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駆除より虫避けの方がいいとは言うけど結局殺虫スプレー使っちゃう
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SIDE:グロン
コンウェルとアンディが魔物の群れに突っ込んでいってどれぐらい経ったか。
空の隅に明るさがまだ残っていることから、まださほどではないとは思うが、目の前の光景を見つめるだけの俺は長い時間を体幹させられている。
正確な数は分からないが、300匹は超えるであろう大群に、たった二人で乗り込んでいくのには正気を疑ったが、流石は白級の魔術師といったところで、目に見えない何かを放って魔物の群れを左右へと退けて道を作り、あっさりと岩石群へと辿り着いてしまった。
その後どうしたのかは距離があり過ぎて分からないが、戦闘が行われていないことから無事に立て籠もることに成功したと見ている。
普通なら突入で死んだというのもあり得るが、なにせ片方は赤級の冒険者として名のしれているコンウェルだし、もう片方はドレイクモドキを一発で仕留めたという噂のある魔術師だ。
立て籠もりに失敗したとしても、抵抗もせずにやられるわけがない。
「グロン、全員集まったぞ。向こうの様子はどうだ?」
調査に散らばっていた冒険者達が集まり、揃って同じ方向へと目を向ける。
その先には魔物の群れがあり、息を呑む音が聞こえた。
「特に動きはない。さっき、コンウェルさんとアンディが突っ込んでいってから変化も無い。無事に向こうにたどり着いたようだ」
「おいおい、本当に二人だけで行ったのかよ」
あの時、コンウェル達が飛び出していくのを見送った俺達以外は、たったの二人だけで群れに飛び込んだことを疑わしく思っているようだ。
「ああ。風みたいにぶっ飛んでいったよ。特に交戦らしい交戦も無かったし、怪我もないだろう」
「交戦なし?なんでだ?」
不思議そうな顔をする男に、先程俺の見た光景を説明してやるが、今一つ理解できないようで、もう説明が面倒になってきたため、事実としてそうあったとだけ飲み込ませた。
「それで、向こうから合図があるんだって?どんなのだ?」
「いや、合図をするとだけしか言われていない。何せ細かく決めてる時間がなかったからな。ただ、あのコンウェルさんのことだ。派手なのをやるだろうさ。そうなったら、俺達も動くぞ。今の内に装備を確認しとけ」
何も言わなかったということは、合図で突入するのなら、それと分かればなんでもいいので、向こうで派手な動きがあったらそれが合図だと判断できる。
そうなった時、遠距離攻撃での支援が必要か。
「弓が使える奴は何人いる?」
「そう多くねぇ。まともに使えるのは3人ってとこだ」
集まってるやつらはそれなりに腕の立つ奴らばかりで、弓も使えないことはないが、本職には劣る。
弓自体も本人が持ち込んだ分だけなので、射手が3人から増えることはない。
「仕方ねぇ。投石も混ぜて遠距離攻撃の手を増やすか」
「そりゃいいが、剣を持って突っ込むのはだめなのか?」
「ダメッてことはないが、向こうにはコンウェルさんとアンディがいるんだぞ?俺らが下手に近付いたら巻き込まれるかもしれん」
「弓や投石がコンウェルさん達に当たる危険は?」
「赤級と凄腕の魔術師だ。俺らの攻撃で死ぬことはまずねぇ。一応気を付けとくってぐらいでいいだろ」
酷薄だと言うなかれ、あの二人に対する信頼だと思ってもらおう。
コンウェルなら遠距離攻撃は普通に撃ち落とすだろうし、アンディは魔術で自身を保護ぐらいはしているはず。
変に気にして、援護射撃を薄くしたくはない。
そうして待っていると、突然、辺りに轟音が響き渡る。
普通に暮らしていてはまず耳にすることのない、重量級の魔物が大岩にぶち当たったような途轍もない音だ。
「なんだ!」
「敵か!?」
「いや…多分こいつが合図だ」
直感ではあるが、この瞬間にこれだけでかい音が鳴るのは、偶然も全くないとは言えないが、監視していた方向から上がる土煙と、吹き飛んでいく魔物の一部から、コンウェル達による合図だと思えた。
轟音から少し遅れ、魔物の群れに明かりが灯る。
油でも撒いたのか、薄闇の中に炎が広がって魔物の姿を照らし出す。
とんでもない数の虫が犇めく光景には恐怖を覚えるが、今はやるべきことを優先しなくては。
「火だ!火が起きてるところの周りを狙って援護しろ!コンウェルさん達はあそこにいるはずだ!」
誰かが気付き、矢の狙いを指示する。
合図とともに起きた火だ。
あそこで戦っている人間がいると考え、その周辺へと矢を射かけるべきだろう。
すぐに俺達の背後から、弦が鳴らす音が聞こえ、闇を裂いて飛ぶ矢が虫達へと降り注ぐ。
3人だけの射手だが、一射で矢を複数本番えることで手数を増している。
命中精度は落ちるが、数が多く密集している群れの中へならそう問題ではない。
何本かは虫の甲殻で弾かれるが、それより多くの矢が敵を仕留めてもいるので、コンウェル達への援護は出来ているはずだ。
合わせて投石も行おうとしたが、次の瞬間、思わずその手が止まる。
俺だけじゃなく、他の人間の手も止めさせたのは、目の前で繰り広げられた魔術による破壊の光景であった。
ドンっという重い音と共に、魔物の群れの一角が吹き飛び、破片となった魔物の一部が天を舞う。
鈍器でもそうはならんだろというほど、魔物の部位が激しく散らばっていく。
「なんだなんだ新手の魔物か!?」
「いや、コンウェルさん達だろ!けどどんな攻撃だありゃ!?」
見たところ、10匹程度はまとめて吹っ飛ばされた感じから、魔術の使用を考えたが、一辺にあの数を吹っ飛ばすとはどんな魔術なのだろうか。
俺も冒険者としてやってきてそこそこ長く、魔術師の戦いというのも何度か見たことがある。
だがそれらと比べても、たった今魔物を弾け飛ばした魔術となると、高威力の火魔術ぐらいしか思い当たらず、だがそうだとしたら炎の明かりがコンウェル達の足元にある分だけというのが奇妙だ。
あれだけの規模の火魔術なら、もっと辺りを照らしていたはずだが、そうならなかったということは火魔術ではないということだ。
では一体何か…それを考えていると、再び視線の先で魔物が吹き飛ぶ。
今度も同じ数ぐらいが破片となって散らばる。
あの威力で連発も出来るのか。
アンディの魔術師としての実力を疑ってはいなかったが、それでもこれほどかと思わず息を呑む。
魔物相手に振るわれる力としては頼もしいが、もしあれが自分に向けられたとしたらと、こんな時でもつい考えてしまう。
それほどに、今、俺はあいつの魔術が恐ろしい。
「おいグロン。どうする?一応投石もやっとくか?」
隣にいた奴が俺にそう尋ねてくる。
「…そうだな。多少の支援にはなるか」
今のあいつらに必要かどうかは別として、何もしないわけにはいかない。
それに、今はコンウェル達に注意が行っているようだが、こちらにも多少は引き付けて負担を減らしてやるのは意味がある。
投石はあまり得意ではないが、あそこに剣で斬りこむよりはましだと自分を納得させて、手に持っていた石を握りこみ、まずは一番近い標的目がけて力を込めた投擲を行った。
SIDE:END
天道甲虫が障壁をぶち破る前に、土魔術で障壁へと干渉して外側へと弾けさせることで、石礫のショットガンを洞窟前に集まる虫共へと浴びせかける。
当然、一番前にいた天道甲虫は弾丸を他よりも多く浴びることになり、ミンチになってはじけ飛んでいった。
名前に甲虫と着くだけあって、防御力もかなりのものだそうだが、今放った一発一発は並の魔物が耐えられるものではないため、数多く食らったことで天道甲虫も石に食いちぎられるようにしてその身が欠けてしまった。
気温が下がっているおかげで、動きが緩慢な虫達には、石礫を避けられるほど機敏な動きは出来ないこともあり、初手でかなりの数にダメージを与えられたはずだ。
唯一、スペストスの盾に突き刺さるほどの硬度を持った棘部分はほぼ無傷だが、それ以外が激しく損傷しては生きてはいられまい。
「うひゃー!ど派手な魔術っスなー!」
たった今、洞窟の外へと向けて放った俺の一撃に、フレイが大声を上げる。
彼女には奥にいる村人の護衛を任せていたのだが、何故か今は俺のすぐ後ろで興奮状態だ。
邪魔にはなっていないからいいが、任せた以上は役割をきちんと果たしてほしいものだ。
「コンウェルさん、お願いします」
「おう、任せろ」
その場を譲るとコンウェルが一歩前へ出て、手にしていた小ぶりな壺を前方へと投擲した。
壺には煮炊き用の燃料がなみなみと入っており、地面に落ちることでそれが割れ、一緒に括り付けた火が付いた布から引火して辺りに火が広がっていく。
火は攻撃ではなく、あくまでも辺りを見やすくするために放ったものなのだが、虫相手には多少の効果はあるようで、群れの動きが一瞬鈍くなる。
そのタイミングで、可変籠手を砲形態へと変化させ、前方へ向けて衝撃波を最大出力で発射した。
相応に魔力を持っていかれたが、その甲斐あって衝撃波はかなりの規模となって襲い掛かり、俺達の目の前の空間が少しだけ片付いた。
そして、それに合わせて援護の矢が降り注ぐ。
誰が指揮をしたのか、うまい具合に火の辺りを避けて、その周りにいる魔物を狙ったのは実にいい判断だ。
そのタイミングでコンウェルも迎撃に加わる。
衝撃砲を撃つ俺の横をすり抜け、こちらに近寄っていた魔物へ飛び掛かり、頭から一刀両断で叩き切った。
あの堅そうな虫の甲殻を容易く切り裂いた腕には舌を巻く。
「やっぱ数が多いな。アンディ、何か一気に片付けられる魔術とかないか?」
あっという間に4匹を倒し、たった今切った魔物を蹴り飛ばしながら、辺りを見回したコンウェルがうんざりとした声を上げる。
じわじわと近寄ってくる魔物の数はまだまだ多く、一気に数を減らせるのを欲するのはわからんでもない。
「あるにはありますけど、この辺り一帯に影響がでますよ。下手すれば洞窟の崩落もあり得るかと」
俺が群れを誘引して、線状に固まったところにレールガンをバカスカと打ち込むというのもありだが、まだ連射できるほど魔力が回復していない現状、一番手っ取り早いのは洞窟を中心に一帯を土魔術で陥没させて魔物を埋めてしまうことだろう。
しかしそれをやると、この洞窟も陥没の影響を受けかねず、巻き込む範囲を意識しても中にいる村人達が生き埋めになる可能性もゼロではない。
「そりゃまずいな。仕方ない、地道に潰していくか」
「それがいいでしょうね。じゃあ俺は左側を担当します」
「なら俺は右だな」
俺は左の方へ向くと、足元の石礫を前方へと発射して、次々と虫を砕いていく。
貫通力は劣るが、打撃力はすこぶる高い土魔術による石弾は、足元に材料がいくらでも転がっていることもあって、こういう状況では非常に使い勝手がいい。
基本的に生物に対しては絶大な効果を発揮する電撃だが、この世界の虫型の魔物には直接的な効果が薄く、人を相手に使うレベルよりもずっと出力を上げてようやく倒せるほどだ。
巨大化したことで、虫の体における何かが電撃に耐えているのか、あるいはこのタイプの魔物としての特性なのかは分からないが、ただでさえ電撃は魔力の消費が重いのに、効果が薄いとなればあまり使いたくはない。
水魔術はいわずもがな。
近くに水源が無いので、今手元にある分を武器にするには少々心許ない。
消去法で選ばれた土魔術だが、魔力消費が比較的少ないおかげで連射が出来、魔物の殲滅スピードはかなりのものだ。
コンウェルも次々と処理しているようで、俺ほどではないがあちらも魔物の数はドンドン減っていっている。
時折、洞窟内へと向かおうとする魔物をけん制しつつ、戦い続けることしばらく。
一度だけ疲労が危険域に届きそうになったが、それを見計らったかのようにこちらまで駆けつけてくれた応援の冒険者達と協力しつつ、体感で20分ほどかけてようやく全ての魔物を排除することが出来た。
「よう…なんとかなったな」
ほぼ魔力が空になって座り込んでいる俺に、同じく疲労で膝を突くコンウェルがそう話しかけてくる。
「そうですね」
体力か魔力の違いはあれど、消耗度合いは似たようなもので、俺達は暫く休息が欲しい。
辺りが完全に暗闇となったこともあり、今日の所はこの洞窟で一晩を明かすと決まった。
一応、倒した魔物は素材として処理する必要がある為、他の冒険者と協力を申し出てくれた村人の手によって一か所にまとめておき、明るくなってから解体を行う。
危機が去ったことで洞窟にいる村人達も安堵の表情で喜んでいたが、今夜ひと晩をここで過ごすとなると、色々足りない物が出てくる。
食料や水なんかはが多少はあるが、十分とは言えない。
寝具に至っては、ほとんど着の身着のままで来た村人が持ってきているわけもなかった。
そこで、少し休んで動けるまでに回復した俺が飛空艇まで飛んで戻り、物資ごとここに戻ってくることにした。
「一人で行くのか?まだ疲れも残ってるだろ。何人か護衛に着けるぞ」
飛空艇に向かおうとしたところ、コンウェルが俺の身を案じてそう言ってくれた。
護衛とはいうが、戦力的なものというよりは、万が一の時に俺を担いで逃げるための人手だ。
戦闘能力では不安はないが、何せ今は疲れている。
疲労から何かしらの下手をこいてしまうことを考えた、いわば介助要因のようなものだろう。
「いえ、一人の方が機動力がありますから、サッと行って帰ってきますよ」
申し出は有難いが、ぞろぞろと人を連れて行くよりも噴射装置で一っ飛して、飛空艇でサクッと戻ってくる方が手っ取り早いのだ。
コンウェルの申し出を断り、早速噴射装置を吹かして空へと飛びあがる。
完全に夜となって星明りだけが頼りだが、何となく方向は覚えているので、飛空艇を泊めてある方へと移動する。
後ろの方から何やら騒ぐ声が聞こえるが、概ね俺が空を飛んだことを驚いているっぽいので、気にしないでおく。
飛空艇を動かし、再び洞窟の周りへと戻ってくると、適当に広い場所へと降ろす。
貨物室の扉を開放し、中にある物資の運び出しを行おうとしたところ、真っ先に駆け寄ってきたコンウェルに捕まってしまった。
「おいアンディ、さっきのあれなんだよ?お前、空飛べたのか。色々と非常識な奴だとは思ってたが、あんなこともできたのかよ」
小脇に抱え込まれながら言われたのは、やはり先程の光景についてだった。
ここまで一切見せていなかったため、いきなり俺が空を飛んでいったことが相当な驚きだったのだろう。
「俺をどう思ってるかを問い詰めたいところですが……飛べるのはこいつのおかげですよ」
腰に提げている噴射装置を軽く叩き、その存在をアピールする。
「…なんかの武器かと思ってたけど、空を飛ぶ魔道具だったのか。それはどこで拾ったんだ?」
「拾い物じゃないですよ。バイクの時と同じ職人に作ってもらいました」
「まじかよ!遺物の再利用じゃなくて、一から作ったってのか」
コンウェルがクレイルズを知っているかはともかく、人を空へと押し上げる夢の道具が古代文明産ではないことに衝撃を覚えているようだ。
「コンウェルさーん、ちょっといいっスかー」
「お?どうした、フレイ」
トコトコとやってきたフレイにそう返し、コンウェルが俺を解放する。
他の人達はとっくに貨物室から荷物を降ろし始めており、フレイはその作業を手伝わずにじゃれていた俺達を怒りにでも来たのだろうか。
もしそうなら、コンウェルが悪いので俺は全力で保身に走らせてもらおう。
「それがどうも毛布が足りてないみたいでして、もっとありませんか?」
「毛布が?…まぁ元々必要だと思って積んできたわけじゃないしなぁ。アンディ、どうだ?」
「持ってきたのは貨物室にある分が全部ですよ。一応、俺達が普段使ってる分もありますけど、それもあまり数の方は…」
冒険者達の持ち物の他に、たまたま何かの荷物として保管していた(というか、いつ積んだのか忘れていた)分を全て提供するつもりだが、元々の数が多くないため、村人全員に行き渡らない。
夜は冷え込むこの地方は、毛布無しで夜を過ごすのは厳しい。
何とかしてやりたいものだ。
「無いものは無いんだ、毛布は何人かで一枚を使わせるしかない。あとは、焚火を絶やさないようにして今夜を乗り越える」
寝具となる毛布はあまり数はないものの、幸いにしてというとどうかと思うが、生き残った村人の数があまり多くないこともあって、何人かで一枚を使うという形であれば、とりあえず間に合う。
幸い、洞窟内は熱を溜めやすく、換気も悪くない。
燃料用の薪と油は元々洞窟内にそこそこの備蓄があったため、夜通し火を点けていられると推測する。
火を絶やさずにいれば、問題なくひと晩を越えられるはずだ。
「コンウェルさん、一応飛空艇内は空調が利きますから、毛布が足りない人はそちらに移ってもらってもいいかもしれません。怪我人や老人、幼い子供とか」
「なるほど、いいかもしれん。フレイ、怪我人はどれぐらいいる?」
「10人ちょっとぐらいっス」
「アンディ、どうだ?」
コンウェルは、その人数から飛空艇にスペースが用意できるかを確認しているのだろう。
「問題ありません。流石に寝具はないので雑魚寝となりますけど、その分室温を上げれば大丈夫でしょう」
「よし。怪我人はそっちに移そう。あとは、適当に寒さに弱そうなのを選ぶとして…フレイ、お前に任せていいか?」
「了解っス、請け負いましょう。…あぁ、そうだ。コンウェルさん、村の代表がお礼を言いたいそうなんで、手の空いた時にでも会ってもらってもいいですか?」
「代表ってーと、村長か?」
「いえ、村長は洞窟に着く前に死んでまして、今は生き残りの老人が代行してます」
その時のことを思い出しているのか、フレイが悔し気な表情を浮かべる。
多分、村長はスペストス達が一時的に離脱したタイミングでやられたのだろう。
護衛の数が減ったのがその時なので、魔物の突出でも許したのかもしれない。
「そうか。なら今からでもいいか?」
「分かりました。じゃあ一緒に来てください。アンディさんもどうスか?」
俺達の代表はコンウェルなので、村の代表と会うのに俺がどうこうする必要はないのだが、フレイの目には俺もセットで連れて行きたいという思いを感じる。
魔物の群れに押し込まれていたフレイ達にとって、駆け付けた俺とコンウェルは正に救世主だったわけで、勿論ここにいる冒険者全員に感謝はしているだろうが、まずは俺とコンウェルをセットにして礼を言いたいという気持ちなのではなかろうか。
そのため、消極的に誘っているように聞こえるがその実、是非にと言わんばかりの目力がフレイにはある。
そこまで強く感謝を示そうとされては、無碍に出来る人間はそういない。
挨拶だけならと、ついていくのもいいだろう。
だが断る。
このアンディ、人との折衝を任せられる人間がいるなら、そいつに丸投げしても構わないという人間だ。
感謝の念は有難く貰うが、それは戦った全員で分かち合いたい。
なので、ここは丁重にお断りをして、俺は飛空艇に人を受け入れる準備を進めることにした。
貨物室は粗方荷物が運び出されて、スペースは多少あるがそれほど人は多くおけない。
やはりリビングスペースを使ってもらうのがいいだろうと、適当な布を敷いて寝床にする。
毛布替わりとするには薄手だが、硬い床に直で横になるよりはましだ。
一応、寝る前に軽く診断して、俺の手に負える程度なら、こっそり治療もしておこう。
さっき見た感じだと、外見から重傷者はいないと思うが、骨折などは目に見えないので、そこは応急手当てになるだろう。
飛空艇内の準備を終え、外へ出ると冒険者達が何やら話し合っているのに出くわした。
さほど深刻ではないが、困ってますと分かる程度には表情も曇っている。
今のこの状況で、防衛戦力である彼らがそういうとこを村人に見せるのはよくない。
一つ、話を聞いてみよう。
「どうも。なんかあったんですか?」
「おう、アンディか。なんかあったっていうか、ちょっと食料がな」
「食料が?足りないんですか?」
おかしいな。
潤沢とは言えないが、それなりの量はあったはずだ。
「いや、足りないことはない。ただ、持ってきたのって携帯食ばっかりだろ?腹空かせてるガキ共にあれだけじゃちょっとな」
確かに、冒険者が常備する携帯食はどれも味を捨ててるものばかりだ。
贅沢を言えない現状、それだけで腹を満たすのは仕方ないとはいえ、ひどい目に遭った人達を慰める意味でも、出来れば他の物を食べさせたいというのは、誰もが持つ思いだ。
「なんか他に食い物を用意してやりたいが、今からじゃ狩りもできないし」
もうすっかり陽が落ちている今、獲物を見つけるのは無理だし、魔物に襲われる危険も大きい。
この場を離れて護衛の戦力を減らすのもよろしくない。
しかしその選択肢を考えるほど、たったひと晩とはいえ食事情を安じるのは、それだけひどい目に遭った村人達のことを思っているという証拠だ。
「なるほど、そういうことなら何か食料を用意したいですね」
俺の方から冷蔵庫にある肉類を供出するのも手だが、全員に行き渡るほどの量はない。
分配の不公平さで揉める可能性を考えると、別の物を食料としたほうがよさそうだ。
そう考え、視線を巡らせるといいものに目が止まる。
「…ん?なんだ、いいのがあるじゃあないですか」
「いいの?なんかあるのか?」
「あれですよ」
俺がそう言って指差す先に冒険者達の視線が集まる。
そこには先程総出で片付けていた魔物の死体の山があった。
「………いやいやいや!お前、正気か!?あんなの誰が食うんだよ!」
「おや、こっちの人って虫は食べないんですか?」
「どっちの人のことを言ってんのか知らんが、普通は食わねぇだろ」
力いっぱい否定されたが、正気を疑われるのは慣れっこだ。
俺は結構普通に虫を食ってきてるが、そうそうまずい物じゃないことは知っている。
まぁ他に食うもんが無かったからというのもあるが。
ソーマルガの国民は食わず嫌いなだけではないだろうか?
「虫って意外といけますよ。試しにちょっと食べてみませんか?」
「いやいい。虫を食うぐらいなら携帯食の方を食うわ」
どうも虫食は今一つ受け入れられないようで、揃って強く反対をされてはそれ以上強く勧めることはできない。
この反応を見ると、他の村人達も似たような感じなのか、虫を調理して提供してもあまり喜ばれないのかもしれない。
食べてみれば意外とうまいのだが、残念だ。
今日の所は食料がどうにもならないとはっきりしたので、そのまま話は今夜の見張りのローテーションに移った。
と言っても、特に細かく決める必要はない。
洞窟という防衛に向いた拠点があり、万が一に逃げ込む飛空艇というシェルターもある。
ここにいる冒険者はどいつも腕の確かな者達ばかりで、この夜は大分安全に過ごせるだろう。
「ところで、洞窟の中にある遺体はどうしましょうか?」
ふと視線が洞窟に向いた俺は、スペストスを始めとした冒険者や村人の遺体をどうするのかが気になった。
ひと晩だけとはいえ、死体と一緒に過ごすのはどうなのかとも思ったが、流石に外に放り出すわけにはいかん。
村人にとって知り合いもいるだろうし、守る為に命を張った冒険者だ。
無碍には扱えない。
「あぁ、それならひと晩は洞窟に置いておくそうだ。明日以降、遺体を運び出すまでは、せめて安らかに眠らせてやろうって話らしい」
「村の連中にしたら、今夜を別れの時間にってとこだろうな。スペストスさん達の方も、一緒で構わないそうだ」
遺体となっているのは、当然だがどれも今回の魔物による被害者ばかりだ。
きちんと弔ってやりたいが、あれだけの魔物の行進では村が無事ということは考えられず、葬式が満足にできるかも不安を覚えているのだろう。
きっと村の被害も考えて、葬式に手間を掛けられない分、今夜を一緒に過ごして死後の魂を慰めたいと、そんなことを考えているのかもしれない。
俺はモーア村の人間ではないし、今回の襲撃で死んだ冒険者もスペストス以外は顔も名前も知らない者ばかりだ。
悲しみを共有するにはあまりにも縁は薄いが、それでも死者を悼む思いは同じはず。
鎮魂の意味を込めて、後で線香でもあげるとしよう。
コンウェルとアンディが魔物の群れに突っ込んでいってどれぐらい経ったか。
空の隅に明るさがまだ残っていることから、まださほどではないとは思うが、目の前の光景を見つめるだけの俺は長い時間を体幹させられている。
正確な数は分からないが、300匹は超えるであろう大群に、たった二人で乗り込んでいくのには正気を疑ったが、流石は白級の魔術師といったところで、目に見えない何かを放って魔物の群れを左右へと退けて道を作り、あっさりと岩石群へと辿り着いてしまった。
その後どうしたのかは距離があり過ぎて分からないが、戦闘が行われていないことから無事に立て籠もることに成功したと見ている。
普通なら突入で死んだというのもあり得るが、なにせ片方は赤級の冒険者として名のしれているコンウェルだし、もう片方はドレイクモドキを一発で仕留めたという噂のある魔術師だ。
立て籠もりに失敗したとしても、抵抗もせずにやられるわけがない。
「グロン、全員集まったぞ。向こうの様子はどうだ?」
調査に散らばっていた冒険者達が集まり、揃って同じ方向へと目を向ける。
その先には魔物の群れがあり、息を呑む音が聞こえた。
「特に動きはない。さっき、コンウェルさんとアンディが突っ込んでいってから変化も無い。無事に向こうにたどり着いたようだ」
「おいおい、本当に二人だけで行ったのかよ」
あの時、コンウェル達が飛び出していくのを見送った俺達以外は、たったの二人だけで群れに飛び込んだことを疑わしく思っているようだ。
「ああ。風みたいにぶっ飛んでいったよ。特に交戦らしい交戦も無かったし、怪我もないだろう」
「交戦なし?なんでだ?」
不思議そうな顔をする男に、先程俺の見た光景を説明してやるが、今一つ理解できないようで、もう説明が面倒になってきたため、事実としてそうあったとだけ飲み込ませた。
「それで、向こうから合図があるんだって?どんなのだ?」
「いや、合図をするとだけしか言われていない。何せ細かく決めてる時間がなかったからな。ただ、あのコンウェルさんのことだ。派手なのをやるだろうさ。そうなったら、俺達も動くぞ。今の内に装備を確認しとけ」
何も言わなかったということは、合図で突入するのなら、それと分かればなんでもいいので、向こうで派手な動きがあったらそれが合図だと判断できる。
そうなった時、遠距離攻撃での支援が必要か。
「弓が使える奴は何人いる?」
「そう多くねぇ。まともに使えるのは3人ってとこだ」
集まってるやつらはそれなりに腕の立つ奴らばかりで、弓も使えないことはないが、本職には劣る。
弓自体も本人が持ち込んだ分だけなので、射手が3人から増えることはない。
「仕方ねぇ。投石も混ぜて遠距離攻撃の手を増やすか」
「そりゃいいが、剣を持って突っ込むのはだめなのか?」
「ダメッてことはないが、向こうにはコンウェルさんとアンディがいるんだぞ?俺らが下手に近付いたら巻き込まれるかもしれん」
「弓や投石がコンウェルさん達に当たる危険は?」
「赤級と凄腕の魔術師だ。俺らの攻撃で死ぬことはまずねぇ。一応気を付けとくってぐらいでいいだろ」
酷薄だと言うなかれ、あの二人に対する信頼だと思ってもらおう。
コンウェルなら遠距離攻撃は普通に撃ち落とすだろうし、アンディは魔術で自身を保護ぐらいはしているはず。
変に気にして、援護射撃を薄くしたくはない。
そうして待っていると、突然、辺りに轟音が響き渡る。
普通に暮らしていてはまず耳にすることのない、重量級の魔物が大岩にぶち当たったような途轍もない音だ。
「なんだ!」
「敵か!?」
「いや…多分こいつが合図だ」
直感ではあるが、この瞬間にこれだけでかい音が鳴るのは、偶然も全くないとは言えないが、監視していた方向から上がる土煙と、吹き飛んでいく魔物の一部から、コンウェル達による合図だと思えた。
轟音から少し遅れ、魔物の群れに明かりが灯る。
油でも撒いたのか、薄闇の中に炎が広がって魔物の姿を照らし出す。
とんでもない数の虫が犇めく光景には恐怖を覚えるが、今はやるべきことを優先しなくては。
「火だ!火が起きてるところの周りを狙って援護しろ!コンウェルさん達はあそこにいるはずだ!」
誰かが気付き、矢の狙いを指示する。
合図とともに起きた火だ。
あそこで戦っている人間がいると考え、その周辺へと矢を射かけるべきだろう。
すぐに俺達の背後から、弦が鳴らす音が聞こえ、闇を裂いて飛ぶ矢が虫達へと降り注ぐ。
3人だけの射手だが、一射で矢を複数本番えることで手数を増している。
命中精度は落ちるが、数が多く密集している群れの中へならそう問題ではない。
何本かは虫の甲殻で弾かれるが、それより多くの矢が敵を仕留めてもいるので、コンウェル達への援護は出来ているはずだ。
合わせて投石も行おうとしたが、次の瞬間、思わずその手が止まる。
俺だけじゃなく、他の人間の手も止めさせたのは、目の前で繰り広げられた魔術による破壊の光景であった。
ドンっという重い音と共に、魔物の群れの一角が吹き飛び、破片となった魔物の一部が天を舞う。
鈍器でもそうはならんだろというほど、魔物の部位が激しく散らばっていく。
「なんだなんだ新手の魔物か!?」
「いや、コンウェルさん達だろ!けどどんな攻撃だありゃ!?」
見たところ、10匹程度はまとめて吹っ飛ばされた感じから、魔術の使用を考えたが、一辺にあの数を吹っ飛ばすとはどんな魔術なのだろうか。
俺も冒険者としてやってきてそこそこ長く、魔術師の戦いというのも何度か見たことがある。
だがそれらと比べても、たった今魔物を弾け飛ばした魔術となると、高威力の火魔術ぐらいしか思い当たらず、だがそうだとしたら炎の明かりがコンウェル達の足元にある分だけというのが奇妙だ。
あれだけの規模の火魔術なら、もっと辺りを照らしていたはずだが、そうならなかったということは火魔術ではないということだ。
では一体何か…それを考えていると、再び視線の先で魔物が吹き飛ぶ。
今度も同じ数ぐらいが破片となって散らばる。
あの威力で連発も出来るのか。
アンディの魔術師としての実力を疑ってはいなかったが、それでもこれほどかと思わず息を呑む。
魔物相手に振るわれる力としては頼もしいが、もしあれが自分に向けられたとしたらと、こんな時でもつい考えてしまう。
それほどに、今、俺はあいつの魔術が恐ろしい。
「おいグロン。どうする?一応投石もやっとくか?」
隣にいた奴が俺にそう尋ねてくる。
「…そうだな。多少の支援にはなるか」
今のあいつらに必要かどうかは別として、何もしないわけにはいかない。
それに、今はコンウェル達に注意が行っているようだが、こちらにも多少は引き付けて負担を減らしてやるのは意味がある。
投石はあまり得意ではないが、あそこに剣で斬りこむよりはましだと自分を納得させて、手に持っていた石を握りこみ、まずは一番近い標的目がけて力を込めた投擲を行った。
SIDE:END
天道甲虫が障壁をぶち破る前に、土魔術で障壁へと干渉して外側へと弾けさせることで、石礫のショットガンを洞窟前に集まる虫共へと浴びせかける。
当然、一番前にいた天道甲虫は弾丸を他よりも多く浴びることになり、ミンチになってはじけ飛んでいった。
名前に甲虫と着くだけあって、防御力もかなりのものだそうだが、今放った一発一発は並の魔物が耐えられるものではないため、数多く食らったことで天道甲虫も石に食いちぎられるようにしてその身が欠けてしまった。
気温が下がっているおかげで、動きが緩慢な虫達には、石礫を避けられるほど機敏な動きは出来ないこともあり、初手でかなりの数にダメージを与えられたはずだ。
唯一、スペストスの盾に突き刺さるほどの硬度を持った棘部分はほぼ無傷だが、それ以外が激しく損傷しては生きてはいられまい。
「うひゃー!ど派手な魔術っスなー!」
たった今、洞窟の外へと向けて放った俺の一撃に、フレイが大声を上げる。
彼女には奥にいる村人の護衛を任せていたのだが、何故か今は俺のすぐ後ろで興奮状態だ。
邪魔にはなっていないからいいが、任せた以上は役割をきちんと果たしてほしいものだ。
「コンウェルさん、お願いします」
「おう、任せろ」
その場を譲るとコンウェルが一歩前へ出て、手にしていた小ぶりな壺を前方へと投擲した。
壺には煮炊き用の燃料がなみなみと入っており、地面に落ちることでそれが割れ、一緒に括り付けた火が付いた布から引火して辺りに火が広がっていく。
火は攻撃ではなく、あくまでも辺りを見やすくするために放ったものなのだが、虫相手には多少の効果はあるようで、群れの動きが一瞬鈍くなる。
そのタイミングで、可変籠手を砲形態へと変化させ、前方へ向けて衝撃波を最大出力で発射した。
相応に魔力を持っていかれたが、その甲斐あって衝撃波はかなりの規模となって襲い掛かり、俺達の目の前の空間が少しだけ片付いた。
そして、それに合わせて援護の矢が降り注ぐ。
誰が指揮をしたのか、うまい具合に火の辺りを避けて、その周りにいる魔物を狙ったのは実にいい判断だ。
そのタイミングでコンウェルも迎撃に加わる。
衝撃砲を撃つ俺の横をすり抜け、こちらに近寄っていた魔物へ飛び掛かり、頭から一刀両断で叩き切った。
あの堅そうな虫の甲殻を容易く切り裂いた腕には舌を巻く。
「やっぱ数が多いな。アンディ、何か一気に片付けられる魔術とかないか?」
あっという間に4匹を倒し、たった今切った魔物を蹴り飛ばしながら、辺りを見回したコンウェルがうんざりとした声を上げる。
じわじわと近寄ってくる魔物の数はまだまだ多く、一気に数を減らせるのを欲するのはわからんでもない。
「あるにはありますけど、この辺り一帯に影響がでますよ。下手すれば洞窟の崩落もあり得るかと」
俺が群れを誘引して、線状に固まったところにレールガンをバカスカと打ち込むというのもありだが、まだ連射できるほど魔力が回復していない現状、一番手っ取り早いのは洞窟を中心に一帯を土魔術で陥没させて魔物を埋めてしまうことだろう。
しかしそれをやると、この洞窟も陥没の影響を受けかねず、巻き込む範囲を意識しても中にいる村人達が生き埋めになる可能性もゼロではない。
「そりゃまずいな。仕方ない、地道に潰していくか」
「それがいいでしょうね。じゃあ俺は左側を担当します」
「なら俺は右だな」
俺は左の方へ向くと、足元の石礫を前方へと発射して、次々と虫を砕いていく。
貫通力は劣るが、打撃力はすこぶる高い土魔術による石弾は、足元に材料がいくらでも転がっていることもあって、こういう状況では非常に使い勝手がいい。
基本的に生物に対しては絶大な効果を発揮する電撃だが、この世界の虫型の魔物には直接的な効果が薄く、人を相手に使うレベルよりもずっと出力を上げてようやく倒せるほどだ。
巨大化したことで、虫の体における何かが電撃に耐えているのか、あるいはこのタイプの魔物としての特性なのかは分からないが、ただでさえ電撃は魔力の消費が重いのに、効果が薄いとなればあまり使いたくはない。
水魔術はいわずもがな。
近くに水源が無いので、今手元にある分を武器にするには少々心許ない。
消去法で選ばれた土魔術だが、魔力消費が比較的少ないおかげで連射が出来、魔物の殲滅スピードはかなりのものだ。
コンウェルも次々と処理しているようで、俺ほどではないがあちらも魔物の数はドンドン減っていっている。
時折、洞窟内へと向かおうとする魔物をけん制しつつ、戦い続けることしばらく。
一度だけ疲労が危険域に届きそうになったが、それを見計らったかのようにこちらまで駆けつけてくれた応援の冒険者達と協力しつつ、体感で20分ほどかけてようやく全ての魔物を排除することが出来た。
「よう…なんとかなったな」
ほぼ魔力が空になって座り込んでいる俺に、同じく疲労で膝を突くコンウェルがそう話しかけてくる。
「そうですね」
体力か魔力の違いはあれど、消耗度合いは似たようなもので、俺達は暫く休息が欲しい。
辺りが完全に暗闇となったこともあり、今日の所はこの洞窟で一晩を明かすと決まった。
一応、倒した魔物は素材として処理する必要がある為、他の冒険者と協力を申し出てくれた村人の手によって一か所にまとめておき、明るくなってから解体を行う。
危機が去ったことで洞窟にいる村人達も安堵の表情で喜んでいたが、今夜ひと晩をここで過ごすとなると、色々足りない物が出てくる。
食料や水なんかはが多少はあるが、十分とは言えない。
寝具に至っては、ほとんど着の身着のままで来た村人が持ってきているわけもなかった。
そこで、少し休んで動けるまでに回復した俺が飛空艇まで飛んで戻り、物資ごとここに戻ってくることにした。
「一人で行くのか?まだ疲れも残ってるだろ。何人か護衛に着けるぞ」
飛空艇に向かおうとしたところ、コンウェルが俺の身を案じてそう言ってくれた。
護衛とはいうが、戦力的なものというよりは、万が一の時に俺を担いで逃げるための人手だ。
戦闘能力では不安はないが、何せ今は疲れている。
疲労から何かしらの下手をこいてしまうことを考えた、いわば介助要因のようなものだろう。
「いえ、一人の方が機動力がありますから、サッと行って帰ってきますよ」
申し出は有難いが、ぞろぞろと人を連れて行くよりも噴射装置で一っ飛して、飛空艇でサクッと戻ってくる方が手っ取り早いのだ。
コンウェルの申し出を断り、早速噴射装置を吹かして空へと飛びあがる。
完全に夜となって星明りだけが頼りだが、何となく方向は覚えているので、飛空艇を泊めてある方へと移動する。
後ろの方から何やら騒ぐ声が聞こえるが、概ね俺が空を飛んだことを驚いているっぽいので、気にしないでおく。
飛空艇を動かし、再び洞窟の周りへと戻ってくると、適当に広い場所へと降ろす。
貨物室の扉を開放し、中にある物資の運び出しを行おうとしたところ、真っ先に駆け寄ってきたコンウェルに捕まってしまった。
「おいアンディ、さっきのあれなんだよ?お前、空飛べたのか。色々と非常識な奴だとは思ってたが、あんなこともできたのかよ」
小脇に抱え込まれながら言われたのは、やはり先程の光景についてだった。
ここまで一切見せていなかったため、いきなり俺が空を飛んでいったことが相当な驚きだったのだろう。
「俺をどう思ってるかを問い詰めたいところですが……飛べるのはこいつのおかげですよ」
腰に提げている噴射装置を軽く叩き、その存在をアピールする。
「…なんかの武器かと思ってたけど、空を飛ぶ魔道具だったのか。それはどこで拾ったんだ?」
「拾い物じゃないですよ。バイクの時と同じ職人に作ってもらいました」
「まじかよ!遺物の再利用じゃなくて、一から作ったってのか」
コンウェルがクレイルズを知っているかはともかく、人を空へと押し上げる夢の道具が古代文明産ではないことに衝撃を覚えているようだ。
「コンウェルさーん、ちょっといいっスかー」
「お?どうした、フレイ」
トコトコとやってきたフレイにそう返し、コンウェルが俺を解放する。
他の人達はとっくに貨物室から荷物を降ろし始めており、フレイはその作業を手伝わずにじゃれていた俺達を怒りにでも来たのだろうか。
もしそうなら、コンウェルが悪いので俺は全力で保身に走らせてもらおう。
「それがどうも毛布が足りてないみたいでして、もっとありませんか?」
「毛布が?…まぁ元々必要だと思って積んできたわけじゃないしなぁ。アンディ、どうだ?」
「持ってきたのは貨物室にある分が全部ですよ。一応、俺達が普段使ってる分もありますけど、それもあまり数の方は…」
冒険者達の持ち物の他に、たまたま何かの荷物として保管していた(というか、いつ積んだのか忘れていた)分を全て提供するつもりだが、元々の数が多くないため、村人全員に行き渡らない。
夜は冷え込むこの地方は、毛布無しで夜を過ごすのは厳しい。
何とかしてやりたいものだ。
「無いものは無いんだ、毛布は何人かで一枚を使わせるしかない。あとは、焚火を絶やさないようにして今夜を乗り越える」
寝具となる毛布はあまり数はないものの、幸いにしてというとどうかと思うが、生き残った村人の数があまり多くないこともあって、何人かで一枚を使うという形であれば、とりあえず間に合う。
幸い、洞窟内は熱を溜めやすく、換気も悪くない。
燃料用の薪と油は元々洞窟内にそこそこの備蓄があったため、夜通し火を点けていられると推測する。
火を絶やさずにいれば、問題なくひと晩を越えられるはずだ。
「コンウェルさん、一応飛空艇内は空調が利きますから、毛布が足りない人はそちらに移ってもらってもいいかもしれません。怪我人や老人、幼い子供とか」
「なるほど、いいかもしれん。フレイ、怪我人はどれぐらいいる?」
「10人ちょっとぐらいっス」
「アンディ、どうだ?」
コンウェルは、その人数から飛空艇にスペースが用意できるかを確認しているのだろう。
「問題ありません。流石に寝具はないので雑魚寝となりますけど、その分室温を上げれば大丈夫でしょう」
「よし。怪我人はそっちに移そう。あとは、適当に寒さに弱そうなのを選ぶとして…フレイ、お前に任せていいか?」
「了解っス、請け負いましょう。…あぁ、そうだ。コンウェルさん、村の代表がお礼を言いたいそうなんで、手の空いた時にでも会ってもらってもいいですか?」
「代表ってーと、村長か?」
「いえ、村長は洞窟に着く前に死んでまして、今は生き残りの老人が代行してます」
その時のことを思い出しているのか、フレイが悔し気な表情を浮かべる。
多分、村長はスペストス達が一時的に離脱したタイミングでやられたのだろう。
護衛の数が減ったのがその時なので、魔物の突出でも許したのかもしれない。
「そうか。なら今からでもいいか?」
「分かりました。じゃあ一緒に来てください。アンディさんもどうスか?」
俺達の代表はコンウェルなので、村の代表と会うのに俺がどうこうする必要はないのだが、フレイの目には俺もセットで連れて行きたいという思いを感じる。
魔物の群れに押し込まれていたフレイ達にとって、駆け付けた俺とコンウェルは正に救世主だったわけで、勿論ここにいる冒険者全員に感謝はしているだろうが、まずは俺とコンウェルをセットにして礼を言いたいという気持ちなのではなかろうか。
そのため、消極的に誘っているように聞こえるがその実、是非にと言わんばかりの目力がフレイにはある。
そこまで強く感謝を示そうとされては、無碍に出来る人間はそういない。
挨拶だけならと、ついていくのもいいだろう。
だが断る。
このアンディ、人との折衝を任せられる人間がいるなら、そいつに丸投げしても構わないという人間だ。
感謝の念は有難く貰うが、それは戦った全員で分かち合いたい。
なので、ここは丁重にお断りをして、俺は飛空艇に人を受け入れる準備を進めることにした。
貨物室は粗方荷物が運び出されて、スペースは多少あるがそれほど人は多くおけない。
やはりリビングスペースを使ってもらうのがいいだろうと、適当な布を敷いて寝床にする。
毛布替わりとするには薄手だが、硬い床に直で横になるよりはましだ。
一応、寝る前に軽く診断して、俺の手に負える程度なら、こっそり治療もしておこう。
さっき見た感じだと、外見から重傷者はいないと思うが、骨折などは目に見えないので、そこは応急手当てになるだろう。
飛空艇内の準備を終え、外へ出ると冒険者達が何やら話し合っているのに出くわした。
さほど深刻ではないが、困ってますと分かる程度には表情も曇っている。
今のこの状況で、防衛戦力である彼らがそういうとこを村人に見せるのはよくない。
一つ、話を聞いてみよう。
「どうも。なんかあったんですか?」
「おう、アンディか。なんかあったっていうか、ちょっと食料がな」
「食料が?足りないんですか?」
おかしいな。
潤沢とは言えないが、それなりの量はあったはずだ。
「いや、足りないことはない。ただ、持ってきたのって携帯食ばっかりだろ?腹空かせてるガキ共にあれだけじゃちょっとな」
確かに、冒険者が常備する携帯食はどれも味を捨ててるものばかりだ。
贅沢を言えない現状、それだけで腹を満たすのは仕方ないとはいえ、ひどい目に遭った人達を慰める意味でも、出来れば他の物を食べさせたいというのは、誰もが持つ思いだ。
「なんか他に食い物を用意してやりたいが、今からじゃ狩りもできないし」
もうすっかり陽が落ちている今、獲物を見つけるのは無理だし、魔物に襲われる危険も大きい。
この場を離れて護衛の戦力を減らすのもよろしくない。
しかしその選択肢を考えるほど、たったひと晩とはいえ食事情を安じるのは、それだけひどい目に遭った村人達のことを思っているという証拠だ。
「なるほど、そういうことなら何か食料を用意したいですね」
俺の方から冷蔵庫にある肉類を供出するのも手だが、全員に行き渡るほどの量はない。
分配の不公平さで揉める可能性を考えると、別の物を食料としたほうがよさそうだ。
そう考え、視線を巡らせるといいものに目が止まる。
「…ん?なんだ、いいのがあるじゃあないですか」
「いいの?なんかあるのか?」
「あれですよ」
俺がそう言って指差す先に冒険者達の視線が集まる。
そこには先程総出で片付けていた魔物の死体の山があった。
「………いやいやいや!お前、正気か!?あんなの誰が食うんだよ!」
「おや、こっちの人って虫は食べないんですか?」
「どっちの人のことを言ってんのか知らんが、普通は食わねぇだろ」
力いっぱい否定されたが、正気を疑われるのは慣れっこだ。
俺は結構普通に虫を食ってきてるが、そうそうまずい物じゃないことは知っている。
まぁ他に食うもんが無かったからというのもあるが。
ソーマルガの国民は食わず嫌いなだけではないだろうか?
「虫って意外といけますよ。試しにちょっと食べてみませんか?」
「いやいい。虫を食うぐらいなら携帯食の方を食うわ」
どうも虫食は今一つ受け入れられないようで、揃って強く反対をされてはそれ以上強く勧めることはできない。
この反応を見ると、他の村人達も似たような感じなのか、虫を調理して提供してもあまり喜ばれないのかもしれない。
食べてみれば意外とうまいのだが、残念だ。
今日の所は食料がどうにもならないとはっきりしたので、そのまま話は今夜の見張りのローテーションに移った。
と言っても、特に細かく決める必要はない。
洞窟という防衛に向いた拠点があり、万が一に逃げ込む飛空艇というシェルターもある。
ここにいる冒険者はどいつも腕の確かな者達ばかりで、この夜は大分安全に過ごせるだろう。
「ところで、洞窟の中にある遺体はどうしましょうか?」
ふと視線が洞窟に向いた俺は、スペストスを始めとした冒険者や村人の遺体をどうするのかが気になった。
ひと晩だけとはいえ、死体と一緒に過ごすのはどうなのかとも思ったが、流石に外に放り出すわけにはいかん。
村人にとって知り合いもいるだろうし、守る為に命を張った冒険者だ。
無碍には扱えない。
「あぁ、それならひと晩は洞窟に置いておくそうだ。明日以降、遺体を運び出すまでは、せめて安らかに眠らせてやろうって話らしい」
「村の連中にしたら、今夜を別れの時間にってとこだろうな。スペストスさん達の方も、一緒で構わないそうだ」
遺体となっているのは、当然だがどれも今回の魔物による被害者ばかりだ。
きちんと弔ってやりたいが、あれだけの魔物の行進では村が無事ということは考えられず、葬式が満足にできるかも不安を覚えているのだろう。
きっと村の被害も考えて、葬式に手間を掛けられない分、今夜を一緒に過ごして死後の魂を慰めたいと、そんなことを考えているのかもしれない。
俺はモーア村の人間ではないし、今回の襲撃で死んだ冒険者もスペストス以外は顔も名前も知らない者ばかりだ。
悲しみを共有するにはあまりにも縁は薄いが、それでも死者を悼む思いは同じはず。
鎮魂の意味を込めて、後で線香でもあげるとしよう。
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