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外見で年齢を決めつけるのは命取り

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 魔物の襲撃を凌ぎ、洞窟で一夜を過ごした。
 夜が明けてから、生き残りの村人を飛空艇に収容し、モーア村へと戻ることになった。
 多くが女子供に老人と、スペースをあまり使わない体格が多いにもかかわらず、リビングは勿論、貨物室まで使ってギュウギュウ詰めでの移動となる。

 快適性が売りの俺の飛空艇ではあるが、窮屈な思いをさせているようだ。
 ただ、初めて飛空艇に乗る人は、空を飛ぶことに興奮している様子だったので、結果的によしとしたい。

 飛び立つ前から窓の前を取り合いをするほど、飛空艇での移動を楽しみにしているようだが、モーア村の今の姿を見たら、果たして彼らはどんな顔をするのか。
 それを想像すると、なんともやりきれない思いを抱く。

 人の足では何時間と掛かる距離だが、飛空艇だとあっという間で、結構遅めの朝に出発してまだ昼にすらならないうちにモーア村へと到着した。
 飛空艇から降りた村人達は、目の前に広がる惨状に言葉もなく立ち尽くす。

 冒険者組は既に見ていたが、村人達は自分の住んでいた場所がほぼ更地となっていることに、一体どれほどのショックを覚えているのか。
 不意に、どこかで泣き声が大きく上がった。
 まず大人が泣き崩れ、それを見た子供達も泣き出し、瞬く間に村人が泣く姿が周りに溢れるほどになってしまう。

 つい先日まで平和に暮らしていたのに、昨日は魔物の群れに追い回され、今日は自分の家すら失ったという現実を突き付けられたのだ。
 その悲しみのほどは俺が想像するよりもずっと深い。

 無事な家はひとつとしてなく、水場としていた井戸も壊れているようだ。
 近くに川はあるが、距離的に日常使いでは不便さがあるだけに、砂漠地帯で井戸がないモーア村は、この先再建は絶望的だろう。

 悲しみに暮れる村人を急かせる気にもならず、ひとまず手の空いている冒険者達で飛空艇に積んできた遺体を降ろしていく。
 やられた人間のほとんどは魔物の腹に納まったせいで、こうして連れて戻ってこれた数はそう多くないため、少ない人手でも作業はすぐに終わった。

 村人の遺体は村の墓場に弔うことに決まっているが、この様子じゃ墓場も無事とは思えない。
 一体どうするのかとは思うが、今それを村人に尋ねても答えは期待できないだろう。
 ひとまず天幕を張り、そこに遺体を並べておくが、この辺りの気候を考えれば、早いとこ扱いを決めないと傷んでしまう。
 誰でもいいが、立ち直った人に声を掛けるタイミングを待つしかない。

 しばらく待つと、ちらほらと立ち直った人達も見え始めたため、遺体を墓場へと運ぶことになったのだが、村の墓場とされている場所へと向かうと、予想通り、そこも魔物に踏み荒らされていた。
 元々あった墓石は悉くなぎ倒され、地面は掘り返されるとまではいかないが、かなり踏み荒らされたのがわかる。

 こうなってはどこに埋葬するかも迷ってしまうが、墓地のレイアウトを体感的に理解している老人達が埋める場所を指示してくれた。
 土魔術で地面を掘り返し、そこへ遺体を運び入れたら油を注いで火を点ける。
 アンデッド対策とはいえ、この光景はいつまで経っても慣れそうにない。

 村人の好意で冒険者達もここへ共に葬られる。
 自分達を守って死んだ人間ならば、村の一員として葬るのも誇らしいとのことだ。

 火が落ち着いたら土を掛け、墓石をその上に乗せる。
 墓石は適当な岩を他の魔術師が見繕ってくれて、俺の土魔術で軽く形を整えたものを据えた。

 墓を前に、村人達がしばし祈りの時間を過ごす。
 昨晩も別れは済ませただろうが、ここが最後の別れだ。

 それを少し離れ、俺達冒険者組は見守る。
 村がこんな状態で、外壁も無くなった今、周辺への警戒は欠かせないからだ。

「あの人達、今後どうするんですかね。何か聞いてますか?」

 何となく、隣にいるコンウェルに尋ねる。
 昨日は村長代行の老人と話し込んだコンウェルは、モーア村の住人の今後の身の振り方も聞いているかもしれない。

「ああ、昨日少しな。一応、村がこういう状況だってのはややぼかして伝えたが、それでもこの目で見るまではって感じだった。建て直せるならそうするし、無理なら他の街や村に移るそうだが…まぁ多分、移住することにだろう」

「そうですね」

 村が壊滅状態になり、逃避行の最中に住人の多くが死んだ。
 残ったのがほぼ女子供と老人という、稼ぎ頭と言える若い男性のいない集団となってしまった今、一から村を作りなおすというのは尋常なことではない。
 やはりコンウェルの言うように、どこかに身を寄せて生きていくのが一番現実的だろう。

「こういう時って、領主が生活の支援とかしてくれないんですかね」

 日本なんかだと、災害や事故などで母子だけが残された場合のセーフティネットは、ある程度整っていたが、この世界では果たしてどうなのか。

「普通はしないもんだが、今回は一気に人が死に過ぎた。申し出れば何かしらはしてくれるかもしれん。ギルド側も、スペストスほどの冒険者が死んだ事件ってことで、事を重く受け止めるだろうな。お前、緊急条項って知ってるか?」

「ええ、前にチコニアさんから教えてもらったことがありますけど」

「そうか。んじゃ詳しいのは省くが、緊急条項ってのは、何も冒険者だけを対象にするもんじゃなくてな。今回みたいな被害に遭った村の人達にも適用されて支援してもらえることがある」

 元々冒険者の財産が緊急時に消費されたものを補填する制度だったが、冒険者の中にはギルドに登録しているだけで、普段は一般人として生活している人間もいるため、いつからか制度の適用範囲が緩くなったのだそうだ。
 個人だろうが村単位だろうが、きちんと納税していれば制度は利用できるため、セーフティネットとしてある程度は機能しているようだ。

「身の振り方は自由だが、落ち着けるまでは何とかなるだろう。問題は、この後の俺達の行動だ」

 コンウェルが何を言いたいのかは、俺にも何となくわかる。

「俺達は元々、スペストス達の捜索で来てたわけだが、成り行きでここまで護衛を引き受けただけだ。この後どうするのかを話し合う必要がある」

 確かに、俺達の本来の仕事には、魔物の討伐も村人の護衛も含まれていない。
 あくまでも、魔物の大群による襲撃という緊急事態ということで、援護の手を出したに過ぎず、それも終わった今、俺達はギルドに報告に戻る必要がある。

 だが、今戦える人間がまるごといなくなるのは色々とまずい。
 最大の危機は去ったが、村を失った一般人を荒野に置いていくのは流石に躊躇われる。
 コンウェルはその辺りを話し合いたいというわけだ。

 早速冒険者達を集めて話をすると、多くがこのままギルドに戻ることの危険さを理解しており、ほぼ全員がここに残り、村人の護衛を続行することを申し出た。
 フレイの話だと、支援要請は周辺の領主達へ既にしてあるそうなので、援軍が到着するまでの間となるが、それでも正式な依頼でもないのにあっさりと護衛を引き受けたのは、やはり同業者が命懸けで守った村人だからだろうか。

 ただ、全員がこのまま残るわけではなく、誰かはフィンディまで諸々の報告をするため戻るべきとなり、俺とフレイがフィンディへ行くことになった。
 事態を一番理解しているフレイに、飛空艇を操縦できる俺という組み合わせが、一番最小で効率がいいとコンウェルが判断した。

 本当はコンウェルも戻りたがっていたが、一団のリーダーであるコンウェルが抜けるのはよろしくないので、泣く泣く居残り組となった。
 たった一日とはいえ、身重のカミさんから離れたのが不安らしく、よろしく頼むと妙に握力が籠った手で俺の肩を握ってきた。
 あっちにはパーラがいるから大丈夫だというのに、随分心配性な男だ。

 その後、村の代表ともコンウェルが話し、援軍が到着するまでの護衛は感謝と共に受け入れられた。
 しかし同時に、その間の住居についても問題となる。
 モーア村の跡に住むべきなのだろうが、ここは見事に何もない。
 こうしている今も、魔物なんかが襲ってこないとも限らず、防壁の一つもない場所では護衛もやり辛い。

「アンディ、お前の魔術で家とか作れないか?ほれ、いつかみたいによ」

 コンウェルが言っているのは、以前トレント変異種を討伐しに行った時に、移動中に利用した土の家のことだろう。
 あれなら寝起きするのにも使えるし、俺の魔力が続けば周囲に簡素な壁を作るぐらいはできる。

「難しいですね。この辺りは砂地ではないですが、粒子がかなり細かくて、固めるのが難しいんですよ。無理矢理形を作ったとして、ちょっとしたきっかけで崩れるかもしれない家で寝起きできますか?」

「無理だな。家がだめってことは、周りに堀を作るのも無理か?」

「掘るぐらいならなんとか。けど、その内崩れてきて埋まるでしょうね」

 粒子が細かいということは、形を整えるのは簡単でも維持するのが難しいということだ。
 魔力で押し固めて無理矢理コンクリート並みにすることも可能だが、つぎ込む魔力を考えると、一軒か二軒を作った時点で俺は失神することになるだろう。
 掘もまた同様だ。

「やっぱり家がないことには、支援を待つのも難しいか。天幕もあれしかないんだろ?」

「今出てる分で全部ですね。8張ってとこですか」

 元々の冒険者の持ち物に加え、飛空艇に積んでいた余剰分を加えての数だ。
 村人全員が寝泊りするには足りない。

「そういうことなら、洞窟まで戻るのも手か?あっちはそこそこ広いし、防衛もしやすい。水場が近くにないのは難点だが」

「いい案だと思いますよ。あの辺りの土質はここより大分ましですから、家を作ることはできますし。水は先に飛空艇で汲んできておけば、しばらくは大丈夫でしょう」

 洞窟の入り口を塞いだ時に土壁を生み出したが、その時の手応えから考えると、あそこなら土魔術で家を作るのには向いている。
 モーア村の周辺よりははるかにましだ。

 そんなわけで、早速村人達にそのことを伝え、洞窟へとまた戻ることにした。
 一応、援軍がやってきた時のために、村の跡地には洞窟にいることを伝える板を立てておく。
 これで合流もしやすいはずだ。

 最悪の場合、かなり長い期間を洞窟の方で過ごすことになりそうなので、村から持っていけるものは持っていくことにした。
 魔物に蹂躙されたとはいえ、何もかもが灰燼と化したわけではないので、瓦礫をどかしながら、使えそうなものを探していく。

 家によっては地下に貯蔵庫を備えたものもあるため、食料や毛布、衣類に生活道具といったものが集められていくなか、村長の住宅跡地でちょっとしたものが見つかる。
 村長宅には半地下のようになっている場所があり、俺がそこを漁っていると帳簿のようなものがあった。
 何の気なしに中を見ると、どこかの商人や貴族と取引をした記録だと分かる。

「ふぅむ…ん?……ちっ」

 読んでいく内に思わず舌打ちが漏れる。
 帳簿としてはちゃんとしたものなのだが、所々に不穏な記述を見つけてしまった。
 どうもこの帳簿は村長一家が長年に渡って行っていた不正の証拠らしい。

 家畜や魔道具などを村人に内緒で売り払い、その金で私腹を肥やしていたのがよく分かる辺り、ろくでもない村長ではあったようだ。

 その中でも、罪深いと思われるのは村の周囲を囲っていた外壁の補修工事にかける金をケチって、手抜き工事で半端に放置していたと思われる部分だ。
 あの魔物の群れの前ではちょっとやそっとの防壁で効果があったかは疑問だが、それでも万全な状態だったらもう少し違う状況もあったかもしれないと思うと、なんだかやりきれない思いにもなる。

 正直、面倒な物を見つけてしまったものだ。
 今の状態の村人達にこの不正の証拠を見せたところで、怒りの矛先である村長一家は全員が死んでいるため、感情の行き場を失ってヒステリー状態からのパニックへとコンボで移行する未来が想像できてしまう。

 仕方ない、これは今は黙っておいた方がいいだろう。
 ただ、事が事だけに、現在の代表代行の老人にだけは説明をして、帳簿を託しておくとしよう。
 落ち着いた頃にでも公表するかを話し合うといい。

 面倒な物も見つけたが、物資もある程度手にした俺達は、再び洞窟へと戻るために飛空艇へと乗り込んだ。
 村の惨状を目の当たりにしたせいで、朝の時と違って空気は大分重かった。
 飛空艇がその重さで墜落しそうだと錯覚するほどに。

 実際、持ち出す物資分だけ重量も増えたし、スペースも行きより大分キツキツではある。

 ただ、それでもあの場に留まる危険は理解しているため、村を離れることに異論が出ることはなかった。
 名残惜しそうに、何度も村の方を振り返っていたはいたが、その心境は察して余りある。

 洞窟へと戻ってくると、まずは土魔術で家を作る。
 お決まりで作り慣れているかまぼこ型のものだが、作るのは随分久しぶりだ。
 50話ぶりぐらいか?

 洞窟の入り口前を道に見立て、そこを挟むようにして十軒ほど作っていると、遠巻きに作業を見ていた村人と冒険者から感嘆の声が上がる。
 地面から家が生えてくるような光景が面白いようで、特に子供なんかはキラキラとした目を向けていた。

 家を作ったら、次は洞窟周辺を囲う塀も作っていく。
 これはさほど難しい作業じゃない。
 堀を作るのに下げた分の土を、囲う内側に盛り上げて土塀とするやり方が一番手っ取り早く、魔力消費も抑えられていい。

 昼を少し過ぎたぐらいには全ての作業も終わり、洞窟の周りにはちょっとした集落が形成されていた。
 ずっと暮らすには色々と粗はあるが、一時の宿木としてはそう悪くない出来だ。
 食料は村からかき集めた分に、足りなくなったら冒険者達が近くで何かしら狩ってくることになっている。
 水も近くの河から汲んだ分を樽に詰めておいたので、当分困るということはないだろう。

「んじゃこっちは俺達に任せて、お前らはしっかりと報告を頼むぞ。一応さっき渡した報告書と手紙である程度通じるとは思うが、特にフレイの話は重要になる」

「わかってます。スペストスさんのことも、ウチがちゃんと伝えます。冒険者の流儀っスからね」

 依頼で死んだ冒険者がいたとして、その最期を尋ねられたら嘘偽ることなく伝えるのは、共に戦って生き残った者の義務ではある。

 今回、スペストスの死因には色々と不幸なものはあるが、それでもあれだけの数の村人を守り抜いてここまで送り届けたのだ。
 何憚ることも無く、誇らしく語れるのはフレイにとっても救いだろう。

「アンディ、向こうに着いたらユノーにこっちのことを簡単に教えてやってくれ。しばらく戻れないってのも」

「ええ、伝えます。一応、三日後には一度ギルドで様子を聞いてから、迎えに来るかどうか判断しますので」

「おう、そん時はよろしくな」

 この集団を率いるのは代表代行だが、防衛の指揮はコンウェルが一切を受け持つことになっている。
 援軍が到着するまでの正確な日数は分からないが、それでも到着してすぐにこの場を離れるということは難しいだろう。
 引継ぎにかかる手間も考えると、三日四日は見ておいて、迎えに行くかどうかの判断を下すことにしよう。

 諸々の準備を終え、コンウェル達に見送られ、俺とフレイだけを乗せた飛空艇はフィンディを目指して飛び立つ。
 夕暮れまではまだ大分時間はあるが、フィンディに着くころには夜になっていることだろう。

 一応、冒険者ギルドは24時間開放されているが、夜間の利用は受付係の反応がよくないので、出来れば朝まで待ちたいところだ。
 だがスペストスの死は後回しにするべきではないので、着いたらすぐにギルドに駆け込むとしよう。
 報告にはフレイがいれば十分なので、俺は途中経過を報告したらユノーの所に戻らせてもらう。

 なにせ、コンウェルからプレッシャーと共に言伝を受け取ってしまっているのだ。
 妊婦をあまり心配させるべきではない。





「なるほど、よく分かった。二人共、ひとまずご苦労だったと言わせてくれ」

「いえ!とんでもないっス!」

「…どーも」

 ウルカティが報告書をテーブルの上へと戻しながら、労いの言葉を口にした。
 黒級であるフレイにとっては、ギルドマスターというのは雲の上の存在とも言えるため、緊張が多分に含んだ声音で返していたが、対して俺はテンション低く返すのが精いっぱいだ。

 現在、俺達はギルドマスターの執務室にあるソファでウルカティと対面し、直接報告をさせられている。
 本当なら受付に報告書を提出したら、後はフレイが職員に細かい説明をして、俺はさよならできたのだが、どういうわけかギルドマスターであるウルカティが直接報告を聞くという流れになったのだ。
 それだけならフレイが行くので十分なのだが、これまたどういうわけか、俺も連れて来いと職員に言伝てきた。

 赤級であるコンウェルが関わっている案件だから、ギルドマスターが直々にということなのだろうか?

 もう夜も遅いこともあって、さっさとユノーの所に戻りたかったのだが、ギルドマスターに言われては断ることはできない。
 そんなわけで、先程のローテンションな返事が俺の現在の心境のすべてだ。
 早く帰りたい、その一言に尽きる。

 大体、説明役ならフレイが適任で事足りるはずだろうに。
 疲れてるし、とっとと―

「疲れてるし、とっとと帰りたい。早く切り上げろよ。…と言いたいのだろう?」

「あへ?」

 つい間抜けな声を放ってしまったのは、まさに今、俺の内心を完全に読み上げた目の前の女への不気味さからだ。

 確かに俺は心の中でそう思っていたが、絶対に口に出してはいない。
 そう、絶対にだ。

 だというのに、一言一句違わず言い当てたウルカティに、つい得体の知れないものを見る目を向けてしまう。

 こいつ、まさか俺の心を!?

「図星かな?あぁ、言っておくが、別に私は心を読んだわけではないぞ。相手の考えてることが顔から分かるぐらいには、歳を重ねているだけさ」

「あ、そうですか…」

 悪戯が成功した悪ガキといった感じの顔で言うウルカティに、とりあえずそう返したが、正直疑わしい。
 経験則で相手の考えを読み取るというのは決して否定しないが、それでも的確過ぎるのには何かしらのからくりがあるのではないだろうか。

「疑り深いな」

 またしても俺の心境を読み取ったウルカティに、畏怖と疑念が強まる。
 大体、年齢を言うなら、ウルカティは見た目で言えばまだ大分若い。
 恐らく、コンウェルと同年代ぐらいだと推測する。
 それぐらいの年齢で積んだ経験で、あそこまで俺の考えを読み取れるとは到底思えない。

 気になったのなら聞くしかないな。
 俺の精神衛生上、それぐらいはハッキリさせておきたい。

「あの、失礼ですが年齢をお聞きしてもよろしいですか?」

「君は中々失礼な男だな…まぁいい。大方さっき私の言ってた歳を重ねているという言葉と、見た目が釣り合っていないと思っているのだろう?まぁ私も人よりは若く見られるからな。よく歳は聞かれるよ。…一応聞くが、何歳に見える?んん?」

 そう言って、俺とフレイを見るウルカティの目は、またしても悪戯の気配を孕んでいた。
 合コン気分かよ。
 この人、前に見た時はもうちょっと硬い雰囲気だったのだが、もしかしてこっちが素なのだろうか?

「えー…っと、見た感じでですけど、30歳ぐらいっスか?」

 遠慮がちに答えたフレイの見立ては、ほぼ俺と同じだ。
 外見から判断すると、大体それぐらいだと思われる。
 なので、ニヤニヤした顔で俺を見てきたウルカティに、フレイと同意見だと頷きを示した。

「残念、二人共不正解だ。ふふっ、こりゃまた若く見られたもんだ。そう見えるのなら嬉しいが、私はそれほど若くないよ。正解は……97歳だ」

『97!?』

 俺とフレイが揃って声を上げたも仕方のないことだ。
 なにせ、精々美魔女程度だと予測しても、4・50歳の辺りを頭のどこかで想像していたのに、本当はさらにその上を行く100手前だというのだから、驚きはより大きくもなる。

「あと3年で100歳じゃないスか!相当なババア―」

「あ」

 驚愕から失言を口走ったフレイに、何か目に見えないものが衝突した。
 それにより、一瞬で意識を失ったフレイがソファの背もたれへと身を預けて気を失った。
 辛うじて引き戻される影だけは目で追うことが出来、それにより今の一撃がウルカティの掌底だったということだけは分かる。

 白目をむいて口を半開きにするという、傍目には結構ヤバめに見える顔だが、ここにいるのが俺達だけなのが彼女の尊厳を守る。

「言っておくが、年齢に関することで侮辱すると、私は遠慮なく殴るからそのつもりでな」

「ちょ、殴ってから言わないでくださいよ。フレイさん、大丈夫ですか?」

 肩を揺すってみるが、目覚める気配のまったくないフレイに、よっぽど上手く昏倒させたと分かる。
 先程の一瞬の一撃は、俺の目でも追えないほどに素早かった。

 舐めていたというわけではないが、ヘスニルのギルドマスターであるローガンが特別だと思っていただけに、今見たウルカティの実力の一片により、ギルドマスターはどいつも化け物だという認識が俺の中では出来上がりつつあった。

「放っておけ。綺麗に顎を打ち抜いたから、しばらくは戻ってこないよ」

 シレっと言い放つウルカティには、申し訳なさや心配といった感情は感じられず、これは年齢で下手なことを言ったり弄りを入れたら俺も同じ目に合うかもしれないのかと、自然と唇が引き結ばれてしまう。
 超怖い。

 ちなみに、100歳に迫りながら見た目が若いのは、父親が鬼人族で母親がハーフリングという、ちょっと変わった生まれからだそうだ。
 鬼人族はエルフほどではないが、長命な種族だ。
 生れついての武闘派種族だけあって、戦闘可能な期間を長く維持するために、肉体が若さを長く保つよう進化したという、まるでサイ〇人のような特徴があり、その影響で、ウルカティもこの歳でこの若さを保っているらしい。

 体格が対照的な種族同士の子供であるため、サイズも見た目もちょうど中間の普人族とほぼ同じになっているのだろう。
 エルフ族ならこの年齢でこの見た目は珍しいことではないが、耳など外見に特徴がないウルカティが長命種だとは誰も思わず、初めて知った人の驚きを増大させているのかもしれない。

「さて、ちょうどフレイも眠っているようだし丁度いい。アンディ、君に追加で依頼を発注したい」

 よく言うよ。
 さも自分から眠ってしまったかのように。

「追加でですか。まぁ大体予想は着きますが。コンウェルさん達の所へ人か物資を送り届けろ、ってところですか?」

「話が早いのは有難いよ。その通り。人とモノ、両方を支援として向こうへ運んでもらいたい。これは飛空艇を個人で持っている君にしか頼めないことだ。報酬は弾む。是非引き受けてもらいたい」

 つい先ほどとは一転して、真剣な目を向けてくるウルカティ。
 コンウェル達の所には人も物資も足りているとは言い難いため、フレイの報告をちゃんと理解していれば増援は当然の措置だろう。

「勿論、引き受けましょう。俺も乗りかかった舟ですし、やれることは協力しますよ」

 報酬も弾むと言ってくれてるしな。
 アイリーンのところに置いてある巨大船の代金は、支払われるまではまだ当分先なので、今貰えるものは貰っておきたい。

「飛空艇だけに、乗りかかった舟か。上手いことを言う。ではそのようにこちらで処理しておく。人員と物資の手配に目途ができたら連絡する。宿はどこだ?」

 妙に感心されてしまったが、こっちの世界では乗りかかった舟という慣用句は使わないのか。
 なんだか俺のセンスみたいに思われて、ちょっぴり心苦しいな。

「あ、今はコンウェルさんの所に世話になってます。西区にある屋敷の」

「あぁ、それなら分かる。そうか、なら連絡はそっちに送ろう。大体二日程度はかかるはずだから、そのつもりで」

「分かりました」

 依頼を受けることが決まり、報告も済んだことでこの場は解散となるところなのだが、フレイが未だ目覚める気配もないため、少しの間ウルカティと談笑する時間となった。
 先程はギルドマスターということもあって、面倒な相手だと思っていたが、少し話してみると案外砕けた物言いもしやすく、そう悪くない話し相手だ。

「フレイなら他のパーティからも引き合いはあるだろうな。足が速いというのは、何をするにしても生かせる状況は多い。私の方からも、色んな方面に推薦できる人材だ」

「随分買ってますね。フレイさんとは顔見知りとかで?」

「おいおい、あまり私を舐めるんじゃあないよ。ギルドマスターとしての判断に私情を挟んだりはしないさ。足が速いというのは勿論だが、それ以外にも彼女には将来性を感じるんだ」

「それは、あの惨劇を生き残ったから、ですか?」

「ほう!君はやはり普通と違うな。君くらいの若いので、そこに気付くのはそういないのだがね。その通り、冒険者にとって、強さより何より、生き残ったという経験こそが大事なのだ。無数の依頼の達成よりも、死が迫る状況から生きて戻ったという経験は、どこまでも生きようとあがける大事な素養を育ててくれる」

 正直、あの魔物の群れは、黒級が遭遇するにしては天元を突破するレベルで危険な出来事だった。
 普通なら助かっていなかったフレイが、こうして正気でいられたのは偏に、スペストスの存在が大きい。
 死の間際まで指揮を執って、魔物を相手に一歩も引かずに戦った姿に鼓舞されて、フレイも戦い続けたのだ。

「ギルド側にとっては、いい冒険者の条件というのは依頼を達成することだが、それと同じくらい、無事に生きて戻ってこれる冒険者も大事なのだよ。今回の件で、フレイはいい冒険者に育つきっかけを得たはずだ。であるなら、将来有望な冒険者には多少の便宜は図っておくべきだろう?」

 いつだったか、とあるギルド職員が語ってくれたことがある。
『自分達は毎日、多くの冒険者を見送っているが、その全員が無事に帰ってくる日は一日とてない。そういう仕事だと分かってはいるが、生きて帰って来てくれればそれだけで嬉しいのだ』と。

 長く活動できる冒険者のもたらすギルドの利益と、個人としての無事に戻ってきてくれることの喜び、ギルド職員はそのどちらをも胸に秘めて日々職務に邁進しているのだろう。
 トップであるウルカティも、やはり冒険者には長く活動してもらいたいという思いは当然ある。
 そういうところで、フレイは有望株として見られるのも当然のことなのかもしれない。

「…流石ですね」

「ん?なんだい、急に」

「いえ、偉い人は大勢いる冒険者のことなんて、どこか軽く見てるって思ってたもので。言い方は悪いようですが、まるで消耗品のような」

「まぁ中にはそういう考えの者もいるだろうが、少なくとも私は思わんな」

「ええ。だから流石と言ったんですよ」

 現代日本では人を容易に切り捨て、摺り潰すことがままあったが、個人が積み重ねた経験や人間関係などは、完全には他者へと譲ることのできないものだ。
 偉い人はそれが分からず、まるで人間が勝手に地面から生えてくるかのように平気で使い捨てる。

 それは世界が変わってもあるにはあるが、ウルカティはそういう人間ではないらしく、ちゃんと人間の可能性を見ている。
 そういう人間に目を掛けられるとは、フレイも運がいい。
 あくまでも本人の努力次第だが、この先の冒険者としての活躍によっては、高みを目指せる最初のステップとなるかもしれない。

 ギルドマスターにいい意味で顔と名前を覚えられるというのは、そういうことだ。

 惜しむらくは、こういういい話をしている時に、当の本人は気絶していたことか。
 まぁだからこそ、ウルカティもここまではっきりと語れたのだろう。
 となれば、ここでの話は俺からフレイには言わないでおこう。

 その後、フレイの目が覚めたタイミングでこの場も解散となり、ギルド前でフレイと別れ、ようやく帰路につけた。
 フレイか起きるまでと思って話し込んでいたら、すっかり遅くなってしまった。

 この時間だと、身重のユノーは流石に眠っていそうなので、屋敷に着いたらコッソリと部屋に行くとしよう。
 コンウェルからの伝言は明日にした方がよさそうか。
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