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異世界蘇生術

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 建物を出ると、冒険者に傭兵、商人や役人といった様々な人間が不安そうな顔で動き回っている。
 先程の地震が原因でちょっとした騒ぎになっているようだが、少ないながら配備されているアシャドル王国の正規兵が沈静化を図ろうとしており、パニックにまで至っていないのが幸いだ。

 そんな中にいた役人の一人にセインが声をかけ、現場へと向かうために馬車を一台都合させると、それに俺も乗りこんで走り出す。

 先程から険しい顔をしていたセインだったが、馬車に乗ってからは多少落ち着いたのか、今俺達が向かっている方角に何があるのかを説明してくれた。

「二十日ほど前だったかしら。イアソー山の西斜面にキューラー伯爵家が独自にジップラインを設置しだしたの」

「独自に?もうジップラインは大分前から稼働してますから、今更新しく作る必要はないと思うんですが」

 利用者の多いジップラインは、連日休むことなく稼働しているが、だからといって増設が必要かと言われるとそこまでではない。
 今更新しく作っても、正直、登山者の数が今の倍以上にでも増えないと稼働率は低いだろう。
 むしろ、ワイヤーを遡れる動力付きの籠を開発した方が、上りにも使えて便利になるのに。

「その通りよ。確かに多くあって困るものじゃないけど、現状、足りていないわけじゃあないわ。なのにキューラー伯爵家が設置に乗り出したのは、アンディさん達に対抗してでしょうね」

 なんでまた俺達に対抗しようなどと考えたのか、まぁ心当たりがないわけではない。
 アシャドル王国へ存在感を示すべく、利益となる山小屋と飛空艇を欲したがそれも上手くはいかず、おまけにエイントリア伯爵家への難癖が知られたことで、最近は他の貴族達からの当たりも辛いと聞く。
 遺跡特需にもあまり食い込めていないらしいし、追い詰められているともとれる。

 この状態で恨みのある俺達に何か意趣返しがしたいキューラー伯爵だが、ガイバとセインがそれを防いでいるため、かなり鬱憤が溜まっていたらしい。
 何か一泡吹かせたいと考え、目を付けたのがジップラインだったというわけだ。

 ある意味、俺達の大仕事の象徴ともいえるジップラインを、自分達も作ってやろうと発奮したのならまだ健全な逆恨みだったと評価できた。

「支柱はそっくり真似たのを用意していたし、土台部分を差し込む穴を作るのにわざわざ土魔術の使える人間を雇ってたのは、まぁよかったと言っていいでしょうね」

「まるで俺達が作った時のをなぞってるみたいですね」

「ええ、その通りに作れば確かにジップラインは完成するでしょうね。けど、あの人達は根本的な間違いを犯してるのよ」

「間違い、ですか。それはどんな?」

「場所よ。彼らが支柱を立ててた斜面は、毎年雪解け水が染み出て、この季節は特に地盤が緩くなるのよ。普通に人が分け入るぐらいならいいけど、そこに重量物を持ち込んで、ろくに考えもせずに穴を掘ったりなんかしたらどうなるか…。わかるでしょう?」

 なるほど、そんな場所を工事なんてしたら、土砂崩れが起きても不思議ではない。
 俺達だって土台の設置場所は、現地の人間に何度も聞き取りを行ってよく吟味したぐらいだ。
 現代日本でも、台風一過の山では、大量の水が染み込んだ山肌が一気に崩れるというのはよくあることだ。

 恐らく、この土地に暮らす人なら常識と知っていたはずだが、伯爵はそれを顧みることが無かったがゆえに、今回の土砂災害が起きたわけだ。

「警告とかはしたんですよね?」

「しないわけがないでしょう。ちゃんと一から丁寧に教えたけど、あの伯爵、私達の忠告を『ジップラインの独占をしたいがための虚言だ』なんて言ってくれちゃって!まぁ一応、その後に土台の設置場所を改めて選びなおしてたみたいだから、大丈夫だと思ってたんだけど…」

 その時を思い出してか、鼻息荒く窓の外を睨むセインの顔は恐ろしいものになっている。
 親切心から伝えた忠告をそう切り捨てられては、そういう顔にもなろうというもの。
 おまけに、今回実際に災害が起きているのだ。

 忠告を聞かずにほれ見たことかと言えるが、規模が規模だけに怒りは一入だろう。
 その腹の中で煮えくり返っているものを、俺は想像することしかできないが、セインがもし伯爵を目の前にしたらどうなってしまうのか想像するのが怖い。

 そうしていると現場に到着し、馬車を降りた俺達が見たのは、山裾の一部が不自然に欠けた光景と、見渡す限りの平地を埋め尽くす泥の海だった。

 土砂崩れがどこから発生したのかは、扇状に広がる土砂をたどっていくとすぐに分かる。
 今はもう大分角度の緩い傾斜となっているが、元々はかなり急な斜面だっただろうと予想できるのは、まだ崩れていない部分の山肌の切り立った具合から読み取れた。

 元はジップラインの土台だったであろう拉げた鉄塊が土砂の中にいくつか見られ、土砂崩れが始まった地点が随分上の方にあることからも、キューラー伯爵は結構な標高まで支柱を作りかけていたようだ。

 既に現場に駆け付けていた人達は救助作業を行っており、そこかしこで土を掘り返したり、生存者に呼びかける声が飛び交う。
 かなりの人数が土砂に飲み込まれたようで、助け出された人間が次々と土の中から引っ張り出されていく。

 ただ、生きて助けられた人以上に死人が多いようで、少し離れた場所では、体が不自然に折れ曲がったり、プレス機に挟まれたような薄べったい体から折れた骨が飛び出したりといった、凄惨な死体が夥しい数で横たわっている。
 目を背けたくなるほどに損壊している死体も多いが、恐らくこの手の死体は救助が進む毎に増えていくことだろう。

「ダシーク!ダシークはどこ!?」

 想像していたよりも酷い惨状に、俺も一瞬放心していたが、その間にセインはダシークという人物を探して歩きだしていた。

 普段ののんびりとした雰囲気の彼女からは想像できない鋭くよく通る声は、災害現場にいる人間にはよく聞こえているようで、しばらく歩いていると目の前から大柄な男性がこちらへと近付いてきた。

「セイン様!お待ちしておりました!」

 そう言って礼の姿勢をとる男は、一瞬見えた額の角に浅黒い肌という外見の特徴から鬼人族だと分かるが、もしかしたら彼がダシークなのだろうか。
 あちこちが汚れた作業着姿であることから、彼もまた救助作業に従事して泥にまみれていたというのが分かる。

「顔を上げてちょうだい、ダシーク。現状はどうなっているの?」

「はっ。山崩れが及んだ範囲と、この辺りで作業をしていた人数は凡そ掴んでいます。また、早期にイアソー支役所と商人・冒険者両ギルドから人員が派遣されたため、山の斜面がこれ以上崩落する気配がないと判断した上で、救助活動を開始しました。事後報告となりますが、全て自分の独断であります」

 言い澱むことなくハキハキと報告をするダシークは、セインがここに来るまでに、自分で必要だと判断したものに指示を出していたらしい。
 どうやら彼は、いざというときに現場判断で動ける優秀な人材のようだ。

「いい判断です。今までに救助された人数と、未発見の要救助者の数は分かるかしら?凡そでいいわ」

「…自分が把握しているだけでも、救助できたのは80名弱。内20名余りは既に息はありませんでした。未発見者の数は、救助したものから聞き取った情報と照らし合わせると残り300名は下らないかと」

 ここまで聞いて、被害者の数に愕然とする。
 キューラー伯爵はジップラインの建設にどれだけの人数を動員していたというのか。

 俺達がジップラインの敷設の際に動員したのは、60人ぐらいだった。
 これは飛空艇の輸送力に頼ったことに加え、力自慢の人間を中心に募集したために、最少にして最適の人数だったわけだが、恐らく伯爵は俺達を意識して、より短期間の工期で仕上げようと、単純に作業員の数を増やして臨んだのだろう。

 伯爵がその気になれば、周りの領地から人手をかき集められるので、質は二の次に数で押し進めようとしたわけだ。

「300…多すぎるわ。土砂の掘り起こしに人手は足りてるの?」

「ここに集まった人員の6割を当てていますが、あまり捗々しいとは」

「そのようね」

 セインとダシークが揃って視線を向ける先では、木の板をシャベル代わりにして土を掘っている人の姿があった。
 救助に当たる人数に対して普通のシャベルは数が足りないようで、とにかく代用品にと板を持ち出してでも救助活動を続ける姿には頭が下がる思いだ。

「ここの指揮はあなたが?」

「いえ、自分は主に先頭で作業の監督を。全体の指揮はケイトが取っております」

「ケイト?彼女、確か今日は用事で出てるって言ってなかった?」

「発生時たまたま近くにいたようで、様子を見に来ていたところを自分が捕まえました」

「あらあら、居合わせたのが丁度良かったのか悪かったのか、考えものね」

「我々にとってはよかったと思うとしましょう。非常時ですゆえ人手はいくらあっても足りません」

 ダシークは何ともないように言うが、そのケイトという人は今頃大忙しのはずだ。
 今見えているだけでもかなりの被害で、その救助の指揮となると、かなりの疲れと重圧がのしかかっているのかもしれない。

「それじゃあ私は指揮所へ行ってみるわ。あそこの天幕でいいのかしら?」

 セインが指差した先には、事故現場から程よく離れて用意された天幕がいくつか並んでおり、その中の一際大きいものが一番人の出入りも激しく、重要な場所だとよく分かる。

「はい、中にメザー補佐官もおられます」

「わかったわ。アンディさんはどうする?」

「俺もこのまま救助の方にまわります。土相手なら俺の魔術が生かせますから」

「そう。なら後はダシークにお願いしてもいいかしら」

「お任せください」

 ここでセインと分かれ、俺はダシークに連れられる形で救助現場へと向かう。
 ダシークとは初対面なのだが、向こうは俺のことを知っているようで、魔術師としての俺が救助に加わることを素直に喜んでいる。
 俺もジップラインの設置工事で土魔術をガンガン使っていたし、腕前は知っている人間には知られていたが、このダシークもその一人のようだ。

「アンディ殿ほどの魔術師が手伝ってくれるとは、実に心強い。土魔術の使える人間も現場には何人かいるが、正直全く手が足りていなくてな」

「まぁ見た限りでも、相当な範囲に被害が広がってますからね」

 見える範囲にはいないが、魔術師が作業に加わっているなら、人力では厳しいところに割り当てられているはずだ。
 火や風系統ならともかく、土魔術であれば使いどころは多い。

「いまここに魔術師は何人ほど来てるんですか?」

「20人ほどだ。ほとんどが冒険者ギルドから派遣されている。ただ、今一番欲しい土魔術師が3人しかいない。おまけに3人ともがまだ経験の浅い魔術師で、あまり長い作業をさせるとすぐに魔力切れとなってしまう」

 個人の保有魔力は、生まれ持った分と体の成長とともに増えていく分を合わせたものとなる。
 経験を積めば効率的な魔力運用も身に着き、老練の魔術師ほど長く魔術を使える。
 対して、若い内の魔術師は保有魔力も少なく、考えなしに魔術を使うとすぐにガス欠となってしまう。

 俺も一応若い魔術師に分類されるが、並と比べたら保有魔力量はかなりのものだし、効率的な運用に関しては研究を怠ってこなかったので、雷魔術以外でそうそう魔力が尽きることはないだろう。

「その3人にはどういった作業を?」

「土魔術には、広い範囲の土砂を一度に掘り起こせるものがあるそうだな。3人にはそれぞれ、別々の範囲で土を除けてもらっていた。だが、思ったよりも魔力切れに陥るまでの時間が早かったせいで、作業も思うように進んでいない。救出に時間の猶予はあまり無いというのに…」

 純粋に魔術を修めたわけではない俺には分からないが、そういう便利な魔術があるのだろう。
 同じことをやれと言われれば俺にもできるが、正直、あまり効率のいい魔術の使い方ではないので、俺なら他の手段を選ぶね。

 それに、人が埋まっているとなれば考えなしに土を動かすと、土中で辛うじて生きていたところにそれが止めになりかねない。
 激しい動きは禁物、慎重な掘削が要求される。

「あ、ダシークさん!」

 早歩きで移動していたおかげで作業現場へはすぐに到着し、そこにいた人達の中から一人が駆け寄ってきてダシークへと声を掛けてきた。

「今戻った。…どうした?何かあったか?」

 土を掘り起こすこともせず、ただ地面の一点を囲むようにして立つ人たちの様子に、訝しんだダーシムが先程自分の名前を読んだ青年へと尋ねる。

「ここの下から声が聞こえたんです。呼びかけた声にも一度だけ答えがありましたけど、すぐにそれも途絶えて…」

「なんだと?だったらすぐに掘り起こせ。その様子だと、かなり衰弱しているかもしれん!」

「無理ですよ!」

「なぜだ?」

「大岩があるんです!…岩が上から被さるようにして地面に埋まっていて、その隙間から声が漏れ出たんだと思います。あまりにも大きすぎて、動かせるようになるまではかなり深く掘らないと」

 彼らも救助しようとしたのだろう。
 すぐそばをかなりの深さまで掘り起こして窪んだ地面には、確かに巨大な岩の一部が見えている。

 声の主は土砂崩れに呑まれて、土に埋まったいたところに岩が滑り降りてきて上に被さったと考えられるが、その状態でも助けを求めて声を出せたなら、どうにかうまい事潰されずにいたということになる。
 これだけの災害の中で、岩にものしかかられて生き残るとは運がいい。

 正確な全体の大きさは分からないが、見えている部分から推測できるだけでも、ちっちゃい小屋ぐらいはありそうだ。
 重さにして何トンになるのか、これを人力だけで掘り起こすのはさすがに無理がある。

 重機でもあれば話は違ってくるが、生憎この世界では重機は存在しない…こともないが、今すぐに持ってこれる距離にはない。
 ここは一刻を争うと判断し、俺がやってみるとしよう。

「ダシークさん、俺がやります。他の方達を少し下がらせてください」

「…やれるのか?」

「そのための魔術です」

 一瞬縋るような眼を向けてきたダシークにそう言い、集まっていた人達をそこから離して俺が一歩前に出る。
 何事かとの視線が多く向けられるが、俺の正体を知っている人間とダシークが知らない連中へと簡単に説明をしてくれているようだ。

 早速目の前にある岩に手を触れ、土魔術を発動させる。
 未だ全容の分からない岩だが、土魔術には見えていない部分を補完するための使い方がある。
 一枚岩を分解や変形させるのは魔力消費が激しいが、その前段階として岩の表面に魔力を纏わせるように行き渡らせると、ほとんど魔力を使わずに全体像がボンヤリと把握できてしまうのだ。

 普通ならこのまま岩の形状変化を行いたいところだが、この岩は大きさこそ俺の想像よりも小さかったものの、その密度がとにかく凄い。
 比例して重量もとんでもなくあるため、これは人力で持ち上げようとしたら一日がかりの仕事となったかもしれない。

 この岩に最小限の変形を行い、要救助者までの道を作ることを考えていたが、少し試した手応え的には雷魔術など比ではない消費を覚悟する必要があった。
 魔力が尽きるのが先か、衰弱した人間が息絶えるのが先かといったところだ。

 それではよろしくないので、発想を変えるとしよう。
 岩自体をどうこうするのではなく、その周りの土で岩をどうにかするんだ、ってね。

 今俺達が立っている場所は、緩やかな傾斜がありながら、足元の土がほどよく緩いという条件が整っている。
 岩の全高は恐らく二メートル弱で、このぐらいなら穴のすぐ隣、角度が付いている方向へ向けて岩と同じ大きさの穴を掘るだけで簡単に転がるだろう。

 地面に干渉し、岩よりもやや大きめの幅で溝を掘ると、周りからどよめきが上がった。
 作業を見守っていた人達からしたら、突然地面がへこんだように見えたはずで、下手をしたらまた土砂崩れかと騒ぎ出しかねなかったが、そこは魔術師が何かした結果と理解したようだ。

 一応、掘り下げた部分にも人が埋まっていないかを確認してもらい、問題ないと判断したら、傍に見えている岩のすぐ下の土を崩す。
 完全な球体ではないが、それでもその巨体を支えていた土で絶妙に保っていたバランスが失われたことで、ゆっくりと、しかし確実に傾きを見せ始めた。

 ―動いたぞ!

 ―離れろ!離れろー!

 見守っていたせいで、思ったよりも近付いていた人達が一斉にその場から離れたのに少し遅れ、岩がついにその身を転がされた。
 重低音を響かせ、新しくできた穴へと倒れこむ岩で元の場所が空く。
 すると、クレーター上にへこんだ場所に石や木片が散らばる中に、人間のものと思われる腕を見つけた。

 泥にまみれて辛うじて分かるそれに手を伸ばすと、既に暖かさは失われているが、繋がる先に胴体が確認でき、ちゃんと五体が残った人間の姿があった。

「要救助者発見!要救助者発見っ!」

 俺達が探していた人物だと思い、周りに向けてそう声を掛けると、次々と俺の周りに人が集まり出し、土を除ける作業が急いで行われた。
 シャベルなど使わずとも、すぐに土から掘り出されたその人物は、右の腕と足をセットで骨折しているようで、抱え上げられた時点で間接以外の部分で曲がった手足がブラリと見えていた。

 土に埋もれた際の打撲で顔は腫れてしまって分かりにくいが、顔立ちと体格から若い男性だと判断できる。
 身に着けているのが破損した鎧であることから、キューラー伯爵の私兵辺りではなかろうか。

 バケツリレーの要領で平らな場所まで運ばれた男性の身を横たわらせると、その周りに自然と救助活動をしていた人達も集まってくる。
 自分達の手で助け出した人間の容体が気になってのことで、その行動は当然のことだ。

「…担架持ってくるか?」

「無駄だ。もう死んでる」

 横たわらせた救助者を見下ろしながら誰かが呟いた言葉に、別の誰かが答えるが、その言葉はここいる全員も暗に同意するものだった。
 体は人の形を保っているが、手足は折れ曲がり、見えている肌は青黒く腫れているところばかりと酷いものだ。

 俺も確認したが、呼吸はなく、心臓も動いていない。
 肌の色も正しく土気色といった感じで、体温ももうかなり失われており、確かに普通なら死んだと判断していいだろう。

 だが俺はそうは思わない。

「ちょっと失礼」

 人垣を割って死体となっている男の傍に座り込み、心臓の位置を探る。
 鎧が破損して、胸当てが無いおかげで探しやすいのですぐに分かった。

「アンディ殿、あまり死体を徒に弄るうぉッ!?」

 死体を漁るような動きに見えたのか、やや硬い声でダシークが尋ねてくるが、それには答えず、脇のすぐ下と、対角線に当たる脇腹のやや下辺りにそれぞれ手を置いて雷魔術を発動させる。
 すると、死体と思われた体の手足が、微かにピクリとした動きを見せた。
 丁度手がダシークの足の近くにあったので、その動きを感じたダシークのリアクションは当然大きなものになる。

 ―なぁ、今こいつ動いたよな?

 ―あ、ああ。俺も見た。これって死体じゃなかったのか?

 ―アンデッドだ!おい、槍持ってこい!

 これには見ている人達も驚いたようで、完全に死んだと思った人間が動くとなれば、アンデッド化したと判断するのはおかしいことではない。
 だがこれは、断じてアンデッド化なんかじゃあない。
 電気ショックに筋肉が反応したせいで、末端部分が反射的に動いただけだ。

 アンデッドだと警戒し、ここから離れる人達は放っておき、もう一度電気ショックを掛ける。
 今度はやや強めにだ。

 もう分かると思うが、俺がこれからやるのは所謂電気ショックによる蘇生だ。
 
 確かに目の前の人体は呼吸がなく、心臓も停止しているが、それでもまだ死んでそれほど時間は経っていないはずだ。
 少なくとも、助けを呼ぶために声を出したということは、その時までは生きていたわけで、多分心臓が停止してから20分は経っていないと思う。

 ある意味、まだまだフレッシュな死体とも言えるが、蘇生する確率は決して高くはない。
 人間というのは、心停止してから5分も経てば、蘇生の確率は50%を割るといわれている。
 これは正しい措置をしていればもう少し伸びるが、土の中で埋まっていたとなればそれも望めない。

 目の前の人物が、心臓を停止して何分経ったかの正確な時間は分からない。
 もしかしたら、もっと前に止まっていたかもしれないし、あるいは止まってからすぐに俺達が引っ張り出したのかは本人にしか分からないだろう。

 この世界の常識では、心臓が止まったらもうそれは助からないと思われているが、生憎俺はそんな常識に縛られることはない。
 心臓が止まっても、蘇生した例をテレビなんかでよく見聞きしていた。
 だから生き返らせる自信はそこそこあるつもりだ。

 目の前で死に片足を突っ込んだ人間がいたとして、生き返る可能性がゼロではないなら、やってみようとなるのが世の情け。

 勿論、心臓以外の損傷が深刻で措置が無駄に終わる可能性もある。
 しかしこのままなら確実に死ぬだけなので、やってみる価値はあるだろう。
 それと、乱暴な言い方だが、どうせ放っておいても死ぬんなら、この世界における蘇生法の実験台になってもらおうという考えもある。

 人間の心臓が停止して、また鼓動を取り戻すのにどれぐらいの電気を与えるのが最適なのかは俺には分からない。
 だがこれまで人体相手に数多く繰り出してきた電撃で積んだ経験で、人の生死のボーダーラインを薄っすらとだが掴んでいる。

 気絶させるのよりやや強め、間隔は少し長めで断続的に電撃を流してみると、ピグピグとしていた体の動きに変化が現れた。

「……ゴポっぐぅぇえっ!?げほっ…ごはぁ!」

 痙攣が激しさを増し、一度大きく肩が揺れたと思った次の瞬間、死体が突然吐しゃ物を撒き散らしながら咳き込んで、閉じていた目が大きく見開かれる。
 一度活動を終えた肉体だが、再び活動を始めた反動によって、胃が活発化して嘔吐を誘発したようだ。
 吐しゃ物で窒息しないよう、咄嗟にその体を横に向けさせてやる。

 ―うぉおああ!?

 ―に、逃げろ!アンデッドだ!

 ―いや待て!…こいつぁアンデッドじゃあないぞ。まさか、生き返った…のか?

 普通に蘇生とアンデッド化の見分けは難しいため、逃げ出そうとしたのは分からなくもないが、その中でも冷静だった人間がいたようで、アンデッド化とは違う何かを感じて恐る恐る確認のためにこちらへと近付いてきた。

 そして、視線が俺に確認を求めていたので、頷くことで答えを返しておく。
 やった張本人として、目の前で生き返った男はアンデッドじゃないことだけは保証しよう。

「アンディ殿、あなたは何をした?死者の復活など、神話にしか聞いたことが無いぞ」

 たった今、死者の蘇生を見届けたことで、ダシークが俺に向ける視線には畏怖が強くにじんでいる。
 その目を見て、俺も少しやり過ぎたかと反省しているが、後悔はしていない。

「そんな大げさなもんじゃありませんって。たまたま死んで直ぐだったおかげで、体に少し衝撃を与えたら息を吹き返したんでしょう。ま、とにかくそう思ってください」

「いや、あれはそんなものじゃないだろう。もっとこう、何か言葉にはいい表せない…」

「あ、そろそろ落ち着きそうですよ。何か声を掛けてあげたらどうですか?」

「む…そうだな」

 これ以上この話をすると説明も面倒だったので、丁度良く嘔吐が落ち着きだした目の前の人物へとダシークの注目を移す。

「あぐぅ…ぉえっふ。ばはぁ…はぁ…」

「落ち着いたか?どうだ、俺達が分かるか?」

 胃の中身が出尽くしたのか、ようやく肺に息を取り込めたことに安堵した様子になった目の前の男に、ダシークがそう声を掛けた。

「あんた…らは…誰だ?なんで俺はこんなとこに―ぃいっで!」

「あぁ、動かないほうがいいですよ。手足の骨が折れてますから。それと体にも色々と怪我を負ってるみたいですし」

「折れ…?なんで怪我っつぁ!」

 男が折れた方の手を動かそうとして激痛に襲われ、俺がそう忠告するも、また別の怪我の痛みに襲われたが、何故怪我をしているのか分からないといった顔をしている。
 どうやら意識を失う寸前まで自分がどういう状況だったのかは覚えていないようだ。
 まぁ一度死んでいるのだし、記憶の混濁ぐらいはあるだろう。

「怪我の治療はすぐにしよう。だが、まずは君の名前を教えてくれ。それと所属も」

 ダシークの問いに、痛みが落ち着いてきた男も治療が待っているとなれば質問には素直に答えだした。

「…俺はポールです。所属は…なんだろ?兵士見習い、でいいのかな?」

「見習い…キューラー伯爵領の騎士団か自警団ってとこか。なぜこんなとこにいた?」

「なぜって、キューラー伯爵が何か作るから人手がいるって、それで俺達、イアソー山に連れてこられて、それから…土が襲ってき、て……ぁ、あぁっ!」

 記憶を辿って、自分が死ぬ直前どういうことが起きたのか思い出したのだろう。
 ポールは突然叫び声をあげ、その身を掻き抱くように丸まろうとするが、折れた手足がそれを許さず、ただ恐怖と痛みに激しく体を痙攣させるばかりだ。
 骨折の痛みなど忘れたかのように暴れる様子は、よほどの恐怖を味わったのかと思わされる。

「落ち着けポール!大丈夫だ!お前は助かったのだ!」

 ダシークがポールの体を押さえつけるように覆いかぶさりそう告げるが、錯乱状態のポールにはその声が届かず、次第にポールの口からは泡立った唾液が漏れ出し、見るからに危険な状態へと陥っていると判断できた。

 この状態は流石にまずいかと気絶させようと思ったが、さっき蘇生処置をしたばかりの人間に電撃をかますのは躊躇われ、結局、ポールが自力で冷静さを取り戻すのをただ見守るのみだ。

 少し落ち着いたのを見計らって、ポールは負傷者が集められている救護所へと運んでもらい、俺はダシークと共に救助活動へと戻った。

 こう言っては何だが、俺達はポールだけにかかりっきりになるわけにはいかない。
 ポールが助かったように、この辺りにはまだ救助を待つ人間が多くいるのだ。
 一人の人間を助けたことは喜ばしいが、被害の規模からしたらまだほんの一握りどころか一粒と言っていい。
 そういった人達を一人でも多く助けることが、事件の全容を知ることにもつながる為、今は救助活動に専念しなくては。

 救助隊となった人達と一緒にシャベルを担ぎ、次の現場を目指して歩く俺だったが、心なしか他の人から向けられる視線が奇妙なものになっている。
 というのも、やはり先程ポールを生き返らせたことが効いているようで、気味の悪いものを見る目が多くなった。

 心臓が止まるイコール助からないというこの世界の常識を、目の前で覆るのを見てしまった彼らの心境を考えれば、仕方がないと言える。
 とはいえ、これから人を助けて回るのにこの空気が続くのは少しつらい。

 十割全部が悪い空気という感じではないので、俺が我慢すればいいのだろうが、できればどうにかしたいものだ。
 ダシークにでも言って何とかしてもらうべきか、次の作業が始まるまでに考えておくとしよう。
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