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安いのには訳がある
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新婚と妊娠のお祝いを兼ねたプレゼントには何が相応しいか。
世界が変われば、祝い方も変わるものだが、文化や風習と言った面から、贈り物としては避けるべきものも当然ある。
この世界で、新婚祝いとして厳密に禁止されているものというのはほとんどないが、懐妊のお祝いとしては絶対に贈ってはならないものが一つだけあった。
それは刃物だ。
金属の刃物を妊婦が持つことで、胎児が生まれながらに持つ親との精神的な繋がりを切ってしまう、と言われているらしい。
あくまでも大昔からの言い伝え的な物で、現代ではそこまで厳しく守られることはないそうだが、妊娠初期のお祝いとしては避けるのがマナーだ。
よく日本では昔から刃物を贈るのは未来を切り開く、災いを斬るという意味があって縁起がいいそうだが、この世界では逆の意味になるのはなかなか興味深いものがある。
「詳しいな、パーラ」
「まぁね。行商人時代に、そういう関係で取引を何度か変更したことがあってさ。ちなみに、刃物とは言っても、最近じゃ料理に使う包丁とかナイフはよしとする、って風潮らしいよ。だから、妊婦さんには剣とか槍とかの武器は近付けさせないようにって話なんだって」
「そりゃあ妊婦って言っても普通に料理はするだろうし、完全に刃物から離れて生活できるわけもないしな」
バイクで移動しながら、コンウェル達へのプレゼントの講義をしてくれたパーラは、流石元商人だけあってそういう贈り物にも詳しい。
兄妹で各地を回って商売をしていた頃は、地方で根強く残る言い伝えが原因で、取引が途中で変更されることはよくあったのだとか。
特に、急な妊娠の発覚なんかで、商品の変更や追加が発生してしまうと、パーラ達のような中小の商人には大変なことだったろうに。
「ソーマルガじゃどうかわからないけど、アシャドルだとそんな感じだったね」
「なるほど、全く同じとは言わないが、似たような風習とかはありそうか。この手の話は、全く根拠なく残っているわけもないしな」
胎児との精神的な繋がりというのはともかく、妊婦の体を大事にするという点から、家事の負担を減らそうとして包丁から遠ざけた結果が、そういう話として残っているのは十分考えられる。
あるいは、口減らしのために堕胎させる際、妊婦の手元に武器があっては抵抗される恐れがあるからというのも無いとは言えない。
子供は宝ではあるが、土地や時代などによっては必ずしも望まれるとは限らないのだ。
悲しいことだが、過酷な世界を人が生きるために、そういう選択もまたあったはずだ。
そんなことを考えつつ、俺達は適当に店を回ったが、そうした中でも店の人間に妊婦への贈り物についていろいろと聞いてみた。
何がダメで何がいいのかは、やはりその土地の人間が知っているだろうからな。
そうして店を梯子している時、ふと立ち寄った服屋からなかなか興味深い話が聞けた。
そこの店主が言うには、完全にダメというわけではなく、避けたほうがいいものとして、腹巻がそうなのだという。
寒暖差の激しいこの地域では、夜の寒さでお腹を冷やさないよう、妊婦には暖かい布で作った腹巻が欠かせない。
それは別にこの土地に限った話ではないが、面白いのはこの腹巻、妊婦が自分で布から手作りをするのが習わしで、しかも子供が生まれた後はおくるみとして使うようになるという品だ。
腹巻ぐらい買ってもいいだろうと思うのだが、店主曰く、二人目以降の場合は構わないが、初産の時は自分で作らなければならないとのこと。
なんでも、妊婦が糸を布に通すという行動には、無事の出産を祈るのと同じ意味が込められるそうで、そうして作られる腹巻は所謂お守りのような扱いになるそうだ。
出産を終えて腹巻が必要なくなっても、捨てずに布として保管しておき、今度は自分の子供が成人して結婚したら、その布を子供の子供用にと与えるのだそうだ。
結婚した男女の元には、それぞれの親から与えられる腹巻用の布が最低二組はあるそうで、大抵は三代も渡れば布はダメになるので、最後の方は当て布程度にしか残らないらしい。
なんか親子で引き継がれるものがあるって、素敵やん。
しかし腹巻は避けるとなると、なんとなく着るものを贈るのもどうかと思えてくるもので、ここはひとつ、何か旨い物で手を打つとしよう。
「……本当にここか?住所、間違ってないよな?」
コンウェル達のと思われる家を前にし、思わずパーラにそう尋ねてしまう。
「いや合ってるよ。区割りと壁の色も聞いた通りだし。…まぁ、気持ちは分かるけど」
パーラはそう言うが、目の前の光景を見て抱いた思いは俺と同じのようだ。
住所に間違いはない。
外観も聞いていたものと一致している。
だがそれでも、目の前の家がコンウェル達のものだと認めるのを躊躇う理由があった。
何故か?
デカ~いッッ!説明不要ッッ!
という感じで、想像していた家というよりも、屋敷と形容できるほどの大きさの物がそこに建っていたのだ。
城や砦といったものと比べれば確かに小さい。
しかし、それなりに貴族の屋敷を訪れたことのある俺が見ても、遜色ないほどに立派な建物がコンウェル達の新居だというのには驚きだ。
街の限られた土地に建ちながら、前庭は馬車を十台は余裕で停められるスペースがあり、門の口の広さは馬車二台が並んで通れるほどに大きい。
奥に見える建物は二階建てのようだが、横にも伸びるその広さは10両編成の電車が余裕で収まろうかというほどだ。
正直、ここと比べたらアイリーンの屋敷は玩具みたいに思えてしまう。
これだけの屋敷なら、門番の一人でもいそうなものだが、門扉こそ閉じられていても近くに人の気配はない。
「これ、どうすりゃいいんだ?いきなり門を開けてもいいのか?」
屋敷までの距離感と閉じられた門扉から、普通は門番に来訪を告げて、家人に取り次いでもらうのだが、その門番がいないのではどうしようもない。
まさかインターホンなんかもあるまいに。
「流石にだめでしょ、それは。普通に声を掛けるしかないんじゃない?」
「…届くか?玄関扉までかなり離れてるぞ」
「私が魔術でやろうか?その気になれば、一区画に響かせられるよ」
「やめろって。近所迷惑になる」
知り合いを尋ねた先で、音響兵器とすらいえる魔術を市街地で使わせるわけにはいかない。
俺達だけでなく、コンウェル達の近所付き合いにも影響が出る。
しかしどうにかして来訪をコンウェルに伝えたい俺は、無駄とは思いつつも、門の周りに視線を巡らせる。
すると、門柱の一つにドアノッカーらしきものを見つけた。
よく扉に取りつけられる輪っか状のあれだ。
一応、この世界でもドアノッカー自体は普通に見たことはあるが、直に門柱へ取り付けてあるのは初体験だ。
凝った装飾などもない丸くシンプルなドアノッカーで、何故門柱に取り付けたのかは分からないが、無意味にあるとは思えず、何となくそれを三度ほど叩くように動かしてみる。
ドアノッカーの素材と、叩いた時の手応えからもう少し大きい音を想像していたのだが、不思議なことに音がほとんど鳴らない。
これではドアノッカーとしては役に立っていないが、もしかしたら使い方が違うのだろうか。
「はいはいー。どちらさまー?」
ドアノッカーの存在意義を疑問視していると、門扉の格子から覗ける屋敷の玄関扉が開き、そこから見慣れた顔が現れた。
どういう仕組みか、俺のノックは屋敷の扉に伝わったようで、ちゃんと来客の存在を家主に教えてくれたらしい。
「…んん?あ!なんだ、アンディとパーラじゃないのさ!久しぶりだねぇ!」
俺達の顔を見て、笑顔で駆け寄ってきたユノーが門扉を開けて俺達を敷地内へと招き入れる。
何年かぶりに見たユノーは色々と変わった部分はあるが、やはり目につくのは膨らんだお腹だ。
全身がゆったりとした服を纏っていても、妊娠していると明らかに分かるのは、元々スレンダーだった体型のユノーが、母になるべくして体型が変化したからだろう。
「お久しぶりです、ユノーさん。遅くなりましたけど、結婚のお祝いにきました」
「もー、びっくりしたよ。シャミーさんに聞くまで、結婚したなんで全然知らなかったんだからね。しかも妊娠までしてたなんて」
「えーなに?そんなに驚いた?あたしとしては、やっと結婚出来たって感じで、安心したぐらいなんだけどね。…ま、立ち話もなんだし、入んなよ」
ユノーに先導されてそのまま玄関扉を潜り、屋敷の中へと一歩踏み込むと、目の前に広がった光景に思わず感嘆のため息が出る。
まるで貴族が住む屋敷のように玄関ホールが設えており、ここだけでちょっとしたパーティが出来そうなぐらいに広い。
壁際には二階へと続く階段が左右に一本ずつ伸びており、ある意味貴族屋敷のテンプレート通りの造りともいえる。
おまけにここまで来ると、室内の空気は涼しいものに変わっており、日が避けられている以外にも、魔道具で空調が効いているようだ。
見た目通り、そういった設備も充実しているのだろう。
「はー、立派な家だねぇ。これって新しく建てたの?」
「んーなわきゃないでしょ。中古の物件を買っただけさ」
キョロキョロと見回していたパーラがユノーに尋ねると、苦笑交じりで否定した。
なるほど、中古物件ならこのクラスの屋敷も多少は手が出しやすいか。
玄関ホールを抜けて、ユノーに案内されて向かった先は、この家のリビングだ。
ソファーとテーブルが部屋の中央に置かれ、壁際にある収納棚には生活感のある品々が収まっており、ここがコンウェル達の生活の中心だと窺える。
「さ、適当に座って頂戴。今お茶を淹れたげるよ」
少し離れた場所に、ちょっとしたキッチンのようなものがあり、そこへ向かおうとしたユノーの背中に声を掛ける。
「あ、お茶なら俺が淹れますよ。ユノーさんこそ、妊婦なんですから座っててください」
「何言ってんの。妊婦は病人じゃないんだよ。お茶ぐらい淹れさせな」
ヒラヒラと手を振られ、さっさと行ってしまったユノーに、俺は何も言えずソファーへと座りなおす。
確かにユノーの言う通り、妊婦だからといって押さえつけるようにジッとさせるのは健全ではない。
しばらく待つと、目の前のテーブルにユノーが手づから淹れてくれたお茶が並んだ。
それに手を伸ばし、一口含んで唇を湿らす。
「…うん、お茶だ」
「お茶だねぇ」
紛うことなきお茶に、それ以外言うことはなく、パーラもホッとした声で続いた。
特に高級というわけでもなく、フィンディならちょっと金を出せば普通に手に入る品だ。
当然、まずいはずもなく、ちゃんと手順を守って淹れられているので、美味しいお茶として楽しめる。
「そりゃお茶だよ。酒でも出すと思ってたのかい?」
てっきりこういう家を持ったぐらいだから、お茶もグレードの高いものが出てくると思い込んでしまった。
まぁ、コンウェルとユノーの二人合わせた稼ぎはいいはずなので、手が出ないというわけではないだろうが。
「そういう意味では…。あぁそうだ。これ、結婚と懐妊のお祝いです」
少し遅くなったが、テーブル越しにユノーへと包みを手渡す。
「あらま、気を遣わせて悪いねぇ。見てもいいかい?」
「勿論、どうぞ」
麻布のような荒い布をめくると、そこから姿を見せたのは握り拳大の果物の実だ。
新婚祝いで、妊婦が食べても大丈夫なものとして、青果店の人間から勧められた。
5つほどあるそれは、黄色味がかった緑色のカキのような見た目で、まだ未成熟ではないかと思われたが、これで丁度食べ頃なのだそうだ。
「こいつはラコロの実じゃないか!この時期に、よく手に入ったね」
季節外れの果物の登場に、ユノーの目が驚きで見開かれた。
このラコロの実というのは、ある特定の季節の間だけ、野生の果樹から採れるものであるため、あまり出回らない希少な果物だとか。
「えへへへ、凄いでしょ。店の人がたまたま手に入ったって言っててさ、無理を言って買い取ったんだ。これって妊婦さんが食べても大丈夫なやつなんだよね?」
自慢げに言うパーラだが、実際、青果店の店主は見せびらかすだけで売るつもりはなかったようだが、パーラの巧みな交渉と大金で強引に買い上げた形だ。
正直、やり方は褒められたものではないが、友人へのお祝いなのでどうか許して欲しい。
「そうさ。あたしはもう終わってるけど、悪阻がひどい時でも、これだけは食べれるってぐらい美味しいんだよ」
「へぇ…そんなに」
嬉々として説明をするユノーの言葉に、ギラリと目を光らせるパーラは、ラコロの実をロックオンしたようだ。
「…興味あるみたいね、パーラ。早速一つ食べてみようか。皆でさ」
そう言ってキッチンへ引っ込んだユノーが再び姿を見せると、その手には皮を剥かれて切り分けられたラコロの実が載った皿があった。
テーブルの上に皿が置かれ、それぞれが手を伸ばして口へと運ぶ。
断面の感じはリンゴや梨と言った感じだったが、歯応えはバナナに似ている。
異世界だけあって、不思議な食べ物だ。
「ん…かなり酸っぱいな、これ」
レモンほどではないが、かなり強い酸味が舌に感じられる。
俺はあまり好きではないな。
「そう?私は好きだけど」
「人によっては好みは分かれる味だろうね。コンウェルなんかはよく酒と一緒に食べてたよ」
まじか。
これを酒の肴に出来るとは、コンウェルもやるな。
「そう言えば、そのコンウェルさんはどちらに?」
「あいつなら今日はギルドの方に詰めてるよ」
「詰めてる?依頼に出てるではなく?」
その言い方だと、まるでギルド職員にでもなったかのように思えるが。
「あぁ、そこも説明がいるか。ほら、あたしって今こんな体だろ?だから街から離れないで仕事をしたいってコンウェルが言っててね。ギルドで新人に色々と教える仕事を請け負ってるってわけ」
なるほど、前に俺とパーラが受けた新人研修をコンウェルがやっているわけか。
この場合は冒険者が希望すれば受けられる研修なので、不定期に仕事が発生するため、ここにいないということは新人研修が行われているということだ。
「…本当はさ、あたしのことなんて気にしないで、冒険者稼業を続けて欲しいんだよ。なんだかこれじゃ、コンウェルの足を引っ張ってるみたいじゃない?」
「そんなことは…」
ない、と即座にいい切れないのは、今のユノーの表情に俺が軽々しく言えない何かが感じられたせいだ。
まだ未熟で独り者でしかない俺が、二人の関係に知った風な口を挟むのはどうかと思えた。
「あ、違うよ。それが嫌だってんじゃないの。むしろ嬉しいんだ。あたしのことを優先してくれたんだって思えてね。けど…それでもさ、冒険者やってた時のあいつ、かっこよかったから……やめよう!この話は!」
妊娠した女性は色々と感情の起伏が激しいと聞く。
ユノーもその例に漏れないのか、先程までの明るいものから愁いを帯びた顔に変わったのには、俺もパーラも下手に声を掛けるのが躊躇われた。
しかしそこはユノーも成熟した女性だけあって、こちらの空気を察して明るい声でそう言って笑顔に変わる。
若干頬を赤らめた様子から、最後の方の台詞には恥ずかしさも覚えたようだ。
「コンウェルは夕方にでも帰ってくるから、夕食を食べながらつもる話でもしようじゃないか。あんたら、今日は泊ってくだろ?部屋だけは空いてるんだから、遠慮は無しだよ」
「いや、流石にお邪魔は―」
「あ、じゃお世話になりまーす!」
まだまだ新婚と言えるコンウェル達の家に、俺達が泊まるのは邪魔になるだろうと思って断ろうとしたが、パーラが被せてきたことで言いかけた言葉を飲み込むしかなかった。
前にもあったが、こういう時に遠慮しないパーラは肝が太い。
「ふふふ、うん、お世話になってって頂戴。まずは二人の部屋に案内しなきゃね。さ、ついといで」
パーラの反応が面白かったのか、笑いながら立ち上がったユノーに付いていき、二階へと続く階段を上がる。
屋敷の二階に上がるとすぐに、左右に伸びる廊下が目に付き、そこに等間隔で並ぶ扉の一つ一つが客室なのだが、今日まで使う機会はなかったので、俺達が最初の利用者となるそうだ。
「こっち側の部屋はまだ手を付けてないから、こっちの廊下側のなら好きに部屋を使って構わないよ」
そう言って指差された廊下へと向かい、その中の扉を一つ開けてみる。
中は思ったよりも広く、10帖は余裕であろうかというほど。
調度品はベッドとソファセット、備え付けのクローゼットとシンプルだが、一晩泊まるには十分だ。
ただし、ベッドには布団などはない状態なので、後で物置にしている部屋から予備を持ってくるとユノーは言ったが、世話になるのだからそれぐらいは俺達がやろう。
「結構綺麗にしてるんですね」
「当たり前じゃない。あたしらが住む家なんだから、掃除ぐらいはしてるっての。…まぁ、まだ半分ぐらいしか出来てないけど」
つい失礼なことを言ってしまったが、これだけ広い屋敷だと流石に全部整えるのに時間はかかるようで、さっき言った逆の方の廊下側はまだまだ掃除が済んでいないということなのだろう。
「一応聞くけど、あんたら部屋は一緒の方がいい?」
「んー…そうだね、まぁ一緒でも―」
「別々でお願いします」
「もぉー、なんで嫌がるのさー。寝るだけなんだから、一緒でもいいじゃん」
「寝るだけなんだからこそ、別々でもいいだろ」
何故か同じ部屋で寝ようとするパーラだが、部屋はあるのだから別れて使えばいい。
この部屋にもベッドは一つだけなのだから、一人一部屋が基本なのだろう。
膨れるパーラを放っておき、ユノーから場所を聞いて予備の布団を取りに行く。
「…パーラも大変だね。コンウェルほどじゃないけど、あれも中々鈍感な質じゃないの?」
「そうなんだよ、アンディったらさ―」
部屋に残るパーラとユノーが、何やら俺をネタに盛り上がり始めたので、足早にその場を離れる。
俺の名誉にかかわることを言われそうではあるが、聞かなければ知らないのと一緒だ。
しばらくはあの二人も話が盛り上がりそうなので、さっさと部屋を整えて、夕食の仕込みでもやっておくか。
一泊の恩だ。
ユノーの体のこともあるし、それぐらいはしないとな。
陽が沈み、魔道具の明かりが灯る家へとコンウェルが帰ってきた。
出迎えたユノーと抱擁を交わし、その後に俺とパーラの姿を認めて驚き、再会を喜ぶという一幕を終え、今は四人でテーブルを囲んで食事を摂っている。
意外としっかり料理が出来るユノーと俺が協力し、用意した食事は夫婦二人ではまず作ることのない大量なもので、主に大食漢であるパーラがモリモリと食い進めている。
「なんだ、それじゃ俺が送った手紙を見てきてくれたわけじゃないのか」
「ええ。手紙はアシャドルへ送ったんでしょう?俺とパーラはここ一年ほど、マルステル男爵領で世話になっていましたから。だから今回、フィンディにはただ挨拶で寄っただけだったんですが……結婚と妊娠のことをいっぺんに聞いた時は、顎が外れるぐらい驚きましたよ」
コンウェルは俺達がアシャドルにいると想定して、結婚の報告を手紙で知らせてくれてはいたようだが、タイミング悪く、丁度その時俺とパーラはアイリーンのところにいた。
手紙の送り先より、実際にはすぐ近くにいたというのだから、もう少し早くフィンディに顔を出していれば手紙の手間は省けたと思うのは、まぁ今更か。
俺もパーラも、色々と忙しかったしな。
「そりゃ驚かせて悪かったな。けど、俺だってまさかこんな早く父親になるなんてって、びっくりしたんだ。ほんと、何もかもが急で参ったよ…」
「なんだい、まさかあたしとのことを後悔してんのかい?」
コンウェルのカップに酒を注ぎながら、自分のお茶を飲み干したユノーが剣呑な目でコンウェルを見つめていた。
ちなみに、このお茶はちゃんと妊婦も飲めるやつで、お腹の子に影響がない安心から、ユノーは結構ガブガブ飲んでいる。
ノンカフェインのお茶でも、飲み過ぎはよくないと聞くが、これはどうなのだろうか。
「ばか、んなわけねーだろ。そりゃあ男として責任を取らなきゃって思ったのは確かだけどよ、お前とのことは…あれだ、まぁ…いずれは!そうなるだろうって思ってたしな」
若干焦り気味ではあるが、自分の気持ちを口にするコンウェルは、ユノーの顔を直視できないほど照れているのが分かる。
酒のせいもあるだろうが、顔が真っ赤だ。
「んっふぅー、よーしよし、合格だ」
アルコールは入っていないが、コンウェルの言葉に酔ったのか、満足気にこちらも顔を赤らめて喜ぶユノー。
仲のいい夫婦だ。
「それにしても、本当に凄い家を手に入れましたね。下手な貴族より立派な屋敷ですよ、これ」
何となく空気がピンク色っぽくなりそうだったので、新居のことへ話題を変えてみる。
新婚夫婦が自分の家を褒められると空気と口が軽くなるのは、きっとこの世界でも同じはずだ。
「ん、あぁ、本当はもっとこじんまりとした家でよかったんだが、子供が生まれた時のことも考えたら、広いところがいいと思ってな。ここはどっかの商人が別荘にしてたらしくて、持ち主がいなくなってから処分に困ってたってんで、格安で売ってもらったんだ」
「あたしもこいつも蓄えはそれなりにあったし、大きさの割にはお買い得だったってのが決め手だね」
「へぇ、お買い得……曰くつきですか?」
これだけの物件だ。
意味も無く安いわけがない。
「おいおい、変なこと言うなよ。ちゃんと説明を受けて、納得して買ったっての」
「そうだよ。あたしも一緒に説明を受けたし、変な話なんてないよ」
「そうですか。ならいいんですけど」
少し疑い過ぎたか。
笑いあう二人の様子から、普通に問題のない物件のようだ。
ここでは違法建築というのがあるのかは分からないが、手抜き工事などの欠陥住宅ではないのなら安心だ。
「まぁ元の持ち主の商人が、この屋敷で正妻と愛人と使用人を惨殺してたってのには驚いたけどな」
「あっはっはっは、そうだね。あんなドロドロの人間関係があるなんて。歌劇にしてもいいぐらいだよ」
それだよ。
安い理由それだよ。
おいおいおいおいおいおい。
まじかよ、この家、人が死んでんのか。
しかも、相当凄惨な事件が起きてるってことは、恨みが染みついてるのは間違いないだろう。
アンデッドなんかが普通にいる世界だから、当然幽霊も普通にいる。
ただ、無条件で人を襲う動く死体と違い、幽霊の方は実体を持たず、人を襲ったり襲わなかったり、なんかよく分からん存在なのはこの世界でも一緒だ。
いかん。
今の話を聞いて、一気に食欲がなくなった。
というか、今夜ここに泊まるのすら怖い。
「あ、あの、もしかしてここって幽霊とか出たりしますかね?」
震える声を何とか抑えこみ、コンウェル達に尋ねる。
もしもそうだとしたら、俺は今すぐここを出ていくぞ。
「幽霊?んなもん出るわけねーだろ。俺とユノーはもう半年近くここで暮らしてるが、そんなのは一度も見たことはないぞ。なあ?」
「うん。まぁ時々食器の位置が変わってたり、勝手に扉が開いたりするぐらいはあるけど、幽霊は見たことが無いね」
「いやそれ!それ幽霊の仕業ですよ!」
『え?そうなの?』
ダメだこの夫婦、早く何とかしないと。
明らかにポルターガイスト現象だと思われるものを体験しながら、幽霊の存在を考えないとは、この夫婦はどれだけ呑気なんだ。
しかしますますもってここにはいられない。
適当な理由をつけて、飛空艇に戻った方がよさそうだ。
いや別に幽霊が怖いとかそういうわけじゃなくて、ただよく分からん存在とは距離を置きたいだけなんだ、うん。
「おい、パーラ。やっぱり今日は―」
「えー?あんだってー?」
今日は飛空艇に戻ろうと言おうとしたが、いつの間に出来上がったのか、完全な酔っ払い状態のパーラが俺の隣にいた。
妙に静かに飯を食ってると思ったらこいつ、しっかり酒も飲んでやがったのか。
「…お前、飲みすぎだろ」
「はぁ?とんでもねー。私ゃ神様だよー」
志村け〇感が凄い。
だめだ、こりゃ。
「あらら。パーラったら、いつの間に瓶一本開けたんだい。ほら、もう飲むのはおよしよ」
「あーん。私のー」
ユノーが酒瓶をパーラから遠ざけるが、まだ手を伸ばして酒を求めるパーラはもうダメだ。
この調子だと、やっぱりここに泊まらせるしかない。
となると、パーラだけ残していくのはまずいか。
……仕方ない。
今夜はここに世話になるのは決まっていたのだし、腹を括ろう。
なに、俺だっていくつもの修羅場をくぐってきた男だ。
幽霊なんぞにびびってたまるか。
あ、ユノーさん。塩を少し分けてもらえますか?
いえ、深い理由はないんですけど、俺、枕元に塩が無いと寝れないんで。
変わってる?よく言われます。
世界が変われば、祝い方も変わるものだが、文化や風習と言った面から、贈り物としては避けるべきものも当然ある。
この世界で、新婚祝いとして厳密に禁止されているものというのはほとんどないが、懐妊のお祝いとしては絶対に贈ってはならないものが一つだけあった。
それは刃物だ。
金属の刃物を妊婦が持つことで、胎児が生まれながらに持つ親との精神的な繋がりを切ってしまう、と言われているらしい。
あくまでも大昔からの言い伝え的な物で、現代ではそこまで厳しく守られることはないそうだが、妊娠初期のお祝いとしては避けるのがマナーだ。
よく日本では昔から刃物を贈るのは未来を切り開く、災いを斬るという意味があって縁起がいいそうだが、この世界では逆の意味になるのはなかなか興味深いものがある。
「詳しいな、パーラ」
「まぁね。行商人時代に、そういう関係で取引を何度か変更したことがあってさ。ちなみに、刃物とは言っても、最近じゃ料理に使う包丁とかナイフはよしとする、って風潮らしいよ。だから、妊婦さんには剣とか槍とかの武器は近付けさせないようにって話なんだって」
「そりゃあ妊婦って言っても普通に料理はするだろうし、完全に刃物から離れて生活できるわけもないしな」
バイクで移動しながら、コンウェル達へのプレゼントの講義をしてくれたパーラは、流石元商人だけあってそういう贈り物にも詳しい。
兄妹で各地を回って商売をしていた頃は、地方で根強く残る言い伝えが原因で、取引が途中で変更されることはよくあったのだとか。
特に、急な妊娠の発覚なんかで、商品の変更や追加が発生してしまうと、パーラ達のような中小の商人には大変なことだったろうに。
「ソーマルガじゃどうかわからないけど、アシャドルだとそんな感じだったね」
「なるほど、全く同じとは言わないが、似たような風習とかはありそうか。この手の話は、全く根拠なく残っているわけもないしな」
胎児との精神的な繋がりというのはともかく、妊婦の体を大事にするという点から、家事の負担を減らそうとして包丁から遠ざけた結果が、そういう話として残っているのは十分考えられる。
あるいは、口減らしのために堕胎させる際、妊婦の手元に武器があっては抵抗される恐れがあるからというのも無いとは言えない。
子供は宝ではあるが、土地や時代などによっては必ずしも望まれるとは限らないのだ。
悲しいことだが、過酷な世界を人が生きるために、そういう選択もまたあったはずだ。
そんなことを考えつつ、俺達は適当に店を回ったが、そうした中でも店の人間に妊婦への贈り物についていろいろと聞いてみた。
何がダメで何がいいのかは、やはりその土地の人間が知っているだろうからな。
そうして店を梯子している時、ふと立ち寄った服屋からなかなか興味深い話が聞けた。
そこの店主が言うには、完全にダメというわけではなく、避けたほうがいいものとして、腹巻がそうなのだという。
寒暖差の激しいこの地域では、夜の寒さでお腹を冷やさないよう、妊婦には暖かい布で作った腹巻が欠かせない。
それは別にこの土地に限った話ではないが、面白いのはこの腹巻、妊婦が自分で布から手作りをするのが習わしで、しかも子供が生まれた後はおくるみとして使うようになるという品だ。
腹巻ぐらい買ってもいいだろうと思うのだが、店主曰く、二人目以降の場合は構わないが、初産の時は自分で作らなければならないとのこと。
なんでも、妊婦が糸を布に通すという行動には、無事の出産を祈るのと同じ意味が込められるそうで、そうして作られる腹巻は所謂お守りのような扱いになるそうだ。
出産を終えて腹巻が必要なくなっても、捨てずに布として保管しておき、今度は自分の子供が成人して結婚したら、その布を子供の子供用にと与えるのだそうだ。
結婚した男女の元には、それぞれの親から与えられる腹巻用の布が最低二組はあるそうで、大抵は三代も渡れば布はダメになるので、最後の方は当て布程度にしか残らないらしい。
なんか親子で引き継がれるものがあるって、素敵やん。
しかし腹巻は避けるとなると、なんとなく着るものを贈るのもどうかと思えてくるもので、ここはひとつ、何か旨い物で手を打つとしよう。
「……本当にここか?住所、間違ってないよな?」
コンウェル達のと思われる家を前にし、思わずパーラにそう尋ねてしまう。
「いや合ってるよ。区割りと壁の色も聞いた通りだし。…まぁ、気持ちは分かるけど」
パーラはそう言うが、目の前の光景を見て抱いた思いは俺と同じのようだ。
住所に間違いはない。
外観も聞いていたものと一致している。
だがそれでも、目の前の家がコンウェル達のものだと認めるのを躊躇う理由があった。
何故か?
デカ~いッッ!説明不要ッッ!
という感じで、想像していた家というよりも、屋敷と形容できるほどの大きさの物がそこに建っていたのだ。
城や砦といったものと比べれば確かに小さい。
しかし、それなりに貴族の屋敷を訪れたことのある俺が見ても、遜色ないほどに立派な建物がコンウェル達の新居だというのには驚きだ。
街の限られた土地に建ちながら、前庭は馬車を十台は余裕で停められるスペースがあり、門の口の広さは馬車二台が並んで通れるほどに大きい。
奥に見える建物は二階建てのようだが、横にも伸びるその広さは10両編成の電車が余裕で収まろうかというほどだ。
正直、ここと比べたらアイリーンの屋敷は玩具みたいに思えてしまう。
これだけの屋敷なら、門番の一人でもいそうなものだが、門扉こそ閉じられていても近くに人の気配はない。
「これ、どうすりゃいいんだ?いきなり門を開けてもいいのか?」
屋敷までの距離感と閉じられた門扉から、普通は門番に来訪を告げて、家人に取り次いでもらうのだが、その門番がいないのではどうしようもない。
まさかインターホンなんかもあるまいに。
「流石にだめでしょ、それは。普通に声を掛けるしかないんじゃない?」
「…届くか?玄関扉までかなり離れてるぞ」
「私が魔術でやろうか?その気になれば、一区画に響かせられるよ」
「やめろって。近所迷惑になる」
知り合いを尋ねた先で、音響兵器とすらいえる魔術を市街地で使わせるわけにはいかない。
俺達だけでなく、コンウェル達の近所付き合いにも影響が出る。
しかしどうにかして来訪をコンウェルに伝えたい俺は、無駄とは思いつつも、門の周りに視線を巡らせる。
すると、門柱の一つにドアノッカーらしきものを見つけた。
よく扉に取りつけられる輪っか状のあれだ。
一応、この世界でもドアノッカー自体は普通に見たことはあるが、直に門柱へ取り付けてあるのは初体験だ。
凝った装飾などもない丸くシンプルなドアノッカーで、何故門柱に取り付けたのかは分からないが、無意味にあるとは思えず、何となくそれを三度ほど叩くように動かしてみる。
ドアノッカーの素材と、叩いた時の手応えからもう少し大きい音を想像していたのだが、不思議なことに音がほとんど鳴らない。
これではドアノッカーとしては役に立っていないが、もしかしたら使い方が違うのだろうか。
「はいはいー。どちらさまー?」
ドアノッカーの存在意義を疑問視していると、門扉の格子から覗ける屋敷の玄関扉が開き、そこから見慣れた顔が現れた。
どういう仕組みか、俺のノックは屋敷の扉に伝わったようで、ちゃんと来客の存在を家主に教えてくれたらしい。
「…んん?あ!なんだ、アンディとパーラじゃないのさ!久しぶりだねぇ!」
俺達の顔を見て、笑顔で駆け寄ってきたユノーが門扉を開けて俺達を敷地内へと招き入れる。
何年かぶりに見たユノーは色々と変わった部分はあるが、やはり目につくのは膨らんだお腹だ。
全身がゆったりとした服を纏っていても、妊娠していると明らかに分かるのは、元々スレンダーだった体型のユノーが、母になるべくして体型が変化したからだろう。
「お久しぶりです、ユノーさん。遅くなりましたけど、結婚のお祝いにきました」
「もー、びっくりしたよ。シャミーさんに聞くまで、結婚したなんで全然知らなかったんだからね。しかも妊娠までしてたなんて」
「えーなに?そんなに驚いた?あたしとしては、やっと結婚出来たって感じで、安心したぐらいなんだけどね。…ま、立ち話もなんだし、入んなよ」
ユノーに先導されてそのまま玄関扉を潜り、屋敷の中へと一歩踏み込むと、目の前に広がった光景に思わず感嘆のため息が出る。
まるで貴族が住む屋敷のように玄関ホールが設えており、ここだけでちょっとしたパーティが出来そうなぐらいに広い。
壁際には二階へと続く階段が左右に一本ずつ伸びており、ある意味貴族屋敷のテンプレート通りの造りともいえる。
おまけにここまで来ると、室内の空気は涼しいものに変わっており、日が避けられている以外にも、魔道具で空調が効いているようだ。
見た目通り、そういった設備も充実しているのだろう。
「はー、立派な家だねぇ。これって新しく建てたの?」
「んーなわきゃないでしょ。中古の物件を買っただけさ」
キョロキョロと見回していたパーラがユノーに尋ねると、苦笑交じりで否定した。
なるほど、中古物件ならこのクラスの屋敷も多少は手が出しやすいか。
玄関ホールを抜けて、ユノーに案内されて向かった先は、この家のリビングだ。
ソファーとテーブルが部屋の中央に置かれ、壁際にある収納棚には生活感のある品々が収まっており、ここがコンウェル達の生活の中心だと窺える。
「さ、適当に座って頂戴。今お茶を淹れたげるよ」
少し離れた場所に、ちょっとしたキッチンのようなものがあり、そこへ向かおうとしたユノーの背中に声を掛ける。
「あ、お茶なら俺が淹れますよ。ユノーさんこそ、妊婦なんですから座っててください」
「何言ってんの。妊婦は病人じゃないんだよ。お茶ぐらい淹れさせな」
ヒラヒラと手を振られ、さっさと行ってしまったユノーに、俺は何も言えずソファーへと座りなおす。
確かにユノーの言う通り、妊婦だからといって押さえつけるようにジッとさせるのは健全ではない。
しばらく待つと、目の前のテーブルにユノーが手づから淹れてくれたお茶が並んだ。
それに手を伸ばし、一口含んで唇を湿らす。
「…うん、お茶だ」
「お茶だねぇ」
紛うことなきお茶に、それ以外言うことはなく、パーラもホッとした声で続いた。
特に高級というわけでもなく、フィンディならちょっと金を出せば普通に手に入る品だ。
当然、まずいはずもなく、ちゃんと手順を守って淹れられているので、美味しいお茶として楽しめる。
「そりゃお茶だよ。酒でも出すと思ってたのかい?」
てっきりこういう家を持ったぐらいだから、お茶もグレードの高いものが出てくると思い込んでしまった。
まぁ、コンウェルとユノーの二人合わせた稼ぎはいいはずなので、手が出ないというわけではないだろうが。
「そういう意味では…。あぁそうだ。これ、結婚と懐妊のお祝いです」
少し遅くなったが、テーブル越しにユノーへと包みを手渡す。
「あらま、気を遣わせて悪いねぇ。見てもいいかい?」
「勿論、どうぞ」
麻布のような荒い布をめくると、そこから姿を見せたのは握り拳大の果物の実だ。
新婚祝いで、妊婦が食べても大丈夫なものとして、青果店の人間から勧められた。
5つほどあるそれは、黄色味がかった緑色のカキのような見た目で、まだ未成熟ではないかと思われたが、これで丁度食べ頃なのだそうだ。
「こいつはラコロの実じゃないか!この時期に、よく手に入ったね」
季節外れの果物の登場に、ユノーの目が驚きで見開かれた。
このラコロの実というのは、ある特定の季節の間だけ、野生の果樹から採れるものであるため、あまり出回らない希少な果物だとか。
「えへへへ、凄いでしょ。店の人がたまたま手に入ったって言っててさ、無理を言って買い取ったんだ。これって妊婦さんが食べても大丈夫なやつなんだよね?」
自慢げに言うパーラだが、実際、青果店の店主は見せびらかすだけで売るつもりはなかったようだが、パーラの巧みな交渉と大金で強引に買い上げた形だ。
正直、やり方は褒められたものではないが、友人へのお祝いなのでどうか許して欲しい。
「そうさ。あたしはもう終わってるけど、悪阻がひどい時でも、これだけは食べれるってぐらい美味しいんだよ」
「へぇ…そんなに」
嬉々として説明をするユノーの言葉に、ギラリと目を光らせるパーラは、ラコロの実をロックオンしたようだ。
「…興味あるみたいね、パーラ。早速一つ食べてみようか。皆でさ」
そう言ってキッチンへ引っ込んだユノーが再び姿を見せると、その手には皮を剥かれて切り分けられたラコロの実が載った皿があった。
テーブルの上に皿が置かれ、それぞれが手を伸ばして口へと運ぶ。
断面の感じはリンゴや梨と言った感じだったが、歯応えはバナナに似ている。
異世界だけあって、不思議な食べ物だ。
「ん…かなり酸っぱいな、これ」
レモンほどではないが、かなり強い酸味が舌に感じられる。
俺はあまり好きではないな。
「そう?私は好きだけど」
「人によっては好みは分かれる味だろうね。コンウェルなんかはよく酒と一緒に食べてたよ」
まじか。
これを酒の肴に出来るとは、コンウェルもやるな。
「そう言えば、そのコンウェルさんはどちらに?」
「あいつなら今日はギルドの方に詰めてるよ」
「詰めてる?依頼に出てるではなく?」
その言い方だと、まるでギルド職員にでもなったかのように思えるが。
「あぁ、そこも説明がいるか。ほら、あたしって今こんな体だろ?だから街から離れないで仕事をしたいってコンウェルが言っててね。ギルドで新人に色々と教える仕事を請け負ってるってわけ」
なるほど、前に俺とパーラが受けた新人研修をコンウェルがやっているわけか。
この場合は冒険者が希望すれば受けられる研修なので、不定期に仕事が発生するため、ここにいないということは新人研修が行われているということだ。
「…本当はさ、あたしのことなんて気にしないで、冒険者稼業を続けて欲しいんだよ。なんだかこれじゃ、コンウェルの足を引っ張ってるみたいじゃない?」
「そんなことは…」
ない、と即座にいい切れないのは、今のユノーの表情に俺が軽々しく言えない何かが感じられたせいだ。
まだ未熟で独り者でしかない俺が、二人の関係に知った風な口を挟むのはどうかと思えた。
「あ、違うよ。それが嫌だってんじゃないの。むしろ嬉しいんだ。あたしのことを優先してくれたんだって思えてね。けど…それでもさ、冒険者やってた時のあいつ、かっこよかったから……やめよう!この話は!」
妊娠した女性は色々と感情の起伏が激しいと聞く。
ユノーもその例に漏れないのか、先程までの明るいものから愁いを帯びた顔に変わったのには、俺もパーラも下手に声を掛けるのが躊躇われた。
しかしそこはユノーも成熟した女性だけあって、こちらの空気を察して明るい声でそう言って笑顔に変わる。
若干頬を赤らめた様子から、最後の方の台詞には恥ずかしさも覚えたようだ。
「コンウェルは夕方にでも帰ってくるから、夕食を食べながらつもる話でもしようじゃないか。あんたら、今日は泊ってくだろ?部屋だけは空いてるんだから、遠慮は無しだよ」
「いや、流石にお邪魔は―」
「あ、じゃお世話になりまーす!」
まだまだ新婚と言えるコンウェル達の家に、俺達が泊まるのは邪魔になるだろうと思って断ろうとしたが、パーラが被せてきたことで言いかけた言葉を飲み込むしかなかった。
前にもあったが、こういう時に遠慮しないパーラは肝が太い。
「ふふふ、うん、お世話になってって頂戴。まずは二人の部屋に案内しなきゃね。さ、ついといで」
パーラの反応が面白かったのか、笑いながら立ち上がったユノーに付いていき、二階へと続く階段を上がる。
屋敷の二階に上がるとすぐに、左右に伸びる廊下が目に付き、そこに等間隔で並ぶ扉の一つ一つが客室なのだが、今日まで使う機会はなかったので、俺達が最初の利用者となるそうだ。
「こっち側の部屋はまだ手を付けてないから、こっちの廊下側のなら好きに部屋を使って構わないよ」
そう言って指差された廊下へと向かい、その中の扉を一つ開けてみる。
中は思ったよりも広く、10帖は余裕であろうかというほど。
調度品はベッドとソファセット、備え付けのクローゼットとシンプルだが、一晩泊まるには十分だ。
ただし、ベッドには布団などはない状態なので、後で物置にしている部屋から予備を持ってくるとユノーは言ったが、世話になるのだからそれぐらいは俺達がやろう。
「結構綺麗にしてるんですね」
「当たり前じゃない。あたしらが住む家なんだから、掃除ぐらいはしてるっての。…まぁ、まだ半分ぐらいしか出来てないけど」
つい失礼なことを言ってしまったが、これだけ広い屋敷だと流石に全部整えるのに時間はかかるようで、さっき言った逆の方の廊下側はまだまだ掃除が済んでいないということなのだろう。
「一応聞くけど、あんたら部屋は一緒の方がいい?」
「んー…そうだね、まぁ一緒でも―」
「別々でお願いします」
「もぉー、なんで嫌がるのさー。寝るだけなんだから、一緒でもいいじゃん」
「寝るだけなんだからこそ、別々でもいいだろ」
何故か同じ部屋で寝ようとするパーラだが、部屋はあるのだから別れて使えばいい。
この部屋にもベッドは一つだけなのだから、一人一部屋が基本なのだろう。
膨れるパーラを放っておき、ユノーから場所を聞いて予備の布団を取りに行く。
「…パーラも大変だね。コンウェルほどじゃないけど、あれも中々鈍感な質じゃないの?」
「そうなんだよ、アンディったらさ―」
部屋に残るパーラとユノーが、何やら俺をネタに盛り上がり始めたので、足早にその場を離れる。
俺の名誉にかかわることを言われそうではあるが、聞かなければ知らないのと一緒だ。
しばらくはあの二人も話が盛り上がりそうなので、さっさと部屋を整えて、夕食の仕込みでもやっておくか。
一泊の恩だ。
ユノーの体のこともあるし、それぐらいはしないとな。
陽が沈み、魔道具の明かりが灯る家へとコンウェルが帰ってきた。
出迎えたユノーと抱擁を交わし、その後に俺とパーラの姿を認めて驚き、再会を喜ぶという一幕を終え、今は四人でテーブルを囲んで食事を摂っている。
意外としっかり料理が出来るユノーと俺が協力し、用意した食事は夫婦二人ではまず作ることのない大量なもので、主に大食漢であるパーラがモリモリと食い進めている。
「なんだ、それじゃ俺が送った手紙を見てきてくれたわけじゃないのか」
「ええ。手紙はアシャドルへ送ったんでしょう?俺とパーラはここ一年ほど、マルステル男爵領で世話になっていましたから。だから今回、フィンディにはただ挨拶で寄っただけだったんですが……結婚と妊娠のことをいっぺんに聞いた時は、顎が外れるぐらい驚きましたよ」
コンウェルは俺達がアシャドルにいると想定して、結婚の報告を手紙で知らせてくれてはいたようだが、タイミング悪く、丁度その時俺とパーラはアイリーンのところにいた。
手紙の送り先より、実際にはすぐ近くにいたというのだから、もう少し早くフィンディに顔を出していれば手紙の手間は省けたと思うのは、まぁ今更か。
俺もパーラも、色々と忙しかったしな。
「そりゃ驚かせて悪かったな。けど、俺だってまさかこんな早く父親になるなんてって、びっくりしたんだ。ほんと、何もかもが急で参ったよ…」
「なんだい、まさかあたしとのことを後悔してんのかい?」
コンウェルのカップに酒を注ぎながら、自分のお茶を飲み干したユノーが剣呑な目でコンウェルを見つめていた。
ちなみに、このお茶はちゃんと妊婦も飲めるやつで、お腹の子に影響がない安心から、ユノーは結構ガブガブ飲んでいる。
ノンカフェインのお茶でも、飲み過ぎはよくないと聞くが、これはどうなのだろうか。
「ばか、んなわけねーだろ。そりゃあ男として責任を取らなきゃって思ったのは確かだけどよ、お前とのことは…あれだ、まぁ…いずれは!そうなるだろうって思ってたしな」
若干焦り気味ではあるが、自分の気持ちを口にするコンウェルは、ユノーの顔を直視できないほど照れているのが分かる。
酒のせいもあるだろうが、顔が真っ赤だ。
「んっふぅー、よーしよし、合格だ」
アルコールは入っていないが、コンウェルの言葉に酔ったのか、満足気にこちらも顔を赤らめて喜ぶユノー。
仲のいい夫婦だ。
「それにしても、本当に凄い家を手に入れましたね。下手な貴族より立派な屋敷ですよ、これ」
何となく空気がピンク色っぽくなりそうだったので、新居のことへ話題を変えてみる。
新婚夫婦が自分の家を褒められると空気と口が軽くなるのは、きっとこの世界でも同じはずだ。
「ん、あぁ、本当はもっとこじんまりとした家でよかったんだが、子供が生まれた時のことも考えたら、広いところがいいと思ってな。ここはどっかの商人が別荘にしてたらしくて、持ち主がいなくなってから処分に困ってたってんで、格安で売ってもらったんだ」
「あたしもこいつも蓄えはそれなりにあったし、大きさの割にはお買い得だったってのが決め手だね」
「へぇ、お買い得……曰くつきですか?」
これだけの物件だ。
意味も無く安いわけがない。
「おいおい、変なこと言うなよ。ちゃんと説明を受けて、納得して買ったっての」
「そうだよ。あたしも一緒に説明を受けたし、変な話なんてないよ」
「そうですか。ならいいんですけど」
少し疑い過ぎたか。
笑いあう二人の様子から、普通に問題のない物件のようだ。
ここでは違法建築というのがあるのかは分からないが、手抜き工事などの欠陥住宅ではないのなら安心だ。
「まぁ元の持ち主の商人が、この屋敷で正妻と愛人と使用人を惨殺してたってのには驚いたけどな」
「あっはっはっは、そうだね。あんなドロドロの人間関係があるなんて。歌劇にしてもいいぐらいだよ」
それだよ。
安い理由それだよ。
おいおいおいおいおいおい。
まじかよ、この家、人が死んでんのか。
しかも、相当凄惨な事件が起きてるってことは、恨みが染みついてるのは間違いないだろう。
アンデッドなんかが普通にいる世界だから、当然幽霊も普通にいる。
ただ、無条件で人を襲う動く死体と違い、幽霊の方は実体を持たず、人を襲ったり襲わなかったり、なんかよく分からん存在なのはこの世界でも一緒だ。
いかん。
今の話を聞いて、一気に食欲がなくなった。
というか、今夜ここに泊まるのすら怖い。
「あ、あの、もしかしてここって幽霊とか出たりしますかね?」
震える声を何とか抑えこみ、コンウェル達に尋ねる。
もしもそうだとしたら、俺は今すぐここを出ていくぞ。
「幽霊?んなもん出るわけねーだろ。俺とユノーはもう半年近くここで暮らしてるが、そんなのは一度も見たことはないぞ。なあ?」
「うん。まぁ時々食器の位置が変わってたり、勝手に扉が開いたりするぐらいはあるけど、幽霊は見たことが無いね」
「いやそれ!それ幽霊の仕業ですよ!」
『え?そうなの?』
ダメだこの夫婦、早く何とかしないと。
明らかにポルターガイスト現象だと思われるものを体験しながら、幽霊の存在を考えないとは、この夫婦はどれだけ呑気なんだ。
しかしますますもってここにはいられない。
適当な理由をつけて、飛空艇に戻った方がよさそうだ。
いや別に幽霊が怖いとかそういうわけじゃなくて、ただよく分からん存在とは距離を置きたいだけなんだ、うん。
「おい、パーラ。やっぱり今日は―」
「えー?あんだってー?」
今日は飛空艇に戻ろうと言おうとしたが、いつの間に出来上がったのか、完全な酔っ払い状態のパーラが俺の隣にいた。
妙に静かに飯を食ってると思ったらこいつ、しっかり酒も飲んでやがったのか。
「…お前、飲みすぎだろ」
「はぁ?とんでもねー。私ゃ神様だよー」
志村け〇感が凄い。
だめだ、こりゃ。
「あらら。パーラったら、いつの間に瓶一本開けたんだい。ほら、もう飲むのはおよしよ」
「あーん。私のー」
ユノーが酒瓶をパーラから遠ざけるが、まだ手を伸ばして酒を求めるパーラはもうダメだ。
この調子だと、やっぱりここに泊まらせるしかない。
となると、パーラだけ残していくのはまずいか。
……仕方ない。
今夜はここに世話になるのは決まっていたのだし、腹を括ろう。
なに、俺だっていくつもの修羅場をくぐってきた男だ。
幽霊なんぞにびびってたまるか。
あ、ユノーさん。塩を少し分けてもらえますか?
いえ、深い理由はないんですけど、俺、枕元に塩が無いと寝れないんで。
変わってる?よく言われます。
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