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見せてもらおうか、フィンディの新人の実力とやらを

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 朝食を終え、一息ついていてもパーラが一向に起きてこないので様子を見に行くと、ベッドの中で唸り声を上げていた。
 どうやら二日酔いのようで、当分ベッドから起き上がれそうにない。
 相変わらず、酒は好きだが弱いようだ。

 とりあえず水分を十分にとらせ、今日一日はユノーに面倒を見てもらうことになった。
 妊婦に任せるのはどうかと思ったが、問題ないと本人が言ったので頼むことにした
 仕事に出るコンウェルと一緒に屋敷を後にし、俺はその足で飛空艇の停泊所へと向かう。
 昨日は俺達の他に飛空艇が一隻あったが、今日来てみるとその姿はなかった。
 きっと昨日の内にここを発っているのだろう。

 発着場の役人へ停泊の延長を申請し、追加で銀貨を二枚支払う。
 用事はそれだけなのですぐに去ろうとしたら、どこかの貴族の私兵とやらに囲まれた。
 用件は飛空艇を譲れというものだったが、到底受け入れられないので、十人弱いた全員を殴り倒して気絶させた。

 どこそこの家の者だと名乗ってはいたが、思い出には残っていない。
 この手のいざこざはよくあることなのでね。

 非は明らかに大勢で一人を囲んだほうにあり、居合わせた停泊所の役人も、事が起きる前に呼んでいる衛兵に事情を説明してくれるそうなので、後は任せて俺はコンウェルのいるギルドへを足を向けた。

 実は朝食の席で、コンウェルの仕事ぶりを見学したいと頼んでいたのだ。
 何せ赤級の冒険者が指導する新人研修とあれば、色々と学べるものもあるだろう。
 本当はパーラも同行させるつもりだったが、二日酔いでダウンしているのではな。

 どこの土地でも冒険者の朝は早い。
 今は早朝とは到底言えない時間だが、フィンディほど大きい街だと、今ぐらいでもギルドは盛況だ。
 色んな人間が出入りするギルド内を通り抜け、受付窓口の男性にコンウェルの居場所を尋ねる。

「失礼ですが、どのようなご用件で?」

「見学です。今朝、コンウェルさんに頼んでました。あ、俺はアンディといいます」

「あぁ、あなたが。聞いてます。第六合議室にいますよ。よろしければ案内しましょうか?」

「第六…確か二階の?」

「はい」

「そこなら場所は分かりますから、大丈夫です」

 どうやら今は講習でもやっているようだ。
 合議室とはつまりは会議室のことだが、ギルドの二階にあることは分かる。
 ギルド内にある案内表示でそう書かれているからだ。

 階段を上って少し歩くと、両開きの大きい扉に書かれた文字で目当ての場所を見つけた。
 念のため少しだけ扉を開いて中の様子を窺うと、ちょっとした講堂ぐらいの広さがある室内では、幅広い年齢の人間が席に着いており、一番奥待った場所で立つコンウェルの説明を熱心に聞いていた。

 ざっとみて参加者は男だけの30人ほど。
 俺とパーラがアシャドルで新人研修を引き受けた時は8人だったことを考えると、参加者は多い方なのだろう。

 その様子はさながら学校のようだが、これは新人向けの研修なのであながち見当外れでもないだろう。
 年齢に幅があるのは、恐らく商人ギルドからも人が来ているせいだ。
 傭兵にしろ冒険者にしろ、ギルドを移籍すれば経験があろうと新人の扱いなので、希望すれば新人研修は受けられる。
 そのため、多少歳を食っている人間がここにいても不思議ではない。

「情報は何もギルドからだけじゃない。他の冒険者は勿論、商人や旅人からも手に入る。討伐にしろ採取にしろ、目当てのものを目指してどこへ向かえばいいのか、そしてどんな危険が潜んでいるのか。どんな情報でも手に入れることさえできれば、成功率は上がっていく。だから、この手の情報を軽視してる奴ほど、ほんとうにあっさり死ぬ」

 今は情報がいかに大事かを説明しているようで、コンウェルの語り口といい表情といい、ちゃんと教官らしい仕事をしているじゃあないか。

 生徒達も真剣に聞いてはいるが、一部は退屈そうにしており、その一部というのは大概若い人間だったりする。
 パッと見た印象でだが、そういった者は中々鼻っ柱が強そうで、机で座学よりも体を動かしたいというタイプなのだろう。

 流石に赤級を前にしてあからさまな態度は見せていないが、こうして俺が見ても分かるということは、コンウェルも分かってはいるはずだ。
 敢えて指摘せずに講習を続けているのは、何か考えがあるのか、もしくは気にするほどでもないということなのか。

 そんなことを思っていたら、コンウェルと目が合った。

「ん?……よし、少し早いが座学はこれぐらいにしよう。午後からは少し体を動かすぞ。各自、昼食を済ませたら、太陽が真上に来た頃には演習場へ集まるように。では一旦解散」

 一瞬何かを考え、そのすぐ後に何かを思いついたような表情を浮かべたコンウェルが午前の講習の終わりをつげ、それを受けて室内の人間がゾロゾロと出て行く。

 俺はその場から少し離れ、会議室から人がいなくなるのを待つ。
 いや、別にそんなことをする必要はないのだが、何となくだ。

「おう、意外と遅かったな」

 最後に出てきたコンウェルが俺に声を掛ける。

「ええ、どっかの貴族家の私兵に絡まれまして」

 主に遅れた理由はそれだが、実はあまり急いでギルドへ向かわなかったことも一因なのは内緒だ。

「貴族の?なんだ、お前なんかしたのか」

「飛空艇狙いですよ」

「あぁ、そっちか。まぁあれを欲しがる人間は多いからな。国の持ち物ならともかく、個人で所有するものだったら横取りもしたくなる」

 停泊所の役人あたりからでも聞きだしたのか、俺の飛空艇が巡察隊の所属じゃない以上、殺してでも奪い取ると考えるのは実に短絡的だ。
 もう少し深く探れば、ダンガ勲章のことも分かっただろうに。

 俺はやらないが、勲章持ちが国に申し出ればしっかりと調査がされるのだ。
 究明されれば処罰されるのがどちらかなど、考えるまでも無い。
 そこを拳一つで収めた俺は感謝されてもいいぐらいだ。
 ほんと、俺っていい奴。

「それにしても、なんでまたあんな覗くようなことしてたんだ?そのまま部屋に入ってくれてもよかったんだぞ」

「いや、学ぼうとしている人たちの邪魔はしたくなかっただけですよ」

「そうか?まぁ、全員が全員、真面目に話を聞いてたわけじゃあないが」

「やっぱり気付いてたんですか」

「お、そう言うってことはお前が見てもわかりやすかったか」

「かなり。真剣に聞いてる人もいましたけど、怒ったりしないんですね」

 赤級の教えは貴重で含蓄のあるものだが、それでも若い人間にしてみたら、これから冒険者として輝かしい活躍を思い描いているというのに、地味な座学にうんざりしていたのかもしれない。

 なら研修なんか受けるなよと思うだろうが、新人研修は強制ではないがゆえに、受けた場合と受けなかった場合ではギルドの心象が違うらしい。
 自発的に学ぼうという姿勢を見せることで、将来性を期待させるのにいい材料になるだろう。

 一応真面目に出席はするが本心ではさっさと終わって欲しいというのは、どの世界も講義を受ける人間の気持ちとしては、さほど変わりはしないものだ。

「ああいうのは若い内によくある。俺もそうだったよ。座って話を聞いてる時間が退屈で、そんなことしてるぐらいなら体を動かした方がましだってな」

「気持ちは分からなくはないですが。だから午後から演習場へ?」

「元からそういう予定だっただけだ。午前は座学、午後は実践を交えての体の動かし方を教えるってな。…で、だ。丁度いいからお前、午後の実習を手伝っちゃくれねぇか?謝礼は出すからよ」

「何が丁度いいんですか。俺は見学がしたいだけなんですけど」

「まぁそう言うなよ。どうせ暇だろ?先輩として手合わせの相手を務めてやれ。あいつらにとっちゃ、歳の近い格上相手の模擬戦ってのは貴重なんだ」

「いや、でも俺、今日見学だと思ったから装備は何も…」

「装備なら貸してやるって。適当な奴に用意させるから、受け取っておけ。んじゃそういうことだから、昼食を済ませたら演習場に来いよ。俺は準備があるから後でな」

 それだけ言って足早に立ち去っていくコンウェルに、制止の声を投げかける暇もなかった。
 急いでいるのか知らんが、せめてもう少し俺の声に耳を傾けてほしい。

 まぁやるけど。
 暇なのは確かだし、一応宿の世話にもなっている恩もある。

 それに、アシャドルでの経験もあるし、こっちの方での新人冒険者たちの実力を直接肌で知るいい機会だ。
 惜しむらくは装備がレンタル頼りになる点だが、まぁこれでも白級ではあるので、装備を言い訳にしない戦いぐらいはしてみせよう。





 昼下がりのギルドの演習場に研修の参加者が集まる中、コンウェルと並んで立つ俺に多くの意識が集まっている。
 特に悪感情はないようだが、訝しむ目が多いのは仕方のないことだ。
 なにせ、午前には見かけなかった人物がいきなり教官の隣に立っているわけだしな。

「よーし、全員揃ったな。午後の実践演習に入る前に、今回、特別に手伝ってもらう人間を用意した。さっきから気になってただろうが、俺の隣にいるこいつがそうだ。アンディ、自己紹介してくれ」

「あ、はい。えー、どうも初めまして。俺はアンディって言います。コンウェルさんとはそこそこ付き合いがありまして、その縁で今回手伝いを頼まれました」

 とりあえず、第一印象を大事にということで丁寧な口調で話したが、俺の態度を見て侮るような視線を向けてくる人間がチラホラ。
 それに加え、俺が身に着けているのが明らかにギルドからのレンタル品である粗末な物だというのも利いているようだ。

「あくまでも今日だけの参加となりますので、模擬戦なんかはお手柔らかに。あと、俺は白1級です」

 弱腰ともいえる言葉で更に侮り出した面々だったが、最後の白1級という言葉でその表情が見事に固まった。

 ここにいる人間はほとんどが黒級ばかりだ。
 そんな人間を相手に狙ってやったことだが、格下と見ていた相手が実は自分達よりも上だと知ってさぞ驚いたことだろう。

 挑戦的に見ていた視線の多くは消え去ったが、それでも睨むような眼を向ける者はまだいる。
 あのコンウェルの講義の最中、つまらなそうにしていた若い男達だ。
 ランクよりも、俺の年齢からそういった感情が先行しているようで、こういうタイプは力を見せないと態度は改まらない。

「まぁ見ての通り、こいつはまだ若いが、この歳で白1級に届いているということは、相応に実力もあるってことだ。ざっと見て、この中でこいつといい勝負ができそうなのは……一人、二人ってとこか」

 そう言ってコンウェルは居並ぶ人間を見渡し、何人かに視線を止める。
 その中にいる年嵩の人間で、雰囲気的にもできると思われるのが、先の二人なのだろう。

「ただ、俺の言葉だけじゃ信じられねぇってのもいるだろう。だから、希望者はこのアンディと模擬戦をさせてやる。本当は俺が相手してやる予定だったが、いい機会だ。本当の強者との闘いってのを経験しておけ」

 コンウェルが受講者を挑発するようなことを言い、そのせいで俺を見る目がまた厳しくなる。
 正直、俺が印象を良くしようとした努力を潰すなと言いたい。

 しかし、それでこの場の空気が動き出し、すぐに俺と希望者による模擬戦が組まれることとなった。
 希望者は6人でいずれも若く、先程のコンウェルの言葉から、俺に挑むような目を向けている者ばかりだ。

 まず最初に進み出てきたのは、先程の座学でも見かけた、座学に対して興味の薄かったあの若者だった。

「まずは名乗らせてもらうぜ。俺はケスラ、黒4級だ。白級の強さって奴を見せてくれよ!」

 ケスラと名乗った青年だが、歳は恐らく20もいっていないはず。
 自分の実力に自信を持っている人間特有の、不敵な笑みと獰猛な目を見せるが、実際の強さと果たしてどれだけ比例しているのか見ものである。

 模擬戦は武器こそ刃引きのされた訓練用の物を使うが、防具は自前で構わないため、ほとんどが普段使っている物を身に着けている。
 そこから分かる実戦経験のなさは、目の前のケスラにも当てはまる。

 使い込まれておらず、実用性に乏しい装飾も見て取れ、明らかに見た目だけで買ったものといった感じだ。
 武器は俺と同じような長剣を手にしているが、正直、防具の重さを考えると盾も持つべきだろう。

 コンウェルからはなるべく魔術を使わないで相手してほしいと言われているが、この感じだともとよりその必要はなさそうだ。

「では両者、準備はいいな?…始め!」

 俺とケスラが見合い、コンウェルの合図で模擬戦が始まった。








 SIDE:コンウェル



「始め!」

 俺の言葉で、まず最初に反応したのはケスラだ。

 勝気な性格だとは分かっていただけに、先手を取ろうと突っ込んでいくのは予想通りだ。
 昨日の講習が始まる前の自己紹介では、剣でゴブリン3匹を一度に狩ったことがあると言っていたし、剣の腕に自信があるのだろう。

 とはいえ、あれではダメだな。
 上段に構えてアンディ目掛けて一気に振り下ろした威力は悪くないが、型も何もないそれは隙だらけ。
 どこかで剣術を学んだというわけではなく、膂力に任せて剣を振るうだけでは、この先やっていくのは難しい。

 当然、あんな分かりやすい攻撃をアンディが食らうはずも無く、少し横にズレるだけであっさりと避けられてしまう。
 すぐに自分の剣が避けられたのを警戒して、その場を離れようとするケスラの判断は正解だ。

 だが相手はあのアンディだ。
 その判断もほんの少しだけ遅い。

 飛び退ろうとしたケスラの動きに合わせ、アンディが手にしていた剣を投擲したのだ。
 大胆な判断だが、意表を突かれたケスラは大袈裟にそれを避けて体勢を崩してしまう。

 多少実戦経験があれば、その状態でも武器をすぐ振れるようにするものだが、ケスラはその経験のなさが災いし、剣を杖にして体を支えてしまった。

 こうなってはもうだめだ。

 一気に距離を詰めていたアンディがケスラの剣を足で払うようにして弾き、その剣に体重をかけていたケスラは地面に倒れこんでしまう。
 そして、そこに合わせてアンディの蹴りがケスラの顎を襲い、ガチンという歯を激しく打ち合わせた音を鳴らせてケスラの意識は奪われた。

「そこまで!……誰か、ケスラを日陰に連れて行ってやれ」

 誰の目に見ても勝敗は明らかで、ぐったりとした体を他の参加者に抱えられて、ケスラが演習場の隅へと連れていかれた。
 目が覚めるまでしばらくは休ませておこう。

 本当なら、一戦ごとに講評をするつもりだったが、一人目から速攻で気絶させられてしまったので予定が狂ってしまった。
 早すぎる決着で時間が余っているのだ。
 仕方ないので、このまま模擬戦を続けて、全部終わったら講評に入るとしよう。

「んじゃ次は…ヒルマン、お前だ」

 ケスラの次は、ヒルマンという少し歳のいった男。
 このヒルマンは元傭兵という経歴を持っている新人冒険者だ。

 歳は20と半ばを過ぎたほどと、まだまだ現役真っ盛りで、先日まで護衛依頼を順調にこなしていたらしい。
 この年齢で傭兵から冒険者に職を変えるのは珍しいが、まったく無いことでも無い。

 事前に聞いた情報だと、特に商人ギルドの方で揉めたということはないようなので、追い出されたという形ではないだろう。
 傭兵という仕事に何かしら思う所があっての転職か。

 そんなヒルマンだが、ケスラと違い、油断している気配は微塵もない。
 これは経験の差もあるが、それ以上に、先程の戦いからアンディの実力をある程度読み取ったからだな。

 ケスラを気絶させるまでの一連の動きは、目で追えないほど素早いものでも、特別な技術が使われたものでもない。
 俺から見ても、さっきのアンディの動きは、実に効率的で無駄のない物だった。
 しかし、ごく普通の動きだったからこそ、そこに秘められた実力の高さというのは、奴にも十分読み取れた。

 その警戒心からケスラのように突っ込んでいくようなことはせず、ヒルマンは手にしている剣をアンディに向けつつ、ジリジリと足を摺り寄せながらその距離を詰めていく。
 時折、左右に体を傾けるのは、アンディからの攻め手を誘ってからの逆撃を狙っているのだろう。

 対して、アンディはその場から動かず、剣先だけはヒルマンを追うようにして角度を変えている。
 こちらも先程のケスラとは違い、ヒルマンへの警戒度はずっと高い。

 当然か。
 実戦を経験しているヒルマンは、その立ち姿からして無駄がない。
 重心の位置、視線の配り方、動きの起こりに虚実を混ぜるなど、明らかに人間との戦いに慣れた動きは、無警戒に距離を詰めるのが怖いものだ。

 恐らく、今のアンディはあと二歩、近付かれるまで待とうと考えているに違いない。
 多少体はデカくなった分を加味しても、あいつの攻撃範囲は大体分かる。

 正直、普段のアンディであれば、対峙している時点で魔術を使って勝負をつけている。
 まぁそれじゃあ模擬戦にならないから、魔術は使わないようにと言っておいたのだが。

 あと一歩半、近付くとアンディが仕掛けると思った瞬間、ヒルマンの手元がブレるようにして伸ばされた。

「うぉ!伸びっ!?」

 アンディの上げたその声は、この場の全員を代弁したものだ。
 まだ彼我の距離には余裕はあったはずだが、ヒルマンの剣はそれをまるで無かったかのように縮め、鋭い突きがアンディの腹のあたりへ向かう。

「ちぃっ!」

 しかしアンディもさるもので、意表を突かれながらも手首を返した払いで何とかヒルマンの突きを弾くことに成功する。
 ヒルマンにとっては必殺の一撃だったようで、防がれたことに大きな舌打ちが飛び出す。

 防がれたことにヒルマンが驚くとともに、防いだ方のアンディも先程の攻撃での驚愕がまだ残っている。
 それはそうだろう。
 あの一瞬、ヒルマンは距離の差を特殊で純粋な技術によって縮めたのだ。

 今のヒルマンの攻撃、あれは『腕這うではい』だ。
 どっかの流派だかが編み出した技で、確か肩から手首までの関節を硬直と弛緩で瞬時に稼働させて、どんな態勢からでも爆発的に腕を伸ばせるという技術だ。

 これにより、突きの威力が高まるだけでなく、対峙している人間はまるで腕が伸びたような錯覚を覚え、距離を誤認してやられるという、非常に有用な技として一時期大いに流行ったが、今では使う人間を見かけなくなった。
 単純に習得の難しさもあるが、それ以上に使い手の腕にかかる負担が大きいのも廃れた理由だ。

 最近ではめっきり見なくなった技だが、まだ使い手がいたことと、あの若さで習得しているのには素直に驚く。

 久々に面白いものを見れたが、初手でアンディを倒せなかったのはまずいな。
 一度見た技にはすぐに対策を立ててしまうのが、アンディという男だ。

 再び腕這いを狙ってか、腕引きに剣を構えようとしたヒルマンだったが、それをさせるよりも早くアンディが動く。
 既にアンディはヒルマンの懐へ潜りこもうとしている。
 迎え撃とうと、無理な姿勢から刺突を繰り出したヒルマンだが、速度も威力も不十分なそれをアンディはギリギリで躱して肉薄した。

 この時点で勝負ありといってもよかったが、アンディを知らない人間が多いこの場でそれは流石に早いと判断した。
 まだやれたと思われて、審判の判断に不満を持たれては手合わせの意味がない。
 明確に負けとわかるところまでやらせたほうだいいだろう。

 アンディは伸びきっていたヒルマンの腕を掴み、そのまま腕を内側に巻き込むようにして地面へと倒れこむ。
 予想もしていなかった方向への力に膝を抜かれ、共に地面に倒れこんだヒルマンだったが、そこから立ち上がることはできなかった。

 なぜなら、まるで蛇のようにヒルマンの腕と肩、腹へと手足を巻き付かせたアンディによって完全に動きを封じられてしまったからだ。
 なんとも器用な…。

 一連の動きもさることながら、初めて見るこの拘束技も見事なものだ。
 肩を地面に押し付けられているせいで、腕の動きがかなり制限され、そこからの反撃はかなり難しい。
 まぁ俺は出来るが、こいつらではな。

 これを抜けだすのは至難の業。
 おまけにこの状態からでもアンディなら膝を使って首を締め上げられるので、もうこれは決まったと言っていいだろう。

「それまで!」

 そう声を掛けると、アンディは力を拘束を解いて立ち上がり、ヒルマンへと手を貸す。
 その手を取ると立ち上がって握手を交わし、ヒルマンが下がっていった。
 先程のケスラの時は気絶したから見られなかったが、こうして互いへの敬意を示す姿は実に健全だ。

 そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので。
 模擬戦ってのはどこか無慈悲で孤独で…報われてなきゃいけないんだ。
 だから、終わった時の光景ってのはこうでなくてはな。





 その後も模擬戦は続き、予定していた6人以外にも飛び入りで3人追加されたが全てをアンディが叩き伏せ、無事にアンディの力を示すことは出来たようだ。

「おつかれさん。この後は今の模擬戦の講評をするだけだから、そっちの日陰で休んでてもいいぞ」

 最後の一人との模擬戦を終え、一息ついているアンディに声を掛ける。

「いえ、さほど疲れてないのでご心配なく」

 借り物の装備で動きやすさは犠牲になっているが、それでもあまり疲れた様子が見られないのは、それだけ相手との実力が離れている証拠だ。

 正直、魔術抜きでここまでやれるアンディは、戦闘能力だけなら白級をとっくに超えている。
 もちろん、赤級にはこいつを超える化け物みたいな強いやつはいるが、アンディはあくまでも魔術師だ。
 今でさえ新人達を圧倒して見せたのに、実際はその実力の半分も見せていないのだとすれば、彼らの自信を砕いてしまいかねない。

 となれば、ここではアンディが魔術師だということは伏せておこう。
 いずれ自分達でアンディのことを知った時に、改めて気持ちの整理をしてもらいたい。

「よーし、そろそろ模擬戦の講評をするぞ。ケスラ、もう大丈夫か?」

「…うっす。問題ねぇっす」

 気絶させられて、つい先ほど目を覚ましたケスラに声を掛ける。
 顎をさすりながらムスっとはしているが、特に大きい怪我などはないようだ。
 まぁあれだけ威勢よく斬りかかったのに、あっさりと気絶させられてきまりも悪いのだろう。

「んじゃ順番に話してくぞ。まずはケスラ。お前は言わなくても分かるだろうが、相手を舐め過ぎだ。自信があるのはいいが、無警戒に斬りかかるだけじゃその内痛い目を見るぞ。とはいえ、お前のその腕力はいい武器になる。警戒心を鍛えるとともに、何か決め手となる技術を学ぶのもいいだろう」

 俺の言葉に思う所があるようで、返事をすることなく考え込んだケスラ。
 恐らく、自分に必要な物を今頭の中で整理しているのだろう。
 自分の弱点と強みを自覚し、すぐさま取るべき道を想像できるあたり、ケスラはまだまだ伸びしろがある。
 今は悩んで、答えが出ないようなら後で俺が何か言おう。

「次はヒルマン。お前に関しては…特に言うことはないな。最初から油断なく臨んだのは、実戦経験がなせる業だな。元傭兵としてやってこれた経験を十全に生かせば、冒険者としてもやっていけるはずだ」

「しかし教官殿、そうは言うが俺はアンディ…さんに負けたんだ。どうすれば勝てたのかご教授願いたい」

「ふむ、まぁこればっかりは相性が悪かったとしか言えない。お前、あの腕這いは覚えてまだそう経ってないだろ?」

「ああ。二年ほど前に習い始めて、少し前にようやく実戦に生かせると判断した」

「二年で習得できたのは十分凄いな。確かに腕這いは強力だが、大事なのは相手との距離を取ることだ。自分の懐に踏み入れさせず、常に刺突を繰り出せる位置取りを心掛けろ。極近距離での戦闘に長けた相手じゃなけりゃ、それでやっていけるだろう」

 合わせて、負担のかかる腕を鍛えることも必要だが、それは使い手である本人が十分実感しているであろうことなので敢えて言うことでもない。
 一応、アンディのような、締め技を含めた極近距離戦闘に対応した戦術を編み出すのもありだが、そこまで手を出しだすときりがないので、今は持ち味を生かす戦い方を伸ばした方がいい。

「つまり、今回はアンディさんがその超至近距離での戦闘に長けていたのが敗因だったと?」

「そういうことだ。だよな?」

 隣に立つアンディに尋ねてみる。

「ええ。俺の場合、武器は剣だけにこだわりませんから。無手は勿論、使えるとなれば食器だって武器にしますよ」

 しれっと言うが、それをできる人間が果たしてどれだけいるか。
 冒険者に限らず、戦いを生業としている以上、武器にこだわっていては長生きできん。

 その点、食器すら武器にしてみせるといったアンディの在り方は正しい。
 正しいが、そのまま手本にするのもあまりよろしくない。

 自分の命を預ける武器をこれと定め、それを大事にして生き残ることもまたある。
 アンディのこの考え方は、全ての武器が無くなっても、最後の最後に魔術という最も強力な武器があるから持てるものであって、全部の冒険者が目指してもあまり意味はない。

 結局、自分らしい戦い方というのを見つけていくしかないのだ。
 この講習でそういうのを養っていくきっかけが芽生えたら十分とし、アンディの意見はこの辺で止めておこう。

 その後、講評の途中でアンディが使った目潰しについても卑怯だという声が参加者から上がったが、それに関しては封殺させてもらった。
 卑怯というのは俺も同意するが、冒険者にとってこれは誉め言葉だ。
 むしろ、ドンドン使えと推奨したい。

 冒険者も傭兵も、相手をするのはお行儀のいい相手ばかりではない。
 魔物は勿論、盗賊などの無頼の輩と戦う時にも、手段を選んでいる暇はないのだ。

「卑怯?大いに結構。逆に相手に卑怯な手を使われる前にやれ。自分が卑怯だと思った手段は、相手にも効果的だ。勝ち方にこだわるなんて贅沢はクソに混ぜて投げ捨てろ」

 そう言うと絶句されたが、これが現実という奴だ。
 俺は騎士を育てているのではない。

 依頼を無事にこなして生きて戻ってこれる人間を育てているのだ。
 誇りやらを大事にしたいなら冒険者なんざ辞めちまえ。

「失礼します!コンウェル様!」

 冒険者の現実というのをもう少し詳しく語ろうとしたその時、演習場内にギルドの職員が駆け込んできた。
 見ると、硬い表情の男の様子に、ただごとではない何かが起きたかと推測する。

「どうした。厄介事か?」

「詳しくはまだ…。ギルドマスターがお呼びです。コンウェル様にお話ししたいことがあると」

 赤級の俺をギルドマスターが呼び出す時点で、普通の事態ではないと言っているようなものだ。

「わかった。すぐに行く。あぁそうだ、講習はどうすればいい?」

「講習でしたら別の人間に引き継がせますので、コンウェル様はすぐに」

「そうか」

 代わりの人間が来るというのなら後は任せるとしよう。
 早速ギルドマスターの素へと向かおうとした足を踏みとどまり、こちらの様子を窺っていたアンディに声を掛ける。

「アンディ、すまんがお前も来てくれ」

「俺も?」

「ああ。もしかしたら、お前の力を借りることになるかもしれん。いいよな?」

「…ギルドマスターからはコンウェル様を呼ぶようにとだけ言われています。勝手に私が同行を判断できません」

 職員の言いようだと、あくまでも赤級の冒険者が必要なのであって、白級の冒険者をギルドマスターの下へ連れて行く理由を作るのは難しいか。

「だったら俺が話を聞いてる間、部屋の外で待たせるぐらいはいいだろ?」

「まぁそれぐらいは…」

「決まりだ。アンディ、行くぞ」

 返事を待たず、すぐにその場を後にする。
 何やら背中にアンディの抗議するような声が聞こえるが、今は無視する。

 どうもにもきな臭い。
 悪いが付き合ってもらうぞ。




 SIDE:END
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