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船にはお宝もいっぱい

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 ―洋上基地『エルステラ』―

 建設開始はルバンティス暦304年、完成はルバンティス暦311年。

 主な出資元は新鋭の企業二社とコルミス共和国。

 建設目的は宇宙開発における衛星軌道上への物資補給の打ち上げ基地として、また新世代の大気圏内外往還船の実証試験の母港としても運用される。

 ルバンティス暦335年、北方諸国連合(北連)と南部経済圏共同体(南共)の間で戦争勃発により、エルステラ基地は南共の管理下に置かれる。
 これにより、物資打ち上げに使われていた無重量射出機が兵器として徴発され、打ち上げ基地としての機能を大幅に喪失。
 以後、戦略兵器として改造された無重量射出機の試験運用が行われることになる。

 ルバンティス暦339年、戦線の拡大による疎開先として、4万人の民間人を受け入れるも、戦線から突出した機動部隊によってエルステラ基地は攻撃を受け、浮体機構の8割を喪失し崩壊。





 『以上が本船に残されているエルステラ基地の来歴です』

 壁に映し出されていた文字と静止画が消え、ヘイムダルの無機質な声が俺の意識を現実に引き戻す。

 不本意ながらの船長就任から四日経つ今日、ヘイムダルに復元整理させていた当時の様々な記録をようやく目にすることが出来た。

 まず俺達が見つけたあの海底に沈んだ遺跡がどんなものだったのかが分かった。
 先程まで見ていた記録通り、やはりあれは軍事的な基地だったようだが、メガフロートという姿を予想していた俺の凄さを誰か誉めてくれ。

 記録には当時の戦争における疎開地の一つとなっていたことから、軍事基地としてだけでなく、都市機能も有していた巨大な人工島だったようだ。
 軍事基地でありながら民間人の疎開先に選ばれたのも、地続きのない海の上という地理的なアドバンテージが効いていたのだろう。

 だが戦況が不利に傾いたのか、戦火がこの基地にまで及ぶようになると、いよいよ民間人のエルステラ基地脱出が決定される。
 軍民合わせて6万人規模の人間がいたエルステラ基地は、まず民間人から脱出させていき、最後に基地を挙げての大攻勢に出て敵軍を押し戻し、しかるのちに全軍の撤退が計画されていた。

 基地が攻撃を受ける前、多くの民間人を乗せた艦船が脱出していく中、この船と隣にあるもう一隻も脱出に動いていたが、どういうわけか敵の攻撃が勧告よりも前倒しされてしまい、基地の崩壊に巻き込まれる形でこの二隻も運命を共にしたそうだ。
 民間人374名と軍人68名、乗組員94名の合計536名がこの二隻の船で命を失ったとのこと。

 脱出に成功した艦船は多いが、この二隻のように崩壊に巻き込まれた船も少なくはない。
 俺達がこの船を見つけた場所とは別に、複数あるドッグには脱出に失敗した船が転がっているのは最後の通信ログから確かだとヘイムダルは語る。

 他にもあの遺跡の周辺には戦闘によって撃沈された敵味方の船なんかもあるようだが、長い年月による砂の堆積で埋もれていたり、海流によってどこかへと流されている可能性が高いため、探すのは手間と時間がかかるのでお勧めはされなかった。

「ヘイムダル、この戦争でどちらが勝ったかお前は知らないんだよな?」

 『はい。基地を離れるよりも前に戦術通信網が途絶、以後戦術情報の更新がなされないままに本船は浸水により活動を停止しました。よって、戦争の終結に関する一切を知ることが出来ませんでした。また、衛星通信、多指向性通信共に沈黙している現在、情報の取得も不十分です』

 既に遺跡にまでなってしまっている古代文明は、やはり衛星通信などの通信ネットワークも完全に死んでしまっているようだ。
 その辺りは俺が飛空艇を手に入れた時と似ているが、古代文明もネットワークに頼っている部分が大きいのは、地球の文明の進化と似ているのかもしれない。

 船に残されているデータベースはそれなりに充実しているが、それでも必要な情報はネットにアクセスして閲覧するというのが基本だったらしく、ネットワークから切断されている現在だと、あまり当時の世界情勢なんかはあまり詳しくは分かりそうにない。

 『船長に提供いただいた地図情報と照合したところ、私に記録されているものとは国境線に大きな差異が見られ、多くの国家が現存してはいないと判断します。従って、今日における戦争の勝者はいないという結論をつけることが可能です』

 戦争に勝者はいない、か。
 なるほど、AIにしては中々含蓄のある言葉を選ぶものだ。
 それも高性能故にだろうな。

「アンディ、こっち終わったよ」

 キャプテンシートにふんぞり返っている俺に、管制用のシートに座って作業をしていたパーラから声がかかった。

「おう、ご苦労さん。修理状況はどんな感じだ?」

「とりあえず空いてた穴は塞いだよ。後は硬化剤ってのが安定するまで待つだけだね」

 グッと凝り固まった体をほぐすように伸びをしてそういうパーラには、今日までこの船の補修作業をやってもらっていた。
 船体の破損状況を把握したヘイムダルに、船の修復はパーラに一任された。

 実はこの船、船に空いた多少の穴程度は、ちゃんとしたコンソールを備えた場所からであれば、どこからでも修復することが出来る装置が搭載されている。
 仕組みは簡単。
 穴を塞ぐジェル状の硬化剤が詰まったカプセルを満載した小型機械が、空いた穴の周りに取り付いて塞いでいくというものだ。

 この機械の操作自体はAIがするのだが、硬化剤の使用を最終的に承認するのは人間がやるため、パーラに現場を監督してもらう必要があった。
 そのため、パーラは副船長に加えて船匠にも任命された。
 まぁ俺達以外に人がいないので、自動的にそうなったともいえるが。

 『船体の重篤な破損個所が全て修復されたことを確認しました。本船はこれより6時間後、浮体能力が復帰できます。パーラ副船長、あなたの仕事に敬意を表します。ありがとうとざいました』

 主な船の破損が修復され、ヘイムダルの無機質な音声も、心なしかいつもより弾んで聞こえる。
 機械に心があるかどうかはともかく、もしかしたら自分の体ともいえる船が直るのは嬉しいのかもしれない。

「うん、どういたしまして。…それにしても古代文明って凄いね。あんなので穴を塞いじゃうなんてさ。ヘイムダル、あの硬化剤って船以外にも使えるの?」

 本来、穴を塞ぐと言えば木の板なんかを打ち付けるものだが、ああいうジェルが使われることにパーラは好奇心をそそられている。
 船以外にも使えるかを気にしているのは、単純に好奇心からなのか、それとも何か直したいものでもあるのか。

 『硬化剤は複合強化繊維を採用しているものであれば、全てに効果が認められます』

「ふくぎょう…なんて?」

「複合強化繊維だと?」

「知ってるの?アンディ」

「鉱物と生物両方の特徴を融合させた新世代の繊維。性質の異なる魔力に応じて様々な特性を発揮し、軽くて強固なのが特徴だ」

「へえ、詳しいね。もしかして馴染みがある物?」

「いや、これに書いてた」

 感心しているパーラに、持っていたタブレットの画面を見せる。
 そこには複合強化繊維の概要が表示されていた。
 これは船の中で見つけたタブレット端末で、船内であればヘイムダルと繋がっているため、こうした知りたい情報を要求すればすぐに答えてくれるのだ。
 今は先程の会話に出てきた複合強化繊維を検索し、Wik〇のような感じで表示させている。

「あらほんと。どれどれ……なんか難しいことばっかり書いてるね」

「まあな。製造法とか組成についてとか、高度な技術話で正直ほとんど理解できん」

 細かく情報が書かれているのはいいが、読みやすさなどまるで考慮されていないそれを頭から読み込む気にはならず、俺は入りの部分だけ適当に読んで終えている。

「知らなくても使えればいいと私は思うけどね。けどそっか、他のには使えないのかぁ」

「何か直したいものでもあるのか?」

「ううん、今は別にないけど。武器とか壊れた時に使えないかなーって思っただけ」

「あぁ、なるほど。ヘイムダル、金属とかの修復には使えないのか?」

 『不明です。複合強化繊維はさまざまな特性を有しています。そのため、生成時の魔力特性によっては、金属の修復・補強の効果を付与されていることは十分考えられるます』

 確かにW〇kiには布から金属、果ては有機物にまで応用可能だと書かれている。
 しかしそれは、あくまでも可能性の話だ。
 今この船にある硬化剤がそう言ったことに使えるかどうかが知りたい。

 恐らくこの繊維も硬化剤もオーバーテクノロジーでしか作れないものだ。
 今の時代の魔道具技師や錬金術師が再現できるかもわからない。
 なので、今手元にある硬化剤の使い道が大事になる。
 金属の修復に効果ありとなれば、色々と使い道も出てくる。

「となれば、ちょっと試したくなるな。硬化剤の現物って用意できるか?」

 『可能です。余剰分が貨物区画に保管されています。そちらをお使いください』

 貨物区画か。
 俺はあそこに昨日行ったが、横転したコンテナがあったり、その中身がぶちまけられてたりと結構散らかっていた。
 足の踏み場もないとは言わないが、動きづらくてしょうがない。
 あの修復に動いてた機械からちょっと拝借するぐらいでよかったんだが。

「貨物区画?それってどこにあるの?」

「あぁ、パーラは知らないんだったか。船体中央に船倉があるんだよ。そこが貨物区画だ。丁度いい、今から行ってみるか。興味あるだろ?」

「当然。ないわけがないでしょ」

 古代文明の遺物を家としている俺達にとって、貨物室というのは宝の山ともいえる。
 飛空艇にある冷蔵庫や空調設備、トイレなどはこの時代のどれよりも便利で洗練されているものだ。
 貨物室に大事な物から雑多なものまで色々と置いている俺の姿を知っていることもあって、何か面白いものが見つかるかもしれないという期待を抱いたはずだ。

 メインの目的は硬化剤の入手だが、試しに少しコンテナを漁ってみて何か面白いものを見つけるのもいかもしれない。
 思わず自分の口元が緩むのを覚えた。
 それは調査の一環で遺物を手に入れるというのもあるが、ここのところでたまった鬱憤を晴らすのも兼ねているからだ。

 何せここ数日、俺とパーラは船内の白骨遺体を片付ける作業に追われて、それなりに気が滅入っていた。
 本当なら遺体を相手に片付けるという言葉は使いたくはないが、生ものの遺体と違って骨は散らばりやすく、どうしても袋などに詰める形となってしまう。
 大勢の白骨遺体ともなれば、一々どの骨とどの骨が組になるかなどを気にしていられないので、亡くなった人に申し訳なく思いながら骨を袋詰めしていくという、なんとも気が滅入る仕事で精神的に疲れていたのだ。

 ここらで一つ、目に見える成果を貨物室に求めるのも悪くはない。





 すっかり片付いた通路を通り、動力の復帰で使えるようになったエレベーターで貨物区画へと向かう。
 船の最下層区画は動力炉や推進器といったものが占めており、貨物はそれらよりも上の区画にまとめておかれている。
 貨物区画とは言うが、厳密には『貨物等搬入物保管所』というらしく、乗客の荷物は勿論、食料や船の備品、保守部品まで一手に保管されている巨大な倉庫のようなものだ。

 こういうとごちゃ混ぜにされている感じに聞こえるが、実際はきちんと管理されており、どこになにがあるのかはしっかりとリスト化されていたらしい。

 エレベーターを降りて少し歩くと、目の前に操舵室のものとよく似た重厚な扉が姿を見せた。
 防火扉のような金属製の巨大な扉があり、そこにさらに小さい扉が付いているようなもので、大きい方は物資の搬入に、小さい方は人の出入りに使うのだろう。

 セキュリティ上、運航時には閉鎖されることになっているこの扉だが、小さい方の扉は現在、半開き状態となっており、向こう側の空間がかすかに見えている。
 これは前に手動で開けたのをそのままにしていたからで、別に船の沈没時に開いていたわけでは無い。
 むしろ俺が最初にここに来たときはがっちりと閉まっていた。

 ヘイムダルが言うには、この区画の扉の開閉を制御する装置は現在復旧作業中であり、出入りするためには小さい方の扉を手動で開け閉めするしかないため、しばらくは開けたままにしておくことにしたのだ。
 そこにまずは俺が体を横にして入り込み、パーラがその後に続いて貨物区画へと足を踏み入れた。

「おっほ~、想像よりも広いわあ~。なにこれ、本当に船の中~?」

 これまで見てきた浅内のどの部屋よりも、広大でありながら多くの物が存在している空間に、感嘆の声を上げるパーラ。
 天井が高いこともあって、その声もよく響く。

 この場所は長方形のコンテナが無数に存在しており、多くは整然と積み上げられてはいるのだが、船の横転によって横倒しになったコンテナも多くあり、パッと見た感じでは散らかっているの一言に尽きる。

「…この辺、なんか汚いね。腐ってるを通り越してもう黒くなってるじゃん。中身は何だったんだろ」

 そうパーラが零したのは、入ってすぐの右手側に広がる拉げたコンテナの群れを見たからだ。
 衝撃で破損したのか、中身がこぼれ出ているコンテナの側には、元は食料品だったと思われる黒ずんだ物体も見られる。
 もう何百年と経っているため臭いなどはないが、何せ見た目が悪すぎる。
 パッと見はひじきを食い過ぎた人間の吐しゃ物といった感じだ。

 『そちらは主に生鮮食品が詰められていた定格容器です』

「ぅわっ、びっくりした。ヘイムダルの声?どこから?」

「これだ」

 突然聞こえたヘイムダルの声の発生源を探すパーラに、手に持っていたタブレットを見せる。
 ヘイムダルはこの端末を使って、パーラの問いに答えただけだ。

「タブレット?この中にヘイムダルがいるの?」

 タブレットをためつすがめつして見ているパーラに、ヘイムダルが再びタブレットから声を出す。

 『正確には、私の本体は集算室から動いていません』

 集算室というのは所謂電算室のことだ。
 そこには船の頭脳たるヘイムダルの本体、人工頭脳を収納したスパコン的な物があるらしい。
 俺は見たことはないが、これほどの仕上がりのAIを作り出しているスパコンともなれば、さそかし大掛かりなものに違いない。

 『私は船内にあるあらゆる魔導式機械を支配下に置いています。お二人の案内と説明のために、船長の所持している端末の第一次優先権を一時的に私が掌握しました。どうぞ、この端末を私と思ってお使いください』

「んーなんだかよくわかんないけど、タブレットをヘイムダルだと思って使えばいいんだね?分かったよ」

 パーラも人工頭脳というものをあまりよく理解はしていないが、そういうことが出来ると順応できるのは商人時代の考え方からだろう。
 物の本質を知ることは大事だが、深く知らなくともいいことを判断できるぐらいには頭が切れる。

 貨物区画は水没していなかったが、動力が途切れたまま閉ざされていたせいで生鮮食料品は悉く全滅。
 保存性が高い缶詰タイプの物には見れたものもあるが、ヘイムダルが言うにはどれも飲食可能な品質はとっくの昔に失われていて、食べたら間違いなく体調を崩し、下手をすれば死ぬとまで脅されてしまった。
 どれだけ技術力が高かろうと、百年単位で時間のたった保存食を信じられるかと言われれば、自ずと答えは決まるだろう。

「食料品は全滅か。医薬品の類はどうだ?」

 タブレットに表示させたリストには、基地崩壊前の船への搬入物資が細かく書かれており、その中で目に付いたものについて、何の気なしに尋ねてみる。

 『不明です。本船に詰まれている医薬品は全て生体に作用するものであり、その品質の確認には使用による経過観察を必要とします。しかし、医薬品は全て使用期限と保存期限が設定されており、どちらかを超過した時点で廃棄処分が判断されます』

「そういうのはヘイムダルが管理してるのか?」

 『はい。現在は正確な経過時間が不明なため、医薬品の使用禁止を発令していますが、船長の判断で解除することも可能です。解除しますか?』

「いや、継続だ。医薬品はそのまま保管しておいてくれ」

 『了解しました』

 薬は品質が少し変わるだけで、容易く毒になる。
 人間の体を治す薬だけに、使用期限は厳重に守られなければならない。
 その点では管理をAIに任せるのは合理的だ。

 使えない薬は廃棄処分するに限るが、古代文明で使われていた薬ともなれば、技術的な資料として価値が高い。
 遺跡研究者や薬師、錬金術師なんかはその組成に興味を持つはずだろうから、後々転売のためにも保管しておこう。

 貨物区画に置かれているのは、勿論コンテナばかりではない。
 民間人が避難してくる際に使ったと思われるバス風の車両や、コンテナを運び込むのに使う巨大なフォークリフト風の重機など、古代の遺跡では大物と言われるほどの魔道具・機械の類が所々、コンテナ同士の隙間に潜んでいた。

 それらの様子から、車両などを船に積んだまま出港しようとした当時のあわただしさが伺える。
 タブレットに尋ねれば、フォークリフトはともかくバス風の乗り物は本来船に積む予定はなかったそうで、滑り込むようにして急遽搬入口にねじ込まれたため、そのまま搬入口を閉じて出港したそうだ。
 予定にないバスがギリギリで船に乗り込んできたほどに、多くの民間人が基地脱出に必死だったのだろう。
 もっとも、結局は船も海の底に沈んだのだから、運がなかったとしか言えない。

「ここにあるやつは今も動くのか?」

 『不明です。重機類は独立した操縦系を持つため、動力が働いていない現状、こちらから受動的に状態確認を行うことはできません』

 つまりエンジンが動いていないとステータスチェックができないということか。
 ためしに近くにあったバイクっぽいものに近付き、色々と触ってみる。
 一見すると三輪のトライクに見えるが、ハンドルがバイクの物ではなく、楕円型のハンドルが使われていることから、どちらかというとバギーに近いものだと思われる。

 当然というか、イグニッションキーなどは存在せず、スイッチで起動するタイプのようで、 起動キーを何度かプッシュしてみたが起動せず。
 警告表示も一切出ないことから、燃料切れではないかと結論付けた。

「…そもそもの動力切れか。ヘイムダル、こいつの動力源はなんだ?」

 『二次圧縮した重魔力結晶体です』

 ふむ、意味が分からん。
 ただ、重魔力というワードは聞いた覚えがある。
 あれはカーリピオ団地の重魔力炉というものだったが、それに似たものだろうか。
 もしそうなら、かなり大掛かりな装置が予想される。

「この船にその重魔力結晶体?…ってのはあるか?」

 『あります。貨物区画9号9番に保管されています。搬入時の申請によればおよそ18サーリュ、約4トンを本船は保有しています』

 貨物区画の壁には番号が振られており、9号というのは船尾側一番奥になる。
 サーリュというのは当時使われていた単位だ。
 ヘイムダルには今使われている度量衡のサンプルとして銀貨を提出済みで、そこから途中でキログラムに換算しなおしてくれたようだ。
 中々気が利く。

「結晶体の使用期限は?」

 『ありません。理論上、二次圧縮された魔力結晶は、励起を引き起こさない限り、組成は変化しません』

「…励起やら二次圧縮やらなんだかよく分からんが、要するに使用に問題はないってことだよな?」

 『肯定します』

 見える範囲にある乗り物には、ぱっと見で派手に壊れた様子はない。
 ガソリンに当たる結晶体を補充すれば動きそうなので、後で一通りチェックしておこう。





 少しというか大分横道にそれたが、本来の目的である硬化剤の入ったコンテナを見つける。

 ヘイムダルの案内で目当てのコンテナのある場所へと向かい、何段にも積まれたコンテナが倒れて散らばっている一角に、『船体保守用』と書かれた小型のコンテナがいくつか転がっていた。

 その中の一つがそうだということで、早速開封作業を行う。

 『前面に展開されている画面に端末を近付けてください』

「こうか?」

 コンテナの上部にある液晶ディスプレイっぽいところにタブレットが近付けられると、それでヘイムダルが何かを操作したのか、すぐにコンテナが空気の抜ける音を立てて上部がせりあがるようにして中身を見せた。
 中には二リットルペットボトルサイズの円筒状の物体がぎっしりと詰め込まれている。
 金属の筒であるため、その中身は見えないが、手に持ってみると入っているのが液体だということは分かる。

「これが硬化剤?」

 横から俺の手元を覗きこんできたパーラは、なんだか疑わしげな眼をしている。
 まあ俺も中身を聞いていないとでかい電池ぐらいにしか見えないので、異様な見た目をしているこの容器にそういう目を向けるパーラの気持ちもわからんでもない。

 『はい。間違いなくご所望の硬化剤です。そちらの容器一本が1.6キロほどの量となっています』

 この容器単体で意外と重量があるのは、硬化剤が嫌気性だからだろう。
 硬化剤は空気に触れると硬化が始まるため、密閉容器への封入が絶対となっているそうだ。

「じゃあ実験を始めるか。パーラ、なんかないか?」

 容器を持っている手を反対の手、つまり左手をパーラに向けて突き出し、実験に使えるものを強請る。
 ちょっとの物でいいが、出来れば綺麗に真っ二つになっているものが望ましい。
 直るかどうかが分かりやすいからな。

「えー?アンディが何か用意してるんじゃないの?もー…。ちょっと待って……はいこれ」

 呆れた様子で自分の懐を探っていたパーラが差し出してきたのは、5センチほどの大きさの金属片が三つ。
 俺もよく目にすることのあるそれは、鎧の装着などで部位同士をつなぐ革紐を引っかける鉤状の部品だ。
 冒険をしていればよく割れるパーツであり、部品の予備も多く持っているため、実験で使うならうってつけだ。

「ん?お前また壊したのか?どこの部品だ?」

「え…いや、まぁ…いいじゃん!そんなことは!それより、それ使えば!?」

 何の気なしに投げかけた俺の言葉に、一瞬視線を逸らしながら次の瞬間には急に大声を出したパーラだったが、俺の目は見逃さなかった。
 視線が泳いだあの時、無意識にだろう、パーラの手は脇腹に宛てられていた。
 それでどこの部品だったか分かり、そして壊れた原因もなんとなくわかりかけた。

「ははぁ~ん。脇腹の部分か」

「うっ!」

 図星を突かれて、一歩後ずさるパーラに、思わず笑みが零れてしまう。
 こいつも分かりやすいやつだな。
 いや、待てよ?さてはこいつ…。

「…もしかしてお前、太ったのか?」

「あ゛?」

「あ、なんでもないです」

 いかん。
 つい口を突いて出たが、女性に太ったというのは禁句だったな。
 一瞬、俺を見るパーラの目は修羅のそれだった。
 その目があまりにも怖すぎて普通に謝ったが、まだ俺を見るパーラの視線に圧力を感じてしまい、目を合わせることが出来ない。

 体が語り掛けます。
 怖い、怖すぎる。

「ん、んーえー…ヘイムダル!この容器はどうやって開けるのかな!?」

 パーラの視線から少しでも逃れようと、実験を進めるためにヘイムダルにそう問いかけたが、その時の俺の声が裏返ってしまっていた理由を説明する必要はないだろう。
 今はとにかく実験に没頭したい。
 切実に。

 ヘイムダルの指示に従い、筒の上の分を強く押し込むと、中身が見えるぐらいの大きさの穴が空いた。
 そこから中身を取り出すわけだが、空気に触れた以上、今から硬化が始まってしまうため、ここからは急いで進めなくてはならない。

 部品の破損部分に硬化剤を少しだけ垂らす。
 若干トロみのあるそれは破損部分に纏わりつき、そこにもう一方の部品を当てたらこのまま暫く固定しておく。
 後は安定するのを待つだけが、さっきの船体の修復時には安定化まで6時間かかるとヘイムダルは言っていた。
 こいつもそれぐらい待つのか?

「ヘイムダル、これの安定化までの時間を数えてくれ」

 『承知しました。安定化まで残り4278セクです』

 ヘイムダルがそう言うと、タブレットの画面には4278と表示され始めた。
 数字が一秒ごとに減っていくことから、これがタイマーだということと、セクというのが秒の単位とほぼ一緒だということが分かる。
 この単位の擦り合わせも、後でもっとやっておく必要があるな。

 安定化まで4278秒、つまり一時間ちょっとかかるわけか。
 思ったよりも短いな。
 船体の修復よりも使った硬化剤と部品のサイズが小さいことが関係しているのかもしれない。
 まあ一時間ぐらいならすぐだし、さっきから剣呑な目をしているパーラのご機嫌取りも兼ねて、少し貨物室を見て回るとしよう。
 興味を持てるものがあれば、多少は機嫌も直るはず、と思いたい。





 結果から言うと、硬化剤は金属の修復には使えないことが分かった。
 一応部品同士の接着はある程度できていたが、少し強い力が加わるだけでまた壊れてしまったことから、あくまでも接着剤の代用品としてだけなら使い道はあるが、本格的な金属の修復効果は期待できないと結論付けた。

 ただし、併せて行った実験により、布と革の癒着には一定の効果が認められたため、それはそれで使い道がありそうだが、だったら縫えばいいというパーラの一言で実験は終わってしまった。
 結局、今回は硬化剤の使用は船の補修に限るということを知らしめただけの時間だった。
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