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避難訓練

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三の村から帰ってきて三日が経った。
この後に控える皇都への旅で必要な準備も着々と進み、比較的落ち着いた時間を過ごしていた俺の下に、アイリーンが領主として発令した避難訓練の実施の報が届けられた。

「というわけで、緊急事態がジンナ村で起きた場合に備えて、今日は防衛訓練を実施します。訓練ではありますが、実戦と思って行動するように心がけてくださいまし。また、浮ついた気持ちで臨むと怪我人が発生する可能性もあり得ますので、最後まで気を緩めることがないように」

ジンナ村の広場に集められた村人達の前で、アイリーンが一段高い場所に立ってそう宣言すると、村人達は困惑の表情を浮かべて隣と話をしだす。
いきなりの号令で集められ、あんなことを言われては戸惑うのも仕方のないことだ。

防衛訓練というからには、村が襲われた時にどういった動き方をするのかの練習だろうが、三の村の事件に触発されたにしては随分急ではないかと思う。

俺もこの村人に混ざって広場に来ているのだが、集まっている人の雰囲気といい、校長先生的立場のアイリーンの姿と言い、気分は学生時代の避難訓練といったところか。

アイリーンの挨拶が終わり、入れ替わりで壇上に姿を見せたのは村の自警団に所属する男だ。
言葉を交わしたことはないが、顔は何度か見たことがある。

「まず最初は、村に賊が侵入したという想定での避難経路の確認を実施する。まず族の侵入を知らせる合図があったら、すぐに皆で船に乗り込んで海に出る。その後、再び合図があるまで海上で待機したのち、村に戻ってくるという手はずになっている」

なるほどねぇ。
村に盗賊が攻めてきたらどこか頑丈な建物に籠るか、一旦村を捨てて逃げるかのどちらかになると思ったが、ジンナ村では後者を選ぶらしい。
しかも、船で一旦海に出るという選択肢は、非常に理にかなっている。

普通、盗賊は陸からやってくるため、船を持ってきていない。
なので、海に逃げられたら手出しもされないというわけだ。

まぁ中には海賊染みた盗賊というのもいないとは言えないが、海の上であれば漁師も逃げ周りやすいため、どこかに立て籠もるよりは安全だろう。

そんな風に思っていると、唐突に鐘の音が村中に鳴り響いた。
どうやらこれが合図のようで、鐘の音を聞いた村人達は急ぎ足で桟橋を目指して移動していく。
決して走らず、かといってダラダラとしたものではない村人の姿に、俺はどうしようかと悩む。

俺は元々この村の人間ではないし、戦う力もある。
賊程度、ダース単位で攻めてこられても殲滅することも可能だ。
避難訓練をする必要性はないのだが…。

「あれ?アンディも訓練に参加してんの?」

悩む俺にそう声を掛けてきたのは、今日の予定がドレスの手直しだったはずのパーラだ。

「いや、俺はたまたま村の人が招集されるところに出くわしてついてきただけだ。そっちは?確かレジルさんが手直ししたドレスを合わせるんじゃなかったか?」

何気なく口にしたその疑問に、パーラはその肩を跳ね上げて視線を逸らす。
こいつ…。

「おい、まさかお前、逃げてきたんじゃないだろうな?」

「だってだって!レジルさんったらコルセットで私を絞るんだよ!?アンディは知らないだろうけど、あれはもう拷問、クソ拷問だね!」

「クソとか言うな。はしたない」

やはりあのコルセットを巻く作業というのが耐え難いようで、レジルの下を逃げ出してきたパーラだったが、広場で大勢集まって行われるこの避難訓練に興味を持ってフラフラとやってきたわけか。

「まぁそれはいいとして。アンディは逃げなくていいの?」

「んーどうするかなぁ。ほら、俺達って避難するんじゃなくて迎撃する側の人間だろ?普通にこの訓練に参加してもいいのかちょっと考えちまってな」

「あぁ、わかる。私らは冒険者だからねぇ。ああいう時には留まって、逃げてく人達の背中を守るのが仕事だもん」

うんうんと相槌を打つパーラも俺と同じ冒険者。
逃げることも選択肢としてはあるにしても、無力な人間を見殺しにして逃げるような真似はしない。
よって、この訓練のメニューに従う理由が無いので、今回は村人達の動きを見ているだけにしよう。

「んじゃお前も一緒に見学するか?」

「そうしよっかな。どうせ暇だし―」

「探しましたよ、パーラさん」

呑気に頭の後ろで腕を組みながら桟橋の方へと歩いていこうとしたパーラへ、妙にねっとりとした声が浴びせかけられた。
その声の主は、俺もパーラも知っている人物だ。
というか、今パーラを探している人物と言えば、思い浮かぶのは一人だけだろう。

「レ…レ・レレレジルさんっ、な、なんでここに?確かに身代わりは置いて―」

「身代わり?…あぁ、あの子のことですか。普通に捕まえてあなたの向かった本当の方角を聞き出しましたが?」

ガタガタと身を震わせながら、ぎこちない動きで振り返ったパーラはレジルの姿を目にして、いっそあわれなぐらいに顔を青くしていた。
二人の交わした言葉から推測するに、パーラの奴はレジルの所から逃げる際に、使用人か誰かを身代わりにして陽動を仕掛けたようだが、普通に見破られてここまで追いつかれたわけか。
中々小賢しい仕込みをしたものだが、その手口は俺好みだな。

「さあ、屋敷に戻りましょうか。まだ最終の寸法合わせが残っていますよ」

「ひぅっ…も、もうコルセットは……嫌ぁああ!」

「あ!こら!お待ちなさい!」

笑顔で近付いてくるレジルに恐怖心を刺激されまくったのか、悲壮な顔つきに代わったパーラが突然、爆発した。
マントで見えづらかったが、パーラの奴、ちゃっかりと噴射装置を装備していたようで、その場で砂埃を撒き散らしながら上空へと舞い上がると、そのままどこかへと飛び去って行ってしまった。

実に見事な逃げっぷりだが、それを見るレジルの顔が怖い。
とりあえず俺が謝っておくか。

「すみません、レジルさん。パーラの奴もコルセットがよっぽど嫌なようで」

「…まぁいいでしょう。どうせ帰ってくる場所など一つだけなのですから。ふふふ」

パーラにはドレスの試着をさせるんだよな?
なにこの悪者感。
どちらにせよ、パーラも腹が減ったら帰って来るしかないので、その時にはまた騒ぎになるんだろうなぁ。

大ボス…もとい、レジルはパーラがいなくなったことでここにいる必要がなくなり、アイリーンに一言告げるとこの場から立ち去っていった。

レジルがいなくなったことで意識を訓練に向けると、村人達は既に船で海へと避難しており、俺が普通の賊だったら手出しはできないぐらい遠くへと行ってしまっていた。
船は全て湾内に留まっているが、これは沖合に出ると波も荒くなるし、魔物に襲われる可能性もあるからだ。
訓練では沖に出ることはしないが、実際の時は賊が飛び道具を有しているかどうかで沖にまで移動するかどうかが決まるのだろう。

再び鐘の音が鳴り響くと、それを聞いた村人達は桟橋へと戻ってきて、また広場へと集まってきた。
恐らく、これから避難訓練の総括があるはずだ。
そして案の定、最初に訓練の開始を宣言した男が再び壇上に姿を見せ、村人達へと向けて言葉を放つ。

「はい、それでは皆さんお疲れさまでした。避難の際の手順は事前に決めていた通り、問題なく行えたようでまずは安心した。これが訓練であることは皆知っていてのものではあったが、本当のいざという時にも今回のように落ち着いて行動することを心掛けてほしい」

総括を聞きながら、参加した村人達も段々と笑顔になっていく。
そういう事態になって欲しくはないとは思いつつも、訓練の結果が良好だったことで安心できるのが人の心というものだ。

「さて、訓練はこれにて終了。この後は自警団による立て籠もり犯の対処訓練へと移る。自警団に属している者はマルザン隊長の下に集まるように。それと、次の訓練では男衆の自発的な参加も受け付けている。興味のある者は申し出てくれ。では解散」

解散の合図によって広場にいる人達はそれぞれ動き出し、広場を去る者とマルザンの下に集まる者とで行動が分かれた。
なにやらこの後も訓練は続くようで、先程の言葉通りならこの後は建物への突入を意識した訓練が行われるらしい。

避難訓練自体は賊の襲撃を想定してものだが、この後の訓練は明らかに三の村で起きた事件を意識したものになる。
同じ領内で起きた事件である以上、再びの発生に備えようとするのは当然の考えだ。
全く同じ状況が起きるとは限らないが、既にあった事件をなぞって経験させることも大事なことである。

有志も募っているのは、火急の事態に即応する人間を事前に増やしておきたいという目論見からだろうか。

マルザンの下に自警団と、興味を持った村の男も何人かが集まると結構な数になり、さらには訓練を見物しようと残る村人も何人かいるため、広場の人口密度は意外と高いままだ。
かくいう俺も訓練の中身には興味があるので、この後も見物としゃれ込むつもりだ。

「よし、それではこれより次の訓練へと移る。既に聞いていると思うが、次は人質を取って立て籠もる家屋への突入訓練だ。場所はそっちの小屋を使う。人質役はこの樽だ」

次の訓練の説明をしていたマルザンが、少し離れた場所にある小屋を指差す。
普段は倉庫代わりに使われているのか、扉と窓が一つずつのこじんまりとしたものだ。
白壁で出来たそれは木造よりは丈夫そうではあるが、経年劣化によって随所にボロさが見てとれる。

普通なら頑丈さの点から立て籠もる建物としては誰も選ばないだろうが、今回はあくまでも訓練なのでそこは気にしなくていい。

続いて、マルザンは自分の後ろに置かれた樽を指差す。
丁度大人が一抱えできる大きさのタルガそこにはあり、どうやらあれを人間に見立てて助けるのを目標とするようだ。

「樽は人間ではないから怪我はなしないが、実際の時の人質は生きている人間だ。なるべく樽を傷つけずに救出するよう心掛けろ」

普段から声を張り上げることのないマルザンだが、こういう時は芯の通った強い話し方をするもので、その姿は俺が知る騎士というものと

訓練に際し、以下のようにルールが設定された。

・立て籠もる側である犯人役は三人、突入役は四人から六人で編成。人数は相談して各自で決めてよし
・突入役は人質を救い出すか、犯人を全員抑え込むことで目標の達成とする
・犯人役は突入班の三分の二以上を行動不能に陥らせるか、人質を殺害して小屋から逃げ出すことで達成とみなす
・なお、犯人役は室内に突入役の人間が二人以上入るまでは人質に危害を加えてはならない
・訓練時に制限時間は設けないが、あまりに長い時間が経過した場合はマルザンが続行か終了かを判断する

これらのルールに則り、訓練は進められていくこととなる。

突入訓練に参加するのは全部で二十人ほど。
犯人役は一回ごとに交代で割り当てられるそうなので、とりあえず全員がどちらの立場をも経験できるようだ。

見物客となった俺は、訓練の様子が見られる日陰へと移動し、適当な場所に腰を下ろした。
彼らには悪いが娯楽がほとんどないジンナ村ではいい見せ物になる。
惜しむらくはポップコーンかホットドッグが手元にないことか。
あれらがあるだけで雰囲気はぐっと出るというのに。

無いものは仕方ないので我慢するとして、いよいよ訓練が開始される頃合いとなった。
犯人役に選ばれた三人の男性が木の棒を片手に小屋へと入っていくのが見える。
あの棒が剣の代わりとなっており、叩かれることで斬られたと判定され、当たり所によってリタイアか続行かがマルザンによって判定されるそうだ。

小屋の扉が閉められ、犯人が立て籠もったという状態が再現されたところで、まずは最初に突入する班が前に出てくる。
こちらは自警団と村の若者が混ざった班となり、上限一杯の六人で編成されていた。
見たところ年齢も近いのが集まったようで、もしかしたら日頃からつるんでる仲間とかなのかもしれない。

どこか気楽な雰囲気で小屋へと歩いていくのを見て、俺は思わずため息を吐いてしまう。
警戒も緊張もないその姿勢は、あまりにも突入を舐め過ぎている。

訓練である以上命の危険はないのだが、はっきりいって何の準備もなく扉に近付くのはいくらなんでもまずい。
まぁこういった立て籠もり事件自体の経験がないので仕方ないと言えば仕方ないのだが、それにしてももうちょっと警戒心というものを持ってだな…。

そんな風に思っていると、突入役の男達は何の工夫もなく扉を開けて、まるで我が家へ帰るかのように小屋の中へと入りこんでいった。
あ~あ、あんな風に入ったら、待ち伏せされてボコられるだけなのに。

ここからでは中の様子は見えないが、人が挙げる声とドタバタと動き回る音は聞こえてくるため、あの狭い室内でどんな大立ち回りが行われているのか気にはなったが、すぐに小屋の中からマルザンを先頭に、犯人役と突入役の全員がゾロゾロと姿を現した。

どんよりとした空気を纏っている突入役の様子から、今の訓練は犯人側の勝利という結果になったようだ。
マルザンは突入役と犯人役の双方にいくつかの助言をすると、次の突入役と犯人役を小屋の前へ呼び寄せ、再び訓練を開始する。

チラリと見えたマルザンのしかめっ面を考えると、訓練としてはあまりいい結果となっていないのは楽に推察できるが、とりあえず訓練は続けられているので、俺も最後まで見届けるとしよう。
もしかしたら、どれか一班くらいは目覚ましい働きをするかもしれないからな。
知らんけど。





人質救出・家屋突入訓練も進行していくと、流石に参加者も慣れてきたらしく、突入のやり方も各所に工夫が見られるようにはなったが、未だに人質を救出したという結果は聞こえてこない。
これは彼らが不甲斐ないというわけではなく、それだけ立て籠もり事件というのが難易度の高いものだからだ。

立て籠もり事件で一番重要なのは何かというと、人質の救出は言うまでもないが、それ以上に救出する側がやられないことが大事なのだ。
突入した人間がやられたら、一体誰が人質を助けるというのか。
しかも、捕まってしまったら人質の数を増やすこととなるだけに、ただ闇雲に突入するのは愚の骨頂というもの。

「ひどいものだな。人質を救出した組が一つもないとは…」

一通りの組み合わせで犯人役と突入役が回ったところで、一旦訓練を中止し、マルザンが参加者を集めて先の言葉をため息交じりで吐き出した。
自警団に村の男衆という屈強な集団が、揃ってバツの悪そうな顔をしているのはちょっと笑えて来るが、流石にそれをできるほどに現場の空気もよくはない。

しかし、この結果は俺にしてみれば十分に分かり切っていた。
どの班も最初の突入の仕方に大きな違いはなく、馬鹿正直にノコノコと正面切って扉から入っていったのだ。
扉は大の男が二人並んではいれるほどの大きさが無いため、一人ずつ室内に入っていっては待ち受ける犯人が順番にタコ殴りにするのは自明の理というもの。

それでも後半になると、室内に入る時には最初の人間が盾代わりになって後続の人間の突入経路を押し広げるという工夫も見られた。
だが結局、室内に入るのは一人ずつなのでさほど効果はなかったようではあるが。

「これはあくまでも訓練だ。失敗したからといって誰かが死ぬということはない。だがこういった事件がいつ起きるかは誰にもわからん。である以上、それに備える必要があるというのに…なんたる体たらくかっ!」

『ひっ…』

おぉ怖。
普段あんまり大声を出さない人が、急に怒鳴るとより怖いというあの法則はこっちの世界でも当てはまるようだ。
マルザンの怒声は正面に立つ訓練参加者だけでなく、見物している村人達にも轟き渡り、子供達の何人かは泣き出してしまっている。

流石は老いても騎士。
あの一瞬に感じた迫力には背筋に走るものを覚えた。

「そもそも敵が待ち受けているという建物に対しての認識が―」

「マルザン、もうよろしいでしょう。皆、反省しているようですし、これ以上攻めては今後の訓練にも支障が出るかもしれませんわよ」

「…はっ。アイリーン様が仰るのであれば」

正に鶴の一声、アイリーンがマルザンの背後からかけた言葉に、男達は露骨に安堵を態度で示す。
一方で、マルザンの方もアイリーンの制止がいいタイミングだったようで、険しかった顔も幾分か和らいでいた。

今回はあくまでも初回の訓練であるため、あまり厳しくするのもよくはないが、ついマルザンも頭に血が上っていたのだろう。
そういう意味では、意外と助けられたのはマルザンの方だったのかもしれない。

ちなみにアイリーンは天幕で作られた日陰の下で最初から訓練は見物していた。
急に屋敷から出てきて口を挟んだわけではない。

「訓練は私も最後まで見させていただきました。皆さん、真剣に臨んで下さったようで、領主としても心強く思いますわ」

領主直々にお褒めの言葉を貰い、参加者達は照れと誇らしさが混じった顔を浮かべる。

「ただ、マルザンが言いましたように、あくまでもこれは訓練です。実戦とは違う部分も多くありましょう。訓練から得たものを十分に自分達のものとし、いざという時に備える心を養っていただきたく思います。…この地を治める者として、こういった訓練が生かされる機会がないことを切に願うとともに、万が一に起きてしまった場合の皆さんの協力もお願いしますわね」

今語りかけられているのは領主としてのアイリーンからのものであり、村人達にとっては非常に重いものである。

訥々と話すアイリーンの言葉は、その目の前にいる人間だけではなく、訓練を見物していた村人達にも浸透していったように感じられた。

文章にすれば多少上から目線のものではあるのだが、実際に口に出された言葉を耳に入れてしまえば、そこには慈愛や親愛と言ったものが確かにあり、アイリーンがいかにこの村を思っているかがよく分かった。

「さて、私から言うことはこれだけですが、個人的に先程の訓練の結果は少々残念に思っていますの。勿論、攻めているわけではありませんわよ?」

厳かと言えるほどにしまった話し方から一転して、軽い物言いに代わったアイリーンの口から残念という言葉が飛び出すと、参加者達は揃ってその身を固くしてしまう。
攻めていないとわかって強張りを解いてはいたが、それでもまだ完全に抜けていないところを見るに、彼らなりに思う所はあるということだろう。

「人質救出というのは非常に難しいものですもの。マルザン、あなたは経験がありまして?」

「自分はありませんな。しかし、そういったことが起きた際にどう動くかは先達の騎士から聞かされたことはありました。その程度です」

「なるほど。…このように、経験豊富なマルザンですら遭遇したことが無い、非常に稀な事件だと言えます。そこで、ここは一度、経験者に手本を見せてもらうとしましょうか」

……ん?なんだかおかしな話になってきていないか?
アイリーンの発現を整理すると、この場所に人質救出作戦の経験者がいるということになる。
しかし、 マルザンをはじめとして、自警団の人間にも村の男衆にもそんな者はいないようだった。
一体誰のことを指しているのだろう。

………俺だな。
薄々と気付いてはいたが、この条件に合う人間はどう考えても俺しかいない。
何より、先程からアイリーンと目がバッチリ合ってしまっている。
これはどうあがいても、人質救出訓練に参加する流れとなることだろう。

いや、まだだ!
まだ終わらんよ!
確かにアイリーンにロックオンされてはいるが、今ならまだゆっくりと後ろへ下がっていけば―

「アンディ!こちらへいらっしゃいな!あなたが三の村で見せた救出の手腕、私達にお見せなさい!」

くっ、一瞬遅かった。
クイクイと手招きするアイリーンの仕草に、他の村人達の視線が俺に集まってきてしまい、ここからの逃げ道を奪われてしまった。
こうして名前を呼んで呼び寄せようとするのは、さっき逃げようとしたのをアイリーンに察知されたからかもしれない。
やはり女の勘はあなどれないものがあるな。

仕方なくアイリーンの下へと歩いていくが、その足はかなり重いものになっていた。
訓練が嫌だとかそんなケチな了見ではないが、単純に面倒くさいのだ。
だが領主様直々のご使命である以上、断ることが出来ないのは居候の身の辛いところよ。
こうなったらサクっと済ませてしまおうか。
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