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あなたの知らないようで知ってる、それでいて知らない世界

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 この世界で言う幽霊とは、アンデッドの一種として数えられる。
 実体を持つゾンビ系統のアンデッドと違い、ゴーストタイプの幽霊は目撃例が極端に少ない。

 アンデッド自体がまだその存在が解明されたわけではないが、一説によると、死後に発生するアンデッドの中で、肉体という入れ物のないむき出しの魂であるゴーストは、たとえ発生してもすぐに存在を保つ魔力が自然界に拡散されて消滅するのではないかと言われている。

 しかしながら、何事にも例外というのはあるもので、そういった説に当てはまらずにゴーストが存在し続けることも全く無いわけではない。
 数少ないながらあった遭遇例によれば、特に攻撃されることはなく、煙のように漂う姿を見せていたかと思ったら、すぐに消えていなくなるのだとか。

 では幽霊は無害なのかと言えば、実はそうでもない。
 直接攻撃されたという話ではないが、道を示すように生者を導いて崖から足を踏み外させるということもあったそうだ。
 その例の場合は崖下が沼であったために死ななかったが、幽霊が人間を殺そうとしたとして有名な話ではある。

 一方で、無念を抱いて現世に残り続ける幽霊の頼み事を解決し、昇天させたことで富を手にしたという事例もある。
 残された家族への伝言だったり、無実の証明や自分を殺した犯人の告発、日記の処分などもあったらしい。
 死後、HDDの処分を人に託す感覚だと言えばわかりやすいだろう。

 そういうのを代行することで、謝礼にと幽霊が隠し財産などをくれることがある。
 もっとも、幽霊の全部が隠し財産を持っているとは限らないので、タダ働きというのも多いそうだが。

 実は先程のような殺されかけた話よりも、こういったケースの方が意外と多く、幽霊の頼みごとを聞くといいことがあるかもね、という具合の認識が広まっている。
 そんなわけで、この世界の人間の幽霊に対する感覚としては、恐れ3親しみ7の少し不思議な存在といった感じだった。




「はっはっはっはっは!なんだ、アンディ。お前、幽霊が苦手か!」

「ちょっとコンウェル、笑っちゃ悪いよ。…ぷすす」

「いやユノーさんも笑ってるし」

 酔っぱらって眠ったパーラを部屋へ寝かせ、リビングへと戻ってきた俺はユノーとコンウェルと飲みなおしているが、その際に幽霊について話が向き、その流れで幽霊が苦手だと告白をさせられた。

 今明かされる衝撃の事実!
 実は俺、幽霊が苦手だったんだ!

 意外だと思うだろう?
 確かに俺はいつでも冷静沈着、怖いものなど何もない度胸の良さ、優しさと清廉潔白さを持ち合わせた人格者、完璧な人間だと人から思われていることは薄々感じていた。

 だがそんな俺も、幽霊というものに対しては、日本人として根底にある恐怖を捨てきることが出来ず、この世界でも苦手意識は変わらなかった。

 元々、前世でも子供の頃から幽霊は苦手だった。
 何せ連中、既に一度死んでいるから殺しようがないし、物理攻撃無効のチート野郎共だ。
 おまけにおどろおどろしい見た目をしているかもとなれば、遭遇したくないのが普通の感覚だろう。

 ドンと来い超常現象とは全くならん。

「ごめんごめん。でもまさか、あの誰もが畏れる魔術師アンディに、苦手な物があったなんてねぇ」

「ほんとにな。俺らも知り合いに幽霊嫌いってのはいたけど、お前がそうだってのはちょっと意外だよ」

「何言ってんですか。俺だって普通の人間ですよ?苦手なものぐらいあるに決まってるでしょうが」

 何が面白いのか、笑いを噛み殺しながら言うコンウェル達に対し、俺も自然とぶっきらぼうな口調になるのは仕方のないことだ。
 別に幽霊が苦手だと知られて困ることはないが、だからと言って敢えて言うのも男としては憚られるのだ。
 現に、こうしてコンウェル達に笑われているのだから、やはりバレたくはなかった。

「もう幽霊の話はいいじゃないですか。それよりも、コンウェルさんの今の仕事について聞かせて下さいよ。新人研修みたいなのをやってるんですって?」

 怖い話をしていると幽霊を呼び寄せる、などと言われているのは日本での話だが、この世界でもないとは言い切れないので、話題をコンウェルの近況についてへと切り替えさせてもらおう。

「研修なんて大したもんじゃねーよ。ただ、若い冒険者やら傭兵連中に、色々と教えてやってるだけだ」

「傭兵?冒険者ギルドで教えてるって聞きましたけど」

 一般的に傭兵と言えば、商人ギルドに所属しているはずだが。

「フィンディじゃこの手の人材育成ってのは、商人ギルドとも協力してやるもんなのさ。なんせ、一大事があれば協力体制をとるんだ。顔を知っていれば便利だろ?」

「なるほど、そう言えばドレイクモドキの時も、傭兵側と擦れなく連携が取れてた冒険者はそれなりにいましたね」

「そうね。日頃からギルド同士の連携がいかに大事かってのは、ああいう状況になると分かるもんさ」

 ユノーの言う通り、先のドレイクモドキの騒動の時のように、日頃の関係構築があったからこそ協力体制もスムーズに取れたのだ。
 そういう点では、コンウェルの仕事は非常に大事な物だと言える。

 ギルド職員やベテラン同士の交流は勿論あるだろうが、いずれギルドの主力となり得る新人同士も交流させることは、将来にも続くギルド同士の協力関係を維持していくことにつながるのだろう。

「で、なんでまた育成にまわったんですか?いや大事な仕事だってのは分かりますけど」

「なんだ、ユノーから聞いてないのか?」

 一瞬きょとんとした顔になったコンウェルだったが、すぐに隣に座るユノーへと視線を向ける。
 そのユノーもまた、きょとんとした顔でコンウェルの顔を見返す。

「あたしはちゃんと説明したよ。お腹の子とあたしのために仕事を変えたって」

「…間違っちゃいないが、正確でもないだろ」

「そだっけ?」

 どうやらユノーの説明は彼女の視点からの一方的なものだったのか、コンウェルの状況を説明するのには些か不完全だったようだ。

「確かにユノーのことを気遣って働き方を変えようとした。それは事実だ。だから、冒険者としての仕事を長期間休むことをギルド側に申請しただけだ。無事に出産が済むまでは、親父の店ででも働こうと思ってな」

 赤級の冒険者として活躍しているコンウェルだが、父親の店で働くとしたら料理人としてはないだろうから、妹と一緒にホールをやるとかになるのか?
 確かにあの店の繁盛具合を見れば、あと一人給仕がいても不思議ではない。
 むしろありがたいぐらいだろう。

「しかし今はギルドで働いてますが?」

「ウルカティさんから頼まれたんだ。仕事を休むって伝えたら、ギルドの上の方まで話が行ったらしくて、急に執務室へ呼び出されて面談が始まってな」

 ウルカティって誰だっけと思っていたら、それを俺の表情から察したのか、ユノーがこの街のギルドマスターだと教えてくれた。
 そう言えばドレイクモドキ討伐の時に、ギルドで説明しているのを一度見たな。

 そのギルドマスターから直々に面談をされたのは、それだけコンウェルがここのギルドで重要視されている証拠だ。
 赤級という冒険者の中でも上級に位置する人材が、突然休業を言いだしたら、誰だってその理由を知ろうとする。
 俺だってそうする。

「それで色々と説明したらわかってくれて、その上でどうせなら新人の育成を手伝ってくれないかって誘われた。まぁ俺も今更親父の店で大して役に立てないと思ったし、ユノーとも相談して決めたってわけだ」

「あれ?そういう話だったっけ?なんかあたしの記憶と違う所があるような…」

「あぁ、そりゃあの時お前は悪阻がひどかったしな。寝不足もあってボーっとしてたからだろ」

 首を傾げるユノーを温かい目で見つめるコンウェルは、その時のユノーがいかに参っていたのかを思い出しているのだろう。

「しかしそうなると、今の仕事はあくまでも一時的なもので、その内また冒険者として活動するってことですか?」

「それも子供が生まれてから考えるさ。今の仕事を続けるか、また冒険者に戻るか…。まぁどっちにしろ、子育てと並行することになるだろうから、大変だとは思ってる」

 そう言って、ユノーのお腹を見やるコンウェルの顔は父親のそれだ。
 冒険者としての彼を知っている俺から見て、初めて見るその表情には、何とも言えない温かさが感じられる。

 またそれと同時に、不安と期待が混じった思いも読み取れた。

 正直、子供が生まれたら冒険者は引退して、どっかの貴族や商会のお抱えに納まるのが一番安泰だ。
 元赤級の看板を引っ提げて用心棒でもやってれば、とりあえず食ってくのに困ることはない。

 一方で、冒険者を続けることで手にする収入は、先の進路よりはずっと多い。
 赤級のコンウェルは、内容にもよるが時給換算での稼ぎは相当なもので、ユノーと子供一人、余裕で養ってもお釣りどころか一財産を蓄えられるくらいだ。

 命の危険はあるが、生活や将来のことを考えれば、まだしばらくは冒険者として稼ぎたいという気持ちが消えることはないだろう。

 安定を取るか、将来の選択肢のために危険を選ぶか、今のコンウェルには悩ましいはずだ。

 その辺りのことはコンウェル達の問題なので、俺から言うことは特にない。
 家族が増えたらまた状況は変わるかもしれないので、その内二人で話し合って決めるといい。






 しばらく話し込み、時間が遅くなっていたこともあり、ユノーの体を気遣って酒の席は解散となった。
 本当はもう少し、いやもういっそ朝まで飲み明かしたかったところだが、コンウェルは明日も仕事があるそうなので、あまりしつこく食い下がることはできなかった。

 家の中の明かりが全部落とされ、俺も自分に宛がわれた部屋へと戻ってきたが、何となくもう少し起きていたい気分だ。

 本当は俺、今日は眠りたくないの…。
 だって幽霊が怖いから。

 一応、ベッド傍のサイドテーブルへ盛り塩をした皿は置いたが、果たしてこの世界の幽霊にどれほど効果があるのやら。

 …大丈夫だよな?
 塩で清めるのは全世界共通だよな?

 それに俺は日頃の行いはいいし、きっと幽霊だって見逃してくれるはず。

 嘘だってつかない…ことはないか。

 人を傷つけたりしない…こともないな。
 むしろ殺してる。

 ……い、いや!そう!トイレに行ったら、ちゃんとその後に手を洗ってるし、これはいい子だよな。うん。
 こんなにいい子の所には、きっと幽霊もこないはずだ。
 でもサンタは来てほしい。

 一安心したら、なんだか喉が渇いた。
 密かに持ち込んでいたワインで一杯やるとしよう。

 テーブルの上にあったカップを手に取ると、そこにワインが注がれる。

「おっとっと、こりゃどうも…ん?」

 だがしかし、ボトルを持っているのは俺でない。
 ランプの明かりを受けてボンヤリ輝く、半透明の人型がワインボトルを手にし、俺にかいがいしく注いでくれていた。

 おっふ……出た出た出た、ついに出た。
 この感じ、間違いなく幽霊だろう。

 盛り塩、効果なかったかぁ…。

 いやまずは落ち着け俺。
 素数を数えて落ち着くんだ。
 素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字、俺に勇気を与えてくれる……気がする。

「1、2、3…ダー!死ねよやー!」

 もう既に死んでいるはずなのだが、そう言わずにいられない。
 猪木的な勇気を得た俺は、すぐに目の前の半透明な影へと飛び掛かる。

 掌に電撃を発生させて、それを幽霊へと叩きつけようとした瞬間、人型は靄のように拡散し、俺の手は何も捉えることなく空を切った。
 透過したというより、躱されたと言った感じの手応えだ。

 ゴーストタイプのアンデッドは、強い魔力を伴う攻撃で倒せるらしいが、当たらなくては意味がない。
 空振りしたことを驚くとともに、いなくなってくれたかと一瞬安堵したが、すぐに靄は一か所に集まり、また人型を形成する。

 これでは攻撃の意味がないかと歯噛みしそうになったが、目の前の幽霊が身振り手振りで何かを伝えようとしていることに気付く。
 こちらへの攻撃の意思は薄く、意思の疎通が出来そうな余地を見出したところで、俺の方も一気に頭が冷静さを取り戻した。

 どうやらこの幽霊、何か伝えたいことがあって俺の所に姿を現したようだ。
 しかし声を出せないせいで、意思を伝えることが難しいのは理解しているのだろう。
 だから先ほども、ワインを俺に注ぐことで友好を示したのではなかろうか。

 ボンヤリとした輪郭も相まって、ジェスチャーも相変わらず不気味さは感じられるが、敵意は無い以上、無暗にこちらから攻撃するのはやめて、話しぐらいは聞いてやるとしよう。
 気が進まないが。




「ふむ、なるほど。つまりあんたは、ずっと前にこの屋敷で殺された使用人の一人だと?」

 コクコクと頷き、肯定の意を示す幽霊。

 多くの幽霊が声を出せないという例に漏れず、目の前の幽霊もまた声を持たなかった。
 しかし、こちらへと意思を伝える手段として、面白い方法をこいつは使っている。

 完璧なそれというわけではないが、テレパシーのように頭へ直接何かを伝えてくる方法を、この幽霊は持ち合わせていたのだ。
 今は、ある程度の感情やイメージが俺の頭に投影されたものを口に出して幽霊へと尋ね、精度をさらに上げることでやり取りを行っている。

 おかげで言葉はなくとも、そこそこうまく会話は出来ていると思う。
 心なしか、目の前の相手も会話を楽しんでいるような雰囲気を醸し出している気がする。

 それによって、この幽霊が以前、ここの所有者である商人に雇われていた使用人だということが分かった。

 コンウェル達から聞いた話だと、屋敷の主が妻と愛人、使用人に至るまで悉くを惨殺したとそうだが、こいつも殺された無念でこうして幽霊となって彷徨ってるわけか。

 …え?違う?気が付いたら幽霊だった?あ、そうですか。

 確かに目の前の幽霊には、怨念めいた様子はなく、おどろおどろしさとは程遠い、むしろメルヘンチックな印象を抱く。
 青白く仄かに光る姿から、人によっては神秘的なものにも感じられるかもしれない。
 俺は無理だが。

 ともかく、この幽霊は自我もしっかりしており、意思の疎通もできる時点で悪霊ではないと判断できるが、残念なことに幽霊になる前の記憶はほとんどが失われていた。
 生前の自分の名前や家族など、個人を特定できる情報は持ち合わせていない。

 しかし、それでも覚えているものはあるようで、死の間際の光景や、使用人として働いていた経験などは自分の中にしっかりと残っているらしい。

 やはりこの屋敷で起きた惨殺事件は事実のようで、犯人も主である件の商人だという。
 なぜそんな凶行が起きたかは覚えていないが、突然の出来事で恐怖を感じる間もなく死んだのは幸いだったと語る。

 念のために聞いたが、今屋敷にいる幽霊は目の前の一体だけで、他にはいないそうだ。
 それを聞いてなお安心。

「それで、なんでまた俺の所に姿を見せた?言っとくが、俺はここの家主と知り合いなだけで、あんたに何かしてやれる立場にはないぞ」

 今更とり憑かれるなどとは思わないが、幽霊がわざわざコンウェル達ではなく、俺の部屋に現れたことには何かしらの理由があるはずだ。
 ただ、俺は霊能力者でも聖職者でもないので、してやれることもそう多くはないだろう。

 まぁ成仏させてほしいってのなら、なるべく力になってやりたい。
 この世から幽霊が一体減るのなら、俺としては悪い話ではないのだから。
 そうなると力技で消滅させることになるが、そう望むのなら吝かではない。

 幽霊によるカクカクウラメシによれば、実は特に何かして欲しいことがあるわけではないそうで、俺の所に姿を見せたのは、単に魔力の強さに惹かれてやってきただけらしい。

 別に俺は魔術を使ってはいなかったが、魔術師というのは普通にしているだけで、体から発せられる魔力が常人とは明らかに質と量が違う。
 それは魔術師同士であれば何となく肌で感じられる程度だが、肉体のないむき出しの幽体には敏感に感じ取れるものなのかもしれない。

 ユノーとコンウェルは、熟練の戦士だけあって魔力の扱いは十分心得ているが、それはあくまでも魔力を戦闘に生かせるだけであって、魔術師並みに魔力量があるというわけではない。
 二人に比べれば、俺やパーラは段違いの魔力保有量であるため、どうしても比べると興味を持つのは俺達の方になるという。

 パーラの方に行かずに俺の方に来た理由としては、酒も入っていて完全に熟睡しているパーラよりは、まだ起きている俺の方が話し相手にもなってくれそうだと思ったからだそうだ。

「話し相手なら、ユノーさんやコンウェルさんでもいいだろ。あの二人は別に幽霊を怖がってなさそうだし、そっちに行けよ」

 俺は幽霊に遭わずに生きていきたいタイプなのだ。
 話し相手が欲しいなら、幽霊が平気な人間を当たって欲しい。

 しかし、そうもいかない事情があると幽霊が伝えてきた。
 なんでも、ユノーが妊娠しているのが気になっているようで、いきなり目の前に幽霊が現れたらびっくりさせてしまい、妊婦の体に悪影響が出るのではないかと思っているようだ。

 あのユノーの肝の太さと、幽霊など畏れないスタンスから平気そうな気はするが、万が一が無いとも言いきれない。
 今日食事の席で話をするまでは、幽霊の存在は微塵も感じてなかったようだったしな。

 そういう気づかいが出来るとは、この幽霊、中々いい奴っぽい。
 俺の中で、目の前の存在に対する好感度が少し上がった。
 だがしかし、幽霊自体への怖さは変わらない。
 俺はそういう人間だ。

 まぁそういうことなら、無事に赤ちゃんが生まれてから姿を見せたらいいとアドバイスをしたら、そのつもりだと返された。
 そして、ユノーはともかくとして、コンウェルの方には幽霊としての自分の存在をそれとなく伝えて欲しいとも頼まれた。

 実はこの幽霊、恨みも心残りも無いのに屋敷にただいるだけで、正直暇を持て余していたらしく、ついこの前までは誰もいない屋敷で、一人、フワフワと漂うだけの生活を送っていたそうだ。
 あまりにも暇なので、いっそ掃除でもするかと思ったが、屋敷の持ち主がいない状態で勝手にそういうことをするのはマナー違反なのではないかと、律儀にも思っていたらしい。

 しかし、ついにこの屋敷にも新しい主人が現れた。
 ユノーとコンウェルだ。
 なんとか驚かれない範囲で存在を知らせようとしたが、新しい家族やら妊娠やらを話している声を聞いて、姿を見せるのを躊躇われた末に今日まで経ってしまった。

 一応、気付かれない程度に家事を手伝ったりしていたそうで、それが先程、コンウェル達が言っていた食器の位置が変わったり、扉が開いていたりしていた現象のことだった。

 食器はユノーが取りやすい位置へと動かした時のことで、扉の件は酔っぱらっていたコンウェルが扉にぶつからないようにやったとのこと。

 姿を見せないようにしつつ、色々と手伝ってはいたようだ。

 本当は使用人としての性で、掃除も本格的にやりたかったそうだが、家人が手をつけていない場所がいきなりきれいになるのは流石におかしい。

 この屋敷の空き部屋がまだ綺麗になっていないのも、不自然さを生み出さないために掃除していないだけで、本心はさっさと片付けて綺麗な部屋にしたいところを、何とか我慢しているそうだ。
 しかしそれもそろそろ限界に近付いてきている。

 なので、ユノーはともかくとしてコンウェルだけには存在を知らせて、少なくとも最低限の家事に手を出させてほしいと願い出たかったわけだ。

「ふむ…まぁこの家には妊婦がいるし、家事を手伝ってくれるなら幽霊でも歓迎されるかもな。わかった。一応話はしてみるが、聞いてもらえるかどうかは確約できないぞ?それでもいいか?…そうか、じゃあ明日の朝にでもコンウェルさんに話しておくよ」

 大別するとアンデッドではあるが、害意は無いどころか役に立つというのなら、コンウェルも受け入れる可能性は大いにある。
 同じくらいに、ユノーの身を案じて幽霊を遠ざけるという可能性もあるが、日中の家事の負担を軽減できるということも考えれば、無暗に一蹴することはないだろう。

 明日、コンウェルが家を出る前にでも話をするとして、一先ず今日はもう寝よう。
 この短時間で色々あって、本当、一気に疲れた。

「そういうことだから、俺はもう寝る。あんたもとっとと……いや、子守歌とかいらないって。……添い寝もいらない。一人で寝れるから。早く出て行ってくれ。頼む」

 恩義でも感じたのか、これから寝ようとする俺に世話を焼きたがる幽霊にそう強く言い、何とか出て行ってもらう。
 幽霊と一緒に寝るなんて冗談ではない。
 いや、あいつが悪いやつじゃないのは分かるが、それはそれだ。

 人を驚かせたり害したりするつもりはないようだし、自分がどういう存在かを正しく認識して、ちゃんと妊婦を気遣うこともできるのだ。
 ヘタな生きた人間よりも、よっぽど人情味はある気がした。

 俺も、ただ幽霊だからと嫌うのを改める必要があるのかもしれないと、そう思わされたぐらいだ。

「ふぅ……ん?」

 ベッドに入り、その安堵から思わずため息を吐いたところで、天井からこちらを見る人影と目が合った。
 いや、実際に目は見あたらないから合ってはいないのだが、そんな気がした。

「ひぃぃぃい!み、見守らなくていいから!一人で寝れるからー!」

 出て行ったと思われた幽霊が、天井から顔部分だけを透過させてこちらを見ていたのだ。
 その光景に思わず悲鳴が出てしまい、それだけ言って毛布を頭からかぶってぎゅっと目を閉じた。
 寝る前に、なんて怖いものを見せやがる。

 ちくしょう!
 やっぱり幽霊なんか嫌いだっ!




 その後、落ち着かない気分のまま、睡眠と覚醒を何度か繰り返し、朝を迎えるとあの幽霊は居なくなっていた。
 それらしい気配もないことから、もしかしたら日の出ているうちは活発に活動できないという、幽霊らしいルールでもあるのかもしれない。

 やや寝不足気味の頭のままリビングへと向かうと、ユノーとコンウェルが既に起きていた。
 ユノーがキッチンにいることから、朝食の準備がされているのだろう。
 とりあえず、二人に朝の挨拶をする。

「おはようございます…」

「おう、おはようさん…目の下すごいな」

「おはよう。おやまぁほんとに。なに?眠れなかった?」

 顔を合わせた途端、寝不足を心配されるほど、今の俺の顔は分かりやすいようだ。

「ええまぁ、ちょっと考え事を…」

「なんだ、悩みなら俺に言ってみろ。人生の先輩として助言位はしてやるぞ」

「じゃあちょっと聞いてもらえますか?…出来れば、男同士で」

 最後の言葉で何を察したのか、一瞬だけキッチンの方を見てから、嫌らしい笑みを浮かべたコンウェルが俺の隣へと席を移動した。
 残念だが、あくまでも相談は方便であり、これからする話は嫌らしいものは全くない。

「で、どんな悩みだ?もしかして、パーラとの関係で何かあるとかか?」

「いえ、そういうのではなく。実は昨夜―」

 コンウェルに、昨夜俺の部屋に現れた幽霊のことを説明する。
 それを聞いて、初めはかわいそうな物を見る目を向けてきていたコンウェルだったが、俺が真剣に話していることが伝わると、一転して険しい表情に変わって悩み始めた。

「…なるほど。幽霊が家事を手助けか。妖精でそういうのがいたってのはなんかで聞いたことはあるが」

「妖精…ブラウニーってやつですか?」

 チョコケーキの方ではなく、人間に隠れて家事や牧畜の手伝いなどをする妖精と言われているあっちの方だ。
 この世界でもいたのかと少し驚いたが、妖精自体は未体験ではないので、いてもおかしくはないと納得できる。

「そんな名前だったか?まぁ俺もおとぎ話のまた聞きみたいなもんだから詳しくは知らんが。しかしアンディの言う事が本当だとすると、俺としては助かる限りだ。昼間はユノーのことをあまりみてやれないからな」

「では、あの幽霊の頼みを受け入れると?」

「ああ。ただ本人…本霊?に一度会っておきたいところだが、どこにいるんだ?」

「さあ?朝にはもういなくなってましたから、日中は姿を見せないかもしれません」

「幽霊ってそういうもんなのか?」

「どうでしょう?俺は幽霊に遭ったのはここでが初めてなんで。ただ、何となくそんな気がしただけです」

 あくまでも昼に幽霊が姿を見せないのは日本での話で、海外なんかじゃ普通に朝でも幽霊は出るらしいから、この世界では果たしてどうなのかといったところだ。

 しかし、今の所あの幽霊の気配もないことから、コンウェルと面談させるのは難しいかもしれない。
 多分、夜になったらまた出てくるのではないだろうか。
 俺抜きで会わせるのは何となく無責任な感じがするので、もう一泊世話になって、夜中に改めて面通しをするとしよう。

 そうなると、飛空艇の停泊を延長する必要があるな。
 後で停泊所へと言って、追加の停泊料を渡しておこう。
 余裕を見て、四日ほど延長でいいか。

「お待たせ。朝食が出来たよ。アンディの分はちょっと待ちな。今作ってるから」

 そうしていると、朝食の乗った盆を手にしたユノーがテーブルへとやってきた。
 うまそうな匂いと湯気を立てるそれは、朝食にしては少し重たい気もするが、冒険者ならこれぐらいはペロリだ。

 中々うまそうな朝食に、期待で俺の腹の中の狼が吠える。
 これは朝から楽しみが出来たな。
 コンウェルが皿を突くのを横目で見ながら、自分の分が出来あがるのを今か今かと待つ俺がいた。
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