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暗殺はディナーの(大分)後に

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SIDE:ヘンドリクス




城内のとある一室、本来は会議などを開くために使われるその場所で、俺を王にと推す者達と集まり、早馬によって齎された報を聞いていた。
誰もがダルカンの死亡を告げに来たものだと笑みを湛えながら臨んだその席において、情報を持ち帰ってきた騎士の口から飛び出たのは試しの儀が達成されたというものだった。

何かの冗談か、あるいは欺瞞情報を掴まされたのかと使者を罵る声が周囲から次々と巻き起こり、それによって見を縮こまらせた騎士を見かねたのか、列席していた誰かが順を追った報告をさせようという言葉にひとまずこの場は落ち着きを取り戻す。
多くの高位貴族達から険しい目で見られつつ、顔一杯に汗をかきながら説明を始めた騎士の言葉に、室内の誰もが驚嘆のため息を吐くとともに、空気が重くなっていくのを感じた。

ここまで俺は口を開いてはいなかったが、内心では苛立ちと驚愕が綯い交ぜになった感情を持て余していた。
そもそも試しの儀を達成させたという人間は多くないという話であった上に、向かった先が青楓洞穴という死の蔓延する禁足地帯だ。
周りの誰もが生きては帰っては来ないものと囁き合い、これで俺が王位へ就く際の障害となる物は無くなる、そう思っていた。

「馬鹿な!青風洞穴は我が国でも随一の危険地帯だ!たかが冒険者風情を護衛としただけで生還できるなど!」
「やはりユーイ家の小娘が手を貸したのではないか?そうなのだろう!?」
「いえ!洞窟へ同道したのは件の冒険者二名のみです!ユーイ卿はじめ、我が国の人間は誰一人として、青風洞穴へと足を踏み入れておりません」

話を聞き終えるやいなや、感情の高ぶりに任せて立ち上がった一人がそう叫ぶ。
それに同調するようにして上がり始めた言葉は、報告者の放った、どこか必死さが込められた声によって否定される。
だが尚も認めようとしない周りの者達の態度に、そろそろ俺が場を収める必要が出てきたと判断する。

「それではその冒険者達が我が国の騎士よりもよほどのー」
「爺、もういい。控えろ」
「殿下…しかし」
「俺は控えろと言ったのだぞ」
「…は」

折よく、騎士に声をかけていたのが、幼少の頃に俺の傅役を努めていたブリッグ伯爵であったこともあり、割り込むには頃合いではあった。
俺が幼い頃に口にしていた爺という呼び方をすることで、伯爵には咎めるような先の口調があくまでも場の空気を切り替えるためのものだと暗に伝える。
そしてその意図は、椅子に座りなおす際に見えたブリッグ伯爵の浮かべた表情を見るに、伝わっていると確信できた。

改めて周りを見回し、俺以外が口を開く気配を見せないのを確認すると、身を縮こまらせている騎士に声をかける。

「まず聞くが、ダルカンが試練を達成した場合、道中にて暗殺する手はずになっていたはずだ。それはどうなった」
「は。レアノス殿以下40名による襲撃は予定通りに実行されましたが、敵方の囮を使った作戦により、自分を含めた4人以外、全員が捕縛されたものと思われます」

「…40名全員が?それは確かか?」

そう言ったのは誰だったか。
どこから上がった声だったか、その言葉がこの場にいる全員の思ったことを代弁したというのは、誰もが浮かべている驚愕の表情でわかる。

「本当です。敵方には強力な魔術師がいたようで、私が最後に見たのは倒れ伏したレアノス殿達の姿でした。私が潜んでいたのは離れた場所であったため、どのような魔術が使われたかは不明ですが、地面が一瞬激しく光り、眩んだ目が回復した時には既に…」
「決着していた、と」

そう締めくくった俺の言葉に頷きを返し、下を向く騎士の口元は引き結ばれていた。
指示されていたとは言え、まるで逃げ帰ってきたような形になったことへの悔いがあるようだ。
ただ、俺から言わせれば、こうして情報を持ち帰ってきたことは十分に評価してもいいと思っている。
まぁ、騎士の考えることなど全て理解できるというわけではないから、俺にはわからない何か思うところがあるのだろう。

しかし最後の策として、最も手堅いであろう暗殺という手段が失敗に終わるとは予想外だ。
ダルカンの暗殺にはこちらの関与を明らかにする証拠を残さないように徹底したそうだが、それでも40人という人数の騎士に、手練で知られた者もそれなりの人数を混ぜたとも聞いていた。
それを一瞬で倒すというのは、一体どれほどの腕の魔術師が向こうにいたのか。

いや、今問題とするべきは、このままダルカンが帰ってくれば、試しの儀を果たしたことで奴が王位につくことは約束されていることだ。
そうなれば俺が王になる芽は失われてしまう。

なにせナスターシャをはじめ、俺をよく思っていない人間は宮中だけでも中々に多い。
今までは王位継承権第一位ということが俺の地位・立場を守ってくれてはいたが、今後はダルカンを王として担ぐ動きが出始めると、王宮内の流れは俺を排斥する物に変わることだろう。

決定的な証拠は無いとしても、ダルカンを暗殺するよう仕向けたのは誰なのか、少しでも王宮というものを知っている人間であれば、容易に想像はできる。
王族で、しかも腹違いとはいえ血を分けた幼い弟を暗殺しようなどと企んだ人間についていこうという者はいない。

一通り詳細な報告を聞けたところで、その騎士を退室させた。
出ていった扉が閉められると、室内にはなんとも言えない空気が満ちていく。
失敗に終わったダルカンの暗殺に肩を落とす者や、憤懣遣る方無いといった態度を露骨に見せる人間がそこかしこで見られる中、俺はこの中で最も信頼する男に声をかけた。

「ブリッグ伯爵、俺はどうすればいいのか教えてくれ」
「…最早取れる手段は多くありますまい。ダルカン殿下は明後日には首都へ辿り着くとのこと。であれば、その前にお命を頂戴するまで。首都へ至る街道にはいくつか襲撃に向いた場所もありますゆえ」

すでに一度暗殺を失敗していながら、この首都に近付いているであろうダルカンの命を再び狙うとは、愚策とも言えるが今の俺達にはそれこそを成す必要がある。

「ふむ。ではまたどこぞから騎士を集めるか?」
「騎士は使えません。先の第五団への強引な命令が各騎士団長の反発を招いたようで、数を揃えた騎士による襲撃は難しいでしょう。ですので傭兵や冒険者、破落戸をかき集めてことに臨みます。幸い、今の時期であれば容易に集まりましょう」
「冬に向けて人が集まるからか。質は落ちるが、数だけはなんとかなるな」

大臣達が言っているのを聞いたことがある。
秋から冬にかけては仕事を求めて首都に人も集まり、治安が悪くなることを悩んでいたが、今の俺達には実に都合がいい。
ブリッグ伯爵の案は俺達の指針として受け入れられた。
実行に移す時間はあまりなく、早々に動き始めた方がいいということで、すぐさま回りの人間は動き始める。

ダルカン達が戻ってくるのは明後日。
となれば明日までに準備を終えて、襲撃を実行する場所へと移動する必要がある。
比較的治安のいいと言われている、首都近郊での襲撃が果たして上手くいくのかという不安はあるが、他に妙案もない以上、結果を見届けるだけだ。

ただ、俺はこの策を出したのがブリッグ伯爵だということで、期待をしている。
俺が知る限り、ブリッグ伯爵のすることに間違っていたことはない。
ならば今回も上手くいくはずだと信じよう。










早朝の霧が舞う時間、首都から馬で二刻ほど駆けた場所にある木々がまばらに生える林に俺はいた。
今日、ここで行われるダルカンへの襲撃の結果を、この目で見届けるためだ。
周りには集められた傭兵や冒険者といった、装備に統一性のない者達の姿もあった。
その大半は傭兵で、冒険者が少ないのは、単純にこれから人間を相手とするため、対人戦では傭兵の方が手慣れているからだそうだ。

そして、あの日城の一室で集まっていた者達の姿もちらほら見える。
さすがに仕事のある者もいるため全員がというわけではないが、それでも志を共にしている者達が少ないながらも手勢を伴ってここにいるということに心強さを覚えていた。

「いいですか、殿下。くれぐれも護衛の者達より前に出ないようになさいませ。御身はこの国の王となられるのです。怪我はもちろん、暗殺という汚れ仕事の場に居合わせたという事実すら醜聞となりかねないのですから、フードを取ることもなりませんぞ」
「わかったわかった。もう何度も聞いたぞ、爺。お前の言うことには従うというのがここにいる条件だったのだ。ちゃんと守るさ」

もう何度聞かされたかも分からないブリッグ伯爵の小言に、いい加減うんざりしていた。
未明に城を発つ直前のブリッグ伯爵を訪ね、同行することを無理に認めさせたわけだが、このようにほとんど身動きができない状態になるとは思っていなかった。
しかしこれも俺の安全のためにということも理解している。
逆らう理由も特にないわけだし、ダルカンの死を見届けるためなら従おう。

今いるこの林は、街道から程よく距離があるものの、まばらな木のおかげで本来であれば大勢が身を潜めるのに適していないそうだ。
だが今は辺りに漂う朝霧のおかげで、街道からこちらが見つかる可能性は低く、奇襲の失敗はまずない。

危惧するとしたら戦力だ。
こちらは寄せ集めの集団で、数だけは十分だが質は高くない。
対して、向こうにはルネイがいる。
認めるのは癪だが、あの女は間違いなくチャスリウス最強の騎士だ。
おまけに忠義にも厚いとくれば、確実にダルカンの側にいることだろう。

そのことを口にせずにはいられなくなり、側に控えるブリッグ伯爵に小声で胸の内にある不安を明かした。

「爺、確かに数は揃えられたと見える。だが、これだけでこちらの戦力が十分だと言えるのか?ダルカンを狙うということは、ルネイの奴も相手取ることになるのだぞ」
「確かにユーイ卿は敵に回すと恐ろしい相手でしょう。ですが、こちらもそれなりの人材を得ておりますのでご安心ください。あちらを」

そう言ってブリッグ伯爵の指し示す方を見てみると、大勢の傭兵がいる中に、頭2つは抜けた巨体が目立った。
厚手のマントを纏っていてもなお、筋肉の付き方が尋常ではない膨れ方をしているのがよくわかる程度には体格に恵まれているようだ。
まるで鬼人族のような体をしているが、肌の色や兜から除く顔を見る限りでは、普人族であることは間違いない。

「あの巨躯の男か?」
「はい。あれはガスティーゾという者でして、あの通りの巨体とそれに見合う怪力で近年名を売っている傭兵です。私も聞いた話ですが、馬に乗った完全武装の人間を大斧の一振りで馬ごと両断したとか」
「ほう!それはすごいな。それほどの強さなら召し抱えればよかろうに」

一個人がただ強いというだけでも、貴族というのは手駒に欲しがるものだ。
話半分で信じたとして、あのガスティーゾという傭兵は十分に強者だと言える。
大なり小なりの貴族から配下にという勧誘もあっただろうに、なぜ未だに傭兵などという仕事を続けているのか理解に苦しむ。

「なりません。私の方で調査をしましたが、あの者はどうも裏で賊紛いのことをしているようで、こちらの配下とするならば醜聞の種を抱えることになります。これより王道を歩まれるヘンドリクス殿下に、そのような些事でお名前に瑕疵をつけるなどあってはならないのです」
「ふん、そんな者でも使わなければならないほど、こちらに人材はいないというわけか」
「お察しの通りです」

一度失敗した暗殺を再び行おうというのだ。
手段を選んではいられず、必ずダルカンを殺さなければならない。
たとえ一癖ある人間であろうとも使わなければと、ブリッグ伯爵はそれだけ気負っているようだ。

「あの者達には誰を狙うのかは教えているのか?」
「さる貴族の子息とだけ伝えております。王族の命を狙うと言えば、怖じ気づくでしょうし、何より平民が知らずともよいことというのは往々にしてあるものです」
「爺、お前も悪だな。どうせ事が済めば殺してしまえばいいというわけだろう?」
「ご慧眼にございます。殿下」

用が済めば心置きなく処分できるというのは正規の兵にはない気軽さだ。
気掛かりがあるとすれば、ガスティーゾという傭兵を殺すことができるかどうかということだが、まぁ我が国にも戦いに秀でた人間というのは多い。
俺が王となればそいつらを使うこともできるだろう。





そうしていると、周りの動きが俄に忙しさを持ったものに変わる。
囁かれる声を拾ってみると、どうやら街道の監視に出ていた人間がこちらに接近する集団を捉えたようだ。
すぐに全員が動き出す。

大声を上げることもなく、次々に街道目指して駆けていく人影を見て、俺も後からついていく。
霧の向こうに街道がみえると、そこで護衛についている人間に止められ、俺とブリッグ伯爵を始めとした貴族連中は先を行く傭兵達が街道に広がって待ち伏せるのを確認し、戦闘に参加しない人間は街道の脇に身を伏せる。
俺も護衛に促されて、街道の脇にある岩の影に身を寄せた。
ブリッグ伯爵を始めとした貴族連中もここにいる。

それぞれが配置に付き、揃って街道の先を見張ることしばし。
かすかに聞こえ始めた馬蹄の音で、ダルカン一行が着々とこちらへと近づいていると知れた。
事前に決めていたとおり、ダルカン達の姿を確認したらブリッグ伯爵の合図で襲撃を仕掛ける手はずとなっている。

ちょうど朝日が山陰から顔を覗かせるとともに辺りに漂う霧も晴れ始め、街道のかなり先を見通せるほどに視界が開けて来た頃、俺の位置からでもダルカン達の先頭集団が掲げる旗が見えてきた。
いつでも合図があれば突撃ができるというのに、ブリッグ伯爵は一向に合図を出さず、ただ前を見据えているだけだ。
どうしたのかと声をかけようとするより早く、ブリッグ伯爵が吐き出すように声を上げる。

「どういうことだ!あの旗は……くっ、そういうことか」
「どうした、爺。何をそんなに慌てている」
「殿下、あれはダルカン殿下の一行ではありません。あの旗はナスターシャ殿下子飼いの騎士共が掲げるものです。さらに言えば、ダルカン殿下一行はほとんどが騎馬で出向いておりますので、あの集団では歩兵の数が多すぎます」

言われてみると、確かダルカンの試練は一部の人間以外には内密で行われると言う話だった。
であれば、帰還の途であろうと旗を掲げての移動などするまい。

「ナスターシャだと?なぜ奴の手の者があそこにいる!まさか…ナスターシャめ、ダルカンの試練に同行していたのか?」

一時期はダルカンと距離をおいていたようだが、先の晩餐会で見せた振る舞いは、弟を溺愛する姉のそれだった。
食事の礼儀を通して王族としての在り方を厳しく説いたつもりだろうが、俺からすれば弟を構いたいという感情が分かりやすい奴だ。

日頃から古いしきたりなど合理的ではないと公言するナスターシャだ。
試しの儀に関する制約など気にせず、ダルカンの身を案じて同行していたとしても不思議ではない。

「いえ。つい先日までナスターシャ殿下を城内で見ておりますので、同行はしておりません。恐らく、我らの動きを察知し、こうして先回りしてダルカン殿下一行を襲撃しようとしている我らと先に接触しようとしたのでしょう」
「接触してどうするというのだ」
「ダルカン殿下を暗殺するということはすでに察知されているという前提であれば、こちらと協力して暗殺を手伝うということも考えられます。あるいはこれを好機としてこちらを王族暗殺未遂犯として討つかもしれません」

忌々しげに口元を歪めるブリッグ伯爵が見つめる先で、こちらへ接近していたナスターシャ子飼いの騎士共は進軍を停止し、その中から代表として一騎がこちらへと駆けてくる。
まずはいきなり戦闘とならなかったことに一安心するとともに、対話のために進み出たと思われるその騎士に対し、こちらも表向きの傭兵達の代表としている男が歩み出て相対したのを見守る。

「そこの騎兵!そこで止まれ!こちらと敵対するかのように布陣するそちらの集団の意図を尋ねたい!」

大音声での問に、騎士はその場でグルリと一度馬首を巡らした後、馬上より大音声で応える。

「我らはさる王族の麾下にある者だ!とある筋より齎された情報により、街道に屯する不審な集団を検めるためここに来た!…そちらの問いには答えたぞ、今度はそちらの身元を明らかにしてもらおう!」




「…あれはこちらの正体を見抜いているな」

ナスターシャ麾下の騎士達を遠くに臨みながら、隣にいるブリッグ伯爵にのみ聞こえる声で話す。
向こうの様子は騎士と傭兵双方のよく通る声のおかげでよくわかる。

「恐らくは。確かあの者達は、本来街道の巡察を行う立場にはないはず。情報を得たからとは言え、わざわざあの数を揃えて足を運んだことからも、我々の企みは既に掴まれているかと。なにせ、あのナスターシャ殿下の手の者ですから」

忌々しいことに、ナスターシャはとにかく有能だ。
首都へ向かっているダルカンの進路を塞ぐ形で布陣する怪しい集団の目的など、とっくに看破していることだろう。
そして、俺が関与していることも気付いているに違いない。

「しかしそうなると、ダルカンはこの道を通らないということか?」
「いえ、馬での移動となるとこちらの街道以外は向いていません。となれば、あの者達の後方にダルカン殿下一行はいると見てよろしいでしょう」

ダルカンを殺すためには目の前にいる騎士達を突破しなければならないというわけか。
薄々そうではないかと思っていたが、やはりナスターシャはダルカンと手を組んだと見ていい。
俺達が最も警戒するスターシャをも相手取らなければならないとは、厄介なことになったものだ。





街道ではしばらく言い合いが続き、武装した集団同士が対峙しているということも相まって、徐々に空気は剣呑なものに変わっていく。
すると、傭兵達の中から一際大柄な人物がのっそりと歩み出て来たかと思うと、突然手にしていた大斧を騎士へと向けて勢いよく振り降ろした。
確実に殺傷を狙って振るわれた一撃は、警戒をしていた騎士には十分避けることができるものだったようで、地面を叩くのみに終わる。

「ガスティーゾ!なにしてやがる!」
「いつまでぐだぐだ喋ってんだ!俺達の目的はコイツらじゃあねえだろ!こうして道を塞いでいるってことはここを通したくないのさ!てことは、この先に対象がいるってことよ!このまま駆け抜けてそのまま討ち取っちまえばいいだろ!お前らぁ続けっ!」
「チッ!勝手な真似をっ!」

それまで様子見に徹していた傭兵と騎士の両陣営は、騎士に攻撃を仕掛けたガスティーゾの行動をきっかけに戦闘状態へと移行していった。
代表として話をしていた騎士もすぐさま馬にまたがってその場から下がると指揮を取り始め、攻め立てようと動き出した傭兵達に対する迎撃行動を開始した。

こちらの指示もなく戦闘を開始した傭兵達に対し、ブリッグ伯爵は自分の腿に拳を叩き付けながら悪態を吐く。

「ええい、何をしているのだ!そやつらを相手にしてどうする!」
「しかし爺よ。あの騎士達の向こうに恐らくダルカンはいるのであろう?ならば倒して進むのが一番手っ取り早いし、口封じの手間も省けていいではないか」
「そういう問題ではありません!ダルカン殿下の下にはあのユーイ卿がいるのですぞ!戦力を減らした上で対峙など、愚策が過ぎます!」
「確かにそうだが、あのガスティーゾとう男。中々やるぞ。見ろ、かなり向こうを押し込んでいる」

視線の先では、傭兵達が敵を一方的に押し込むようにして後退させているように見える。
先頭で戦うガスティーゾはその巨体に見合う怪力を発揮し、巨大な斧を小枝のようにして振るい、騎士達の前進を許していない。

精強な我が国の騎士を相手取って、これほどまでに戦えることに戦慄を覚えるともに、このままならガスティーゾがいった通り、街道を駆け抜けてダルカン一行に奇襲を仕掛けられるのではないかと期待を抱かせた。

だがその直後、そんな考えは幻想だったと思い知らされる。

まるで暴風のようなガスティーゾの攻撃に押されて、騎士達が一度大きく後退をしたかと思うと、その中から一騎が駆け出し、ガスティーゾへと肉薄する。
当然ガスティーゾも接近してきた騎馬に対して何もしないわけがなく、下から払い上げる斧の一撃を見舞うがそれは騎士が繰り出す剣によって逸らされた。

上空に跳ね上がった形になった斧を、再びガスティーゾが力に任せて振り下ろしはしたものの、騎士の方は既に馬の速さを活かしてすれ違いざまに距離を取っており、斧は地面を割るだけに終わる。

今の交差でガスティーゾの並外れた腕力は十分に分かったが、それ以上にあの騎士の非凡な剣術に寒気を覚える。
王族の男子として多少剣術を習った程度の俺から見ても、あの騎士の剣の冴えは尋常ではない。

重量のある斧が迫るのを臆せず剣でいなすという技量もさることながら、馬を操りながら剣を振るっても体が一切ブレないというのは、日頃の鍛錬も相当こなしているということだ。
おまけにあの一瞬、鐙から足を外して鞍から腰を浮かせることで、剣に斧の一撃を受ける際の衝撃を馬に伝わらないようにした身のこなしは、馬術の方も並ではないとわかる。

とんでもない肝の座り方と濃密な鍛錬を思わせる身のこなし、我が国でも屈指の腕前の騎士であろうことは想像に難くなく、兜で顔こそは見えないが、あれほどの動きができる騎士となると思い浮かぶ人間はそう多くない。

周りにいる傭兵や騎士といった者達は、今の一瞬の交差で戦場の空気が二人に支配されたことを察し、その二人を中心にしてそれぞれも陣営が左右へと分かれるようにして動きを変えた。

「野郎…いい腕じゃねーか。まさか、俺の斧をああまでいなせる奴がいるとは思わなかったぜ。おい!てめぇの名前を教えろよ!」

少し離れて馬から降りた騎士に対して、ガスティーゾは心底面白いという感情が十分に込められた声色でそう問いかけた。
対して、声をかけられた方の騎士はというと、降りた馬を仲間の方へと向かわせ、纏っていたマントを取り払った。

元々朝露を避けるために身に着けていたマントは質素なものだったが、その下から現れたのは意匠が見事な胸甲、チャスリウスの紋章を簡略化したものが刻まれたそれは、武勇の優れた騎士に対して王が下賜するものだ。
それ自体が非常に数が少なく、この時点であの騎士の正体はある程度絞れる。
そして、露わになった姿から、体つきが女性のそれだということもわかった。

この時点で俺の心臓は大きく跳ね上がった。
所有者の限られた鎧を持つ女という時点で、あの騎士の正体はほぼわかったも同然だ。

窮屈そうに兜を脱ぐと、得られた開放感に息を吐いてから騎士が名乗った。

「ふぅ……実に無粋な輩だな。名を尋ねるときはまず自分から名乗るものだが…まぁいい。私はルネイ・アロ・ユーイ、チャスリウス公国第三王子にして時代の王であらせられるダルカン・ホスロ・チャスリウス殿下が一の家臣」

立ち姿を見てまさかと思い、名前を聞いてやはりという思いが俺の心を打つ。
もちろん、悪い意味でだ。

この場で最も会いたくない人間として上げるならまさにこの女だろう。
予定ではダルカンを守ることで動きの悪くなったルネイを数で抑え込み、ダルカンを殺すということだったのだが、ここでルネイと戦うにはまだ早すぎる。
どうやらよくよく俺は運のない男のようだ。





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