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王子来襲のワンツーパンチや

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「それで?なんで一国の王子が飛空艇の見学なんてやってんですか?そして、何故王子が来ると俺達に教えてくれなかったんですか?わぁー王子だーとでも言って、喜ぶとでも思ったんですか?」

 飛空艇の外観を見て回っているティニタル達から少し離れ、クレイルズにどうしてこうなったのかを問い詰める。

「ごめん!いや、別に驚かせようとか思ってたわけじゃないよ?僕達も今朝、ティニタル殿下に同行するって言われたんだ。あまりにも急だったから、君達に知らせる暇もなくてね…」

 申し訳なさが全身から染み出しているクレイルズの顔はどこか煤けているようで、ティニタルの急な決定に振り回されて、クレイルズ達も朝から大わらわだったのが容易に想像できた。

「…まぁなんとなく大変だったのは分かりますけど、せめてそういう内容で伝言でも寄こしてくれれば、少ない時間なりに出来る用意もあったのに」

 俺としては、別にティニタルを連れてくるなと言っているのではなく、何の心構えも無い状態で出迎えるのが嫌だっただけだ。
 何せ現在、王位継承権を変な形で争っているとはいえ、次期国王へそれなりに近い人物であり、下手に不興を買うのも怖い。

「いやだってさ、本当に急なことだったんだよ。僕らが馬車に乗りこんだら、すぐ騎馬に囲まれて、そのまま街を出ちゃったんだ」

 クレイルズが言うには、自分と職人達で借りた馬車に乗ってすぐ、どこからか現れた騎馬の集団に囲まれて、慌てたところに突然ティニタルの同行が告げられ、半ば無理矢理に馬車を走らされたそうだ。

「誰から聞いたんだか、僕らが飛空艇の実物を見に行くってのを知って、じゃあ自分もと思ったんだろうね。ティニタル殿下は好奇心旺盛であられるし、なにより行動力がありすぎるから」

 一つの騎士団が移動するほどの規模の先頭には、馬に跨ったティニタルがいて、そのまま先導するようにしてここまでやってきたというわけだった。

「本当にギリギリじゃん。それじゃ私らに伝える暇はないねぇ」

「だよね!だから僕は悪くないよ?ね?ね?」

 パーラの言葉に、鬼の首を取ったかのようになるクレイルズにイラリとしたが、そう非はないことは確かなのでこれ以上の追及はやめるとしよう。

「もういいです。それで、見学はどうしますか?殿下はともかく、クレイルズさん達は飛空艇を作る立場から見たいものも多いんでしょう?」

 単なる好奇心で来たティニタルはいいとして、クレイルズ達職人は飛空艇を知るために見るべきものは選ばなければならない。
 無暗矢鱈に全部知ろうとするなら、いくらなんでも時間がかかりすぎる。

「そうだなぁ…まず知りたいのは、動力と操縦方法。特に動力は今僕達が躍起になって開発しようとしてるものだから、是非見ておきたいね」

 ソーマルガでもそうだったが、やはり飛空艇を開発するうえで動力は非常に重要な物のようだ。
 最近アシャドルで普及の気配がみられるバイクだが、その動力は飛空艇に使えるほどのパワーはない。
 となると、飛空艇用に新しく設計開発する必要があるため、既存の動力はしっかり見ておきたいだろう。

「わかりました。じゃあ飛空艇の動力部から見ていきましょう。あぁ、ウチのは狭いところにあるので、一人ずつ見ることになりますが」

「僕は狭いところなら得意だから心配ないよ」

 確かにハーフリングのクレイルズなら、飛空艇のメンテナンスハッチは余裕だ。
 とはいえ、同行している他の職人達は普人種ばかりなので、窮屈さは彼らが味わうことになる。
 飛空艇開発の情熱があるなら、それぐらいは我慢できるね?



 早速クレイルズ達を動力部へと繋がるハッチへと案内し、まず集団のリーダーであるクレイルズが小さい体をダクトへと潜り込ませた。
 俺も何度かメンテナンスで入っていてその狭さは体験済みだが、ハーフリングにとっては何の苦にもならないようで、スルスルと奥へと進んでいく。

『アンディ、この青白く光ってるのがそうなのかい?』

「ええ、見えている全体が動力部ですが、主たる部分は光ってる部分です」

 反響して返ってきた言葉から、クレイルズは目的の場所へと到達したようだ。
 しばらく動力をいろいろと調べて戻ってくると、今度は入れ替わりで他の職人達もハッチへとその身を潜り込ませていく。
 やはりクレイルズと違い、窮屈そうにしていたが、奥へ進むと誰もが興奮した声を上げる。

 共通しているのは、自分達が求めてやまない動力部の完成品を前にして、目指す先を再確認することで情熱を燃やしていることか。
 ダクトから戻ってくると、どいつも目がギラギラとした、なんともいい目をしている。

 最後の一人が中に入ると、クレイルズ達は集まって何やら話し始める。
 どうやらたった今見た動力部の各パーツが、それぞれどういう役目を持っているのかを予想しあっているらしい。

 それはともかく、今ダクトにいる一人を除け者にしているようだが、いいのか?
 いじめ?
 俺、そういうの嫌いだなぁ。

「クレイルズさん、最後の人が戻ってくるのを待たないでいいんですか?」

「え?…あぁ、彼は動力部を写生する役だからね。全部写すのに時間がかかるし、動力の開発には直接関わってないからいいんだ」

 そういうことだったのか。
 一々実物を確認しにダクトへ潜り込むより、絵を見るほうが遥かに楽だ。
 写真がないこの世界では、上手く写生が出来る人間はさぞ重宝されることだろう。

 絵が出来上がると、今度はそれを囲んでワイワイしだしたクレイルズ達に、そろそろ次の予定を打ち明ける。

「クレイルズさん、次は飛空艇で実際に飛んでみませんか?勿論、皆さん飛空艇に乗ってもらってです」

「お、それはいいねぇ。是非お願いするよ」

「分かりました。では皆さん、お好きな席へどうぞ」

 それぞれが適当な席へと着いたのを確認したら、外へ向けて飛空艇が飛ぶのを伝える。
 飛空艇の周りにはティニタルをはじめ、多くの人が集まっているため、離れてもらう必要があった。

「これより飛空艇を空に浮かべます。危険ですので、皆さん離れてください」

「ならば俺も同乗させてもらうぞ」

「え」

 ヌっと突然横合いから現れたティニタルがそんなことを言い、反応に遅れた俺の隙を突くようにして飛空艇内へと入っていく。
 一瞬呆けて見送るしかなかったが、すぐにティニタルを追って騎士の何人かが飛空艇の出入り口へと殺到してきた。
 護衛の役目がある騎士が、ティニタルだけを空へ送り出すわけがない。

 結局、クレイルズ達にティニタルと護衛の騎士数名を加えたそれなりの人数が飛行体験へと参加することになった。
 好奇心の強い人だとは聞いていたが、よくもまぁ初体験となる得体の知れない乗り物に乗ろうと思うものだ。

 一応、万が一の危険を伝えはしたが、構わんと切って捨てられた。
 形式上は俺が機長なのだが、それでも一国の王子にはそれ以上なんも言えねぇ。

『間もなく離陸します。風によって揺れることなどもありますので、上昇中は立ち上がったりしないようお願いします』

 伝声管を使い、船内へと注意を告げる。
 初めて空を飛ぶことに興奮して、席を離れて転んで欲しくないものだ。

「じゃあ行きます」

「うん、お願いするよ」

 操縦室の窓際のベンチに腰掛けるクレイルズにそう告げる。
 現在、操縦室には俺とパーラとクレイルズの三人がいる。
 飛空艇を作る上で欠かせない操縦系統の見学ということで、クレイルズ一人だけを飛行中の操縦室へ入れることに決めていた。

 着陸している時ならともかく、飛行中は操縦を妨げられないように、パイロット以外は極力操縦室へ入れないようにしている。
 しかし、今回に限り、クレイルズ一人だけに許可を出し、こうして俺とパーラの操縦するのを観察させることになった。
 操縦席は広いとは言えないので、クレイルズぐらい体の小さい方が操縦の邪魔にならないという理由もある。

 ゆっくりと地面を離れ、徐々に高度を上げた飛空艇を、曇りのない青空の中で泳ぐように動かしていく。
 速度は遅く、遊覧飛行並みだが乗客達は空から見下ろす地上に感動の声を上げているのが、伝声管越しに伝わってくる。
 特に、ティニタルは狂ったように笑いながら凄いを連呼しており、語彙力の低下は酸欠のせいではないと保証できるはずだが、少し心配になってくる。

「前進と後退は分かるよ。左右に振るのも。けど、傾けるのはなんで?」

「それはね、船体を左右に振るより、傾けて船首を上げる方が旋回の速度が速いし、複雑な動きも出来るからだよ。あと、風を受ける時の船体の角度を変えられれば、それだけ船にかかる影響も変わって来るの」

 飛空艇を操縦している俺に代わり、先程からクレイルズの質問に答えているのはパーラだが、今この世界に存在するパイロットの中では、そこそこ飛行時間が長いだけあって、その説明に迷いはなく的確だ。
 正直、聞いている俺もパーラがそこまで飛空艇の特性を理解していることを知って、感心しているぐらいだ。

「ふむふむ、帆で風を受けるようなものかな?なるほどなるほど。…その操縦桿?っていうので動かしてるみたいだけど、舵輪はないのい?」

「少なくとも、飛空艇では舵輪はないね。アンディ、そこんとこどうなの?」

 船の操縦に使われている舵輪を、同じ船のカテゴライズする飛空艇で使われていないのに気付く辺り、クレイルズの着眼点はモノ作りをする人間らしいと言える。
 しかし、海がないアシャドルだと大型の船はないはずだが、舵輪を知っているとは中々博識だ。
 本などで知っていたのか、もしくは魔道具職人として、舵輪を使う何かを手掛けたことでもあったかもしれない。

「今存在している飛空艇の中で、小型と中型のは全部操縦桿が採用されてますね。唯一、ソーマルガ号だけは舵輪もありましたけど」

 途轍もない巨体を誇るソーマルガ号では、操縦桿と舵輪の両方が使われている。
 大まかな動きを舵輪で、細かい制御は操縦桿でと分けられており、いいとこどりが出来るのはそれだけサイズ的に余裕がある設計だからだろう。

「ふーん、船体の大きさで違うんだね。確かソーマルガ号って200メートルぐらいあるんだっけ?」

「ええ、巨大な船がそのまま飛んでいるみたいなものですよ」

「しかも大きいだけじゃなくて、船内に中型以下の大きさの飛空艇が収容できるんだよ」

「へえ!船の中に船を入れるってのは、昔の人も面白いことを考えるものだね。帆船の側面に小舟を吊るのはよく聞くけど、中にとはねぇ」

 パーラの言葉で、ソーマルガ号の中に飛空艇が入るのを想像してか、クレイルズがニヤニヤとしだす。
 やはり一職人としては、自分が考えつかなかった理念に触れると嬉しいもののようだが、想像力を働かせているクレイルズの顔はまぁなんともだらしない。

「…凄い顔してるね、クレイルズさん」

 どこか遠くの世界に行っているかのようなクレイルズを見て、生暖かい目をするパーラに俺も同意しておく。
 今言った凄い顔とは、決して悪い意味ではないがいい意味でもない。

「そうだな。ああはなるまい」

「いや、アンディも時々こういう時あるよ?」

「うっそだろお前。いつでも冷静沈着な俺だぞ?」

「ぷふっ、冷静沈着て」

 なに笑ろてんねん。



 30分ほど遊覧飛行を行い、地上へ降りる。
 この後は、飛行中に得た見解をクレイルズが他の職人達と擦り合わせるそうで、リビングを貸すと俺達はやることが無くなった。

「アンディよ、いいものを見せてくれたな」

「は、恐れ入ります」

 遊覧飛行の効果か、上機嫌のティニタルが俺に声を掛けてきた。
 初めての空に、飛空艇を降りてもまるで子供の用に興奮していたが、ようやく落ち着いたようだ。

「どうだ、あの飛空艇を俺に譲らんか?」

 次の瞬間、ティニタルの纏う空気が重さを増したように感じた。
 王族としての威がなせる業か、圧迫感を伴いつつ放たれた言葉は、権威に弱い一般人なら頷かせる迫力がある。

「…あの飛空艇はソーマルガ皇国より特別に貸与されているものでございます。他者へ譲るのは許されぬことときつく言われております。たとえ殿下のお言葉であろうとも、こればかりは…どうかご寛恕を」

 しかし俺も伊達に権力者と面と向かって対峙してきたわけではない。
 このアンディ、嫌なものは嫌だと言える男だ。

「アシャドル王国の王子である俺が頼んでもか?望むなら金だろうが爵位だろうが、なんでもくれてやるぞ」

 ん?今なんでもって…いやいや、違う違う。
 飛空艇はどんなに金や地位を積まれても渡すつもりはない。
 王族が相手だろうと、ここだけは譲れん。

「どうか、ご寛恕を」

 先程と同じ言葉だが、今度は少しだけ力の籠った言い方をし、ティニタルの目を強く見返す。
 やるつもりはないと、これで察してくれるといいのだが。
 もしこれでもまだ食い下がってきて、さらに脅しでも入ってくるようなら、アシャドルを捨てて逃げることも考えるぞ。

「ふむ…そうか、わかった。無理を言ったようだな。忘れろ!むっはっはっはっはっは!」

 果たして俺の思いは伝わったのか一瞬考えこみ、しかしすぐに快活な笑い声を混ぜてそう言うティニタル。
 その姿は先程の雰囲気とはガラリと変わっており、果たしてどちらの姿が本来のものなのか迷わされるほどだ。

 思ったよりあっさりと引き下がったティニタルがその場を去っていくのを見送り、俺は密かに胸を撫で下ろしていた。

 正直、ティニタルぐらいの地位にいれば、大抵のものは寄こせと言えば手に入るだろうから、飛空艇も強請られて長引くかと思っていたが、驚くほどさっぱりと諦めたのは、本人の気性がそうだからか。
 人伝に聞いたところによる武人気質のティニタルは、強く出ることはあっても、横柄には振舞わないようだ。

「アンディ、ちょっといいかな?」

 ティニタルと入れ替わるようにして、職人達をその背に率いながらクレイルズがやってきた。
 少しおずおずとした感じの様子に、何やら頼み事かと予想する。
 もしかして、もう一回飛びたいとかか?
 まぁそれぐらいなら別にいいけどな。

「ええ、なんでしょう?」

「飛空艇で飛ぶのを体験して、大分参考になったんだけど、どうにももう一押し欲しい感じなんだ。だから無理を承知で頼みたいんだけど…ちょっと飛空艇を分解させてくれない?」

「だが断る」

 何を言いだすかと思えば、飛空艇を分解?
 クレイルズの腕は信頼しているが、だからと言って飛空艇を分解して元に戻せる保証はどこにあると言うのか。
 ソーマルガですら飛空艇の模倣で精一杯だというのに、碌に触ったことが無いクレイルズ達は言わずもがなだ。
 使い物にならなくなる可能性を思えば、到底許可できるものではない。

「あはははは、だよねぇ。ほらー、だから断られるって言ったじゃないか」

 断られることは予想済みだったのか、クレイルズも他の職人達に尖らせた口でそう言う。
 どうやら、他の職人に頼み込まれてクレイルズが言わされたといった感じか。
 この中で一番親しいせいで、負わされた役割というわけだ。

 まぁ職人達も熱意があるが故に頼み込んできたわけだし、何とか応えたいところだが、流石に俺達の家を生贄にして新しい飛空艇をとは、な。

 いや、待てよ?
 そう言えば、前にクレイルズをソーマルガに招きたいってジャンジールが行ってたな。
 あれはバイクでの話だが、うまくやれば飛空艇に絡めて技術協力まで持っていけないだろうか?

「クレイルズさん、ちょっと提案なんですが、ソーマルガに行ってみません?」

「…はい?」

 お、今のクレイルズの顔と言い方は、警視庁の窓際部署で紅茶を淹れている紳士の感があるぞ。




「…なるほどな、一考の価値はあるか」

 腕を組み、考え込むティニタルに、クレイルズを含めた職人達も熱い視線を向けている。

 先程、クレイルズにジャンジールが興味を持っているとの話をしたらかなり食いつきがよく、それなら丁度いいことに最高権力者に近い人間がいるとのことで、ティニタルにも話を聞いてもらうことになった。

 現在、飛空艇開発で職人達は行動を著しく制限されているため、王都は勿論、他国へ行くことは難しいのだが、飛空艇に関することで、尚且つ、最先端を行くソーマルガの公爵との繋がりを利用できるとなれば話は違ってくる。

 今日、俺の飛空艇を体験して多少は開発も進むだろうが、それでも本格的に飛空艇を作っているソーマルガへと赴いて知ることの意義は大きいはず。
 しかも、魔道具開発という共通の課題を追う者として、ソーマルガとアシャドルの技術者の交流はどちらにとっても利益がある。

 となれば、是非ソーマルガに出向いて新しい技術に触れたいという職人たちの熱い思いは止められないし、止める理由も見当たらないだろう。

「アンディ、そのマルステル公爵には話をつけられるんだな?」

 グイと力の籠った目が俺を捉え、不思議と重さの感じる声で尋ねる。
 ティニタルが気にしているのは、飛空艇の開発に重要な職人達が王都を離れることの不安と、出向いた先で得られるものへの期待か。

「は、確実にとは申せませんが、それなりに縁はありますので、それを頼りますれば」

 ジャンジールはバイクにご執心だったし、クレイルズをソーマルガに招いて技術交流をしたいと常々言っていた。
 飛空艇が絡むとどうなるかはわからないが、端から受け入れないということはないと思う。
 それほどに、バイクを見ていたジャンジールは熱意を持っていた。

「ただ、ことがことだけに、アシャドル王国からの正式な頼み事を私が仲介するという形が望ましいかと」

 既に飛空艇を持っている俺が、飛空艇の開発を画策している国の技術者を連れていくというのはトラブルの種になりそうな気がしている。
 他国へ技術を流出する手助けをする気か、とでも言われたらぐうの音も出ない。
 実際、そうなりかねない話でもあるしな。

 あくまでも、国の外交ルートを通じて、職人同士の交流という体を取らないと、変に警戒されて話が流れかねない。

「ふむ、よかろう。その話、俺の方から兄者に提案してみる。どうなるかは兄者とソーマルガ次第だが、上手くいくよう祈っていろ」

 俺というとっかかりがあるため、全く目のない話ではないのが功を奏したのか、ティニタルが協力を約束してくれた。
 流石に確約はないが、それでもここまで言うのなら期待はできるだろう。

 すぐにティニタルは城へ戻り、兄であるガレアノスへと早速話をつけに行くという。
 クレイルズ達とその護衛に何人か残し、騎士を引きつれたティニタルはあっという間にこの場からいなくなった。
 流石、軍人気質の王族は行動が早い。

 残された形になるクレイルズ達は、ソーマルガへの技術交流を想像して盛り上がり、この話を持ってきた俺へ感謝の言葉を口にする。
 俺としては、すっかり忘れていたジャンジールの提案をふと思い出して口にしただけに過ぎず、まだ正式に決まっていない話で礼を言われるのは、なんだか少しだけ面はゆい。

 しかし先程ティニタルにああ言った以上、俺もクレイルズ達のために色々動く必要がある。
 ジャンジールに手紙を出すのは勿論、ハリムにも話は通しておくべきだろう。

 それと、ダリアにもだな。
 ダメ押しに、アイリーンの口添えもあれば尚いい。
 そうは見せないが、ジャンジールもアイリーンにはだだ甘だし、意外と効果はあるはず。

 最低でも四通は手紙を用意する必要があるため、今日の見学はこれまでとして、クレイルズ達を帰すと、俺は自室で手紙の書き方に頭をひねることとなった。
 それなりに付き合いは長いが、誰も礼儀を欠かしていい相手ではない。
 丁寧かつ簡潔に、最高に丁度いい本題で纏めなくては。

 明けて翌日、手紙の推敲をしていると、ドタドタと音を立てながらパーラが駆け込んできた。

「アンディアンディアンディ!なんかまたティニタル様が来たみたいなんだけど!」

「はぁ?また?…まさか、昨日の話がもう通ったのか?」

「いや、流石に一晩で纏まる話じゃないでしょ」

「だよな。とにかく、出迎えるか」

「うん」

 パーラと共に飛空艇を出て、昨日と同じように跪いて出迎える。
 伏し目から密かに少し視線を上げて確認すると、昨日より減ってはいるが、それでも50名はいそうな随伴の騎士の先頭を、馬に乗ったティニタルが確認できたが、その姿に少しだけ違和感を覚えた。

 そう思っていると、俺達の目の前まで馬が到着する。

「その方らがアンディとパーラか?昨日は弟が迷惑をかけたな」

「は。いえ、そのような……弟?」

 馬上から掛けられた声はティニタルとよく似ていたが、微妙に違う。
 それに加えて、弟と言うとなれば、目の前の人物がなんとなくわかってきた。

「ん?ティニタルが職人達に無理矢理同行して騒がせたと聞いているが」

 首を傾げる姿はティニタルとよく似ているが、その体つきは明らかに違う。
 筋肉質のティニタルに対し、細身の体つきに柔和な表情は、どう見ても昨日のティニタルが持つものではない。
 まず間違いなく、目の前にいるのはティニタルの兄であり、この国の第一皇子ガレアノスだろう。

「も、申し訳ありません。ガレアノス殿下とは気付きませんでした」

 まさか、ティニタルと間違えて対応してしまうとは、不敬と言われても仕方ない。

「…あぁ、そうか。弟と間違えたか?気にするな。私とあれは顔だけは似ているからな。見分けるなら髪型と体つきでするといい」

 間違えたことを特に気にしないのは、間違えられること自体がよくあるからか。
 一々気にしてたらきりがないから、俺も見逃されたのだろう。

「はっ、ご無礼のほど、平に容赦を。…無礼を重ねてお聞きします。本日はどのようなご用向きに?やはり飛空艇の開発についてでしょうか?」

「うむ、昨日ティニタルから話を聞いてな。これは直接見るべきだと、私も足を運ぼうと思ったのだ」

 政務に秀でるガレアノスは、めったに城を出ることはない。
 だがこうしてわざわざ俺達の所にやってきたということは、昨日ティニタルに話したソーマルガとの技術交流の件は前向きに検討してもらえたようだ。

「是非私も飛空艇で空を飛んでみたくなった!」

 おっと、違った。
 単に空を飛びたいだけだったか。
 あの弟にしてこの兄ありだ。

 てっきり例の話についてかと思ったが、どうやらティニタルが空を飛んだことの自慢でもしたのか、ガレアノスをこうして動かすほどに好奇心を刺激したらしい。

「無論、例の話についてもだ。発端はその方だと聞き、やはり直接聞きたくなった。空を飛ぶのはついでだ、ついで」

 取って付けたように本題があると言うが、俺からしてみればどう考えても空を飛ぶ方がメインだとしか思えない。
 まぁ話は聞いてくれるそうなので、接待として遊覧飛行ぐらいはするのは構わんが。

 ただ、出来れば来るなら来ると事前に教えておいて欲しい。
 なんでこの国の王族はサプライズでやって来るのか。
 一平民がいきなり王族を出迎えることのストレスを考えてもらいたいものだ。

 その後、遊覧飛行を行い、ガレアノスを満足させることが出来たおかげで、技術交流の話は非公式ながら決定の方向で話はまとまり、ソーマルガとの交渉に力を入れることも約束してもらえた。
 後は国同士の話し合いなので、俺の方は各所へ手紙を出すことで援護をしたい。
 最悪、技術流出を助長したと非難されることも考えられるが、そうなったらなったでソーマルガへの何かしらの埋め合わせも考えなくては。

 尚、ソーマルガへと送るアシャドルの手紙には、俺の書いたものも一緒に添えることとなった。
 別々で送る手間を省く意味もあったとしても、正式な外交に俺の手前味噌な手紙が混ざるのは少し怖いが、それがクレイルズ達の助けになることを願うとしよう。

 飛空艇関連の技術流出はソーマルガでは最も敏感なので、技術交流自体が受け入れられない可能性もあるが、上手く話が進むことを祈るぐらいはしてもいいだろう。
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