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卑怯たれ

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「それまで!」
「ぐぅっ!はぁ…はぁ」

試合終了の合図とともに、手から剣を滑り落として膝を突く男。
荒く息を吐くのは体力と精神力をすり減らした証拠で、似たように少し離れた場所では最初に俺と戦った男も、多少回復はしたものの、まだまだ疲れが残る体を地面に投げ出している姿がある。

二人の男を順に相手取った模擬戦は当然ながら俺の勝ちで終わり、実際に剣を交えた者と観戦していた者に対して、俺の実力をある程度は示せたと見ていい。

馬鹿正直に真っすぐな剣を振るう男に対しては全てを避けるか弾くかして体力を削り切ったところで一撃で倒し、その様子を見て多少は学習した次の相手にはこちらから手数で押して攻撃と回避を封じた上で、太腿と脇腹にそれぞれ軽く一発つずつ入れて勝負ありとなった。

時間にして十分もかけていないその戦いに、挑んだ側は揃って体力を激しく消耗しきったのは、戦うということに慣れていないせいだろう。
一人はその大柄な体格から推測できる通り、腕力はかなりのものだがそれに頼り切りといったタイプ。
もう一人は細身の体格を生かした体捌きに見るものはあったが体力は少し足りないといったところか。

どちらも戦闘能力はそう悪いものではないが、如何せん経験が足りなかった。
剣を持った相手に防御も考えずに切りかかったり、隙を突くやり方が拙いなど、まさに黒四級に相応しい実力しか無い。

「はぁっはぁっ…くそっ、同じ黒級なのに……なんで」

目の前で悔し気にこちらを見てくる男は、やはり俺達を黒級と勘違いしたままで戦いを挑んだことを示した。
同じ黒級でどうしてこうも圧倒的に差があるのか、それを嘆く男達にパーラが声をかけた。

「言っとくけど、私もアンディも白一級だよ。あんた達がこっちの見た目から勝手に勘違いしただけだから」
「白…え?黒級じゃない?」
「いや、だってその年齢じゃ…」

明かされた事実にポカンとした顔をする二人だが、そこにギルド職員側から補足が入る。

「アンディさんは年齢制限が課される時点から十分な実績を積んで今のランクになっている。確かに一般的ではないが、この年齢で白級になっていることはそれだけ優れた冒険者だと思っていい。そちらのパーラさんも、商人としての実績がある状態で冒険者ギルドへ移籍し、アンディさんから遅れはしたが着実に積み上げた貢献度で白級に駆け上がったのだ。年齢でランクをある程度推し量るのはよくあることだが、それに当てはまらない場合もあると覚えておくといい」

そうは言うが、俺はかなり特殊な事例に分類されると思う。
俺が白級になった最大の要因は、アプロルダ討伐が影響している。
ヘスニルを襲うはずだった未曽有の災害を、多くの冒険者と共に防いだという一点を持って、今のランクまで一足飛びに押し上げられたと言っていいだろう。

確かにギルドマスターにも実力を示しはしたが、それも含めてそこそこの才能と運があれば誰でもそうなれるはずだ。
もっとも、それが出来ないからこそ、特殊な事例と言えるのだが。

「さて、模擬戦はこれで終ったわけだが、俺達が教官となることは認めてもらえたと思っていいか?それとも、まだ納得がいかないってんなら次は本気で叩きのめそうか?」
「ぅげっ、あれで本気じゃないのかよ…」
「これも言ってなかったが、俺もパーラも本来は魔術師だ。まぁ一応近接戦もできる魔術師ってことではあるが、本来は魔術を交えた戦い方でやってる。で、どうする?魔術ありでもう一戦やろうか?」
「い、いやいい。認めるよ。教官はあんたらでいい。というより、あんたらがいい」

戦って実力の一端を知ったことで、生意気な態度から一転したのを見ると、今後の指導も素直に従ってくれそうで何よりだ。
他の参加者にも目線で尋ねると、一人一人しっかりと頷いたので、参加者全員に俺達は教官として認められたわけだ。

模擬戦を挟んだせいで少し時間を食ったが、これでようやく講習へと移れる。
一応考えてきたスケジュール通りに勧めるつもりだが、予定されている二日間で終わり切るかどうかは参加者達の習熟度具合による。

ちなみに、この初心者講習に参加する駆け出し冒険者には、この二日間の食と住がギルド側から保証されている。
とは言っても、上等な宿と美味い飯というわけではなく、ギルドの使われていない一室を寝床として貸し与えるのと、余剰在庫の保存食を食わせてもらえるだけの最低限の保証という程度だ。
それでも、とにかく金が無い駆け出しの冒険者にはありがたいもので、こういうところでも支援の手というのは活きていた。

初心者講習を受けられる駆け出しの時しか利用できない支援ではあるが、これを出発点として少しずつ冒険者として稼いで行けるようになれば、いずれランクアップした時に振り返る思い出になるかもしれない。
…なるのか?
……なるんだろう。

話を戻して、これから彼らには黒級の依頼を受ける上で陥りやすい失敗を交えた指導をしていく。
まずは薬草の採取方法と種類の判別の仕方、その際に注意することなどを実際の薬草株を使って解説し、魔物の解体法なども実物を使って教えていく。

それらに使う素体や道具類はギルド側に用意してもらったので、運ばれてくる間に参加者の名前を自己紹介形式で覚えていき、準備が出来たところで講習開始となった。




「えー…と、こっち?」
「どうしてそう思った?」
「だって、こっちの方が葉っぱが丸いし、なんだか新鮮っぽいから」
「よし、じゃあ少し齧ってみろ」
「あむ……あ、ちょっと甘い。…ん?やっぱり苦い。んん?今度は酸っぱり…はれ、ひたがはわんあい」
「痺れるだろ?正解はこっちのが普通の薬草、お前が選んだのはよく似た別の草だ。安心しろ、舌が痺れるのは少しの間だけだ。痺れが取れるまで休んでろ」
「ふぁーひ」
「このように、見た目では判別が難しい薬草ってのは結構多い。慣れない内は依頼の品とは違うものを持ち帰ってしまうってこともあるだろう。こればっかりは実物を見比べて覚えるしかないから、ギルドの資料などを借りて勉強すること。くれぐれも、ノリシャのようにいきなり口に放り込むような真似はしないように。下手したら死ぬぞ」
「ひ、ひほい」




「薬草は葉っぱを採取するのであって、茎と根はそのままにしておくように。しばらくすればまた生えることもあるから、一度群生地を見つけたら次を考えて採取すると長く稼げるよ」
「えー、でも次に来た時にまた生えてるとは限らないんじゃないですか?」
「確かに、他の冒険者に先を越されたり、動物に食べられることもあるね。けど、だからって根こそぎ取り続けてちゃダメ。こう言うのは自分以外のためになっているって考える余裕をなくしたら辛くなるだけだから」




「倒したと思っても、生命力が強い魔物なんかは意外と息を吹き返したりすることがある。動きを止めたら、注意して近付いて確実に息の根を止めるんだ。ナイフでもなんでもいい、頭を潰すか太い血管を裂いて失血死させてから解体に臨むことを心掛けろ。はい、ホーザ」
「心臓を狙うのはだめなのか?」
「勿論心臓を潰してもいい。ただ、対象によっては心臓の位置がわかり辛かったり、刃物が肋骨に阻まれて届かないということもあるだろう。どのやり方を推奨するというわけではないが、生物である以上、頭を潰されて生きてられるのはいないとだけ言っておく」




「自分の村なんかでやったことがある人は、経験のない人に教えてあげてね。冒険者として生きていく以上、魔物や動物の解体は覚えておいて損はない技術だよ」
「パーラ教官ー、ちょっといいですかー?」
「はーいはい。なに、どしたの」
「ここなんだけど、ナイフが入っていかないんです」
「あぁ、ここは皮が張ってるからね。刃を寝かせすぎるよりも、ちょっと起こして剥がしながら切るって感じね。こう…やって、ほら取れた」
「なるほどー」




パーラと時々交代しながら、参加者達に俺達の得た経験に基づく諸々を叩き込んでいく。
採取に関しては株ごとの薬草を使って解説し、動物の解体にはギルドに持ち込まれた丸々一頭の鹿や猪を使って実地で行った。

初日ということでサクっと済ませるつもりだったが、参加者達が意外と真面目にこちらの話を聞いてくれたこともあって、当初予定していたカリキュラムを大分前倒しして講習を進めることが出来た。
あまり詰め込むことはよくないとは分かっていたのだが、もっともっとと求められては断ることもできず、
日が暮れ始めた頃には翌日分の講習内容にも軽く手を出してしまっていた。

「よーし、これぐらいにしよう。ちと予定よりも進んだが、明日は今日よりももう少し専門的な話を交えるつもりだから、しっかり頭を休めておくことをお勧めする。じゃあ解散」
『ありがとうございました!』
「はい、お疲れさん」
「お疲れー」

辺りが暗くなり始めたこともあり、キリのいいところで解散し、散り散りに去っていく参加者達を見送り、最後まで残ったのは俺達と纏め役のギルド職員の男性だけとなった。

「お二人共、お疲れさまでした」
「どうも、お疲れ様です。こんな感じでよかったですかね?なんかまずかったところとかありますか?」
「いえ、大変いい講習会だったと思いますよ。我々ギルド職員では気付かないようなことも話されてましたし」

ギルド職員からのお墨付きももらえたので、ひとまず教官役としての役割は果たせているようではある。

「ねぇアンディ、明日からどうする?意外と予定よりも早く講習が進んでるけど」
「それだよなぁ。この感じだと明日の午前だけで講習は終わるだろうから、その後はい解散ってのは何かな」

普通なら早く終わることは悪いことではないが、この講習は駆け出し冒険者を鍛えることを目的としている。
二日間みっちり教え込むと言っておいて、一日半で終わられると手を抜かれたか見限られたかと、ネガティブに捉えられる可能性もないわけではない。
なので、出来れば早く終わるにしても午後を過ぎてからの方がいいだろう。

とは言え、残る講習内容はどんなに内容を薄めても午後までは持ちそうにない。
何かレクリエーション的なことでもした方がいいのかと悩ましく思っていると、職員の一人から提案が出された。

「それでしたら、午前一杯で講習を終わらせて、午後からアンディさん達対参加者達で手合わせをするというのはどうでしょう?彼らもまだまだ戦いには慣れていないはずですし、白級で魔術師であるお二人との手合わせはいい経験になると思うのですが」

俺が相手した二人を考えると、全員の実力がそうかけ離れていないとするならば、突発的な状況や強敵を想定した戦いというのを経験させるのは確かに悪くない。
戦いを避けて冒険者を続けることはできなくはないが、不意の戦闘がいつ発生してもおかしくないのがこの仕事だ。
心得があるとないとではいざという時の生存率が違ってくるので、教え込むとしたら生き延びるための戦い方というものになるだろう。

「…なるほど、悪くないですね。パーラ、どうだろう?」
「そうだね、反対する理由はないよ」
「よし、決まりだな。ただ、俺達と直接戦うってのはちょっと考える必要があるか…明日はこの訓練場は貸し切りにはできないんですよね?」
「ええ。別の訓練場を押さえてありますので、明日はそちらをお使いください」

実はこの訓練場を貸し切れるのは今日一日だけで、明日の講習からは別の訓練場へと移ることは事前に聞いていた。
その訓練場というのが弓の試射などに使う場所で、ここと比べると多少手狭になるのが心配ではある。
まぁ講習の人数自体は大した数ではないので、何とかなるだろう。

問題は、急遽発生した手合わせにおいて、どういう方向性で臨むかだ。
大雑把にこうするというのは頭にあるが、細かいところはやはりパーラとすり合わせておきたい。
これはコット達の時に経験済みなので、今日帰ってから軽く話せばいい。

追加で考えることも増えたが、辺りが暗くなったこともあって家路へとついた俺達は、暖かい風呂と美味い飯で一日の疲れを癒す。
肉体的にはそうでもないが、人を教えるということはやはり精神的な疲労を覚えるもので、俺もパーラもこの日は早々に眠りについた。

なお、例の手合わせについての話をパーラとするのを俺はすっかり忘れてしまっていたため、朝早くからパーラを叩き起こして打合せをするという、少しバタついた時間で一日を始めることになるのはもう少し時間が経ってからのことだ。










「えー、皆さんにはこれから殺し合いをしてもらいます」

その場にあった空気がザワリと波打つのを感じた。

午前で終わった初心者講習の後、午後から俺達との手合わせを行う旨を説明し、初日よりもやや手狭になった訓練場で開口一番、不穏な言葉を吐いたのは何を隠そう俺である。

「いでっ」
「バカ、説明が全然足りてないでしょ」

同時に、俺の頭を激しい衝撃が襲った。
衝撃の主はパーラの右手だ。

「あぁごめんね、ちょっとアンディが変なことを言っただけだから。別に本当に殺し合いをしろってわけじゃないの。皆にはそれぞれ、お互いを敵と見立てて一対一で戦ってもらうわ。あそこに武器を用意してもらったから、各自で好きなのを選んでちょうだい」

そう言って訓練場の隅に用意した模擬戦用の武器を指さしながら、パーラは目の前に並ぶ顔を見回す。
俺とパーラ以外の全員が先程の俺の言葉でギョッとした顔をしていたが、今は落ち着きを取り戻してパーラの指す先にある武器を見つめている。
そこにあるのは全て木製で出来た剣や槍といったもので、刃引きされた武器というものは一切置いていない。

駆け出しの冒険者である彼らは、まだ武器を買いそろえるだけの金がなく、この訓練場で初めてちゃんとした武器に触れるという者も少ない。
先だって俺と一戦交えた二人も、剣を扱う技量は未熟どころか素人同然であったことから、この中で戦闘経験があるのは果たして何人いるか。

そういう者同士がいきなり本物同然の武器を使っては、怪我の恐れが十分にあるため、今回はある程度安全のために木製の物を使うことにしていた。
勿論、木製でも当たり所によっては普通に怪我はするので、気を付けるのには違いはない。

「選んだら武器に慣れる時間を設けるから、その後でこっちで決めた組み合わせで試合を始めるわ。一応全員が最低一回ずつ戦うようには組むつもりだよ。ただ、ルールはちょっと変わってるから注意して。アンディ、続きお願い」
「はい注ー目。皆にはこれからこの果物を三つ、体に括り付けてもらう。一応俺はペイント玉と呼ぶが、別に木の実でも赤いのでも好きに呼んでいい。試合は相手の体にあるこれを先に全て割った者の勝ち。こいつは中に赤い汁がたっぷり詰まってるから、ペイント玉に攻撃が当たって服か体が赤く染まった時点で、完全に割れてなくても割れたとみなす」

手に持った木の実を全員に見やすいように頭より高く掲げて注目を集める。
武器とは別に、訓練場の隅に置かれた木箱には、この握り拳ほどの大きさの黄色くて丸い木の実が詰め込まれていた。
これは染めものに使われる木の実で、中に詰まっている赤い果汁を絞り出して煮詰めると、赤の染料として使われる。
年間を通して栽培が可能で、染色業を営む店舗があればどこの町で比較的容易に手に入るものだ。

赤い染料は中々値がはるものなのだが、この木箱一杯にある木の実を使っても服一着を染められないという程度なので、この量でも意外と安く手に入れられたのは経済的にも有難かった。

「どちらかがペイント玉を三つ潰されたらそこで勝負あり。時間がかかり過ぎるようだったら俺とパーラが判断して勝敗を決める。武器、戦術、何を使ってもいい。とにかく相手の体にあるペイント玉を全部割れ。分かりやすいだろ?」

この赤い木の実を使ったやり方は、よくテレビ番組などでやっている、紙風船を体に着けてお互いに柔らかい棒で叩き合って割るというゲームを参考にしている。
分かりやすいようにペイント要素も入れてはいるが、概ね既存前世のゲームに沿った仕様でまとめた。

そんなわけで、各自が好きな武器を選んで試し振りをし、全員が練習を終えたところで試合の時間となった。

最初は体格的に似た男同士の試合。
それぞれの体には白い布で包んだ木の実を結び付けられて、お互いの狙い所を目で追いながら開始位置へと付く。
ペイント玉を体のどこに着けるかはある程度好きにさせるが、この二人は共通して頭と腹に一つずつ着けているが、残りの一つは腰か肩かというのが異なる点だ。

体の動きを邪魔しない位置におくか、守りやすい位置におくかで好みが分かれるため、配置が多少は似通ってもどこかで差異があるのは当然のことだ。
とはいえ、さほど予想外というわけでもなく、真っ向から戦えばどちらにも不利はない配置ではあった。

「じゃあお互い向き合って、構え。…始め!」

パーラの合図で戦いは始まると、特に様子見などをすることもなく剣をぶつけ合い、二つペイント玉を失いながら捨て身で相手のペイント玉を三つ潰したことで、あっさりと決着がついた。
今の戦いにおける動きからどちらも剣に不慣れなのは明らかで、正直子供の喧嘩レベルの戦いを見せられた気分ではあるが、本人達はいたって本気であったことは息を荒げている様子から伝わってくる。

次の試合、その次の試合と続けていくが、どれも最初の試合と大差ない展開で進み、決着もそれほど時間がかからないまま、組み合わせが一巡する最後の試合となった時、それまでの試合とは異なる面白い絵が見られた。

試合開始前に向き合う二人の内、片方は講習会の初日で俺と一戦交えた大柄な方の男で、名前はロブという。
こちらは木剣を手にして、ペイント玉は頭と胸と腹にそれぞれ結び付けるという、これまでの試合でもよく見られるオーソドックスな組み合わせだ。
これ自体はおかしいことではないし、見慣れたと言ってもいいものだ。

変わっているのはもう一方の方だ。
名前はウルンといい、講習の参加者の中で一番小柄で、少女と呼んでも差し支えない見た目ながら、年齢は一番上という、ギャップが凄い奴だ。
その身長の低さを気にしているのか、伸ばした銀髪を頭の上でポニーテールにして高さを稼ごうとしているのが哀愁を誘う。
彼女はこの中で、槍を武器として選択した唯一の人間だった。

剣と比べてリーチで有利な槍を選んだのは中々いい判断だと思うが、それ以上に目を見張るのは、彼女の選択したペイント玉の位置だ。
なんと、他の人間が体に分散して配置したのとは逆に、一か所に集めて括り付けてしまっていたのだ。
しかもその位置が腰の後ろという、まさに正面から打ち合うとまず狙えない場所である上に、槍というリーチが邪魔して近付けない以上、剣が届く余地などまるでない。

実にうまいやり方だと感心するが、対峙する側にしてみれば随分やり辛いことだろう。
現に今、パーラに対してロブが物言いをつけようとしていた。

「ちょっと待った!…教官、あれはいいのかよ」
「何が?」

詰め寄られたパーラはとぼけた態度を見せているが、あれはウルンのやり口を認めている顔だ。
ロブが何を言いたいのか予想できるが、それをパーラも当然分かっているはずなので、うまくいなしてくれることだろう。

「何がって…ペイント玉を背中に隠してるだろ!あんなの反則だ!」
「…ってことだけど、アンディどうなの?」

と思っていたら丸投げされた。
仕方ない、俺が言うか。

「ペイント玉をどこに着けるかは個人の自由だ。ウルンのように、背中側に全部つけるのも当然な」
「けど―」
「逆に聞こう。実戦でわざわざ攻撃されやすいところを晒してるバカがいるのか?」

そう言うとロブは言葉を詰まらせ、悔し気に開始位置へと着き直す。
どうやら俺の言ったことを納得はしないが理解はしたようで、文句を飲み込んで試合を開始しようとしたその姿勢は潔いと評価しよう。
ただし、勝つために考えを煮詰めたウルンの方が評価は高いのは覆しようはないがな。

結局その試合は、最後まで背中をロブに見せないように立ち回り、槍のリーチを生かして相手のペイント玉を全て割ったウルンの勝ちで終わった。
ここまでの試合では、勝った人間には観戦していた者達から拍手が送られていたのだが、今回に限っては拍手もまばらだ。

だが無理もない。
ロブが言った反則という意見は、他の人間も共通して持ったものだろう。
ウルンの手口は、他の参加者にとってはそれまで戦っていた土俵の外から責められたようなものだ。
スッキリしないものを抱えているようなので、俺の方から釘をさしておく。

「今の試合、ウルンのやったことを卑怯だと思うか?」

そう周りに向けて俺が言うと、言葉こそ発しないものの、不満を抱いていると暗に示す態度を見せた。

「その考えは正しい。ただ、ウルンのやったことはなにも間違いじゃない。ペイント玉は目に見やすい弱点だ。そこをどう突くか、どう守るかがこの試合の肝となる。実戦では防具に守られた部分だけを攻められるとは限らないからな」

実はこの試合の狙いはそこにあったのだ。
新人冒険者は、防具を過信してやられることが意外と多い。
そもそも最初からいい防具を手に入れられないのが新人冒険者なのだから、攻撃よりも防御を覚えさせることを優先したのほうがいい。

そんなわけで考え出したこのルールだが、ウルンのように工夫をしてくる者がここまでいなかったのは少し残念ではあった。
なにせ、最初に説明した時に何をしてもいいと宣言しているのだから、ペイント玉を隠すように身に着けるぐらいはして欲しかったのが本音の所だ。

「…ふむ、まだ納得はいかないか。ロブ、ウルンにやられたことは悔しいか?」

目の前のどの顔も、俺の説明にはまだ納得できていないと、ありありと顔に出ている。
それを解消するためにも、実際にウルンとやりあったロブを選んでそう尋ねた。

「当然だ」
「何故悔しい?」
「何故って…卑怯な手は卑怯な手だからだ。そんなことで勝っても嬉しくないし、やられたら腹が立つだろ」
「なるほど、一理ある。全員、ロブと同じか?…そうか。なら言っておくぞ。駆け出し程度の実力しかないお前らが、命を懸けた場面で卑怯な手を躊躇うな。卑怯だと思ったら即実行に移せ。武器は勿論、足下の石、砂、食器から相手の武器にいたるまで全てを利用しろ。先に使われることを恐れるようになれ」

一瞬、俺の言ったことを理解できないとばかりに目を見開いて動きを止める駆け出し冒険者どもだったが、すぐにその顔は悔しさに彩られたものに変わる。
俺の言うことに反発したいが、実力が及ばない今の段階ではそれもできないと分かっているのだ。
そして、冒険者という仕事を選んだ以上、命を懸けて臨む仕事に綺麗事は邪魔だと、それもまた理解はしているはず。

ゆえに、悔しさを覚えながらも俺の言い分にも理を見出し、口に出して否定をすることが出来ないというのが今の姿となっていた。

「はいはい、皆聞いて。アンディの言うことは間違っちゃいないけど、納得はできないよね」
「おいパーラ」
「アンディはちょっと黙ってて」

突然、手を叩いて注目を集めると、殊更明るい声でパーラが口を開いた。
これから何を言おうとしているかすぐに分かったが、まだ俺の話が完全には終わっていないのでやめさせようとするが、反対にこちらの言葉を封じられてしまった。
仕方なく、その場をパーラに譲り、続きの言葉を他の連中と一緒に聞くことにした。

「卑怯な手を使ってでも依頼を達成する、これが冒険者としては正しい姿だけど、だからって何でもやっていいとは思わないわよね?分かるよ、その気持ち。でもね、今はまだ冒険者としては始まったばかりの皆にとって、生きるために手を尽くすってことはそういうこともしなきゃならないってことなんだよ。だからね、そういうことをしなくてもやっていけるように強くなるのを目標としたらどうかな?今はまだ生きることを第一に考えて、成長した先で自分の信念を貫ける生き方を選ぶのがいいんじゃないかな」

パーラのその言葉に、先程までいっそ沈痛ともいえる顔していた者も、憑き物が落ちたかのようにスッキリした顔に変わっていった。
それを見て、俺は改めて自分のやり方が急すぎたと反省を覚える。

たったの二日で駆け出し冒険者を鍛えるという仕事に、頭のどこかで焦りを覚えていたのかもしれない。
自分達がそうだったように、彼らがぶつかるかもしれない壁を乗り越えるのには、正攻法以外こそが近道だと勝手に思い込んでいた。

そこで彼らの気持ちを考えていなかったことは明らかで、知らずに俺の信念を押し付ける形となっていたのには恥じ入るのみだ。
だが、このパーラの言葉で、場の雰囲気が上手い具合に好転し、俺の言葉も一つの選択肢として示されたものという風に話が纏まって助かった。

「すまん」
「いいって。アンディの考えは分かってるつもりだよ。でもそういうのは人の気持ちが大事だから、気を付けたほうがいいよ」
「そうだな。お前やコットさん達が普通に受け入れてくれてたから、他の連中も大丈夫だと思い込んじまってた」
「まぁ仕方ないよ。私はアンディの傍でそういう考えを見てきたし、コットさん達もあの時は必至だったからね。ああいう反応する人の方が大半でしょ」

こうあれと押し付けるよりも、こういう道もあると見せた上で伸るか反るかを選ばせることで、今後の彼らは歪な成長をしないと思わせてくれた。

全く、俺もまだまだだ。
ソーマルガでの経験で人を教えるということを覚えた気になっていただけのバカ者だ。
パーラがいなければどうなっていたことか。

やはり人を導くというのは難しい。
出来ればこの手の依頼はこれっきりにしたいものだ。
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