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パーラの冒険 Act.2

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 SIDE:パーラ





「はぁ~あ、寂しいねぇ」

 思わず漏れた声は、特に誰にも拾われることも無く、空に溶けていく。
 やはり一人で旅を続ける寂しさは、どうにも慣れそうにない。

 ジンナ村を発ち、皇都を目指して飛び続け、もう四日ほどが経つ。
 思い返してみれば、こうして一人で長い時間、旅をするのも随分久しぶりだ。

 行商人をやっていた時は兄さんといつも一緒だったし、兄さんが死んでからはアンディと一緒だった。
 一時、離れ離れになったこともあったけど、あの時もチコニアさんが一緒にいてくれた。
 最後に一人旅だったのは、確か昇格試験のときだったかな?

 私もこうして旅をしていて不安を覚えるほど神経は細くないが、それでも毎日誰かしらが傍にいた生活が長かったから、せめて話し相手ぐらいは欲しかった。
 アンディは無理でも、せめてロニぐらいは一緒に来てくれてもよかったのに。

 まぁあの二人はジンナ村でやることがあったのだから、仕方ないと諦められたけど。
 それがなければ、気絶させてでも連れてきたものを。

 ―グオオオォォォォンッッ!

 おっと、それはともかく、そろそろ昼時だ。
 腹の虫が時間を教えてくれた。

 アンディが作り置きしてくれたおかげで、旅の間の食事に不満はないのだが、それでもやはり出来立てが食べたいと思うようになったのは、恵まれた暮らしで贅沢癖がついたせいか。
 普通の冒険者なら、今の私がとんでもなく恵まれたものだと羨むだろう。
 私自身もそう思うのだから、アンディには感謝して食事を頂くとしよう。




 空腹を満たし、再び移動を開始した私は、もうすぐ皇都が見える位置まで来たと、見覚えのある眼下の景色から判断した。

 この辺りは飛空艇でも何度か通ったし、停泊している風紋船から降りて北へ向かって移動していく商隊の姿も見えた。
 それだけでもどこか安心するのは、この四日間、ろくに町や村に寄らず一直線で皇都目指していたからだろう。

 飛空艇での寝泊まりに不満はないけど、それでもちゃんとした街で寝ることが出来る安心感は大きい。
 皇都にはダリアさんやメイエルさんもいるし、久しぶりに女三人で女子会といきたいところだね。

「お?」

 そんなことを考えていると、こちらと並走する飛空艇が現れた。
 ソーマルガが保有する小型飛空艇が二隻。
 飛空艇で皇都に来るとよく出迎えてくれるので、またそれかと思い、とりあえず挨拶でもと発光信号を送ろうとした矢先、向こうから信号を送ってきた。

 その内容には、なにやら穏やかではない物が感じられた。

「…準戦時相当の警戒態勢?」

 やや長めだった信号を解読すると、どうも現在の皇都では何かが起きているらしく、口にした通りの警戒が敷かれているようだった。
 歓迎の挨拶もないままに、先導する飛空艇に速度を合わせて追従しろとだけ伝えられ、とりあえず逆らう理由がないので、了解の意思を返して指示に従う。

 先頭に一隻、後方に一隻付く形で連行され、到着したのはやはりお馴染みの発着場だ。
 ただし、普段と違う点が一つ。
 着陸した途端に、完全武装した兵士二十名ほどが、飛空艇の周りを取り囲んだ。

 新手の歓迎、などということはないだろう。
 明らかに警戒した目を見せる兵士に、一体何事かと私まで緊張してくる。

 というか、この飛空艇は持ち主が私達だと知られているはずなので、もしかしたらアンディ辺りが何かしでかしたのかな?
 それでソーマルガの偉い人の不興を買ったとか。

 いやそんなまさか……ないとは言えないのがアンディの怖いところだね。

 いざとなったら飛空艇を置いての一時退却も考え、念のために噴射装置を装着して飛空艇を降りる。
 尚その際、相手の警戒を少しでも弱めるために、剣は身に着けずにおく。
 魔術師にはあまり意味のない行為だが、武器を持っていないという意思表示は大事だとアンディも言ってたし。

 姿を見せた私に兵士達も一瞬緊張を見せたが、すぐにそれも消え去る。

 私だと分かって警戒を解いた?
 てことはやっぱりアンディがらみ?

「物々しくてすまないね、パーラ君」

 兵士達の間を抜けて私にそう声を掛けてきたのは、ダリアさんだった。

「君ひとりかい?アンディ君や、他に誰かいたりする?」

「ううん、私だけ。…何かあったの?」

「まぁ少しね。悪いんだが、飛空艇の中を検めさせてもらってもいいかな?」

「あ、うん。別にいいけど」

 人か物か、何かを探しているような感じで貨物室へと人が入っていき、それをただ見守るだけの私は佇むしかない。
 ここはひとつ、この場で一番偉いであろう人間に事情を聞こう。

「あのーダリアさん?この人達って何探してんの?」

「ん、そうだな、場所を変えて話そうか」

 そう言って歩き出したダリアさんに付いていき、応接室のような場所へとやってきた。
 向かい合ってソファに座り、お茶なんかも勧められたがそれよりも先を促す。

「もう気付いていると思うが、実は今ちょっと緊急事態が起きていてね」

「それは何となくわかるよ。ここに来る途中からはそっちの飛空艇に連行される形だったから。光信号で準戦時相当ってのも聞いてる」

「ふむ、そうか。まぁ詳しく話すと長くなるんだが、聞くかね?」

 ここに来るまでにあった目を考えれば、否とは言うはずも無い。
 長くなろうとも聞かせてもらおうじゃないの。





「つまりそのハイガンって人が他国の間者で、ジンナ村に派遣した研究員の中に紛れ込んだのが問題だってこと?」

「かいつまんで言えばそういう事になる」

 眉間に皺を寄せ、困り顔でため息を吐くダリアさんの様子は、心労もそれなりにあるのだろうと思わせる。

 アンディ達の所に遺物調査で送り込んだ人員に、長いことソーマルガを欺いてきた間者がいるのを知ったのは、彼らがソーマルガを発ってから暫く後になってからだったらしい。

 そのハイガンという人物は、研究者として働いてそれなりに長いため、今回の遺物調査に抜擢されるのはおかしくはない。
 だが実際、選抜されたのは別の人間だったのだが、どうやったのか厳命発行が基本の任命書が改ざんされ、予定にないハイガンが分団を率いることになったそうだ。

 書類に不備はなかったが、誰かが些細な違いに不審を抱いて調べたところ、ハイガンが改ざんに関与していたと発覚し、さらにそこから詳しい調査が行われると、なんと数年前にエリーを誘拐しようとした間者との繋がりも判明。

 そこまでいってようやくハイガンを他の国の間者と断定し、戻ってきたところをとっ捕まえようと、飛空艇から風紋船まで、皇都へやってくる人間を調べていたわけだ。

「この手の間者ってのはそう多くはなくてね。大抵は身元がバレると自分の国に戻っていくものだが、ハイガンは前の誘拐騒ぎでドジを踏んでる。身の安全のために何か収穫でもと思って、今回の遺物に目を付けた、というのがお偉方の結論だ」

 なるほど、ただ国に戻っただけだとあまりいい目にあえるとは思えないから、何か自国の利益を欲しかったと。
 失態がある間者の行動としてはおかしくはないね。

「それでこれだけ警戒しているってことね。そのハイガンって人、ここに戻ってくるの?」

 まぁそう考えなければ、人から荷物まで検めるなんてしないはずだけど。
 タダの間者と侮らず、戦争準備時並みの警戒度になっているのは、やはり王族の誘拐未遂事件に関わっているからだろう。
 自分達の国の王族を狙った間者だけに、必ず捕まえてやろうという強い思いが表れている。

「隠蔽工作が特に巧妙でね。皇都に戻ってくる気がないなら、やる必要のないものも多かったことから、そう考えている。そんなわけで、マルステル男爵領から来たと思われる君の飛空艇も一応調べさせてもらったわけさ」

「…ん?そのハイガンって人はいつ皇都を離れたの?」

「確か…八日ほど前だったかな」

「飛空艇で?」

「いや、メイエルは飛空艇で向かったが、ハイガンの率いた分団は風紋船での移動だ」

 あらら、メイエルさんが派遣されていったのか。
 まぁあの人も研究者としては優秀だと言われてるし、おかしくはない。
 三人での女子会が出来なくなったのは寂しいが、ジンナ村にいるなら帰ったら会えるからいいか。

「うーん…それだと時間的に、私の飛空艇にいるって考えにくくない?」

「まぁな。だがどういう手を使うか分からんのが間者という奴だ。万が一を考えて、皇都の流通は全て警戒しろと上からのお達しがあってね」

 まずないはずだが、ハイガンが私の飛空艇に潜り込むとしたら、どこかの街に停泊した時を狙うしかない。
 しかし、今回私は町や村に立ち寄らず、一直線に皇都目指して飛んできたので、ハイガンが船内にいるわけがない。

 それでも調べるという姿勢に、長年潜んでいた間者の存在が国にとってどれほど警戒するべきものなのかの一端を知ることはできた。
 ここまでの話を聞く限りでは、そのハイガンは間者としても役人としてもかなり優秀なのではないだろうか。

「奴の協力者なんかも次々と捕まってはいるが、まだまだ予断は許さない状態だよ。…そう言えば、君はどんな用でここに来たんだい?アンディ君もいないし、もしかして急な用事かな?」

「お、流石ダリアさん。鋭いね。ちょっと待ってねー…っと、はいこれ」

 腰のポーチを探り、そこから手紙を取り出してダリアさんに渡す。
 上等な紙の封筒に、マルステル男爵を表すであろう紋章で封蝋が押されたそれは、アイリーンさんからの追加人員を要請するものだ。
 そこそこ偉い立場の人なら誰に渡してもいいと言われていたし、この際ダリアさんでも構わないだろう。

「ん?誰からの…マルステル男爵家か。これは私が見ていいのかな?」

「大丈夫だと思うよ。渡す相手はそこそこ偉い人ならって、特に誰宛にとも指名されてないし」

「そうかい?では」

 そう言って封蝋を割り、取り出した手紙を読み始める。
 詳しい内容までは知らないが、大まかなことは私も聞かされているので、この後のダリアさんの浮かべる表情も予想できた。

 そして案の定、眉間に皺を寄せて吐き出された溜め息に、思わず私はそっぽを向いてしまった。

「…私も遺物の巨大さは聞いていたが、二隻あるとは初耳だな。なるほど、確かに手紙の通り、追加の人員は欲しいところだろう」

 敢えて見てはいないものの、ジトリとした視線を頬で感じてしまうのは、果たして気のせいなのか。

「できればメイエル達が出発する前にこの手紙を読みたかったが、まぁいい。追加の人員は手配しよう。幸い、ハイガンの件で研究者達もそれなりの数が皇都に留め置かれている。少し時間を貰うが何とかなるだろう」

 そうか、ハイガンのことが発覚してからは研究者達の身元なんかも調べる必要があるのか。
 長いことソーマルガに潜んでいたってことは、協力者なんかもいそうだし。

 そのおかげで研究者の確保に時間がかからないのに関してだけ、ハイガンには感謝してもいいかもしれない。

 ともかくこれで私の仕事は折り返し地点だ。
 後は研究者を飛空艇に乗せて、ジンナ村へ戻るだけ。
 とはいえ、多少時間もかかるみたいだし、その間暇になるか。

「ダリアさん、失礼します。例の物が判明しました」

 そんなことを考え始めたところ、一人の研究者の男性が現れた。
 チラリと私を見て少し思案する気配を見せたが、すぐに手に持っていた書類をダリアさんへと手渡す。

「うん、ご苦労さん。……これをセドリック殿は?」

「長官は既に閲覧済みです」

「そうか」

 男性を下がらせ、神妙な面持ちになるダリアさん。
 何事かあったのかと気になったが、どうも研究者としての仕事に関連しているようなので、下手に聞くのはまずい気がする。

 だが一度気になってしまっては聞かずにいられない。
 だって女の子だもん。

「ダリアさん、なんかあった?」

「うん、まぁ少々良くない方向であったと言えるね。…このことはあまり言いふらさないように頼むよ?」

 そう言って念を押され、思わずじゃあいいですといいかけたが、何となくダリアさんは溜め込む質のような気がしたので、聞いてあげたいという気持ちで先を促した。

「ハイガンの調査をした際、あるものも発見されてね。詳しい説明は省くけど、普通に街中で見つかるような形跡じゃあない珍しさから、特殊な魔道具の存在が懸念されたんだ。で、その分析を私の所の研究室でやらせてた結果が、さっきの報告書さ」

「へぇー…それ見てもいい?」

「はっはっは、流石にそれはだめだ。色々と重要な情報もあるからね」

 そう言われて書類を遠ざけられるが、私も本気では言っていないから特に思うところはない。

「ところでパーラ君は魔導器というのを知っているかね?」

「魔導器って、確か魔剣とか聖剣とかのあれだよね」

 魔導器と言えば、おとぎ話だとよく英雄の武具として登場することがある。
 嘘かほんとか、一つあれば一軍に互すると言われているらしい代物だ。
 売れば人生を三回は遊んで暮らしてお釣りがくるとか。

「そうだ。それをハイガンが所有している可能性が高い。内包する属性としては炎熱系で、形状は恐らく剣。似たような武器を所有する貴族に、現行の所有確認をしているところだ」

「ちょっと待って。そんな武器を持っている人間が、アンディ達の所に行ったってこと?」

「ああ。しかも、恐らくアンディ君に対して恨みも持っているであろう人間がだ」

「エリーの誘拐を防いだのがアンディだもんね」

 ソーマルガの内部に多少なりとも食い込んで潜んでいたとすれば、ハイガンも誘拐犯を倒したのがアンディだと知るのは難しくないはず。

 狙いは遺物の収奪だとしても、ついでにと恨みがある相手に危害を加えないとも限らない。
 もっとも、あのアンディが多少強力な武器を持っただけの人間相手に負けるとは思えないが。

「パーラ君、ことはアンディ君の危険だけではないぞ。ジンナ村にはマルステル男爵もいるんだ。魔導器を持った他国の人間が紛れ込んだというのは、看過できる問題じゃない」

「いや、ダリアさんの心配もわかるけど、あっちにはアンディがいるんだよ?それにアイリーンさんも火力だけなら竜種並みだし、魔剣をもっただけの人間に負けたりしないって」

 対人戦でアンディが誰かに負けるのを私は想像できない。
 例外として、ネイさんのような剣の達人なんかなら話は別だろうが、あんな人間がそうほいほいといてたまるか。
 もしハイガンが達人だったとしたら、間者として使われずに、国が手元から離さないだろうしね。

「何を言っているんだ。魔導器持ちは魔術師の天敵だろう。…もしかして知らないのか?」

「天敵?なんで?」

 魔術師の一人としては、天敵と聞いて穏やかではいられない。

 聞けば、魔導器の大半は持ち主に放たれた攻撃の魔術を吸収できる特性があるらしく、大抵の魔術師は一気に攻撃手段が乏しくなる。
 アンディなら機転を利かせて何とかしそうではあるけど、それでも不安は消えない。

「かつて魔導器を持った人間に向けて、百人の魔術師が一斉に攻撃をしたが、それらを全て吸収して防ぎ切ったという逸話もある。ハイガンのがそれと同等とは限らないが、いかに恐ろしいか君なら分かるんじゃないか?」

 魔術師というのは、基本的に自分の技に絶対の自信を持っている生き物だ。
 それが自分の魔術を完膚なきまでに防がれたとすれば、精神的に受ける衝撃も並のものではない。
 私とアンディはそこまで魔術を過信していないおかげで、完全な魔術頼りには陥っていないが、それでも主としている手段が封じられるのは痛い。

 アンディに恨みを抱いている可能性のある人間が、魔術師に対して優位に立てる武器を手にして迫るのだ。
 何もないと考えるほど、楽観視できるほど私も呑気じゃない。

「戻らないと…」

 小さな声が、意識せずに口を突いて出た。
 ソファから立ち上がり、その場を離れようとした私の背中に、ダリアさんの声がかかる。

「まさか、すぐに行くのかい?せめて兵を連れて行ったほうが―」

「ごめん、待ってらんない!ダリアさん、悪いけど追加の人員の方は後でジンナ村に送って!それと、アンディから頼まれてるのも!」

「頼まれてるって…あ、ちょっと待ちたまえ!パーラ君!」

 後回しにしていたが、アンディからはバイクの修理用に使える部品類を纏めた手紙も預かっている。
 それをテーブルの上に置いて、私はその場から跳ねるようにして駆け出す。

 皇都からジンナ村へ向かったハイガンが風紋船を使ってかかった時間と、私が皇都へ来るのにかけた時間、それらを考えて猶予はえーっと……わからん!そこそこでしょ!

 飛空艇に戻ると、臨検は終わったのか兵士の姿はなく、船体の状態を見ている作業員だけがいるのみだ。
 これは好都合。

 作業員に離れるように言って強引に乗り込み、出発手順をかなりすっ飛ばして緊急発進をする。
 離陸してすぐ、眼下で何やら騒いでいる人影が見えたが、無視だ無視。
 今は一刻も早くアンディの所に戻らなくては。

「アンディが危ないッッ!」

 知らずに漏れた声は思ったよりも緊迫感が籠ったもので、それだけ不安を覚えているのだと改めて自覚した。






 SIDE:END







「…って思ったから急いで帰ってきたのに~」

「そりゃ悪いことしたな」

 目の前で頬を膨らませて言うパーラに、俺はそう声を掛けるしかできない。

 ハイガンによる遺物強奪未遂事件から二日経ち、アイリーンの館で未だ残る体の痛みに悶えながら過ごしていた俺の所に、皇都から舞い戻ってきたパーラが押しかけてきた。
 随分早いと思っていたら、皇都でハイガンのことを知って、取るものも取らずといった勢いで帰ってきたらしい。

「つーかお前、追加の人員はちゃんと連れてきたのかよ」

「う、それは…ちょっと後になるけどダリアさんが送ってくれる、はず」

「おいおい、わざわざ飛空艇で行ったのは、お前が連れてくる手はずだったからだろ」

「だってぇ~」

 まぁこいつも緊急事態だと思っての行動だ。
 実際ハイガンのことはヤバかったわけだし、あんまり責めるもんじゃないな。

 一応頼んだ用事はダリアに託してきたということで、全く仕事をしてこなかったわけでもない。
 ただ、予定していた追加人員の到着は遅れるだろうから、レジル辺りからパーラに小言を言われるかもしれないが、そこは甘んじて受け入れてもらうしかない。

「…でも、アンディが無事でよかったよ。ダリアさんったら魔術師の天敵だとか言って、さんざん脅してくれちゃってさ」

 しょぼんとしていた様子から一転、ダリアへの不満を口にするパーラだが、別に本心からではないだろう。
 現に、ハイガンはヤバいブツを携えて俺に襲い掛かってきたわけで、ダリアの危惧は正鵠を得ていたしな。

「いや、実際やばかったぞ。魔術が効かないってのは俺の攻撃のほとんどが使えないってことだからな。おまけに怪我があったのもまずかった」

「聞いたよ。なんかでっかい亀にやられたんだって?」

「ああ、棘撃ちって呼ばれてるやつにな。あばらを何本かやられたよ」

 今こうして横になっているのも、ハイガンとの闘いでの怪我もあるが、あばら骨の回復のためというのが大きい。
 この怪我さえ無ければ、ハイガンももっと楽に倒せていた可能性が無きにしも非ず。

「…んん?アンディ、あれなに?」

 部屋の隅に立てかけてある溶岩剣を目ざとく見つけたパーラが、早速食いついた。
 一応溶岩と同等の扱いを心掛け、他の荷物と分けて置いていたのがより目立たせてしまったようだ。

「そいつは溶岩剣っていう、ハイガンが持ってた魔導器だ。魔導器は知ってるよな?」

「それぐらい知ってるって。へぇ、これが」

 普通に溶岩剣を手に取るパーラは、意外と度胸がある。
 俺なら魔導器などという魔術師殺しの武器、迂闊に触ろうとは思わないな。
 最も、ハイガンが持っていた特製の鞘に入った状態では溶岩剣も特に害はないので、パーラの行動を止めることはしない。

「鞘から抜くなよ。抜けば活性化しするかもしれないからな」

「分かってるって。…ふむ、意外と軽いね。アンディ、これって私らがもらっていいの?」

「いや、ダメだってよ。メイエルさんとアイリーンさんが言うには、元の持ち主に心当たりがあるらしいから、その人に返還することになるそうだ」

 ハイガンが言うには、どこぞの貴族から掠め取った代物らしいので、流石に返さないわけにはいかない。
 一つあるだけで国の軍事バランスに影響をもたらす魔導器は、飛空艇と並んで国にとっての重要度ははるかに高い。
 個人が、それもただの冒険者が持つには過ぎた物だ。

 手放すのは惜しい気は確かにあるが、持つことで抱える問題もまた無視できないので、ここは素直に返還すべきだ。
 元の持ち主である貴族には、近々アイリーンが確認の使者を出すそうなので、そのうち溶岩剣は俺の手を離れるだろう。

「そりゃそうだよね。でもさ、魔導器なんて珍しい物だし、ちょっとぐらい弄ってみるのは許されると思わない?」

 ニタリとした笑みを浮かべるパーラは、どうやら何か企んでいるらしい。

「なにする気だよ?」

「後学のために、魔導器がどんなものかちょっと試してみようよ。アンディはハイガンとやり合った経験があるけど、私は全くの未知なんだから、知っておきたいの。魔術師の天敵ってやつをね」

 なるほど、言ってる事は理解できる。
 魔導器持ちなんかと戦うなんて、並の冒険者なら一生に一度あるか無いかぐらいの確率だったが、今回俺はその機会に遭遇してしまった。
 一度あれば二度目も、二度あることは三度ある。
 今後も無いとは言えない以上、魔導器がどういうものか実際に身をもって知っておくに越したことはない。

「…一理あるな。体験はしておくべきか」

「お、アンディも乗っとく?」

「ああ、そういうことなら…こっそりやろう」

「そうだね。アイリーンさんとかにバレたらなんか言われそうだし」

 お互いに顔を見合わせて、一度だけ大きく頷く。

 返却予定のブツでちょっと遊ぶようなものなので、アイリーンやメイエルにばれたら、叱られるまではいかなくとも小言ぐらいは貰いそうなので、コッソリとかかるとしよう。

「でもアンディ大丈夫?怪我してるんでしょ」

「ん、ああ、まぁ派手に動かなけりゃ大丈夫だろ。何も溶岩剣で暴れるってわけじゃないんだから」

 一応怪我人である俺を気遣ってくれているパーラだが、全面的に止める様子が無いのは、俺への思いやりが薄いのか信頼しているからか気になるところだ。

 しかしそうと決まれば、早速実行に移せる腰の軽さが俺達だ。
 多少の疚しさはどうしようもないので、溶岩剣を担いだら見つからないように館を出て、なるべく人目の付かない場所を目指した。

 いい具合に誰の目も無いスペースを見つけ、そこで溶岩剣を抜いたパーラが立ち、少し離れて俺が見守る。

「さて、じゃあやってみようかな。アンディ、これって魔道具みたいな感じに使うのでいいのかな?」

「ああ、魔力を通して発動って感じだ」

「やっぱりね。んじゃ…いよっと」

 パーラも魔術師として魔力の扱いは慣れているので、溶岩剣を握ってすぐに感じたものがあったのだろう。
 魔力を通した溶岩剣は熱を放ち始めたのが、離れている俺にも分かった。

「不思議な感覚だね。熱が出てるのは分かるのに、私は熱くないなんて」

「それは俺も実感したよ。そういうのも溶岩剣の能力の一つなんだろうな。それよりどうだ?剣を握ってみてなんか感想でもあるか?」

「流石魔導器って言いたいところだね。さっきからずっと魔力を送り続けてるけど、まだ底がないって感じ」

 パーラの言う通り、溶岩剣は使い手の魔力で現象を引き起こすが、同時にいくらでも魔力を吸い上げられそうなほど、容量に限りが見えないのだ。
 これは魔導器が魔術での攻撃を吸い取るという性質から、吸収の限界容量がかなり余分に確保されているせいかもしれない。

「んー、もしかして本来の能力からは大分劣ってる?なんか浸透させた魔力が現象になるまでの手応えが重い感じがするんだけど」

 中々パーラも面白い表現をする。
 だがそれは俺にもわかりやすいものだ。
 ハイガンが言ったとおり、溶岩剣は本来の力を大分失っているらしいので、送り込んだ魔力と現象の規模が1:2ぐらいで釣り合っていないと思われる。

 恐らく、魔力のいくらかは減衰してしまっているのだろう。
 もしくは、リミッターか封印がかけられているような、そんな感じだ。

 しかしそれでも、剣が発する熱量は人が溶鉱炉を錯覚させるほどのもので、完全ではない状態でこれなら、本来の性能はどれほどなのかと少し恐ろしい。

「どれ、少し貸してみろ」

「大丈夫?無理しないでよ。腰、やっちゃわないようにね」

「俺は年寄りか」

 ヨロリと立ち上がり、減らず口を叩くパーラから溶岩剣を奪い取る。

 魔導器自体、これまで初体験だった俺だが、不思議な剣というのは創作の話で色々と聞いている。
 それこそ、こっちの世界のおとぎ話から、地球の伝承やらゲームやらまで色々だ。

 特殊な剣の力を解放させる方法ぐらい、いくらでも知っている。
 その最たるもので、俺は今、死神になるっ!

「……ば〇っ解っ!!」

 俺の言葉と同時に、溶岩剣はその表面の形を変え、剣身が蠢くようにして膨張していく。

 辺りには炎が撒き散らされ、天を目指して一筋の光が立ち上る。
 それは長年、力を封じ込められていた剣があげた再生の産声であり、歓喜の叫びでもあった。









「…何にも起こらないけど、今のなに?」

 妄想に耽っていた俺を現実に戻したのは、そんなパーラの呆れた声だった。
 もうちょっと浸らせてくれても…。

 視線を手元に戻すと、先程と変わらず熱を放出している溶岩剣があるだけだ。
 やはり某解放手段では変化は欠片も無いか。
 当たり前だが。

「まぁ待て。今のはただの茶目っ気だ。俺ってそういうとこあるじゃん」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

 その後も、『そして伝説へ…』とか『その剣はあまりにも大きすぎた…』とかそれっぽいことをいろいろと試したが、当然ながら溶岩剣に大きな変化は起こらなかった。

 途中からムキになっていた俺も悪いが、いつの間にやらパーラもいなくなっており、夕暮れ迫る空の下、俺も溶岩剣の検証を静かに終えることにした。



 結論、溶岩剣は溶岩剣、それ以上でも以下でもなかった。
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