世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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パーティのはじまりはじまり

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ソーマルガ号お披露目パーティの当日は晴天に恵まれた、いやむしろ恵まれ過ぎた朝だった。
既にかなり気温が高い朝からスタートした一日は、昼頃には厳しい暑さを迎えることだろう。

パーティの開始時間は朝食後少し経った頃となっており、俺とパーラはパーティの始まりに備え、礼服へと着替えることにした。
私室で礼服に袖を通し、姿見で全体を見てみると、流石は一流の仕事と言ったところか。

俺の体にしっくりと馴染んでおり、上等な布を使っているおかげで軽くて動きやすい。
全体的なフォルムはガラビア風でありながら、俺の付けた注文通り、腰のあたりに帯を付けて股下を引きあげることで、それとなく袴っぽい仕上がりとなっていた。
首元から左腰に流すような赤い飾り布がまたいいもので、白地の礼服によく映えている。

パーティの当日というのが効いているのか、皇都で試着した時よりもなんだか身が引き締まる思いだ。
部屋を出てリビングへと向かうと、そこでは使用人達が揃っており、俺を見てどこか満足気に微笑んでいた。

「どうですかね?変なところとかありませんか?」

彼女ら見て、礼服として正しく着こなせているのかという不安と、少しの照れくささから、そんなことを尋ねてみる。

「いいえ、腰回りが少し独特な意匠をされているようですが、全体的に締まっている印象で大変よろしいかと。似合っておいでですよ、アンディ様」

「よかった。この通り、少し俺の注文が入ってますから、礼服として正しいのか不安になったもので」

「礼服とは言いますが、ソーマルガでは多少の遊びには肝要な国でありますから、よほどの型破りでもなければ問題にはなりませんので、ご安心を」

お墨付きを貰えたことで軽く安堵の息を吐いていると、パーラの部屋の扉が開かれた。
向こうも着替えが終わったかと振り返ると、そこにいたのは普段の姿からは100メートルはかけ離れたドレス姿のパーラだった。

黒を基調として、所々に銀糸で星を象ったと思われるキラキラとした模様が目を引くドレスだが、肌を露出する場所は腕と首周りのみという、パッと見ではかなり重たい印象を抱く。
しかし、よく見ると体の所々にはメッシュ状にレースがあしらわれているようで、見た目以上に通黄瀬と軽さには優れているのかもしれない。

シルエットはコルセットをしめているおかげで、腰のあたりは恐ろしく細いのだが、スカートは太腿から足元に向かって広がるような感じでメリハリがついている。
俺はドレスの流行り廃りにはとんと疎いが、それでもこうして見た限りでは、見惚れそうなぐらいにこのドレスはパーラに似合っていた。

装飾品としては、金のネックレスとイヤリングはあまり主張しない程度に添えられたと言った感じだ。
ただ、トップで纏めた髪の毛を止めるバレッタは銀細工を施したかなりの逸品だと思われ、恐らく頭に視線を集めてから、下へと誘導するという狙いがあるのだろう。

「…アンディ様、何かお声を掛けて差し上げては」

耳元で囁かれた声に、知らず呆けていたことを自覚し、とにかくパーラに感想を伝えるべく口を開く。

「あー…その、あれだ。そのドレスがアイリーンさんから借りたってやつだろ?想像したよりも大分似合っててびっくりしたぞ。うん、似合ってる似合ってる」

月並みな言葉だが、似合っている以外の言いようがないのは事実なのでそう言ったが、果たしてパーラの反応はというと、何故か冷たい目でこちらを見ている。

普段俺に向けている快活なものからは程遠い、まるで虫を見るような感情のない目だ。
何か今の言葉で、パーラを不機嫌にさせてしまったのだろうか?

「あの…パーラ、さん?何か怒って…らっしゃる?」

ちょっとビクついてしまい、つい敬語で話しかけてしまったが、それぐらい今のパーラは怖いのだ。
するとおもむろに口を開いたパーラが放った言葉は、予想していなかったが、ある意味当然の者だった。

「ごめん、アンディ。ちょっと今余裕ない。コルセットきつくて」

あぁ、なるほど。
強く圧迫されているせいで、呼吸も細くなり、背筋も丸められないから常に緊張状態を強いられているわけか。
片言でしか話せないほどに。

「…コルセット緩めたらよくね?」

「いや、これ一回締めたら緩めるのも大変で…」

「まじか。そんな状態だと、飲み食いもできないだろ」

咀嚼するまではいい。
だが飲み込んだところで胃に入っていくかどうか。

「そこは諦めてる」

感情の薄かった顔に、一瞬落胆の色が浮かんだ程度には残念に思っているらしい。

「アンディもその服、似合ってるよ。いいもの、作ってもらったね」

「お、おう。ありがとよ。けどきついなら無理にしゃべらなくていいぞ」

とって付けたようなお褒めの言葉だが、今のパーラは何かを話すのすら苦しいのだと思えば、その重みも大分違ってくる。

とりあえず準備も出来たので、俺達はパーティ会場へと移動することにした。
飛空艇を出た先の格納庫では、今日までで一番の賑わいを見せている。

次々と飛び立っていく飛空艇と、それを見送る作業員達でさながら戦場と言った様相を呈している。
今動いている飛空艇は、陸の方で滞在していた他国の招待客をソーマルガ号まで運ぶための足としてのものだ。
あの飛空艇群に招待客を載せて輸送するわけだが、他国の人間にとっては飛空艇に乗る初めての機会となることだろう。

ただ、中には空を飛ぶということに未だ不安視する人間もいるようで、そういった人達は船をソーマルガ号に横付けして乗り込んでいるらしい。

俺とパーラは格納庫を後にし、パーティ会場となっている広間を目指す。
相変わらずバカでかい艦内は歩くのが大変だが、今はエレベーターが完璧に修復されて使えるようにはなっているそうで、上下の移動にはそれほど苦労しない。
俺達はそれに乗り込んで、下の階層へと降りていく。

このエレベーターだが、実は他の人間にはあまり人気がない。
なんでも、狭い箱が高速で上下するというのが怖いらしく、もし何かの故障でエレベーターが急速落下したら箱ごと潰れる、と思われているそうだ。

実際はケーブルが切れても安全装置で落下はすぐに止まるのだが、誰が最初に言ったのかいまだにその恐怖が薄まる様子はない。
まぁそのおかげで俺達はさほど待たされることなくエレベーターを使えるので、助かってはいるが。

目的の階に到着し、エレベーターの扉が開いた瞬間、俺達に向けて多くの視線が注がれる。
多くが驚愕の色に染まったものだが、中には鋭い目をしている人間もいて、その原因は言わずもがな。
今まで壁だと思っていた場所が突然開いて、そこから人が現れたせいだろう。

ただでさえ見慣れない艦内の内装に、エレベーターの扉はほぼ壁と一体化しており、とても部屋があるとは見抜けない。
そんな所から人が出てくれば大抵は驚くもので、俺達がエレベーターの扉前から移動すると、早速興味を持った何人かはエレベーターの方へと近付いていく。

このエレベーター扉はスイッチで開くのではなく、籠が同階で止まっている状態で人が扉の前に数秒間立ち止まると、自動で扉が開くタイプだ。
そのため、エレベーター扉の前でしげしげと眺めていた人達の目の前で突然扉が開くと、それに驚いて騒ぐという光景は中々楽しそうではある。

招待客の屯する通路を歩いていると、俺達の目の前に煌びやかなドレスを纏った女性が立ち塞がった。

金色に近い黄色とでもいうべきか。
通路にともされている明かりを受けてキラキラと反射するドレスは、まるで太陽を編んだかのような輝きを放っている。
ドレス自体のシルエットはパーラのものとよく似ているが、肩口と腰の部分が露出している点が色っぽい。

何より、胸元を押し上げているボリュームはパーラなぞ足下にも及ばん。

装飾品では宝石をあしらった豪華なものを体の各所に着けており、前世での某ゴージャス姉妹を彷彿とさせるほどだ。
そんなド派手な女が何故俺達の前に立っているかというと、何のことはない、知り合いだからの一言で片付く。

「遅かったですわね、二人共。アンディのことですから、てっきりもっと早く来て招待客を観察しているかと思っていましたのに」

アイリーンが意外そうにそう言ったのは、やはり俺という人間をよく理解しているからだろう。
確かにそれも悪くないが、昨日のマクイルーパとスワラッドの招待客同士の揉め事があったことを懸念し、変にジロジロと見て絡まれるのも面倒だと思ったために見送っただけだ。
まぁパーティの間にコッソリと観察する気ではあるが。

「いやぁ、朝はゆっくりしたかったもので。アイリーンさん、ドレス似合ってますね。金の布地が銀の髪に良く映えてますよ」

「あら、ありがとう。あなたもちゃんと女性を誉めることが出来ましたのね」

それはどういう意味だ。
俺だって綺麗なものを見たら誉める感性はある。
さっきだってパーラを誉めたしな。

「…パーラ?なんだか今日は大人しいみたいですけど、どこか具合でも?」

アイリーンは先程から一言も発せず、遠くを見ているパーラの様子に心配げな声を掛ける。

「パーラはコルセットがきつくてそうなってるんですよ」

「あぁ、なるほど。あなた、息も辛いのでしょう?」

納得したと頷きながら、パーラの隣に立ってそう声を掛けるアイリーンに、ただ頷くしかできないパーラの様子は、果たしてこのままパーティに出ても最後までたってられるのか不安を覚える。

「パーラ、少し横をお向きなさい。肩ごとですわ。そう、その状態で息を吸って」

「…あ、なんか楽になった、かも?」

「苦しくなったら時々そうすればいいでしょう。あなたはまだコルセットに慣れていないのですから、あまり無理はしないようになさいな。ただし、あまり長い時間横を向いていてはいけませんわよ?あくまでも一時的に呼吸をしやすくしているだけですもの」

驚くことに、ただ上半身を捻るだけでパーラも顔は穏やかになり、呼吸までしっかりとしたものに変わっていった。
あの状態のパーラがたったのあれだけでこうまで楽な表情を浮かべるようになるとは。
流石はアイリーンも公爵令嬢だけのことはある。
対処までよく理解しているな。

「えー?でもこれ楽になったんだから、私はこのままでいいよ」

「いけません。貴族の子女たるもの、常に高貴な姿を見せることを心掛けるのです。横顔に自信があるのも結構ですが、殿方には正面から見せて魅了するのが女の技というものですわ」

「いや、別に私は貴族の子女じゃないし。あと別に横顔に自信もないよ」

「それに、その状態を維持していると腰を痛めますわよ。例えると、今は筋肉を捻じっている状態ですから、無理な態勢をしているのと同じことですから」

言われてみると、確かに今のパーラの姿勢は何かの関節技を掛けられているかのような歪み方をしている。
これはアイリーンの言う通り、この態勢を長いことキープするのはよくない。

しかし、こうまで人体に無理な負荷を強いるコルセットを身に着けて、平然としているアイリーンが恐ろしい。
普段から体を鍛えているパーラですらコルセットには苦しめられているというのに、同様にコルセットで締めているはずのアイリーンは涼しい顔だ。
慣れもあるのだろうが、もしかしたら貴族の令嬢というのは、長年コルセットを身に着けたことで内臓の位置が変わるほどの進化をしているのかもしれない。

人の欲、あるいは執念というものにゾッとする。

『ご来場の皆様にご連絡申し上げます』

突然、辺りに女性の音声が響き渡る。
招待客達は一瞬驚き、すぐに辺りを見回して声の主を探っている。
しかしどれだけ探しても、声の主は見つからない。
何故なら、この声は艦内放送によって齎されているからだ。

ソーマルガ号は修復が進む過程で、艦内の各所にあったスピーカーを復活させることに成功しており、スピーカーが設置してある場所ならどこにでも艦橋からの声を届けることが出来た。
ただし、放送はあくまでも一方通行なので、相互に連絡を取るのは相変わらず伝声管を使っているそうだ。

『パーティの準備が整いましたので、ご臨席の方々は会場へとお入りください。間もなく開始となります』

姿なき声に若干戸惑う様子は見られたが、パーティの開始を告げられては動かないわけにはいかず、招待客達がゾロゾロと移動を始め、人の流れが出来ていく。
歩きながら艦内放送についてあーだこーだと話しているのは主に他国からの招待客で、ソーマルガ号で寝起きしている人間にとってはこの放送は何度か耳にしたものであるため、この反応の違いでソーマルガとそれ以外の国の人間を分けられそうだ。

「ようやく始まるようですわね。さあ、私達も行きましょう」

「はい」

「うんぐっ」

姿勢を戻したことで再びコルセットが効いてきたのか、ゲップのような返事をしたパーラと共に、先を行くアイリーンの後に続く。

相変わらずコルセットがきつくて大変そうだが、何も悪いことだけではない。
このパーティの間、基本的にパーラはアイリーンと一緒に行動することになるため、この表情が消えて声も出せない状態というのは、ある意味従者の立ち位置としては自然な雰囲気を出せて違和感がない。
表向きであるアイリーンの介助要因としての体裁は保てるはずだ。

会場に入ると、中の様子は前日に見たのと同じものだったが、テーブルの上には軽食が置かれていたり、アルコール類等の飲み物を手にして壁際に控えるレプタントがいたりと、まさにパーティといった雰囲気が感じられる。

先に会場へ入った人達は、まず飲み物を受け取るとそれぞれ思い思いに食事をしたり、招待客同士で話をしたりと過ごしていた。
俺達も飲み物を片手に会場の中を歩くが、基本的にアイリーンの後に着いていく感じだ。

なにせパーティに慣れているとは言えない身の俺達にしたら、何の迷いもなくスイスイと進むアイリーンの背中は実に頼もしい。

「とりあえず、今のパーラは何も食べられませんから、気になった料理は別の日に改めて料理人に用意してもらいましょうか」

「あぁ、そういうことが出来るんですね。ちなみに残ったのを持ち帰りとかはだめなんですか?」

「ダメということはありませんが、普通はしませんわね。はしたないとかそういうことでなく、なんとなくしないという程度ですが。なので、希望すれば持ち帰りもできるかもしれませんわよ。後で聞いておきましょうか?」

マナー違反ではないというのなら、持ち帰りも検討したい。
チラリとパーラを見てみると、潤んだ目で俺を見てきており、持ち帰りを激しく希望している様子だ。

「…ではお願いできますか?」

「わかりました。後で誰かに伝えておきますわ」

「ありがと、アイリーンさん」

苦しい中で呟いたパーラの言葉は、ひどく実感がこもっているように感じた。
やはり食べられないことは相当に悔しいのか。

パーラに代わって俺ぐらいは料理を味わっておこうかと、テーブルの上に視線を走らせると、色とりどりに並べられている料理の皿の中に、一際地味でかつ見覚えのある物を見つけた。

「昆布締め…」

「こぶ…何ですの?」

思わず漏れた俺の声を聞いて、アイリーンが興味を示したようで、一緒に立ち止まってテーブルへと目を向けた。

昨日、バネッサ達に作って見せた時は、俺自身が味見するまでいかなかったが、こうしてパーティに出されているということは、ちゃんとしたのに仕上がったのだろう。
白身魚を薄切りにしてそこに何かの野菜を載せたスタイルは、野菜巻きっぽくして食えといったところか。

「魚料理ですか。あら?これ、まだ火が十分通っていないのではなくて?」

「いえ、生っぽく見えてるだけで、これは炙ってあるんですよ」

料理を見て、その色合いから生だと判断したアイリーンは顔をしかめるが、作り方を知っている俺から見れば、しっかりと表面を炙った痕跡が見て取れる。
基本的に魚を生食することが無いこの世界の人間には、いきなり刺身はハードルが高いので、まずは焙ったものから入っていくのが常套だろう。

早速フォークで一つ取り、口に運ぶと途端に昆布の旨味と野菜の歯応え、さらに酸味の利いた塩味がマッチして実にうまい。
どちらかというと和食よりもイタリア料理っぽい感じがするのは、上にかかっているソースの印象からだろうか。

「へぇ、面白い料理ですわね。決して生ではないのにねっとりとした食感の中に香ばしさもあって、昆布の味もちゃんと染みてますわ。これもアンディが?」

いつの間にか俺の隣で一緒に食べていたアイリーンも気に入ってくれたようで、結構バクバクと食べている。

「ええ、昨日ここの料理長のバネッサさんという方に教えました。なんでも陛下が昆布を使った料理を所望したとかで」

「なるほど。…ですが、あまり人気は無いようですわね」

「まぁ見た目が生魚のように見えますからね」

やはり他の料理と比べて地味なビジュアルが今一つ手を伸ばさせない要因なのだろうが、これも食わず嫌いのようなもので、その内興味を持った人が食べて驚く姿を想像すれば、それもまた楽しみに出来る。

「ソーマルガ皇国国王、グバトリア三世陛下の御出座ー!」

こんどは艦内放送ではなく、文官風の男性が広間の入り口とは別の場所にあった扉の前でそう声を張り上げ、それを聞いた会場の誰もがグバトリアの入室に意識を向けたことだろう。

ゆっくりと開かれた扉から現れたグバトリアは、まず会場をゆっくりと見渡し、微かに笑みを浮かべてから、真っ直ぐに部屋の奥にある一段高い場所へと向かった。
何やら演説でもやるのかと思っていたらまさにその通りで、大きな仕草でマントを翻すと、よく通る声がその口から飛び出る。

「此度は我がソーマルガ皇国が誇るソーマルガ号の披露の場に、遠路遥々よくぞ参った。今日までの間、諸君は会場に浮かぶソーマルガ号を存分に見たことと思う。さらに、乗艦に遣わした飛空艇にて、空の旅をその身で味わった者も多いことだろう」

グバトリアの言う通り、お披露目という意味では今日のパーティは決してメインではなく、むしろ今日までの滞在の間に招待客達に海上で浮かぶソーマルガ号を見せていたことこそがお披露目ということになるのだろう。

「ソーマルガ号が宙に浮かぶ姿をまだ見せてはいないが、天翔ける飛空艇の存在を知った諸君であれば、この船もまた水に浮くだけのものとは思わぬだろう。その考えは正しい。このソーマルガ号は巨大飛空艇であり、また他の小型や中型と言った飛空艇を収容できる航空母艦でもあるのだ!」

力強く言い放ったグバトリアだったが、恐らく彼の予想していたのは招待客による『な、なんだってー!』という反応だったのだろうが、生憎招待客達もそれぐらいは予想していたのか、驚きを大々的に表に出した人間は少なくとも俺の見える範囲にはいなかった。

まぁ普通に考えれば、ソーマルガ号から次々と現れた飛空艇によって、招待客達は滞在中の村からソーマルガ号まで運ばれてきたのだから、航空母艦としての運用位は容易に想像できたに違いない。

なので、ちょっとだけ拍子抜けしたような空気が辺りに漂い、それを感じたグバトリアは一瞬だけ気まずい顔を浮かべたが、すぐにまた演説へと戻る。

「さらに、我が国はこのソーマルガ号を旗艦とし、飛空艇による空軍を組織するべく動いている。だがこの空軍はあくまでも国内の治安と通商のために活動するものとし、他国への侵略の意図はないものと宣言しよう。また、飛空艇を我が国以外に譲渡、あるいは売却といったことは一切考えていないことも伝えておこう」

空軍という言葉に一瞬この場の空気が緊張したようだったが、すぐにグバトリアは国内での運用に限ると言うとそれも収まった。
空を飛ぶというアドバンテージに加え、数も揃っているとあれば、兵器としての飛空艇を警戒して敏感にもなるというもの。

ここにいる人間の多くは貴族であり、それはつまり各国の政治に多少なりとも関わっているということだ。
彼らが飛空艇を見て、体験してまず最初に思うのはやはり軍事的な価値だろう。
それらが自分達の住む国へと向けられた時のことを考えたのが、先程の空気というわけだ。

その後、しばらくグバトリアの王様っぽい演説は続き、いかに飛空艇が今後のソーマルガにとって大事で、どんな利益が齎されるかを語り、締めの言葉となった。

「長々と話してしまった。諸君らも余の話に飽きた頃だろうし、最後に乾杯で終わるとしよう。皆、グラスは持っているな?では、乾杯」

グバトリアに合わせ、俺達もグラスを掲げて中身を飲み干す。
俺とパーラはアルコールではないが、パーティ用に上等な果実水と言った感じで、甘さが強いのにあっさりとしたキレが飲みやすい。
パーラの方は液体なら何とか飲み込めるようで、能面のような顔で飲んでいた。
あの様子だとじっくり味わってはいられないようだ。

乾杯を終えると、パーティ会場はそれぞれ思い思いの相手と顔を繋ぐ歓談の場へと変わる。
他国からの来訪者には顔見知り同士もいれば、今回は初対面という人間もいる。
そういった人達との交流の場としてもこのパーティは意味があり、賑やかさは徐々に増していく。

アイリーンも先程から、色んな人から声を掛けられている。
見目麗しい女性に男共が食いついているのに加え、遺跡発掘の話を聞けるとして女性にも人気があるようで、グバトリアの周辺に劣らないほどに人が群がっていた。

俺はそんなアイリーン達からは離れ、パーティ料理を味わうことに集中している。
特に顔見知りもおらず、一人でパーティに参加している若僧に誰も注目することも無いので、今のところ俺自身の周りは穏やかなものだ。

そんな風に過ごしていると、突然使用人が俺の所へとやってきて、グバトリアの所へ行くように言われた。
何でも、飛空艇に関することで話をせがまれているそうで、呑気に料理をパクついていた俺にその役目を押し付けようと白羽の矢を立てたようだ。

国王直々のお呼びとあらば断わることもできず、案内されてグバトリアの所へ行くと、そこにはグバトリアをはじめとして、ソーマルガの文官や軍人と言った人種が多くの人間に質問攻めにあっているところだった。

やはり他国の人間してみれば、飛空艇に関しての情報は貪欲に欲しがるようで、平静を装っているように見えて血走った目も垣間見えるその様子は、質問に答えている人達の苦労も推し量れそうなほどだ。

「陛下、お呼びと伺いましたが」

「む、来たか。アンディ、近う」

「はっ」

グバトリアに声を掛けると、手招きされてその隣に呼ばれる。
国王の隣にいきなり立つのはかなり目立ち、すぐにその辺りの視線は俺に集まってきた。

「皆、この者を紹介しよう。ここにいるアンディは我が国でも随一の飛空艇の乗り手だ。また、飛空艇自体への造詣も深い。何か聞きたいことがあればこの者にもするがよい」

そうなるだろうと思ったが、案の定グバトリアは飛空艇の説明係として俺を呼び寄せたわけだ。
すると、それを受けて早速俺に飛んできた質問は、飛空艇の肝とも言える動力に関するものだった
それまで応対していた者達も、決して飛空艇に関する知識は浅くはないはずだが、やはり専門的な話をするのに大分疲れているようだ。

もっと飛空艇に詳しい技術者はいなかったのかと思ったが、よくよく考えたらこの手のパーティにはある程度の身分が無いと参加できないので、この船にいる技術者の中で十分な立場の人間がいなかったと思われる。
仕方ないので俺が質問に答える役割を請け負ったわけだが、正直質問をしてくる人間の目はどいつもギラギラしていてちょっと怖い。
事が事だけに仕方ないとはいえ、もっとパーティをゆっくりと楽しめと言ってやりたい。

俺個人としてはパーティ料理巡りとしゃれこみたいところだが、周りにいる人の数を考えると、しばらくは解放されそうにないと諦めてもいる。
とにかく、投げかけられている質問にはしっかりと答えて、少しでも早く解放されるように努力するとしよう。
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