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初心者講習
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花見を終え、ヘスニルに帰ってきた俺達は日常へと戻っていく。
冒険者として依頼をこなす一方で、周辺にある農地へと足を運んで今年の作物の出来などを農民と話したりして過ごしていた。
そんな俺に、ギルド側から指名依頼が来た。
いや、正確には俺とパーラにだ。
初め、いつぞやのように受付嬢の愚痴を聞く仕事を回されるのではないかと戦々恐々としていたが、実際の依頼内容は冒険者なりたての新人を鍛えて欲しいという、予想していなかったものだった。
より詳しい内容を知ろうとギルドを尋ねると、なんとギルドマスター直々に俺達を部屋へと呼び寄せ、わざわざ茶まで出して依頼に関する細かい話をし始めた。
冒険者となるのに特別な資格や条件は存在しない。
一応年齢制限はあるが、それも普通に成人していれば何の問題もなく、登録さえしてしまえばその瞬間から誰もが冒険者としてのスタートを切る。
ただ、誰もが冒険者になってすぐ十全に仕事をこなせるというものではない。
大抵は先輩冒険者からアドバイスを貰ったり、安い報酬だが基礎を学べる依頼をこなしていっていっぱしへとなっていくものだ。
ギルド側も駆け出し向けの依頼を選別して斡旋したり、教官役に相応しい冒険者への仲介などをして成長を促すという企業努力を欠かしてはいない。
そうやって駆け出しからベテランまで育てることを陰ながら支援しているギルド側にとって、今抱えている問題が指導者不足だった。
「ここのギルドも少し前までは新人を任せられる者がいたのだが、引退してしまってのぅ」
「それはイムルさんから前に聞きました。老いを感じて田舎に帰ったとか」
「左様。あれももう大分歳がいっとったし、余生は田舎で穏やかにと言われては引き留められんよ」
歳のことを言うなら、この目の前にいるギルドマスターも結構いっている方だと思うが。
少し前、コット達に関することでイムルからそういう話は聞いていた。
他の冒険者と比較しての消去法ではあったが、コット達の教官役を専門ではない俺とパーラにやむを得ず頼んだぐらいだ。
本当にそういう人材が今のへスニルのギルドにはいないということだろう。
「一応、伝手を辿って教官を引き受けてくれる者を探してはいる。お主たちにはその教官が見つかるまでの間、駆け出し冒険者を鍛えるという役目を負ってもらいたい」
「そう言われましても…なぁ?」
「うん。私達はそういうのは本職じゃないし、駆け出しを大事するっていう方針に則るなら、その教官になってくれるって人が来るまでその駆け出し冒険者達の指導は一旦保留にしたほうがいいと思う…ます」
話の矛先をパーラにも分けてみたが、概ね俺の言いたいことは彼女の口から告げられた。
俺達がコット達を鍛えたのは、イムルからの個人的な頼みを聞いた形だったからだ。
こう言ってはなんだが、たとえ失敗したところで、ギルドを介していない以上は冒険者としてのランクに関わるマイナスはないし、最悪はコット達の資質不足を盾にイムルを納得させることもできた。
まぁ実際はコット達の資質は不足どころか十分なものがあったおかげで強化は成功したと言えるのだが、それはあくまでも個人的なやり方をしたうえでの結果論だ。
同じことを今度はギルド側からの指名依頼としてやったとしても、うまくいく保証はないし、ギルド側が満足する結果とならなければ、評価としては低いものが出されてしまう。
正しく俺とパーラはそういうリスクを共通認識としており、時間がかかったとしても専門の人間に指導を任せたいと思っている。
「いや、それはできん。今は駆け出しであろうと、一刻も早く使える人材が欲しいのだ」
「…なぜそんなに急ぐのですか?」
「足りていないからじゃよ、人が。アンディ、パーラ。お主ら、今のヘスニルの冒険者の数が減ったと思わんか?」
ギルドマスターからの言葉を聞き、顔を見合わせた俺とパーラは揃って首を傾げてしまう。
「減ってるって…アンディ気付いてた?」
「いや?ただ、言われてみれば…って感じだ」
春先のヘスニルは人の出入りが激しい。
様々な種を求める農民から品物の売り買いに訪れる商人まで、多くの人間が日々動き回っているのだ。
冒険者の正確な人数まで把握はしていないが、よくギルドに訪れていれば大体の人数は分かるというもの。
今まで意識してはいなかったが、こうして言われて思い返してみると、交流はなくとも顔ぐらいは知っている古参の冒険者を、最近は見かけていないということに気付く。
もしやギルドマスターの言う減った数というのには、その古参冒険者は含まれているのではないだろうか?
「実は、昨年の冬を迎える前にかなりの数の冒険者が引退を届け出てな。まぁ歳を理由にしたものだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも古参の冒険者でそれなりの数が一度にいなくなってしまってのぅ」
冒険者が引退する理由は様々だが、そのほとんどは年齢による衰えを理由としたものが多い。
というか、大概の冒険者は歳を取る前に死んでいくため、年齢で引退するというのはそれだけで冒険者人生を完走したと誇れるほどだ。
「ははぁ、なるほど。それで人手が足りていないと」
「うむ。幸い何人かは引き留めに成功して後進の育成に回ってもらったが…ちと問題がな」
問題という部分を口にしてすぐ、重い溜息を吐くギルドマスターの様子に、なんとなくその問題に心当たりが出て来た俺の方から口を開く。
「もしかして、その残ってくれた人ってあまり育成に向いた人ではない?」
「よう分かったな。その通り。冒険者としての腕は一流、しかし指導者としては数段落ちる」
「他の中堅どころの人達はどうでしょう?指導内容を分散して振り分けてみては?」
「その中堅も指導者に向いておらんのばかりよ。唯一、お主らが適正ありと見るぐらいにな」
これもイムルから前に聞いた通りだった。
というか、俺達の適正をギルドマスターが認めるということは、コット達の成長はもしかして相当なものなのだろうか?
他に比較対象を知らない身としては、ベテラン冒険者が鍛えた駆け出し冒険者の実力というものを見てみたいものである。
「今いる駆け出し連中を、中堅程にとは言わん。最低限、依頼に出向いて無事に帰ってこれる程度に鍛えて欲しい。…一応聞いておくが、今回の依頼は引き受けてくれるものと見てよいのか?」
「ええ、そのつもりです」
そう言えば詳しい話を聞かせて欲しいとだけ言って、受けるとは伝えてなかったな。
まぁ依頼の内容によっては断ったかもしれないし、このタイミングで受諾の意を告げるのは丁度良かった。
元々この依頼は受ける気ではあったのだ。
ギルドからの指名依頼は報酬の金はともかく、ランクを上げるのに必要な貢献度が普通の依頼と比べて段違いだ。
ましてや、こうしてギルドマスターが直々に説明をするほどに重要な案件となれば、現在の白級である俺達が黄級に上がるのに大分近道となるだろう。
「おぉそうか。ふぅ~…いや、安心したわい。お主らに断られたら別の適任者を探さねばならぬのだ。面倒が一つ減って助かるな」
あ、面倒だって思ってたんですね。
でもわかります。
「それで俺達が受け持つその駆け出し冒険者について、人数とか年齢とか、そういうのって教えてもらえると助かるんですが」
「ふむ、よかろう。少し待て。そういったのはヘルガから聞こう」
ギルドマスターが一旦部屋を出て、しばらくするとヘルガと共に戻ってきた。
ここのギルドで実務的なことの大半はヘルガが一手に受け持っているのは有名な話で、今回の駆け出し冒険者を鍛えるという依頼も、彼女が責任者ということになるのだろう。
「参加人数は今のところ八名ですが、多少増えることもあり得ますのでご留意ください。年齢は大体十五歳から十七歳まで。当然ですが、全員黒四級となっています」
「皆ここ数日の間に登録した者ばかりを集めた。と言っても、こちらから持ち掛けた話に乗らんかったのもおるがな」
あくまでもギルド側からの勧めという形になる以上、必要ないと突っぱねられれば強制することはできないので、これでも多い方と見るべきか。
冒険者として生きようとする人間は、自分の腕っぷし一つで生きていこうと考えている者ばかりだ。
ギルドからの初心者講習を受けるよりも、一刻も早くランクを上げるために依頼を多くこなそうと考える。
それもまた自分の選択である以上は何も言うまいが、そんな人間ほど暫く依頼を続けていると壁にぶつかるものだ。
並の冒険者というのは大体似たような失敗に躓くもので、そういう時には先輩冒険者の助言や仲間との絆などで壁を越えていく。
しかし、中にはその壁に諦めを覚えてそのまま冒険者をやめるというケースもないわけではない。
そういったことを防ぐためにも、今回のようにギルド側が色々とサポートをしていくわけだ。
逆に考えると、今この初心者講習を受けるということは、先に進むことでぶつかる壁を多少は乗り越えやすくなると思えないこともない。
参加する者に顔見知りがいるというわけではないが、ここで未来ある冒険者の伸びしろを増やせると考えれば、後々この街を守る戦力として成長してくれるかもしれない。
この街には随分と思い入れもあるし、知り合いも増えた。
全くの平穏とも言えないこの世界では、街の防衛力となり得る人材の充実はそこに暮らす人間の安心にもつながる。
仕事柄街を離れることが多い身としては、身内とも呼べる何人かには安全な場所で暮らしてほしいと思うのは当然のことだろう。
そういう観点からも、普段であればまず受けなかったこの依頼に意味と意義を見出していた。
その後、ヘルガにいくつか質問をして俺の抱いていた疑問の解消と情報の補足が出来たが、肝心の日程については少し待って欲しいと言われた。
なんでも、件の駆け出し冒険者達も今はギルド側から斡旋された依頼に出ているため、連絡がついても今日明日に集めるのはまず無理なのだそうだ。
後日、日付の調整がつき次第、改めて連絡すると言われたので、この日はギルドを後にして初心者講習に備えた諸々の準備をパーラと共に済ますことにした。
数日後、昼と呼ぶには早く朝と呼ぶにはもう遅い時間。
呼び出しの連絡を受けた俺達はギルドへ向かった。
到着して案内されたのは、ギルド併設の訓練場だった。
普段であれば、訓練に励む冒険者の姿がある訓練場は、貸し切りにでもしたのか、俺達と初心者講習を受けるために集まったと思われる若い冒険者達の姿、それと監督役でも任されたであろう何人かのギルド職員がこの場にいる。
冒険者の数は聞いていた通りの八人、男五の女三は冒険者という職業の男女比率とほぼ同じものだ。
幼さも残るその冒険者達だが、中には俺とパーラに対して不信や侮りとも取れる目を向けてくる者もいる。
まぁ後から現れた指導役と思われる冒険者が、俺達のような若僧ではそういう態度になるのも理解できないでもない。
「関係する全員が集まったと判断し、これより初心者講習を開始する」
まず口を開いたのはこの場で一番年嵩の男性職員で、口振りから彼が今いる職員の中では一番序列が高いようだ。
ちなみに、男が口にした初心者講習というのは、ギルドマスターとヘルガを交えた話し合いの際に、この講習を俺が便宜上そう呼んでいたものがいつの間にか浸透してしまい、今回から正式名称として使っていこうとなったらしい。
そうイムルから聞いた。
「参加者は八名。教官役としてアンディさんとパーラさんの二名に協力してもらう。遜れとは言わんが、敬意を持って接するように」
俺達の名前が告げられた瞬間、それまで今一つ覇気に欠けていた参加者達のうちの何人かが顔色を変えてこちら、主に俺の顔を凝視してきた。
この感じは覚えがある。
こういう目を向けてくるのは、この街に住んでいる人間でアプロルダ討伐で俺の活躍を過剰に受け取った者に多い。
甚だ不本意ではあるが、ヘスニル限定で広まった『鱗食い』という質の悪い異名のせいで、幼い子供には恐れられはするものの、英雄譚に憧れる年頃の若者には歳も近いということで、俺は意外と人気があるらしい。
憧れが行き過ぎて、俺の真似だと思い込んで魔物の鱗を食って腹を下すという事件が何件かあったのには参ったものだがな。
恐らく参加者の何人かは、アプロルダ襲撃の際にこの街で暮らしていた者が冒険者になった口かもしれない。
アンディという名前と俺の顔からそうだと判断したのか、明らかにやる気を増したそいつらは、この後の指導も素直に従ってくれると思いたい。
そうはならない残りの駆け出しに関しては、こちらを侮ったままの態度を崩さないところを見ると、ヘスニル以外の場所からやってきたとかなのだろう。
だがこういう奴らの方が俺的には気兼ねなくしごけるのでやりやすい。
そんな風に思っていると、唐突にパーラが一歩前に出て参加者の顔を見回した。
何か気の利いた挨拶でもするのかと、ほんのちょっぴりの好奇心からその挙動を見守ってみる。
「気を付けぇぇええいっっ!」
『ひっ!』
突然、パーラの口から飛び出した爆音を浴びた、俺とパーラを除くその場にいた全員は背中に棒を差し込まれたように姿勢を正した。
風魔術によって増幅させたと分かる大音量により、駆け出し共は相当ビビってる。
ギルド職員をもビビらせたのは余計ではあるが。
「私がたった今紹介されたパーラ、そっちのがアンディね。これからあんた達をいっぱし…とまでは無理でも、そこそこ使える程度には鍛えるつもり。でもその前に、私達が指導することに不満があるって人は手を挙げて」
スッと挙げられた手は意外と少ない二本。
共に似たような年恰好の男達のものだ。
「へぇ…二人ね。はい、降ろしていいわよ。一応聞くけど、何が不満?そっちの人から」
恐らく俺と同じ感想を抱いたと思われるパーラは、どこか拍子抜けしたといった感じで尋ねる。
指名された男は、緊張した面持ちの中に不敵さを込めた表情を浮かべて口を開く。
「不満を挙げるならキリがねぇけどよ、何よりもまず年齢だ。お前らは俺達とそう歳は変わらないはずだよな。歳からしてランクもほぼ同じぐらいだろう?そんな奴らから教わることなんかあるのか、ってことだ」
「なるほど、なるほど。…そっちの人は?」
「僕もそいつが言ったのと大体同じだ。正直、同じ黒級に指導してもらう必要があるとは思えない」
二人目の男が言った言葉に、俺とパーラは揃って首を傾げる。
同様に、参加者の方でも何人かが首を傾げているのは、やはりランクに関して妙なことを言っていると気付いたからだろう。
だがその疑問も一瞬で解消された。
どうやらこいつは同じぐらいの歳と見た俺とパーラも、自分と同じ黒級だと勘違いしているらしい。
ただその考えも分からんでもない。
普通なら俺達ぐらいの年齢で白一級になっていることは考えられないことだからだ。
本来であれば、白級に上がるには普通なら十年かかると言われるのに、俺とパーラは一・二年ほどで今のランクまで駆け上がっている。
俺はアプロルダの討伐に始まって、ギルドマスターに実力を認められたという事実が重なって比較的直ぐに白級へと上がっていった。
パーラの方は商人としての実績が加味されての優遇があったし、何よりランクを上げるのに必死に働いたという実績もある。
それらに加え、ここまでのランクになれたのは、やはり移動手段が充実していたからだろう。
バイクでの移動ですら破格だというのに、最近では飛空艇も手に入れて、普通の冒険者よりもはるかにフットワークが軽いことで、依頼を効率よくこなしていった結果、今の俺達があるのだ。
話は逸れたが、つまり俺達を黒級と思い込んでいるのは仕方のないことだとフォローをしておきたい。
事実と違うまま講習が進むのよくないので、ここらで訂正した方がよさそうだ。
ただその前に、この場を仕切っている年嵩の職員に一つ尋ねておきたいことが出来た。
「あの、ちょっと」
「はい?なんでしょう?」
「この初心者講習に参加する冒険者に、俺達のことって話してないんですか?どうも俺達が白級じゃなくて黒級だと思い込んでるようなので」
「…ええ、確かにギルド側からはアンディさん達のことをあまり話してはいませんね。ですが、参加者の方から尋ねてくれば、教官役の冒険者のランクや名前などは普通に教えても構わないはずなので、今回は誰も聞かなかったという事でしょう」
なるほど、単純に聞かれなかったから教えなかったというだけの話か。
この参加者達にとって、それぐらい初心者講習というのを軽視していたという証拠でもあるわけだ。
講習を続けるのにこちらのランクを明かすのは別にいい。
だが、あえて明かさず最初から鼻っ柱を叩き折ってスタートさせるのも意外と悪くないのかもしれない。
「ちょっと代われ」
「あ、ちょっ」
なんと説明するべきか悩む仕草を見せているパーラと場所を代わり、相変わらずこちらを睨むように見ている男へと声をかける。
「ランクだ年齢だと言ってはいるが、要は俺達の力を示せってことだろ?だったら手っ取り早く腕試しといこう。おあつらえ向きにここは訓練場だ。模擬の武器もあるし、手合わせして納得させられなかったら俺達は教官役を辞退しよう。どうだ?」
一応ギルド側の要請を受けて今回の講習は開催されているわけだが、教官役がどうしても不満というのであれば、別の人間に交代するということも可能ではある。
ただし、今ヘスニルにいる冒険者で指導役が務まるのがいないから俺達にお鉢が回ってきたのだ。
結局別の教官が見つかるまでは続投ということになるとは思うので、勝っても負けても俺達の仕事は変わらない。
「願ってもない。俺としてもそういうのの方がわかりやすくていい」
「そっちのは?」
「当然、やらせてもらうよ」
「よし。他に俺と手合わせしたいって奴はいるか?あと二・三人ぐらいなら混ざってもいいぞ」
この二人以外で、俺達に対して不信感を抱く者がいればこの機会に解消させておきたいのでそう言ってみたが、見まわしてみても他に模擬戦に参加したいという意思を示すものが現れることはなかった。
むしろ、俺という人間を知っている者からは、鼻息荒く模擬戦に挑もうとしているこの二人の男に対して、憐みか侮蔑のような目を向けている。
黒四級が白一級に挑むことの愚かしさというものを思っているのかもしれない。
そんなわけで、俺を含めた三人による模擬戦が急遽行われることとなった。
俺個人としては二対一でサクっと終らせてもよかったのだが、敗北による実力差を分かりやすくするためにタイマンでいく。
模擬戦を行う三人と審判役のパーラを除く全員が十分に離れた位置に移動したところで、まず最初の相手と俺が対峙した。
互いに同じような模擬戦用の剣を手にしてはいるが、俺に対して相手の方は頭一つ身長が高いため、一見すると不利なのは俺のように思える。
ただし、その剣の持ち方や体幹における重心の置き方等、こうして見ただけでも技量としては圧倒的に未熟だと分かってしまう。
これで万が一の可能性としてあった、才能溢れる未来の剣豪という見方は無くなった。
なにせここは異世界なのだから、生まれついてのチート持ちというのはありそうだし。
『うわぁああ!なんて強さだ!今日から君はSSSランクだ!』などという頭の悪い展開にはならないらしい。
…なんだよ、SSSランクって。
小学生の考えたRPGかよ。
そんな風に観察と思案に耽っていると、俺達の間に立ったパーラが試合開始前の注意事項を話し出す。
「ルールは特にない。でも、相手を尊重しない振る舞いをした者は永遠に軽蔑されるでぇあろーう」
妙に芝居がかった言い回しだが、なぜそんな風にするのかを問いただすには少しタイミングが悪い。
試合開始の前でいい具合に漂う緊張感をわざわざ霧散させては、向こうも実力を発揮しきれないだろう。
一応俺の力を見せるという目的ではあるが、向こうが何もしないでやられては納得しないと思ってのことだ。
この辺り、コット達を最初に不意打ちで黙らせたのとは違うやり方ではあるが、促成で戦える人間と育てるのと、駆け出しの自発的な成長を助けるのではやり方が違って当然だ。
とはいえ、さっさと済ませたいというのは変わらない考えなので、まだ何か言おうと息を吸い込んだパーラに向かって開始を促してみる
「おいパーラ。そういうのはいいから、とっとと始めようぜ」
「…うるさいなぁ。ケジメだよケジメ。…まいいや…じゃ双方武器を出して。……始め!」
試合が始まらないことでイラつき始めた周りの人間の空気を察してか、不満そうではあるがパーラの声によって、対面にいる男は武器を構える。
俺も手に持つ剣を構え、互いに武器を向け合って初めて分かる脅威度というものに期待もしたが、先程分析した通り、あまり強いとは言えない相手にどう手加減して倒すのか考えあぐねている。
いっそ剣で切りかかって来る前に魔術で倒してしまおうかとも考えたが、黒四級に白一級がそういう勝ち方をすると相手のためにならないと思い、剣での戦いを選択せざるを得なかった。
そうして考えに耽っているのを隙と捉えたのか、男は剣を上段に振り上げて、こちらへと一気に距離を詰めてきた。
かくして俺と初心者講習の参加者による模擬戦の火蓋は切られた。
冒険者として依頼をこなす一方で、周辺にある農地へと足を運んで今年の作物の出来などを農民と話したりして過ごしていた。
そんな俺に、ギルド側から指名依頼が来た。
いや、正確には俺とパーラにだ。
初め、いつぞやのように受付嬢の愚痴を聞く仕事を回されるのではないかと戦々恐々としていたが、実際の依頼内容は冒険者なりたての新人を鍛えて欲しいという、予想していなかったものだった。
より詳しい内容を知ろうとギルドを尋ねると、なんとギルドマスター直々に俺達を部屋へと呼び寄せ、わざわざ茶まで出して依頼に関する細かい話をし始めた。
冒険者となるのに特別な資格や条件は存在しない。
一応年齢制限はあるが、それも普通に成人していれば何の問題もなく、登録さえしてしまえばその瞬間から誰もが冒険者としてのスタートを切る。
ただ、誰もが冒険者になってすぐ十全に仕事をこなせるというものではない。
大抵は先輩冒険者からアドバイスを貰ったり、安い報酬だが基礎を学べる依頼をこなしていっていっぱしへとなっていくものだ。
ギルド側も駆け出し向けの依頼を選別して斡旋したり、教官役に相応しい冒険者への仲介などをして成長を促すという企業努力を欠かしてはいない。
そうやって駆け出しからベテランまで育てることを陰ながら支援しているギルド側にとって、今抱えている問題が指導者不足だった。
「ここのギルドも少し前までは新人を任せられる者がいたのだが、引退してしまってのぅ」
「それはイムルさんから前に聞きました。老いを感じて田舎に帰ったとか」
「左様。あれももう大分歳がいっとったし、余生は田舎で穏やかにと言われては引き留められんよ」
歳のことを言うなら、この目の前にいるギルドマスターも結構いっている方だと思うが。
少し前、コット達に関することでイムルからそういう話は聞いていた。
他の冒険者と比較しての消去法ではあったが、コット達の教官役を専門ではない俺とパーラにやむを得ず頼んだぐらいだ。
本当にそういう人材が今のへスニルのギルドにはいないということだろう。
「一応、伝手を辿って教官を引き受けてくれる者を探してはいる。お主たちにはその教官が見つかるまでの間、駆け出し冒険者を鍛えるという役目を負ってもらいたい」
「そう言われましても…なぁ?」
「うん。私達はそういうのは本職じゃないし、駆け出しを大事するっていう方針に則るなら、その教官になってくれるって人が来るまでその駆け出し冒険者達の指導は一旦保留にしたほうがいいと思う…ます」
話の矛先をパーラにも分けてみたが、概ね俺の言いたいことは彼女の口から告げられた。
俺達がコット達を鍛えたのは、イムルからの個人的な頼みを聞いた形だったからだ。
こう言ってはなんだが、たとえ失敗したところで、ギルドを介していない以上は冒険者としてのランクに関わるマイナスはないし、最悪はコット達の資質不足を盾にイムルを納得させることもできた。
まぁ実際はコット達の資質は不足どころか十分なものがあったおかげで強化は成功したと言えるのだが、それはあくまでも個人的なやり方をしたうえでの結果論だ。
同じことを今度はギルド側からの指名依頼としてやったとしても、うまくいく保証はないし、ギルド側が満足する結果とならなければ、評価としては低いものが出されてしまう。
正しく俺とパーラはそういうリスクを共通認識としており、時間がかかったとしても専門の人間に指導を任せたいと思っている。
「いや、それはできん。今は駆け出しであろうと、一刻も早く使える人材が欲しいのだ」
「…なぜそんなに急ぐのですか?」
「足りていないからじゃよ、人が。アンディ、パーラ。お主ら、今のヘスニルの冒険者の数が減ったと思わんか?」
ギルドマスターからの言葉を聞き、顔を見合わせた俺とパーラは揃って首を傾げてしまう。
「減ってるって…アンディ気付いてた?」
「いや?ただ、言われてみれば…って感じだ」
春先のヘスニルは人の出入りが激しい。
様々な種を求める農民から品物の売り買いに訪れる商人まで、多くの人間が日々動き回っているのだ。
冒険者の正確な人数まで把握はしていないが、よくギルドに訪れていれば大体の人数は分かるというもの。
今まで意識してはいなかったが、こうして言われて思い返してみると、交流はなくとも顔ぐらいは知っている古参の冒険者を、最近は見かけていないということに気付く。
もしやギルドマスターの言う減った数というのには、その古参冒険者は含まれているのではないだろうか?
「実は、昨年の冬を迎える前にかなりの数の冒険者が引退を届け出てな。まぁ歳を理由にしたものだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも古参の冒険者でそれなりの数が一度にいなくなってしまってのぅ」
冒険者が引退する理由は様々だが、そのほとんどは年齢による衰えを理由としたものが多い。
というか、大概の冒険者は歳を取る前に死んでいくため、年齢で引退するというのはそれだけで冒険者人生を完走したと誇れるほどだ。
「ははぁ、なるほど。それで人手が足りていないと」
「うむ。幸い何人かは引き留めに成功して後進の育成に回ってもらったが…ちと問題がな」
問題という部分を口にしてすぐ、重い溜息を吐くギルドマスターの様子に、なんとなくその問題に心当たりが出て来た俺の方から口を開く。
「もしかして、その残ってくれた人ってあまり育成に向いた人ではない?」
「よう分かったな。その通り。冒険者としての腕は一流、しかし指導者としては数段落ちる」
「他の中堅どころの人達はどうでしょう?指導内容を分散して振り分けてみては?」
「その中堅も指導者に向いておらんのばかりよ。唯一、お主らが適正ありと見るぐらいにな」
これもイムルから前に聞いた通りだった。
というか、俺達の適正をギルドマスターが認めるということは、コット達の成長はもしかして相当なものなのだろうか?
他に比較対象を知らない身としては、ベテラン冒険者が鍛えた駆け出し冒険者の実力というものを見てみたいものである。
「今いる駆け出し連中を、中堅程にとは言わん。最低限、依頼に出向いて無事に帰ってこれる程度に鍛えて欲しい。…一応聞いておくが、今回の依頼は引き受けてくれるものと見てよいのか?」
「ええ、そのつもりです」
そう言えば詳しい話を聞かせて欲しいとだけ言って、受けるとは伝えてなかったな。
まぁ依頼の内容によっては断ったかもしれないし、このタイミングで受諾の意を告げるのは丁度良かった。
元々この依頼は受ける気ではあったのだ。
ギルドからの指名依頼は報酬の金はともかく、ランクを上げるのに必要な貢献度が普通の依頼と比べて段違いだ。
ましてや、こうしてギルドマスターが直々に説明をするほどに重要な案件となれば、現在の白級である俺達が黄級に上がるのに大分近道となるだろう。
「おぉそうか。ふぅ~…いや、安心したわい。お主らに断られたら別の適任者を探さねばならぬのだ。面倒が一つ減って助かるな」
あ、面倒だって思ってたんですね。
でもわかります。
「それで俺達が受け持つその駆け出し冒険者について、人数とか年齢とか、そういうのって教えてもらえると助かるんですが」
「ふむ、よかろう。少し待て。そういったのはヘルガから聞こう」
ギルドマスターが一旦部屋を出て、しばらくするとヘルガと共に戻ってきた。
ここのギルドで実務的なことの大半はヘルガが一手に受け持っているのは有名な話で、今回の駆け出し冒険者を鍛えるという依頼も、彼女が責任者ということになるのだろう。
「参加人数は今のところ八名ですが、多少増えることもあり得ますのでご留意ください。年齢は大体十五歳から十七歳まで。当然ですが、全員黒四級となっています」
「皆ここ数日の間に登録した者ばかりを集めた。と言っても、こちらから持ち掛けた話に乗らんかったのもおるがな」
あくまでもギルド側からの勧めという形になる以上、必要ないと突っぱねられれば強制することはできないので、これでも多い方と見るべきか。
冒険者として生きようとする人間は、自分の腕っぷし一つで生きていこうと考えている者ばかりだ。
ギルドからの初心者講習を受けるよりも、一刻も早くランクを上げるために依頼を多くこなそうと考える。
それもまた自分の選択である以上は何も言うまいが、そんな人間ほど暫く依頼を続けていると壁にぶつかるものだ。
並の冒険者というのは大体似たような失敗に躓くもので、そういう時には先輩冒険者の助言や仲間との絆などで壁を越えていく。
しかし、中にはその壁に諦めを覚えてそのまま冒険者をやめるというケースもないわけではない。
そういったことを防ぐためにも、今回のようにギルド側が色々とサポートをしていくわけだ。
逆に考えると、今この初心者講習を受けるということは、先に進むことでぶつかる壁を多少は乗り越えやすくなると思えないこともない。
参加する者に顔見知りがいるというわけではないが、ここで未来ある冒険者の伸びしろを増やせると考えれば、後々この街を守る戦力として成長してくれるかもしれない。
この街には随分と思い入れもあるし、知り合いも増えた。
全くの平穏とも言えないこの世界では、街の防衛力となり得る人材の充実はそこに暮らす人間の安心にもつながる。
仕事柄街を離れることが多い身としては、身内とも呼べる何人かには安全な場所で暮らしてほしいと思うのは当然のことだろう。
そういう観点からも、普段であればまず受けなかったこの依頼に意味と意義を見出していた。
その後、ヘルガにいくつか質問をして俺の抱いていた疑問の解消と情報の補足が出来たが、肝心の日程については少し待って欲しいと言われた。
なんでも、件の駆け出し冒険者達も今はギルド側から斡旋された依頼に出ているため、連絡がついても今日明日に集めるのはまず無理なのだそうだ。
後日、日付の調整がつき次第、改めて連絡すると言われたので、この日はギルドを後にして初心者講習に備えた諸々の準備をパーラと共に済ますことにした。
数日後、昼と呼ぶには早く朝と呼ぶにはもう遅い時間。
呼び出しの連絡を受けた俺達はギルドへ向かった。
到着して案内されたのは、ギルド併設の訓練場だった。
普段であれば、訓練に励む冒険者の姿がある訓練場は、貸し切りにでもしたのか、俺達と初心者講習を受けるために集まったと思われる若い冒険者達の姿、それと監督役でも任されたであろう何人かのギルド職員がこの場にいる。
冒険者の数は聞いていた通りの八人、男五の女三は冒険者という職業の男女比率とほぼ同じものだ。
幼さも残るその冒険者達だが、中には俺とパーラに対して不信や侮りとも取れる目を向けてくる者もいる。
まぁ後から現れた指導役と思われる冒険者が、俺達のような若僧ではそういう態度になるのも理解できないでもない。
「関係する全員が集まったと判断し、これより初心者講習を開始する」
まず口を開いたのはこの場で一番年嵩の男性職員で、口振りから彼が今いる職員の中では一番序列が高いようだ。
ちなみに、男が口にした初心者講習というのは、ギルドマスターとヘルガを交えた話し合いの際に、この講習を俺が便宜上そう呼んでいたものがいつの間にか浸透してしまい、今回から正式名称として使っていこうとなったらしい。
そうイムルから聞いた。
「参加者は八名。教官役としてアンディさんとパーラさんの二名に協力してもらう。遜れとは言わんが、敬意を持って接するように」
俺達の名前が告げられた瞬間、それまで今一つ覇気に欠けていた参加者達のうちの何人かが顔色を変えてこちら、主に俺の顔を凝視してきた。
この感じは覚えがある。
こういう目を向けてくるのは、この街に住んでいる人間でアプロルダ討伐で俺の活躍を過剰に受け取った者に多い。
甚だ不本意ではあるが、ヘスニル限定で広まった『鱗食い』という質の悪い異名のせいで、幼い子供には恐れられはするものの、英雄譚に憧れる年頃の若者には歳も近いということで、俺は意外と人気があるらしい。
憧れが行き過ぎて、俺の真似だと思い込んで魔物の鱗を食って腹を下すという事件が何件かあったのには参ったものだがな。
恐らく参加者の何人かは、アプロルダ襲撃の際にこの街で暮らしていた者が冒険者になった口かもしれない。
アンディという名前と俺の顔からそうだと判断したのか、明らかにやる気を増したそいつらは、この後の指導も素直に従ってくれると思いたい。
そうはならない残りの駆け出しに関しては、こちらを侮ったままの態度を崩さないところを見ると、ヘスニル以外の場所からやってきたとかなのだろう。
だがこういう奴らの方が俺的には気兼ねなくしごけるのでやりやすい。
そんな風に思っていると、唐突にパーラが一歩前に出て参加者の顔を見回した。
何か気の利いた挨拶でもするのかと、ほんのちょっぴりの好奇心からその挙動を見守ってみる。
「気を付けぇぇええいっっ!」
『ひっ!』
突然、パーラの口から飛び出した爆音を浴びた、俺とパーラを除くその場にいた全員は背中に棒を差し込まれたように姿勢を正した。
風魔術によって増幅させたと分かる大音量により、駆け出し共は相当ビビってる。
ギルド職員をもビビらせたのは余計ではあるが。
「私がたった今紹介されたパーラ、そっちのがアンディね。これからあんた達をいっぱし…とまでは無理でも、そこそこ使える程度には鍛えるつもり。でもその前に、私達が指導することに不満があるって人は手を挙げて」
スッと挙げられた手は意外と少ない二本。
共に似たような年恰好の男達のものだ。
「へぇ…二人ね。はい、降ろしていいわよ。一応聞くけど、何が不満?そっちの人から」
恐らく俺と同じ感想を抱いたと思われるパーラは、どこか拍子抜けしたといった感じで尋ねる。
指名された男は、緊張した面持ちの中に不敵さを込めた表情を浮かべて口を開く。
「不満を挙げるならキリがねぇけどよ、何よりもまず年齢だ。お前らは俺達とそう歳は変わらないはずだよな。歳からしてランクもほぼ同じぐらいだろう?そんな奴らから教わることなんかあるのか、ってことだ」
「なるほど、なるほど。…そっちの人は?」
「僕もそいつが言ったのと大体同じだ。正直、同じ黒級に指導してもらう必要があるとは思えない」
二人目の男が言った言葉に、俺とパーラは揃って首を傾げる。
同様に、参加者の方でも何人かが首を傾げているのは、やはりランクに関して妙なことを言っていると気付いたからだろう。
だがその疑問も一瞬で解消された。
どうやらこいつは同じぐらいの歳と見た俺とパーラも、自分と同じ黒級だと勘違いしているらしい。
ただその考えも分からんでもない。
普通なら俺達ぐらいの年齢で白一級になっていることは考えられないことだからだ。
本来であれば、白級に上がるには普通なら十年かかると言われるのに、俺とパーラは一・二年ほどで今のランクまで駆け上がっている。
俺はアプロルダの討伐に始まって、ギルドマスターに実力を認められたという事実が重なって比較的直ぐに白級へと上がっていった。
パーラの方は商人としての実績が加味されての優遇があったし、何よりランクを上げるのに必死に働いたという実績もある。
それらに加え、ここまでのランクになれたのは、やはり移動手段が充実していたからだろう。
バイクでの移動ですら破格だというのに、最近では飛空艇も手に入れて、普通の冒険者よりもはるかにフットワークが軽いことで、依頼を効率よくこなしていった結果、今の俺達があるのだ。
話は逸れたが、つまり俺達を黒級と思い込んでいるのは仕方のないことだとフォローをしておきたい。
事実と違うまま講習が進むのよくないので、ここらで訂正した方がよさそうだ。
ただその前に、この場を仕切っている年嵩の職員に一つ尋ねておきたいことが出来た。
「あの、ちょっと」
「はい?なんでしょう?」
「この初心者講習に参加する冒険者に、俺達のことって話してないんですか?どうも俺達が白級じゃなくて黒級だと思い込んでるようなので」
「…ええ、確かにギルド側からはアンディさん達のことをあまり話してはいませんね。ですが、参加者の方から尋ねてくれば、教官役の冒険者のランクや名前などは普通に教えても構わないはずなので、今回は誰も聞かなかったという事でしょう」
なるほど、単純に聞かれなかったから教えなかったというだけの話か。
この参加者達にとって、それぐらい初心者講習というのを軽視していたという証拠でもあるわけだ。
講習を続けるのにこちらのランクを明かすのは別にいい。
だが、あえて明かさず最初から鼻っ柱を叩き折ってスタートさせるのも意外と悪くないのかもしれない。
「ちょっと代われ」
「あ、ちょっ」
なんと説明するべきか悩む仕草を見せているパーラと場所を代わり、相変わらずこちらを睨むように見ている男へと声をかける。
「ランクだ年齢だと言ってはいるが、要は俺達の力を示せってことだろ?だったら手っ取り早く腕試しといこう。おあつらえ向きにここは訓練場だ。模擬の武器もあるし、手合わせして納得させられなかったら俺達は教官役を辞退しよう。どうだ?」
一応ギルド側の要請を受けて今回の講習は開催されているわけだが、教官役がどうしても不満というのであれば、別の人間に交代するということも可能ではある。
ただし、今ヘスニルにいる冒険者で指導役が務まるのがいないから俺達にお鉢が回ってきたのだ。
結局別の教官が見つかるまでは続投ということになるとは思うので、勝っても負けても俺達の仕事は変わらない。
「願ってもない。俺としてもそういうのの方がわかりやすくていい」
「そっちのは?」
「当然、やらせてもらうよ」
「よし。他に俺と手合わせしたいって奴はいるか?あと二・三人ぐらいなら混ざってもいいぞ」
この二人以外で、俺達に対して不信感を抱く者がいればこの機会に解消させておきたいのでそう言ってみたが、見まわしてみても他に模擬戦に参加したいという意思を示すものが現れることはなかった。
むしろ、俺という人間を知っている者からは、鼻息荒く模擬戦に挑もうとしているこの二人の男に対して、憐みか侮蔑のような目を向けている。
黒四級が白一級に挑むことの愚かしさというものを思っているのかもしれない。
そんなわけで、俺を含めた三人による模擬戦が急遽行われることとなった。
俺個人としては二対一でサクっと終らせてもよかったのだが、敗北による実力差を分かりやすくするためにタイマンでいく。
模擬戦を行う三人と審判役のパーラを除く全員が十分に離れた位置に移動したところで、まず最初の相手と俺が対峙した。
互いに同じような模擬戦用の剣を手にしてはいるが、俺に対して相手の方は頭一つ身長が高いため、一見すると不利なのは俺のように思える。
ただし、その剣の持ち方や体幹における重心の置き方等、こうして見ただけでも技量としては圧倒的に未熟だと分かってしまう。
これで万が一の可能性としてあった、才能溢れる未来の剣豪という見方は無くなった。
なにせここは異世界なのだから、生まれついてのチート持ちというのはありそうだし。
『うわぁああ!なんて強さだ!今日から君はSSSランクだ!』などという頭の悪い展開にはならないらしい。
…なんだよ、SSSランクって。
小学生の考えたRPGかよ。
そんな風に観察と思案に耽っていると、俺達の間に立ったパーラが試合開始前の注意事項を話し出す。
「ルールは特にない。でも、相手を尊重しない振る舞いをした者は永遠に軽蔑されるでぇあろーう」
妙に芝居がかった言い回しだが、なぜそんな風にするのかを問いただすには少しタイミングが悪い。
試合開始の前でいい具合に漂う緊張感をわざわざ霧散させては、向こうも実力を発揮しきれないだろう。
一応俺の力を見せるという目的ではあるが、向こうが何もしないでやられては納得しないと思ってのことだ。
この辺り、コット達を最初に不意打ちで黙らせたのとは違うやり方ではあるが、促成で戦える人間と育てるのと、駆け出しの自発的な成長を助けるのではやり方が違って当然だ。
とはいえ、さっさと済ませたいというのは変わらない考えなので、まだ何か言おうと息を吸い込んだパーラに向かって開始を促してみる
「おいパーラ。そういうのはいいから、とっとと始めようぜ」
「…うるさいなぁ。ケジメだよケジメ。…まいいや…じゃ双方武器を出して。……始め!」
試合が始まらないことでイラつき始めた周りの人間の空気を察してか、不満そうではあるがパーラの声によって、対面にいる男は武器を構える。
俺も手に持つ剣を構え、互いに武器を向け合って初めて分かる脅威度というものに期待もしたが、先程分析した通り、あまり強いとは言えない相手にどう手加減して倒すのか考えあぐねている。
いっそ剣で切りかかって来る前に魔術で倒してしまおうかとも考えたが、黒四級に白一級がそういう勝ち方をすると相手のためにならないと思い、剣での戦いを選択せざるを得なかった。
そうして考えに耽っているのを隙と捉えたのか、男は剣を上段に振り上げて、こちらへと一気に距離を詰めてきた。
かくして俺と初心者講習の参加者による模擬戦の火蓋は切られた。
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