世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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試合は合図で始まるんじゃない、現場で始まるんだ

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コットの口から飛び出た言葉で、テーブルに着く俺達の間に漂う空気はにわかに緊張感を帯び始めた。

「納得できないって、アンディ君達を信用できないってこと?」
「そうじゃない。…いや、それもあるんだけど、それ以上に本当にこいつらが俺らを鍛えられるほどに強いのかってことだよ」

なるほど、コットの言うことは理解できる。
年齢的に下の俺達が、今コット達が抱える問題を解決できるほどの何かを示せるのかというのは確かに疑問だろう。

鍛えなおすという話は主にイムルが俺達に頼むという形で進められたため、コット達の意見がほとんどなかったのはこういう不安があって口に出すか迷っていたというところか。
他の面々はというと、ドネンは相変わらず腕を組んだまま押し黙ったままで、シアはコットの発言に驚いている様子から、コットの意見は三人の総意というわけではなさそうだ。

まだコット達とはそう言葉を交わしてはいないが、それでもこのコットという男が意外と熱い奴だとはなんとなく察している。
今日会ったばかりの人間である俺達が果たしてコット達が抱える問題を解決できるのか、それを見定めようとしているのだろう。

これはなにもおかしいことでも悪いことでもない。
依頼先で魔物に敗れてトラウマ気味のコット達にとって、強くなるということに対して妥協が出来ないという現状、師事する相手には慎重になるものだ。

「コット、あんた私がなんでアンディ君に頼んだか分からないの?」

声のトーンが一段下がったイムルの言葉に、俺は背筋に走る寒いものを覚える。
そしてそれはこの場にいる全員が共有したのだとそれぞれの顔から分かった。
弟分達のことで俺達に頼みごとをしたというのに、当の本人がいくらか失礼な物言いをしたことに怒っているようだ。
流石、冒険者ギルドの受付嬢をやってると迫力もある。

「うっ…ちがっ姐さ…いやイムルさん。俺は別にアンディ達を悪く言うつもりはないぜ?この歳で白一級ってのは確かにすごいしよ。けど、それとこれとは別だろ」

コットの言うことも一理ある。
黒級から白級に上がるのにはギルドへの貢献度さえあればいいので、極端な話戦闘を一切せずに、貴重な動植物を採取しているだけでも白級に上がることは可能だ。
尤も、それだと昇級までかなり時間がかかるので、俺とパーラぐらいの歳で白級となれば確実に魔物との戦闘をいくつもこなしているはずと、少し考えればわかるはずなのだが。

「別じゃない。言っておくけど、アンディ君はあんた達三人合わせても勝てないぐらい強いわ。パーラちゃんだって斥候職として評判はいい。何より、二人とも魔術師だから模擬戦をするだけでも良質な戦闘経験が積めるのよ」
「…え?二人とも魔術師?まじで?」

目を点にしてこちらを見てきたコットに、パーラと揃って頷きを返す。
冒険者で魔術師というのはそれなりにいるが、一つのパーティ内に二人いるというのは本当に珍しい。
それこそ、大所帯のパーティなら有り得ることでも、二人だけのパーティとはいえ割合で言えば100%魔術師で構成されたパーティというのは贅沢の極みだともいえるだろう。

前衛のいない魔術師のみのパーティというのはバランスは悪いが、火力という一点においては熟練の魔術師一人はフル装備の騎兵一個小隊に伍するとも言われている。
戦闘の初手さえ取れれば一瞬で勝ちを拾える存在、それが魔術師なのだ。
それが二人

「コット、白級に鍛えてもらえるなら十分でしょ。それにこの歳で白級よ?戦闘経験が少ないわけがないって」
「ぬぅ…」

コットの脇腹をつつき、シアがそう話すもコットは唸ったままだ。
理解はしたがまだ腹の内に飲み込めない何かがあるようだが、大体この手の人間が次にいうことは予想が着く。

「いや!いやいやいや!それでもやっぱり俺はこいつらの強さを肌で感じないと納得できねぇ!アンディとパーラ!急で悪いが俺と戦ってもらうぞ!」
「…コット、あんたいい加減に―」
「まぁまぁ、イムルさん」

さらに怖い存在になりかけたイムルを制し、パーラが口を開く。

「戦うって模擬戦ってことだよね?」
「ああ、そうだ。こっちは俺だけでいいから、そっちもどっちか一人で相手してくれ。勝っても負けても文句は言わねぇ。とにかく一戦してくれりゃあ俺は満足する」
「ふ~ん…アンディ、これ私が相手していい?」
「別にいいけど、あんまり派手な魔術は使うなよ?怪我させたらまずい」

顔はコットに向けたまま、視線だけでそう尋ねてくるパーラだったが、その目を見ると何か企んでいるなということは分かった。
そこそこ長い付き合いで、こういう目をした時のパーラは何かしでかすものだ。
ただ、コットが望む戦いというのは勝ち負けではなく、自分を納得させるためのものなので、パーラが相手でも問題はない。

はっきり言って、パーラが負けるビジョンが見えないほど互いの実力には差があるはずだ。
そもそも、自在に動き回る砲台と呼んでいいパーラと、遠距離攻撃を持たないと思われるコットでは、距離を取られては勝負にならないだろうしな。

「了解了解、んじゃコットさん、早速だけどルールはどうする?」
「いや、我が儘を聞いてもらうんだ、それぐらいはそっちが好きに決めていい」
「そう?じゃあ場所と時間をまず決めよう。場所はここ、時間は今すぐ。はい、始め」
『え』

ルールを決めると言いながら、パンと手を叩く動作と共にパーラが口走ったのは、この場の全員の意表を突くものだった。
柏手を打つのを試合開始の合図として、テーブルへ上がったパーラは、手刀の形にした右手を未だ硬直しているコットの首元へと押し付けて止まった。

一見するとなんの危険もない状態だが、魔術師であるパーラにはその状態でも十分コットに重傷を負わせられるので、これはもう勝負ありでいいだろう。

「はい終~了~。たった今あなたは死にました。パーラの勝ちぃ~」
「ごっつぁんです」

決着がついたと見た俺はパーラの勝ちを告げるが、それに関取のような答えを返すパーラはやはりノリがいい。
これまでの付き合いの長さの賜だな。

突然始まり突然終わったこの一勝負に、ポカンとした様子で全く動けないでいたコット達だが、これは唐突過ぎる展開に思考が停止しているからだ。
パーラが姿勢を戻し、椅子に座りなおしたタイミングで正気に戻ったコットは、今の出来事に不満の声を上げる。

「……ハッ!ちょっと待て、なんだ今のは!あんなの無しだろ!普通準備も無しに始めるか!?」
「ルールはこっちの好きにしていいって言ったのはそっちでしょ」
「いやっ…そりゃ言ったけどよ。普通こういうのってお互いに正々堂々向かい合ってだなぁ―」
「はぁ~…呆れた。コットさん、あんた戦いってのはお行儀よくいざ尋常にって始まるもんだと思い込んでる?そりゃあね、騎士なんかはそれでいいけど、私達は冒険者だよ?人を相手にすることもあれば、道理なんかまるでない魔物を相手にもすることだってある。いきなり攻撃されて、準備してませんでしたって言って相手にやり直しをお願いする気?」

呆れたように話すパーラだが、その内容はいつだったか俺が語ったものと同じだ。
誇りある生き方は自尊心を満たしてくれるが、それで死ぬのは騎士かバカだけで十分だ。
冒険者はとにかく生き汚いくらいでちょうどいい。
ランクが上の俺達が不意打ちを仕掛けることを想定してないのは、コット達が戦いというものを綺麗に見えるフィルターで捉えている証拠なので、そこを突いたパーラはいい教訓を与えたと言える。

とはいえ、俺達の戦闘力を見たかったコットとしては、こういう形で負けを認めるのは癪だというのは理解できる。
コットが何もできないまま決着ということに納得できず、尚もパーラに食ってかかっていると、それまで押し黙っていたドネンがおもむろに話し出した。

「…もういいだろう、コット」
「ぁあ?何がいいってんだよ」
「確かにさっきのは卑怯だと俺も思う。だがルールを向こうに丸投げしたお前も悪いし、向こうが上手だっただけのこと。負けは負けだ」
「私もドネンの言う通りだと思うね。コット、あんたが悪い。それにあの一瞬で首を押さえられた動き。私は目で追えなかったけど、あんた達もそうでしょ?あれだけでもこの人達が強いってわからないほど、あんたはバカじゃないと思いたいね」
「……ちっ、わかってるよ、そんなことは」

ドネンに続いてシアが諭すと、コットも不機嫌そうにしながら椅子に座り、パーラをやや睨みながら押し黙ったことで場は落ち着いた。

今のやりとりで思ったのは、てっきりこのパーティはコットがグイグイ引っ張っていくという印象だったが、普段口数の少ない分ドネンは全体をよく見て抑えに回り、シアが他の二人の間を繋いで手綱を握っているというのが実際感じたところだ。
幼馴染同士のパーティというのは、こういう人間関係のパランスが優れているようだ。

コットが大人しくなったことで、それまで見守るだけの姿勢だったイムルも軽くため息を吐いてから口を開いた。

「それじゃあコットはアンディ君達が鍛錬を着けてくれることに納得できたのね?」
「…ああ、勝負してもらったら文句は言わねぇって吐いたんだ。少なくともその子は俺より弱いとは思わない。ドネン達が文句がないならそれでいいよ」
「そう。どうなの?」
「どうもなにも、納得できないって騒いでたのはコットだけよ?私は最初から文句なんて無かったし」
「…同じく」

確かにシアとドネンは最初からイムルの提案に反対の態度は取っていなかった。
いや、もしかしたら何かしら不満か不安を持ってはいたのかもしれないが、それをコットが動いたことで腹に飲み込むことができたとすれば、もしかしたらコットはそれを分かって勝負などと口にしたのだろうか。
だとすれば、コットはいいリーダーの資質を持っている…のか?







こうしてコット達を鍛えるというイムルからの頼みは、双方同意の上で行われる運びとなったわけだが、意外なことに鍛錬を指導するという俺達には報酬が出るとイムルは教えてくれた。

この報酬はイムルが出すのではなく、冒険者になりたての人間に対して専任で指導をする者に対してギルド側がある程度の金額を支給するという制度が存在しており、今回俺とパーラはこの恩恵に与ることができるのだが、額としては大したものではないそうなので、あまり期待はするなとのこと。

ただ、この支給される金よりも、駆け出し冒険者を守りたいギルドの思惑に沿ったことによる貢献度を評価されることの方が、今後の冒険者としての活動にプラスになるそうだ。
そういうことならメリットとしては十分なので、こちらも指導に身が入るというもの。

一先ず今日は顔合わせで終わらせようと思ったが、少しだけやる気が出てきた俺はコット達のデータを求めて色々と聞いてみることにした。
基本的なものとして、まずはそれぞれが使う武器や特技などだ。

前衛であるドネンはパーティの壁としての役割上、体のほとんどを隠せる三角形の盾と長剣を使う。
金属製の盾は貯金と親からの餞別を全てつぎ込んで買っただけあって、駆け出しの冒険者が持つにしてはかなりの品だった。
命を守る防具に一番金をかけたというドネンの判断は間違いはないと賛辞を贈りたいところだ。

中衛のコットは中距離に対応するためにやや短めの槍と手の甲に取り付ける小型の盾、いわゆるバックラーが基本の装備だ。
コット自身は槍をきちんと習ったわけではないが、村にいた頃はこの槍で動物を狩ったり魔物を追い払ったりしていたので、多少は使えているそうだが、そこは実際に見ないままで鵜呑みにはできない。

後衛のシアは弓を使うのだが、少し見せてもらった弓はごく普通の木製で、色々と手が加えられているそれは長年使い込まれたような感じだ。
聞けば物心ついた頃から使っているそうで、体の成長とともに改良と強化を積み重ねてきたため、これが一番手になじむと熱く語られてしまった。
その様子にちょっと引いてしまったのは内緒だ。

それにしても、聞けば聞くほどこのパーティはバランスが整っている。
堅実な戦いをすればまず負けはないはずの構成のコット達だが、黒四級の彼らが受けられる依頼の範疇で遭遇する魔物に、果たして彼らがトラウマを植え付けられるほどの強敵となり得るものはいるだろうか。

聞いてみたところ、コット達は採取依頼からの帰りに襲われたそうで、特徴からするとその魔物は恐らく槌猪つちいのししだと推測する。
この魔物は硬く発達した頭蓋骨で額がハンマーのように盛り上がっており、そこをつかった突進を正面から受けると生半可な防具では骨ごと潰されるという、非常に危険度の高い魔物だ。

遭遇することは稀だが、低ランクの冒険者が運悪く出会ってしまった場合、助かる可能性はかなり低い。
コット達が槌猪の奇襲にあい、ドネンが腕を、コットがあばらをそれぞれ骨折しただけで、何とか逃げ出せたというのはかなり運がよかった。
どうもコット達を襲った槌猪はまだ若い個体だったようで、成体の槌猪を相手にするよりも比較的軽い怪我で済んだらしい。

とはいえ、骨折はやはり重症と言えるため、先日ようやく完治はしたものの、それだけの傷を負わせた槌猪に恐怖心を抱いてしまうのも仕方のないことだ。
こうして話を聞いてみると、トラウマというほど重いものではないにしても、槌猪に対しての苦手意識のようなものは三人とも持っているようで、それを払しょくするためにも当面の目標は槌猪打倒を掲げるのがよさそうだ。










やや曇り空ながら風もなく、気温もそれほど低くないある朝、雪が降り積もったへスニル近郊にて、只管大地を走る四つの人影があった。
軽やかに先頭を走る一人に、やや遅れて続く三人は足の回転がかなり鈍い。

この遅れている三人はドネン・コット・シアで、その三人を牽引するのはパーラだ。
既にかなりの時間走り続けており、パーラの方はまだまだ余裕そうだが、コット達はかなり疲労がたまってきている。

白く吐かれた息が三人の疲労の深さを表しており、パーラとの距離が離れてきていることからもそろそろ限界を迎えそうだ。
パーラがそれを見かねて、走る速度はそのままに体だけを後ろに向かせて激励の声を投げつける。

「ほらほらー、三人とも遅れてるよー?」
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
「はぁ…はぁ…どんだけ…走るんだよ…はぁ」
「限界っ…お願い…も、休ませてっ」
「冒険者は体力が命!一に体力二に体力!三四五六最後まで体力だよさあさあ走って走ってー!」

無言ながら吐く息の多さが限界を告げているドネン、かいた汗で全身から湯気を上げながら歯を食いしばって走り続けるコット、太腿を上げようとするも疲労がたまって若干引き摺るような走り方になるシア。
三者等しく体力が尽きかけている様子だが、パーラはまだまだ走らせる気でいるようだ。

俺はそんな光景を眺めつつ、火勢が弱まりだした焚火に新しい薪を放りこむ。
一緒になって走ることなくこうして焚火に当たってはいるが、なにもさぼっているわけではない。
単純に俺とパーラで役割を分担したために、俺個人が暇になる時間が出来ただけのこと。

今回、コット達を鍛えるにあたりまず必要なことは何かをパーラと一緒になって考えてみたところ、何をおいてもまずは体力増強ということで、ここ数日は走ってばかりいる。
体力作りとしては前時代的と言われるようなやり方だが、専用のトレーニング機器もない世界ではやはり走ることが一番金がかからず効果も高い。
走り込み数日では目に見える変化はないが、精神的なタフさは鍛えられているはずだ。

「よーし、終了ー」

それから少し走り続け、頃合いと見たパーラがランニングの終了を宣言すると、まずシアが崩れ落ちるようにその場でうずくまり、それに続いてコットとドネンが荒い息を吐きながら膝をつく。
同じ場所を走り回っていたせいで、雪がかき混ぜられた地面は泥と混じって大分ぬかるんでいるのだが、それを気にする余裕もない三人は肉体の休息と酸素を求め、喘ぐように体を震わせて空気を貪っていた。

今日はそれほどではないとはいえ、冬の冷たい空気を一気に肺へ取り込むと辛いのだが、現にシアは咳き込み始めたので、四人を焚火の傍へと呼び寄せた。
焚火の周りに配置したベンチ代わりの木箱を勧め、ややぬるめで用意した水をそれぞれに手渡し、体を温めつつ水分を摂取させる。

「…んぐっはぁ…生き返る」
「ほんと…ちょっと温いのがどうかと思ったけど、飲みやすいわね」

コットとシアは手の中のカップに視線を落として、深い息を吐きだす。
ドネンも無言ながら大きく頷いて同意を示し、一息にカップを呷った。
焚火の火を眺めながら少しゆっくりした時間を過ごしていると、思いついたようにコットが口を開く。

「しっかしパーラは体力のバケモンかよ。俺らは村にいた時も一日中狩りなんかしてたし、そこそこ体力はあると思ってたんだがな。お前本当に魔術師なのか?」
「失礼な、誰がバケモンなのさ。私とアンディはれっきとした魔術師だよ。ただ、私達は魔力で身体能力を引き上げられるから、持久力なんかも魔力が続く限り維持できるの」

パーラが軽く走り回っていたのにはそういうからくりがあったためで、特別コット達の体力が劣っているわけではない。
元々この世界の人間は全般的に身体能力が高い。
しかし、生活環境によっては成長にある程度方向性が定められるため、恐らくコット達は生活を送るうえでそこまで持久力が必要な場面というのがなかったのだろう。

「何それ。いいなぁ、私なんか持久力に自信ないから、そういうの羨ましいわ。…あ、てことはアンディ君もパーラちゃんみたいに疲れ知らずで走れるのかしら?」
「まあ、俺もパーラも同じ強化魔術ってのを使ってるしね。とはいえ、どっちかというと俺は瞬発力寄りの強化が得意だから、パーラほど長いこと走れるわけじゃあないって」

俺達が使う強化魔術は身体能力を強化する際、体のどの部位にどれだけ魔力を振り分けるかで効果は変わってくる。
走るのに必要な脚力だけを強化するより、腰や背中の筋肉も強化する方が走る際の負担が減ることから、単純に一部分を強化するのではなく、有機的に連動する場所も考えて魔力を運用することが大事なのだ。

今回パーラは恐らく足と心肺機能をメインに強化したと思うが、職業柄元々ある程度の体力が備わっていた俺達が魔力で持久力を補うとかなりすごいことになる。
それこそ、全くの未経験でトライアスロンを完走できるほどに。
ただ魔力は使い切るととんでもない怠さに襲われ、最終的には気絶してしまうため、持続して使う場合は注意が必要だ。

「…さて、コットさん達も大分体が温まってきたようだし、そろそろいいかな?」

コット達の顔を順に見ていき、顔に滲み出ていた疲労が治まっていたようなので、俺は次へと移っていいのかという意味も込めてそう尋ねた。

「おう、次の鍛錬だな?俺はいいぜ」
「私もいいわよ。ドネンは?」
「…ああ、大丈夫だ」

事前に訓練内容は伝えていたため、ランニングの次に何をするのかは頭に入っているようで、疲労の極致から戻ってきた三人は鍛錬の続行に意欲の籠った声で応えた。
程よい疲労を体に蓄積した状態でもモチベーションを維持できているのは、それだけこの特訓にかけている意気込みの強さの表れだろう。

次に臨む鍛錬は、俺一人対コット達三人の模擬戦だ。
場所は引き続きランニングした辺りを使い、フル装備のコット達を俺が一人で相手をする。

コット達がランニングの邪魔だとして外していた防具を身に着けている間、俺も模擬戦で使う武器のチェックをする。
今回はイムルの協力で特別に訓練用の武器をいくつか貸してもらえたため、それを使うことになっている。
安全面に配慮して刃を潰した剣と槍に、鏃の外された矢を用意したが、それ以外は自前の物で臨む。

「アンディ、私はどうする?見てるだけでいいの?」
「そうだな、見てるだけでいいけど、なんかあったらすぐに介入できるようにだけはしておいてくれ」
「わかった」

ランニングはパーラが担当し、模擬戦は俺が担当すると既に話し合って決めていたが、万が一の事故に備えるのはさっきの俺もしていたことだ。
とはいえ、走るということに関してはあまり危険はないので、次の模擬戦の方が事故を警戒することになる。
幸い、風魔術は攻防に優れた使い方ができるため、うっかり危険な攻撃があったとしても保険にはなってくれるだろう。

「待たせたな。お、模擬用のか。俺そっちの槍な」
「あら、矢もちゃんと真っすぐなの揃ってるじゃない。訓練用のってどうしても歪んでるのが多くなるのよね」
「…少し軽いか」

装備をと整えたコット達がこちらへやってくると、並べていた武器に群がってそれぞれ早速品定めをしだした。
手に持った槍や剣を軽く振ったり、目線の高さに挙げて曲がりなどを確かめたりと、気に入った武器を手にするとその場を離れ、模擬戦用に設定したエリアへと移動する。
俺も適当に武器を掴み、それに続いて移動しながら、模擬戦のルールを決める。

「互いに武器は今身に着けているものだけを使うこと。それに加えて俺が使う魔術は水魔術だけ。あと戦闘時間の上限を決める。半分に折った線香が燃え尽きたら、そこで模擬戦は終了。もちろん、その前にどっちかの降参でも模擬戦は終わりってことで」
「ああ、それでいい。…今度は不意打ちではい終了ってのは無しで頼むぜ」
「ははは、分かってるって。それをやったら模擬戦の意味がないからな」

パーラにやられたことを根に持っているようで、コットがチクリと刺した言葉に、思わず笑いが零れる。
同じことを俺がやるかもと警戒するのは尤もなことだ。
しかし今回の模擬戦の目的はコット達パーティの戦い方を見るのが目的なので、なるべくそういう手を使わないでぶつかるのでそう心配しないでいいだろう。

先程までのランニングで描かれた線が円となっている中心に俺達は向かい合って立つ。

チラリとパーラの方を見てみると、こちらへ手を振る姿を確認した。
タイマーとしての線香はパーラが持っているため、それに火が付いたということを教えるものだ。
通常一時間で燃え尽きる線香を半分に折って片方を使う場合、およそ30分ほどで燃え尽きる。

漫画でもないのに30分も戦闘が続くことは通常有り得ないが、模擬戦は実力を確かめるものであるため、なるべく長く引き延ばすほうがいい。
とはいえ、コット達が俺の想定よりもずっと技量が低い場合、あっという間に終わってしまうかもしれない。
現状、向こうの有利とする点である数を生かした戦いが出来れば、俺が負けるのも十分あり得る。
その辺りを楽しみにしてみるのも一興か。

こうして、最長30分、最短なら数分で決着がつく模擬戦の開始となった。
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