世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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アンディの王城探訪

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ダルカン暗殺を目論んだ下手人を護送する要員が合流したことで、俺達はひとまず先に首都へと帰還していった。
万が一にも口封じの人間が紛れ込んでいる場合も考え、念のためにと合流した人達を観察するのに一日使ったが、それも心配がなくなったことでワシュー達と一緒にその場を後にした。

来た時と違い、ダルカンの移動速度に合わせる必要がない俺達は移動速度もかなり早いものとなる。
途中に立ち寄った町村でダルカン達の近況を探ってみたが、特に問題らしい問題はないようで、順調に進んでいったようだった。

しかし、首都手前の街に着いたとき、気になる話を耳にした。
ここから首都までの間にある街道で、傭兵崩れの賊と巡察の騎士団が衝突したという。
数日前に起きたその戦闘で賊は全員討伐されたらしく、騎士団側の被害は軽微だという以外詳しい話は分からなかったが、少なくともダルカン達が襲われたということではないそうだ。

もしやヘンドリクス陣営が用意した暗殺の実行犯を、たまたま発見した騎士団が討伐したのかと思ったが、知りえた情報あまり鮮度と確度がいいものではないため、首都で分かってそうな人間に尋ねてみたい。

想定したものとは大分違う状況に若干の混乱はあるが、首都に戻ったらヘンドリクスに対抗するために動くという予定には変わりはない。
ワシュー達はナスターシャの下に戻ることになるが、今後の協力は期待していいと言われている。

ダルカンが試練を達成したということで、日和見をしている貴族達を味方に引き込見やすくなるため、これを機にナスターシャと手を組んだことも知らしめて、ヘンドリクス陣営の弱体化を図る。
上手くいけばヘンドリクスの失脚を望めるだろう。

自分が王位に就くためとはいえ、ダルカンの命を狙った報いは必ず受けさせる。
試練を達成させたという大義のある俺達が、今度はヘンドリクスを追い詰めるのだ。







「―って思っていたら、ヘンドリクス殿下が国家騒乱の罪で幽閉中ってどういうこと?」
「いや、どういうことって私に言われても…。なんかネイさんが言うには、一応表向きは病気療養中ってことらしいけど」

首都に戻ってきてすぐに城へ向かい、ダルカンの下を訪ねてみるとパーラだけがおり、色々と話を聞いてみると、状況が俺の想像よりも大分動いているようだった。

少し前に街道で起きた騎士団と賊の衝突事件で、ヘンドリクスとその周りの人間が件の賊を操っていたという証拠が色々と見つかり、ヘンドリクスに与する貴族達は軒並み何らかの処分が下され、ヘンドリクス本人にはダルカンの暗殺と騎士団への攻撃が国家の平穏を乱したとして城内のどこかに軟禁状態となっているそうだ。

これらのことは一応国民には伏せられており、城に勤める人間でも詳細を知っているのは一握りだけだ。
また、近々ヘンドリクスは病気で田舎に移るということになっていて、王位継承争いからは完全に落とされたことになる。
王位継承権第一位の王子が起こした醜聞を隠したい権力者達の思惑により、今後ヘンドリクスが表舞台に立つことはなくなったわけだ。

さぁこれからヘンドリクスと対決だと息巻いてきただけに、相手陣営がバラバラになって、おまけに担がれてた当の神輿も降ろされ仕舞い込まれているのだから拍子抜けもいいところだ。
さらに、城内ではナスターシャがダルカンと手を組んだことも知られているため、脅威といえるものはほぼなくなったと言える。

「ならそのネイさんはどこにいる?直接話を聞きたいんだが」
「どこにいるかは分からないけど、多分どっかの偉い人と会ってると思うよ。ほら、試練のおかげでダルカン殿下の王位継承が有力になったじゃない?それで少し前から色んなとこから貴族の人が謁見に来ててさ」
「あぁ…それでここにもほとんど人がいないのか」

今俺達がいるこのダルカンの庭園には、本来であれば護衛の騎士や使用人がいるのだが、帰還後のダルカンが慌しく動いているせいで人気が全くない。
ダルカンに謁見を望む貴族達の相手をするのに使用人達は忙しく、護衛の騎士達も人と会う機会が増えたダルカン本人の警護を手厚くしたために、この庭園も入口の見張り以外に誰もいないほど人手が足りていない状況らしい。

「じゃあパーラはここで何をしてるんだ?お前も殿下の護衛役だろうよ」
「あぁそれはさ、ヘンドリクス殿下がいなくなって、ナスターシャ殿下も味方だって大々的に知られたおかげで、今の城内はかなり安全だから私とアンディはしばらく休んでていいってさ。マティカさんが言ってた」
「しばらく?っていつまで」
「さあ?それは聞いてないよ。けど、ここ何日かは私も庭園でのんびりしてるだけだから、この感じだともうそろそろ護衛の依頼も終わるんじゃない?」

確かに俺達への本来の依頼はダルカンが試練を無事に終えるよう支援することで、城内での護衛はついでの仕事だ。
無事に試練を達成したダルカンは、もう微妙な立場の王子ではない。

ヘンドリクスが失脚し、ナスターシャも味方となっているのだ。
以前よりも身の危険は減ったし、城での目も集まる中、いつまでも冒険者を護衛として連れ歩くのは流石に外聞が悪い。
これはパーラの言う通り、俺達の仕事が終わる日もそう遠くはないだろう。

結局俺とパーラはしばらく庭園でぼんやりとして時間を潰し、ダルカン達が戻ってくる前に城を後にして、久しぶりの我が家へと帰る。
一応伝言を残してはきたが、まだ当分はダルカン達も忙しいと思うので、翌一日をおいてまた尋ねることにした。
なんかあればネイから連絡があるだろうから、マティカに言われた通りしばらく休ませてもらおう。

久々の飛空艇に戻った俺達は、肩まで浸かれる風呂と温かい寝床にすっかり体の疲労も癒され、緊急に呼び出されることもない時間を満喫した俺達は、二日ほどをゆっくりと過ごした。








二日後、俺は呼び出されて城へ向かう。
呼ばれたのは俺一人なのだが、パーラも暇だからと一緒に付いてきた。
既に城の門衛に顔を知られている俺達は特に誰何を受けることもなく、簡単に挨拶をするだけで門を通過し、城の奥深く目指して進んでいく。

ネイからの依頼を受けたおかげで普通に城へ出入りできているが、本来であればただの冒険者である俺達は手続きに長い時間と多くの手間がかかることを考えると、この待遇はかなり恵まれていると言っていい。

城に入ってしばらく歩いていると、俺を呼びつけた当の本人であるネイの姿を見つけた。
何やら身なりから高位の貴族と推測できる男性と話をしているため、とりあえず少し離れて話が終わるのを待つ。

男の方は上機嫌で話しているが、ネイの方は早く話を切り上げたいというのが態度からよく分かる。
そんなネイの様子に気付かず一方的に話を続け、これまた一方的に切り上げて去っていった男の背中に深い溜息を吐くネイに声をかけた。

「お疲れのようですね、ネイさん」
「…ん?あぁ、君達か。まぁな、疲れもする。今朝だけであの手合いに捕まるのは四度目だ。まったく、ダルカン様が試練を達成させた途端、こうも擦り寄ってくるのだから貴族というのは面の皮が厚いな」
「さっきの方は知り合いではない?」
「顔と名前は知っているといった程度だ。知古というわけではない」

恐らく、3人の王子達のどの派閥にも属さずに日和見していた貴族辺りか。
王宮内で潮目も大分変わって、ダルカンの側近であるネイと縁を深めようとしたのだろうが、ネイのこの淡白な反応ではあまりいい印象に残ったとは言い難い。

「大体、まだ王位に就いていないダルカン様の近侍など気が早いにもほどがある。そもそも今の役職再編に私は関わっていないというのに…」
「んん、あぁーネイさん。そんなことよりも俺を呼び出した用事はなんですか?」

色々と溜まっていたのか、段々と愚痴が増えてきたネイの様子にまずいものを感じ、俺を呼び出した理由で場の空気を変えることを試みる。

「お?…おぉ!そうだった。君を呼び出したのは正確には私じゃない。公王陛下からダルカン様が頼まれて、命を受けた私が動いただけだ。どうも陛下がアンディ君に会いたがっているらしいぞ」
「公王陛下が?なんでまた俺なんかに」
「さて、それは私にはわかりかねるな。ダルカン様なら理由も知っておられるだろうが、生憎今日は多忙でゆっくりお話を聞ける時間はない。…よし、ちゃんと用意しておいた服を着てきたな」

なるほど、それでわざわざ新しい礼服を俺に用意して、それを着て来いと固く言いつけてきたのか。
王に接見するのだから、いつもの服装ではまずかったということだろう。

一国の王からの呼び出しというのは随分と話が大きいと思うのだが、呼び出す理由も知らないまま会うのはちょびっと怖い。
まぁダルカンを経由しての呼び出しであるのだから、俺の身に何かありそうな感じならネイに警告の一つでも言伝ているはずなので、それが無いということはそう悪い内容ではないと信じたい。

「ねぇねぇ。私は?一緒に行っていいの?」
「いや、呼ばれているのはアンディ君だけだ。だからパーラ君はいつもの所で待ってるといい」
「ちぇー…」

当然のことながら、呼ばれもしていないパーラが王との接見に加われるわけがなく、先日と同じ、ダルカンの庭園で待機することとなる。
口を尖らせながらその場に残るパーラと別れ、俺は普段足を踏み入れるよりもずっと奥にあるという公王の私室を目指して進んでいった。

謁見の間ではなくプライベートな空間で会うのは、やはりまだマハティガル王の容体が万全ではないからだろう。
未だ床に臥せてはいるが、簡単な公務ならやれていると聞くので、重篤な状態ではないとは思う。

そんな状態の王と一平民である俺が会うことを、よく側近は許したものだと思うが、それだけマハティガル王自らが強く望んだという証拠でもある。
ますますもって何の用なのか気になってくるが、逆に考えるとこちらを害するつもりなら私室には呼ばないはずだとも思える。

徐々に人気のなくなっていく通路に、なんとなく寂しさと手持ち無沙汰を感じ、ちょうどいい機会だと気になっていたことをネイに尋ねてみた。

「そういえばネイさん、ナスターシャ殿下と和解はできましたか?」
「…なんだい、急に」

体は前を向いたまま、横眼で俺を見たルネイの顔は、少し顰められていた。

「試練から戻ったらナスターシャ殿下と話してみるって言ってたじゃないですか。首都に帰ってきて結構日が経ちますから、流石に何もないということはないでしょう?」

別にナスターシャと確約したわけではないが、ネイとの不仲を何とかしてやろうと少しばかり手助けした身としては、結果を知りたいと思うのはおかしくはない。

長い時間、互いに意地を張っていたような関係がすぐに好転するのを期待したわけではないが、それでも話をする機会を持ったことで進展するものはあったのではないかと考えている。

「…一応話はしたさ。だが別にわざわざ話すことじゃあない」
「まぁそうですけど、気になるじゃないですか。仲違いは解消されたのかだけでも教えてくださいよ」
「黙秘する。……ただ、まぁ以前の意固地になっていた自分自身を改めるようにはなったとだけ言っておくよ」

そう言って前を向いたネイの表情は分からないが、少しだけ裏返った声と赤く染まる耳を見ると、そう悪い結果にはなっていないようだ。




それっきり会話をすることがなくなり、ただ黙って先導するネイの後に続き、途中に武装した兵士の守る通路で止められながら歩き続けると、急に雰囲気が変わるエリアへと足を踏み入れたことに気付く。

それまでのどこか張り詰めたような、警戒する気配が漂う通路を抜けた先にあったのは、荘厳な装飾が天井から足元までこれでもかと施された空間で、流石は王の暮らす場所だと頷かされた。

ちょっとしたホールになっているそこを抜け、更に歩いていくと、俺達の向かう先に一人の老紳士が立ち塞がる。
身なりはこの国の貴族が身に着けるものではあるが、こちらへと相対して一礼した姿から、恐らくは王の側役を務める執事あたりだろうと予想した。

「お待ちしておりました。わたくしは陛下の側役を務めるタルジェウと申します。陛下のご用命により、これより先の案内役を仰せつかっております」
「案内役、ご苦労様です。それではこの先のことをお任せします。…アンディ君、私はここまでだ。後は彼についていくといいい」
「わかりました」

案内を引き継いだタルジェウの案内でまたしばらく進むと、通路の奥まった場所にある大きな扉の前で止まる。
両開きの金属扉の表面には蔦を象った模様がびっしりと施されており、この先にある空間が特別なものだと無言で語っているようだ。

扉の両脇には兵士が立っており、タルジェウの姿を確認した彼らはすぐに扉を開き、俺達を中へ通してくれた。
室内は意外と狭いように感じたが、よく見ると奥にもう一つ扉があり、その先にマハティガル王がいるようだ。

不意に立ち止まったタルジェウがこちらへと向き直り、軽く一礼をしてから口を開く。

「これより先が陛下の臥所となります。ご無礼ながら、凶器の類が無いかを検めさせていただきます」

そう言うと、部屋の隅に立っていた騎士がこちらへと近付いてきた。
3人の騎士によるボディーチェックが行われたが、当然ながら武器の類を城に持ち込んでなどいないので、それもすぐ終わった。

「…ご協力のほどを感謝いたします。それではそちらの扉を開けてお進みください。陛下がお待ちでございます」

騎士と視線を交わし、問題がないことを確認したタルジェウが再び礼をし、部屋の奥へと俺を通す。
扉を開けて入った室内は、ここまでに通ってきた通路や室内など霞そうなほどの広さを誇っている。
天井の高さに目をつぶれば、大抵のスポーツには対応できそうなくらいだ。

マハティガル王が寝起きする場所だけあって、内装も実に豪奢な造りをしており、絵画をはじめとした調度品の数々はどれも一流の風格を備えている気がする。

まず部屋に入ってすぐのところにあったのは、長テーブルと10脚近い数の椅子がセットとなったスペースに、窓際に置かれた重厚な執務机だ。
王とその最側近だけが集まってちょっとした会議を開くために調えられたものと思われるが、恐らく王が倒れてからはしばらく使われていないのかもしれない。

扉を背にして左手は、ソファと暖炉が置かれたちょっとしたくつろぎの空間といった感じとなっており、そのさらに奥にはキングサイズのベッドがデンと置かれていた。
ベッドを遠巻きに囲むようにして立つ使用人と、俺を警戒するためであろう重武装の騎士数人の中心で、身を起こしてこちらを見ている老齢の人物がマハティガル王で間違いないだろう。

長い総白髪に口元を覆うようにして伸ばされた髭もまた真っ白で、ある意味想像する王様の姿としてはベタなものだ。
こちらを見る目はしっかりとしており、病床にありながらも王としての威厳は十分に纏っているように感じた。

礼儀としてまず挨拶をすべく、ベッドから大分離れた場所に膝をついて俺が名乗る。

「お初にお目にかかります。マハティガル公王陛下の御声を賜り、罷り越しましたるアンディと申します。陛下のご尊顔を拝する幸運に、この身は喜びに振るえるのを堪えております」

この舌を噛みそうな台詞は、ここに来るまでの間にネイに教えてもらった挨拶で、本来一平民が王に会う際は色々とルールがあるそうなのだが、ダンガ勲章持ちの俺はある程度の作法を省略することが慣例で許されているため、これでも短い挨拶なのだとか。

「呼び立てたのは余の我が儘ゆえ、あまり堅苦しい挨拶などよい。…そこでは少々遠いな。アンディよ、近う」
「…は、ではご無礼ながら」

あまり覇気のない声でそういうマハティガル王の言葉に従い、顔はやや下を向かせたまま少しだけベッドの方へと近付き、また膝をつく恰好を取る。

「まだ遠いわ。もっと寄らぬか」
「は?しかし…」
「構わぬ。寝台の端まで参れ。余が許す」
「は、はっ!では」

普通、貴族でもない人間をプライベートスペースに呼ぶことが異例だというのに、臥せているベッドにそこまで近付けるなど正気の沙汰ではない。
これで俺が暗殺者だったらどうするつもりなのだろうか。
いや、暗殺者ではないと断言できるからそうしているのかもしれないが。

マハティガル王の指示に従い、ベッドをすぐ目の前に見える場所まで来て膝をつくと、マハティガル王が満足した様子で軽く息を吐く声が聞こえた。
今俺の目の前にはベッドの端があるのだが、そこに乗りあがって数歩詰めるだけでマハティガル王にすぐ手が届く距離だ。

確かに今の俺は武器を一切持っていないが、魔術師である俺にとってはこの距離からなら普通にマハティガル王を殺すことができる。
そんな不穏なことを一瞬考えたが、こちらを注視する騎士の目線を意識すると、そんな考えも途端に霧消してしまう。

俺がマハティガル王を殺せる距離にいるように、ここにいる騎士達もまた当然ながら手練れであるため、不穏な動きをした俺などあっという間に無力化できるはずだ。
ある意味、マハティガル王を囮にすることでそちらに意識を集めてしまえば、暗殺を企む人間の動きなど容易く察知できてしまう。
一見距離的な危険があるように見えても、手練れの騎士によて十分に安全は確保されているのかもしれない。

そんなくだらない考えも頭から消え去ると、今度はマハティガル王の様子が気になった。
少しだけ顔を起こし、視線だけでベッドの上にいる老人を見る。
顔付きはヘンドリクスと似たところがあるが、鼻筋はダルカンにも引き継がれているようだ。
ということは、ダルカンは母親にということになる。
あの中世的な顔立ちは年齢的なもの以外に、母親譲りのものでもあるということか。

マハティガル王は確か年齢は60を超えていると聞くが、背筋はしっかりと伸びているし、羽織っている青いガウン越しに覗く肩のラインは意外とガッシリしており、体つきだけならもう少し若くも見える。
ただ、やはり病の疲れは顔に出るもので、頬がこけるまではいかないものの、弱った人間特有の儚い表情というものを浮かべている。

マハティガル王が倒れた時の詳細を俺は知らないが、ダルカンとネイから聞けた話を総合すると、恐らく脳卒中ではないかと見ている。

医療技術の発達しているとは言い難いこの世界で、脳卒中にかかってしまうとまず助からないと思うのだが、この世界には治癒の魔術というものが存在する。
ヤゼス教の高位の司祭が扱うとされるこの治癒の魔術は、普通の人間はまずお目にかかれるものではないが、一国の王ともなれば当然恩恵に与れるため、マハティガル王もこの治癒の魔術を使いまくって回復したという。

こうして覗き見た限りでは、マハティガル王は言葉もはっきりしているし、ベッドから身を起こしても震えも揺らぎもしていない様子から、後遺症はほとんどないと見てもいい。
現代医学でも死亡の可能性が高く、死亡は免れたとしても重い後遺症が残る可能性のある病気だが、治癒の魔術はそれすらも治してしまえるというのだから、途轍もない技だと言える。

「楽にせよ」
「は」

こちらがマハティガル王を見ていたように、向こうも俺を見ていたため、無言の時間が少しあったが、それも楽にという言葉で再び謁見の空気が戻ってきた。
言われて顔を上げると、使用人の一人が俺の横に椅子を持ってきたため、目でマハティガル王に尋ねるとうなずかれたため、勧めに従って椅子に腰を下ろした。

「ダルカンより聞き及んでおる。此度の試練において、その方らの助けは大きいと。誠、大義であった」
「もったいなきお言葉、身に染みる思いでございます」
「うむ。…さて、今日この場に呼び立てたのは他でもない。その試練についてだ。一通りはダルカンに話させたが同道した者、とりわけ洞穴にまで供を務めたその方らから見た話も聞きたくなった。見たままでよい、ありのままを話してはくれまいか?」

そういうことか。
これが俺を呼び出した理由というわけだ。
当事者であるダルカンの話以外に、同道した者の中でとりわけ重要な場所へ共に赴いた俺から聞き取りを行おうと。
異なる視点からの情報を欲しがるのは、様々な判断を行ってきた王の性なのかもしれない。

「わかりました。ですが、あくまでも私の主観となりますので、ダルカン殿下へのご無礼な言葉もあるかと思います。その点にはどうかご容赦頂きたく存じます」
「よい。忌憚なく申せ」
「は。それでは首都を発ってすぐの殿下のご様子からお話し致しましょう」

そこから長い時間、俺による『ダルカンの大冒険』の上演が始まった。
既にダルカンから話を聞いていたそうなので余計な脚色はせず、しかしそれとなく耳障りのいい言葉を選ぶことで、活躍の具合が三割増しに感じられる言葉のマジックにより、話を終えた頃にはマハティガル王は非常に嬉しそうな顔を浮かべていた。

歳をとってからできた子供だけあって、ダルカンを可愛がっているとは聞いていたが、やはり人伝に活躍を聞かされると嬉しさもひとしおなのだろう。

「面白い話だった。礼を言おう。…少々大袈裟だったようだがな。アンディ、その方も随分と盛りおったものよ」
「…お気付きでしたか」
「先に聞いたダルカンの話がなければそのまま思い込んでいた、それほどに見事な語り口であったぞ。余直々に誉めてやろう」

バレていたか。
俺自身は会心の出来だと思っていたが、やはり王としての経験が長いせいか、話の本質とも言えるものを捉えることに長けているようだ。
悪意はないとはいえ、多少話を不正確に伝えたことを怒るかと思ったが、微笑を浮かべるだけでそれ以上何も言わないということは、特に罰することはしないということだろう。

とりあえず所望された話は終えたので、これで用は終わりかと思ったが、その後少しだけ雑談をする時間があった。
他愛ないものから始まった会話だったが、ふとこれもいい機会かと思い、以前から気になっていたことを尋ねてみた。

それは、王位継承の順位を無視してまでなぜダルカンを次期公王へと指名したのかというもの。
チャスリウスでは末端まで知れ渡っている公正・賢明な王として評があるマハティガル王の決定にしては、いささか道理を外れているように感じたのは俺だけではないはずだ。

「不躾とは心得ております。しかしながら、短い時間ながらダルカン殿下と生死を共にしたこの身は、陛下に尋ねずにはおられませんでした。ただ、私め如きに話すことではないのであれば、どうか先の尋ね事はお捨ておきください」

はっきり言って、俺が尋ねたことは僭越が過ぎるほどの内容だ。
事実、周りに控えている使用人と騎士の視線は、一気に厳しさを増して俺に突き刺さってきている。
一国の王の決定に疑義を挟むなど、ましてやその国の人間でもない俺が正面から聞くのは不躾以外の何物でもない。
あくまでも聞ければ儲けもの程度の質問なので、別に答えてもらわなくても構わない程度の質問だったのだ。

しかし意外なことに、マハティガル王は一旦俯き、考え込むような仕草を見せた。
答えられないと言われて終わるものだと思っていた俺は内心で驚いている。
しばし静かな室内で身じろぎを許さない空気を味わっていたが、再び顔を上げたマハティガル王が訥々と話し始めた。
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