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着艦

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タラッカ地方へと向けて移動する飛空艇の群れには、グバトリアとその護衛以外にも、向こうで動く役人や使用人といった人間も同行している。
そういった人達は、中型飛空艇に荷物と一緒に乗り込んでいるそうだが、別に押し込められて窮屈な思いをしているというわけではない。
むしろ、風紋船なんかよりも空調は整っているし、一人一人に席が用意されている分、比較的快適な空の旅を送っている。

「-ってことらしいよ」

「あそう」

「反応薄っ」

昼食を終え、食後のお茶を楽しんでいた俺達の下に、どこかへ出かけていたパーラが戻って来るや否や、何故かよその船の事情を語り出した。
どうも他の飛空艇の方に顔を出していたようで、そこの人と交流を持っていたようだ。

正直、それを聞いたところでこっちの心情が何が変わるわけでもないので、こうリアクションも軽くなるというもの。

「なんだ、そんなことを探ってたのか?それぐらいなら俺に聞け。いくらでも応えてやるぞ、パーラ」

「いやいや、私もちょっとついでで小耳にはさんだだけでしたから」

流石にパーラもグバトリアには遠慮というものを持つようで、気さくに言われた言葉に困った笑いをしていた。

「ついで?何のついでですの?」

そう問いかけたのはアイリーンだったが、パーラがぽろっとこぼしたワードにはテーブルに着いている全員が反応はしていた。

「んーなんかさ、私らの前を飛んでた飛空艇の一つが変な動きしてて、それが気になってさっき見に行ってみたのよ。そしたら、やっぱり舵が重くなってたらしくて、今修理中だって」

「あぁ、あれか。俺も気になってたんだ。修理が必要なほどだったのか」

パーラの言う動きの変な飛空艇というのは、操縦してた時に俺も見てはいた。
ただ、その時はパイロットの変な癖か、腕が未熟だと思った程度だ。
飛行に致命的な問題だとは思っておらず、事実パーラの言葉から深刻さは感じられない。

「ふむ、修理か。…パーラよ、その飛空艇は飛行に支障はないのだな?」

「あ、はい。部品は予備と交換してましたし、多分出発には十分間に合うと思います」

「そうか。ならばいい」

その時の光景を思い出しながら話すパーラに、鷹揚に頷くグバトリアの顔は再びお茶を楽しむ様子へと戻っていった。

飛行不能なぐらいに壊れていたら、この後の行動も考え直さなければならないが、少しの手直しで艦隊行動に復帰できるのなら問題はないだろう。
これで舵の故障を陽動にして、飛空艇に爆弾でも仕掛けられていたりしたら話は別だが、この世界でそれはまずないので、特別警戒することでもない。

休憩を終え、出発の通達がされる頃には飛空艇の修理も終わっていたようで、全飛空艇は着陸した時同様、先頭から順に離陸していき、再び空の旅へと戻っていった。




一日の移動が終わり、日が沈む頃には飛空艇群も今夜の停泊地として予定していた、とある街へと降りることが出来た。
とはいえ、飛空艇も数が数なので、街の方で整備してある飛空艇の停泊場所には収まりきらず、俺達の飛空艇を始めとした八隻ほどが桟橋を利用し、残りは広場などの空いているスペースへ窮屈そうにその船体を収めたと言った感じだ。

事前にグバトリアが飛空艇群と共に訪れることは伝えられていたが、これだけの数の飛空艇が一遍に現れるのは、珍しいを通り越したお祭り騒ぎになるほどだ。
桟橋にズラリと並ぶ小型に中型、他と形が異なる純白のものと、バラエティに富んだ飛空艇を見に、桟橋周辺は見物客でごった返している。

人が集まるより先に、グバトリアを始めとする艦隊の偉い人達は、この街の代表の下へと向かっていたのでいいものの、ここで飛空艇からグバトリアが姿を見せたりしたらどれだけの騒ぎになったか。

「ではアンディ様、私達は館へと参りますが、本当によろしいのですか?」

「ええ、俺達はこの飛空艇が家ですから。大抵のことは自分達でやれますんで、世話なんかもいりませんよ」

「…承知いたしました。何かありましたら、館の方へご一報ください。すぐに誰かを遣わせますので」

深々と礼をして去っていく使用人達を見送り、その背中が見えなくなったところで飛空艇の中へと戻る。
グバトリアと使用人がいなくなったことで、急に飛空艇内は静かになった。

今飛空艇に残っているのは俺とパーラ、そしてアイリーンの三人だけだ。
本当はアイリーンはグバトリアと一緒に街の方で世話になる予定だったのだが、本人が飛空艇に残ると言い出したため、今夜はここで一泊することになった。

まぁ体験してしまえば飛空艇の居心地の良さは離れがたいものとなるため、アイリーンのこの行動はわからなくもない。
男爵となったアイリーンがグバトリアと別行動をすることに問題がないわけではないが、逆に男爵という貴族の位の中でも下の方の立場だからこそできた振る舞いとも言える。

そのアイリーンだが、今はパーラと一緒に風呂へ入っている。
本当はグバトリアや使用人達にも風呂を勧めたかったところだが、何でもソーマルガの伝統的な礼儀作法として、まずその土地に来たら、旅装や汚れをそのままにして相手の館へと行くものなのだそうだ。

これは、『体を綺麗にする暇も惜しんであなたに会いに来た』というのを伝えているらしく、特に貴族が他の領地などへと向かう時にはこの作法は大事にされる。
そして、相手はそんな客に最大限の返礼として、風呂や食事、寝床を提供するという。

中々粋な作法もあったもんだと感心するが、グバトリアに言わせれば古くからあるだけで非効率な伝統だと若干冷えた反応が返ってきた。
今ではよっぽど高位の貴族でもない限りはすることはないが、今回のように王が古式に則った来訪を示すことは、その土地にいる貴族などのプライドを満たしてくれるいいパフォーマンスにはなるらしい。

「ぼへぇ~」

「ぼへへぇ~」

そんなことを思っていると、浴室の扉が勢いよく開かれて、そこから湯気を立てながら蕩けた顔をした二人の女が姿を現した。
言うまでもなく、パーラとアイリーンだ。

「あら、アンディ。あの子達はもう行きましたの?」

「はい、ついさっき」

「そうですか。あぁ、私達は上がりましたから、アンディもお風呂にお入りなさいな」

「ええ、そうしますよ」

長時間の操縦と重要人物を乗せていたことで、精神的な疲労も覚えている俺は、風呂でリフレッシュせずにはいられない。
何せ旅はこれで終わりではないのだ。

明日からまた朝から晩まで飛空艇での移動になるし、この先で街に寄らずに野営することも予定されている。
疲れは持ち越さないに限る。

「アイリーンさーん。お茶とエールどっちにするー?」

「あ、エールでお願いしますわ。んふふふー」

エールという言葉に、アイリーンが上機嫌で俺の前から去っていく。
やはり風呂上がりに冷えたビール、もといエールは外せないか。
そのベストチョイスに頷きながら脱衣所に入っていく俺の耳に、アイリーンが上げた鋭い声が響いてきた。

「くぅぅうっ!キンッキンに冷えてやがりますわぁ!」

それネイも言ってたけど、もしかして流行ってんの?





タラッカ地方目指して飛ぶ飛空艇群、グバトリアが指揮する艦隊といってもいいそれらは、皇都を出発して四日後の昼過ぎに、ようやく目的地であるタラッカ地方のとある海岸線へと到着した。
この四日というのが早いか遅いかで言えば、実はかなり早かったりする。

本当なら南からの向かい風であと二日はかかる予定だったのだが、途中から風向きが変わり、南西を目指す俺達にはやや追い風気味になったおかげで、全体の移動速度はかなり早くなったのだ。

海岸線が近付くにつれて、海の上に浮かぶ巨大な人工物の姿もよく見えるようになってきた。
俺としては実に久しぶりに目にするソーマルガ号になるが、こうして遠くから見てもその見た目で大きな変化はない。

強いて言えば、甲板上にいくつかの飛空艇が駐機されているのには目新しさがある。
小型と中型の飛空艇が見本市のように並んでいるのは、あの大型飛空艇が空母としての運用を本格的に考えられている証拠だろう。

色々と変化が見られた飛空艇に注目していると、発光信号がこちらへと向けて発せられた。
内容は、『無事の到着を喜びます。まずは陛下の乗る飛空艇のみで甲板上に降りられたし』というもの。
これを受けて、俺達の周囲を飛ぶ護衛の飛空艇はその陣形を変える。

俺達の飛空艇の進路上が空いていき、見事にソーマルガ号までの着艦アプローチがしやすいような配置が出来上がった。
さながら剣を掲げる騎士の間を歩くがごとく、とは言い過ぎだろうか。

とりあえず、これから船が着艦することを船内に伝えるべく、伝声管の蓋を開けて話しかける。

「当機はこれより、海上に浮かぶソーマルガ号へと着艦いたします。その際、船体に衝撃や揺れ等が発生する恐れもありますので、安全が確認されるまでは座席に着いてお待ちください」

これで万が一があってもグバトリア達が怪我をする可能性は低くなったと思う。
万全を期すなら乗客に目を配るキャビンアテンダントの一人でもいたほうがいいのだが、その役割はパーラが担ってくれると信じよう。

これで俺達はソーマルガ号へとこの飛空艇を降ろすことになるわけだが、実は初の空母への着艦というのには緊張感を覚えている。
上空から見下ろすソーマルガ号の甲板は特に小さく見えてしまい、海の中にポツンとあるそこへ降りるのには躊躇いを覚えてしまう。

垂直離着陸が普通に可能なのがこの世界の飛空艇ではあるが、万が一にも降下速度を誤って甲板に墜落などということになったら、ソーマルガは王を失って混乱に陥ってしまうかもしれない。
そういうプレッシャーもありつつ、普段の着陸よりもずっと遅い速度で降下していき、波で揺れる地面となったソーマルガ号の甲板にややビビりつつも、そこそこの時間をかけて高度を微調整して、何とか無事に着艦できた。

初めての着艦にしては中々上手くいったと自分をほめつつ、操縦室を出てグバトリア達の下へと向かう。
リビングへ入ると、全員が行儀よくソファに座っているのが目に付いた。
そういえば席を立っていいと伝えてなかったな。

「皆さん。無事に着陸できましたので、もう楽にして結構ですよ」

俺の言葉に、パーラを除く全員が露骨に安堵の表情を見せる。
無事の到着を喜んでいるようだ。
そんな中、立ち上がったグバトリアが俺の方へと歩いてきて、真剣な顔で口を開く。

「アンディ、無事に到着できたのは貴君に功ありしこと。まこと大義であった。誉めて遣わす」

「…あ、は!有難き幸せ」

久しぶりに王らしい姿を見せたグバトリアに、一瞬呆けてしまったが、何とか気を取り直して返すことが出来た。
急にそれっぽい顔をされるとびっくりしてしまう。
というか、この中では畏まる必要はないって言ってたくせに、いきなりそういうのは不意打ちが過ぎる。

「陛下」

「なんだ、アイリーン」

「あちらを。甲板にて船長が出迎えの準備をしているようですわ」

畏まっている俺とグバトリアの間に割って入るようにして声を掛けてきたアイリーンが指差す先、窓の向こうでは貴族風の老人達が並んで立っていた。
一際派手なマントを身に着けた老人が集団の戦闘にいることから、どうやら艦長あたりがグバトリアの出迎えに来ているようだ。

「おぉ、そうか。では行くとしよう。アイリーン、供をせよ。…アンディも来るか?」

使用人達の手によってグバトリアに豪華なマントが着せられていき、いざ扉を開けようとしたその時、グバトリアが突然俺を誘うという恐ろしい行動に出る。

冗談ではない。
見るからに高位貴族ととれる人間が居並ぶ場所に、俺なんかがノコノコと出ていったらいらん顰蹙を買いそうだ。

「は、いえ、陛下のお傍を歩むには、この身はあまりにも卑賤。どうか、そのような名誉はマルステル男爵様のみにお与えくださいませ」

「ふ、殊勝な口を。本音は?」

「面倒ですゆえ」

そのあまりにも鮮やかなタイミングのグバトリアの問いに、つい内心がポロリしてしまった。
王に対する口としては不敬が過ぎるが、ギョッとした顔をしたのは使用人達だけで、グバトリアとアイリーンはおかしそうに笑いを堪えている。

「くはっ、同感だな。まったく、お前は面白い奴だ。ふむ、パーラはどうする?異例ではあるが、アンディの代わりはお前でもいいぞ?」

今度はパーラに矛先を向けるが、当然パーラもああいった偉い人達の前に立つのは苦手なタイプなので、慌てたようにして断る口実を探し出した。

「え!あ、いやぁー私は……荷物!そう!荷物の整理がありますので!」

さも名案かのように言うが、国王の誘いを荷物整理で断ったというのは、完全に無礼千万そのものだろう。
もうちょっと考えればいいものを。

「はっはっはっは!それは確かに大事だな。では荷物整理に励めよ。行くか、アイリーンよ」

「はい、陛下」

ひとしきり笑うと、マントを翻して飛空艇を降りていくグバトリアと、その後に続くアイリーン。
それに向けて深々と礼をする使用人達と共に見送ると、俺はつい安堵の息を吐いてソファに腰を下ろしてしまう。

俺がああいうのを苦手としていることはグバトリアも知っているはずで、からかい半分で口にしたとはいえ、心臓に悪い。

「ふぅー、何とか乗り切ったぁ。我ながらいい返しじゃなかった?」

「いや全然だ。お前、陛下の頼みを断るのにあの理由はねーよ。陛下が寛大じゃなかったら、今頃不敬罪で牢屋行きだぞ」

「それアンディに言われたくないね。なぁに、あの言い方。『くそ面倒くせぇです』って、アンディこそ処刑ものだよ?」

「ちょっと待て。くそとは言ってねぇだろ、くそとは」

「似たようなもんでしょ」

ギャーニャーと言い合っていると、おもむろに目の前のテーブルにお茶の入ったカップが二つ置かれる。

「お二人共、まずはお茶など飲んで落ち着かれてはいかがでしょう。陛下はあのように寛大な方ですし、それに飛空艇内では過度に遜ることはないと先に仰られていました。先程のやりとりも、むしろ好ましく思われたのではないでしょうか」

普通に忘れていたが、今この場には俺とパーラ以外にも人がいたのだ。
グバトリア達は出迎えを受けるために飛空艇を降りたが、使用人達はこれから飛空艇内に配置されているグバトリアの私物を運び出すという仕事があるためにここへ残っていた。
そんな彼女達の前で、パーラと恥をさらし合った形になったのが恥ずかしい。

少々バツの悪さを覚えながら、湯気の立つカップへと口を付けて一口すする。
爽やかな香りが鼻に抜けていくのに合わせて、心も落ち着いていく。

「ふぅ…。お見苦しいところをお見せしました。皆さんはこれから荷物の搬出ですか?」

「はい。陛下が仕事に使われた道具は、そのままソーマルガ号に設けられている陛下の執務室へ運び込む手はずとなっております。アイリーン様の私物も、この際に一緒に運び出すと聞いています」

そう言って背後を振り返った使用人の動きにつられ、視線をそちらへと向けると、既に他の使用人達の手によって荷物が次々と梱包されているところだった。
荷物が収まっていく煌びやかで細かい装飾が施された箱は、それ単体でも価値があると思わせるもので、流石は王だけあって、収納箱一つとっても金がかかっている。

「見たところ結構な数があるみたいだけど、大丈夫?なんなら私達も手伝うよ?」

梱包済みの箱はそれなりの数があり、これを使用人とはいえ女性だけで運び出すのは確かに大変そうだ。
パーラの申し出に、俺も同意を添えて頷く。

「いえ、それには及びません。私達は荷物をまとめるだけで、運び出すのは他の方にお願いしています。流石に女の腕でそこまでは手が回りませんので」

まぁそりゃそうか。
王の仕事道具という大事な荷物なのだから、万一にも運んでる最中に落下させて壊したりはできないだろう。
力仕事を任せられる、兵士辺りを手配していて当然だ。

「あ、そういえばさ、貨物室の方はどうするの?あそこって今寝室に使ってるんでしょ?」

ふと思い出したようにパーラが言ったのは、今現在貨物室の半分のスペースを占有している使用人達の寝床のことだ。

旅の間、街に寄れない時は基本的に野営となっていたのだが、同行していた人間の多くが天幕を使っていたのに対し、俺達は飛空艇での寝泊まりという恵まれた環境で過ごしていた。
そういった中で、グバトリアの世話のために同乗していた使用人達の寝床として、飛空艇の貨物室の半分を板で区切って提供していたのだ。

貨物室内も空調は効くし、スペースも十分だったので快適だったと意外に好評だったのだが、こうしてソーマルガ号に到着したことだし、貨物室の寝床も撤去することを考えている。
ただ、現在の貨物室はバイクも積んでいないし、荷物もそれほどないため、急いで撤去する必要もない。

「そのことなのですが…。不躾とは承知の上でお願い申し上げれば、引き続き貨物室を寝室として、私達に貸していただくことはできないでしょうか?」

申し訳なさそうにそう言われたが、正直意味が分からない。
ソーマルガ号に着いた以上、彼女達にも個室かどうかは別にして、ちゃんと生活できる部屋は与えられるはずだ。
なのにまだ貨物室にいたいとは、一体なぜ?

そんな疑問が顔に出ていたのか、使用人がその胸の内を明かしてくれた。
といっても特別な事情があるわけでもなく、聞けば納得の理由だった。
単に居心地がいいと、それだけだ。

実は俺達の飛空艇内は温度と共に、湿度も管理されている。
適度な湿度が保たれているこの飛空艇内は、肌にとって非常に快適な環境となっていたのだ。
乾燥した地域で生きる女性達にとって、ここで過ごしたわずかな時間で明らかに皮膚への潤いが違うというのが衝撃だったようで、永遠に居続けることはできずとも、せめて可能な限りはいさせてほしいと、そういうことだ。

「勿論、ただで居座ろうというつもりは毛頭ありません。私達も陛下のお世話がありますので、常にとは参りませんが、お二人のの身の回りのお世話をさせていただきます。ですのでどうか」

『お願いします!』

いつの間にか、俺とパーラを囲むようにして集まっていた使用人達が一斉に頭を下げて懇願してくる。
傍から見ても必死といえるその様子に、若干俺は引き気味だ。

とはいえ、彼女たちの願いは別に聞き入れてもいいものだ。
どうせ他に貨物室を使う予定もないし、今あるスペースをそのまま貸せばいいだけのこと。
しかも、身の回りの世話をしてくれるというのも、条件としては悪くない。

俺としては頼みを受け入れてもいいと思うのだが、果たしてパーラはどうだろうか。
視線を向けてみると、こちらを見ていたパーラと目が合い、そして頷かれたので俺も頷きを返した。
それを受けて、パーラがソファから立ち上がり、力強く言葉を吐いた。

「みんなの気持ち、同じ女としてよく分かるよ。ここにいれば肌の調子がいいってのは私も身を持って体験してるからね」

「では!」

パーラの言葉に喜色満面で顔を上げた使用人達は、俺とパーラを交互に見てきた。
こうもキラキラとした目を向けられると、ますます断る気が失せる。

「ええ、貨物室は皆さんがそのまま使って結構です。その変わり、俺とパーラの面倒をしっかりと見てくださいよ」

「はい!なんでもお申し付けください!隅から隅までお世話させていただきます!」

彼女は嬉し過ぎて危険なことを口走っていると気付いているのだろうか。
そう軽々しく何でもという言葉を使ってはいけない。
下手をすれば、言質を取られてグヘヘな目に合うかもしれないのだから。

勿論俺はそういう人間ではないが。
だからパーラよ、俺をそんな暗い目で見るんじゃあない。

何となくパーラと目を合わせるのが躊躇われ、ふと窓の外へと目を向けると、丁度俺達と同行してきた飛空艇がソーマルガ号へと着艦してくるのが見えた。

俺達に遅れて着艦する彼らの内、小型のものは降りてくるとすぐに甲板隅へと誘導されていく。
その先では床が上下する昇降装置があり、飛空艇は下の格納庫へと次々に移動していった。

揺れのある甲板に着陸する技術もさることながら、正確に昇降装置のある一角へと船体を降ろすというのにも迷いがない様子に、流石は教導隊だと感心させられる。

そんな光景の中、甲板上では出迎えに出たお偉いさん方が、グバトリアの前に跪いている姿があった。
かなりの年齢と見える老紳士が、まだ若く見えるグバトリアにああして頭を下げている姿を見ると、やはり身分の差というのは大きいものだと改めて思い知らされる。

たとえダラリとした姿勢で茶をすすっていても、たとえ書類を半泣きで片付けている情けない姿を見せようとも、やはりグバトリアは王であると、その光景は示していた。
何かを語りかけるグバトリアの姿は見えど、声までは流石に聞こえてこないので推測になるが、恐らくなにか労いの言葉でもかけているのだろう。

「こうして見ると、陛下ってちゃんと王様やってるんだね」

俺の視線を追ってか、窓の外へと顔を向けたパーラがそんな失礼なことを口にする。
まぁ俺達もこの旅の間に、グバトリアの情けない姿を何度か見てきたため、パーラの言いたいことも分からないでもないが。

「この飛空艇で過ごされていた時は気を抜いておられたようですから、パーラ様にはそう思えるのでしょう。ですが、陛下はやる時はやる方ですから」

不敬なことを口走ったパーラを特に諫めることもなく、むしろ少し困った顔で使用人の女性がそう言う。
仕える主を悪くは言えないが、いかにグバトリアが普段は王らしくない振る舞いを見せているかがなんとなくわかる。

「でもさ、アイリーンさんは結構陛下を叱ってたよね?だらしないですわーって」

「……陛下はやる時はやる方、ですから」

繰り返された言葉は先程と同じものなのだが、そこに込められているのは諦めに似たもののように感じる。

しばらくしてグバトリア達がソーマルガ号の中へと移動したことで、ようやく俺達の飛空艇も甲板上から格納庫へと移動させることが出来るようになった。

格納庫内は先にソーマルガ号へと配備されていた飛空艇と、あとからやってきた飛空艇とでかなり過密状態ではあったが、俺の飛空艇が入らないほどではないので、誘導に従って昇降装置の傍に駐機した。
それと同時に、兵士達が荷物の搬出のためにやってきて、リビングにあるものと貨物室にある分を運び出していく。

これで俺達の仕事は一先ず終わりだが、今後の予定はまだ始まってもいない状態だ。
差し当たり、まず知りたいのはパーティがいつ開くのかだが、それをせずにグバトリアとアイリーンを送り出したのは失敗だった。

一応、使用人が言うには陛下が旅の疲れを癒すのに一日は空けるとして、少なくともパーティの開催は明日以降になるだろうとのこと。
あるいは、招待客の集まり具合によってはさらに伸びる可能性もあるらしい。

そういうことなら、日にちにはまだ若干の余裕があるとみていいだろう。
それまでどうやって過ごそうかと思うが、今このタラッカ地方には既に到着した他国の人間いるはず。
荷物の運び出しをしている兵士に聞くと、そういった人達は海岸沿いにある村の宿で寛いでいるそうなので、タイミングが合えばそういう人達と交流してみるのもいいのかもしれない。

中には飛空艇を初めて目にした人間もいそうなので、そういう人から見た飛空艇の活用法や脅威なんかも聞きたいもんだ。
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