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冒険者A が あらわれた

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SIDE:コット




子供の頃、眠れない夜にねだって聞かせてもらった英雄譚に出てくる騎士に憧れた。
礼節を杖に生涯を歩き、忠義に則り命を落とす、その苛烈にして眩し過ぎる生き方に恋焦がれた幼かった自分。
手作りした木剣を片手に村中を駆け回ったあの日々は、今思い出すと恥ずかしさに笑えてしまう。

月日を重ね、そんな憧れはごく一握りの人間だけが追い続けられるものだと知ると、今度は狭い村を飛び出して世界中を飛び回る冒険者に憧れた。

村の猟師としての実家の生業は上の兄達が引き継ぐことが決まっていたし、それなら俺は村を出て自由に生きたいと思った。
親父達の手伝いで森で獲物を負い続ける日々の中、自分の強さに密かな自信を蓄えて、遂に家族に冒険者となる夢を打ち明けた。
祖父母と母には反対されたが、親父と兄達が背中を押してくれたのには今でも感謝している。

エルカ村は大きい村じゃない。
住民の数も少ないし、畑として使える土地もそう多くないため、家の仕事を継げずに職を求めて街へ行く人間は何年か毎にいる。
冒険者になると言って村を出た人間を俺も何人か知っているが、この村にまで活躍の噂が聞こえてきた人間は今のところいない。

祖父母と母は冒険者という仕事が危険で実入りの少ないものだと説得してきたが、それでも腕一つで稼げる仕事としては、冒険者というのは俺が憧れるものだ。
成人を待って村を出て、へスニルでギルド職員をやっているイムルの姐さんを頼らせてもらおうと考え、慣れない手紙でのやりとりも重ねて承諾してもらった。

いつも一緒に遊んでた幼馴染のコットとシアにも相談したら、二人も一緒に来ると言い出した。
ドネンはその体格から荒事には向いているし、シアも弓の腕は村一番だ。
二人が一緒に来てくれるなら心強いが、冒険者がどれだけ危険で大変な職業かを母達から聞かされたことをそのまま伝えても結果は変わらない。

こいつら二人も上の兄弟が家を継ぐため、村を出るか別の仕事を見つけるかしなければならなかった立場にあったが、それで冒険者を目指すというのは俺との友情もあってのことだと思おう。

冒険者になる決意をしてから数年後、成人を迎えた俺達は村を出ると大都市であるへスニルを目指した。
人生初の大都市への入場は今でも覚えている。

村ではまずお目にかかれない長大な壁に、巨人族が出入りするためなのかと思わせるほどに巨大な門、そしてそこへ次々と吸い込まれるようにして入っていくとんでもない数の人の群れ。
街の中ではまるで村の祭りのような喧騒と雑踏に、眩暈を起こしかけながらギルドを目指し、姐さんと久しぶりの再会を喜んだ。
まぁその時に姐さんと呼ぶなと叩かれてしまったが、それはいい。

姐さんの助言通りに最初は討伐系の依頼を避けて活動していたが、やはり冒険者になったからには魔物との闘いも経験したいと思いつつ、依頼の品の採取に走り回る日々を送っていた。
だが俺達はとある魔物との遭遇によって、冒険者としてやっていく自信が揺らいでしまった。

それはある日の採取依頼の帰り道でのことだ。
冬を間近に控えた静かな森を抜けた俺は突然、横合いから何かに弾き飛ばされてしまう。
体が宙に投げ出され、地面を十数メートル転がる俺だったが、全身を襲う激痛で身動きができないままに襲ってきた相手を睨むと、そこにいたのは初めて見る生き物だった。

後で知った槌猪というその魔物は、大体の姿はよく知る猪のそれだが、前方へと突き出た額が鈍器のような凶悪さを見せており、あの額を武器にした突進を受けたのだとすれば納得できる衝撃だ。
俺の名前を叫んでこちらに駆け寄ってくるシアだったが、その動きが槌猪を刺激したようで、突進の目標にされたのをドネンが進路上に割り込んで手にしていた大盾で何とか逸らしたものの、その際に盾を保持していた腕の骨を折ってしまう。

ほんの短い時間でここまでの惨状を作られ、全滅という言葉が頭を過った俺達は全力で命を守る為の逃走を図った。
怪我からかそれとも恐怖からか、足が震える俺を担いだドネンが駆け出し、追ってくる槌猪にシアが弓を射かけて注意を逸らして何とか逃げ出せたが、この体験で俺達は魔物との闘いに恐怖を抱くようになる。

もちろん、冒険者として生きていくと決めたのだから、そんなことは表に出さないよう振舞っていたが、姐さんには見抜かれてしまい、俺達が負った心の傷ともいえるものをどうにかしようと一緒になって考えてくれた。
俺達のように、駆け出しの内に強敵と遭遇してしまって心に傷を負った人間は姐さんも見てきたらしく、今俺達に最も必要なのは静養だと言われたが、俺はそれに頷けなかった。

別に姐さんの言葉を疑ったり否定したりはするつもりはない。
あの時、槌猪に襲われた俺は無様に地面を舐めるだけで、逃げるのすらドネンに担がれてという酷い体たらくだった。

そんな俺がのうのうと休んでなどいていいものか。
今必要なのは静養ではない、強くなることだ。
少しでも強くなって、あの槌猪を相手にしても引かない強さを手にしなくてはならない。

ただ、俺とドネンの骨折は完治までにそれなりの時間がかかる。
それに槌猪の突進で防具を損壊したのも何とかしなくてはならない。
怪我のせいで受けられる依頼も狭まる中、装備の修理と治療院に払う金を工面するのに時間がかかり、気が付けば冬を迎えていた。

動物も魔物も活動が沈静化する冬の間、他の冒険者は鍛錬に励むということを聞き、誰かに師事できないかを姐さんに相談していたところ、アンディ達を紹介された。

初め、俺達とそう歳の変わらない見た目に疑念を抱くも、白級というのを聞いて評価を改めたが、それでもやはり実際の強さを見ないことには納得のできない俺は、その実力を肌で感じるための一戦を願い出てみた。
黒四級に過ぎない俺達からすれば、白一級の冒険者は遥か先を行く目標とすべき存在だ。

この歳で白一級ということは、ギルドの年齢制限という仕組みを突破し、もっと前から冒険者としての活動をしていたことになるわけだが、それだけでも非凡な実力を匂わされる。
ますますもって強さを知る必要を感じたが、その後にパーラが卑怯と言っていい手を使って俺を倒したことは今でもモヤモヤとした思いが残る。

ただ、あれは俺が模擬戦の設定をしくじったことによる失態であり、しかも姐さんが言うにはパーラのやり方は卑怯ではあるが間違ったものではないという。

自分を有利に、相手を不利にして戦いを始めるというのは生きて戻ることを最良とする冒険者にとって何よりも大事な心構えであり、それを良しとしない冒険者ほどあっけなく死んでいくそうだ。
そういう点では、アンディ達は頼もしいほどに優れた資質を持っているらしい。

なるほど、ただ強いと言うだけで白級に上がれるほど冒険者も甘くないというわけか。
とはいえ、そういう手段で白級に上り詰めたというのなら、実際の戦闘方法に学ぶことがあるのか疑問ではあるが、負けた以上はアンディ達に鍛えてもらうことを受け入れるとしよう。




―などと、思いあがっていたあの時の俺を殴ってやりたい。
まず鍛錬の一端として走り込みを行うと言われた俺達だったが、正直体力に関しては全く不足を感じていなかったため、あまり乗り気とは言えないものの、鍛錬であるというのならと大人しく従った。

俺達を先導するパーラとは体格差があるため、どう考えても体力的には俺達が勝っていると思い、先に向こうが力尽きる未来を想像してちょっとだけ優越感が胸に芽生えていた。
だがそうはならなかった。

走る速さはそれほどではないのだが、かける時間の方が異常だった。
朝から走り始め、昼前まで続いた走り込みは、体力に不足なしと調子に乗っていた俺達を完膚なきまでに叩きのめした。
冬の空の下だというのに、全身汗だくで荒く息を吐く俺達とは対照的に、額に汗を滲ませるだけのパーラはまだまだ余裕だといった様子で、地面に倒れる俺達を呆れ顔で見下ろしていた。

とんでもない奴だ、こいつは。
体力だけでその人の強さが図れるわけではないが、それでも強さの一端を知ることはできる。
その一端ですら、俺達の手が届かない高みにあると思え、再びパーラを見る目が変わったほどだ。

それからしばらくは走り込みを続け、模擬戦は一切行っていなかったが、アンディ曰く『走り込みによる体力増進はおまけで、実際は精神的な強さを養うのが目的』なのだとか。
言われてみれば、初日に心を折られてからは、シアもドネンもやる気に燃える目を浮かべていた。
きっと俺もそんな目をしていたのだろう。

このまま走り込みを続ける日が続くのかと思ったある日、遂に俺達は模擬戦を行うこととなった。
相手はアンディ一人。
それを聞いたときは一瞬舐められていると思ったが、白級の魔術師であのパーラとパーティを組んでいるのだから、明らかに俺達よりも格上。
舐められているというより三対一で丁度いい、むしろそれでも余裕だということなのかもしれない。

魔術師を相手に戦ったことが無い俺達だが、それでも三人揃って戦うことに絶対の自信はある。
ドネンが守り、俺が攻め、シアが隙を埋める。
俺達本来の戦い方が出来れば、アンディを相手にいい勝負ができるのではないか。

…そう思っていた時期が俺にもありました。








盾を構えて先頭に立っていたドネンが、激しく響いた轟音に続いてその体勢を大きく崩す。

「ドネン!ちぃっ!」
「待てシア!無駄に撃つな!アンディの動きをよく見て狙え!」
「分かってる!でも動きが早すぎるのよ!」

壁役が足を止められると、それを迂回するようにして姿を見せたアンディがこちらへ向けて魔術を放とうとするのを防ぐべく、シアが矢をばらまくがそれが意味を成すことはない。
元々素早く動いているアンディには無造作にばらまかれた矢が当たるはずもなく、逆にアンディが放つ水魔術が俺達を襲う。

水魔術とは言うが、アンディの使うそれは果たして本当に水なのかと疑わしい。
先程ドネンを盾ごと揺さぶった一撃はとんでもない威力だったし、こちらに飛んでくる小さな水球は速度が矢並みに早い。
おまけに魔術師には致命的な隙となるはずの詠唱を一切行わず魔術を発動させているため、攻撃の合間を突くことができない。

高速で動き回り、壁役を揺さぶる一撃と矢のような水球を使いこなす…いやこいつなんなの?
魔術一本で白級どころか黄級にだってあっというまに駆け上れるだろ。
誰だよ、『卑怯な手でも使わなくてはその歳で白級に上がれない』とか言った奴。
出て来いよ、ぶんなぐってやるから。

まるで十人が同時に矢を放ったかのように、俺達をめがけて殺到する水球を躱しつつ、アンディの様子をうかがう。
先程からアンディは魔術で攻撃を仕掛けては来るものの、自分から積極的に距離を詰めようとはしてこない。
魔術師らしく、接近戦が苦手なのかとも思ったが、正直化け物としか見えないアンディにその常識を当てはめていいのか疑問である。
現に、その手には剣が握られているし、時折自分に当たりそうになる矢を払うその動きは鋭いものだ。
剣もある程度は使えると見ていいだろう。

観察しているのを隙と見たのか、飛んでくる水球が数を増し、回避出来ないと思った俺の前に、頼りになる背中が現れた。
先程体勢を崩されたドネンが再び俺達の前に盾として復帰し、アンディの攻撃から守ってくれたのだ。

構えられた大盾に当たる水球がパンパンという音を立てる中、俺とシアはドネンの背中に体をくっつけるようにして集まる。

「コット、どうする!?」
「このまま守りに入ってても仕方ねぇ!次に魔術が一瞬止んだ隙で突っ込む!シア、お前は俺とドネンを援護しろ!」
「援護ったって、もう矢がほとんどないよ!」
「なに!?…あ゛ーもう!だから無駄に撃つなって言ったのに!」
「しょうがないじゃん!あの時はそうしないとアンディに好き勝手やられてたって!」

尚も盾が奏でる音で互いの声が聞こえにくい中、自然と怒鳴るようになっていた口調も、シアの失態を知ると本当の意味で怒鳴り声に変わっていく。
俺達の中ではシア以外に遠くの敵を攻撃できる手段を持ってるのはいない。
まぁ槍や剣を投擲すれば話は違うが、それをしたら武器が手元になくなってしまう。

当初の予定では、ドネンがアンディの攻撃を防ぎ、シアの弓で遠くからチクチクと攻めつつ、焦れたアンディが近付いたところを俺が槍で仕留めるという感じで作戦を立てていた。
魔術師には詠唱の隙を突いて一気に接近戦を仕掛けるか、弓矢で遠距離から狙い撃つかのどちらかが有効だとなけなしの知識で知ってはいたが、どちらにせよ短時間で決着をつけることが肝心だった。

だが始まってみれば、詠唱を必要としないため絶えることなく次々と放たれるアンディの魔術は俺達が接近することを許さず、盾で攻撃を防いでいるドネンの体力と牽制で使われたシアの矢ばかりが消費されていき、攻め手を欠く今の状況へと俺達は陥っていた。

「…っコット、シア。喧嘩してる場合じゃないぞ。もう俺の腕も限界が近い。賭けだろうとなんだろうと、仕掛けるなら早くしてくれっ」

珍しく口数の多いドネンだが、その口調は切羽詰まったものであり、それだけに危険な状態であることが想像できる。
そんなドネンの様子に、シアが俺を見る目も険しさを増している。

今の俺達はドネンが壁になってくれているからなんとか戦えている状態だ。
そのドネンが倒れたら、俺とシアは魔術に晒されてすぐにやられてしまう。
こうなっては俺達の取れる手はそう多くない。

「仕方ない!ドネンを先頭に一列でアンディ目掛けて突っ込む!十分近付いたら俺とシアが飛び掛かる!」
「わかった!」
「…ああっ」

半ば苦し紛れの特効と取れなくもないが、あのアンディの魔術のすさまじさを前に、これ以外の策が思いつかず、シア達もすぐに賛同したことから、この瞬間では最善だと自分に言い聞かせる。
ドネンの背中を叩き、前進の合図を出す。

盾で魔術を受けながら、じりじりと進んでいくドネンに寄り添うようにして俺とシアが続く。
相変わらず水球は盾を狙って飛んでくるが、横や上から撃ち込まれる様子がないのは、恐らくこれが模擬戦だからだろう。

先程までのアンディの魔術を見れば、多方向からの攻撃はできるはずなのだが、それをしては模擬戦がすぐに終わってしまうため、俺達を鍛えるという観点からある程度戦闘を長引かせるために多少攻撃の手を緩めているに違いない。

舐められているのとは違う、そうすることが俺達の成長につながると判断してのことだろう。
ただ、それはつまりアンディにとって俺達はそうしても問題なくいなせる程度の実力しか持ち合わせていないということになる。
そのことに多少の悔しさは覚えるが、相手が格上だと思えばそれもすぐに薄れた。

一際大きな破裂音が耳を叩いた次の瞬間、それまで進んでいたドネンの足が止まる。
盾を保持している腕がもはや限界を迎えたようで、盾がかなりぶれ始めてきた。
吐く息も荒い。

いよいよかと、俺はシアと視線を交わし、頷き合うとドネンの肩を二度叩く。
それを合図に、俺は右側に、シアが左側へとそれぞれ飛び出す。
揃って同じ方へ動かないのは、少しでもアンディの攻撃をバラけさせるためだ。

飛び出してすぐ、膝をつくドネンを視界の端に捉えつつアンディの姿を探すと、すぐに見つかった。
どうやらドネンを攻撃したままその場からほとんど動かなかったようで、攻撃の手こそ止めてはいるが、俺とシアを狙う次の魔術の準備をしているのは、その周りに浮かぶ複数の水球の様子から見て取れた。

俺を見るアンディと目が合い、あの水球がこちらへと飛んでくるかと警戒するが、シアの放った矢がアンディへと襲い掛かると、水球のいくつかがその矢を包み込むように動き、全ての矢が勢いを失って地面へと落ちていった。
そして、そのまま水球はシアへと飛び掛かり、次の矢を番えようとしたところに殺到した水球で後方へと吹き飛ばされた。

思わずシアの名前を叫びそうになるが、それよりもアンディの周りに浮かぶ水球が一気に減ったことを好機だと判断し、一気に距離を詰める。
俺の接近を察知したアンディは残りの水球をこちらへ飛ばす。
それを槍で二つほどを弾いたものの、残りの一つを肩に受けてしまう。

相変わらず水が当たったとは思えないほどの衝撃の重さに体勢を崩すが、この好機をなんとしても逃したくない。
ほとんど倒れこむようにして前へと体を振り、強引に踏み出した足で二歩を刻む。
アンディまで剣では遠いが槍ならば届くという、最高に丁度いい距離に迫れたと思う。

最早これ以上、地面に倒れるまでの猶予がないという中、俺は腰と背中、腕と手首の全てを使って渾身の一突きを放つ。
槍を手にしてそう長い時間を過ごしてはいないが、それでも今までで最高の一撃だと興奮を覚えた。

だが、倒れこむ勢いも加わり、鋭さを増したその一撃に、俺は内心で焦る。
夢中であったために選択した攻撃だったが、刃を潰しているとはいえ、鉄の槍の突きがこの勢いでアンディに当たったら怪我をする可能性を想像してしまう。
いや、下手をしたら串刺しにしてその命を奪うだろう。

色んな意味でやった、あるいはやっちまったと思った一瞬、確実にアンディの体を捉えるはずだった槍の穂先は、真下から沸き上がった水の帯に突っ込む形となり、その勢いを大きく奪われるとアンディの体へと微かに触れるだけに留まる。

やや遅れて地面に体を叩きつける形で倒れた俺は、追撃を警戒して起き上がろうとするが、顔を上げた先に剣の切っ先が現れ、それを視線で辿っていった先にいたアンディの姿を見つける。

「お見事。その一撃、確かに俺に届いていたぞ」

上から告げられるその言葉は、全てを出し尽くしたことに対する賛辞なのだろうが、倒れた身には意外と堪えた。
遠い、と。
ただそう思わせるだけの差が、俺とアンディの間にはあると認識してしまう。

既に盾を保持することすらできないドネンに、水球の直撃を受けて倒れこんだまま立ち上がれないシア、そして鼻先に剣を突き付けられて動きを止めている俺。
三人三様で戦闘の継続は不可能ということで、俺達の敗北によって模擬戦は終了となった。

模擬用の武器とは言え、顔のすぐ前に剣があるというのは恐ろしいもので、未だ剣を引かずにいるアンディに妙な恐怖心を抱き始めた頃、ようやく剣がどけられて一息つくことができた。

「はぁ~あ、負けた負けた。やっぱ黒級じゃあ白級相手には届かねぇか…」
「まぁ魔術も使ってるんだし、そうそう遅れは取らないさ。ほら、手を」

剣先に変わり眼前に差し出されたアンディの手を握り、起き上がるのを助けてもらう。
体に付いた雪と土を払いつつ、ドネン達の方へと声をかける。

「おーい、そっち大丈夫かー?」
「だだだ大丈夫なわけないでしょぉほぉ。ささ寒くてしし死にそう…」

ドネンは手を挙げて問題ないと伝えるが、シアは先程の最後の攻防で水を全身に被っており、濡れた体を震わせながらその場でしゃがみこんでしまっていた。
俺もドネンも水球を受けた部分は濡れてはいるが、シアは特にずぶ濡れとなっており、冬の寒さの中でそのままにしておくと流石にまずいため、ドネンにシアを担がせて焚火の方へと急いで向かう。

「うわ、シアさんずぶ濡れじゃん。シアさん、こっちこっち、ここ座って。はいこれ」
「あああありがと、ぱぱパーラちゃちゃんん」
「じゃあそのまま動かないでね。今服乾かすから」

焚火の前ではパーラが温かい飲み物を用意して待ってくれていて、震えるシアを火の前へと誘導すると、その肩に自分のマントを被せるという優しさを見せる。
木箱にシアを座らせると、すぐにその周りを風が渦を巻いて覆うのが分かった。

「なぁアンディ、パーラは一体何をやってるんだ?」

お茶を手にその光景を見ていたわけだが、何をしているのか分からない俺は、知っていそうな人間に目の前の光景について尋ねてみる。

「あぁ、あれは風魔術で焚火の熱をシアさんに纏わりつかせて、服と体を温めてるんだ」
「へぇ、風魔術ってそういう使い方もできるのか。便利だな」

俺が想像する魔術と言えば、やはり派手に敵を攻撃するというのを想像するのだが、アンディやパーラは魔術を便利な道具として扱っているという印象だ。
こういうのを見てしまうと、敵を倒すだけにしか使えない魔術よりも、普段から役立つ使い方のできる魔術の方が羨ましいと思えてしまう。

とりあえずシアをパーラに任せ、俺とドネンはアンディに今回の模擬戦での所感を聞くことにした。
模擬戦は負けはしたものの、それなりに戦えたと思うのだが、アンディから見て俺達の戦い方はどんなものなのか。

「前衛から後衛まで揃ったパーティだけあって、黒級にしては安定して戦えてたと思う。正直、魔術師相手じゃなければ堅実な攻めを続けてればまず負けはないだろう」

褒められていることは分かるのだが、同時に俺達のパーティは魔術師相手には滅法弱いという事実も突き付けられている。
もしかしたら、今回の模擬戦でアンディがあれだけ魔術を使いまくって戦ったのはこれを分からせるためだったのかもしれない。

「ドネンさんは盾役としては十分役割は果たしてたが、持久力に難がある。途中で盾の保持が出来なくなってたのがその証拠だ。コットさんはギリギリのところでの判断力に欠けるな。あの最後の攻防の際、あと一歩踏み込むか槍を投擲するかを選択していれば結果は変わってたかもしれない。シアさんは…まぁいいか」
「あん?シアはなんでいいんだよ」
「そりゃあ弓を使う人間に対して、俺が出来る助言はあんまりないからね。だからそっちはパーラに任せることにしてある」

なるほど、そう言うってことは同じ魔術師でもアンディは近接型でパーラは遠距離型とかなのだろうか。
俺とドネンは槍と剣という近接戦闘を主眼に置いているため、確かにシアとは助言の方向性が異なるのも当然だ。

なんにせよ、俺達の改善するべき点はアンディには分かっているようで、それは恐らくパーラも同様だろう。
持久力の不足はドネンだけではなく俺達も感じ始めているため、当分走り込みは続けるとして、アンディ達の助言を受けて模擬戦のやり方も色々と変えてみるのがよさそうだ。

そうしているとようやく服も渇いたシアが俺達と一緒になってアンディ達の話を聞くようになり、今後の鍛錬の内容を決めていると、アンディとパーラの並ぶ姿を見て俺の中にあった好奇心が膨れ上がった。
それは本気のアンディ達の力が見たいという、本当に大したことが無いただの好奇心だ。

先程の模擬戦での戦い方を見ても分かるが、アンディの実力はほんの一部程度しかわかっていないと言っていい。
そのほんの一部だけでも俺達を倒せたのだから、本気なら勝てるわけがないとは思うのだが、それでも見てみたいという我が儘をアンディ達に言ってみたところ、渋々ながら了承してもら得たため、少し時間を置いてから本気のアンディ達と模擬戦をすることになった。

模擬戦前、アンディは俺達に『本気の戦闘にはあらゆる手段を使うという意味が込められている』と強く念押しされた。
これは卑怯な手を使うと宣言されたも同然で、言われたことで不意打ちに対する警戒心が生まれた。
その上で始まった模擬戦だったが、開始早々、目の前で激しい光が発生した俺達は視界を奪われ、直後に腹部を襲った激しい衝撃で立ち上がることが出来なくなり、視界が回復した頃には三人揃って縛り上げられて転がっているという有様だった。

一体何が起きたのかよく分からない俺達だったが、アンディの解説によると、まずアンディは雷魔術で閃光を生み出して俺達の目を晦ませ、動きが止まったところにパーラが一気に接近して風魔術による腹部への攻撃で次々と行動不能にして縛り上げたという。
てっきりパーラは遠距離が得意な魔術師だと思っていたが、接近戦もこなせるというのは素直に驚きだ。

魔術を直接の攻撃にではなく、こちらが戦闘を継続出来ない状態へと追い込む搦手の一つとして使うということに思うところが無いわけではないが、こういうやり方もまた実戦では許されるのだと今の俺なら納得できる。

それにしても、本気のアンディ達を相手にすると、こうも戦いらしい戦いをする暇もなくあっという間に戦闘不能にされてしまうとは。
改めて俺達との差を思い知らされたわけだが、これほどの強さを持つアンディ達に鍛えられることで、俺達がどれだけ強くなれるのかを期待せずにはいられない。

まったく、白級でこれだけの強さを持つのなら、黄級から上の連中はどれだけの化け物揃いなのか。
想像するだけで震えが走る。
まだまだ始まったばかりの冒険者としての人生だが、果たして俺達が白級・黄級へと至ることができるのか、少しの不安と期待が胸に芽生えるのを感じた。




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