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ばいばいチャスリウス

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SIDE:ダルカン


「庭園に?ネイがそう言ったのかい?」
「はい。先程、言伝を携えた者がダルカン様に至急とのことでした」

とある貴族達との接見を終え、次の接見までのわずかな間に体を休めていると、ネイからの伝言を受けた使用人が僕の元へとやってきた。
内容は『いつもの庭園にお越し下さい。アンディとパーラから、お披露目したいものがあるとのことです』とだけだ。

アンディ達が二日後に旅立つということは既に聞いていた。
あまりにも急なことに寂しい気持ちになったが、いつか来ることだとネイが言ったため、僕も笑って見送ろうと決めた。

出立までの間に時間を作ると約束してくれたネイの努力で、明日の午後にアンディ達と会う予定となっていたのだが、急に割り込むようにして今すぐ庭園で会いたいということに、なんだか胸騒ぎを覚える。
明日まで待てない何かがあるのか、はたまた今日でなくてはならない何かか。
いずれにせよ、ネイが言うのだから急いで向かったほうがよさそうだ。

「マティカ、次の予定まで時間はある?」
「は。昼食を手短に済まされるのであれば多少の余裕は作れます。調整いたしますか?」
「うん、お願い。僕は庭園に行ってみるよ」
「畏まりました。それでは庭園でそのまま昼食をとれるよう手配しましょう」
「ありがとう。そうしてくれる?」
「は。ではただちに」

周りに指示を出しながら離れていくマティカの背中を見送り、すぐに僕は庭園へと足を向けた。


久々に足を踏み入れた庭園は、使用人達の手によって十分に手入れをされてはいるが、やはり自分の手が入っていないせいで、どこか余所余所しい空気を感じるのは気のせいだろうか。
忙しくなったのはここ数日のことだけど、なんだか長い時間離れていたような感じだ。

護衛とは入り口で別れ、生い茂る草木が作る門を通り抜けると、そこにはいつも僕が使っていたテーブルがあった。
テーブルには誰もいない。
その光景は、少し前までなら当たり前だったのに、今では違和感しか覚えない。

アンディ達と知り合ってからは、ここにくれば誰かしらがいたんだ。
けど今は僕の周りが慌しく動いていて、前のように集まってお茶を飲むなんとことはできていない。

椅子を引き、テーブルに着くと、思わずため息が漏れた。
この短い期間に本当、色々とあった。
身の回りはガラっと変わったことばかりだし、喜びも悲しみもいっぺんに味わった。

父上から直接王としての期待の言葉をかけられた時は本当に嬉しかったし、姉上も祝福してくれたのには本当に驚いた。
だって、あんなにきれいに笑う姉上の顔を見たのは本当に久しぶりだったから。

兄上のことは今でも思い出すと悲しくなってくる。
病気療養の名目で兄上が首都からいなくなったと聞いて、もう本当に会うことは無くなったんだなと、そう思わされた。
僕の命を狙ったということは確かに辛いけど、それでもやっぱり兄上は兄上だし、いつかは仲良くできるんじゃないかと思っていたけど、それももう出来ないようになってしまった。

こうしてジッとしていると色々な思いが頭に浮かんでは消えていく。
あまりいい時間を過ごしているとは言えない状況に、アンディ達はいつ来るのかと再びため息が口を通り抜けそうになった次の瞬間、それまで日の光が差し込んでいた庭園が暗くなった。

雲が出てきたのかなと思い見上げると、庭園に落とされている影の主が目に映った。
それは庭園の天井ガラススレスレをゆっくりと通過し、庭園から少し離れた場所にその巨体を浮かべたまま停止した。

遠目には三角の形だと辛うじてわかるぐらいで、それ以外は似たものを僕は知らない。
見ようによっては真っ白な巨鳥のようでもあるが、羽ばたかずに空に留まっていることから、鳥ではないと思う。
新種のドラゴンと言われても納得できそうな異様な姿に、僕の体は固まったまま、ただそれを見ているしかできなかった。

慌しい足音が聞こえてきたのは背後からで、どうやら異変を察知した護衛が駆け付けたようだ。
しかし彼らも窓の外にあるその巨体を目にすると彫像のように動きを止め、僕のように見つめるのみとなる。
それでも僕を庇うような位置に陣取ることを忘れない辺り、彼らの護衛としての質の高さは確かなものだ。

しばし音のないまま時間だけが過ぎていく。
特に何かをすることもなく、身じろぎもせずに滞空する姿に、最早驚愕は鳴りを潜めて異様さだけが浮き彫りになっているぐらいだ。

どれだけそうしていたのか、動き出したのはあの巨大な物体の方からだった。
突然向きを変え、頭と思われるとがったほうをこちらへ向けると、ゆっくりと近付いてきた。
その動きに、護衛達も剣を抜いて警戒を強める。

「殿下、このまま静かに後方へ下がってください。入口にジャンの奴がいますので、後は奴に付いて―」
「待って、動きが止まったよ。誰か降りてきた!」

驚くことに、あの巨大な浮遊物体は乗り物だったようだ。
横の部分から扉が上に跳ね上がり、そこから飛び出してきた人影がこちらへと駆け寄ってきた。
不審な乗り物から不審な人間が出てきたことで、護衛達の警戒はさらに一段階上がる。

「殿下!お下がりを!総員、盾にな…れ?」
「……おい、あれルネイ殿じゃね?」
『え?』

僕を中心に囲むようだった形から、前面に密集してその身を盾にしたものへと切り替わったのだが、誰かがその人影の正体に気付いて口に出した途端、緊張していた空気が霧散した。

人間の盾となった護衛達の間から見えたその人物は、確かに僕達のよく知るネイそのもので、こちらに向かって軽く手を振ると、窓からその身を潜り込ませて庭園へと足を踏み入れた。

「ぃよっとぅ……このような場所から失礼いたします、ダルカン様」
「ネイ!あの空飛ぶ…巨大な鏃?は一体なに!?あの中から出てきたってことは、あれが何なのか知ってるんだよね!?」
「落ち着いてください。きちんと説明いたします。…お前達、警戒を解いていい。あれは危険なものではない。後は私に任せて、お前達は持ち場に戻れ」
『は!』

ネイの命令で護衛達は駆け足で立ち去り、残されたのは僕とネイだけになった。
そろそろあの宙に浮かぶ奇妙な物体についての説明が欲しかった僕はネイの目をじっと見つめていると、ネイがそれに気づいて口を開いた。

「では、手短にお話します。あれは飛空艇という乗り物で、御覧の通り、空を駆けるものです。元は古代文明の遺産だったものを、アンディ君達が偶然発見し、ああして自分達の移動手段として使っています」

驚いた。
僕たちの暮らす今よりもずっと昔に栄えた文明があったとは僕も聞いたことがある。
でもまさか人を乗せて空を飛べる物を作っていたとは、本当にすごい。

「ということはあれの中にアンディ達も!?」
「はい。そして、今日はアンディ君達がダルカン様との別れの挨拶にと、飛空艇でここまで乗りつけました」
「別れの挨拶?それって明日じゃなかったっけ?」
「それが、少々事情が変わりまして…。アンディ君達はこの後チャスリウスを離れます。何分急なことですので、せめてもと彼らからダルカン様へ向けたちょっとした贈り物があります」

急すぎるとは思ったが、それでもやはりという思いも同時にあった。
姉上が色々と動いているとはネイから聞いていたし、それでアンディ達に何かしらの影響があるとも匂わされていた。
多分、そのせいでアンディ達は出立を速めることになったんだろう。

数日とはいえ、早まった別れに寂しさがこみあげてくるが、だからと言って泣いて見送るなんてことはしたくない。
アンディ達は僕にとって大事な友達だ。
だから涙で別れるよりも笑ってまた会おうと言いたい。
内心で湧き上がる別れの悲しさはぐっと抑え込み、窓の外に変わらず佇む飛空艇を見つめる。

「…そっか。うん、事情があるなら仕方ないね。じゃあその贈り物ってのを早く見せてよ。というか、アンディ達は降りてこないの?」
「アンディ君は飛空艇の操縦についていますので、降りてはきません。パーラ君はそろそろ姿を見せますので、少々お待ちを。……来ました。ダルカン様、どうぞお座りになってお楽しみください」
「?お楽しみって一体どういう…」
「ささ、こちらへ」
「え、あ、うん」

そう言ってネイに勧められた椅子へと座り、少し待っていると、飛空艇の上部に蓋が開くようにして穴が出現すると、そこからパーラが姿を見せた。
パーラは立ち上がり、こちらへと二度三度手を振ると、たった今自分が出てきた穴へと手を差し入れ、何かを引き上げた。

現れたのはチャスリウスの伝統衣装に身を包んだ、腰の曲がった老婆。
とある人物だけが所有する特徴的な意匠のマンドリンが手に握られていることからも、その人物の正体はすぐに分かる。

「あれは、エファクだよね?」
「はい。アンディ君達が頼んで今回特別にエファク殿が手を貸してくれているのですよ」

エファクがいるということは、アンディ達からの贈り物は演奏、それも最近城下で流行りの歌付きのものだと予想できた。
思った通り、エファクがマンドリンを軽く爪弾いてから始まる音楽にパーラの歌が乗せられた。

旋律は滑らかでありながら音の一つ一つの存在感を際立たせる力強さがあり、それでいて全体的な雰囲気は穏やかさを損なっていない。
僕は初めて聞く曲ではあるけど、曲調にはチャスリウスの伝統的な音楽らしさは十分に感じられる。

「ネイ、この歌って知ってる?」
「ええ、勿論です。この曲自体は古くからチャスリウスに伝わっていました。元々は友との別れを歌った寂しいものなのですが、どうもエファク殿が独自に編曲をしたそうで、明るい別れと再会を想起させるものとなっていますね」

言われてしっかりと聴いてみれば、歌詞自体は別れを惜しむものなのに曲自体から受ける印象は暗いものではない。
物悲しい歌詞を明るい曲調に合わせているのに、パーラの歌声がそれらを見事に調和させているおかげで、ちぐはぐさを全く感じない。
なるほど、確かにこの歌には次の再会を疑わせないだけの魅力がある。

ガラス越しではあるが、マンドリンの音もパーラの歌声もしっかり聞こえてくるのは、パーラが使う風魔術によって音を増幅しているからだろう。
以前、青風洞穴でエドアルド殿の声を魔術で補助したように、パーラは風魔術で空気を振るわせて音を操作する技術に長けているとアンディから教えてもらっていたため、曇りのない音はまるで目の前で歌ってくれているような鮮明なものとして僕の耳に届いている。

長いようで短かった演奏もいよいよ終わりに近付き、エファクの奏でるマンドリンの連続した細い音で締めくくられると、パーラが穏やかな顔でこちらに礼をした。
それに拍手をしてやると、音は届かなくともパーラにも仕草で伝わったようで、満面の笑みをこちらへ向ける。

傍らにいるエファクに話しかけ、どうやら二曲目が始まろうとしたところで、突然飛空艇が動き出した。
巨体がその場でゆっくりと回って後ろを向き、こちらと距離を取り始める。
パーラ達が体勢を崩しながらもいそいそと元来た出入口へと引っ込むが、その際、こちらへと手を振るパーラの困ったような笑みだけを残して飛空艇はあっという間に去っていった。

「……え?なんでいきなりいなくなったの?」
「恐らく…あぁ、あれです」

呆気にとられている僕の隣に並んだネイが指さした空の一点へと目を向けると、そこには我が国が誇る飛鳥騎士が二騎、遠ざかる飛空艇を追っていく姿が見えた。
人を乗せて尚疾風のような速さで飛んでいく茶褐色の大鳥だったが、飛空艇の方が速さは上のようで、ドンドンと引き離されていく。

「ふぅむ、奴らも随分と動きが早い。がしかし、やはり飛空艇には追いつけないか」
「もしかして、アンディ達って城に乗り付ける許可をとってないの?」
「ええ。なにせついさっき思いついたことですので」

シレっと言い放つネイだが、王族の居住区域に許可を取らずあんな物で乗り込んでは、騒ぎになることぐらいわかるだろうに。
現に今、緊急で飛び立った飛鳥騎士が飛空艇を追跡しているぐらいだ。
あれにアンディ達が乗っていると分かる僕達ならともかく、近衛の者達は今頃飛空艇の正体を色々と推測しすぎて大騒ぎになっているに違いない。

「チィッ!逃げたか!」

呆れを溜め息にして吐き出そうとする僕の背後で、憎々し気な声が聞こえてきた。
振り返って見てみると、そこにはこれまで見たこともない恐ろしい形相をした姉上がいた。

「ネイ!あれにはアンディ達が乗っているんでしょう!?どうして逃がしたの!」

常日頃から王族たれと落ち着いた姿を見せる姉上が、こうまで怒りを露わにするのは本当に珍しい。
というか、初めて見た。
口調にも丁寧さは失われており、ネイに食ってかかる姉上は大分冷静さも欠いているようだ。

「どうしても何も、彼らは冒険者です。罪人でもないのに旅立つのを押し止める理由がどこにあると?あぁ、ナスターシャ殿下が言う灼銀鉱の関税云々は謂れのないものと理解しておりますので」
「…あなた、なんで私がそんなことをしたのか分かっているわよね?たとえ道理を曲げようとも手元に置くべき稀有な人材だからでしょうに!この国、ひいてはダルカンの未来のためにもアンディは必要よ!?」

幾分落ち着いた姉上が、ネイと口論を始めるが、その内容に僕は思わず息を呑んだ。
突然旅立ったアンディ達、初めて耳にする灼銀鉱の関税、そしてたった今怒りながら現れた姉上。
語った内容からも、姉上が僕のためにと動いた結果、アンディ達は急いで出発しなければならなかったわけだ。

国に仕えることを望まないアンディのことだ。
姉上が動いたことで逃げるように去ることを真っ先に考えたのだろう。
しかし、義理堅くもこうして最後の挨拶に来てくれるほどに、僕達の関係は浅いものではない。
結果、姉上がこうして駆け込んできたわけだが、姉上はどうしてあの飛空艇にアンディ達が乗っていると知っているのか。

「あの、姉上?姉上はどうしてあの飛空艇にアンディが乗っていると分かったのですか?」
「飛空艇?…あぁあれはそういう名前なのね。なんで分かったも何も、あれの上でパーラが大声で歌ってたでしょう?だったらアンディも騒ぎに一枚噛んでるって思うのが当然じゃない?」

簡単な理由だった。
パーラは僕によく聞こえるように音を増幅していたせいで、パーラを見知った人間にその存在を知らしめていたというわけだ。

「まったく、そこまで頭が回るのに、どうしてアンディを説得するという手段を取らなかったんだ。一度決めたら突っ走る、昔から君はそういうところがあるぞ。ナスターシャ」

心底呆れたといった声色のネイは、昔のように姉上を呼び捨て、気安い口調でそう語りかける。
それを受けて一瞬目を見開いた姉上だったが、すぐに気を取り直し、口を尖らせてそっぽを向く。
幼い頃、まだ姉上とネイが仲が良かった頃によく見た光景がそこにはあり、懐かしさに思わず笑みが零れる。

「…ふん。どうせ私は独りよがりの我が儘女ですよー。…大体、アンディを説得なんて出来るわけないでしょう。あの子は国家に忠を捧げる人間じゃないわ」
「おや、誰からそれを?」

ネイは目線で僕に『言ったか?』と尋ねてきたが、首を振って否定する。
アンディがそういう性分だと口に出したのを聞いているのは僕とネイだけだ。
僕でもネイでもないとすれば、いったい誰から聞いたのか?
もしやアンディ本人から?

「別に誰から聞いたわけでもないわ。以前、晩餐会の翌日に話した時、アンディはそういう人間だとなんとなく気付いただけ」
「たったそれだけで?随分とアンディ君の心に踏み込んだじゃあないか」
「少し話せば十分よ。だからこそ、国家にではなくダルカン個人に対して仕えるよう仕向けたのだけど…逃げられてはどうしようもないわね」

諦めに似た色が籠ったその言葉に、僕も思わず頷いてしまう。
確かにアンディという人間は知れば知るほど、国に仕える姿がドンドン想像しづらくなっていく。
縛り付けることが難しいからこそ、従属以外の形で繋ぎとめようとした姉上の考えは理解できる。

僕だってアンディが傍にいてくれるならどれだけ心強いか。
でも本人が望まないのに強制はできない。
友達ならなおさらだ。

「でも僕はこれでよかったと思います。アンディ達はやっぱり自由な冒険者でいたいだろうし、僕だってアンディ達に無理を強いたくありません。だから、次に会う時に新しい冒険の話を聞かせてくれるのを楽しみにしたいんです」
「あなたはまた…どうしてそう消極的なのかしら。いい?アンディは王となるあなたを大いに―」
「ダルカン様のおっしゃる通り!やはり傍に置くべきは礼をもって迎えた者でなくてはなりません。どこぞの誰かのように、悪辣な手で囲い込むなど恥知らずもいいところでしょう」
「あ」

眉をひそめて言いかけた姉上の言葉に、強引に割込む形で言い放ったネイの顔はなぜか得意気だ。
ネイも姉上のやり方をあまりよく思っていなかったのは知っているが、今そんな言い方をしてはまずい。
案の定、煽られた形になった姉上の眉は一気に角度を増し、それを見た僕は思わず一歩引いてしまう。

「誰が恥知らずですって!?言っておきますけど、あれはアンディが相手だったから仕方なくとった手なんだから!爵位も名誉も欲しがらない相手なんて、他にどうやりようがあったって言うのかしら!?」
「む、それは……決闘で倒して配下に引き入れる?とか…」

苦しい。
ネイの案はあまりにも現実感がない。
そもそもアンディはそういう条件での決闘を受けない気がする。
姉上はネイのその今一な案を聞き、ニヤリと嫌らしさがふんだんにちりばめられた笑みを浮かべた。
怖い。

「はん!相変わらずの脳筋ぶりだこと。それができるほどアンディは弱いのかしら?あの子以上の魔術師に心当たりはあるの?大体、そうしたからといって大人しく配下になるかなんて分からないじゃない。まったく、鍛えすぎて頭の中まで筋肉になったようね」
「ぐんぬぅーっ!誰がつま先からてっぺんまで全身筋肉のガチガチ女で融通が利かないビチグソ野郎だとぉう!?」
「…そこまでは言っていないわ」

長く仲違いしいたとしても、双方共に相手の怒りどころを正確に理解しているだけに、言い合いを始めるとドンドン過熱していってしまう。

「人の頭の成長を言うんだったら、そっちこそ胸が子供の頃から成長していないじゃないか!」
「んまっ!む、胸の話は今関係ないでしょ!このでかっ尻!」
「絶壁胸!」
「鞍いらず!」
『きぃーーー!』

特にお互いの身体的な特徴をあげつらうともうダメだ。
とにかく相手の心を抉る言葉を躊躇いなく選ぶもんだから、手が出るのもあっという間だった。
流石に殴り合いとまではいかないが、相手のほっぺを掴みグニュグニュと引っ張り合うという、なんとも子供染みたやりとりが目の前で行われだした。

「ぐにゅれぃー!」
「にゃぎー!」

ネイも姉上も尊敬する女性ではあるが、今の姿にはそういった感情を持てない。
正直、近付きたくないぐらいだ。
だが、いつまでも放っておくわけにはいかず、どう宥めようかと思案していると、ふとアンディ達が去っていった空に星が一つ、瞬いた。

なんとなくだが、その星が僕にはアンディ達に思えてしまった。
まるで星の輝きを通して僕に頑張れよと言っているような気がするのは、やはり別れの寂しさは完全にごまかせなかった証拠だろう。

友は遠くに旅立ち、僕は残る。
一緒に行けたらと考えなかったと言えば嘘になるが、それでもこの別れは決して悲しむものではない。
違う土地に行こうとも、空は同じだ。
努力を欠かさず、立派に生きれば、きっとアンディ達の耳に届くことだろう。
僕はここにいる、と。

『くぎぃぃぃいいっ!』

おっと、少し目を離していた隙にネイ達は凄い顔になっている。
本当に人間なのか疑わしくなるほどに頬を伸ばし切った二人は、いい加減に止めなければ年頃の女性として恥をかいてしまう。

間に割って入り止めようとするが、恐ろしい形相をしている二人を前に腰が引けてしまった。
こういう時にアンディ達がいてくれたらと、たった今立てた誓いが揺るぎかける。
ほんと、今からでも戻ってきてくれないかなぁ。




SIDE:OUT








「婆さん、今日は助かったよ。おかげでダルカン殿下に別れの挨拶ができた」
「ありがとう、お婆ちゃん。ほんと、すっごく楽しかった!」
「ほっほっほっほっほ。なぁに、礼を言うのはこっちじゃて。まさかこの歳になって空を飛ぶなんて、死んだ爺さんへいい土産話が出来たよ」

追手を振り切り、日が落ちてからネイの屋敷に戻ってきた俺達はエファクに礼を告げる。
俺達が計画した『さよならコンサート』作戦だったが、操縦を俺が担当してエファクに演奏を頼むということとしたおかげで、見事に大成功と言って差し支えない出来となった。

途中、飛鳥騎士と呼ばれる、チャスリウスが抱える大鳥に跨った騎士に追いかけられたが、速度で振り切ったので、俺達が再びこうして首都近郊にこっそりと戻ってきていることはバレていないはず。

ただ、ネイの話では飛鳥騎士の登場はまだしばらく先だったはずだが、意外と早かったのはもしかするとナスターシャが手を回したからかもしれない。
去り際に感じた背筋に走った悪寒には、なぜかナスターシャの恨みと感じられたのはそのせいだろうか。

おかげでコンサートでは三曲予定していたものの、一曲で切り上げてしまい実に心残りだったが、その一曲でパーラが十分満足したようなのでよしとしよう。

この後、ネイの屋敷にエファクは一泊してから街に戻るそうなので、俺達はエファクを屋敷の人間に託し、飛空艇を飛びあがらせた。
俺達はチャスリウスの城に飛空艇で乗り込んでしまったため、流石に首都近郊に長居するのは避けたい。

あの飛鳥騎士は鳥の目に頼って飛ぶことになるため、夜になってまで捜索をするとは思えないので、今のうちに少しでも遠くへと移動したほうがよさそうだ。
まず首都から離れることと、国境に向かって最短距離を進まないことを心掛ける。

飛空艇という、この国の人間にとっては未知の乗り物である以上、国境を警戒されるのは目に見えているので、首都から最短距離の国境はまず間違いなく連絡が行っているはず。
無用な混乱をこれ以上引き起こさないためにも、一度チャスリウス国内の別の場所へと潜んで日を置き、それから国を出ようということでパーラと話し合った。

「そういえばパーラよ、お前さっき出発する時に使用人の人からなんか受け取ってたよな?」
「うん、貰ったよ。なんかネイさんから私達への追加の報酬として預かってたんだって。ちょっと待ってて。今持ってくる」

そう言って一旦操縦室を出て、戻ってきたパーラの手には布に包まれた細長い物が握られていた。
1メートルと少しの長さがあるそれは、布に包まれていながら奏でる金属音から、恐らくは剣であろうと推測できる。

「重さといい大きさといい、まぁこれは間違いなく剣だよね」
「だろうな。ちょっと包みとってみろよ。どんなのか気になる」
「はいはーい。……やっぱり剣だね。それも二本。私とアンディにってことかな?」

布の中から姿を見せたのは、柄と鞘が銀一色の剣二振り。
二本とも長さはほぼ同じだが、彫り込まれている装飾がそれぞれ微妙に異なる。

どちらも精緻な細工が施されているが、片方は緩いカーブを模様のメインとしたどこか丸みを感じる意匠であるのに対し、もう一方は角ばった直線を多用した硬質さが前面に出た印象を感じる。
なんとなくだが、硬い印象の剣は男性用で丸い印象の剣は女性用な気がする。

「うわぁー…綺麗だ。普通に貰っちゃったけど、これって高いんじゃない?いいのかな」
「これだけの逸品だ、安くはないな。今更返すってのも失礼だし、貰っとこうぜ。普段使いはできないけど、正装には合わせられるだろ」
「正装って、私たち冒険者だよ?」
「機会がないとは限らないさ。今回だって晩餐会なんてのがあったし」
「それもそっか」

大きく頷き、剣を鞘から抜き放ってじっくり見だしたパーラは、その曇り一つない刃にも感嘆のため息を吐く。
冒険者としての依頼の報酬は既に受け取ったうえで、こうした追加の報酬までもらってネイには足を向けて寝られんな。
操縦中なので手は離せないが、心の中でネイがいるであろう方角に拝んでおく。




なんだかんだで長いことチャスリウスに滞在したが、振り返ってみると本当に色々あった。
依頼が依頼だけに、王位継承に関わる様々な問題に大なり小なり関わってしまうことは予想していたが、まさか継承権第一位の王子が半ば追放されるという事件に間近で遭遇するとは、なんともでっかい依頼の話だったとしみじみ思う。

マハティガル王とナスターシャにはいい意味で目をつけられてしまったのは少々面倒だったが、ダルカンという友が出来たことでなんとかチャラにしたい。

「アンディ、次はどこに行く?」
「なんだ、もう次の話か。特にどこって決めてないけど、とりあえずしばらくはゆっくりしようや。慌しく出発したせいでちょっと疲れちまったよ」
「え~?なんか年寄り臭いよ、その言い方」
「誰が年寄りだコラ。どっちみちこれから冬だぞ。飛空艇があるからってあんまりそこいらに出かける気になるかよ」

元々冷涼な気候であるチャスリウスだが、ここ最近は寒さも厳しさを増している。
平地ではもう少しましだろうが、それでもとうに秋を迎えてじき冬だ。
冬でも一応冒険者として多少の活動はするだろうが、また暫くはへスニルで穏やかに過ごしたいものだ。

ただその間、俺も色々とやりたいことはある。
差し当って、チャスリウスから持ち帰った様々な素材を使って、構想中だった便利道具を開発したい。
灼銀鉱をはじめ、ノルドオオカミの骨なんかは詳しい人間から教えてもらったところによると、色々面白い使い方が考えられる。
俺の知る中で最も優れた魔道具職人にこれらを持ち込んで、また一つ快適な異世界生活を作り出すのだ!
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