世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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皇都発、タラッカ地方行き

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皇都に来て一夜が明けた。

俺達の家ともいえる飛空艇が返却され、荷物の積み替えはまだだが、飛空艇自体は好きに使えるため、久しぶりにちゃんとした風呂に入ることが出来た。

これまでもジンナ村や旅の間なんかは水魔術で作った水球を簡易の風呂としていたが、やはり温水を使った風呂というのは格別だ。
今はマルステル公爵家の屋敷で世話になっているが、朝一の風呂のためだけに保管所までこうしてバイクでやってくるだけの価値はある。

パーラやアイリーンも今朝は同行していて、それだけこの二人も風呂の魅力からは逃れえない体になっているようだ。
やはり風呂というのは人を魅了してやまない魔性のアイテムだったのだな。

朝からさっぱりとして、いい一日を迎えられた俺達は、再び屋敷に戻って朝食を摂ると、ハリムと会うために城へと向かう。
昨日皇都に着いたばかりの俺達だが、ハリムにはとっくに到着を知られていたようで、ダリアのところでハリムの使者から、翌日の午前に城に来るようにとの伝言を貰っていた。

新進気鋭のマルステル男爵当主と、ダンガ勲章のダブルコンボで門番にも顔パスで、特に止められることなく城へと入っていく。
自動的にアイリーンと俺が前を歩く形になるが、後ろを歩くパーラがなぜかドヤ顔をしているため、はたから見るとパーラが一番偉いように誤解されそうだ。

ハリムの執務室へ着くと、まだ朝早いというのに活発に人が動き回っており、一国の政治の中心に相応しい騒々しさがあった。

「陛下にはそのように伝えておくのだ。行け。……おぉ、マルステル男爵にアンディ。パーラも一緒か」

「ご無沙汰いたしておりますわ、宰相閣下」

「お久しぶりです。二月ぶりほどですかね」

「お邪魔してマース」

開放されている執務室の扉の横に並んで立つ俺達三人に気付き、ハリムが声を掛けつつ手招きをして呼び寄せる。
応接用のソファーセットに場所を移し、全員が座ったところでハリムが口を開く。

「アンディよ、こうしてここに来たということは、パーティへの参加は承諾したとみていいのだな?」

「ええ、そのつもりですが。…もしかして、断ることが出来たんですか?」

「出来るかと言われれば出来ると答えよう。お前の持つダンガ勲章はそれが許されるからな。ただ、そうすると私からの心象は悪くなるからお勧めはせん」

「いや、結局断れないじゃないですか」

一瞬、面倒なパーティから解放されるんじゃないかと期待したが、そうするとなんだかハリムに借りを作った感じになるようで、それはあまり喜ばしくない。
一国の宰相の不興を買うことになるぐらいなら、大人しくパーティに参加する方を選ぶ。

「それと、今回のパーティには陛下も参加なされる」

「あら、それは珍しいですわね。陛下はあまり城から出ることはありませんのに」

「他国からの賓客も来るのだ。流石に今回のお披露目で顔を出さぬわけには行くまい」

アイリーンが意外そうに言うが、続いたハリムの言葉で俺も頷いて同意を示す。
ソーマルガ号のお披露目として、グバトリアが顔を出すことでパーティとしての格も高まる。
ある意味、それが一番王らしい仕事だと言ってもいいぐらいだ。

「ところで、俺達はパーティの会場となる場所を知らないんですが、どこになるんでしょうか?」

「うむ、それについてもこれから話そう。今ソーマルガ号が停泊しているのがタラッカ地方なんだが…タラッカ地方については?」

「おおよその場所はアイリーンさんから聞いてますけど、それだけですね」

その地方の町や村、風俗なんかはまるで知らないが、知る必要があればアイリーンが言っているはずなので、そこらへんはさほど重要ではないのだろう。

「そうか。まぁそれだけ知っていればいい。会場はソーマルガ号の内部にある空間を使うことになっている。先発させた者達に会場を整理させているが、先日届いた報告によれば準備は完了したそうだ」

全長が200メートル規模の船であるソーマルガ号は、甲板から船底まで何層にもわたって広大な空間が存在している。
多少手は加えられているだろうが、俺が知る限りではソーマルガ号の中にはテニスが余裕で出来るだけのスペースがいくつもあった。
それらをパーティの会場に使おうというのは効率的だ。

一々貴族達が集まるのに相応しい建物を用意するより、ソーマルガ号にそういう用途の部屋を用意してしまえば、今後も使えるだろうから無駄もない。
ソーマルガ号には行政機能を付与させる計画もあったと聞くし、ある意味では船というよりも動く城といった見方も出来る。

「ソーマルガ号は巨大な飛空艇だ。タラッカ地方の海岸線を少し飛べばすぐに見つけられるだろうから、おおよその場所を地図にして渡そう。…それでだ、今回お前達を皇都まで呼んだのには頼みがあってのことになる」

「あ、ちょっと待って。その頼みって私が聞いてもいいやつ?もし貴族以外はダメってんなら席を外すけど」

それまで黙って話を聞くだけだったパーラがそう言いだした。
普通に忘れていたが、パーラはダンガ勲章を持たない、平民の扱いだったな。

「心配いらん。そう機密めいた話でもない。それに、貴族としての地位がないとはいえ、私はパーラを信用しているからな」

「え、そう?なんか照れるねぇ。でゅふふふふ」

不意にハリムからの信用宣言を貰い、気持ち悪い笑い方で照れるパーラ。
こいつ、マジでふとした時に出るこういうキモい笑い方はその内に何とかしたほうがいいな。

「話を戻そう。頼みというのは、陛下のことだ。パーティがソーマルガ号で開かれるのは先に言ったが、その会場に陛下をお送りするのに、お前達の飛空艇で頼みたい」

「俺達の?そういうのって普通、ソーマルガが保有する飛空艇を使うんじゃないですか?」

「まぁそうなんだが、陛下が乗るのに相応しい設備、見た目、性能を兼ね備えた飛空艇となれば、お前達の飛空艇が一番適っていてな」

少々ばつが悪そうにするハリムだが、その気持ちはわからんでもない。
ぶっちゃけ、俺達の飛空艇は見た目も性能も、今ソーマルガで飛び回っている飛空艇よりもかなり高い水準にある。
一国の王を乗せる飛空艇としては相応しいものなのだが、惜しむらくは所有者がソーマルガの人間ではないことだろう。

本来であれば、自国の飛空艇で颯爽とソーマルガ号に降り立つのが一番いいのだが、俺が発着場で見た限りでは小型のも中型のもやや華がないという印象だ。
実用一辺倒というのもそれはそれでいいのだが、こういうイベントごとには向かないのが困りものである。

「仰りたいことは分かりますし、俺としては引き受けるに否はありませんが」

「ではそのように頼む。無論、礼は弾む故、期待してくれ。出発は四日後を予定しているが、構わんか?」

四日とはまた、何やら急いでいるような感じだが、パーティの会場が出来上がっているのなら、のんびりとしている必要はないか。

「そうですねぇ…アイリーンさん、仕立ての方は四日でどうにかなりますかね?」

「どうでしょう。微妙なところですわね」

俺としては礼服が完成してしまえばそれでいいのだが、仕立て職人にはまだ会えていないため、出来上がりがどれくらいになるのか分からない。
四日後の出発までにどうにかなるのか、アイリーンも読めないようなので、このまま返事をしてしまっていいものか困る。

「仕立て?なんだ、服を作らせているのか?」

「ええ、実は―」

俺がパーティに着ていく礼服の仕立てを、今日の午後に職人を呼んで行うことをハリムに明かす。

「なるほどな。……その仕立て職人はどこの工房の者だ?」

「ルーダス工房の者ですわ。あそこの工房には、我が家―公爵家の方のですが、その関係でよく仕立てを依頼しておりましたので」

「あそこか。よし、分かった。私の方からも職人と針子を増員するように掛け合って、特急で作らせるとしよう。それで四日後の出発には漕ぎつけるはずだ」

おぉ、これは有難い。
宰相の一声があれば、俺の礼服も速攻で出来上がることだろう。
あとついでに、あのことにも触れておかねばなるまい。

「あの、ハリム様?その、仕立てのことなんですが、料金はいかほどに…」

そう、俺はアイリーンから聞かされていた特急料金に頭が痛かったのだが、さらに人手が増えるとなれば、人件費も上乗せされることになるはずだ。
俺も一応そこそこの貯金がある身で、払えない事態にはそうそう陥らないとは思っているが、それでもバカにならない出費には胃が痛くなる程度には小市民なのだ。

「金のことなら心配するな。全てこちらで持つ。飛空艇を借りる礼だ」

感謝ッ。
圧倒的感謝ッッ。
こともなげに全額を負担してくれると言い放ったハリムは、まじイケメンである。

思わず祈りを捧げてしまいそうになったが、それよりも早くハリムの元へ秘書官の一人が近付いてきて耳元へと顔を寄せた。
何やら耳打ちをされて首を軽く振ったハリムに、一礼をしてまたどこかへと去っていった。

「少し仕事が立て込んできた。先ほど言ったことはやっておくゆえ、細かい話はまた後日とさせてくれ。それとマルステル男爵、陛下がこれからお会いしたいそうだ」

「陛下が?わかりましたわ」

久しぶりに姪が皇都に来たということで、話したいことでもあるのだろう。
何せ二年以上は顔を出していなかったらしいし。

「アンディ、パーラ。あなた達は先に戻ってなさい。アンディ、あなたは午後から仕立てがあることを忘れないように」

「わかってますって。では失礼します」

「あ、そうだ。アイリーンさん、例の帽子を買いに行くのってどうする?午後に回そうか?」

帽子?
なんだ、パーラの奴、アイリーンと買い物に行く予定だったのか。
俺に一言もなかったってことは、女だけの楽しみってわけだ。
まぁ俺も女同士の買い物にホイホイと着いていくほど暇でもないし、用事もあるからな。

「そうですわね。申し訳ありませんが、そうしていただけて?」

「了解。じゃ失礼しました」

パーラがアイリーンと午後の予定をすり合わせたところで、俺達は執務室を後にした。
思ったよりもハリムとの話も早く終わったため、午後までは時間が出来てしまった。

「パーラ、この後どうするよ」

「どうって、特に予定はないんでしょ?仕立てのお金もハリム様が出してくれることになったから、ギルドまでお金を降ろしに行かなくてもよくなったし」

午前中に考えていた予定としては、ハリムとの会談とギルドで金を降ろす以外は全くの白紙だ。
パーラの方はアイリーンと買い物に行くようだったが、それも午後に繰り上げられて今は暇になっている。

どうやって時間を潰そうかと考えながらバイクを走らせていると、ふと視界に家具屋が入ってきた。

「…あ!」

「うわっ、え何?どしたのアンディ」

突然、大きな声を出してバイクを急ブレーキで止めたことに非難めいた声を上げるパーラだが、それを気にするよりも俺は目の前の店舗に置かれている家具に視線が釘付けとなっている。

「いや、ちょっと思い出したんだけど、俺達の飛空艇に陛下が乗るんだよな?」

「そうだね。ハリム様はそう言ってたし」

「てことは、個室も用意しなきゃいけないだろう?それと、居間の方もソファやらの配置も変えたほうがいいかと思って」

「あぁー…なるほど、空いてる個室の方は物置代わりにしてるから片付けなきゃならないし、居間の方も王様が使うにはちょっと狭いかも」

一応調査用にと貸し出す際に多少掃除ぐらいはしたが、元々俺とパーラしか使うことのない飛空艇の内部は、色んな物が雑多に置かれた生活感丸出しの状態だ。
とても一国の王を招いて過ごしてもらうのに相応しいとは言えない。

「だから、飛空艇の中をちょっと整えたほうがいいかもしれん。差し当たって、ソファとかテーブルなんかの家具はいいものに変えたほうがよさそうだ」

「確かに。今使ってるソファも大分使い古しの感があるしねぇ」

揃えてまだそれほど長い時間は経っていないが、所々に傷みも見えている家具類は、あまり見栄えがいいとは言い難い。
多少の無礼には肝要だとは言え、くたびれたソファに一国の王を座らせるのは流石にまずい。

「高級品でなくてもいいから、見栄えが悪くないものをとりあえずここで揃えてこう」

「それがいいね」

目の前の店は家具屋ではあるが、高級路線というよりは職人が装飾を省いて堅実に作りましたというものが多く見える。
王族が使うものに合わせては金額が天井知らずとなるが、こういう実用性に絞って揃えるとそこそこの値段で済むはずだ。

店先にバイクを停め、早速店内に入ると、目に付く家具はどれも質はいいものばかりだ。
これは選ぶのに時間がかかるな。

結局、俺とパーラは午前一杯を家具選びに使うことになってしまった。
午後から俺は仕立てに、パーラはアイリーンと買い物に行ったそうな。






飛空艇を多数所有するソーマルガとしては、軍事の要として航空戦力である飛空艇を整えるのは非常に大事なことだ。
軍事的な価値が高い飛空艇は、数が限られていることもあって、まだまだ全体への普及には程遠いが、軍の一部には優先的に配備されている。

俺達が知っている巡察隊がその一つだ。
巡察隊はソーマルガの主要な都市を飛び回るパトロールが主な仕事だが、その機動力を生かして手紙やちょっとした荷物を運ぶこともあるし、時には砂漠で立ち往生している商人を助けたりということもしているらしい。

そしてもう一つ、パイロットの育成と高度な操縦技術の習得を目的とした教導隊というのもある。
こっちはその存在は知られているものの、一般人にその姿を見せることは一切なく、軍人以外には謎に包まれている存在だと言える。

だが今回、飛空艇のお披露目パーティに際して、この教導隊の面々が姿を見せるという。
とはいえ、彼らがパーティに参加するというわけではなく、皇都からタラッカ地方目指して出発するグバトリアを乗せた飛空艇の護衛と、物資の搬送の任務に着くことから、その存在が日の下に晒されることになったわけだ。





現在、俺はグバトリアを乗せた飛空艇を操縦し、一路タラッカ地方を目指して飛行していた。
周りには教導隊の操縦する小型と中型の飛空艇が多数並走しており、丁度中心にいる俺達を取り囲むように護衛している形になる。
正確な数は数えていないが、少なくとも十隻は超える数が護衛として付くのは実に頼もしい。

周りの飛空艇の最高速に合わせての移動となるため、俺達からすれば随分ゆっくりとしたものだが、それでも空の旅は順調そのもので、晴天の下を飛ぶのはいつも気持ちがいい。

「アンディ、そろそろ交代しようか?」

唐突に操縦室の扉が開き、そこから顔をのぞかせたパーラが交代を申し出てきた。
今はまだ昼前だが、朝早くから飛び続けているので、確かにそろそろ休憩を挟みたいところだ。

「んじゃ頼むわ。…陛下達はどうしてる?」

操縦席をパーラに譲り、体をほぐしながら現況を尋ねる。

「持ち込んでた書類を片付けてる。アイリーンさんも手伝ってた」

「ふーん。他の人は?使用人の人も書類仕事か?」

「陛下達の補佐に回ってるよ。処理済みの書類を梱包したり、お茶を淹れたりとか。とりあえず問題らしい問題は起きてないね」

実は今この飛空艇にはグバトリアとアイリーン、身の回りの世話をする使用人五人、俺達を含めた九人が乗っている。
本当はここに近衛兵十名も加わる予定だったのだが、グバトリアが暑苦しくなるからいらんと突っぱねたため、この人数となっている。

まぁ確かに空を飛んでいれば賊が侵入してくる心配はないし、仮に何か仕掛けられていたとしても、飛空艇が落ちてしまえば護衛諸共木端微塵なので、いらないと言えばいらないな。

「そうか。んじゃ後は頼んだ。周りの速度に合わせるから、かなり出力は絞ることになるってのだけ気を付けて操縦しろよ」

「わかってるって」

操縦桿をパーラに託し、その場を後にした。
とりあえずグバトリア達の様子でも見てこようと、居間の方へと足を向ける。
いつもはパーラと俺だけしかいないこの飛空艇だが、今はそれなりの人数が乗っているせいで、人の気配と喧騒が意外と新鮮な感じだ。

通路を抜けて居間へと入るとまず目についたのは、壁際の一角に置かれたソファセットに着いて作業をしているグバトリアの姿だ。
テーブルの上に置かれている書類の束が、今グバトリアに課されている仕事なのだろう。

その向かいではアイリーンが処理済みの書類を仕分けしており、纏められたものを隣にいる使用人へと手渡すとそれが厳重に梱包されていく。
なるほど、ここだけでも今はグバトリアの執務室となっているわけだな。

仕事の邪魔をしないよう、グバトリア達とは別のソファセットに俺は腰を下ろす。
軽く息を吐いて、改めて周りを見渡してみると、事前に家具や内装に手を入れて、見苦しくない程度に整えた室内は、全体的にシックな雰囲気で纏められていて落ち着ける。

くたびれていたソファは撤去され、麻布を張ったシンプルなソファが配置され、テーブルも天板が綺麗なものに交換された新品同然の物を用意した。
決して少なくない金をかけて仕上げたのだが、飛空艇に乗り込んだグバトリアが最初に言った言葉が『質素だが統一感はあるな。悪くない』だったのは地味にショックを受けた。
やはりセレブと一般人の感覚は大分違うと改めて思い知った瞬間でもあった。

「アンディ様、今陛下方にお出しするお茶をご用意しておりますが、よろしければいかがでしょう」

「あ、はい。頂きます」

「ではすぐにお持ちいたしますので、少々お待ちください」

ちょっと黄昏ていた俺の横には、いつの間にか使用人の女性が立っており、微笑みながらお茶を勧めてきた。
綺麗だ。

くれるというのなら病気以外は貰うのが何を隠そう、この俺である。
ご相伴に与るとしよう。

この使用人だが、実はこうして顔を合わせるのは二度目となる。
グバトリアの世話のためにと乗り込んでいる使用人の内三人は、以前84号遺跡の調査の際にクヌテミアやエリーに着いてきて世話をしていた、あの護衛役も兼ねていた使用人だったのだ。
ある程度戦闘技術も持った護衛兼使用人として今回も同行しているのだろう。
俺と顔見知りというのも選考基準にあったかもしれないが。

向こうもこっちを覚えており、最初の挨拶の際には、何故か妙に熱い視線を向けられた俺は、パーラに足を踏み抜かれるというよく分からない攻めを受けた。
解せぬ。

納得できない一幕を振り返っているうちに、目の前のテーブルにお茶が運ばれてきた。
礼を言って早速一口啜ると、流石王族も口にするお茶だけあって香りが段違いだ。
渋みがやや強めではあるが、後味に残る微かな甘みが上品な引きを演出している。

さてはこれ、ファーストフラッシュだな!
知らんけど。

漫然とお茶を楽しんでいると、差し向かいのソファへ腰かける人物が現れる。

「はぁー疲れた。何で移動中まで仕事をせにゃならんのだ。そう思わんか?アンディ」

首と肩をクキクキと鳴らしながら、くたびれた様子のグバトリアがそこにいた。

普通、王が同じ席に着くことも、対面に座られてそのまま会話を続けることもないのだが、これはグバトリアが飛空艇の中ぐらいは楽にしたいと言い、過度な振る舞いは不要と通達したため、俺もそれに倣っている。

このグバトリアの提案だが、使用人は初めから拒否したし、アイリーンは普段からああなので、唯一パーラだけが砕けた態度でグバトリアと接していた。
勿論、節度を持ったものではあるが、それでもその態度はグバトリアには新鮮で好ましいようで、しかもエリーとも友人だということもあって、意外と気に入られているらしい。

いつの間にか書類仕事は片付けたのか、先程まで使っていたテーブルには書類が一切残されていない。
アイリーンの姿もないことから、恐らく出来上がった書類はどこかへ運んだようだ。

「仕方のないことかと。日頃から陛下が仕事を溜め込む癖があるとハリム様から聞きましたよ。この飛空艇の中であれば抜け出すことはないから、書類漬けにしろとも命令されておりますので」

実は出発前、ハリムからは飛空艇の中でグバトリアに仕事をさせるようにと密命を受けていた。
何でも、ここの所グバトリアは生まれたての自分の子と遊んでばかりで仕事を溜め込んでおり、どうせ空の上なら逃げ出せないだろうということで、この機会に仕事をさせようと企んだわけだ。

「ちっ、ハリムめ…」

忌々し気に吐き捨て、目の前に置かれた自分のカップに手を伸ばして一息に茶を飲み干すグバトリア。
俺から言わせればグバトリアの自業自得なので、擁護のしようがない。
旅の間、頑張って仕事をしてくれ。

「それにしても、この飛空艇は素晴らしいな」

新しく淹れられたお茶から立つ湯気を吸い込みつつ、明るい声でそう言うグバトリアだが、その目は鋭い。

「俺も何度か飛空艇に乗ったことはあるが、ここまで快適なものではなかった。特に室内の温度が実に過ごしやすい。…どうだ、アンディ。この飛空艇、俺に譲らんか?代わりの飛空艇だろうが、城だろうがなんでもくれてやるぞ」

やはりそう来たか。
この飛空艇の魅力は移動速度や見た目なんてちゃちなもんじゃあ断じてない。
寒い時も暑い時も、常に快適な温度を提供するこの空間にこそ黄金の価値があるのだ。
この世界に存在する空調設備のどれとも一線を画す性能を体験してしまえば、こうなるのも当然だろう。

「お断りさせていただきます。この飛空艇は俺達の家でもありますし、それに価値を理解して頂けたのなら手放さない理由もお分かりいただけると思います」

「王たる余が頼んでおるのだぞ?」

口調を急に王らしいものに切り替えたグバトリアは、先程よりも急激に圧が増したように感じる。
ずるいな。
王としての権力を盾に出されては弱いというのに。

だが断る。

「王であるというのならば、既に交わした約定を違えるのは相応しくありませんわ」

「ぴょっ!?」

言葉を選んで丁重に断ろうとした俺よりも先に、グバトリアの背後から声を掛けた人物がいた。
というか、俺は近付いているのが分かっていて口にしていなかっただけで、その正体がアイリーンだとは気づいていた。
知らなかったグバトリアはというと、いきなり声を掛けられておかしな声を出してしまっている。

「ア、アイリーンっ…いきなり後ろから声を掛けるな。びっくりするではないか」

「これは失礼いたしました、陛下。ですが、アンディの飛空艇は正しく功績を成した褒章として与えられたとか。それを覆すとは、確かに王であれば許されるでしょう。ですが、そのような王に果たして民がついていくでしょうか?いえ、それどころか―」

俺の知る限り、初めて見るアイリーンの冷たい目に、思わず俺も背筋が伸びる。
直接向けられているグバトリアは言わずもがなだろう。

「分かった!分かった、アイリーン。それ以上言うな。アンディに行ったのは戯れだ。本気ではない」

「左様ですか。クヌテミア様とハリム様にご報告する手間が省けて嬉しい限りですわ」

「う、うむ。そうだな。言う必要はないな。ああ、全くない」

クヌテミアとハリムの名前が出た途端、視線を泳がせてソワソワしだしたグバトリアだったが、報告しないというアイリーンの言葉で露骨に安堵している。
これだけで普段のグバトリアがどういう風に扱われているのか分かってしまう。

とはいえ、アイリーンのおかげで飛空艇譲渡云々はうやむやになったのは有難い。
ナイスアシストだ。
下手をすれば、飛空艇の所有権についての話にまでいってしまいそうだったからな。

まだ冷たさが残る目をしたアイリーンはグバトリアの隣に座り、話に加わるようだが、グバトリアの方は先程の件があってか、少しだけ居心地は悪そうだ。

「ただ、陛下のお気持ちもわかりますわね。確かにこの飛空艇は快適そのもの。私も、持ち主がアンディでなければ、もっと強引に迫って手に入れようとしますもの」

「だろう?」

「ですが!だからといって陛下にああも迫られてはアンディも断り辛くなりますわ。この飛空艇はアンディのもの、それでよろしいではありませんか」

「ぬぅ…流石に言い返せんな」

「そもそも、功罪を正しく裁くことも王である陛下の器の見せどころでございましょう?それを気が変わったからと言って―」

俺を蚊帳の外に、アイリーンの説教が始まろうとした時、室内に声が響き渡る。
声の発生元はリビングの天井付近に設置した伝声管で、内容は操縦席のパーラからのアナウンスだった。

『随伴の飛空艇から発光信号。休息のために一度着陸します。先頭から四艘ずつ降下していくのに当機も合わせるので、揺れにご注意を』

どうやら艦隊が一度地上に降りるようだ。
言われて窓の外を見ると、太陽の位置から昼時かと判断した。

ついでに地上へと目を向けて、凡その着陸場所を探ってみるが、近くに町や村と言ったものは無く、ただの砂漠へと降りての昼食となりそうだ。
一応魔物なんかの襲撃を警戒しての休憩になるが、国王の護衛に着く兵士も大勢いることだし、俺の警戒はついでになるだろう。

それより、昼に何を食べられるかの方が今は気になる。
俺達の昼食は。使用人がグバトリア達の分と一緒に用意することになっているため、実はひそかに期待していた。
旅の間の食事は質素になるのは常識だが、ここには曲がりなりにも王がいるのだ。
しょぼいものであるわけがない。

一体何が出てくるのか、楽しみで仕方ない。
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