世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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マハティガル王

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穏やかな声で離すマハティガル王の言葉は、室内にいる誰もの耳にも染み込むほどに重厚感を伴っていた。
ダルカンを次期公王へと指名した経緯に関しては、凡そがネイとナスターシャから聞いていたものと合致する。

「少し前の話になる。詳細は伏せるが、一つの仕事をヘンドリクスに任せた時があった。その仕事はとある貴族にかけられた謀反の真偽を確かめるというものだ。まだ年若いヘンドリクスに経験を積ませるには程よい仕事であった故、補佐を着けて送り出した」

そう言って一度大きく息を吐き、天を仰ごうとして動きを止め、すぐに俯いたマハティガル王は、まるで頭上に広がる青空を見ようとして室内だったことを思い出したかのようだった。

「今になって思えば、余の見通しが甘かったわ。何程のことはない、型通りの聞き取りを行い、釘を刺して終わるはずだった。だがヘンドリクスは話し合いの席で顔を合わせたとたんにその貴族の首を刎ね、一家を屋敷ごと燃やし尽くしたのだ…」

強い後悔、そうとしか言いようのない苦い顔を浮かべたマハティガル王に、この先を果たして俺が聞いてしまっていいのか、怖さもありながら好奇心がそそられる。
たっぷり時間を使って考えこむマハティガル王だったが、意を決したように表情を引き締めて、再びその口は開かれていく。

「一足早く事の次第を知った余は帰還したヘンドリクスを呼びつけ、叱責の前に何故、かような手に及んだのかを尋ねた。するとあやつは笑いながら申した。『陛下の宸襟を悩ます逆賊を抹殺したまで。貴族たるもの王に叛意を持つなど言語道断。従って彼の家は貴族にあらずして、誅殺こそ正道なり』と」

ギリッと歯を食いしばる音が聞こえる。
体をやや震わせながら険しい顔に変わったマハティガル王は、その時のことを思い出しているのだろう。
怒りとも悲しみともとれる苦さの滲んだ表情から、激しい後悔は未だに晴れていないように思えた。

謀反とはいえあくまでも疑いの段階で一家を抹殺したヘンドリクスの所業は苛烈が過ぎる。
自国の貴族をあっさりと殺すという行動に出たのは、果たして本当にマハティガル王のためを思ってのことだろうか?
話に聞くヘンドリクスの人となりを思うに、単純に深く考えることをせずに手っ取り早く殺してしまおうと考えたとするほうがそれらしい気がする。

「余は恐ろしかった。もしヘンドリクスが王となればこの国はどうなるのか。暗愚の王であればまだいい。だが暴君では民はついてこぬ。民なくして国は建たず、いずれ国は亡びるであろう。それを避けるために、余はダルカンを次の王とするべく動いたのだ。だがまさか、あ奴が実の弟を殺してまで王の椅子を欲するとは…。いかに遠ざけていたとはいえ、父でもある身で察することができなかったのを悔いるのみよ」

聞いていた話だと、マハティガル王が倒れた時、周りの人間に言われて後継者を指名したというものだった。
ただ、今の話を聞くと、そうなる前からダルカンを王とすることを決めていたということになる。
人伝だったとはいえ、順序が異なっている内容に俺は頭を抱えたくなる。

なんとも厄介なことだと思う。
もしマハティガル王が倒れる前からダルカンを後継者とすることを近しい人間にだけでも話していれば、もっと前からダルカンに付くという貴族は多くなっていたはずだ。
そうすれば今回の試しの儀というものが会議で認められることもなく、もう少し穏やかに事態が発展してくれたかもしれない。
まぁそうなれば今度はヘンドリクスとダルカンの陣営同士での内乱も有り得ただけに、どちらが良かったかは今更だろう。

「さて、その方の聞きたかったことはこれで十分だと思うが、どうか?」
「は、まさに。ですが、最後に一つだけ、お聞かせ下さい」
「申せ」
「なぜナスターシャ殿下ではなく、ダルカン殿下をお選びになられたのでしょう?不敬を承知で申さば、ナスターシャ殿下の智謀は計り知れず、また優士を従える王器をも備えておられます。浅慮とお笑いになられましょうが、私にはナスターシャ殿下が王として君臨するのもよしと思えます」

実際、少し話しただけでもナスターシャの頭の良さは十分に分かったし、周りに付き従うのも一廉の人物ばかりだ。
軍を率いて戦う王としてなら一歩足りないが、政治の先頭に立って国を取り仕切るのであればナスターシャが王になるのに不足はないといったところか。
平和な今のチャスリウスであれば、ナスターシャは正に稀代の傑物として女王となるに相応しいだろう。

しかしこれはダルカンという人物を深く知らない立場の人間から見て、比較した場合の結論だ。
ダルカンとそれなりに長い時間接した今では、ダルカンこそが王に相応しいと俺には分かっている。
果たしてマハティガル王はどう答えるのか、ある意味、これでマハティガル王の器を見ることもできるというもの。
実に楽しみだ。

「ふっ戯言ざれごとを…。その方の目、今の問いで余の何をか図ろうという目だ」
「…そのようなことは、決して」

バレテーラ。

「まぁよい。答えてやろう。確かにナスターシャは頭が切れる、周りにいる者達も無二の人材と言えよう。惜しむらくは女であることだが、これは過去に女王という前例があるゆえ、今ではどうでもいい。だがそれでもナスターシャを次期王としない理由、それは本人が王となるのを望んでおらぬからだ」

言われてみれば、ナスターシャは王となることには貪欲ではなく、むしろ消極的なスタンスを見せている。
ヘンドリクスと玉座をめぐって争ったということになっているが、実際はダルカンを王にするために動いていた。

「以前、余はナスターシャと話をしたことがある。ヘンドリクスが王となるを良しとせず、自ら立つことを望まぬかとな。ははっ一笑に付されたわ」

その時を思い出してか、愉快さを堪えきれないというように噴出したマハティガル王の目は、懐かしさと喜びが同居した光を放っていた。

「ナスターシャは正しく自分の才を理解しておった。自らを差して王佐であると言い切り、王を支えてこそ己は生けるとまで吠えよった。その時、余は夢想してしまった。王として国を治めるダルカンを支えるは王佐を示したナスターシャ、その光景の何と頼もしいことか。それゆえ、余はナスターシャではなく、ダルカンをこそ次代の王として挙げたのだ」

人伝に聞いたナスターシャの能力はどうにも摂政や宰相と言った、いわゆる王の傍に立つものに寄っている気がする。
初めて話した時の印象であった、政治家として大成しそうな感じを覚えたのは間違いではなかったようだ。

「おぉ、そうだ。アンディよ、その方がダルカンに語ったという王の姿、余もダルカンから聞かされたぞ」

唐突に告げられたその言葉に、俺はギクリとしてしまう。
マハティガル王が言っているのは、試練の時に青風洞穴でダルカンに言った王とはどういうものかという話のことだろう。

はっきり言って、俺の語った内容は深読みをすると王を批判するようなものを含んでいる。
もしやそのことで罰せられるのか?

「あれは面白いものであったぞ。王としてあるべき姿を正しく言い表していた。…ただ、少々理想が過ぎる気もしたがな」
「理想…ですか?」
「左様。その方の語る王がいれば、なるほど国はよく治まる。だがその条件全てを満たすような人間は存在せず、もし存在するとしたらそれは人間ではない。つまるところ、理想として目指すべきではあるが到達する目標とはなりえぬというわけだ」

マハティガル王の言う通り、俺の語った王としての条件は確かにハードルが高く、また全ての条件を満たすことはまず無理だ。
俺はダルカンに求められ、地球の歴史から抽出した王の逸話を程よくブレンドしていいところだけを話したに過ぎない。

流石は現役の王として長い年月国を率いてきただけはある。
俺が描く理想の王はまさしく、理想でしかないわけだ。
目指すのはいいが飲まれることは厳禁ということはマハティガル王も気付いているようなので、恐らくダルカンにも言って聞かせたはずだ。

こういう所はやはり経験が物を言う。
下手な知識で人を導こうとした自分の浅はかさを反省しなくては。

「流石は陛下。私の浅知恵でダルカン殿下を惑わせたこと、ただただ恥じ入るのみです」
「いや、それには及ばぬ。ダルカンに聞かせるには実によいものであったぞ。まだ王としての心構えを持ち得ていない者に、目指すべき道が遠大であるのは悪くない。決して辿り着けぬものだとしても、周りの者が支え導くことで成長は止まらぬ。アンディよ、その方の話はダルカンを良き道へと導いたと余は思うておるぞ」
「これは…過分なお言葉、身に余る光栄にございます」
「うむ。…長く話したな。病み上がりには口を動かすだけというのもまだ辛いものだ。少し休む。下がってよい」
「は。陛下の一日も早いご回復をお祈り申し上げます。それでは失礼いたします。」

普通に話していたせいで忘れていたが、マハティガル王は脳卒中で倒れたと思われる病人だ。
治癒の魔術でどれほど回復しているのかは分からないが、やはり病み上がりであまり長い話をするのは疲れもするのだろう。

質問には十分こたえてもらったことだし、ゆっくり休んでもらうためにも、早々に退散するとしよう。
立ち上がり、元来た扉へと向かう途中、ふと思いついたあることをマハティガル王に言ってみる。

「あぁ、最後に一つだけ、よろしいでしょうか」
「なんだ」
「私の故郷の言葉に『泣いて馬謖を斬る』というものがあります」

正確には日本ではなく中国の故事ではあるが、この世界では説明が難しいため、あえてこういう言い方をさせてもらった。
ヘンドリクスのことで苦しんでいるであろうマハティガル王に、この言葉が幾分かでも気を楽にしてくれることを期待して、故事の元となった出来事をかいつまんで話してから部屋を後にした。






















SIDE:マハティガル王




退室するその男を見送り、傍に控える護衛と使用人も下がらせる。
部屋の中にはわしとタルジェウだけとなった途端、深い溜め息が漏れた。

「陛下、少し横になられますか?」
「いや、そこまでではない。それよりも茶を頼む。喉が渇いた」
「かしこまりました。直ちにご用意いたします」

その溜め息を汲んだタルジェウに不要と首を振り、長い話のせいで渇いた喉を癒す茶を要求する。
手早く用意された茶を喉に流し込み、その香りと温かさに気分が落ち着いていくにつれ、さきほどのやりとりを思い出していく。

事前にダルカンから聞いていた通り、あのアンディという青年は確かに才人だ。
いや、実際に話してみて感じた印象では想像以上だった。

聞けば学園にも通わず独自に腕を磨いた魔術師だそうだが、まさかアンデッド化していたとはいえチャスリウスにその名を響かせるあのエドアルドを倒すほどとは、相当なものだ。
彼の騎士は人格もさることながら、優れた戦士でもあったと伝え聞く。
それを相手取って生き残るとは、果たして我が国の抱える魔術師に同じことができるかどうか。

ついでに頭の方もかなり切れる。
会話の端々から染み出す平民らしからぬ教養の香りは、あきらかに高度な教育を受けたと推測できるものだ。

ダルカンに与えたというあの王の道に関する言葉もそうだ。
教養のない一冒険者がああも的確に最優の王道を語れるものか。

明らかに学園を出て、政治を熟知する学者に師事して長い時間を経たとしか思えない老獪な考え方だが、それがアンディの年齢にそぐわないどころか異質さを際立たせている。
実に謎の多い男ではあるが、ダルカンに対する友誼を察するに、根っからの悪人というわけではなさそうだ。

そして去り際に残していったあの逸話。
あれは今のわしの心情に沿わせてのものだろう。
今の王宮の状況を知っている者があの話を聞けば、わしに対する皮肉だと思うだろうが、この機会で面と向かってわしに言ったということは、むしろヘンドリクスのことで悩むわしを慮ったものだと言える。

「泣いてバショクを斬る……ふっ、今の余には何と身に染みる話よ」
「…あのお話し様では、彼のバショクなる人物をヘンドリクス殿下に見立てておられるのでしょう」
「その通りよ。国の安寧を思うのなら、もっと前にヘンドリクスを処断すべきだったのかもしれぬ。さすれば流れる血と涙は一層少なく済もうと……いや、詮無きことか」

あるいはあの時、ヘンドリクスから目を逸らさずに向き合い、道を正してやらなかったわしの不明を責めるべきか。

いずれにせよ、ヘンドリクスがしたことはたとえ王位継承権第一位にあろうと、最早看過できるものではない。
古からのしきたりにのっとって行われた試しの儀。
それを乗り越えたダルカンを亡き者にしようとした時点で、ヘンドリクスは王位の簒奪を企んだに等しい罪を負う。

ブリッグ伯爵の強弁により、辛うじて直接手を下していないという点のみをもって処刑だけは免れたが、王族としての地位は剥奪され、僻地で一生を終えることになる。
今ヘンドリクスはその仕儀を告げられて荒れていると聞くが、それでも命だけは助かったことを安堵するわしは、やはり王である前に父親であったということか。

「しかしあれほどの者を手にしたダルカンは運がいい。ネイにマティカ、そしてアンディと、まこと優れた才があ奴の周りに集まったものよ。王となったあかつきには我が国の未来は光に満ちることだろう」
「いえ、陛下。残念ながらアンディ殿はユーイ卿に一時雇われただけにございますれば、依頼が終われば殿下の元を去ることになるでしょう」
「…なに?いや、確かに冒険者と名乗っていたが、此度の功を持ってダルカンの直臣として迎えるのではないのか?」

ダルカンが赴いたのは我が国で最も危険な場所だ。
そこに同行してダルカンを見事守り抜き、おまけにアンデッドと化したチャスリウスの英雄を打ち倒すという偉業。
それだけのことをしたのだ。

普通であればどこぞの貴族家に養子入りをしたあと、男爵としてでも叙するものだが、なぜそうならないのか。
まさかどこかの貴族が妨害を?
……あり得る。

随分長いこと貴族家の取り潰しや後嗣不在の断絶ということが無く、貴族の枠は減ることがない。
むしろ増え続ける貴族の子女に爵位を回すため、新興の貴族家を歓迎しないという風潮が古い血筋の家を中心に巻き起こっているのが近年の我が国だ。

その考えは分からなくもないが、信賞に報いぬは国の恥というもの。
それにあれほどの者を我が国に迎え入れることの益を考えると、邪魔をしているその何者こそが我が国の害悪とすら言える。

「ぬぅ!なんということだ!よもや功ある者を捨て置く輩が我が国にいようとは!タルジェウ!直ちにその者を調べ上げ、余の前に―」
「―お待ちください、陛下!誰もそのようなことはしておりません!お静まり下さい!お体に障ります!」
「む!……ふぅ、そうだな。些か取り乱したようだ。ではどういうことなのか、説明をしてみよ」

頭に血が上った影響か、体が少し怠くなったが、タルジェウの言葉に落ち着きを取り戻したワシは話の続きを促した。
少しの間、こちらの容体を見るような眼をしていたタルジェウであったが、問題ないと判断したようで、ゆっくりと口を開いていった。

凡そではあるがタルジェウの掴んだ情報によれば、アンディには国に仕えるという気が全くないという。
それはてっきり一兵士や騎士としての意味かと思ったが、どうやら爵位すらもいらないそうだ。
自分をあくまでも冒険者としており、それ以外の生き方にまるで興味を示さない、そんな人間であると。

「ふ…くっくっくっく、はーはっはっはっはっはっは!なんだそれは!爵位を要らぬと!ふはははははは!なんとも愉快な!奴にとって爵位など大した価値はないということか!」
「笑い事ではございません。これではアンディ殿を取り込むことはできないのですぞ?」
「クックックッ…良いではないか。爵位がいらぬというのが本心であれば、我が国以外の国に仕えるといことはなかろう。少なくとも、別の所にかっさらわれるないことをよしとせよ」

平民にとって貴族になるということがどれほどの価値があるのか、平民ではないわしから見ても相当なものだとわかる。
それを蹴ってまで冒険者として生きたいというその有り様は、なんとも清々しいではないか。
権力になど縛られず、自由を欲するその姿勢こそ、まさに未知へと挑む冒険者と呼ぶに相応しい。

それに貴族同士の醜い権力闘争を見てきた身とすれば、爵位などくだらないと切って捨てることが、安寧に生きる正しい道とも言えなくはない。

「しかし惜しい。あれを我が国に迎え入れられずとも、せめて繋がりだけは強くありたいものだが…」
「ダルカン殿下との友誼だけでは不足と?」
「義理堅い人間であればそれでも十分であろうな。だがアンディという男は果たしてどうか。余が思うに、あの手の人間は義理や友情を天秤にかけずとも信念に従うものだ」

あの時、わしを試すかのように見てきた目。
年齢に似つかわしくない、まるでもう20は歳を重ねた大人のような、理知と打算を兼ね備えた目だ。
十年そこいらを生きただけの若僧がそのような目をするのだ。
この先の成長によってはどんな歪み方をするかわからない以上、ダルカンとの友情だけを頼みとするのは心もとない。

「我が国の誰ぞと婚姻を結ばせるのが順当であろうが…」
「アンディ殿が貴族でないのが問題となりましょう」
「うむ。気位の高い貴族が平民の、それも冒険者に嫁入りはせんだろう。かといって我が国の平民を嫁にしたところで国としての繋がりは弱い。…あと五年、アンディが早く生まれておればナスターシャの婿にでもしておったのだがな」
「…これは大胆なことをお考えになられましたな。仮にそうだったとしまして、爵位を欲しがらないアンディ殿ではナスターシャ殿下との婚姻も難しいのでは?」
「そこはやりようよ。ナスターシャをけしかけて、無理やりにでも既成事実を作らせればよい。その上で、アンディが冒険者として飛び回ることも許してやれば誰も不幸にはなるまい」

親としては酷いことを言っているとはわかっているが、王族といえども国のためであればそのような手段を使うことを厭うてはならぬのだ。
まぁもっとも、これは叶わぬことと知った今だからこそ言えることだ。
実際にやるかどうかといえば、父親としてのわしは悩ましいのも事実である。

ただ、どうも聞くかぎりではナスターシャはアンディを気に入っているらしい。
茶会に招待したとも聞くし、配下の者を使って連絡を取り合っていたことも分かり、もしやとも思ったがどうもそういう関係ではなさそうだ。

如何せん、歳が離れているのが問題だとわしは見ている。
ナスターシャは子供の頃より、ダルカンをとにかく可愛がっていた。
成長してからは節度を持ち、淑女の振る舞いとしてダルカンから距離を取ったようだが、時折見かける姿を目で追うぐらいには姉として弟を思う気持ちはしっかりとある。
アンディは歳もダルカンに近いため、もう一人の弟とでも見ている節がありそうだ。
これらのことから、ナスターシャはアンディを婿にとしても恐らく気乗りはしないだろうし、アンディも同様だろう。

「はぁ…アンディ殿の意志を無視してはおりますが、確かに我が国にとっては望ましい形に収まったと言えたでしょう」
「であろう?…だがまぁ所詮絵空事よ。もしを夢想するは容易いが、過ぎたことに囚われるべきではないな。今はアンディとダルカンの友誼が長く続くことを祈るのみだ」
「は。まことに私も同じ思いでございます」

すっかり冷めた茶をタルジェウに渡し、背に当てられた枕へ体重を預けるようにして後ろへ反りつつ、頭上を仰ぎ見る。
目に入るのは天蓋の内に描かれた太陽と月を追い回す翼持つ馬の絵だ。
だがわしの目はその天蓋を突き抜け、青く輝く天空を幻視している。
これは物思いにふけるときのわしの癖のようなものだ。

不思議だ。
先日のヘンドリクスのことがあって以来、心の内にあった暗く粘ついた重しのようなものが幾分か和らいだ気がする。
アンディからあの逸話を聞かされてからこうだ。

王として、また父としてのわしを責めるようなそれは、怒りよりもむしろ己の行いを顧みる機会を与えられた気分だった。
思えば王となってからは誰かに道を示すことは多くあれど、自らの歩みを諫められることなどほとんどない。
あの逸話は過去のわしの行いを皮肉したものだと言えそうではあるが、それ以上に過去の偉人ですら間違いを犯したという慰めでもある。

果たしてそれを理解して話したのかはわからないが、やはりアンディは面白い男だ。
益々もって欲しい、そう思えてならない。
王に対して皮肉と慰めのどちらも込められた話を切り出せる肝と頭、実に得難い人材ではないか。

ダルカンもナスターシャも、どちらも次の世代を背負うに不足はないと信じている。
だがそこにアンディが支えとなればこの国は百年の安泰、いやそれどころかより一層の発展も望めることだろう。
爵位では無理だとしても、やはり何とかこちら側に引き込む手を講じたほうがいいのかもしれん。

さっきはタルジェウにああ言ったが、こうして思いを巡らせてみるとやはり諦めきれそうにない。
少し話しただけの印象であるが、アンディにはあまり強引な手段をとるのはまずいはずだ。
それとなく手を回し、食いつけば良いという程度で進めるのがよかろう。
差し当たり、まずは婚姻を結べそうな人間と茶会でも開かせてみよう。

色々と思考を巡らしたせいか、少し瞼が下がりだした。
タルジェウには二刻ほど眠ると伝え、訪れる睡魔に身を委ねる。
すぐに意識は体を離れ、天高く舞い上がる感覚を覚えた。







これは夢だと、そう分かっていた。

自分は鳥になり、群れの先頭に立って山の向こうを目指す。

時に雨に打たれ、風に身を振られ、敵とも戦う。

そうして飛び続けた自分も、遂には力尽き、大地へとその身が落ちていく。

最後に群れの行く末を案じ、見上げた空には、新しい者を先頭にして飛び続ける群れがあった。

それを見やり、体を満たす安堵と寂寥のままに、大きく一鳴き。

応えるように群れからも鳴き声が帰ってきた。

―皆よ行け、旅を終わらせるな

―王よ我らは行く、止まらぬことこそを誇りとして

いつの間にか、鳥の姿から荘厳な天馬の群れへと変わったそれらは、残るわしを振り返ることなく、どこまでも飛び続けた。

いつの間にか、鳥から人間の姿へと戻ったわしは、雲間に消えていった天馬の群れを見送る。

自分の旅はここで終わる。

旅は時代の流れ、あの群れこそ我が国を象徴していたのだとしたら。

止まることなく進み続ける時代、そのほんの一瞬だけ輝いた自分を誇ろうではないか。





SIDE:END
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