世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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敵将、生け捕ったりぃいい!

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マティカ発案による『本物を偽物と見せかけて、替え玉を本物っぽくして囮にする作戦』は見事に当たり、レアノスを筆頭にしたヘンドリクス派の騎士40人強を捕縛することに成功した。

今回の作戦では、わざと偽物感を匂わせるように変装したパーラをダルカンの位置に据え、ダルカン自身は荷馬車に身を潜めて移動するということになっていた。
ネイにも残される天幕にダルカンがいるという体でそれとなく気にする素振りを見せるような演技を徹底させた。

そして俺は特殊メイクでダルカンの顔を模して、レアノス達が追跡しやすいように移動をしつつ、罠を仕掛けて夜襲を迎え撃ったというわけだ。
敢えて地面がぬかるんでいる場所にテントを張り、襲撃を仕掛けようと近付いてきたレアノス達に、水気を利用して広範囲に電撃を流したおかげで、死人どころか大きな怪我人も出さずに大勢の捕虜を手に入れることが出来たのは望外の収穫だ。

俺の護衛についてくれたワシューと馬上で交わした会話では、せいぜい3人の捕虜を尋問できれば十分背後関係は明らかになるので、それ以外は殺してもいいいうことになっていた。
だが曲がりなりにも現在の俺はチャスリウスの王族の傍仕えということになっているので、なるべくなら国に仕える騎士を殺さないほうがいいだろうと考えていたのがこの結果につながった。

想定よりも大人数を捕縛したおかげで、このまま移動するのが困難となってしまい、ネイ達と予定していた地点での合流は急遽取りやめた。
代わりに、ネイ達はそのまま人里まで進んでもらい、どこかで人手を用立ててこちらへ応援を送ってもらうように伝令を出し、俺達はしばらくこの場所に留まることにした。

その間、レアノスを始めとした何人かに聞き取りを行い、今回の奇襲に至った経緯と命令の発行元を明らかにしたのだが、ワシューが言うには恐らく騎士団としての正規の命令系統にヘンドリクス派の何者かが割り込んだのだろうということで、この奇襲の背後を探ったところでヘンドリクスに辿り着く明確な証拠は残されていないとのことだ。

正直、襲撃犯を証拠にして作戦の立案・発令を行った人間を探り当て、そこからヘンドリクスまでを一本釣りにしてしまいたかったところだが、やはり王族というのは幾重にも守られているもので、本人に行きつく前に適当な人間の自白で捜査は打ち切られることだろう。
つまり、今回の王族襲撃未遂の罪を問うとすれば、現場の勝手な暴走ということで始末が着き、ヘンドリクスまで捜査の手が及ばないという、よくあるトカゲの尻尾切りで決着する可能性が高いわけだ。

人伝に聞くヘンドリクスという人間の性格を考えると、あまり巧妙に策略をめぐらすタイプではないため、これもやはり周りの人間が手を回していたということが考えられる。
ただ、本人に能力はなくとも、周りに人が集まるとそういう企みを勝手にやるということもあるので、もしかしたらヘンドリクスが知らないところで起きた暗殺未遂事件という可能性もないこともない。

どちらにせよ、襲撃の理由と実行犯は明らかにはなるものの、ヘンドリクス本人を排除するまでには至らないという結末は、なんともすっきりしないものだ。





「ほー、こりゃ面白い。見た目はまるで人間の皮膚だが、じっくり触ってみると確かに違うな。なんともまぁ不気味なものだ」

そう言いながら、ワシューは興味深そうに俺が脱ぎ捨てたマスクを手の中で弄んでいる。
浅黒い肌に目つきの悪さも加わってか、ワシューの仕草がなんだかヤバいブツを扱っている売人のように見えるのは俺だけだろうか。

レアノス達による夜襲をしのいだ俺達は、そのまま野営地で夜を明かすことになったが、捕虜の監視という役割が急に出来てしまったせいで人手が一気に不足してしまい、こうして俺とワシューが揃って見張りを任されていた。

焚き火を囲んでの不寝番となるわけだが、襲撃の恐れはもう無くなり、この辺りには危険な魔物などほぼいないため、手持無沙汰になった俺達はそれぞれで暇を潰している。

ワシューは先程俺が脱ぎ捨てたダルカンを模した特殊メイクのマスクを拾ってきて、それに関しての質問が矢継ぎ早に俺へとぶつけられ、それに答えていたのがようやく落ち着いたのがつい先ほどだった。

「こんなのが出回ったら警備が大変なことになるな」
「どうでしょう?今のところ、その特殊メイクに使う材料も入手は容易ではないですし、人の顔を再現するのは意外と面倒なものです。それに触ったら一発で偽物だと分かりますから、そうそう出回るものではないかと」

皮膚を再現するのに使う素材は魔物由来のものだし、顔の凹凸をそっくりに再現するのにはコツがいる。
おまけに、誰かの顔をマスクにして被るという発想がこの世界にはなかったので、俺以外の人間が悪用を考えるとしても使われるのは相当先のことだと思っている。

一通り弄ると興味も失せたのか、ワシューはマスクを放り投げるようにして横へとどけると、焚き火に薪をくべながらしみじみとした口調で話し始めた。

「それにしても、ヘンドリクス殿下の指示とはいえ、王族を暗殺などとよく考えられたもんだ」
「上役からの指示だったそうですね」
「あいつらの所属してる第五騎兵団―第五団って呼ぶんだが、あそこは出来て新しくてな。まだ命令系統が整ってない部隊も多いと聞いた。恐らくレアノス達はそこに割り込まれた形の命令で動かされたのかもしれん」

組織の中で新設される部署というものには、まず頭となる人間が選出される。
トップから一番下っ端まで順に人が集められた結果、自然とトップダウンの形に落ち着く。

この手の集団における命令系統は上意下達を旨とするので、命令系統が整っていないということは、内部では階級や地位を巡っての椅子取りゲームが続いているのだろう。

そんなゴタついている組織なら、より上位の人間がちょっと手を回せば、簡単に命令系統に横やりをいれる余地が作れてしまう。
例えば新設の騎士団においてあまり重要視されていない部隊を動かせる程度の、しかし暗殺の実行犯を用立てるのには十分な命令を発行できるぐらいには、だ。

今回の暗殺実行犯として手配されたレアノス達は、恐らくそんな事情で集められた可能性が高いとのこと。
暗殺が成功しても失敗しても切り捨てる前提の捨て駒としてレアノス達は選ばれたのではないだろうか。

「…あの人達はどうなりますか?」
「レアノスとリコ、指揮官二人の死刑は免れんだろう。他の連中は、よくて観察付きの閑職か、悪くすれば放逐もありうる」
「意外ですね。指揮官はともかく、他の人達の処分は軽いように思えるのですが」

絶大な権力を誇る王族の暗殺を目論んだ人間なら、もれなく処刑されるもんだと思ったが、意外とこの世界では軽い処分で済むものなのか?

「そうか、お前さんは冒険者だものな。分からんか。騎士にとっては名誉を奪われ、飼い殺しにされるか国を追われるかというのは中々つらいものだ。前者の中には堅実に務めを果たして再び日の目を見るということもなくはないが、まぁ難しいな。後者の場合、遊歴の騎士として放浪することになるが、他国の貴族家であれば仕官の目もありえるだろう。表に出ず、非難に耐えてひたすらその時を待つか、忠誠を捧げた国を出て再起に賭けるか果たしてどちらがマシか……少なくとも、俺はどっちもごめんだね」

なるほど。
騎士としての地位を剥奪して放逐するか、名誉挽回の機会を失ったまま裏方仕事をし続けるのは、誇りを重んじる騎士にとっては耐え難いのだろう。
現代日本で育った俺には今一つ分かりにくいが、誇りや名誉のために命を投げ出すことも珍しくないこっちの価値観であればおかしいものではない。

「そんなもんですか。気ままな冒険者の俺には理解はできませんね」
「だろうな。騎士と言っても色々としがらみも多い。誇りや名誉のために死ぬと言えば聞こえはいいが、それ以外に生きがいを見出すのが難しい仕事だともいえる」

焚き火に照らされてはにかむワシューの顔には、昼間によく浮かべていた人好きのする表情とは打って変わって、悲哀のようなものが滲んでいる。
国に仕えるということに今一つ魅力を感じていない俺だが、こうして話を聞いてみるとやはり宮仕えというのも大変なのだと思うと、尚更冒険者としての生き方が性に合っている気がしてきた。






野営地で一夜を過ごし、そのままネイ達からの返事を待つことさらに半日。
送り出した伝令が戻ってくると、俺達に宛てた手紙による指示が伝えられた。
内容は、ダルカンをこのまま護衛しつつ、予定通り首都へと帰還する旅を続けるということと、最寄りの村で冒険者や傭兵をかき集めて応援としてこちらに送るので、それまで待機していろというものだ。

明確にどれぐらいの日数を待機に充てるのかは書かれていないが、ワシューの見立てだと緊急に送り込まれてくる冒険者などの人手がここに来るまで早くて四日、ネイ達が帰路にある街で用立てた正規兵がこちらに来るのにさらに六日と、十日は優にかかるという。

「十日…結構かかるもんですね」
「場所が場所だけにな。ここいらは街道も整備されていないし、俺達のように全員が馬で移動するというのも稀な話だ。どうしても徒歩での移動となれば急いだとしてもそれぐらいはかかるもんだ」

俺達の集団は全員に馬が与えられていたため、破格の移動速度で首都から青風洞穴まで移動できた。
しかし、これから送られてくる応援は馬での移動が必ずしもできるとは限らない。
冒険者や傭兵では馬を持っていないケースが多いし、正規兵にしても徒歩での移動がほとんどだ。

バイクや飛空艇に慣れた俺ですら、この旅で馬の移動速度の破格さを改めて知ったのだ。
ワシューの言う十日というのも妥当な所なのかもしれない。

大勢の捕虜を抱えているため、10人強の目による監視だけでは移動すらままならないため、待機というのも納得は出来るが、ここで一つ問題が出てくる。
それは食料の問題だ。

今現在、捕虜たちは俺の土魔術による檻に入れてはいるが、急に増えた人間の分も含めると食料の方が些か心許ない。
その辺りの事情も伝令に託していたのだが、そのことについては可及的速やかに物資を送るとしか書かれておらず、目下のところ、食料不足の解決には遠いままだ。
食料の問題は部隊の士気にも関わるとして、ワシューとその部下達も交えて緊急の会議を行うことにした。

「多少抑えて食ったとして、どれぐらいの余裕があるんだ?」

物資の管理をしている騎士の一人にワシューが尋ねると、手元に纏めた目録に目を落とした騎士が口を開く。

「このまま消費されたとして、明日の夜には尽きます」
「早いな」
「仕方ありません。急に40人分が食料の消費に加わったんですから」
「水はどうか」
「幸い近くに沢がありましたので、そちらで賄えます」

元々の予定では3人ほどを残して殺すつもりだったため、この食糧危機は俺が招いたと言ってもいい。
ワシュー達がそこを責めてこないのは、彼らもできることなら同胞を殺さずにいたかったという思いがあるからだ。
現に、寒さをしのぐためにしっかりとした作りの檻を作った俺に礼を言ってきたり、食料も自分達と同じものを与えていることからも、それは見て取れた。

「まぁ捕虜とはいえ、同じ騎士だ。食わせないわけにはいかんしな。解決方法は?」
「後詰に来る物資は恐らく四日後でしょうから、一番いいのは捕虜に割く食料を限界まで減らすということです」
「ふむ、まぁそれもやむを得ないが、他にないのか?」
「襲撃犯の乗ってきた馬を潰すというのはどうでしょう?」

横合いから別の騎士が発言したのは、襲撃犯が潜んでいた場所で回収してきた大量の馬を食料にしたらどうかというものだ。
確かに俺達が乗る馬とは違い、乗り手が捕虜となったのだから食料とするのもいいだろう。

「馬か…。いや、それもいよいよ最後となってからだ。ざっと見たがどれも潰すには惜しい馬ばかりだし、何よりあれも我が国の財産だしな」
「ですね。私から言っておいてなんですが、正直馬を友とする身ではあまり食べる気になりません」
「俺もだよ」

騎士達からすれば、馬は友であり国から与えられたものとして大事なものだそうで、人の馬とはいえ潰して食料にするのは心情的に憚られたのだろう。
チャスリウス公国は名馬の産地でもあるため、馬を大事にするというのが国民には根付いているのかもしれない。
捕虜たちの檻を作った俺に、馬を入れる厩舎も作ってほしいと頼み込んでくるほどなのだから。

最速でこちらにやってくる冒険者達には恐らくネイの指示によって物資としての食料も持たされるだろうが、あまり楽観視するのもよろしくない。
四日間、いや明日の分はあるので三日間、食わずとも人は死なないとは言え、なるべくなら空腹は避けたいというのが人間だ。
やはり食料をどこかから調達してくるのが一番いいということで話は纏まり、そうなると次はどこから手に入れて来るかが問題になってくる。

「近くに動物か魔物がいる土地はあるか?」
「少し離れた場所に森がありますので、そこであれば収穫も期待できます」
「しかし隊長、捕虜の見張りに人を割かれている現在、そこへ行ける人員はかなり少ないでしょう。これだけの人数を賄うとなれば、ここと森を何往復かしなければなりません。正直、危険も考えるとあまりいい手ではないかと」
「確かに…」

食料を得るためには多少の危険も止む無しとはいえ、あまり部下を危険に晒したくないと見えるワシューはそれを聞いて黙り込んでしまう。
確かに今、ワシューの部下の半分ほどは捕虜の見張りに付いているため、野営地自体の見張りにも人数を割いている以上、森へと行けるのは5人ほどだろう。

正直、この集団の腹を満たすだけの数の獲物を探して森を駆け回り、見つけて倒して解体して運搬するという作業を行うにはあまりにも少なすぎる。

この案は使えないかと思われたが、俺の脳に閃きが走る。
ないのならあるところから持ってくればいい、これは俺が身上としている言葉だが、人手がないと言われているが余っている人間がいるではないか。

「ワシューさん、その森に行く人間ですが、捕虜を使ってはどうでしょう?」
「捕虜を?…どういうことだ?」
「ですから、自分達の食い扶持は自分達で手に入れてもらうんですよ。その森まで捕虜の人達を連れて行って、彼らに狩りをしてもらいましょう」
「馬鹿な!捕虜を自由にするなど聞いたことがない!」
「人数的にあちらの方が多いのだぞ?檻から出た途端、こちらを攻撃してきたらひとたまりもないぞ」

当然ながら、暗殺を実行に移した人間を自由にするというのに抵抗を示されたが、そこのところは俺も考えがある。
何も一遍に全員を外へ出すわけではなく、捕虜の半数を外に出して、残りの半数は檻に入れたままにするのだ。
ようは捕虜の半数を人質とすることで、こちらを害したり逃げたりするのを防ぐわけだ。
見たところ、隊長格の二人は仲も良さそうなので、この二人を分ければ人質としての効果は高まる。

さらに、彼らには馬を与えず、武器も森についてから支給するという形をとる。
この青風洞穴の周辺は禁足地であるため、最寄りの人里までは馬を飛ばしても二日はかかるため、仮に逃げたとしても徒歩で村に辿り着く前に力尽きるか、野生動物に襲われて死ぬかのどちらかだ。
人質を取られていることと逃亡のリスクの重さで、きっと従順に仕事をしてくれるはず。

「―とまぁ、そんな感じで手伝ってもらうとしましょう」
「案としては悪くはないが…」
「どうにもな…。やはり危険ではないか?」

今一つ周りの反応が良くないのは、当然ながら人数差からくる不安のせいだ。
しかし、それはワシューの一声で晴らされる。

「いや、アンディの案で行こう。確かに連中の人数を考えると不安だとは思うが、こっちにはアンディがいる。みんなも覚えているだろうが、あの大人数を一度に気絶させた魔術があれば、もし反抗されたとしても問題なく取り押さえられる。それを考えれば俺にはアンディの案は最善だと思えるがな」
「はあ…まぁ、隊長がそう仰るのなら」
「何もずっと解放しておくわけじゃない。あくまでも緊急措置として協力させると考えるんだ。当然、危険は俺が真っ先に被るし、責任も俺が負う。それでも異論がある者は申し出ろ。納得いくまで説得してやるぞ。…よし、では各自準備に動け」
『はっ!』

流石、ワシューに対する部下達の信頼は相当なもので、俺が説明した時よりもスムーズに話がまとまり、騎士達は準備のために動き出した。
中々に強権を振るった感じはあるが、それでも文句が出ない辺り部下から慕われているのがよく分かる。

「…シレっと俺も同行する体で話してましたね」
「それだけお前の戦闘能力に期待してるんだよ。普通の魔術師ならともかく、戦闘状態の騎士40人を一瞬で無力化した腕前は心強いからな」
「まぁ俺も端から同行するつもりだったんでいいですけど」

数の不足分は質で補う必要があるため、この集団の中で唯一の魔術師である俺にお鉢が回ってくるのは当然のことであり、そもそもこの案の言い出しっぺである俺が行くのもまた当然だ。

とりあえず今日はもう遅いので、狩りに向かうのは明日だ。
これから捕虜達に説明をするのはワシューが行うそうで、一体どう説得するのか少し不安だ。

今のところ捕虜達は大人しくしているが、自分達の今後が決して明るいものではないことは想像できていることだろう。
俺達に協力しないと突っぱねられるのは容易に想像できるが、果たしてワシューはどう説き伏せるのか。





「断る」
「だよなぁ…」

翌日になって、ワシューが捕虜達を前に説得を始めたわけだが、見事に断られてしまった。
今俺達の目の前には捕虜達の代表としてレアノスがおり、その後ろには選抜された捕虜20名が控えていた。
こちらを見る目のどれもが友好的とは言えず、これは協力してもらえそうにない。

「そちらの事情は分かった。確かに食料の不足は問題だ。その一因が我々にあるというのも理解できる。だが虜囚の身となった私達の枷を外すとはどういうことだ!ワシュー殿、貴公らには危機意識というものはないのか!自由になった私達が反乱を起こすのを想像できれば、そんなことをしようなどと考えないだろう!」
「仰る通り…」

おまけに俺達はレアノスによる説教を食らっており、これがまた至極真っ当な指摘であるため、何とも言えない居心地の悪さを覚えている。
こちらの食糧事情は理解してもらったと思うが、それ以上に捕虜を狩りに同行させるというのがレアノスの何かに火をつけたようだ。

レアノス達にしてみれば、自由になれるイコール脱走の好機なはずなのだが、わざわざこうして俺達側に立った指摘をしてくるあたり、まじめな性格をしているのだろう。
そんな人間がダルカンの暗殺を実行しなければならなかったというところに、宮仕えの悲哀もまた感じてしまう。

とはいえ、食料不足の件は今朝方に提供された食事の少なさから十分に身に染みているようで、一通り文句を吐き出し終えたところでレアノスも落ち着き、ワシューらの説得で協力要請に渋々ながら同意してくれた。
他の捕虜達もレアノスがそういう姿勢を見せたことで同調し、20人の人手を使うことが出来るようになった。

こうして協力態勢が整ったことで、俺達は目的地である森へと向けて移動を開始する。
いきなり同行する捕虜全員に馬を与えるのはまずいので、野営地に荷物を降ろして空いた荷馬車に分譲させ、俺とワシュー達は馬でその周りを囲む形だ。

これは逃亡をさせないためのものだが、捕虜たちの状況を考えれば馬車を降りて逃げることはまずないし、出がけに警告代わりとして見せた、土魔術による石礫の弾丸で岩を砕いた光景が彼らに脱走の無意味さを知らしめたと思う。
現に、俺が馬で荷馬車に近づくと、明らかに怯えた目を向けられるのは、恐怖によるストッパーが働いているという証拠だ。
そういった目で見られると俺の心が傷付くのだが、まぁそれも仕方のないことだと思っている。

目的地に到着すると、すぐに武器が配られ、準備を終えた人間から森へと分け入っていく。
武器を手にした一瞬、不穏な目を浮かべる者もいたのだが、それも俺を視界に入れると諦めの顔に変わる。
やはり出発の最初に魔術で脅した形になったのが効いているようだ。

一応捕虜達を統率するために、集団の指揮を執る人間としてレアノスを隊長として編成したが、レアノス自身が意外と協力的に振る舞ってくれているおかげで、捕虜達もこちらの指示に従ってくれているのがありがたい。
おかげで見せしめを作る必要もなく、穏やかにいけそうだ。

俺とワシューを含む捕虜ではない人間は森に入らず、収穫を手にして戻ってくるのを待つのと共に、もし怪我人が出た時のために待機している。
捕虜たちも騎士とは言え、装備と肉体的なコンディションが万全ではないため、不測の事態に備えておくべきだろう。

ワシューの見立てでは夕暮れまでにはそこそこの獲物を手にして戻ってきてくれれば御の字だということだったが、意外というべきか、レアノス達の働きは凄いものがあった。
なんと、森に入ってさほどの時間もたっていないにもかかわらず、巨大なウサギや鋭い角を備えた山羊など、レアノス達の手によって仕留められ、しっかり処理もされた動物の死骸が次々と俺達の下へと届けられた。

どうやら獲物を見つけるのと追い立てるのと仕留める役割を分担して動いているようで、恐ろしく速いペースで当面の食糧を確保することが出来た。
山と積まれた獲物を前に、これだけの成果を短時間で上げたレアノス達の練度はやはり相当なものだと感じてしまう。

これだけのことが出来る人間達を、暗殺者にして使い潰すつもりだった何某かはかなりアホだったと言わざるを得ない。
狩猟としての腕前だけで騎士としての全てをはかることは出来ないが、それでもこれほどの動きを見せたレアノス達であれば、一廉の存在として国に仕えていた未来を幻視してしまう。

十分な収穫を手に野営地へと帰る道すがらそんなことを考えてしまうのは、目先に迫っていた危機が解消されたからだろう。
ちらりと荷馬車に目を向けると、捕虜達が自分の狩りの成果を仲間達に語る姿が見える。

誇らしげに、そして楽し気に語る彼らは、この後に待つ処罰を忘れているわけではない。
ただ今だけは捕虜として鬱屈した時間を過ごすよりも、思いっきり体を動かした充実感に浸っているのだろう。

馬車を囲むようにして馬を進めているワシュー達は、そんな捕虜達の姿を見て何かを堪えるような顔を浮かべている。
同じ国に仕える騎士として、彼らの姿に思うところがあるようだ。
決して明るい未来が待っているとは言えないレアノス達だが、今だけは彼らの騎士として誇れる成果に浸らせてやりたいものだ。
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