世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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船長に、俺はなる!!

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「やっぱり明るいと歩きやすくていいねぇ」

「そうだな。…人骨がそこらに散らばってなけりゃもっといいんだが」

視力が回復し、調査を再開した俺達は明かりの灯った右舷側通路を歩いている。
動力炉を再起動しても隔壁は閉じたままで、どうやら一つ一つ手動で解放しなければならないらしく、船内を見て回るついでに明かりをつけるのと並行して隔壁の開放も行っていく。

相変わらず白骨が残る通路は歩くのに注意は必要だが、ランプだけが頼りだった時とは違い、足元がしっかりと見えるので歩きやすくはなっている。

「お、また隔壁だ。アンディ、今度は私がやっていい?」

「ああ、構わんぞ。やり方は分かるな?」

「さっきのを見てるから大丈夫」

俺達の目の前に再び現れた隔壁を、今度はパーラが開放作業を行う。
動力室から移動してきてこれで二つ目の隔壁となるが、動力が復活してから隔壁の開放作業は大分簡単になっている。

パーラが隔壁横の壁にあるパネルを上から下へ二回撫でると、空気が抜ける音とともに隔壁が開く。
船内は排水機能も回復しており、こうして隔壁が開いても水が溢れ出てくるということはない。
新しく通路を開放し、また姿を見せた死の惨状にも向き合いつつ、調査は続いていく。

通路を進みながら時折現れる部屋も調べつつ、階層を変えながら船首方向へと進む俺達の目の前には、ついに本命といっていい場所が現れる。

船の両舷を通っている長い通路が合流する一番奥、恐らく船の最先端に当たる部分だろう。
これまで見てきたどれよりも幾分か重厚さが増したような扉がそこにはあった。
この扉の先が何かはすぐに分かった。
何せでかでかと部屋名が扉自体に刻まれているからだ。

『中央操舵室』

そう書かれている以上、この先の部屋には船の操縦と制御を一手に引き受けた設備があるはずだ。
唯一、ここだけは隔壁が閉じていないようだが、これは操舵室の扉自体が隔壁として機能するほどに頑丈なものだからだろう。
船の中で一番重要な場所だけに、いざというときだけでなく普段から厳重に使われていたのかもしれない。

「やっと操舵室か。これで船内の情報網が復活できるかもしれんな」

「動力室じゃほとんど情報が得られなかったからねぇ」

「ああ。何でもかんでも情報を端末に保存するのも善し悪しってことか」

動力室から情報を吸い上げようと色々と試してみたが、どうも船内のネットワークが機能していないようで、操舵室か電算室でネットワークを再起動する必要があるらしい。
なので、俺達はそのどちらかの部屋を探していたわけだ。

早速扉を開けようと、すぐ傍の壁に備え付けられていたパネルに触ってみる。
船の中でも重要な場所だけに、何らかの認証なしには扉は開かない可能性もあったが、特に何の問題も無く扉は開いていった。
恐らく本来であれば、物理か生体での認証なんかがあったのかもしれないが、一度動力が落ちてそういったものが初期化されて、セキュリティが機能していないのではないかと俺は考えている。

操舵室内へと足を踏み入れると、中の様子はある意味想像していた通りのものだった。
入ってすぐ左手側、一段高い場所に船長用であろう椅子があり、室内の一番奥に操舵用のシートが一つ、左右の壁際に管制用と思われるシートが二つと中々にSFっぽさがある。
ただ、管制用と船長用の二つのシートに白骨遺体が横たわっているのには哀愁を感じてしまう。

船の操舵室にはつきもののでかい舵輪が見当たらないのは、地球の船と古代文明の船の違いだと思っていいだろう。
壁一面には外の様子が映し出されており、この全周囲モニターは俺達の飛空艇のものと同じような感じだ。

これだけの大きさの船にしては操舵室は意外と狭く、シートも少ないように思えるが、それだけ古代文明では船の航行には機械の高度な補助があったのだろう。
飛空艇ですら標準でサポート機能が装備されていたのだから、この船にも搭載されていても不思議ではない。

「ほっほーう、これがこの船の操舵室ねぇ。なんだか私達の飛空艇と少し似てる?」

好奇心を宿した目で周りを見ていたパーラが、鋭いことを口にする。

「古代文明って意味では時代的に近いものがあるんだ。大きく見れば船って意味でも、全体の造りも似てくるんだろうよ」

どことなく飛空艇の操縦室と似た雰囲気を醸し出す操舵室に、俺も多少の居心地の良さを覚えはするが、今は本来の目的を果たすべく動こう。

「ちょっくらごめんよ。南無~」

右手側にあるシートに横たわる人骨を軽く拝んでから、光が灯っているディスプレイに触れて目当ての情報を探していく。
タッチパネルを採用しているシート周りは直感的に操作が出来て楽なのだが、顔のすぐ横に頭蓋骨があるのはなんとも言えないものがある。

「これだ。船内通信網、主幹管理、で間違いないな」

「へぇー、なんかよくわかんないけど、それで船内の通信網ってのが使えるようになるんだ?」

いつの間にか俺の背後へとやってきたパーラも画面をのぞき込んでおり、表示されている内容こそ深い意味を理解できないが、船の機能がこれでまた一つ復帰できることを素直に喜んでいるようだ。

「まあ結局再起動は必要だろうけどな…ちっ、だめか」

「え、なにが」

「権限が足りてない。通信網の大元を再起動させるのに、船内の序列で上位3人の誰かの権限が必要なんだそうだ」

いざ再起動となった段階で、ディスプレイには上位権限の提示を要求する旨が表示された。
少し考えれば、船内ネットワークという重要なものだけに、船の運航に携わる人間の上位者が承認しなければ再起動ができないというのはまぁ納得できる。
しかし今のような非常事態においてはこれが邪魔をしてくるので、このシステムはよく出来ていると歯噛みしてしまう。

「けど、上位者の権限を提示か…」

「紋章でも見せるとか?」

「いや、そりゃ今はそうだけどよ、古代文明に紋章があったかどうか」

今の時代だと、貴族や大手の商人なんかは自分だけの紋章を見せることで権力を表せるが、必ずしも古代文明にそういったものを期待してはいけない。

「だねぇ……あ、じゃあさ、偉い人の持ち物でなんかないか探してみたら?」

そう言って一段高くなっている場所にあるシートを指差すパーラにつられ、俺もそちらへと目を向ける。
そこには他とは違う、多少飾りの多い帽子を被っている白骨がいた。

「なるほど、いいところに目を付けたな、パーラ」

「でしょー?うぇへ」

シートの場所で船の偉い人を見分けたパーラは、中々鋭い見方をしたものだな。
まあ俺がいつも言ってる、『偉い人間は高い場所にいる説』が頭にあってのことかもしれないが。

とりあえず船長と暫定的に認めた白骨遺体の持ち物を検めると、携帯型端末が見つかった。
船長が持つ携帯ということは、これが上位権限を証明する手段になるかもしれないと、魔力を充填して起動を試みる。

「…ダメだな。こりゃあ壊れてる」

魔力をいくら込めても起動することがなく、この端末は完全に壊れたものと判断した。
経年劣化による故障というよりも、端末が若干歪んでいることから何かしらの衝撃による故障と考えられる。
この船長の白骨が首と頭に砕けた痕が見られるため、船を襲った衝撃なんかによって、どこかで頭を打ったことが死因だったのかもしれない。
その際に、端末も一緒に壊れたと考える方が自然だ。

しかし困った。
端末が壊れていては、ネットワークの再起動ができない。
一応上位者は複数人いたようなので、船長以外を探すのも手ではあるが、ここに来るまでに見たあの大勢の白骨の中から目当ての人物を探し出すのは大変なことだ。
それに、その上位者達の端末まで壊れていたらどうしようもない。

最悪の場合、この船はパーツごとに分解してソーマルガに買い取ってもらうべきかとも考えていたが、そんな俺の耳にパーラが朗報を届けてくれた。

「ねぇアンディ、これってギルドカードっぽくない?」

パーラの手によって俺の目の前に掲げられたカードには、複雑な模様と共通語による人の名前と身分が描かれていた。
カードの大きさといい質感といい、確かに俺達が使うギルドカードとよく似ているが、これはそんなものでは断じてない。

「こいつは……でかしたぞ、パーラ!」

「は?なに?」

パーラの手からカードをひったくるようにして取り上げ、そのまま先程のシートの前へと移動する。
そして、カードを画面やパネルなどに、角度や位置を変えて押し当てていく。
このカードが俺の想像通りなら、きっと反応があるはず。
カードを通すスリットが見当たらない以上、これが正しいやり方だと信じるしかない。

何度もカードを動かしていると、画面に表示されている情報に変化が生じた。

それまで上位者権限を提示しろと頑なだった画面が、一転して目まぐるしく情報を表示し始め、何度か画面が点灯と消灯を繰り返した後、ネットワークの接続完了を告げる文章が流れ始めた。

「あ!見てよアンディ。船内通信網の接続確立だって。これで船の記録とかが見れるようになるんだよね?」

「多分な。確実にそうだとは言えないが、船がこんなことになった原因とか残されている可能性はある」

地球でも、船や飛行機にレコーダーは標準装備されていたし、これだけの高度な文明であれば、事故後の原因究明のために記録は残るようにしているはずだ。

「へぇ。やっぱりあのギルドカードみたいなので、権限ってやつをうまいことアレしたんだ」

アレしたってなんだよ。

船長の持ち物であるこのカードは、所謂IDカードのようなものだ。
名前と一緒に描かれている身分には、しっかりと船長という文字が刻まれており、これをコンソールに読み込ませることが出来れば、ネットワークの再起動ができると踏んでいた。
カードの読み取りに少し手間取ったが、無事に目的は達成できたようだ。

「ギルドカードとは違うが、似たようなもんだからな。ともかく、これで調査が―」

『――警告、不正に権限移譲が行われた形跡が認められます』

「ッ誰!?」

突然室内に謎の声が響き渡り、真っ先に反応したパーラが俺に背中を預けながら周囲を警戒しだす。
俺も一瞬体が緊張で固まったが、声の主が何かはすぐに察することができた。

『ただちに個人認証カードを既定の人物へ返還してください。繰り返します、不正に権限移譲が―』

同じ言葉を繰り返す声は、どことも知れない場所から聞こえてきているが、この無機質極まりない話し方は人間の物にしてはあまりにも不自然だ。

となると、この船に搭載されている人工知能辺りが発しているのではないかと考える。
船の規模の割に操舵室が妙にこじんまりとしているのは、このAIの存在で多くの操船機能を省略出来たからだろう。

ネットワークの再起動の際、俺達が使ったのが個人認証カードというものらしいが、元の持ち主以外が使ったことを察知して、こうして警告するぐらいにはハイスペックなようだ。
返還しないとどうなるのかを明かしていない辺りに怖さを感じる。

「…何この声?部屋全体から聞こえてくる」

密かに声の主を探っていたのだろう。
パーラが硬い声で言う。
室内からは見えないスピーカーでも機能しているのか、発信源を特定できないことに緊張しているようだ。

「落ち着けパーラ。声の主はこの船のAIだろう。あの言いようだとすぐに危害を加えてくることはないから、下手に動くなよ」

「えーあい…って飛空艇にもあるって言ってたあれ?でも飛空艇のは喋ったりしないよ?」

「性能が違うんだろ。飛空艇のよりも、こっちの方がずっと高性能なんだよ、多分」

ただし、どれだけ高性能なのかはこの後の俺の行動に対するAIのリアクションによる。
軽く息を吸い、どこかにマイクがあると信じてそれなりの大きさの声で語りかける。

「権限移譲は不当な物ではない。現在、この船はほとんどの運航要員が喪失されているため、我々が一時的に保安要員として動いている。動力炉と船内通信網の復帰も我々が行った。船長である…えー」

手元にあるIDカードを見て、そこに書かれている名前を口にする。

「カッツ少将は既に亡くなっており、また次席の士官達も同様だ。よって、緊急時の特例として我々の行動に一定の正当性は認められるはずだ」

このAIも高度に発達した文明によってつくられたのなら、ロボット三原則のようなものが適用されているはず。
つまり人を害さない、人の命令に従う、先の二つに反さない限り自己を守るというやつだ。
地球の物と全く同じとは思わないが、考え方が似ている古代人なら、そう言う所はしっかりやっているに違いない。

現状、この船の生き残りはおらず、俺達以外に人間がいない以上、AIは俺の言う事をある程度は聞いてくれると思いたい。

『…肯定します。現状、船内の生体反応はあなた方のみと判明。上位権限者による多数決は不可能と判断し、当案件での訴追は凍結されました。また、統括省との圧縮通信も現在不通となっているため、緊急時要綱第三条第二項の定めるところにより、指揮権の再構築を行います。これにより先の訴追は破棄されました』

AI側で何かしらの処理があったのか、やや長めの間隔を置いてではあるが、俺の主張は全面的に受け入れられ、なんとか訴追は回避できたようだ。
まあ今更古代文明の一船舶に責任を追及されたところで何があるというわけではないだろうが、変に犯罪者的な記録が残らないのはいいことだ。

しかしこのAI、気になることを言ったな。
緊急時要綱というのは字の通り、緊急時の行動指針が書かれたものだろうが、それによって現状が正常な物ではないとAIが判断して動くのはおかしなことではない。

ただ、指揮権の再構築というのは一体どういうことなのか。
確かに船内には俺達以外に生存者はいないため、AIが自分に命令を下せる相手を設定したくなるのはわからなくもないが。

『船の指揮権を委譲する対象を、現在二名のみと確認しました。お二人の名前を教えてください』

「私達の?まぁいいけど。私はパーラ、でこっちはアンディ」

「あ、おい待てパーラ」

『パーラ様とアンディ様、個体名を登録しました。お二人のどちらかを指揮権の最上位者として認定します。自薦他薦共に効力が認められますが、どちらを指名しますか?』

「じゃあアンディで」

「おぃい!?だから待てって言ってんだろ!」

この手のAIの問いに安易に答えてしまうと、後で後悔するというのはSFものではありがちなのだが、そのありがちを知らないパーラには危機感を全く覚えなかったようだ。

『他薦と共にこの場での半数の賛同が得られたため、今よりアンディ様が船長として任命されました。おめでとうございます。我々は新しい船長の就任を歓迎します』

パッパーというファンファーレと共に、突然俺にスポットライトが当てられた。
どうやら船長として任命されたことを祝うための演出のようだが、AIの仕事にしてはツッコミどころだらけにも拘らず、俺は呆然としてしまう。

犯罪者として訴追されそうになったその日の内に、人間が二人しかいない船の船長として任命されてしまった。
展開が早すぎて笑いも出ない。
というか、断るという選択肢がないのは何故だ?

確かにここには俺とパーラしかいないので、どちらか片方だけでも半数の賛同となる。
これが多数決ならそんな馬鹿なとも思うが、このAIは定められた規定でしか判断しないようで、船長の任命には半数の賛同でいいのか、普通に処理されてしてしまったらしい。

「わー、おめでとうアンディ。船長だってさ」

拍手をして俺の船長就任を祝うパーラは無邪気なものだが、今はその姿に腹が立つ。

「馬鹿野郎!おめでとうじゃねー!勝手に俺を推薦なんかしやがって。なんでこんな船の船長なんかやらなきゃなんねーんだよ」

「え、だってパーティのリーダーはアンディだし、あんな聞き方されたらアンディって答えるでしょ」

まあ確かにあのAIの聞き方だと、俺かパーラのどちらが立場的に上かを聞いているようなものだったし、パーティメンバーとして考えた場合、一応リーダーである俺の名前を挙げるのは当然だ。
要はAIの聞き方と俺達の関係性が丁度良く噛み合わなかった、いや逆に噛み合ってしまったせいだともいえる。

「俺はちょっと待てって言ったろ。ああいう時はいきなり答えるもんじゃねーんだよ」

「なんで?」

「下手に答えたら変な枷がつくかもしれないからだ」

「そうなの?だって機械は人間を助けるためにあるって、AIは人間を裏切らないって前にアンディ言ってたよ?」

「機械にその気はなくても、人間にとって不利益になることだってあるんだ。現に今、俺にその気はなくても船長に任命されちまっただろ。まぁ今回は人間側パーラに非があったけど」

「う、なんかごめん…」

なんかと言っている時点で俺の危惧が100%伝わってはいないようだが、怒っていることは分かってもらえたようなので一先ず留飲は下げるとしよう。

「じゃあ…あー、そう言えばなんて呼べばいいんだ?AIで通じるのか?」

『―私は船の運航を司る積層式人工頭脳『ヘイムダル』に備わる仮想人格です。AIという呼称でも一向に構いませんが、前任者はヘイムダルと呼んでいました。また、船長の職権において新たに呼称を設定することもできますが、いかがいたしますか?』

「ヘイムダル?神話とかなんかで聞いた覚えが…。まあ呼び名がちゃんとあるならそのままでいい。じゃあヘイムダル、まずは俺の船長任命についてだが、俺は船長をやるつもりはないから、解任なり罷免なりの処理をしろ」

正直、飛空艇だけで移動手段は十分なので、今更こんなデカい船を任されても持て余すだけだ。
今はまだ全てを調べ尽くしてはいないが、いずれはこの船もソーマルガの研究者達にでも売り飛ばすつもりでいるので、所有権が発生しかねない船長としての立場はさっさと手放したい。

『私には非常時における乗員への任免権が付随しています。現在、本船の運航における必要最低限の人員が不足しているため、新たな船長を選任する規定が満たされておりません。よって申請は却下されました。ご期待に沿えず申し訳ございません』

相変わらず感情のないそのもの言いに、どこか居直っているような印象を受ける。
申し訳ないと言っているのもなんだかおざなり感がすごい。

「なんだそりゃ。最低限の人数が足りてないなら、俺の船長任命も正しくなかっただろうに」

『肯定します。しかし、先程までは前船長が存在しなかったため、緊急時要綱第二条第六項における現地徴用人への任命権が一時的に発揮されていました』

つまり、船が再起動されてからヘイムダルは船内の状態を把握し、船長として任命できそうな人間が他にいなかったため、俺かパーラを現地徴用の乗組員とみなして指揮権の移譲を画策したということになる。
こうなると、俺に対して発した警告も、実はこのための布石だったのではないかと思えてくる。

不正な行動を咎め、それを取引材料にして俺を乗組員として徴用、そこから船長へと任命するというIFルートもあっただろう。
そう考えると、このAIが本当にただの機械なのかと疑わしいぐらいに強かな印象を覚えてしまう。

それすらも機械の性能だと言われるなら、古代文明は機械ですら柔軟な思考を持ち合わせた超々高度な文明だったと認識しなおす必要がある。
古代文明、恐るべしだな。

「聞き方を変えよう。どうすれば俺は船長職から解放される?何が必要だ?」

『二通りの方法があります。一つは規定の乗員数を揃え、次の船長をその中から指名すること。乗員の過半数が同意することよって、船長職は指名した人物へと移り、アンディ様は船長としての職責・権限を失います』

「既定の乗員数は何人だ」

『35名です』

意外と少ないな。
この大きさの船ならその倍は必要だと思ったが、それだけAIが運航をサポートする幅が広いということか。
もしかしてこの船は軍艦ではないのか?

『次に、船の廃棄を行うことで本船がその役割を失い、船長職が不要となります。この場合は統括省の処置によって船の解体が行われ、人工頭脳の完全な停止が認められるのを待つ必要があります。ただし、統括省との圧縮通信が不通である現在、この処置を行う場合は統括省本部庁舎へ直接申請を行ってください』

その統括省とやらは、恐らく古代の政府的な存在だろうか。
通信ができないのはもうとっくになくなっているからだとは思うが、ともかく存在しないところへの申請もくそも無いので、二つ目のやり方はだめだな。

俺が船長職から解放されるには、船員を集めて適当な人間を船長に指名するやり方しかない。
どうせこの船はソーマルガに売り付けるつもりだったし、人集めは国の方に丸投げしてもいいな。

仕方ない。
当分は俺が船長役に収まるとしよう。

とまあ面倒事を心配しているが、悪いことばかりでもない。
船の調査もまだ残っているし、AIに命令を出せて、情報開示のレベルも高い役職は何かと役に立つだろう。
差し当たって、まずは船がこんなことになった原因が記録されていないかをこのAIに尋ねてみるか。

「分かった。じゃあ俺が船長ってことでいい。それでヘイムダル、お前はこの船が再起動する前のことはどれだけ覚えてる?」

『本船が港を離れる際、施設の一部で爆発が起こり、その衝撃で船が横転。船底と両舷合わせて6か所が破断し、浸水したことを確認しています。また、同時に船の収束動力炉に異変が発生。船内の保全のために隔壁を降ろし、緊急時要綱に沿って隔離された積層式人工頭脳は超長期休眠へと入りました。私の記録にあるのはここまでとなります』

「ふぅむ、予想してたのとそう違わないか」

「アンディの推理とあんまし変わんないね」

「まぁあの親子の携帯端末からの情報もあったしな。ヘイムダル、その時の映像とかないのか?音声でもいいけど」

『あります。音声が排除されている動画が記憶領域に保存されています。再生しますか?』

「頼む」

流石古代文明だ。
動力炉が急停止する事態になっても、レコーダーのデータはしっかりと残されていたらしい。
音声が排除されているのは、容量の節約のためとかだろうか?

聞けば、メインが停止すればすぐに予備動力が動く仕組みであるため、これが船内のまだ無事だった区画の環境を保全したり、隔壁の制御を司っていたそうだ。
もっとも、あくまでも予備であるため、あまり長い時間稼働できず、恐らくすぐにメインと同様に停止したと推測された。

外を映していた壁がの一部が消灯し、そこに新たな映像が現れる。
幾つかの場面が格子状となって並ぶ、サムネイル画像のようなものが映し出された。
その様子はまるで動画投稿サイトのようで、少しだけ馴染みを覚える。

調査では見つけられなかったが、船内には監視カメラもあったようで、小さい画面の一つ一つが船内のいたるところが映されており、事故が起きた当時の様子がよく分かる。
これならこの船に起きた事態が分かるだろう。

恐らく多くの死を見届けることになるが、これも調査の一環だ。
死者が眠る場所に足を踏み入れたものの責務として向き合おう。

船長というのは船で一番偉く、それゆえに一番責任を背負うものだからな。

いくつかのサムネイル画像をピックアップし、四つの映像を拡大して並べ、その周りに他の映像を小窓となって囲うように配置を指示し、再生が始まる。

映像記録として残っていた艦内の様子は、まさに酸鼻を極める光景だった。

隔壁が閉まるよりも早く水が満たされていく通路には逃げようとする人達でごった返し、将棋倒しになっていた場所も見られた。
あれでは溺死以外での死人も出ていたことだろう。

船首へと向かって殺到する人間をあざ笑うかのように、その背中に襲い掛かった海水に包まれながら、開かない隔壁を叩いたり蹴ったりする人達の顔は鬼気迫っている。
音声などなくとも怨嗟の声がありありと想像できてしまうほどだ。

俺達が見たあの隔壁に刻まれた引っかき傷は、やはりこの時に出来たもののようだ。

生々しい地獄とでもいうか、普通に生活していてはまず見ない凄惨な映像で、流石に俺もパーラも精神的に参ってしまい、結局この日はここで調査を終え、飛空艇へと戻ることにした。
ヘイムダルは船内に留まることを提案したが、まだ色々と散らかっている船内は寝泊まりするにはまだまだ居心地はよくない。
主に白骨が原因であることはあえて口にしないでおく。




飛空艇に戻ってきた俺達だったが、パーラは夕食を食べることも無く、すぐに部屋に引きこもってしまった。
あのパーラが夕食を食べなかったという一点に、今日見た映像の衝撃度を分かってもらえるだろうか。
かくいう俺も、あまり食欲はわかない。

肉親の死体を食ってでも生き延びようとした少女も、百はありそうな白骨遺体もショッキングではあったが、それらが生み出された原因を直接見たことはより強いストレスを齎したらしい。

船長として命と向き合うといったばかりだというのに、この様とは。
俺も神経が細い。
こんな俺が今できることは、明日にはこの腹にのしかかるような思いが消えてくれることを祈るだけだ。

それに、後でパーラの方もカウンセリングの真似事でもしたほうがいいかもしれない。
船を降りた時のあいつの顔は、死人かと見まがうほどに白かったし。
胸の内を話すだけで、俺もパーラも救われるものはあるだろう。

遺跡で見つかるものの価値は認めるが、こういったものも抱え込まなければならないとは。
ロマンだけでやっていける仕事ではないことを改めて実感できた日になってしまった。
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