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蘇る騎士
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一般に電磁石というのは電力を増やせば増やすほど磁力を増すものと考えられている。
俺が使う雷魔術も、この電磁石としての性質を利用して磁力を操っているわけだが、彷徨う鎧を拘束していた磁力を生み出すために使っていた電力は、そこそこ大きめな施設を賄えるぐらいのものに相当していた。
魔力をそのまま電力へと変換しているわけではないが、それでも使う魔力量に比例して電力も増えていくため、大量の電力を作り出すことは魔力も相応に消費する。
先程まで彷徨う鎧を壁に貼り付けていた際に発生させていた磁力は、俺が出せる雷魔術の最大出力にかなり近いもので、全身鎧の重量物を動けなくしていたその力を吸引から反発へと磁力を変化させた時の反動はかなりのものだ。
よく学校の実験などでも教えられるが、磁石の同じ極同士を近づけた時に、互いを遠ざけようとする性質は中々に強力な力を生み出す。
それこそ、大電力によって作り出された強力な磁力が一転して反発力となった時、金属の塊である全身鎧はまるで弾丸のようにして弾き飛ばされることとなった。
とっさの思い付きとはいえ、結構な苦労をして捕まえた敵を自由にすることへの抵抗感はあるが、ダルカンの危機を救うには他に手はない。
吹き飛ばされた彷徨う鎧は、ダルカンを襲う寸前のノルドオオカミの横合いからぶち当たり、互いを巻き込みながら地面を転がってダルカンから遠ざかっていった。
そして、一瞬だけ遅れてパーラがダルカンと合流し、掻っ攫うようにしてその身を抱き上げると、危険な二つの存在から離れるべく通路の奥、つまり俺達の目的地としていた方向へと避難する。
俺も銃を構えつつそれに続き、パーラ達の壁としてノルドオオカミと彷徨う鎧との間に立って向こうの警戒に意識を割く。
「パーラ、殿下はどうだ?」
「…見た限りでは怪我はないと思う。殿下、どこか傷んだりしますか?」
「はぁ…はぁ…はぁ…大丈夫、少し腰を打っただけで怪我とかはしてないよ」
粗くなっていた息を何とか落ち着けようとするダルカンを横目で見ると、その体が震えているのが分かる。
ノルドオオカミに襲い掛かられる寸前、死が目の前にまで迫ったダルカンの恐怖を考えるとそうなるのも当然だろう。
とりあえず俺とパーラが傍に来たことで護衛としての役目は果たせそうなのだが、彷徨う鎧とノルドオオカミという二つの脅威がある中、楽観視できる状況にないことは確かだ。
ダルカンが無事なことと、危険な存在である彷徨う鎧とノルドオオカミがまだ遠い位置にいることを確認し、一先ず銃をパーラに返しておく。
「ほれ、返すぞ。弾倉はほとんど使ってるから新しいのに換えとけよ」
「分かった。…けどあの鎧の奴、あれじゃあ死んでるだろうから、ノルドオオカミに備えたほうがいいよね」
「いや、死んでるとしたらノルドオオカミの方だろ。あの鎧の奴はアンデッドだからな」
「げぇっ、もしかして元騎士のアンデッド?面倒くさぁ…」
「ちなみに彷徨う鎧ってのを俺が名付けた」
手際よく簡単な銃の調整とマガジンの交換をするパーラだったが、俺の言葉を聞いてげんなりとした顔を浮かべる。
ただでさえ相手にするのにアンデッド面倒だというのに、素体が騎士となっているアンデッドの面倒くささはパーラにもよく分かったようだ。
「けど、あの鎧の奴をノルドオオカミにぶつけたのは上手かったね。あれならあいつらで潰しあってくれるんじゃない?」
パーラの言うそれを狙ってぶつけたというわけではないが、目標を俺達から逸らすという効果を多少は見込んでいた。
姿の見えなくなったあいつらが、果たして互いを敵として認識してくれるかどうか。
「ひとまずもう少し奥に行こう。ここにいたら戻ってきたあれらに狙われかねん」
「了解。殿下、立てますか?手を」
「ありがとうパーラ」
パーラの支えで立ち上がり、奥へと移動を開始しようとしたとき、俺達の下へと何がかすごい勢いで近づいてきた。
いや、近付いてきたというのは正確ではない。
何かの影が吹っ飛んできたというのが正しい。
その影は俺達のやや手前で二・三度転がると体勢を立て直し、片膝を付く姿勢で完全に止まった。
転がった時に立てていた音で予想はしていたが、そこにいたのはやはり彷徨う鎧だった。
ノルドオオカミと取っ組み合っていた名残として、小手や肩当てに付着した血液は相手に与えたダメージの結果だろう。
彷徨う鎧は俺達を一瞥するとすぐに立ち上がり、自分が吹き飛んできた方向へと剣を向ける。
するとそれに呼応するようにして暗闇の中からノソリとした動きでノルドオオカミも姿を表し、牙を向いて彷徨う鎧と対峙した。
完全に敵対の姿勢を取っていることから、どうやらこいつらで潰し合わせるという狙いはうまくいったようだ。
お互いだけの世界に入って俺達の存在が忘れられているのなら言うことなしだが、時折ノルドオオカミの鼻先が揺らぐようにして俺達の方へと向くことから、このまま後ろを向いたら牙を突き立てられそうだ。
もちろん、彷徨う鎧の方もそうするだろうと思ったほうがいい。
「アンディ、どうする?これ、動くと狙われるよね」
「ああ、たぶんな。だから動くなよ。殿下もそのままです。あいつら同士で潰しあうのを待ってみよう」
彷徨う鎧もノルドオオカミも、どちらを相手にするにしても今の俺達はには厳しい戦いになる。
俺の方の魔術は使えるようになったが、それを勘定に入れたとしても楽観視できる材料に乏しいままだ。
こちらから手を出して三すくみにする必要もなく、ひとまず様子見と言った感じだ。
俺達の見ていない所で既に一戦交えているはずだが、彷徨う鎧が仕留めていない所を見ると、先に倒している子供の方のノルドオオカミよりも強いのだろう。
静かに見守る形になった俺達の注目する先で、唐突に二つの影が衝突した。
強靭な脚力から生み出される弾丸のような飛び掛かりを仕掛けるノルドオオカミに、迎え撃つ彷徨う鎧は剣ではなく、空いている左手を牙の前へと差し出す。
狙いは俺にもわかる。
牙を封じて動きを止めたうえで、右手に握った剣で斬るつもりだ。
だがその狙いはノルドオオカミに看破されていたのか、眼前に突き出された腕を見るや否や、ノルドオオカミは牙を逸らすようにして体を捩って地面へと着地し、頭上から落とされる剣を避けて後ろへと飛び退った。
この攻防はほんの一瞬の出来事で、暗い洞窟ということもあり、目で追えたのは警戒のために魔術で視力を強化していたおかげだ。
片や死してなお身に沁みついた技術で戦い、片や動物の本能による身体能力便りの攻撃という、ある意味二極の戦いの帰結は、意外なほどあっさりとしたものだった。
彷徨う鎧から一度距離を取ったかに見えたノルドオオカミだったが、一度振り下ろされた剣を持ち上げる動作よりも早く、再び飛び掛かった姿は明らかに速さが増しており、それに対処するタイミングを外した彷徨う鎧はモロにタックルを受ける形となり、派手な音をたてて地面へと背中から倒れる形となった。
タックルの反動を生かし、空中で姿勢を整えたノルドオオカミは軽やかに地面へと着地し、倒れ込んだ敵に向けて荒い息を吐くようにして一度短く吠えた。
倒れただけで致命的な損傷を受けたわけではない彷徨う鎧は尚も立ち上がろうとするが、それを阻止するべくノルドオオカミは鎧の胸に前足を揃えて叩きつけ、動きを封じる。
しかし起き上がるのを封じられただけでまだ剣を握る手が自由な彷徨う鎧は、自分の胸を抑え込む邪魔な存在を排除しようと手首を器用に動かして突きを放とうとするが、それも許さんと腕に噛みつかれたことで剣を遠くへと弾かれてしまい、攻撃の手は完全に失われてしまった。
ジタバタともがく鎧と、それを抑え込む狼という構図は、ノルドオオカミの体格が彷徨う鎧よりも大きいせいで逆転の可能性は薄いと思わされるほどだ。
「ねぇ、アンディ。このままだとノルドオオカミは次に私達を狙ってくるよね」
「まぁそうだろうな」
「私はあの鎧と戦ってないから分からないけど、ノルドオオカミとどっちが手強いと思う?」
「そりゃあ……なるほど、そういうことか」
パーラが言いたいのは、今の状況は彷徨う鎧が完全に圧倒されていて、ノルドオオカミはまだ元気なままで次のターゲットに俺達を選ぶ可能性が高いということだ。
単純に考えて、アンデッドとはいえ武装した腕利きの騎士を倒したノルドオオカミは、単体での戦力として見るとこの場ではダントツで一位だ。
一度は拘束することに成功している彷徨う鎧と、その彷徨う鎧を圧倒する存在であるノルドオオカミでは、相手にするならどちらがマシかという話になると考えるまでもない。
ここはノルドオオカミを排除してから、また彷徨う鎧を捕まえた方がいいだろう。
そのために、今の状況を何とかしようと援護の手を出すことにした。
「よし、俺達はノルドオオカミへ攻撃を加える。パーラは銃で援護、殿下は身を低くして俺達の背後へ」
「ぼ、僕も何か手伝うよ!」
「…そのお気持ちだけで十分です。殿下をお守りするのが俺達の役目ですので、そのようなことはお考えなさいませぬように。どうか殿下はご自分の身の安全だけに気を配ってください」
人手が多いに越したことはないが、ぶっちゃけ戦力として期待できない上に最優先護衛対象であるダルカンを戦いに駆り出すのは本当にどうしようもなくなってからでいい。
言外に足手纏いというのが伝わったのか、俯くダルカンがパーラの背に庇われる位置へ移動したのを見送り、視線を再びノルドオオカミの方へと向ける。
「しっかし、一度捕まえたのを自由にして、今度は助けるために動くとはな」
「優先度の問題でしょ。対峙した時のやばさはノルドオオカミの方が上なんだし、割り切ってよ。じゃあ、行くよ」
「あいよ。大技は崩落を招く危険があるから使えん。銃で牽制しつつ、まずはあいつらを分断するぞ」
レールガンもどきの余波程度で崩れるほど周りの壁は脆くないが、動きの速いノルドオオカミを狙う以上、攻撃を躱されたら壁に当たって崩落を招く可能性を考えておく必要がある。
ただ先程の彷徨う鎧との戦いとは違い、ノルドオオカミはれっきとした生きた動物なので、電撃での攻撃は有効なのが救いだ。
電撃は生物には効果は抜群、岩壁への衝撃はソフトなものなので、生き埋めにならないためにも電撃をメインに使用する。
パーラと視線を合わせて準備が整ったことを確認しあう。
攻撃を仕掛けるなら、まだ俺達を明確に狙ってはいない今が丁度いい。
一つ懸念があるとすれば、俺達がノルドオオカミに手を出した瞬間、彷徨う鎧も俺達を狙ってこないかということだが、こればかりは出たとこ勝負だ。
アンデッドであり騎士でもある本能が、俺達よりも強敵であるノルドオオカミを敵と定めたままになるのを祈ろう。
先手、俺による電撃は蛇のようにうねりながら直進してノルドオオカミを襲う。
意識を鎧の方へと割いていたノルドオオカミは、光の速度で迫る雷を察知こそすれど回避までは出来ず、無防備にその体を雷に打たれていた。
痙攣するように大きく体を跳ねて鎧の上からずり落ちた巨体は、すぐに俺達へと顔を向けて牙をむいて威嚇してきた。
並の生物なら一撃で殺せる威力を自負する電撃を撃ち込んだのだが、ダメージを負いはしても命を奪うことが出来なかったノルドオオカミが、完全に俺達をターゲットとして見たことが分かった。
ノルドオオカミがこちらへ飛び掛かろうと足を撓めた瞬間、すかさずパーラによる銃撃が浴びせられる。
先程とは違い、電撃で多少体の動きが鈍っているのに加え、前衛としての俺がいるおかげで射撃の正確さも増した弾丸は、そのいくつかはノルドオオカミの体を捉える。
ほとんどの弾丸は針金のような毛皮に逸らされるのだが、数発だけはノルドオオカミの肉に食い込み、甲高い悲鳴と共に辺りへ鮮血をまき散らす。
「当たった!」
「手を止めるな!撃ち続けろ!」
逃げながらの銃撃ではノルドオオカミに一撃を見舞うこともできなかったパーラも、ようやく弾丸がダメージを与えたことを喜ぶが、まだまだ油断できる状況ではない。
体の大きさからすれば負わせた傷など些細なものだ。
ダメージ自体は大きいとしても、傷口に小ささから漏れ出る血液も少ないため、まだまだ体力は残っている。
電撃と銃撃のダブルでノルドオオカミを抑え込み、このまま倒し切りたい俺達は攻撃の手を休めず、弾幕ともいえる攻めを続ける。
しかしこのノルドオオカミも馬鹿な生き物ではないため、電撃で体が弛緩したところに銃弾を浴びせられるというコンボが危険だと理解しているようで、弾丸の防御を自らの毛皮に託し、電撃の元を叩くべくこちらへと詰めてくる。
疾風のような速さで走るノルドオオカミは、一秒もかけずに俺達との距離を詰めてしまい、最前面にいた俺へと目がけて、鋭い爪が煌めく前足を振るってきた。
このまま爪に引き裂かれるのと俺が魔術で攻撃するのとどちらが早いか、考えるまでもない。
同時、つまり相討ちだ。
いや、一撃の強さを考えると俺の方がやられることになるだろう。
雷化でやりすごそうにも、思ったよりも魔力を使っているせいでそれも難しく、さらに背後にはパーラとダルカンも抱えている。
ノルドオオカミを背後に通すと、パーラはともかくダルカンがまずい。
水も土も速攻性には欠けるため、やはり電撃しかない。
爪をどこで受けるかを考えつつ、雷魔術を発動しようとしたとき、俺を包むようにして風の渦が立ち上る。
パーラの魔術だ。
それによってノルドオオカミの前足はぶれるようにして弾かれ、爪による攻撃は防ぐことができた。
だがノルドオオカミは攻撃の手を止めず、すぐに風の渦に弾かれた勢いを利用して地面へと降りると、そのままパーラ達を目がけて走り出した。
俺は周りを覆う風魔術のせいで動きが取れず、魔術を使った隙が硬直となって表れているパーラは、迫りくるノルドオオカミに目を見開いているだけだ。
銃を構えてはいるが、銃口自体は別のところを向いているため、弾丸を打ち出すよりも爪か牙が届くのが早い。
今から電撃を放ったところで、恐らくこの風の渦のせいで届かず、逃げろとしか言えない声すらも風によって外へと出ていかない。
一拍遅れて風の渦は消えたが、それでももう間に合わない。
万事休す、といった状況のなか、ノルドオオカミからパーラを守るようにして割り込む影が現れる。
影の主はダルカンだ。
盾としての機能が強い剣を構え、疾風のように迫る牙の前へとその身を晒す。
護衛対象に守られるのは本来有り得ないのだが、今はダルカンだけが頼りだ。
今から襲い掛かろうとしていたところに横合いから割り込まれた形になったノルドオオカミだが、そんなことは気にもせずにそのままダルカンの頭を噛み潰さんとするかのように大きく口を開いて飛び掛かった。
先程ノルドオオカミに襲い掛かられたときのダルカンは怯えが強かったのだが、剣を構えている今の姿は震えもなく勇ましい。
襲い掛かってくる牙に対し、ダルカンは手に持っている剣を盾として使って見事に防ぐ。
しかし勢いまでは殺しきれず、そのまま圧し掛かかられてしまう。
牙を剥く口元には未だ剣が盾としての役割を果たしているので噛みつかれるのは防げているが、爪はそうではない。
ダルカンの頭を覆っていたフードが爪に引っかかって裂かれ、胸当てを削る音が辺りに響く。
ほんの一瞬で地面に引き倒されたダルカンに、俺達は駆け寄ろうと地面を蹴り上げるが、そんな俺達よりも早くダルカンの元へと辿り着く存在がいた。
それは彷徨う鎧だ。
目を話していた隙に近くまで来ていたのか、存在を忘れていたのは今日何度目かの迂闊さだった。
剣は持っていないが、振りかぶった拳はノルドオオカミとダルカンを目指して動き出している。
狙いはどっちだろうか。
普通なら先程の戦いの延長でノルドオオカミを狙うのだろうが、ダルカンを狙わないという確約もないし、そもそもダルカンの安全を無視した攻撃を加えることも考えられる。
だがしかし、そんな心配も杞憂に終わった。
まるでダルカンを避けるようにして振るわれた拳はノルドオオカミの横腹に突き刺さり、その体を真横へと勢いよく吹き飛ばした。
そのままの勢いで壁に叩きつけられたノルドオオカミは情けない鳴き声を吐き、地面にずり落ちて動きを止めた。
あの感じだと、ノルドオオカミの方は生きていたとしても当分は動けないと判断する。
見た限りでは今の一撃でダルカンにダメージはなかったようだが、ただ黙ってダルカンを見下ろす彷徨う鎧が次にどういう攻撃に出るかわからないため、すぐに引き離したい。
先程と同様、雷魔術による磁石での拘束を行う一方で、視界の隅ではパーラがランプに入っている油を取り出す作業を行う。
残存している魔力量はあまり多くないが、数秒は拘束できる。
俺が動きを止め、パーラが火で彷徨う鎧を燃やし尽くすという役割分担を打合せなしで行えるのは流石と誇りたいものだ。
ジッとダルカンを見つめて一切の動きを見せない彷徨う鎧に不気味さを覚えるが、好機ともいえる。
磁力で壁に縫い留め、ランプの油をぶちまけて燃やし尽くすべく、動き出した俺達だったが、電撃を使うにはダルカンが彷徨う鎧にかなり近い。
「殿下下がって!そいつから離れて下さい!仕掛けます!」
「待ってアンディ!大丈夫だから!攻撃しないで!」
「何を言ってっ―」
まずはダルカンに退避させようと声をかけたが、返ってきたダルカンの声はまさかの攻撃を止めるものだった。
アンデッドを目の前にして、攻撃をするなとは一体何を考えているのか。
未だ危害を加えていないとはいえ、アンデッドがいつ生者であるダルカンを害そうとするかわからないため、彷徨う鎧を刺激しないよう徐々にダルカンへと近づいていく。
「この鎧は僕を攻撃しない!むしろ守ろうとしてる!」
「んな馬鹿な!そいつはアンデッドです!すぐに離れてください!俺とパーラが仕留めます!」
「本当に大丈夫だってば!だってこの鎧は―」
言葉の途中で、彷徨う鎧が動きを見せた。
やはりダルカンを襲うかと思った瞬間、鎧の背中にダルカンを庇うように立ち、前面からぶつかってきた影を受け止めた。
いつの間にか回復したのか、再び猛り狂ったように牙を剥くノルドオオカミがダルカンか彷徨う鎧を狙って飛び掛かったところに、彷徨う鎧が割り込んだらしい。
信じがたいことだがダルカンの言う通り、あの彷徨う鎧はダルカンを守るために今動いた。
生きている者を襲う以外の本能を持ち合わせていないアンデッドが、確かに今、ダルカンを守ったのだ。
思わずパーラの方を見て、驚いている顔と目が合う。
同じ驚きを共有できている辺り、目の前で起きたことがいかにあり得ないことがを改めて認識できる。
先程壁に叩きつけられたせいでダメージを負ったのか、動きがどこかぎこちない感じがするノルドオオカミだが、彷徨う鎧に牙を突き立てようと顎を狂ったように開閉させている姿は、残された命の灯を燃やし尽くさんとしているようにも見える。
心なしか、彷徨う鎧がダルカンを庇う姿が生前の騎士だった頃のあるべき姿として俺の目に映り、ついさっきまで抱いていた彷徨う鎧がダルカンを襲うという危惧を一瞬だが忘れさせた。
「パーラ!風だ!ノルドオオカミを風で覆え!」
「え…あ、うん、分かった!けど長くは持たないから何かするなら急いで!」
「おう!」
この時、俺達が優先して倒すべきなのはノルドオオカミであるため、彷徨う鎧は敵として見なくてもいいとした。
パーラの魔術により発生した風の渦が、彷徨う鎧と組みあっているノルドオオカミを包み込み、繭のようにして出来上がった空気の層目がけ、俺の腰元にある小物入れから取り出した数本の小瓶の中身をぶちまける。
小瓶の中には料理用のものとは別に小分けにしていた胡椒やトウガラシと言ったスパイス類が入っており、それらが空気の渦に乗ってノルドオオカミの目や鼻、体につけられた傷といった場所に飛び込んでいく。
大した量ではなくとも、目や傷口にトウガラシが入るととてつもない痛みをもたらすもので、彷徨う鎧に齧りついていたノルドオオカミは突然襲い掛かってきた猛烈な痛みに体勢を維持できなくなる。
目に見えない攻撃を受け、ノルドオオカミは痛みに地面を転げまわる。
パーラの魔術によってトウガラシは彷徨う鎧を巻き込むまでに範囲は抑えられており、アンデッドである彷徨う鎧は呼吸をしていないし、そもそも痛覚を感じないため、ノルドオオカミだけが痛みに悶える結果となった。
俺達の相手をすることも出来ない状態のノルドオオカミに、俺はゆっくりと近づいていき、のたうつ動きを読んでその首に上段から振りかぶった剣を叩きこむ。
雷魔術で剣を電熱化させ、切れ味を上げた一撃はノルドオオカミの強靭な毛皮を焼き切り、鋼のような筋肉に覆われた首筋に食い込むと溢れる血液を一瞬で蒸発させながら骨にまで到達する。
流石にノルドオオカミも、トウガラシの痛み遥かに超える激痛が首に走ると抵抗を強めるが、首の半分近くを切り裂いた傷は完全に致命傷となっておりり、血のあぶくを吐きながらすぐに息絶えた。
死亡を確認したところで、自然と深い溜め息が漏れた。
まさしく強敵だった。
これまでに遭遇した魔物・動物の中で、このノルドオオカミは飛竜には及ばずとも、ドレイクモドキに次ぐ強さを持っていたと言える。
勝てた要因はいくつかあるが、不本意ながら彷徨う鎧の存在が大きいことは認めざるを得ない。
ノルドオオカミとの相打ちを狙って戦いに巻き込みながら、最後には奇妙にもダルカンを守る姿勢を見せた彷徨う鎧は、俺の中でどういう存在として見るか迷いを覚えてしまっている。
今もダルカンを守るようにして立ち、それどころか俺達にすら攻撃を加えようとしないところを見ると、もしかしたらただのアンデッドではないのだろうか。
とはいえ、アンデッドであると断定出来ている以上、彷徨う鎧を無警戒に放置することは出来ない。
その一挙手一投足から目を離せないでいると、彷徨う鎧は不意にダルカンの方へと向き直り、膝をついて右手を左肩に、左手を左腰に添える格好をとった。
やや頭を下げ気味にしているその姿は、恐らくだが騎士の礼だと思われる。
以前、ネイに見せてもらったチャスリウスの騎士がとる正式の礼とはやや違うように思うのだが、その姿勢をとるということは、彷徨う鎧にとってダルカンは忠誠を誓う相手として認識されているということになる。
アンデッドであるはずの彷徨う鎧がダルカンを守る姿もおかしなものであったが、こうして騎士の礼をとるアンデッドというのはさらにおかしなものだ。
まるで、自らの騎士としての務めを思い出したかのようなその姿は、忌み嫌われるアンデッドでありながら、どこか涼やかさを感じさせる。
まさしく騎士と王族といった目の前の光景に、俺とパーラは互いに顔を見合わせて首をひねるばかりだ。
しかしダルカンはそうではないようで、目の前で膝をつく彷徨う鎧に対し、迷うことなく剣先を差し出す。
そうすることが当然であると言わんばかりに自然な動きは、彷徨う鎧が差し出された剣先に右手を添え、己の首元へと引き寄せる動きを見せることで、正しくなんらかの儀式であったことを現していた。
美術の教科書なんかで王と騎士がこんな感じのやり取りをする絵画なんかがあったような気がする。
それを考えると、彷徨う鎧はダルカンを仕えるべき相手として見ていることになる。
ダルカンも普通に騎士として扱う態度を示していることから、お互いが相手をどういう存在として理解しているのかきになるところだ。
首元に剣先を付きつけられたままの姿勢で数秒間そのままでいると、ダルカンの方から剣を引いて彷徨う鎧も礼を解いた。
どうやら何かしらの儀式は無事に終わったようだ。
今のやり取りをただ見ているだけしかできなかった俺とパーラだったが、それが終わったと判断してダルカンの元へと集まる。
「殿下、今行ったのは一体…?」
「あれは騎士に叙勲する儀式だよ。僕達王族は自分に仕える騎士を選任する際、あぁいった儀式を行うんだ」
「はあ、そうですか。……なぜそんなことを?」
「あの彷徨う鎧は騎士としての礼を僕にとったんだ。まるで使える主君に僕を選ぶというかのような態度を示し、それに僕は叙勲の儀式で答えた。ほとんど思い付きでやったことだけど、上手くいったみたい」
ダルカンが視線を彷徨う鎧へと向けるのに合わせて俺もそちらへと目を向けると、そこには確かにあの彷徨う鎧がいるのだが、最初に遭遇した時に感じていたぼんやりとした雰囲気とは打って変わり、今はまるで中身が生きた人間が入っているかのように生気を感じさせる佇まいを見せている。
あのダルカンの行った儀式により、彷徨う鎧は生前の騎士としての何かを取り戻したとでも言うのだろうか。
「しかし殿下、この彷徨う鎧はアンデッドです。危険であることには変わりはないと思うのですが」
「それは大丈夫。今の彷徨う鎧は僕を絶対に傷付けない」
「言いきりますか。なぜそう思うのです?」
彷徨う鎧が自分を傷付けないと断定して言うダルカンだが、未だアンデッドであることで不信感をぬぐえない。
俺とパーラには分からない何かを根拠にして彷徨う鎧を味方のように信じたダルカンの判断は、結果を見れば確かに間違ってはいなかった。
だがそれは結果論であり、護衛である俺たちからすれば部の悪い賭けでしかなく、しっかりとした説明をダルカンから聞けるまでは彷徨う鎧への警戒は解けない。
ノルドオオカミも倒したし、彷徨う鎧も大人しくしているようなのでしっかりと話を聞かせてもらおうと思っていると、彷徨う鎧がダルカンの傍にきて、何やら手振りをし始める。
急に動いたことに俺は一瞬身構えたが、何かを伝えようとする彷徨う鎧の仕草は人間臭さが漂っており、一先ず警戒心を主には出さずにダルカンとのやり取りを見守ることにした。
だが言葉を話せない彷徨う鎧が自分の意思を身振り手振りだけでダルカンに伝えるのは難しく、話が進まないでいたところに、パーラが声をかける。
「あのー殿下、もしかしたらですけど、私の魔術でその人が話せるようになるかもしれませんけど、試してもいいですか?」
「本当かい?ぜひ頼むよ。このままじゃ何を言いたいのかわからなくてね」
「ではやってみます。えー…鎧さん、ちょっとこっちに。そのまま頭を低くして」
彷徨う鎧がパーラの誘導に素直に従っているのを見ると、やはりアンデッドとしての本能は完全に静まっているようで、そればかりか俺達の声も聞こえて理解している。
脳みそも耳も残っていないと思っていたのだが、一体どういう理屈なのか不思議で仕方ない。
「はい、あーって言ってみて」
『キー』
「ダメか。…これでどう?もう一回」
『コー…オー…ア、あー……ぉお…話せる、話せるぞ』
パーラが何度か調整をして暫く、突然彷徨う鎧から声が上がる。
金属の鎧の中を反響するような声はやや甲高く聞き取りづらいが、それでもちゃんと声が聞こえている。
かつて自分の声を魔術で補っていた経験があるとはいえ、死んだ人間に再び声を取り戻させるとは、パーラはかなりのチート持ちなのではないだろうか。
自分の魔術が成功したことにガッツポーズをとるパーラと、声を取り戻したことに対する感動に震えている彷徨う鎧の二人だったが、見つめろ俺とダルカンの視線に気づくと、彷徨う鎧はあの騎士の礼を取った。
『こうして御身に我が声をお届けできるとは恐悦至極。改めて名乗り申す。我が名はエドアルド・スワイトシアス・アルコー。チャスリウス公国へ剣を捧げし騎士にございます』
アンデッドとして荒れ狂っていたとは思えないほどにしっかりとした名乗りに、俺は驚きを禁じえないでいたが、隣に立つダルカンは何かに納得したかのように大きく頷いている。
やはり俺の知らない何かをダルカンは知っているようで、その辺りのことはダルカンと、このエドアルドと名乗った鎧から聞かせてもらうとしよう。
俺が使う雷魔術も、この電磁石としての性質を利用して磁力を操っているわけだが、彷徨う鎧を拘束していた磁力を生み出すために使っていた電力は、そこそこ大きめな施設を賄えるぐらいのものに相当していた。
魔力をそのまま電力へと変換しているわけではないが、それでも使う魔力量に比例して電力も増えていくため、大量の電力を作り出すことは魔力も相応に消費する。
先程まで彷徨う鎧を壁に貼り付けていた際に発生させていた磁力は、俺が出せる雷魔術の最大出力にかなり近いもので、全身鎧の重量物を動けなくしていたその力を吸引から反発へと磁力を変化させた時の反動はかなりのものだ。
よく学校の実験などでも教えられるが、磁石の同じ極同士を近づけた時に、互いを遠ざけようとする性質は中々に強力な力を生み出す。
それこそ、大電力によって作り出された強力な磁力が一転して反発力となった時、金属の塊である全身鎧はまるで弾丸のようにして弾き飛ばされることとなった。
とっさの思い付きとはいえ、結構な苦労をして捕まえた敵を自由にすることへの抵抗感はあるが、ダルカンの危機を救うには他に手はない。
吹き飛ばされた彷徨う鎧は、ダルカンを襲う寸前のノルドオオカミの横合いからぶち当たり、互いを巻き込みながら地面を転がってダルカンから遠ざかっていった。
そして、一瞬だけ遅れてパーラがダルカンと合流し、掻っ攫うようにしてその身を抱き上げると、危険な二つの存在から離れるべく通路の奥、つまり俺達の目的地としていた方向へと避難する。
俺も銃を構えつつそれに続き、パーラ達の壁としてノルドオオカミと彷徨う鎧との間に立って向こうの警戒に意識を割く。
「パーラ、殿下はどうだ?」
「…見た限りでは怪我はないと思う。殿下、どこか傷んだりしますか?」
「はぁ…はぁ…はぁ…大丈夫、少し腰を打っただけで怪我とかはしてないよ」
粗くなっていた息を何とか落ち着けようとするダルカンを横目で見ると、その体が震えているのが分かる。
ノルドオオカミに襲い掛かられる寸前、死が目の前にまで迫ったダルカンの恐怖を考えるとそうなるのも当然だろう。
とりあえず俺とパーラが傍に来たことで護衛としての役目は果たせそうなのだが、彷徨う鎧とノルドオオカミという二つの脅威がある中、楽観視できる状況にないことは確かだ。
ダルカンが無事なことと、危険な存在である彷徨う鎧とノルドオオカミがまだ遠い位置にいることを確認し、一先ず銃をパーラに返しておく。
「ほれ、返すぞ。弾倉はほとんど使ってるから新しいのに換えとけよ」
「分かった。…けどあの鎧の奴、あれじゃあ死んでるだろうから、ノルドオオカミに備えたほうがいいよね」
「いや、死んでるとしたらノルドオオカミの方だろ。あの鎧の奴はアンデッドだからな」
「げぇっ、もしかして元騎士のアンデッド?面倒くさぁ…」
「ちなみに彷徨う鎧ってのを俺が名付けた」
手際よく簡単な銃の調整とマガジンの交換をするパーラだったが、俺の言葉を聞いてげんなりとした顔を浮かべる。
ただでさえ相手にするのにアンデッド面倒だというのに、素体が騎士となっているアンデッドの面倒くささはパーラにもよく分かったようだ。
「けど、あの鎧の奴をノルドオオカミにぶつけたのは上手かったね。あれならあいつらで潰しあってくれるんじゃない?」
パーラの言うそれを狙ってぶつけたというわけではないが、目標を俺達から逸らすという効果を多少は見込んでいた。
姿の見えなくなったあいつらが、果たして互いを敵として認識してくれるかどうか。
「ひとまずもう少し奥に行こう。ここにいたら戻ってきたあれらに狙われかねん」
「了解。殿下、立てますか?手を」
「ありがとうパーラ」
パーラの支えで立ち上がり、奥へと移動を開始しようとしたとき、俺達の下へと何がかすごい勢いで近づいてきた。
いや、近付いてきたというのは正確ではない。
何かの影が吹っ飛んできたというのが正しい。
その影は俺達のやや手前で二・三度転がると体勢を立て直し、片膝を付く姿勢で完全に止まった。
転がった時に立てていた音で予想はしていたが、そこにいたのはやはり彷徨う鎧だった。
ノルドオオカミと取っ組み合っていた名残として、小手や肩当てに付着した血液は相手に与えたダメージの結果だろう。
彷徨う鎧は俺達を一瞥するとすぐに立ち上がり、自分が吹き飛んできた方向へと剣を向ける。
するとそれに呼応するようにして暗闇の中からノソリとした動きでノルドオオカミも姿を表し、牙を向いて彷徨う鎧と対峙した。
完全に敵対の姿勢を取っていることから、どうやらこいつらで潰し合わせるという狙いはうまくいったようだ。
お互いだけの世界に入って俺達の存在が忘れられているのなら言うことなしだが、時折ノルドオオカミの鼻先が揺らぐようにして俺達の方へと向くことから、このまま後ろを向いたら牙を突き立てられそうだ。
もちろん、彷徨う鎧の方もそうするだろうと思ったほうがいい。
「アンディ、どうする?これ、動くと狙われるよね」
「ああ、たぶんな。だから動くなよ。殿下もそのままです。あいつら同士で潰しあうのを待ってみよう」
彷徨う鎧もノルドオオカミも、どちらを相手にするにしても今の俺達はには厳しい戦いになる。
俺の方の魔術は使えるようになったが、それを勘定に入れたとしても楽観視できる材料に乏しいままだ。
こちらから手を出して三すくみにする必要もなく、ひとまず様子見と言った感じだ。
俺達の見ていない所で既に一戦交えているはずだが、彷徨う鎧が仕留めていない所を見ると、先に倒している子供の方のノルドオオカミよりも強いのだろう。
静かに見守る形になった俺達の注目する先で、唐突に二つの影が衝突した。
強靭な脚力から生み出される弾丸のような飛び掛かりを仕掛けるノルドオオカミに、迎え撃つ彷徨う鎧は剣ではなく、空いている左手を牙の前へと差し出す。
狙いは俺にもわかる。
牙を封じて動きを止めたうえで、右手に握った剣で斬るつもりだ。
だがその狙いはノルドオオカミに看破されていたのか、眼前に突き出された腕を見るや否や、ノルドオオカミは牙を逸らすようにして体を捩って地面へと着地し、頭上から落とされる剣を避けて後ろへと飛び退った。
この攻防はほんの一瞬の出来事で、暗い洞窟ということもあり、目で追えたのは警戒のために魔術で視力を強化していたおかげだ。
片や死してなお身に沁みついた技術で戦い、片や動物の本能による身体能力便りの攻撃という、ある意味二極の戦いの帰結は、意外なほどあっさりとしたものだった。
彷徨う鎧から一度距離を取ったかに見えたノルドオオカミだったが、一度振り下ろされた剣を持ち上げる動作よりも早く、再び飛び掛かった姿は明らかに速さが増しており、それに対処するタイミングを外した彷徨う鎧はモロにタックルを受ける形となり、派手な音をたてて地面へと背中から倒れる形となった。
タックルの反動を生かし、空中で姿勢を整えたノルドオオカミは軽やかに地面へと着地し、倒れ込んだ敵に向けて荒い息を吐くようにして一度短く吠えた。
倒れただけで致命的な損傷を受けたわけではない彷徨う鎧は尚も立ち上がろうとするが、それを阻止するべくノルドオオカミは鎧の胸に前足を揃えて叩きつけ、動きを封じる。
しかし起き上がるのを封じられただけでまだ剣を握る手が自由な彷徨う鎧は、自分の胸を抑え込む邪魔な存在を排除しようと手首を器用に動かして突きを放とうとするが、それも許さんと腕に噛みつかれたことで剣を遠くへと弾かれてしまい、攻撃の手は完全に失われてしまった。
ジタバタともがく鎧と、それを抑え込む狼という構図は、ノルドオオカミの体格が彷徨う鎧よりも大きいせいで逆転の可能性は薄いと思わされるほどだ。
「ねぇ、アンディ。このままだとノルドオオカミは次に私達を狙ってくるよね」
「まぁそうだろうな」
「私はあの鎧と戦ってないから分からないけど、ノルドオオカミとどっちが手強いと思う?」
「そりゃあ……なるほど、そういうことか」
パーラが言いたいのは、今の状況は彷徨う鎧が完全に圧倒されていて、ノルドオオカミはまだ元気なままで次のターゲットに俺達を選ぶ可能性が高いということだ。
単純に考えて、アンデッドとはいえ武装した腕利きの騎士を倒したノルドオオカミは、単体での戦力として見るとこの場ではダントツで一位だ。
一度は拘束することに成功している彷徨う鎧と、その彷徨う鎧を圧倒する存在であるノルドオオカミでは、相手にするならどちらがマシかという話になると考えるまでもない。
ここはノルドオオカミを排除してから、また彷徨う鎧を捕まえた方がいいだろう。
そのために、今の状況を何とかしようと援護の手を出すことにした。
「よし、俺達はノルドオオカミへ攻撃を加える。パーラは銃で援護、殿下は身を低くして俺達の背後へ」
「ぼ、僕も何か手伝うよ!」
「…そのお気持ちだけで十分です。殿下をお守りするのが俺達の役目ですので、そのようなことはお考えなさいませぬように。どうか殿下はご自分の身の安全だけに気を配ってください」
人手が多いに越したことはないが、ぶっちゃけ戦力として期待できない上に最優先護衛対象であるダルカンを戦いに駆り出すのは本当にどうしようもなくなってからでいい。
言外に足手纏いというのが伝わったのか、俯くダルカンがパーラの背に庇われる位置へ移動したのを見送り、視線を再びノルドオオカミの方へと向ける。
「しっかし、一度捕まえたのを自由にして、今度は助けるために動くとはな」
「優先度の問題でしょ。対峙した時のやばさはノルドオオカミの方が上なんだし、割り切ってよ。じゃあ、行くよ」
「あいよ。大技は崩落を招く危険があるから使えん。銃で牽制しつつ、まずはあいつらを分断するぞ」
レールガンもどきの余波程度で崩れるほど周りの壁は脆くないが、動きの速いノルドオオカミを狙う以上、攻撃を躱されたら壁に当たって崩落を招く可能性を考えておく必要がある。
ただ先程の彷徨う鎧との戦いとは違い、ノルドオオカミはれっきとした生きた動物なので、電撃での攻撃は有効なのが救いだ。
電撃は生物には効果は抜群、岩壁への衝撃はソフトなものなので、生き埋めにならないためにも電撃をメインに使用する。
パーラと視線を合わせて準備が整ったことを確認しあう。
攻撃を仕掛けるなら、まだ俺達を明確に狙ってはいない今が丁度いい。
一つ懸念があるとすれば、俺達がノルドオオカミに手を出した瞬間、彷徨う鎧も俺達を狙ってこないかということだが、こればかりは出たとこ勝負だ。
アンデッドであり騎士でもある本能が、俺達よりも強敵であるノルドオオカミを敵と定めたままになるのを祈ろう。
先手、俺による電撃は蛇のようにうねりながら直進してノルドオオカミを襲う。
意識を鎧の方へと割いていたノルドオオカミは、光の速度で迫る雷を察知こそすれど回避までは出来ず、無防備にその体を雷に打たれていた。
痙攣するように大きく体を跳ねて鎧の上からずり落ちた巨体は、すぐに俺達へと顔を向けて牙をむいて威嚇してきた。
並の生物なら一撃で殺せる威力を自負する電撃を撃ち込んだのだが、ダメージを負いはしても命を奪うことが出来なかったノルドオオカミが、完全に俺達をターゲットとして見たことが分かった。
ノルドオオカミがこちらへ飛び掛かろうと足を撓めた瞬間、すかさずパーラによる銃撃が浴びせられる。
先程とは違い、電撃で多少体の動きが鈍っているのに加え、前衛としての俺がいるおかげで射撃の正確さも増した弾丸は、そのいくつかはノルドオオカミの体を捉える。
ほとんどの弾丸は針金のような毛皮に逸らされるのだが、数発だけはノルドオオカミの肉に食い込み、甲高い悲鳴と共に辺りへ鮮血をまき散らす。
「当たった!」
「手を止めるな!撃ち続けろ!」
逃げながらの銃撃ではノルドオオカミに一撃を見舞うこともできなかったパーラも、ようやく弾丸がダメージを与えたことを喜ぶが、まだまだ油断できる状況ではない。
体の大きさからすれば負わせた傷など些細なものだ。
ダメージ自体は大きいとしても、傷口に小ささから漏れ出る血液も少ないため、まだまだ体力は残っている。
電撃と銃撃のダブルでノルドオオカミを抑え込み、このまま倒し切りたい俺達は攻撃の手を休めず、弾幕ともいえる攻めを続ける。
しかしこのノルドオオカミも馬鹿な生き物ではないため、電撃で体が弛緩したところに銃弾を浴びせられるというコンボが危険だと理解しているようで、弾丸の防御を自らの毛皮に託し、電撃の元を叩くべくこちらへと詰めてくる。
疾風のような速さで走るノルドオオカミは、一秒もかけずに俺達との距離を詰めてしまい、最前面にいた俺へと目がけて、鋭い爪が煌めく前足を振るってきた。
このまま爪に引き裂かれるのと俺が魔術で攻撃するのとどちらが早いか、考えるまでもない。
同時、つまり相討ちだ。
いや、一撃の強さを考えると俺の方がやられることになるだろう。
雷化でやりすごそうにも、思ったよりも魔力を使っているせいでそれも難しく、さらに背後にはパーラとダルカンも抱えている。
ノルドオオカミを背後に通すと、パーラはともかくダルカンがまずい。
水も土も速攻性には欠けるため、やはり電撃しかない。
爪をどこで受けるかを考えつつ、雷魔術を発動しようとしたとき、俺を包むようにして風の渦が立ち上る。
パーラの魔術だ。
それによってノルドオオカミの前足はぶれるようにして弾かれ、爪による攻撃は防ぐことができた。
だがノルドオオカミは攻撃の手を止めず、すぐに風の渦に弾かれた勢いを利用して地面へと降りると、そのままパーラ達を目がけて走り出した。
俺は周りを覆う風魔術のせいで動きが取れず、魔術を使った隙が硬直となって表れているパーラは、迫りくるノルドオオカミに目を見開いているだけだ。
銃を構えてはいるが、銃口自体は別のところを向いているため、弾丸を打ち出すよりも爪か牙が届くのが早い。
今から電撃を放ったところで、恐らくこの風の渦のせいで届かず、逃げろとしか言えない声すらも風によって外へと出ていかない。
一拍遅れて風の渦は消えたが、それでももう間に合わない。
万事休す、といった状況のなか、ノルドオオカミからパーラを守るようにして割り込む影が現れる。
影の主はダルカンだ。
盾としての機能が強い剣を構え、疾風のように迫る牙の前へとその身を晒す。
護衛対象に守られるのは本来有り得ないのだが、今はダルカンだけが頼りだ。
今から襲い掛かろうとしていたところに横合いから割り込まれた形になったノルドオオカミだが、そんなことは気にもせずにそのままダルカンの頭を噛み潰さんとするかのように大きく口を開いて飛び掛かった。
先程ノルドオオカミに襲い掛かられたときのダルカンは怯えが強かったのだが、剣を構えている今の姿は震えもなく勇ましい。
襲い掛かってくる牙に対し、ダルカンは手に持っている剣を盾として使って見事に防ぐ。
しかし勢いまでは殺しきれず、そのまま圧し掛かかられてしまう。
牙を剥く口元には未だ剣が盾としての役割を果たしているので噛みつかれるのは防げているが、爪はそうではない。
ダルカンの頭を覆っていたフードが爪に引っかかって裂かれ、胸当てを削る音が辺りに響く。
ほんの一瞬で地面に引き倒されたダルカンに、俺達は駆け寄ろうと地面を蹴り上げるが、そんな俺達よりも早くダルカンの元へと辿り着く存在がいた。
それは彷徨う鎧だ。
目を話していた隙に近くまで来ていたのか、存在を忘れていたのは今日何度目かの迂闊さだった。
剣は持っていないが、振りかぶった拳はノルドオオカミとダルカンを目指して動き出している。
狙いはどっちだろうか。
普通なら先程の戦いの延長でノルドオオカミを狙うのだろうが、ダルカンを狙わないという確約もないし、そもそもダルカンの安全を無視した攻撃を加えることも考えられる。
だがしかし、そんな心配も杞憂に終わった。
まるでダルカンを避けるようにして振るわれた拳はノルドオオカミの横腹に突き刺さり、その体を真横へと勢いよく吹き飛ばした。
そのままの勢いで壁に叩きつけられたノルドオオカミは情けない鳴き声を吐き、地面にずり落ちて動きを止めた。
あの感じだと、ノルドオオカミの方は生きていたとしても当分は動けないと判断する。
見た限りでは今の一撃でダルカンにダメージはなかったようだが、ただ黙ってダルカンを見下ろす彷徨う鎧が次にどういう攻撃に出るかわからないため、すぐに引き離したい。
先程と同様、雷魔術による磁石での拘束を行う一方で、視界の隅ではパーラがランプに入っている油を取り出す作業を行う。
残存している魔力量はあまり多くないが、数秒は拘束できる。
俺が動きを止め、パーラが火で彷徨う鎧を燃やし尽くすという役割分担を打合せなしで行えるのは流石と誇りたいものだ。
ジッとダルカンを見つめて一切の動きを見せない彷徨う鎧に不気味さを覚えるが、好機ともいえる。
磁力で壁に縫い留め、ランプの油をぶちまけて燃やし尽くすべく、動き出した俺達だったが、電撃を使うにはダルカンが彷徨う鎧にかなり近い。
「殿下下がって!そいつから離れて下さい!仕掛けます!」
「待ってアンディ!大丈夫だから!攻撃しないで!」
「何を言ってっ―」
まずはダルカンに退避させようと声をかけたが、返ってきたダルカンの声はまさかの攻撃を止めるものだった。
アンデッドを目の前にして、攻撃をするなとは一体何を考えているのか。
未だ危害を加えていないとはいえ、アンデッドがいつ生者であるダルカンを害そうとするかわからないため、彷徨う鎧を刺激しないよう徐々にダルカンへと近づいていく。
「この鎧は僕を攻撃しない!むしろ守ろうとしてる!」
「んな馬鹿な!そいつはアンデッドです!すぐに離れてください!俺とパーラが仕留めます!」
「本当に大丈夫だってば!だってこの鎧は―」
言葉の途中で、彷徨う鎧が動きを見せた。
やはりダルカンを襲うかと思った瞬間、鎧の背中にダルカンを庇うように立ち、前面からぶつかってきた影を受け止めた。
いつの間にか回復したのか、再び猛り狂ったように牙を剥くノルドオオカミがダルカンか彷徨う鎧を狙って飛び掛かったところに、彷徨う鎧が割り込んだらしい。
信じがたいことだがダルカンの言う通り、あの彷徨う鎧はダルカンを守るために今動いた。
生きている者を襲う以外の本能を持ち合わせていないアンデッドが、確かに今、ダルカンを守ったのだ。
思わずパーラの方を見て、驚いている顔と目が合う。
同じ驚きを共有できている辺り、目の前で起きたことがいかにあり得ないことがを改めて認識できる。
先程壁に叩きつけられたせいでダメージを負ったのか、動きがどこかぎこちない感じがするノルドオオカミだが、彷徨う鎧に牙を突き立てようと顎を狂ったように開閉させている姿は、残された命の灯を燃やし尽くさんとしているようにも見える。
心なしか、彷徨う鎧がダルカンを庇う姿が生前の騎士だった頃のあるべき姿として俺の目に映り、ついさっきまで抱いていた彷徨う鎧がダルカンを襲うという危惧を一瞬だが忘れさせた。
「パーラ!風だ!ノルドオオカミを風で覆え!」
「え…あ、うん、分かった!けど長くは持たないから何かするなら急いで!」
「おう!」
この時、俺達が優先して倒すべきなのはノルドオオカミであるため、彷徨う鎧は敵として見なくてもいいとした。
パーラの魔術により発生した風の渦が、彷徨う鎧と組みあっているノルドオオカミを包み込み、繭のようにして出来上がった空気の層目がけ、俺の腰元にある小物入れから取り出した数本の小瓶の中身をぶちまける。
小瓶の中には料理用のものとは別に小分けにしていた胡椒やトウガラシと言ったスパイス類が入っており、それらが空気の渦に乗ってノルドオオカミの目や鼻、体につけられた傷といった場所に飛び込んでいく。
大した量ではなくとも、目や傷口にトウガラシが入るととてつもない痛みをもたらすもので、彷徨う鎧に齧りついていたノルドオオカミは突然襲い掛かってきた猛烈な痛みに体勢を維持できなくなる。
目に見えない攻撃を受け、ノルドオオカミは痛みに地面を転げまわる。
パーラの魔術によってトウガラシは彷徨う鎧を巻き込むまでに範囲は抑えられており、アンデッドである彷徨う鎧は呼吸をしていないし、そもそも痛覚を感じないため、ノルドオオカミだけが痛みに悶える結果となった。
俺達の相手をすることも出来ない状態のノルドオオカミに、俺はゆっくりと近づいていき、のたうつ動きを読んでその首に上段から振りかぶった剣を叩きこむ。
雷魔術で剣を電熱化させ、切れ味を上げた一撃はノルドオオカミの強靭な毛皮を焼き切り、鋼のような筋肉に覆われた首筋に食い込むと溢れる血液を一瞬で蒸発させながら骨にまで到達する。
流石にノルドオオカミも、トウガラシの痛み遥かに超える激痛が首に走ると抵抗を強めるが、首の半分近くを切り裂いた傷は完全に致命傷となっておりり、血のあぶくを吐きながらすぐに息絶えた。
死亡を確認したところで、自然と深い溜め息が漏れた。
まさしく強敵だった。
これまでに遭遇した魔物・動物の中で、このノルドオオカミは飛竜には及ばずとも、ドレイクモドキに次ぐ強さを持っていたと言える。
勝てた要因はいくつかあるが、不本意ながら彷徨う鎧の存在が大きいことは認めざるを得ない。
ノルドオオカミとの相打ちを狙って戦いに巻き込みながら、最後には奇妙にもダルカンを守る姿勢を見せた彷徨う鎧は、俺の中でどういう存在として見るか迷いを覚えてしまっている。
今もダルカンを守るようにして立ち、それどころか俺達にすら攻撃を加えようとしないところを見ると、もしかしたらただのアンデッドではないのだろうか。
とはいえ、アンデッドであると断定出来ている以上、彷徨う鎧を無警戒に放置することは出来ない。
その一挙手一投足から目を離せないでいると、彷徨う鎧は不意にダルカンの方へと向き直り、膝をついて右手を左肩に、左手を左腰に添える格好をとった。
やや頭を下げ気味にしているその姿は、恐らくだが騎士の礼だと思われる。
以前、ネイに見せてもらったチャスリウスの騎士がとる正式の礼とはやや違うように思うのだが、その姿勢をとるということは、彷徨う鎧にとってダルカンは忠誠を誓う相手として認識されているということになる。
アンデッドであるはずの彷徨う鎧がダルカンを守る姿もおかしなものであったが、こうして騎士の礼をとるアンデッドというのはさらにおかしなものだ。
まるで、自らの騎士としての務めを思い出したかのようなその姿は、忌み嫌われるアンデッドでありながら、どこか涼やかさを感じさせる。
まさしく騎士と王族といった目の前の光景に、俺とパーラは互いに顔を見合わせて首をひねるばかりだ。
しかしダルカンはそうではないようで、目の前で膝をつく彷徨う鎧に対し、迷うことなく剣先を差し出す。
そうすることが当然であると言わんばかりに自然な動きは、彷徨う鎧が差し出された剣先に右手を添え、己の首元へと引き寄せる動きを見せることで、正しくなんらかの儀式であったことを現していた。
美術の教科書なんかで王と騎士がこんな感じのやり取りをする絵画なんかがあったような気がする。
それを考えると、彷徨う鎧はダルカンを仕えるべき相手として見ていることになる。
ダルカンも普通に騎士として扱う態度を示していることから、お互いが相手をどういう存在として理解しているのかきになるところだ。
首元に剣先を付きつけられたままの姿勢で数秒間そのままでいると、ダルカンの方から剣を引いて彷徨う鎧も礼を解いた。
どうやら何かしらの儀式は無事に終わったようだ。
今のやり取りをただ見ているだけしかできなかった俺とパーラだったが、それが終わったと判断してダルカンの元へと集まる。
「殿下、今行ったのは一体…?」
「あれは騎士に叙勲する儀式だよ。僕達王族は自分に仕える騎士を選任する際、あぁいった儀式を行うんだ」
「はあ、そうですか。……なぜそんなことを?」
「あの彷徨う鎧は騎士としての礼を僕にとったんだ。まるで使える主君に僕を選ぶというかのような態度を示し、それに僕は叙勲の儀式で答えた。ほとんど思い付きでやったことだけど、上手くいったみたい」
ダルカンが視線を彷徨う鎧へと向けるのに合わせて俺もそちらへと目を向けると、そこには確かにあの彷徨う鎧がいるのだが、最初に遭遇した時に感じていたぼんやりとした雰囲気とは打って変わり、今はまるで中身が生きた人間が入っているかのように生気を感じさせる佇まいを見せている。
あのダルカンの行った儀式により、彷徨う鎧は生前の騎士としての何かを取り戻したとでも言うのだろうか。
「しかし殿下、この彷徨う鎧はアンデッドです。危険であることには変わりはないと思うのですが」
「それは大丈夫。今の彷徨う鎧は僕を絶対に傷付けない」
「言いきりますか。なぜそう思うのです?」
彷徨う鎧が自分を傷付けないと断定して言うダルカンだが、未だアンデッドであることで不信感をぬぐえない。
俺とパーラには分からない何かを根拠にして彷徨う鎧を味方のように信じたダルカンの判断は、結果を見れば確かに間違ってはいなかった。
だがそれは結果論であり、護衛である俺たちからすれば部の悪い賭けでしかなく、しっかりとした説明をダルカンから聞けるまでは彷徨う鎧への警戒は解けない。
ノルドオオカミも倒したし、彷徨う鎧も大人しくしているようなのでしっかりと話を聞かせてもらおうと思っていると、彷徨う鎧がダルカンの傍にきて、何やら手振りをし始める。
急に動いたことに俺は一瞬身構えたが、何かを伝えようとする彷徨う鎧の仕草は人間臭さが漂っており、一先ず警戒心を主には出さずにダルカンとのやり取りを見守ることにした。
だが言葉を話せない彷徨う鎧が自分の意思を身振り手振りだけでダルカンに伝えるのは難しく、話が進まないでいたところに、パーラが声をかける。
「あのー殿下、もしかしたらですけど、私の魔術でその人が話せるようになるかもしれませんけど、試してもいいですか?」
「本当かい?ぜひ頼むよ。このままじゃ何を言いたいのかわからなくてね」
「ではやってみます。えー…鎧さん、ちょっとこっちに。そのまま頭を低くして」
彷徨う鎧がパーラの誘導に素直に従っているのを見ると、やはりアンデッドとしての本能は完全に静まっているようで、そればかりか俺達の声も聞こえて理解している。
脳みそも耳も残っていないと思っていたのだが、一体どういう理屈なのか不思議で仕方ない。
「はい、あーって言ってみて」
『キー』
「ダメか。…これでどう?もう一回」
『コー…オー…ア、あー……ぉお…話せる、話せるぞ』
パーラが何度か調整をして暫く、突然彷徨う鎧から声が上がる。
金属の鎧の中を反響するような声はやや甲高く聞き取りづらいが、それでもちゃんと声が聞こえている。
かつて自分の声を魔術で補っていた経験があるとはいえ、死んだ人間に再び声を取り戻させるとは、パーラはかなりのチート持ちなのではないだろうか。
自分の魔術が成功したことにガッツポーズをとるパーラと、声を取り戻したことに対する感動に震えている彷徨う鎧の二人だったが、見つめろ俺とダルカンの視線に気づくと、彷徨う鎧はあの騎士の礼を取った。
『こうして御身に我が声をお届けできるとは恐悦至極。改めて名乗り申す。我が名はエドアルド・スワイトシアス・アルコー。チャスリウス公国へ剣を捧げし騎士にございます』
アンデッドとして荒れ狂っていたとは思えないほどにしっかりとした名乗りに、俺は驚きを禁じえないでいたが、隣に立つダルカンは何かに納得したかのように大きく頷いている。
やはり俺の知らない何かをダルカンは知っているようで、その辺りのことはダルカンと、このエドアルドと名乗った鎧から聞かせてもらうとしよう。
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彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
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