」
てっきり頑として断られるとばかり思っていたが、何かを諦めたような顔のガイバさんは協力を約束してくれた。
「正直、今回の件には私も思う所がある。それに、アンディさんには悪いようにはならないよう手を回すと約束したしな。これもその一環だ」
なるほど、アンディとそういうことを話していたわけか。
ガイバさんも教会側の人間なのに、結構私らへ寄った判断をするけど、大丈夫なのだろうか。
まぁこっちはそれで助かるから文句はないんだけど。
とにかく、急いでマルスベーラに向かってアンディを探そう。
あのアンディが負けたっていう相手もいるだろうから、最悪、飛空艇で強引にでも突入するぐらいの考えを持っておくべきか。
何もなければ解放されたアンディを拾い、何かあったら助けるために動く。
あくまでも最悪に備えるだけだが、運が悪いとその備えが必要になるのだ。
悲観的になることはないが、それでも気を引き締めておくべきだろう。
「あぁ、それとアンディさんからバイクを預かってたな。パーラさんが来たら飛空艇に運んでくれって言われてるんだが」
「そうなの?んじゃ私が持ってくよ。どこに停めてるの?」
ベスネー村で別れた時、アンディはバイクでここに向かったから、マルスベーラに連行されるのならバイクは残していくしかなかったわけだ。
それも飛空艇に積んで持って行くとしよう。
「停めてると言うより、置いてると言うべきか…まぁとにかく見てくれ」
歯切れの悪いガイバさんに連れられ、向かった先はどういうわけか建物に併設されている物置だった。
かなり狭いからサイドカー付きのバイクを置いておくには向かないと思うが、目の前に現れた木箱を見て何故そんな所に連れてこられたのかはすぐに分かった。
「なにこれ…」
四つほどの大きな木箱には、金属の部品がぎっしりと詰め込まれており、そのいくつかに見覚えのある私には、部品の正体に気付かないわけがない。
これは…バイクだったものだ。
金属の塊ともいえるバイクをこうもするなんて、一体どんな方法を使ったのだろうか。
「グロウズ卿がやったんだ。アンディさんが逃亡するかもしれないから、まずは手段を潰すってな」
グロウズって奴は、アンディを負かしたとんでもなく強い奴だとは聞いていて、それだけしか思うところはなかったが、たった今からそいつは私にとって許せない奴に格上げされた。
元々はアンディの物だけど、一緒に旅をして愛着もあったバイクをこうまでされて、そいつまじでただじゃおかねぇ。
見かけたら一発殴ってやる。
しかしまぁ、バイクの方はどうしたものか。
アンディのことだから直して使うとは思うけど、ここまで壊れるとクレイルズさんにしか直せないだろう。
ただ、そのクレイルズさんは今、ソーマルガに行ってるらしいから、見てもらうならまたソーマルガに行かないといけない。
アンディと合流したら、その足でソーマルガに行くかも相談しなくては。
SIDE:END
かつてイエス・キリストが十字架にかけられた際に叫んだ言葉だが、意味は『神よ、何故私をお見捨てになったのですか』と、迫る処刑に自らの運命を嘆いたものとされている。
後に復活が約束されていたとはいえ、この時の絶望感たるやいかばかりか。
そんなキリストの気持ちを、俺は今ちょっぴりだけ理解し始めている。
と言っても、別に処刑されるわけではなく、ただ単に監獄へと幽閉されるだけなので、敬虔なキリスト教徒からはキリストはそんなもんじゃあなかったと怒られそうではあるが。
サニエリとの面談の後、強制的に教会預かりの身となった俺だが、当然それには反発した。
教会に仇なすわけでもなく、アンデッドを生み出しているわけでもない俺が、何故ヤゼス教の管理下に置かれ、ほぼ自由をなくさなくてはならないのかと。
それに対する答えは、グロウズが教えてくれた。
そもそも、今回のこの面談自体、教典にあるヤゼスの死者復活と俺のしたことを照らし合わせて検討し、聖人として認定するかどうかというのが目的だった。
当事者である俺ですら知らされていなかったのは、偏に聖人認定によって齎される混乱を最小限に抑えるためだ。
ヤゼス教が世に広まってからかなり長い時間が経っているが、公式に聖人と認められた人物は二人だけと驚くほど少ないそうだ。
聖人が現れたとなれば熱心なヤゼス教信者はお祭りになり、その熱狂がコントロールできるかどうかも分からないとサニエリは判断した。
さらに、三人目の聖人が認定されるかどうかというこのタイミングで、よからぬことを考える人間が教会の内外に現れかねないと、当事者にすら伝えずに大雑把な召喚理由で俺を引っ張って来たわけだ。
結局俺は聖人認定されなかったわけだが、それでも死者を復活させたという点は教会として見逃せるものではないため、後々何かしら生かせる場面があった時のために俺をキープしておこうと、ペルケティア教国有するとある監獄で幽閉されることになった。
この時点でも相当ひどい話だが、その時の俺の処遇が決まったグロウズとサニエリが交わした会話がまたひどいものだった。
『司教猊下、アンディ君はこの後どういった扱いとしましょうか?』
『そうさね。どこか適当な修道院にでも放り込んでおけばいいさ』
『秘匿性を考えると、候補にできる修道院は…』
『あぁ、それもそうだ。なら……ロスチャー監獄だね。あそこなら隠すのにもってこいだ』
『なるほど、教会にとって重要な人物がそこにいると考えるものはおりませんし、よろしいかと』
『手配は私の方でやっておくよ。ヒューイット、あんたはすぐにでもその坊やをロスチャーに連れてきな。向こうで私の名前を使っていいから、せめて少しでもいい部屋を宛がっておやり』
『ご高配、痛み入ります』
と、こんな人を人とも思っていないやり取りが行われたわけだが、放心していた俺はそれをただ見ているしかできなく、気が付くとグロウズに連れられて、またあの護送車仕立ての馬車でそのロスチャー監獄へと向かう途中にいた。
「…アンディ君、そんなに睨んだままじゃ疲れないかい?今朝からずっとじゃないか」
「うるせぇ。自分達が何をしたのか思い返してみろ。魔術が使えりゃ今頃あんたを消し飛ばしてるぞ。睨むぐらいは俺の好きにさせてもらう」
対面に腰かけているグロウズのヘラヘラとした態度に、睨みつける目にもさらに力が入る。
馬車の振動で尻を襲う痛みが気にもならないほどに、この男には苛立ちを覚えた。
ここまでの経緯は覚えているが、あまりにも酷い展開だったため、正気に戻ったのは馬車に乗る直前だった。
そのため、直接文句を言うべき相手であるサニエリはもう姿がなく、俺の怒りの矛先が向くのは同道するグロウズに向けるしかないというのがなんともやりきれない。
正直、そのロスチャー監獄とやらに幽閉されることに納得はしていないが、未だに首輪付きで魔術が使えない俺にはろくな抵抗もできないので、今は大人しくするしかなかった。
とにかくこの首輪だ。
この首輪さえ外れれば機会はある。
そうして馬車に揺られて丸一日、途中で野営を一度挟んで辿り着いたのがロスチャー監獄に到着した。
馬車を降りると、ゴツゴツとした岩で出来た十畳ほどの広さの空間が目の前に広がっている。
どこかの鉱山にでも連れてこられたのかという趣だが、いくつかの横穴に格子が嵌められている様子から、人を閉じ込めておきたいという目的が垣間見え、ここが監獄だということを如実に表していた。
「お待ちしていました、グロウズ卿。それが例の囚人で?」
酷くしゃがれた声が聞こえ、その主に視線が行く。
屈強な男数人を引きつれ、全員お揃いの黒い学ランっぽい服を身に着けた小柄な男が目の前に立っていた。
場所を考えれば彼らは看守であろうが、その中でも声を掛けてきた小柄な男は看守長か監獄長といった、そこそこ偉い立場の人間なのかもしれない。
小さい癖に横に幅が広いという風体は、不摂生の賜物だろうか。
「やあ、君が獄長さんかい?そう、彼、アンディって言うんだけどさ、猊下から通達は来ているよね?」
「はい、書面にて伺っております。通常の収監ではなく、特等房へ入れるようにと」
「うん、その通り。詳しくは教えられないけど、彼は特別でね。なるべく死なせないように頼むよ」
「は。お任せください」
畏まった例の姿勢を取る獄長に、鷹揚に頷いたグロウズが俺の方へと向き直ると、ポケットから尖ったガラス片のような物体を取り出す。
それを俺の首元へと近付けると、魔力封じの首輪があっさりと外れた。
どうやらあれが鍵だったようで、これまで俺を苦しめていた枷がこれでようやく外れたわけだ。
「…本当に外すんだな」
「だから言ったじゃあないか。貴重な首輪、君に使い続けるわけにはいかないって。ここに来たら必要ないからね。返してもらうよ」
ここに来る道中で、監獄に着いたら首輪は外されると聞いていた。
何せ貴重な品なので、使用と管理は教会によって厳しく制限されており、俺一人に使い続けるわけにはいかないそうだ。
「へぇ…それじゃあ首輪が取れた途端、俺に攻撃されるとは思わなかったか?」
首輪が取れたと同時に身体強化を行い、体を巡る魔力を感じとったことに自由を感じられた。
正直、グロウズを含めたヤゼス教の神官に対する感情は最悪に近く、首輪が外れたら逃げるよりまず先に、グロウズに一発レールガンを叩きこんでやろうと思っていたのだ。
それでグロウズが死ぬのなら御の字、怪我で済むとしても意趣返しにはなる。
この距離で撃つ高出力の電撃では、他の人間にも危害は及ぶだろうが知ったことか。
とにかく今はグロウズに一発かましてやらねが気が済まん。
「あっはっはっはっはっは!思わないわけがないだろう。僕が君の立場だったらそうする。…けどま、やれるもんならやってみなよ」
心底おかしいと高笑いをするグロウズの姿は、的確に俺の神経を逆なでしてくれる。
まじこいつタダじゃおかねぇ。
まだ俺はバイクを壊した恨みを忘れてはいないぞ?
この恨みに身を任せ、目の前の男を塵も残さず燃やし尽くすことも吝かではない。
沸き上がった感情に逆らう理由もなく、掌へと電撃を発生させようとしたその瞬間、強烈な違和感と共に掌の魔力が弾けるようにして霧散してしまった。
魔術は途中まで発動しかけて何かに邪魔をされたというこの感覚には覚えがある。
「魔術を使おうとしたけど、発動までいかなかったろ?それが君から首輪を外しても構わない理由さ。この監獄は建設の段階から魔術師への対策が施されていてね」
「…阻導石か?」
「正解!…といっても、建物全部に使われてるわけじゃない。要所要所に阻導石は仕込まれてるんだ。捕まえた魔術師を連行する通路、拘禁する部屋といった具合にね。今いるここもそうだ。まぁ一応、阻導石以外にも魔力を阻害する材質はあるし、そういうのも全体には使われていてかなり厳重に対策されているらしい。だったよね?獄長」
「ええ。この監獄はペルケティアで唯一、魔術師も収監できるようにと作られましたので。専用の区画にさえ収監させてしまえば、たとえあの夜葬花様であっても脱獄はできません。イヒヒヒ」
「おや、それはまたキャシーが聞いたら怒りそうだ。ムキになってここに押し掛けてきたらどうするんだい?」
「これは口が滑りました。私の戯言とお捨て置きください」
悪代官と悪い商人のやりとりかと思わせるぐらい、どちらも気持ちの悪い笑みを浮かべてそんなことを言う。
夜葬花というのが誰を指しているのかは分からないが、話の流れとグロウズがキャシーという名前を出したことから、どうやら聖鈴騎士か修道騎士に属する優れた魔術師なのだろう。
名前の響きからは女性だということぐらいしか分からないが。
わざわざ今話題に出すほどなのだから、よっぽどの魔術師と思われるが、その夜葬花ですらできないのにお前なんかが脱獄できるかというメッセージは十分に伝わってきた。
かなりの自信が垣間見えるが、さっき俺が魔術を使うのをほぼ完全に妨げられたことから、それも決して大袈裟なものではない。
ただし、疎外されているのはあくまでも体の外へ放出するタイプの魔術だけだ。
体内を魔力が巡る強化魔術がほとんど影響を受けないのは、今も密かに使い続けることができているので間違いない。
俺の魔術を封じたと勝ち誇ったような顔をしているグロウズと獄長だが、このことには気付いていないようだ。
これは敢えて伝えることはせず、密かなアドバンテージとして秘めておくべきだろう。
俺を監獄へと護送し、役割を果たしたグロウズはすぐに立ち去り、せいせいする余韻を味わう暇もなく俺の腕が木の枷で拘束され、牢への移送が開始された。
獄長は本当にグロウズの出迎えだけが目的だったようで、俺を看守に任せるとさっさといなくなってしまった。
馬車で乗り付けたのは岩肌まるだしのゴツゴツとした場所だったが、無数にあったうちの一つの横穴へと入って暫く歩くと、まるで古城にあるような石造りの通路へと出た。
壁も床も全て灰色ではあるが、全て同じ大きさの石材を組み上げて作られたような通路は寒々しさを纏っており、そんな通路を看守達に囲まれながら歩いていく。
壁の材質は分からないが、見た感じだとコンクリートのようで、相変わらず魔力の放出が阻害されるのは、この通路も魔術師対策のされたものだからだろう。
阻導石自体は貴重なものだと聞いていたが、わざわざこうして監獄なんかに使うとは、ペルケティアの人間も中々豪気なものだ。
…いや、閉じ込めておくべき魔術師への備えだとすれば、先見の明があったとも言えなくはないか。
所々に明かりはあるが、窓が極端に少ないせいで全体が暗く、強い圧迫感を与えてくるのは、流石監獄といったところだろう。
時折現れる鉄製の扉は、恐らくその一つ一つが牢屋のものだとは思うが、そこの住人と思われる目が隙間から俺を見ており、新しくやってきた新人がどんな奴かを確かめているようだ。
海外の映画なんかだと、こういう風に歩いていると先住の囚人達から言葉による熱く汚い歓迎があるものだが、声どころか物音一つ立てずに俺を見ているだけの囚人たちには不気味さを覚える。
まぁあれは地球の常識であって異世界じゃ違うと言われればそれまでだが、人間、世界は変わっても本質は変わらないものなので、ここでもきっとあると思っていただけに拍子抜けしたのは確かだ。
どれだけ歩いたか、辿り着いたのは通路の突き当りにポツンと一つだけある扉の前だ。
近くに他の牢屋がなく、明かりも扉の傍にあるだけと、目の前の部屋が特別に隔離されているようではある。
「今日から貴様の暮らす部屋だ。きれいに使えよ。入れ!」
錆びた音を響かせて扉が開き、その中へと俺は雑に押し込まれる。
グロウズは俺を特別だからと言っていたはずだが、この看守たちにとっては他の囚人と変わりないようで、中々ひどい扱いだ。
まぁ場所が場所だし、高級ホテルのような待遇は端から期待していないが。
手枷を外されると扉も閉められ、俺一人だけが仄暗い牢屋に取り残された形となる。
中は格子付きの小さい窓があるだけで、そこから洩れる明かりで辛うじて真っ暗ではないが、換気の悪さでじめじめしているのもあって、正直何か出そうな気がして居心地は最悪だ。
隅の方には錆が目立つ金属の桶が無造作に置いてあるのだが、用途は多分オマルだろう。
そういう匂いが微かに残されているのでまず間違いないと思う。
あれに用を足したとして、その後の処分はどうするのか気になる。
それとは反対側の壁には藁の山が出来ており、これは恐らく寝床か。
藁を布団にして寝ろと、毛布やシーツなど囚人には贅沢だと言わんばかりだ。
今は寒くないからいいが、冬になったら凍死も覚悟しなくてはならない。
もう既に最底辺の部屋をどう奇麗に使えと言うのか。
自分で掃除しろと?
よもやよもやだ。
四畳ほどの狭さしかない牢屋は、中を把握するのにそう時間はかからず、すぐにやることが無くなった俺はベッド代わりの藁の山に身を横たわらせる。
暗くかび臭い天井を見上げて思うのは、こうした状況になったことへ対する憤りだ。
確かにこの世界での非常識なことをしたのだろうが、だからといって今のこの扱いはひどすぎる。
『ヤゼス教の認める真の死者復活とは違うが、とりあえずなんかあった時のためにキープしておこう』というだけで牢屋に放り込むなど、これだからファンタジー世界の倫理観というのは質が悪い。
いや、この場合はお偉いさんの倫理観というべきか?
特別扱いというのに期待した俺もバカだったが、正直牢屋の環境は最悪だし、出来るならさっさと脱獄したいところだ。
ただ、脱獄するには魔術が使えないのは大きな問題だろう。
目の前まで持ち上げた手に、魔力を集中させて水分を集めるように意識してみるが、望むような結果は発生しない。
一応、手汗か?と見紛う程度に水分は集まったが、正直何の役にも立たない程度なので、実用には程遠い。
なるほど、正しく魔術師を収監させる目的で作られただけはある。
となると、脱獄には物理的に穴を掘るか扉を解錠するかの二択になる。
穴を掘るとしたら、とっかかりにするのは部屋の天井ギリギリに設けてある窓からだろう。
一片が10センチほどの正方形型のそれは、到底人が出入りできる大きさとは呼べず、採光と換気の用途にしか使えそうにない。
その窓から分かる壁の厚みも相当なもので、身体強化で増した腕力で殴りつけただけでは壊すのに何年かかるか。
まさかスプーンでコツコツ壁を削るなど、気の遠くなる作業を選択する気もない。
ここは扉の鍵をどうにかして外す方がまだましなのかもしれない。
チラリとこの部屋の中で唯一の金属である扉へと視線が向かうが、その扉の方も一筋縄ではいかないだろう。
当たり前だが、囚人を閉じ込めている牢屋の扉を簡単に突破できるように作るわけがない。
扉は覗き穴以外は隙間も見当たらず、唯一食事を配給する目的と思われる横長の開閉口からは掌を外へ出すことはできるが、そこから先へ体を押しだせるだけの大きさはない。
念のため、扉を押したり引いたりして見るが当然開くわけもなく、身体強化で扉を歪められないかとも試みるが、この扉も厚みは相当なもので、道具もない状態では変形する手応えまで至る道のりはローマより遠い。
これらの判断材料から、脱獄は非常に難しいという結論に行きつくわけだが、こうなると外に協力者が必要だな。
具体的には、どうにかしてパーラに連絡を取りたい。
囚人になった今、果たして手紙を出せるのかという疑問はある。
ここが地球で、人権というものを知る法治国家であれば、手紙や電話なんかをする権利は普通に認められているが、この世界は某一党独裁の国家並みに人権意識は低いので、多分手紙を出しても検閲という握り潰しが待っているだけだ。
グロウズに捕まった時は、どうせすぐに釈放されるだろうと思っていたため、ガイバにディケットで待機するようパーラ宛の伝言を頼んでいた。
まさかこんなことになるとは思っていなかったからそうしたわけだが、こんなことなら何か目印でも残して、この監獄へ救出に来てもらうべきだったか。
あるいは、もっと海外の脱獄ドラマをよく見ておくべきだったかという、二つの後悔を抱くとともに、唐突に空腹が襲い掛かってきた。
そう言えば朝食を摂って以来、水の一滴も口にしていなかったな。
流石にこんなひどい監獄でも食事位は出るはずだが、ちゃんと一日三食を用意してくれるのだろうか?
だが監獄と言えば臭い飯と相場は決まっているし、まともな食事は期待しないでおこう。
いっそ、どうにかして食料を手に入れて勝手に自炊してしまうのも選択肢として考えておくか。
しかしそうすると、やっぱりまずは牢屋を抜け出さないといかんな。
悩ましい。
自炊が先か牢破りが先か、それが問題だ。
まぁとにかく、ここの食事情次第で脱獄を早めるかどうかを決める。
クソみたいな飯なら俺は何を差し置いても脱獄を早めるし、多少ましならゆっくりと腰を据えて脱獄計画を練るとしよう。
あぁ、本当に、腹が……減った。
看守さんや、飯はまだかのう?
SIDE:パーラ
「…どういうこと?なんでアンディが?」
イアソー山麓町へと戻ってきた私は、すぐに商人ギルドの一室へと呼び出され、そこでガイバさんからアンディがペルケティアへと連行されたことを知らされた。
わざわざペルケティアからやって来た聖鈴騎士の序列二位という大物がどうしてアンディを、という疑問はあるが、目の前で悲痛な顔をする男の様子から、あまりいい理由からではないと思える。
「アンディさんの死者復活だ。あの件でヤゼス教の司教が動いた。すまん、私はヤゼス教の一員として…聖鈴騎士としてアンディさんのことを報告しないわけにはいかなかったんだ」
私も死者復活がヤゼス教にとってどれだけ特別な意味があるのかはちゃんと理解はしていないが、それでもとんでもないことをしたというのは何となくわかる。
正直、アンディから話を聞いた時は耳を疑ったけど、その時の状況と蘇生の条件を聞いてみれば、酷く限定された条件の下で、運のよかった人間だけが復活したという話だ。
だから、人の噂にはなってもあまり大事にならないだろうと、アンディも私も思い込んでいた。
実際はこうして、アンディが連れていかれたことで甘い考えだったと思い知らされたわけだが。
「む……まぁ仕方ないか。ガイバさんにも立場とか義務があったんでしょ。それで、アンディはいつ戻ってくるの?なんだったら私が迎えに行くけど」
馬車で連れていかれたのなら、今頃は主都に着くかどうかという道中と思われる。
今から行っても飛空艇だと追いつけるかどうかといったところだが、全部終わって解放されたアンディを拾うことはできるはず。
「…何も無ければ、面談をして一日で解放される。戻ってくるとしたら、馬を使って二十日弱と言ったところか」
「何もなければ?」
その言い方だと、何かあるかもしれないと取れるけど。
「アンディさんと面談するのはさる司教猊下だ。その方がもし、アンディさんの死者復活をよく思わなければどういう行動に出るか」
司教と言えば、ヤゼス教でもかなり偉い立場だ。
そこから上にはもう枢機卿と教皇しかいないとなれば、それはもう…あれだ、とにかく偉い立場だ。
「それってつまり、アンディは向こうに置かれたままになるかもってこと?」
「ああ。それと、最悪の場合は処刑も…」
「処刑!?なんで!」
アンディは話を聞くために連れて行かれたんじゃないの?
それが処刑なんて。
「落ち着け。最悪はと言っただろう。死者復活をあえて異端だと唱えて、そうすることもできるということだ」
そんないい加減にアンディの処刑が決められたらたまったもんじゃない。
「待て。どこに行く」
部屋の扉へ手を掛けた私の背中に、ガイバさんの声が掛けられる。
その声は問いかけてはいるが、私の行動は分かっていると言わんばかりの重さが込められていた。
「マルスベーラに。アンディを迎えに行く」
「ふぅ…だと思った。一応言っておくが、アンディさんからはディケットで待機しろと伝言を預かってるが」
「それはガイバさんの言う最悪の状況が起こらなければの話でしょ?私は最悪を見越して動く」
アンディはとにかく頭が切れる。
切れるんだけど、時々楽観的な考えをするところがあるから、こういう時は私がなんとかしないと。
まずはマルスベーラへ行って、アンディを見つける。
それでもし、処刑の話が出ていたら力ずくでも助け出す。
それからどうするかは…アンディと相談して決めよう。
「ガイバさん、一応聞くけど、アンディがどこに連れていかれたか教えてもらえる?」
まぁこれは期待していない。
聖鈴騎士としての立場があるから、司教を裏切りかねない情報は渡さないだろう。
「よかろう。正確な場所は分からないが、マルスベーラに着いたら協力してくれる人物を紹介する。私の書状を持ってそいつに会うんだ。きっとアンディさんの情報も手に入れてくれるはずだ」
「あら、教えてくれるんだ」
てっきり頑として断られるとばかり思っていたが、何かを諦めたような顔のガイバさんは協力を約束してくれた。
「正直、今回の件には私も思う所がある。それに、アンディさんには悪いようにはならないよう手を回すと約束したしな。これもその一環だ」
なるほど、アンディとそういうことを話していたわけか。
ガイバさんも教会側の人間なのに、結構私らへ寄った判断をするけど、大丈夫なのだろうか。
まぁこっちはそれで助かるから文句はないんだけど。
とにかく、急いでマルスベーラに向かってアンディを探そう。
あのアンディが負けたっていう相手もいるだろうから、最悪、飛空艇で強引にでも突入するぐらいの考えを持っておくべきか。
何もなければ解放されたアンディを拾い、何かあったら助けるために動く。
あくまでも最悪に備えるだけだが、運が悪いとその備えが必要になるのだ。
悲観的になることはないが、それでも気を引き締めておくべきだろう。
「あぁ、それとアンディさんからバイクを預かってたな。パーラさんが来たら飛空艇に運んでくれって言われてるんだが」
「そうなの?んじゃ私が持ってくよ。どこに停めてるの?」
ベスネー村で別れた時、アンディはバイクでここに向かったから、マルスベーラに連行されるのならバイクは残していくしかなかったわけだ。
それも飛空艇に積んで持って行くとしよう。
「停めてると言うより、置いてると言うべきか…まぁとにかく見てくれ」
歯切れの悪いガイバさんに連れられ、向かった先はどういうわけか建物に併設されている物置だった。
かなり狭いからサイドカー付きのバイクを置いておくには向かないと思うが、目の前に現れた木箱を見て何故そんな所に連れてこられたのかはすぐに分かった。
「なにこれ…」
四つほどの大きな木箱には、金属の部品がぎっしりと詰め込まれており、そのいくつかに見覚えのある私には、部品の正体に気付かないわけがない。
これは…バイクだったものだ。
金属の塊ともいえるバイクをこうもするなんて、一体どんな方法を使ったのだろうか。
「グロウズ卿がやったんだ。アンディさんが逃亡するかもしれないから、まずは手段を潰すってな」
グロウズって奴は、アンディを負かしたとんでもなく強い奴だとは聞いていて、それだけしか思うところはなかったが、たった今からそいつは私にとって許せない奴に格上げされた。
元々はアンディの物だけど、一緒に旅をして愛着もあったバイクをこうまでされて、そいつまじでただじゃおかねぇ。
見かけたら一発殴ってやる。
しかしまぁ、バイクの方はどうしたものか。
アンディのことだから直して使うとは思うけど、ここまで壊れるとクレイルズさんにしか直せないだろう。
ただ、そのクレイルズさんは今、ソーマルガに行ってるらしいから、見てもらうならまたソーマルガに行かないといけない。
アンディと合流したら、その足でソーマルガに行くかも相談しなくては。
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