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幽霊のおさんどん

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 フレイと別れてギルドを後にすると、俺はコンウェル達の家へと向かって歩き出した。
 もうすっかり夜も更けきっている街中は、かなり冷え込んでいながらまだまだ喧騒は残っている。
 あちこちの建物から聞こえてくるのは、ほとんどが酔っ払いの立てる賑やかな声ばかりで、どの世界も遅くまで起きている人間というのは似たものなのだと思わされた。

 先程も、酒をしこたま飲んだと思われる酔っ払いの集団が、娼館へと繰り出すと喚いていたのも、夜更かしの定番コースだろう。
 街はいつも通りだが、つい昨日には一つの村が壊滅するほどの事件があったと思うと、ここにある日常が急に儚く思えてくる。

 魔物が明確な脅威として存在する世界で、人間が安全に生きられる土地というのはそう多くない。
 今俺が立っているこの場所は、その数少ない安全地帯だ。
 だが、モーア村がああいうことになって、いつかこのフィンディにも似たようなことが起こるかもと考えてしまう。
 陽気に騒ぐ人達の声が、一瞬にして悲鳴に代わるのを想像すると、少しだけ身震いを覚えた。

 まぁフィンディはこの辺りでも最大規模の街なので、駐在する戦力はモーア村の比ではないため、そうそう酷いことにはならないだろうが、それでももしもを考えてしまうと、どうしても頭から離れない。
 それほどに、モーア村のことはショッキングだった。

 少しだけ沈んだ気持ちで家路をたどり、屋敷へと到着すると、窓にはまだ明かりが灯っていた。
 どうやら誰かがまだ起きているようで、時間的にはパーラかと予想する。
 流石に今は妊婦にはもうだいぶ遅い。

「ただいまー。パーラ?起きてるのか?」

 玄関を潜り、明かりを求めて居間へと向かうと、話し声が聞こえてきた。
 パーラだけかと思ったら、ユノーも起きているようだ。

「あ、おかえり、アンディ。意外と早かったね」

 何か楽しいことでもあったのか、笑顔で出迎えられた。

「まぁちょっとあってな。ユノーさん、あんまり夜更かしするのはよくないんじゃないですか?」

 ソファに座るパーラの隣には、やはりユノーの姿があり、帰ってきた俺を見て、安堵のため息を吐いていた。
 俺が戻ってきたということは、コンウェルも戻ったと思っているのだろう。

「あはは、昼にちょっと寝ちまってね。そのせいで眠くないもんだから、パーラに相手してもらってたんだよ。それより、コンウェルは?一緒に帰ってきたんだろ?」

 俺の背後を見やり、コンウェルが姿を見せるかとソワソワしだしたユノーだが、残念ながら期待には応えられそうにない。

「いえ、コンウェルさんは向こうに残ってます。俺ともう一人の冒険者だけでこっちに戻って、ギルドに報告したんです」

「残ったって?なんかあったのかい?」

「…正直、今のユノーさんには少し話しにくいんですがね。お腹に障る意味で」

 ユノーはコンウェル同様、スペストスとも親しい間柄だっただし、その死を知るストレスでお腹の子供に影響がないかという点が心配だ。

「なに?そんな凄いこと?大丈夫よ、これでもあんたらより長く冒険者やってたんだ。ちょっとやそっとじゃ驚かないってば。…この子も、そんな軟じゃないわ」

 そう言って、お腹を撫でるユノーの顔には、母親としての力強さを感じられた。

「わかりました。かなり重い内容なので、落ち着いて聞いてください。まず、俺達は依頼でモーア村という所へ向かったんですが―」

 居住まいを正したパーラとユノーに、俺達が依頼を受けた経緯から順に説明していった。




「そう、スペストスがね…」

「…驚かないんですね」

 全て話し終えた頃、目を伏せて呟いたユノーの言葉には複雑な感情が含まれていた。
 落ち着いているのはいいが、俺の想像したリアクションとは大分違う。

「驚いてるわよ?あのスペストスがまさかってね。…けど、冒険者ってのはこういうもんよ。あいつだから大丈夫とか、まさかないだろうってことが通用しない職業さ。あたしらもこういう風に、急に知り合いの死を知らされるってのはよくあることよ」

 冒険者としてのキャリアなら、ユノーもコンウェルも長いため、こうして知り合いが亡くなったと知るのはそれなりに経験してきたのだろう。
 遠くを見るような目には、悲しみや寂しさと言った感情が乾き、張り付いているかのようだった。

「ねぇ、アンディ。スペストスさんの遺体ってどうなるの?」

 ユノーと違い、スペストスの死にショックを隠し切れないパーラ。
 涙こそ堪えているが、悲しみに歪められた顔からはその感情がありありと読み取れる。

「モーア村の墓地に、他の人達と一緒に弔ってきた。飛空艇なら連れ帰るのもできたが、正直、損壊がひどくてな。傷むのを考えてそうした。一応、遺品は今日持ち帰ってきたけどな」

「遺品だけかぁ。まぁ仕方ないね」

 出来れば遺体は遺族へと返したいところだが、スペストスを始めとして、冒険者達の遺体はどれも五体満足に揃っているのがほぼない。
 遺族にそのまま見せるには忍びない無惨な姿は、やはり持ち帰ることを躊躇わせるものがある。
 腐敗は勿論、アンデッド化も危惧する以上、冒険者の遺体は現地で処理するのが基本ルールだが、それでも死後はせめて家族の下へ返したいという思いは、決して分からないものではない。

「それで、コンウェルはいつ帰ってくるって?どうせ向こうで暫く指揮を執るんだから、二日三日じゃきかないでしょ?」

 少しだけしんみりした空気が辺りに漂ったが、それを切り替えるように、ユノーが明るい声を上げる。

「とくに日にちは定めてませんが、現地に救援が到着するのと交代で戻るってことになってます。俺も向こうに支援物資を送る依頼をさっき受けたんで、また向こうに行ったらもう少し細かく話を詰めてきますよ」

「へえ、アンディまた行くんだ。じゃあ今度は私も一緒に行っていいよね?」

「そうだな、二日酔いしてなきゃな」

「サーセン」

 冷めた目で見ると、パーラが身を縮こまらせる。
 正直、今回はパーラがいればもう少し楽に戦えたとは思う。
 まぁ二日酔いの状態では仕方なかったし、結局酒の量を誤ったパーラが悪いということには変わりない。
 反省しているということなので、次に向こうに行くときは流石に体調は整えるだろうと信じたい。

「ほんとはあたしも一緒に行きたいとこだけど、お腹がこんなだからね。大人しく帰りを待っとくよ」

「そうしてください」

 飛空艇は安全な旅を提供してくれるが、大分腹の膨れているユノーを乗せて、万が一があってはコンウェルに合わせる顔がない。
 待つと言ったユノーの言葉に、密かに胸を撫で下ろす。

「あ、そうだ。アンディ、あんた夕食はとったのかい?」

「いえ、まだです。なにせ飛空艇で戻ってきて、すぐにギルドへ行きましたから」

 操縦しながら適当に摘まもうかとも思ったが、なんだかんだで結局食べずじまい。
 ギルドに報告を済ませてからとも思ったが、ギルドマスターが出張ってきてちょっと予想外に時間を食ってしまった。
 なので、今俺は腹がペコちゃんだ。

「なら何か簡単な物でも用意させるよ。てことだから、適当に作ってくれるかい?」

 ユノーが振り返って台所へとそう声を掛ける。
 なんだ?俺が気付かなかっただけで、もしかして誰かがずっといたのだろうか?

 そう思い、台所を見てみると、薄っすらと明かりはついているが人の姿はない。

 誰に向けたユノーの言葉だったのか訝しんでいると、突然、台所にある道具がひとりでに動き出した。
 まるで操り糸でも着いているように動き回る食材が調理されていき、あっという間に皿へとサンドイッチが積みあがっていく。

 そこまで見て、俺はこの現象の正体にようやく気付いた。

「あ!お前…っ」

 皿を手にしてこちらへと近付いてくる青白い靄が、俺の声を受けてどこか申し訳なさそうに軽く礼をした。
 こいつはつい先日、俺の泊った部屋に姿を見せた、元使用人の霊で間違いない。

 俺達の座るテーブルの上に、サンドイッチの乗った皿が置かれると、幽体はスーッと透けるように消えていった。
 どこかに控えてでもいるのか、今はどこにいるかは全く分からないものの、呼べばすぐに姿を見せそうな気はしている。

「さ、お腹空いてるだろ。好きなだけ食べな」

 たった今目の前で起きたことがなんでもないようなことのように、サンドイッチを俺に勧めてくるユノー。
 だが俺としてはじゃあ遠慮なく、とはいかない。

「いやちょっと待ってくださいよ。どういうことですか、あれは」

「どういうもなにも、アンディはもう面識があるって聞いてるけど?」

 それはこの幽霊から聞いたということだろうか?
 首を傾げて不思議そうな顔をするユノーだが、俺が言いたいのはそういうことではない。

「まぁ知ってはいましたけど…そういうことではなくてですね、あれ、幽霊ですよ?驚かないんですか?」

「そりゃあ驚いたよ?ねえ?」

「うん。私も最初見た時はついぶっ放しちゃったもん」

 何を、とは言わない。
 パーラが言うぶっ放しとなれば、魔術だろう。
 銃は船に積んでいるからパーラの手元にない以上、自然とそうなる。

「けど本人から色々と聞いてみたら、悪い奴じゃないだろ?家のことを色々と手伝ってくれるってんで、あたしもこんな状態だと助かるし、じゃあそれならってね」

 母体への影響を考えて、ユノーにはコンウェルと相談してから打ち明けるつもりだったが、こうして見ると特に問題はなかったようだ。
 三人(二人と一霊?)揃って和やかな雰囲気を出している様子に、もうすっかりなじんでいるように見える。

 もう少し詳しく聞いてみると、どうやら昨夜、パーラが俺の部屋に入った時にこの幽霊が姿を現し、ひと騒動あってユノーにもバレたらしい。

「…ん?なんでお前俺の部屋に行ったんだ?」

「それは、別にあれで…な、何となく?そう!たまたま通りがかっただけだから!」

「なんで通りがかっただけで俺の部屋に入るんだよ」

 ゴニョゴニョとしながら、突然大声になるパーラにそう突っ込むが、それ以上反論はなく、押し黙ってしまった。
 こいつは俺の部屋で一体何をしていたというのか。
 見られてまずいものは置いていないが、プライバシーの侵害に少しだけ気分はよくない。
 飛空艇で寝起きしてる時はそんなことしなかったのに。

 それでその時に幽霊とのファーストコンタクトがあり、なんやかんやあって三人で少し話合いをして、幽霊を使用人として雇うということで決まったそうだ。
 ユノーとしては身の回りの世話をしてくれるのでありがたいし、幽霊の方もただボーっと過ごすよりは仕事を貰える方がありがたいということで、利害は一致した。

 ただし、この幽霊が活動できるのは陽が落ちてから明け方までで、日中は家事が出来ない。
 やるとしたら夜になってからだが、夜は普通に人が休んでいるので、掃除や洗濯に限ることとなる。

「あ、やっぱりそうなんですか?幽霊ってそういうもん?」

 夜だけしか活動しないというのは実に幽霊らしいが、こっちの世界ではアンデッドは普通に昼でも活動するし、もしや幽霊も同じなのかもとは少し思っていた。
 しかしやはり幽霊は幽霊、夜にしか動けないというのは世界が変わっても同じなようだ。

「さあ?あたしは幽霊自体、これが初めて見るけど、本人がそう言ってるんだしそうなんじゃない?」

「アンデッドって昼夜関係ないって話だけど、幽霊だけ別とかかもよ」

 ユノーとパーラの言葉に、幽霊もコクコクと頷いているため、そういうものだと納得するしかない。
 昼間の家事はこれまでと変わらず、ユノーと時々やってくるシャミーが行うが、それでも家事の大半を受け持ってくれるのは大いに助けとなるだろう。

 しかしこれで幽霊の方の問題は解決した。
 俺自身、幽霊にはまだ苦手意識はあるが、こいつは悪い奴じゃないようなのでセーフと、何とか自分を納得させる。

 本当はコンウェルと共にユノーにゆっくりと説明して対面させたかったが、一気に話が進んだのなら仕方ない。
 このことは俺が向こうに行ったら、コンウェルにちゃんと伝えるとしよう。

「ところで、こいつの名前ってあるんですか?いつまでも幽霊とかこいつとかじゃ呼びづらいでしょう」

 ふと考えてみれば、死亡した時のことなどは聞いたのに、名前だけは全く聞かずにいる。
 当分成仏しそうにないようだし、名前が分からないのは流石に不便だ。

「そう言えば分からないね。生きてた時の名前でいいんじゃないかい?」

 ユノーが尋ねると、幽霊が首を振る。
 こっちに送ってきたイメージを翻訳すると、どうやら生きていた時の名前だけは思い出せないようで、幽体となった以上、名前にも特にこだわりがないため、呼びやすい名前を俺達に付けて欲しいそうだ。

「はい!じゃあ私がつけてあげるよ!」

 元気に挙手して立候補したパーラだが、そう言えばこいつ、ネーミングセンスの方はどうなんだ?
 どこか期待に満ちているようにも見える幽霊の視線を受け、パーラが胸を張って発表した。

「名付けて、ゴっちゃん!」

 その瞬間、世界は色を失った。
 ついでに、時間も止まった。

「…一応聞くが、なんでゴっちゃんなんだ?」

 答えは何となく予想できるが、それ以外を期待して一応尋ねる。

「ゴースト系だからゴっちゃん、これ以上ない名前だね」

 うんうんと一人で満足気に頷いているが、俺達が白けた目を向けていることに気付いてほしい。

「ユノーさん、何かい名前はないですかね?」

「あれ?私のは?ねぇ私のはダメ?」

 縋りつくようにして俺の肩を揺らすパーラを無視し、この場で一番決定権のあるユノーへと命名を委ねる。

「そうねぇ、ゴっちゃんはないとして、もうちょっといい名前を考えてあげないと。…フィー、フィーっていうのはどうだい?」

 少し悩み、提案されたのは意外と悪くない名前だ。
 女性の名前で愛称などに使われることの多いものだが、ユノーはこの幽霊から女性らしさでも感じ取っているようで、そういう名付けになったらしい。
 幽霊の方も、パーラのつけたゴっちゃんよりかは反応がよく、喜んでいるのが伝わってくる。

 こうして、幽霊改め、フィーがユノー達の家で使用人として雇われることになった。
 活動できるのが夜限定であるため、主な仕事は屋敷内の掃除と洗濯、夕食の支度と朝食の仕込みに限られる。
 ただ、それだけでも今のユノーには非常に助けとなり、子供が生まれるまでの生活が幾分か楽になるのが嬉しいそうだ。

 幽霊なので報酬はいらないとフィーが言うため、完全にただで使用人を雇っている形となるが、それでは忍びないと、ユノーが屋敷の一室をフィーのために与えようと言いだした。
 住み込みの使用人という扱いなら部屋を与えるのはおかしくないし、昼間は姿を見せられないなら休ませる部屋はあってもいいだろう。

 しかし、これもフィーは固辞する。
 なんでも、昼間は漂っているのが今じゃ落ち着くそうで、部屋は有難いが使うことはないので必要ないとのこと。

 報酬らしい報酬のいらない使用人がコンウェル達の所にいるとは、実に羨ましい。
 しかしこれでユノーの体の負担が減ることは素直に喜ばしい。

 しばらくすれば、俺とパーラはコンウェル達の所に行くことになるので、フィーがいてくれるのは心強い。
 全く心配ないとは言わないが、安心できる要素が増えたのはいいことだ。

 なお後日、俺達がいないときにシャミーがユノーの世話のために泊まり込んだ時に、フィーと対面して失禁するという出来事があるが、本人の名誉のためになかったことにされた。
 うっかり口を滑らしたフィーによってその事実を知った俺は、シャミーに同情するとともに、その気持ちがよく分かり、激しく親近感を覚えることとなった。





 四日後、俺とパーラは支援物資と応援で派遣される三十人強の冒険者と共に、朝焼けのフィンディを飛び立った。
 想定よりも出発が二日伸びた分だけ、物資も人手も多くなったのは心強い。

 コンウェル達の最新の状況は分からないが、四日程度なら物資もまだ余裕はあるし、整った陣地であれば防衛も問題はない。
 それでも、かなりのスピードで飛空艇を飛ばすのは、やはりあれだけの魔物の襲撃があったために、不安を覚えているからだ。

 その甲斐あって、前よりも短い時間でモーア村まで飛空艇は到着し、そこからコンウェル達のいる洞窟へと向かう。
 まだ離れてからそれほど時間は経っていないはずだが、遠目から分かる洞窟周辺の様子は大分違ったように見える。

 俺が突貫で作った堀の外側には、二十を超える天幕が並んでいて、多くの人が動き回っている様子が分かる。
 どうやら救援要請に応えたどこぞの領軍あたりだと思われるが、あまり数が多くないのは事態を軽く見ていたからか、あるいは取り急ぎ動かせる戦力だけを先行させたかのどちらだろうか。

 物資と人をまずおろすために、洞窟の傍に飛空艇を着陸させる。
 やってきたのが俺と気付いた人達が飛空艇の周りに集まると、その中にコンウェルの姿もあった。

 増員の冒険者とともに飛空艇を降りると、増派側のリーダーとコンウェルが握手を交わし合う。
 合流後はコンウェルから指揮を引き継いだこのリーダーが護衛の任に着くこととなるため、この後の避難民との顔合わせや打ち合わせなどの予定が簡単に決められた。

 貨物室を開放し、物資の積み下ろしを行う横で、俺とパーラはコンウェルにユノーの近況や伝言などを伝える。

「なんだ、俺抜きでそのフィー?ってのがユノーに会っちまったのかよ」

「正確には、私が遭遇して、それからユノーさんって順番だけどね」

「危惧していた、母体への影響もないようなので、安心してください」

 フィーがコンウェル達の家で使用人として働くことになったことは伝えたところ、それは別に構わないそうで、むしろユノーの負担が減るならと歓迎している。
 ユノーからコンウェルへ向けた伝言も伝え、こちらの用件は終わったとして、今度はコンウェルにこっちの状況を教えてもらう。
 具体的には、周囲にある天幕がどこの所属のものなのかということをだ。

「ありゃあコーヨル子爵んとこの騎士団だ。お前がいなくなってから二日ぐらいだったか?そんぐらいに救援でやってきたんだ」

 先に村の方へ行ったが、残したメッセージからこっちに来たそうだ。
 村の惨状を見てかなり気が立っていたが、洞窟にいる避難民を見て落ち着いたため、護衛のために天幕で拠点が作られたとのこと。

「やはりアンディ殿であったか!パーラ殿も!」

 俺を呼ぶ声が辺りに響き、見覚えのある人影がこちらへと歩いてきた。
 コーヨル子爵の騎士団という時点で予想していたが、やはりあの集団を率いていたのはプライアスだった。
 以前、ギルナテア族の村の救援にやってきた、チコニアにベタ惚れのあのプライアスだ。

 プライアスは隣までやってくると、バンバンと激しく俺の背中を叩いてくる。

「見覚えのある飛空艇であったからな。貴公らであろうとはふんでいたぞ」

「なんだ、お前ら知り合いだったのか?」

「ええ、まぁ」

 意外そうな顔のコンウェルにそう返すしかないが、正直、俺はプライアスとは顔を合わせずらかった。
 なにせ、前にチコニアがプライアスから逃げるのを、半ば脅されてとはいえ手助けしてしまったからな。
 あの時のことを追及されたら、俺はなんも言えねぇ。

「うむ。以前、ギルナテア族の村で顔を合わせていてな。その時は将来有望な魔術師だと唸ったが、それきりの縁と思ったものよ。だが、またしてもこのようなところで再会しようとは、世の中とは存外狭いものだ」

 しかし、プライアスの方はあの時のことなどまるでなかったかのような態度だ。
 もしかしたら俺だけが気にし過ぎなのか?

「知ってんなら紹介はいらないな。プライアスさん、後はあっちにいるやつが引き継ぐから、俺はここを離れる。後のことはよろしく頼む」

「任されよ。モーア村の生き残りは、必ず無事に領都まで送り届けよう。…出来れば、赤級であるコンウェル殿にも同道して欲しいのだがな」

「すまねぇな。俺はギルドの方に色々と報告しなきゃならん。心配せずとも、今日来た奴らはそれなりに出来る奴ばかりだ。護衛に不足はないはずだ」

 どうやら俺達が来るより前に、村人はコーヨル子爵領の領都へと連れていくことに決まっていたらしい。
 まぁこれだけの数の避難民なら、小さい町村だと受け入れは厳しいし、領都になるぐらいの街に連れていく方が色々と手っ取り早いだろう。

「そちらにも事情があるのならば仕方ない。短い間だったが、ご苦労であった。貴公らの働きに感謝する」

 そう言って、騎士としての礼を取るプライアスの目には、コンウェルに対する確かな敬意が見て取れる。
 彼らがここに着くまでの間、村人達を守っていたのはコンウェル達だ。
 そのことに対し、何の躊躇いもなく礼を示せるのは、プライアスが出来た人間であることに加え、心から感謝している証だ。

「…ところでアンディ殿、チコニア殿とは最近会っていないだろうか?例えば、今の活動拠点などは…」

「はい?」

 それまでの真剣な顔から一転して、頬を染めて視線を彷徨わせながらプライアスが尋ねてきたのは、チコニアに関してだった。
 思わず、魔の抜けた答えをしてしまったのは、先程の騎士然とした姿とはあまりにも変わったせいだ。

「いえ、俺はもう随分会ってませんけど。俺なんかより、コンウェルさんの方が知ってるんじゃないんですか?」

 助け舟を求めてではないが、この話題はコンウェルに振った方がいいだろう。

「残念だが、俺も知らん。プライアスさんにはもう言ったが、最後に会ったのは大分前だ。ギルドを通して手紙は何度か来たが、今どこにいるかまでは流石にな」

 一応パーラにも視線で尋ねるが、首を振られる。
 まぁずっと俺と一緒にいたわけだから、パーラも現在のチコニアを知る機会はなかっただろう。

 コンウェルには先に言われていたようだが、俺達もチコニアのことは知らないと分かり、露骨に落ち込む姿を見せた。
 プライアスはまだチコニアのことは諦めていないようだが、正直、チコニアの態度を知っている身としてはとっとと諦めて嫁を探したほうがいいと助言したい。

 とはいえ、ちょっとやそっとじゃ諦めきれないのが恋というもの。
 いや、嫌われてるってのはちょっとのことじゃないが、それは置いておこう。

 プライアスは騎士としての地位もあるし、人格も上等な部類に入るので、優良物件だと言える。
 チコニアの意思は大事だが、俺としてはチコニアの年齢を考えればそろそろ身を固めるべきだとも思うので、密かに応援させてもらうとしよう。
 当人同士にとっては余計なお世話だろうけど。

 そんなことを話していると、物資を降ろし終えたと報告が来た。
 物資と人員を降ろし、避難民達の護衛はプライアス達に引き継いだため、後はコンウェルと捜索隊の冒険者を乗せてフィンディに戻るだけだ。

 俺達は帰るだけだが、避難民達は旅の準備がある。
 今日明日に終わる準備ではないが、人手も物資も足りている今、領都までの道程は何とか乗り越えられるはずだ。

 ちなみに、この避難民たちを俺の飛空艇で領都まで送るという案は、プライアスとコンウェルから止められた。
 なんでも、避難民達には苦労を掛けるが、徒歩で領都まで行くことにより、役人達に苦労した感を印象付け、援助の申請をスムーズにする効果が見込めるそうだ。

 確かに、飛空艇よりは徒歩の方が同情を買いやすいので、ケツの重い役人を動かす材料にはなるかもしれない。
 しかし、騎士という一応行政側に立つはずのプライアスが、その手段を容認するのは大丈夫なのかとも思ったら、曰く―

『主に捧げた我が剣と信念は、民のために手を尽くすことと矛盾するものではない』

 とのこと。
 プライアス、マジ騎士。
 マジカッコいい。

 そういうことならと、俺達は心置きなくここを去るとしよう。
 飛空艇に乗りこみ、飛び立った俺達を、地上では村人やプライアスら騎士団の人間などが見送ってくれた。
 その多くが笑顔を浮かべており、あれだけの笑顔を俺達は守ったのだと、誇らしさが胸を満たしていく。

 どうしようもなく悲惨な事件ではあったが、決して少なくない命を救うことが出来たことは素直に喜べる。
 見送る瞳の多さを勲章として、俺達はフィンディへと戻っていった。
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