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子は宝だがしまいこむものじゃあない

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「そろそろ旅に戻ろうかと思ってます」

 とある昼下がり、屋敷の執務室を訪れた俺は、開口一番でそう告げた。
 それを聞いて、アイリーンの書類にサインを書き込む手が止まる。

「…もう少しいてもいいのではなくて?例の船、修復の目途が立ったと聞いてますわよ」

「だからですよ。船の修復にも進展が見えた時から、出発は考えてましたし」

 先日、メイエル達によってテルテアド号の人工頭脳に復活の兆しが見え始めた。
 ヘイムダルの助言により、船内にあったいくつかの重機と魔導鎧のパーツを流用することで、再起動までこぎつけるまでになっていた。

 ただ、起動はしたが人工の人格を司る基幹部分のデータは破損したままなので、これから時間をかけて仮想人格を再構成していく必要がある。
 この作業はヘイムダルは勿論、いい研究テーマだとして研究者達もとりかかるそうで、どれだけの時間かは分からないが、テルテアド号が完全な状態になるのはそう遠い話ではないだろう。

 船が直るまでは居ようとも思ったが、正直、アイリーンのところに長居をし過ぎている。
 ここは居心地がいいので忘れがちだが、俺達は冒険者なのだ。
 まだまだこの世界を見て回る楽しみを忘れてはいない。

 テルテアド号の修復が進んだのはいいきっかけでもあるので、ここらで再び旅の空に戻るのも悪くない。

「魚醤も完成し、船もとりあえずの扱いは決まりましたから、アンディ達がいなくても十分ではありますわね」

「ええ。なので、パーラとも相談して、ここを離れようかと。とりあえずの出発予定は20日後を考えてます」

「20日…その間に準備を?」

「いえ、準備は粗方終わってます。食料も水も、余剰はまだありましたし。いくらかの補充で事足りますよ。後は、ミーネさんから分けてもらう魚醤の樽と、テルテアド号からの持ち出し品をいくつか積むだけです。それと、ちょっとアイリーンさんにお願いしたいことが」

「お願い?なんですの?」

「ロニのことです」

 俺達は冒険者として旅に出るのは問題ない。
 元々そう暮らしてきたからな。

 だがロニはそうじゃない。
 普通の男の子だ。
 冒険者なんてろくでもない暮らしをさせるにはまだ幼すぎる。

 ロニの養子先も色々と探してはいるが、受け入れ先は全く決まる気配はない。
 ただ、メイエルはボートのメンテナンスで培ったロニの技術者としての片鱗に目を付け、将来の遺物修復要員候補として抱きこもうとしているらしい。

 まぁ本人が望むのならいい進路だ。
 というか、かなりいい。
 この国の遺跡研究者というのは、いわばエリート中のエリートだ。
 ヘタな文官なんかよりよっぽど待遇はいい。

 だが俺の見たところ、ロニはこの村に大分なじみ切っており、メイエルの誘いにも今は恐らく乗らないだろう。
 村には友達も多く、家族のように可愛がってくれる村人もかなりいるらしいので、もういっそ、この村で養子先を探してもいいのでは?と思うが、それもロニの希望によってはありだ。
 この村を離れるのと、メイエルの誘いを天秤にかけたら、どちらを取るかはわかりやすい。
 まぁ今はまだ子供だからこそ、エリート街道というのにも魅力を感じていないだろうがな。

「まぁそんなわけで、ロニをこの村で預かってもらえないかと。勿論、ただでとは言いません。あの船、テルテアド号はアイリーンさんの物として扱ってくれて構いませんから」

 ロニを任せる代わりに、あの船をアイリーンの指揮下に配することを提案してみる。
 まぁ元々アイリーンに預けるつもりだったので、結局変わらないのだが。

 ヘイムダル号は調査とテルテアド号の修復が完了し次第、どこかに移動されるとは聞いているが、テルテアド号は残されたままになる。
 これまで村人達に解放していた談話室や、いざという時の避難先としての価値を考えれば、アイリーンにとって悪い話ではないだろう。

「悪い話ではありませんけど、ロニを預かる代金代わりというのは気に入りませんわね。あの子を預かるのにそういう代価を示す必要はなくってよ。ロニは私の大事な友達なんですから」

 やや冷めた目でそう言われ、俺はアイリーンに対して失礼なことを言ったと自覚した。
 アイリーンも、ロニとは短くない時間を一緒に過ごしていたのだ。
 わざわざ代価を提示されるまでもなく、ロニの面倒を見てくれるほどに絆は深まっている。

「…これは失礼しました。では、あくまでも俺の気持ちということで使ってください」

「あらそう?まぁ気持ちと言う事でしたら有難く使わせてもらいますけど、このことはちゃんとロニに話しましたの?」

「昨夜の内に。一緒に行くって泣きつかれましたけど」

 村を離れること、ロニのことはアイリーンに託すことを本人に明かした時は、癇癪でも起こしたような騒ぎようだった。
 俺とパーラも無責任にロニを置いていくような形に思う所はあったので、あまり強く言う事は出来ず、結局ロニが納得するまでじっくり言い聞かせ、その日は三人一緒に川の字で眠ることでなんとか許してもらった。

「あぁ、それで今朝はむすっとしてましたのね?妙にあなたとパーラを避けていたように見えたのは、そう言う事でしたか」

「ええ、まぁ…」

 結局、朝にはまた不機嫌になったロニに俺とパーラは口もきいてもらえなかったわけだが、仕方がないことだと思っている。
 あまりにも急に決めてしまったことに、ロニも心の整理がまだ出来ていないだけだろう。
 今日一日はパーラがロニに付き合うと言っていたが、夜までには機嫌が直っていることを祈る。







 あっという間に月日は流れ、予定していた通りに出発の日を迎えることが出来た。
 アイリーンだけでなく、村人や研究者も結構な数が見送りに来てくれたのは、少し前にやったやタコ焼きパーティが効いているのだろう。

 多くの人間の舌を焼いたが、その味に魅入られた人間も多く生み出したタコ焼きパーティは、微妙にあった研究者と村人の距離感も解消してくれたようで、手の空いている人達がこうして駆け付けてくれたわけだった。

「ではアイリーンさん、見送りありがとうございます」

「気を付けてお行きなさい。この時期、北からの風が乱れるそうですわよ」

「ええ、聞いてます。なので知り合いに会うのも兼ねて、東寄りに進路を取るつもりです」

 元風紋船の船長だったムンドが言うには、そろそろ北から南に向けて吹く風が怪しくなる時期だそうで、飛空艇で飛ぶ俺達は特に注意が必要だ。
 多少の風でどうこうするわけではないが、大事をとってそのまま北を目指すのではなく、北東へのルートを採用することにした。

 ついでに、途中にあるフィンディに立ち寄り、コンウェルのところに顔を出しておこうという目的もあった。
 思えば、ソーマルガには一年近くいたわけだが、フィンディに近付くことが無かったため、コンウェルには全く会う機会がなかった。
 せっかくソーマルガにいるんだし、この国を離れる前に一目会っておこうと思ったわけだ。
 風でルートが変わるのも、タイミング的には丁度良かったと言える。

「じゃあね、ロニ。しばらく会えないけど、アイリーンさん達の言う事はちゃんと聞くようにね。あと、好き嫌いしないように。ちゃんと魚は骨まで食べるんだよ?」

「うん…、分かった。でも、魚の骨を全部食べるのはパーラぐらいだよ。普通の人はちゃんと食べた形跡が残るんだから」

 少し離れて立つロニに、パーラが別れの言葉を掛けるが、その内容にはロニも思わず突っ込まずにはいられないのだろう。
 確かにカルシウムの点ではパーラの言う事は正しいが、こいつの食い方は極端だ。
 文字通り、パーラが魚を食うと骨すらも残らない。
 それを他の人間にも強いるのは酷だろう。

 ただまぁ、ロニの姉貴分として、自分がいない間のロニを心配しての言葉なので、ロニもちゃんと受け止めてはいるようだ。

「いつになるかは分からないが、俺もパーラもまた顔を出すから、それまでいい子にしてろよ?手紙は出せる時には出すからな」

「うん、待ってる」

 冒険者である俺達は一つ所に留まるとは限らないので、職的に手紙のやり取りはあまり向いていない。
 出す分には問題ないので、こちらから送る形となるが、それでも梨の礫よりはましだと思う。

「よし。んじゃパーラ、そろそろ行くか」

「そだね。改めてアイリーンさん、ロニのことお願いします」

 アイリーンであれば、弟分を託す人間としてこの上なく頼りになるのか、パーラも普段見せることのない殊勝な姿だ。

「ええ、しかと承りましたわ。ロニは私にとっても弟同然。気にせず、お行きなさい」

 そんなアイリーンの言葉を別れの締めとして、俺達は飛空手に乗り込んでジンナ村と飛び立った。
 飛び立ってから見えなくなるまで、手を振り続けたロニの姿に、少しだけ視界が滲む。
 そのうち会いに来るとは言ったが、そう頻繁に来れる近さではないので、次に会える時までを考えると、感慨深いものがある。

 本人が望んだこととはいえ、まだほんの子供のロニを連れ出しておきながら、一人残して旅に出る自分がどうにも身勝手に思えて仕方ない。
 ただ逆に考えると、レジルを始め、しっかりした大人がいるジンナ村にロニを託すことはいいことだと思える。

「…ところでさ、テルテアド号なんだけど、本当にあの処置で大丈夫なの?私としては、別に代行ってことじゃなくて、アイリーンさんが船長でもよかったのに」

 先程から窓を見てジッとしていたと思っていたら、唐突にパーラがそんなことを言いだす。

「あれでいいんだよ。どのみち、船の所有権は俺達にあるんだから、アイリーンさんを船長に据えちまうと面倒なことになっちまう」

 パーラが言っているのは、村を離れるにあたり、テルテアド号の船長としての職を一時的に凍結し、代行としてアイリーンを指名したことについてだ。

 まだまだ修復途中ではあるが、多少は人工頭脳が活動を再開し始めたため、パーラがいなくなった後のことを考えて、船長代行をアイリーンに任せることにした。

 これはテルテアド号の船長が不在の状態でも、代行がいれば船の機能を使うのに問題がないというヘイムダルからの提案によるものだが、当初はパーラが船長職を辞して、アイリーンを船長に据えるという話が出ていた。

 しかしこれに待ったをかけたのがレジルだった。

 現在、飛空艇によってソーマルガ国内の流通が再構築されている中、これだけの巨大船を小領の男爵家が所有しては、いらぬ嫉妬を買いかねない。
 実機を詳しく知らずとも、軍民どちらの流通にも使えそうだと想像したら、貴族は簡単にバカな行動を起こすものなのだ。

 昆布を販売する地盤固めに集中したいマルステル男爵家としては、いざこざは避けたいところなので、ここはあくまでも船は預かりものであり、自由には動かせないというスタンスを示す必要がある。
 こういう建前があれば貴族相手にはどうとでもなるそうで、メイエル達にも協力してもらってテルテアド号の有り様は国に伝えてもらうことが一番ということになった。

 国がそういう情報を持てば、大抵の貴族にはそれとなく伝わるものだとか。
 そのため、船長ではなく代行というのが妥当となる。

 なお、この辺りの話をしていた時のパーラはタコ焼きに夢中だったため、詳しく覚えていないがための先程の言葉だった。

「ふーん、なんかよく分かんないけど、分かったよ」

「いやどっちだよ」

「ま、結局貴族って面倒だってことでしょ」

 確かにまとめると、パーラの一言に全てが集約されている。
 結局、テルテアド号クラスの船ともなれば、ただ置いてあるだけでもいらぬ勘繰りを受けるというもの。
 俺的には、ロニの世話を任せる礼としてアイリーンに貸したつもりだが、恐らくそうとは受け取らない人間もいそうなので、面倒なものを押し付けた気分になるのが少しだけ残念だ。



 マルステル男爵領を離れ、北東方向へ飛び続けること四日。
 風の影響で予定より時間はかかったが、無事にフィンディの街へと到着した。

 久しぶりに来たフィンディの街は、当たり前だが大きく変わってはいないが、街壁に沿うようにして作られていた飛空艇用の桟橋が数を増しているのは目に見える変化だ。
 この街は砂漠のど真ん中にある風紋船の中継地としては最大規模であるため、やってくる飛空艇もそれなりに多く、発着場も拡大されたのだろう。

 今は風紋船と飛空艇がそれぞれ一隻ずつ係留されており、風紋船からは人と荷物が次々と降ろされているのが見える。
 そんな風紋船から少し離れて泊っている飛空艇の周りには、多くの見物人が詰めかけている。
 熱い日中にも拘らず、多くの人が群がっている様子は、まだまだ飛空艇の貴重さを物語っていた。

 そこに新しくやってきた俺達の飛空艇、注目されないはずも無く。
 地上で姿を見せた誘導員の指示に従い、桟橋の一つに飛空艇を降ろす。

 他の飛空艇と風紋船から離されて留め置かれたのは、スペースが余っていたからというのもあるだろうが、それ以外にも見物客を散らせるという配慮もあるのかもしれない。
 人が集まってくると、管理する側は人手が駆り出されて面倒だからな。

 飛空艇を降りて桟橋に立つと、やってきた兵士と挨拶をする。
 前に来た時とは違い、ちゃんと飛空艇の停泊設備が出来ていることから、停泊料もしっかりと徴収されることだろう。

「はい、冒険者カードの確認ができましたのでお返しします。停泊はどれぐらいの期間を?」

「とりあえず二日ほどを予定してます」

「来訪の目的は?危険物などの持ち込みはありませんね?」

「知り合いに会おうかと。危険物…は飛空艇に武器ぐらいはありますけど」

「剣程度であれば携帯は許されていますので、見えるよう提げてくだされば結構です」

 簡単な入国審査のようなことが行われ、停泊料として銀貨8枚を要求される。
 意外と高いと思ったが、これには停泊中の飛空艇に物資を補充するのと、停泊期間が延長された際に踏み倒されないための保証金も込みの金額なのだそうだ。

 そもそも飛空艇は現在、そのほとんどをソーマルガ皇国が保有しており、フリーの飛空艇でやってきた俺達がイレギュラーだっただけで、停泊料は巡察隊に適応されるのがそのまま乗っかっているだけだ。
 そのため、物資の補充に使った金額を差し引いて、出発時には銀貨3枚近くは返金される予定だ。

 手続きを終えたら、早速街中へと足を踏み入れる。
 先程の風紋船からの荷物だろうか。
 大通りを進む荷車の列は、さながら貨物列車を彷彿とさせるほどだ。

「久しぶりにきたけど、ここの商人は勢いがすごいよねぇ。移動してる荷車に直で交渉してるよ」

 少し先を行く荷車に群がり、荷物の買い取りを交渉している商人を見て、パーラはしきりに感心している。
 荷馬車と高さを合わせるためだろうが、雇った人間に肩車させたり、並走させたラクダの背に乗って膝立ちで交渉する姿は、決して安全とは言えないやり方だが、それだけに熱意が感じられる。

「風紋船が着いたばっかってのもあるだろうよ。商人ギルドに卸すよりも先に唾つけとこうってのは逞しいよな」

 この荷物がすべて商人ギルド行きとは限らないが、こうして早い段階で交渉をすることでその後の卸売りの段階に少しでも他より有利に立とうとするのは実に商人らしいやり方だ。

 まるで祭りのような行列が途絶え、道を歩くのに余裕が出来た頃に、俺達はコンウェルの家を目指して歩き出す。
 多少街並みに変化は見られるが、通りは変わりがないので、迷うことなく見覚えのある食堂の軒先を潜る。

 昼前の時間帯ではあるが、中々混雑ぶりを見せる店内は、ハンバーグを突く人の姿が多見られる。
 給仕も新しく雇ったのだろう。
 前は店の主であるパウエルの娘のシャミーだけだった給仕が、今は他に女性が2人ほど増えていた。
 そこから繁盛の具合が分かる。

 店に入った俺達を見て、それまでホールを動き回っていた給仕の女性の一人、シャミーが声を掛けてきた。

「いらっしゃいませーあっ!ハンバーグ師匠!」

 ―この店も変わらねーな。どうした、付け合わせのポテトみたいな顔して―って違うか。

「…なんですか、そのハンバーグ師匠って」

「おひさー、シャミーさん。それってもしかしてアンディのこと?」

 急に熱々の鉄板ジョークでも求められてるのかと思ってしまった。
 すると、シャミーは手で口を覆い、苦笑を浮かべだした。
 それは明らかに失言と分かっている人間の反応だ。

「あ、あははは。…ごめんなさい。ほら、アンディ君が教えてくれたハンバーグがウチの看板料理になって繁盛したからさ、それでつい、ね。パーラちゃんも、おひさね」

 弁明にあまり反省の色が見えないのは、ハンバーグ師匠という呼び方に悪い意味が込められていない証拠か。
 確かに、今の店内の繁盛ぶりを見るに、俺が教えたハンバーグは貢献しているとは思うが、パウエルの料理人としての腕もまた大きい。

「はあ、なるほど。まぁわかりましたけど、そのハンバーグ師匠ってのはやめてください。誰のことか一瞬わからなくなるんで」

「大丈夫、その呼び方は私ぐらいしか使ってないから安心して」

 何に安心を?

 いや、いい。
 この話はあまり長引かせるものでもないな。
 要件を告げよう。

「まぁそれはいいです。俺達、コンウェルさんに会いに来たんですけど、こっちにいますか?」

「兄さんに?今日はこっちに来てないけど、新居の方に行ってみたら?」

『新居?』

 思わず声が揃った俺とパーラは、多分疑問符がたっぷり浮かんだ顔をしていたに違いない。

「ここから通りを三つ跨いだ先にあるんだけど…アンディ君達、知らなかった?」

「初耳ですね」

 なんだ、コンウェルは家を新しく建てたのか。
 同じ街に実家があるのに、新居を構えるとは少し贅沢な気もするな。
 まぁコンウェルもいい歳だし、赤級の稼ぎなら少し貯めればちょっとした家ならすぐに買えるだろうから、自分の城を持ちたいと思ったのかもしれない。

「まぁ兄さんもやっと身を固めたことだし、新婚なら自分の家ぐらいは持たないとね」

「………え?今、なんと?新婚?」

「あれ、私、耳の調子が悪いのかな。コンウェルさんが新婚って聞こえたんだけど」

 しれっとシャミーの口から飛び出した言葉に、俺とパーラは己の耳を疑ってしまう。

 新婚?あのコンウェルが?いつ?誰と?

「…二人共、もしかして、知らなかったの?兄さん、夏頃に結婚したのよ?」

「…マジで?」

「マジで」

『……えぇぇえええ!?』

 俺達の反応から、恐る恐ると言った感じでシャミーがそう言い、俺とパーラはつい絶叫しちゃったんだ☆

 あ、食事中の皆さん、大声を出してしまって申し訳ない。
 何でもないので、どうぞ食事を続けて。

 しかし、俺達が受けた衝撃は、思わず叫びたくなるほどのものだったので、どうか許して欲しい。

「けっけけけ結婚!?あのコンウェルさんが!?誰と!?」

 シャミーに食いつく勢いでしがみ付いてそう言うパーラの姿は、よっぽどの驚きから血走った眼をしている。

 結婚とは縁遠い存在と思っていたコンウェルだけに、俺も同じぐらいの驚きは覚えるが、パーラの剣幕で出遅れた感じだ。
 なにせこいつの今の顔には、鬼気迫る何かがある。
 怖い。

「だ、誰とって、ユノーさんに決まってるでしょー」

『あぁ~…うん』

 シャミーの言葉に、俺とパーラは揃って納得の声を上げる。
 そう言えば、ユノーはコンウェルにベタ惚れだったな。
 俺が最後に見た時の二人の距離感的に、もうちょっと結婚まではかかると思っていたが…。

 そうか、あの二人、結婚したのか。

 意外と言えば意外だが、納得もできる。
 年齢的に、コンウェルはとっくに所帯を持っていてもおかしくはない。
 というか、この世界の基準ではむしろ遅いぐらいか。

 ユノーもコンウェルと歳が近いはずなので、晩婚だといってもいい。
 繰り返すが、あくまでもこの世界基準での話だ。

「まぁ、そうだよな。あの二人、いつ結婚するのかって気にはなってたんだよ、俺」

「私も。ユノーさんはグイグイいっても、コンウェルさんがのらりくらりと結婚を伸ばしそうな気がしてたんだけどね」

「あはは、二人共言うねぇ。けど、結婚は兄さんから言いだしたらしいよ。男としてけじめをつけるって」

「けじめ?ってコンウェルさん、なんかしたんですか?」

 なんだか剣呑さを感じてしまうのは、冒険者としてのコンウェルを知っているからだろう。
 ユノーとの間に何かあって、そのけじめをつけるとしたら、やっぱり傷をつけたとかか?

「なんかも何も、ユノーさんを孕ませちゃったからね。男なら結婚して当たり前じゃないの」

『孕ませ!?』

 これまたしれっとシャミーが言った言葉は、年頃の女性の口から聞くには生々しく、再び俺達に衝撃を齎した。
 どうやらコンウェルとユノーは、結婚は結婚でもいわゆる授かり婚ってやつのようだ。
 この世界だとどう言うのかは分からないが。

 まぁ付き合ってるかどうかは明言せずとも、健全な男女がそういう関係なのはなんらおかしいことではない。

「ちょちょっと!私、結婚だけでもびっくりしたのに、赤ちゃんまでいるなんてもうわけわかんないんですけどー!?」

「あ、いや、パーラちゃん。赤ちゃんはまだ生まれてないのよ。予定はまだ先だけど、こう、大分お腹は大きくなってたね」

 シャミーが自分のお腹の前を膨らませるようにジェスチャーを見せたが、そこから判断すると恐らく5・6カ月ぐらいか。
 正確な時期は分からないが、妊娠の兆候があって、それを理由として夏頃に結婚したと考えると、たぶんそれぐらいだろう。

 それにしても、異世界的には授かり婚はよくあることなのだろうか?
 その辺りを聞いてみたいところだが、シャミーもパーラも年頃の女の子なので少し聞きづらい。
 ここはひとつ、コンウェルに尋ねてみるとしよう。

「その新居の方に顔を出したいんですけど、ユノーさんが身重なら迷惑になりますかね?」

「え、大丈夫だと思うよ?妊娠中って言ったって病人じゃないんだし。私も四日前に顔を出したけど、普通にユノーさんとは夜までお話ししたもの」

 一応、妊婦がいる家に押し掛けるのはどうかと思うのだが、シャミー自身もよくユノーの所に顔を出しているそうなので、俺達が行っても問題はないだろうとのこと。
 むしろ、俺達が久しぶりに顔を見せることで、ユノー達も喜ぶはずとまで言われた。

 うーむ、そこまで言われては行くしかないな。

 早速シャミーからコンウェルの家の場所を聞き、パーラと一緒に向かうことを決めた。

 だがその前に、昼食でここのハンバーグを食べていくとしよう。
 元々それが目的で来たようなものだしな。

 早速注文してテーブルでしばらく待ち、運ばれてきた皿へと手を伸ばす。
 俺が教えたものから変にアレンジもされておらず、店の繁盛通り、ハンバーグはちゃんと美味しく作られていた。

 料理人としてのパウエルの腕は全く落ちておらず、むしろさらに上達しているのではないだろうか。
 香辛料をふんだんに使ったソースもオリジナリティが出ていて、ハンバーグと合っている。
 久しぶりに美味い肉を食ったという感じで、俺もパーラも満足だ。

 ハンバーグ師匠もニッコリの昼食だった。






「あ、ねぇアンディ、コンウェルさん達の結婚祝いとか用意したほうがいいかな?」

「そうだな。なんか道すがらでいいのを見繕ってくか」

 この辺りは色々と買い物がしやすいので、店を出たらまずは何かいいのがないかを見て回るとしよう。
 いきなりの結婚で驚きはしたが、友人の幸福を祝うのに否はない。
 あまり高級なのは気を遣わせるので、ほどほどの値段で妊婦にも気の利いたものを探そう。

 ……自分で言ってなんだが、相当ハードルが高いな。
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