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そうだ、迷宮に行こう

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 ―迷宮―

 ダンジョンとも呼ばれるそれは、大昔に存在した遺跡や城跡で、広大で入り組んだ内部構造により、探索が非常に困難で危険なものを主に指す言葉だった。
 近年では魔物が住み着いた洞窟や、深い森、長大な渓谷なども迷宮と分類することも多くなり、明確な区分は曖昧化しつつある。

 遺跡に関しては、既に稼働を停止しているものはそのまま遺跡で、罠や機構が稼働している広大な物は遺跡迷宮と呼ばれる。

 迷宮内には魔物などが棲みついていることが多く、武装をしないで乗り込むのは自殺行為だが、調査のためには非戦闘員である研究者も赴くため、脅威度によっては膨大な数の怪我人死人が生み出されることも珍しくない。

 もし迷宮へと挑まんとするなら、死を覚悟するのは当然として、あらゆる備えが最低条件になり得る。


 ―オルドラン著 『迷宮、ただそれだけを愛す ~なぜ潜るのかって?そこに迷宮があるからさ~』 より抜粋―





 ガレアノスの急襲から五日が経った。
 遊覧飛行が効いたのか、ガレアノスとティニタルが主導する形で、クレイルズ達のソーマルガ行きが内々で決まり、そこから先はソーマルガ側に送った使者が持ち帰る返答次第となった。

 使者をソーマルガへ送るのに、飛空艇の使用で協力を要請されると思っていたが、そんなことはなかった。

 なんでも、使者を送るのにもどこを通って何日かかったかで、相手国に対しての誠意のようなものの伝わり方が違うそうで、飛空艇のことで協力を求めるのに、飛空艇でひとっ飛びでやってきましたというのはなんだか軽くならないかという、よく分からない理由を唱える貴族が結構いたそうだ。

 正直、かなり無駄なことだとは思うが、そういう体裁がないとやっていけないのが国同士の付き合いなのだろう、と思うことにした。

 そのため、クレイルズ達も俺の飛空艇で送るということはせず、アシャドルが用意する使節団が陸路で送り届けるという形式になるが、それもソーマルガが交流を呑んでくれたらの話だ。
 飛空艇の技術を学ぶ代わりに、アシャドル側からはバイク関連の技術を伝えるということになっているが、果たして釣り合いはとれるのかという疑問はある。

 ただ、異なる技術というのは優劣を問わず、吸収して発展させることに価値があるので、クレイルズ達を招きたいジャンジールが色々と頑張ってくれることだろう。

 俺の飛空艇でクレイルズ達をソーマルガへと送り届けるのも見込んでいたが、それが無くなったことで暇になったため、とりあえずギルドへと足を運んでみる。
 遺物の一部売却で大金が手に入る将来を約束されてはいるが、現段階で金持ちとは言えない俺達はまだまだ働かなくてはならない。

 王都のギルドは何度か足を運んでいるが、掲示板はヘスニルとそう変わり映えのしないものばかりだ。
 まぁ冒険者の仕事ってのはそんなもんだが。
 パーラと掲示板前へとやってきて、ざっと眺めてみると、他とは違って特別感のある依頼書に目が行く。

「迷宮攻略者、求ム!…ってなんだこれ」

 力強さのある文字が依頼書いっぱいに書かれているのは、迷宮という初めて見る言葉だった。
 迷宮という言葉自体は知っているが、この世界で依頼書として見るのはこれが初めてという意味だ。

「何って、迷宮攻略者を募集してんでしょ?」

 疑問を呟いた俺の言葉にパーラが返したのは、そのまんまのものだ。

「いや、そりゃ見ればわかるよ。俺が言いたいのは、その迷宮ってのは何なのかってことだ」

「え、アンディ迷宮知らないの?おっくれてるー」

 なんだその言い方は。
 迷宮が流行の最先端だとでも?
 んなバカな。

「迷宮自体は知ってる。俺が言いたいのは、何の迷宮かってことだ」

「迷宮は迷宮でしょ。それ以上でも以下でもないよ」

「そりゃそうだが…まぁいい。もうちょっと詳しく話を聞いてみるか」

 依頼を受けるかどうかは別として、依頼書についての情報は欲しい。
 受諾票を一つ拝借し、それを手に受付へと向かう。

「おはようございます。この依頼についてなんですが」

 軽く挨拶だけをして、受諾票を受け付けにいる女性へと手渡す。

「はい、こちらの依頼を受諾でよろしいでしょうか?」

「いや、情報をまず聞きたくて。この迷宮についての分かっていることと、危険度なんかもできれば教えてください」

「かしこまりました。では担当の者をお呼びしますので、お待ちください」

 そう言って席を立った受付嬢が暫くして連れてきたのは、恐らく彼女の上司辺りかと思われる壮年の男性で、どうやらあの依頼はそこそこ偉い人が説明役をかって出るほどに、ギルドにとって重要な案件のようだ。




 話によると、少し前にアシャドル王国の北で見つかった古代遺跡を、国が主導して調査を開始したそうで、あの依頼は攻略という言葉を使ってはいるが、実質は遺跡内の調査がメインの仕事になる。
 この遺跡は以前、ヘスニルのギルドで聞いたことがあるもので、発見からそこそこ時間が経っているにも関わらず、まだまだ人を募集しているのは、それだけ遺跡が広いことに加え、遺跡のある場所が悪いせいだ。

 遺跡があるのは北にある山脈の一つで、その山頂付近に入り口が見つかっている。
 頂上が年中雪に覆われているほどに標高が高い山は、それだけで赴くのに大変なのだが、問題なのは近隣に町や村といったものがないことだ。

 一応、山の麓には遺跡発見の報を受けて商人ギルドが臨時で作った、物資集積所のようなものはあるが、それでも遺跡へ入るには荷物を担いで険しい山を登らなければならず、頂上に着いたとしても、そこはまだ遺跡の入り口だ。
 そこから探索に入るとなると、既にかなりのものになる疲労と物資の消費で、遺跡内部の攻略もさほど進まないという。



「現在のところ、アシャドル王国の調査団と、各地のギルドから集まった冒険者達、総勢500名余りが遺跡の調査を行っていますが、はかばかしくはないと聞いてます」

 目の前の男はこめかみを揉むようにしてため息を吐き、その仕草でこの依頼の大変さがいくらかわかる。

「なにせ大量の荷物を背負って、天候の安定しない山を登らなければならず、その上遺跡の中へ侵入して調査も…となると、かなり厳しいでしょう。せめて山の中腹に物資集積所でも作れればいいんですが」

 確かにたった今聞いた話だと、遺跡の調査が進まない理由の大半は、遺跡の入り口がある山頂付近へ行くまでにかかる手間で、その先の調査があまり進められないということに尽きるだろう。
 登山に消費される物資に、蓄積する疲労で満足な調査が出来るのかという不安は俺でも分かる。
 迷宮レベルの広さがある遺跡ともなれば、尚更だ。

「近頃話題になってる飛空艇が使えれば、中腹に人や物を運んで調査も進みやすいんですがね。聞けば、飛空艇はソーマルガ以外には配備されないらしいじゃないですか。どうにかして、せめて一隻だけでもこっちに回してもらえないか、ギルドの上の方では王国に要請をしているそうですが、中々…」

 意外だ。
 ギルドは今アシャドルで飛空艇を開発しているのを知らないのか?
 いや違うか、知った上での話だな。
 飛空艇が必要なのは今なので、いつ終わるか分からない開発を待つよりは、ソーマルガに要請する方が早いのだろう。

「まぁ無いものは仕方ないので、今はとにかく人を増やして、遺跡に送り込む方針を取ってるんですよ。戦闘や探索以外に、遺跡前まで荷物を運ぶだけの仕事なんかもありますし」

 何も山登りと探索を同時にこなす必要はない。
 遺跡探索をする人間のもとに、物資を運ぶだけに山登りをする人間を別に用意すれば、物資不足で山を下りたり、遺跡内から引き返すことはぐっと減る。
 人海戦術というほどではないが、飛空艇が使えない分を人の数で補おうをするのは当然の発想だ。

 場所がほぼ未開の地ということもあり、依頼を受ける人間が実力不足と判断すれば、ギルド側も一応止めはするが、人手はあればあるほどいいため、今のところは黒級でもこの依頼には参加できる。
 ただし、白3級より下位の人間は特別なスキルを持っていない限り、山の中腹まで荷物を運ぶ仕事やその護衛などに仕事は限定されるそうで、派手に稼ぐ仕事というわけではないそうだ。

 この特別なスキルというのは、雪山を昇るのに慣れていたり、サバイバル技術が飛びぬけて高いなど、遺跡への道のりで必要なものが主で、俺やパーラは飛空艇を持っていることと魔術師という点で仕事を限定されることはない。
 もちろん、遺跡内部での探索に必要な技術も求められるが、まず入り口にたどり着くことが優先されるとのことだ。

 仮に俺達がこの依頼を受けたとしたら、物資や体力を消費することなく飛空艇で遺跡の入り口まで乗りつけて、そのまますぐに遺跡探索に移れるという強みが生かせる。
 どうするべきか悩む。

「それで、どうしますか?依頼受諾の処理をしても?白級の魔術師が探索に加わってくれるのはこちらとしても心強いので、アンディさん達には是非引き受けて欲しいのが正直なところですが」

 そういえば、俺達が魔術師だと明かしてからは、何か期待するような視線が強まった気がしていた。
 探索にしろ荷運びにしろ、魔術師というのは手札が多いだけやれることの幅は増えるからな。

「…とりあえず仲間と相談して決めたいので、一旦保留ということでお願いできますか?」

「勿論構いませんよ。私はこれで失礼しますが、前向きな検討を期待しています。では」

 受付から離れ、適当なテーブルに場所を座ったところで、それまでほとんど口を開かなかったパーラが声を出す。

「で、どうするの?遺跡の探索ってのはおもしろそうだけど、聞いた感じだと行くのも結構大変そうじゃない?」

「まぁ遺跡に興味はあるが、もう大分人の手が入ってるっぽいしなぁ。今から行ってもあんまりうまみはなさそうだ」

「でもさっきの人の話しようだと、探索はあんまり進んでないって感じじゃない?」

「結構広いらしいしな。確かにまだ稼げる余地はあるが」

 少し聞いただけでも、遺跡ならではの遺物の他に、中に潜む魔物の素材や、崩落などで露出した鉱物類も見つかっているため、お宝と呼べるものはまだ眠っている可能性はある。
 後発にはなる俺達でも、チャンスがないとは言えない。

「…よし、決めた」

「お?行っちゃう?」

「ああ。近々大金が手に入るとはいえ、まだまだ先の話だし、稼げるなら稼いでおいていいだろう」

「だね」

 今日明日にでも食うものに困るというわけじゃないが、遊んで暮らせるというほどでもない現状、仕事をしないという選択肢はない。
 世の中には、働きたくても働けない人間もいるのだ。
 労働は尊い。

「これから俺達は、例の遺跡がある山を目指すことにするが、一先ず今日は物資を集めることから始めよう。食料、木材、燃料と必要な物はとにかく多い」

「燃料は分かるけど、木材も?」

「ちょっと考えがあるんだ」

 補給が碌に望めない土地に行く以上、物資はあるだけ欲しいのが世の常だ。
 遺跡攻略のために必要な物を考えると、木材は欠かせない。
 パーラは首を傾げているが、細かい話は動きながらにさせてもらう。

 遺跡攻略のために必要な手は色々と考えているため、今日明日は準備に使うとして、実際に向こうに行くのはもう少し後になるだろう。
 厳しい環境への備えは怠らないようにしよう。







 SIDE:ライオ


 遺跡攻略に挑んで今日で20日ほど経った。
 馴染みの6人が組んだ臨時のパーティで挑んだ迷宮だったが、誰もが黄級か白級上位という実力者揃いのおかげで、迷宮内での探索は危なげないものだ。
 だが、魔物の相手をしつつ、仕掛けられている罠も警戒しながらの探索は、あまり進みも順調とは言えない。

 当初の想定では、迷宮としては一般的な広さだと思われたこの遺跡だが、実際に探索が進むと、山の中身全てをくりぬいているのかと思わせるほど、地下へと果てしない広がりを見せていた。
 現在分かっているだけでも、30階層を数えているが、さらに地下へと降りる階段などがまだ見つかっていることから、完全に調査を終えるのには途轍もない時間が必要だと思われる。

 辿り着くのでさえ困難な場所にある遺跡だが、実力のある人間はそれなりにやってくるもので、俺達以外のパーティとも迷宮の中で遭遇することは多い。
 互いに迷宮攻略を目指す者同士、友好的とはいかないが、顔を合わせれば情報交換ぐらいはする程度に付き合いはある。

 しかしそんな見知った相手ともなると、迷宮内で遺体として見つけてしまうと辛さは誤魔化せない。
 ついこの前まで減らず口を叩き合っていた奴が、魔物か罠にでもやられてか、その身をズタズタにして冷たくなっている悲しみと同時に、明日は我が身かという恐怖もまたある。

 それでもそういった思いを堪え、俺達は迷宮へ挑み続ける。
 偏に、迷宮の奥に眠ると宝を求めているからだ。
 確実にあるとは言われていない、しかしあるはずだという経験則からくる希望で、俺達は今日も進める。

 迷宮に挑むということは、選択の連続だと言われている。
 分岐路でどっちを選ぶか、来た道を引き返すかなど、間違いでも正しくても、その選択が自分の命に関わってくる。

 そして今日、俺達は一つの選択をする。

 迷宮を引き返し、山を下りることにした。
 攻略に行き詰ったからではない。
 いや、ある意味ではそうだが、そうしなければならない理由が出来たからだ。

 持ち込んでいた物資の底が見え始めたのだ。
 元々、潤沢にあったとは言えない物資だったが、予想以上に迷宮が広かったせいで、用意していた食料はほとんどを使い切り、今は緊急用にと分けていた分にまで手を出している状況だ。
 時折遭遇する魔物の肉などでも食いつないできたが、ここしばらくは魔物の姿も無く、いよいよ補給に戻る必要性が出てきた。

 この迷宮の危険度を考えると、6名全員がほぼ無傷で残っていた俺達が珍しいのだが、そのせいで食料の消費量も維持されたために、こうして危機に陥っているわけだ。

 今俺達は第14階層にいるが、手持ちの残りから計算して、ここから引き返し、山を下りて麓に着くまでで、食料がギリギリもつかどうかだ。
 そのため、いつ遭遇するか分からない魔物の肉をあてにするわけにはいかず、戻るなら早いほうがいいと決断は下された。




 半日を使い、来た道を戻って外へ出ると、天候の悪さに俺達は絶望を覚えた。
 気を抜けば吹き飛ばされそうな強風に、顔を叩く雪はまるで小石を投げつけられているかのように痛みを寄こす。

 春を迎えたこの季節に不似合いなほどの猛烈な吹雪が俺達を出迎えたわけだが、この辺りは雪が年中溶けることなく残るとはいえ、ここまでの悪天候は予想していなかった。
 風はそこそこ強くとも雪はあまり降らないと聞いていたが、下山したらそんなことを言った奴をぶん殴ると決めたほど、それぐらいひどい吹雪だ。

 普通なら遺跡へと続くこの洞窟に留まり、吹雪が止むのを待つべきだ。
 あるいは、新しく遺跡へやってくる人間を待って、交渉して食料を買うか、ちょっと手荒に頂戴するかして凌ぐのも手だ。

 だが今の俺達は時間の余裕はないので、先を急ぐ。
 危険だとは分かっているが、吹雪に霞む世界へと一歩踏み出す。
 途端に体を風に攫われそうになるが、踏ん張って耐える。

 風の強さを見て、移動の隊形を変える。
 獣人で体格の大きい俺が先頭に、同じく獣人だが体格は並みでも五感の鋭いミッチとラッチの兄弟が列の最後尾につき、間に普人種のラスとアイーダ、ハーフリングのムーランら女性三人を配置した。
 体力の面でも、この配置が一番安全だとも言える。

 脛まである雪をかき分けながら、時折背後の様子を窺いつつ進むが、吹雪が止む気配はない。
 それどころか、より強くなっている気がするほどだ。
 下山しているはずなのに、視界不良のせいで下っている気がしない山道に、俺は次第に焦りを覚えだした。

「ライオ!もうこれ以上は無理よ!どこかで吹雪が治まるのを待ちましょう!」

 そんな俺の焦りを感じたのか、すぐ後ろにいたラスが風に負けないよう大声で叫ぶ。
 確かにラスの言う通り、これ以上視界の悪い中を歩くのはまずい。
 ただでさえ雪山という危険な場所だというのに、遭難の危険性も見えてきた以上、ここで吹雪をやり過ごすのは悪くないだろう。

「わかった!だがここは風を遮るものがない!もう少し進んで、いい場所がないか探そう!」

 ついてないことに、今俺達は周りがひらけている場所に立っている。
 ここでは風を直に受けてしまい、寒さはしのげない。

 洞窟とまでは望まずとも、せめて窪地でもいいから無いものか。
 そう思い、周囲を注意深く見ながら移動を続けるが、避難に適した場所は見当たらない。
 視界がもう少しましなら、それらしいものも見つけられたかもしれないが、この吹雪ではそれも難しい。
 
 どうしたものかと思っていると、不意に俺の鼻がこの場にそぐわない匂いを捉えた。
 すぐに風で散って消えたが、微かに感じたそれは何かが燃える匂いだ。

「ミッチ!来てくれ!」

 立ち止まり、最後尾にいるミッチを呼び寄せる。

「どうしたんすか、ライオさん」

「今どこかから焦げ臭い匂いがした。俺達以外で誰かが火を使っているかもしれん。お前は俺達の中で一番鼻が利く。匂いの元を探れるか?」

「この吹雪ですよ?匂いなんて……いや、これは」

 呆れるようなミッチの言葉が途中で消え、鼻を鳴らしだしたことから、やはり俺がさっき感じたものは幻なんかじゃあ断じてないと思える。
 ミッチの嗅覚は、これまでも俺達を何度も助けてきた実績がある。
 そのミッチが反応したのだ。

 やはりこの近くで火が使われ、それで暖を取っている人間がいる。
 つまり、火が消えない程度に風を遮ることができる場所があるということだ。

「ライオさんの言った通りっすよ。確かにどっかで火が焚かれてる!」

「ミッチ、追えるか?」

「多分…こっちです!」

 俺は他の奴らに声を掛けて、駆けだしたミッチの後に続く。
 先程までは寒さに足がやられていて、歩くのすら辛かったというのに、休める場所があると思うと、途端に疲労も忘れてしまう。
 それは他の連中も一緒で、息せき切ってミッチの背中を追っていく。

 目当ての場所に近付くにつれ、俺にもはっきりと匂いを嗅ぎ取れるようになってくると、遠目にぼんやりと建物の影が浮かび上がって来た。

「…どういうことだ?こんなとこに小屋なんてあったか?」

「さあ?本来の登山経路から大分離れてるっぽいし、今まで見逃してたとか?」

 呟く俺の声に、アイーダが皮肉気に返してきた。
 疲れているだろうに、言い様が変わらないのは生来の皮肉屋だからだな。

 しかしアイーダの言う事にも素直には頷けない。
 ここまで登って来る連中の目的は、今だとまず迷宮にあると言っていい。
 誰もが最短距離で迷宮を目指している現状、山全体を探し尽くしていないために見逃していたというのはあり得ることだが、何となく目の前の小屋はそれとは違う気がしている。

「もう何でもいいって。早いとこ中に入って休もうよ」

 この中で一番小柄で、それだけに最も体力の消耗も激しいムーランが、声を震わせながら訴えてきた言葉に誰もが同意し、目の前の小屋へと足早に近付いていく。
 触れるほどに近付いたことで、この小屋が出来てまだ間もないことに気付く。
 それに、小屋とは言ったがかなりしっかりとした造りで、人が住むのに不足はないほどだ。

「木材がまだ新しいわね。最近建てたのかしら?」

「この感じだと、出来てまだ一年は経ってないわよ。どこの誰が、酔狂にもこんなとこに小屋なんざ建てるってのさ」

「ほんとそういうのいいから!もう凍えちゃうって!」

 壁を触りながらのラスの感想に、アイーダが呆れと疑念の混じった声で返す。
 避難所として期待はするが、怪しむところは怪しむのが冒険者の性だ。
 こういう時でも発揮されるのは頼もしいが、今はそれどころではないとムーランが急かす。

「ムーランの言う通りだ。とにかく中に入ろう」

 そう言い、小屋の入り口に立ち、取っ手を握って思いっきり押す。
 が、硬い手応えだけが返ってきて終わる。
 引いて開けるのかと試すが、こちらも同じ手応えで開く気配はない。

「どうした?ライオ。まさか、開かないのか?」

 扉と格闘している俺をラッチが訝しむ。

「ああ。押しても引いてもダメだ」

「中に誰かいるんでしょ?鍵でも掛けられてるんじゃない?」

 俺もアイーダと同じ考えだ。
 休憩中の安全を考えれば、中から鍵をかけるのはおかしいことじゃない。

「誰か!中に誰かいるんだろ!ここを開けてくれ!俺達も避難してきたんだ!」

「お願い!開けて!もう凍えそうなのよ!」

 ラッチとムーランが扉を叩き、中にいるであろう誰かに頼み込む。
 鍵を開けてくれないと、俺達は本当に凍死しちまう。
 いよいよ扉を壊して侵入することを検討しだした時、目の前の扉が勢いよく上へと持ち上がった。
 そう、上へとだ。

「はいはーい。ちゃんと聴こえてるよー」

 頑なに閉ざされていた扉が開き、そこから現れたのは雪山には不釣り合いなほどに軽装の女だった。
 年齢としては俺達よりずっと下だと思うが、こんな場所にいるにしては薄着なのは違和感がある。

「こんな吹雪の中を歩いてきたの?凄いことするね。ま、とりあえず中にどうぞ」

 そう言って女が横にズレた隙間に体をねじ込むようにして、俺達は急いで中へと押し入った。
 中に入ってすぐ、たった今潜った扉が下へと降りることで閉ざされる。
 扉と言えば押すか引くかしかないと思っていたが、どうやらこの小屋では上下に開閉する造りをしているようで、鍵がかけられていたわけではなく、単に俺が開け方を間違えていただけだったようだ。

 室内は十分に暖められているようで、外の冷気とは正反対の温かい空気が俺の体を包み、安堵の息が漏れた。
 落ち着くと室内の様子に視線が行き、先程ラスとアイーダが言っていた、出来てまだ新しいというのがよく分かる。

 屋根や壁、床に使われている木材から漂う新築の匂いに加え、汚れや傷がそれほどみられない様子から、二人の見立てた建てられて一年未満ということの説得力が足された。
 意外と広い室内には、テーブルと椅子がいくつか置かれ、奥まった所にはカウンターのようなものも見える。
 山小屋というよりは、食堂や酒場といった感じだ。

「アンディー、お客さんだよー」

 どうやら他にも人がいるようで、先程の女がカウンターの奥へと声を掛ける。
 すると、それに応えて顔を見せたのは、女と歳が近いと思われる男だった。

「あいよ。やあどうも、いらっしゃいませ」

 そう言うということは、やはり俺の抱いた印象通り、ここは店なのだろう。

「アンディ、やっぱりあの扉分かりにくいんだよ。この人達も開けられなくて困ってたって」

「そうか?上に持ち上げるって書いてたはずだが」

「壁の上の方じゃなくて、扉に書くべきだね」

「…なるほど、検討しよう。ま、それはともかくとして」

 俺達を放って色々と話していた二人だったが、その意識がこちらへ向くと、男が俺たち一人一人をじっくりと見だした。
 値踏みされているのか、その視線は鋭い。

「濡れたままだとつらいでしょうし、まずは着替えて服を乾かしましょう。そっちのストーブの前が一番暖かいので、そこに置けばすぐに乾きますよ」

「お、おう。助かる」

 ストーブというのは初めて聞いたが、指差した先には鉄で出来た四角い箱があり、そこに乗っている鍋から湯気が経っていることから、暖房器具の一種だろうと推測する。
 近付くと温かさが増し、この近くなら確かに濡れた服もすぐに乾きそうだ。

「はぁ~、暖かい。まさかこんなに暖かい場所に出会えるなんて、こりゃあ教会に寄進でもしとくべきかねぇ」

 いつになく殊勝な言葉を吐くムーランに、日頃から神を軽んじている姿を知っている面々は笑いを零すが、その気持ちはわからんでもないので同意の意味も込めている。

「なぁあんた、ここってなんかの店なのか?」

 俺達が抱いている疑問をミッチが代表して尋ねる。
 休憩だけの場所ではなく、何か物を売っているのだとしたら、今の俺達に必要な物が手に入るいい機会にもなるかもしれない。

「一応食堂ってことになるんですかね?色々と雑貨や資材も扱ってますけど、食事と休憩のための場所と思ってください」

「お、そりゃ丁度いい。俺達、とにかく腹減ってんだ。適当なのでいいから何か食わせてくれよ」

 食堂という言葉にラッチがいち早く反応し、食事の提供を申し出る。
 食料が碌にない今、腹いっぱい食える機会がこんなにも早くやってくることに、俺達も笑みが零れた。
 遭難しかけた先で食事を提供する店に出会うとは、まだ運は尽きていなかったようだ。

「ではすぐにご用意します。…しかしその前に、そちらの方」

「へ?私?」

 笑顔を浮かべた男がすぐに表情を引き締め、ムーランを指差す。
 なんだ?何か気に食わないことでもあったか?

「ええ。あなた、そのままだと手足を切断することになりますよ?」

 真剣に、だが何の気負いもなく吐かれたその言葉に、俺達はただ身動きするのを忘れてムーランを見つめることしかできなかった。



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