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城〜それは白玉の色〜

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「明日、城に来てもらいたい」
「…はあ、それは構いませんけど、急ですね」
「すまないな。色々と立て込んでいて、明日が丁度いいんだ」

チャスリウスに来てから暫く経ち、世話になっているユーイ家の人達と街の人達とも大分親しくなってきた今日この頃。
朝の目覚めを日の光の下で感じ取ろうと外へと出たところでネイと鉢合わせた。
昨夜、朝から城へと行くと聞いていたのでここで会うのはおかしくないのだが、急に明日城に来いと言われるのは流石に予想していなかった。

そういえばと思い出すと、チャスリウスの国境を越えた時に俺とパーラをダルカンに一度面通しさせるという話をしたのだが、調整が長引いている間に俺達は色々とやることを見つけ、観光しつつ時折エファクと一緒に広場で歌を披露するという日を過ごしたりしていた。

中々充実した日々を過ごしていたせいですっかり忘れていたが、そもそも俺達はネイの依頼を受けて、ダルカンの王位継承の正当性を確かめる試練とやらのクリアを手伝うという仕事があったのだ。

「わかりました。それで、城に行くのに何か準備するものはありますか?服装とか」
「いや、そういったものは私のほうで用意するから心配しなくていい。あぁそうだ。一応聞くが、君達は礼儀作法の心得はあるかな?ダルカン様は寛大な方ではあるが、城という場所柄、相応に払うべき礼儀というものがある」
「まぁ、俺もパーラもアシャドルとソーマルガの貴族の伝手で多少の礼儀作法は習いましたけど、チャスリウス独自の礼儀作法となれば流石に…」

ルドラマからはマクシムの誕生パーティの際に必要だからと最低限習ったし、ソーマルガでは短い期間ではあるが城で働いていた時に自然と身についたものもあった。
パーラのほうもセレンとディーネから色々と習ったと聞いたことがあるし、最低限ということであれば一応クリアしていると思う。

「ふむ、確かエイントリア伯爵と縁があると言っていたが、その関係かな?伯爵家の仕込みならば問題ないだろう。基本的な礼儀作法はどこの国も同じだからな。我が国独自の礼法も騎士か爵位持ちに求められるものであるから、君達が気にすることでもないよ。では後で城に着ていく服を届けさせるから確認してみてくれ」

色々と忙しいのか、早口で話を締めくくって去っていくネイの背中を見送り、すっかり眠気の晴れた頭を一つ撫でてから飛空艇へと戻る。

チャスリウスは標高の高い位置に国土を持つおかげで夏でも気温はさほど上がらない。
朝早い時間帯では霧が出て肌寒くなるほどだ。
空調の効いた船内にありがたみを感じつつキッチンへと向かい、今日の朝食の準備に取り掛かる。

冷蔵庫の中身を確認し、食材をいくつか取り出していく。
今日のメニューはアオショウグンの肉と根野菜の煮込み(昨夜の残り)、ポテトサラダ、お粥の三つだ。

いつぞや大量に手に入れていたアオショウグンの肉も、ここしばらく消費し続けていたおかげで大分少なくなっており、あと3・4食分を残すだけだ。
冷蔵庫のおかげで普通よりも長く楽しめたが、その味わいのせいで消費も早まったということでもある。
残りの分も大事に食べていきたいものだ。

「おはよう、アンディ」
「あぁ、おはようパーラ。もうすぐ準備ができるから、テーブルの上を片付けておいてくれ」
「はーい」

まだ少し眠そうなパーラにはテーブルを整えるのを任せ、完成した料理を乗せたお盆をテーブルへと運ぶ。
今日はネイがいないので二人分だが、いつもは三人分が並ぶテーブルに慣れていた目にはなんだか皿同士の隙間が広く感じられてしまう。

食べながら、今朝方ネイから言われたことをパーラに話すと、特に反対の言葉もなく了承され、今日は明日に備えての準備に時間を費やすことにした。



飛空艇内で時間を過ごして午後へと差し掛かろうとした頃、ネイの手配した服が俺達のもとへと届けられた。
早速俺とパーラのそれぞれに用意された服を広げてみると、街中でよく見かける伝統衣装を豪華にしたような感じだ。
前々から感じていたが、モンゴルの伝統衣装であるデールと似ている作りなのは、この国が名馬の産地であるために国民が乗馬に慣れ親しんだ生活を送っているからだろう。

そのせいかこの国の女性はスカートを履くということがあまりない。
これは馬の乗り降りがしやすいようにとズボンを愛用しているからだそうだ。
一部貴族階級の女性にスカートやドレスを着ている人もいるそうだが、伝統衣装であるこのデールに似た服を普段着として好むのは貴族・平民問わず多いらしい。

そんな服を俺達は明日身に着けて城へ行くわけだが、とりあえずどんなものか一度来てみないと何とも言えない。
というわけで、早速着替えてみた。

若干大き目ではあるが、小さいよりはましと割り切り、帯に余っている布を巻き込んで調整するとかなりいい感じになった。
生憎、飛空艇には姿見に使える大きな鏡がないため、全体を見るのはパーラに頼むことにした。
そのパーラは着替えを終えて部屋から出てくると、居間にいる俺の元へと軽い足取りで駆け寄ってきた。

「じゃーん!どう、アンディ。似合ってる?」

一度その場でターンして俺に見せつけるパーラの姿は、可愛らしいという言葉を控えめにしてしまうほどに衣装が似合っている。
ミルタやマースの影響でお洒落にも大分気を遣うようになったパーラは、冒険者としての仕事がない時は可愛らしい服を着る機会も増えていたが、今着ている服はそれらと比べてもベクトルは違えど十分お洒落な格好だろう。

実はパーラに渡された服は、強めのオレンジ色が主張しすぎるのではないかと思っていたのだが、こうして見てみると中々悪くない。
オレンジ色の布地を流れる黒髪が乳白色の帯に達することでそれぞれの色合いが際立ち、組み合わせとしては全てが噛み合った好例だと言えそうだ。

「おぉー、すげーいいなパーラ。色的に派手かとも思ったが、こうして帯と合わせて見ると意外に上品なんだな。それなら貴族の令嬢でも通じるかもしれないぞ」
「え~本当?うぇへへ。…アンディもそれ似合ってるじゃん。ちょっと暗めの青だけど、黄色の帯が上手く目立ってる。いい感じだよ」
「ん、そうか?はは、ありがとうよ」

相変わらず照れ笑いのクセが凄い。
しかし俺の恰好もパーラから合格をもらえたようで、これなら明日城へ着て行っても笑われることはないだろう。
…ないよな?

若干のサイズ調整はあったものの、服は準備万端整った。
あと考えるのは手土産だろう。
いや、相手は王族なのだから献上品と言ったほうがいいか。

ネイは特に何も言っていないが、それでも手ぶらで行くのは流石にまずい。

「そんなわけで、何を持っていこう?」

この場には俺とパーラしかいないので、自然と相談はパーラを相手にということになる。

「城への持参品ってのならあれしかないんじゃない?」
「あれって?」
「ほら、ネイさんが言ってたじゃん。ダルカン様に召し上がっていただくんだって」
「あぁ、あれな。そういやそうだったな」

パーラに言われて思い出したが、確かにあれなら明日までに用意するのは簡単だし、インパクトも大きい。
うん、明日城に持っていく手土産はフライドチキン関係で決まりだな。






明けて翌日の早朝、俺とパーラはネイを先頭にして、馬の背に揺られて城へと向かった。
バイクではなく馬を使ったのは、城へと向かうのにバイクは悪目立ちするし、バカな貴族が騒いでバイクを強引に取り上げるということもあり得るため、ユーイ家が所有する馬を貸すのでそれで行こうとネイに言われたからだ。

今のネイはダルカンの派閥に属しているが、そのダルカンは上の兄姉から色々と目を付けられているため、こういうちょっとしたことでトラブルを起こすのは避けたいという思惑は理解できるし、納得もした。
なので、俺とパーラは久しぶりに馬を駆っての移動となっている。
最後に乗ったのはどれぐらい前だったか覚えていないが、それでも意外と体は乗り方を覚えているものだな。

街へと入る門の所では、俺達の先頭を行くネイが騎士の姿をしていることに加え、俺とパーラはマントの下で明らかに上質だと分かるチャスリウスの伝統衣装を身にまとっているせいで貴族と間違われたようで、通門中の人の群れがサッと俺達の馬を避けていくのはなんだか少し気恥ずかしかった。

サリカラの街の中心を貫くように城まで伸びる大通りを馬で歩くと、まだ朝霧が残る時間であるにもかかわらず、人や馬や馬車といった往来の賑わいは、もう既に人の営みを形作ろうとしているようだった。

朝の喧騒を泳ぐように進み続け、この街の富裕層が暮らすエリアへと馬の脚は踏み入れた。
これまでの建物と比べて、明らかに手の込んだ外観と使われている建材の華美さが目につく。
貴族の邸宅はもちろん、大商人と呼ばれる人種も居を構えるこの場所だが、意外なことに極端に大きい家というのがあまり見えない。

この街では限られた土地をやりくりするために徹底した区画管理が過去に行われたそうで、その名残で今も個人が持てる土地の最大面積は制限されており、たとえ貴族であろうと決められた大きさの土地に合った家を建てることになる。
そのことを不満に思う者は多いらしいが、それでもこうして見てみると大きさがある程度揃っているおかげで、整然とした街並みといった感じは中々見ものではある。

そんな街並みを眺めながら馬を歩かせていると、遠目に見えていた城の姿も大分鮮明になるぐらいには近付いていた。
元々古代遺跡をそのまま使っていると聞いてはいたが、この大きさの遺跡が地上に姿を見せた状態で、しかも中に人が住んでいるというのだから人の逞しさをしみじみと感じてしまう。

この街に来て数日、遠くにある城を眺めることはあってもここまで近くへと来ることはなかったため、こうして細かなところまで見ると、やはり古代文明特有の遥か先の技術で建てられたものであることが分かる。
壁は継ぎ目のないままに直角とカーブが組み合わされているおかげで、まるで巨大な陶器のオブジェが地面から生えているようにも感じられ、今の技術で同じ城を建てるなら一体どれだけの職人の手と資金を投入すればいいのかとつい唸り声をあげてしまう。

そうしているうちにも俺達は門へと近づいていき、そこを守る兵士が誰何の声を上げるよりも一瞬早くネイが口を開いた。

「ルネイ・アロ・ユーイだ。ダルカン殿下の御前へと参る。我らの通門を許されたし。後ろの者は私の客分にて、身元の保証は私の名と剣の下に」
「はっ。承知いたしました。ですがそちらの二人の身を検めることだけはご承知いただきますよう」
「うむ、心得た」

仰々しいやり取りはネイが貴族だからということ以上に、目の前の兵士が過剰なほどに緊張している様子からなにか他に事情があるように思えてならない。

見たところ、この兵士もそこそこ年嵩の男性のようだし、慣れていないということはないだろう。
まさか普段から貴族の通門を司る仕事をこれほど緊張してこなしているわけもあるまい。
どうもネイ個人に対して敬意が過ぎるほどに払っているように感じるのはどういうことなのか。

あとで本人に尋ねてみたところ、この城の中で兵士らがネイに向ける畏怖と敬意の視線の正体は、以前に騎士団の演習に単身で乗り込み、無双状態でその場の全員を叩きのめしたという逸話のせいだとネイは恥ずかしそうに語った。
恐ろしい女である。

俺とパーラの持ち物を検めるという作業が行われたが、一応パーラの方は女性の兵士が別室で行い、それなりの配慮はしてくれたようだ。
家を出る前にネイからは武器の類は持ち込めないといわれていたので、俺達は刃物どころか釘一本すら持っていないため、持ち物検査も早々に切り上げられるかと思われた。

「…む?失礼、これは一体何かお教え願いたい」

少し離れて手荷物の検査を行っていた兵士が俺に尋ねてきたのは、城に持ち込む荷物の中にあった香辛料の詰まった小瓶の群れだった。
小瓶の一つを手に取り、耳に当てて揺することで中身を探っている兵士の眼光は、先ほどよりも確かに鋭さを増している。

「…音を聞く限りでは何やら粉状のものが入っているようだが、これが毒物である可能性を我々は危惧しなければならない。中身は一体何だろうか」

ダルカンへ献上するフライドチキンに使う香辛料が目を付けられたのはまぁ仕方ない。
中身が見えない小瓶がいくつもあれば不審がるのは当然だ。

「あぁ、それは「うむ!いいものに目を付けたな!」―ぁちょ」

特に後ろ暗いものでもないため、普通に中身を明かそうとした俺の言葉を遮り、急にテンション高めの声を上げたネイが横から割り込んでくる。

「それはダルカン様に食べていただくフライドチキンに使う香辛料なのだ。卿らはフライドチキンを知らぬだろう?まずそこから話さなくてはならんな。いいかね、フライドチキンというのは鶏肉を使った料理で―」

饒舌にフライドチキンのすばらしさを語りだすネイに向けられる門番たちの目はポカンとしたものだ。
察するに、今のネイは普段の様子とはかけ離れたものなのだろう。
何人かいる兵士の顔はどれも驚きで満ちており、それだけで俺達がよく見てきたこのネイの姿が普通ではないということが推測できた。

「確かに肉質は大事だ!だがそれよりもまず楽しむなら皮の香ばしさだ。いや、むしろ皮が本命でも私は一向に―」
「も、もう結構です!危険なものではないことは十分分かりました。ユーイ卿とお連れの方の通門だ!」
「おいおい、まだ話の途中なんだがね。フライドチキンの魅力を語るにはもっと言葉が必要だぞ」
「ささ、どうぞユーイ卿!お通りください!もう本当に、どうかさっさとお通りを!」

結構長々と語るネイは放っておけばいつまでも話し続けると判断し、通門させることで話を切り上げさせようとしたこの兵士の判断は正しい。
多少言い方がぞんざいになってしまうのも焦りの表れから来ているので仕方ない。

「いや待て、だからまだ話は終わっていないと言うに」
「ルネイ様、そろそろ行きませんと、ダルカン殿下をお待たせすることになるのではありませんか?」
「むむ、それはそうだが……まぁアンディ君の言う通りか。では通らせてもらう」

尚も言い募ろうとするネイだったが、俺達の目的はフライドチキンの布教ではなくダルカンに会うことなので、やんわりと進言するていで先を急ぐように促してみる。
すると頭が冷えて来たのか、落ち着くように息を吐いてから門の向こうへと歩いて行った。
それに続く俺とパーラの背後からは、安堵が多分に込められた溜め息が聞こえてきた。
迷惑をかけたと心の中で謝っておこう。

「まったく、あれではフライドチキンの良さはほとんど伝わらなかったな」

城の中へと続く道を歩くネイはそう口にすると握った拳を振り回し、まだ言い足りないということを全身で表していた。

「…ネイさんはそのフライドチキンが関わるとおかしくなるのをどうにかしたほうがいいですよ。それでいつか大きな失敗をしそうで怖いんですが」
「私はおかしくなどなっていない」
「ア、ハイ」
(なんて真っすぐな目…)

グリンと首がこちらを向いたネイの目を見てしまうとこれ以上何かを言うことが出来なくなり、自然と城内の様子を観察することに集中することに決めた。
決して逃げではなく、ただ城の中が気になっていただけのことだ。

さて、俺自身城に足を踏み入れた経験は二度ほどしかないのだが、それと比べてこの城の中の様子はかなり違っている。
城に入った人間を出迎えるのは大抵広いホールと決まっているのだが、今俺達の目の前に広がるのは確かにホールではありながら、天井がとんでもなく高い吹き抜けとなっていた。

ずっと上から差し込む日の光がホール全体に降り注いでおり、そのせいか外と比べるとここは暖かさが肌で感じられるぐらいに気温が違っている。

「この規模の吹き抜けは珍しいだろう?前にこの城は遺跡を利用していると言ったが、この吹き抜けは城が築かれた当初から手が加えられていないんだ。ここから取り込んだ日の光と温められた空気が城に張り巡らされる管を通って各所に届けられているそうだ」

まるでどこぞのショッピングモールかのような構造だが、ネイの言葉通りならこの吹き抜けも計算されて造られたものなのだろう。
外壁と同じ材質でそのまま内壁も作られたような城の内部には、年代の異なる様式に則った改修の行われた扉や装飾なども見られるため、なるほどあれが後から遺跡に手を加えた部分かとはっきりとわかる場所もあった。

そんな中をネイは迷いなく進み、それに置いて行かれないようにと俺とパーラも続く。

「ネイさん、私達が今向かってるのってどこなの?やっぱり謁見の間とか?」
「はははは。ダルカン様はまだ王位を継いでいないから、謁見の間をそう気軽には使えないさ。昨日、接見のご予定を頂いてからの調整で、この先にある庭園でお会いすることになっている。…一応言っておくが、ダルカン様は寛大なお方だが礼儀を欠くようなことはないように。ここにきて無礼討ちなどと面倒なことはしたくないのでな」
「…だそうだよ、アンディ」
「お前もな」

軽口をたたきあいながらもいくつかの階段を上り、通路をいくつも曲がってようやく目的地であるダルカンの待つ庭園へとたどり着いた。
庭園という言葉を聞いて想像していたのは芝生の地面に花壇がポツポツとある程度といった感じだったのだが、目の前に広がったのはその想像を超える数の植物が繁茂する光景だった。

背の高い植物がそこらに生えているせいで、庭園に足を踏み入れた俺達は一瞬森の中に迷い込んでしまったのかと錯覚したほどだ。
さらにこの庭園のある場所はどうやら天井がガラス張りのようで、外気を遮りつつ太陽の光だけが降り注ぐ室内はまるで温室のように温かい。

「驚いたかい?この庭園はダルカン様の趣味で作られた場所でね、ここにある植物も自らの手で育てられているんだ」
「こういう趣味ってこの国の貴族にとっては一般的なの?」
「さて、どうかな。貴族のご令嬢や細君が花壇を持つというのはよく聞くが、ここまで大々的に個人でやるのは聞いたことがない。まぁダルカン様も王族であらせられるから、城に籠ることが多い。こうして植物を育てるというのもいい気晴らしになるのだろう」
「へぇー……ん?ちょっと待って、あれって…水苺じゃない?うわ、すごい!」

そう言って興奮気味に藪の方へと駆けていくパーラ。
何をそう興奮しているのかわからないが、まさか置いて先に行くわけにもならず、仕方なくしゃがむパーラの傍へと近づき声をかける。

「おいパーラ、何そんなに興奮してるんだ?あんまり寄り道してダルカン殿下をお待たせするのはまずいぞ」
「わかってるって。でもさ、これ見てよ。水苺だよ?まだ夏なのにちゃんと実を付けてる。しかも大きい」

指さす先には直径5センチほどの大粒の赤褐色の物体がいくつか成っていた。
言われてみれば苺のようではあるが、この世界に存在する苺とは大きさも形も違うため、もしかしたら蛇苺的なものなのだろうか?

「なんだよ、その水苺って」
「え、アンディ知らないの?水苺ってのはね、その名の通り、中に大量の水分が詰まってる苺だよ。そう深くない森なんかでたまに見かけるんだけど、身を付けるのが秋の短い期間だけだからあんまり市場には出回らないんだ」
「ほう……で、うまいのか?」
「全然。青臭くて食べられたもんじゃないって話だよ」

なん…だと、うまい食べ物でもないのにパーラはなぜこうもはしゃいでいる?

「じゃあ何に使うんだ?」
「香り水だよ。これを使うといい香り水が出来るんだって。貴族の女性なんかはいくらでも払うってぐらい」

香り水、つまり香水だが、確かにこの世界ではいい香水はとんでもなく高値で取引される。
パーラがその材料を知っていたのは意外だったが、よく考えたらこいつもセレン辺りとその手の話はするだろうから、その関係で知っていたのかもしれない。

「貴族の女性が…そうなんですか?」

今この場にいる貴族の女性であるネイに尋ねてみる。

「さあ?知らんな。騎士たる私にはそんなものはいらん!」

どうやらこのネイは残念な部類に入る女のようだ。

「んで、どうすんだ?まさか摘んでくのか?」

一応王族の持ち物である庭園に成っている植物を勝手に摘むのはまずいが、これから接見したときにでも話を持ち掛けて、後で採取の許可を得られるという可能性もゼロではない。

「ううん、流石に勝手にはやらないって。それに水苺って採取した後の保管が特別だから、今この場で摘んでもしょうがないよ。ちょっと珍しいからはしゃいじゃった。ごめんなさい」
「いやいいさ。それじゃあ行こうか。ダルカン様はこの先におられる」

立ち上がって振り返り、俺とネイに謝るパーラはどこかバツが悪そうだ。
先ほどの行動を振り返ってみて、自分がここにいる理由を一瞬とはいえ忘れてしまったことを恥じているのだろう。

気を取り直して、再びネイを先頭に植物の間を縫うように進んでいくと開けた場所に出る。
ここまで通ってきた道は植物の茂中を通っていただけに、目の前に現れた植物の影響が薄れた空間というものにホッとした自分に気付く。

そしてその開けた空間の真ん中に置かれたテーブルとイスのセット、そこへ腰かける小柄な人影と、その周囲に控える数人の人影を見る。
どうやら椅子に座っている少年がダルカンで、少し離れて立つ護衛と思しき騎士と使用人の姿があり、俺達の到着を待つ間にお茶を楽しんでいるようだった。

まだ距離があるせいでよくわからないが、ダルカンと思われるその人影は日の光の下にあって、明らかに目立つ容姿をしていた。
ここから見てもわかるほどに白い肌、透けるような白い髪とこちらを向いた目に見えた赤い色。
つまりダルカンはアルビニズムの人だということになる。

アルビノ―先天性色素欠乏症とも言うこの状態は、先天的にメラニン生成に関する遺伝情報の欠損が原因だと言われているが、その特徴は先に挙げた通り、白い肌と白い髪、そして赤い目だ。
視力が弱かったり日差しに弱かったりと言う特徴はあるのだが、こうしてガラス越しとはいえ太陽の光を浴びながら普通にお茶を楽しんでいる様子のダルカンを見る限り、紫外線の影響はあまり気にしなくて済む程度の症状のようだ。

白一色の人間というのはどこか神聖なもののように見え、それはパーラも同様のようで、俺と一緒に足を止めてその姿に見とれてしまっている。
そんな俺達を気にすることもなく、ネイがダルカンの傍へと歩み寄ると、騎士の礼をとった後に口を開いた。

「ダルカン様、先日お話しした二人です。アンディ、パーラ、共に魔術師であり冒険者です。今後協力を仰ぐことになると思いますので、どうかお声をかけてやってください」
「うん、わかった。…二人とも、大儀であった。私がダルカン・ホスロ・チャスリウスである」

俺とパーラに向き直ったダルカンの言葉を聞き、すぐに地面へ片膝を着いて頭を下げる。
騎士でもなく爵位を持たない俺とパーラは礼の恰好をとることよりもまず跪くことが優先されるため、名前を呼ばれるまでは決して顔を上げてはならない。

「…えーっと、それから…」
「…遠路をよくぞ参った。楽にせよ、です」
「あ、そうそう。…遠路をよくぞ参った。楽にせよ」

あまり慣れていない様子の高貴な者独特な話し方に迷う辺り、ダルカンはやはりまだ子供だということが分かる。
子供とは言え王族であるダルカンは、こうして初対面の人間と会うのにも形式を大事にしなければならない。

高い身分というのは多くの煩わしさを蹴とばしてくれるが、時にはこういう形式が発生することもある。
ダルカンぐらいの歳であれば多少は幼さに目をつぶることもできるが、今のダルカンは現国王から正式に後継者として指名されている身だ。

周りに王族として相応しい振る舞いをしていると印象付けなければ、そういところから足元をすくわれることにもなりうる。
もしかしたらネイとその周辺の人間達は、今からでもダルカンに王族としての正しい感覚を教え込んでいる最中なのかもしれない。

楽にしろとは言われたが、まだ顔を上げてはならず、しかしそれでもダルカンの姿をこっそりと上目遣いで窺ってみる。
アルビノ特有の神秘的な見た目は先ほど遠目に見たが、こうして近くで見てみると体格は10歳の子供そのものだ。

街などで見かける子供と比べると線の細さは目立つが、背の高さは標準的なので、どこか中性的な雰囲気に感じられる。
男女の境が曖昧に感じるこの年齢特有のものもあるだろうが、整った顔立ちとその身に纏う儚げな空気は、見る人によっては蠱惑的な印象を受けるのかもしれない。

「わが身はいまだ王位にはあらずとも、えー……されど多くの助けが必要である。今新たに参じたアンディ、パーラ。その方らの忠義に期待するものである」

若干のたどたどしさに加え、背後でボソボソと囁くネイのせいで、ダルカンの姿はマリオネット感が強い。
緊張で頭が真っ白になっていないだろうか。
いや、この例えはダルカンの見た目から相応しくないな。

背伸びをして必死に王族らしい話し方をしようとする姿は微笑ましさを覚えそうだが、今の王宮内でのダルカンの立場を考えるとそうも言ってられない。
こうして頑張っている子供の姿を見てしまっては、良識ある大人の魂を持った俺としては助けてやるのが世の情け。

忠義を捧げるかどうかは別として、ネイに雇われている身でもあるので、ダルカンを支える一人としてしばらく加わるのは決定している。
果たして俺がこのダルカンの成長にどれだけ寄与できるかはわからないが、直接の危害からその身を守るぐらいはできるだろう。

『は。我らを御身の盾に』

声を合わせて俺とパーラが言うこのセリフは、事前にネイから教えられていたもので、こう言われたらこう返せというものをそのまま言っただけだ。
しかしこれで一連の儀式めいた接見のやり取りは終わりということになり、ダルカンを含めたその場にいた人間の雰囲気は一気に和らぐ。

「ではダルカン様、お言葉は頂きましたので、献上品の準備をいたします。アンディ君、頼む」
「はい」

打合せ通り、俺とパーラは一度下がり、この近くにネイが手配した簡易的な調理場のある部屋へと向かい、フライドチキンを造ることになっている。
出来立てを献上品としてダルカンに食べてもらうことにネイはいたく感動したため圧倒的スピードで諸々が手配されたのだが、今はその手際がありがたい。

「献上品ってどんなの?また宝石?」
「大変美味なるものでございます。この世界で一番の美食をダルカン様にお召し上がりいただきますよ。あまりのおいしさに魂を手放しかねませんので、今からお心を静めておかれますように」
「そ、そんなに!?そんなものがあるなんて、やっぱり世界は広いなぁ」

歩き去る俺達の背後で交わされるダルカンとネイの言葉に、ハードルが雲の上まで上がったような気がして戦慄を覚える。

「ええ、世界は広いのですよ。伝承にある天上の果実と変わらない美食を私は味わいましたから」

頼むからもうそれ以上話を大きくするのはやめてくれ、いやほんとに。
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