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血塗れの剣士、月下に立つ

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ヘバ村はさほど大きい村ではない。
身体能力に優れる騎士と冒険者である俺達であれば、村の隅にある空き家から中心に建てられた村長宅まではあっという間に着いてしまう。

だが今回はホーバンへの急襲ということで、隠密性も要求される移動は自然とゆっくりしたものになる。
賊の一味に見つからないよう物陰から物陰へとなるべく音を立てずに移動しているが、村の中は静かなもので、他に人が起きている気配は感じられない。

どうやら先程俺達を襲った連中以外は眠っているらしく、ひょっとしたらあの二人は俺達を捕縛する仕事を押し付けられただけだったりするのだろうか。
男達を縛り上げた際、微かに感じたアルコール臭から、俺達が寝静まるまで酒でも飲んでくだを巻いていたというのも想像できる。
そしてそのまま偽装として身に着けていた農具から正体が特定されたのだから、お粗末と言うのが相応しい。

月明りが照らす村の中をなるべく音を立てずに歩きつつ、俺とネイは着々と目的地へと近付いていく。
道すがら、ネイがホーバンのことを色々と話してくれた。
と言っても、彼女が持つ情報はここ最近のホーバンに関してではなく、昔のものが基本となるものだった。

「元々はどこかの国で傭兵団に所属していたらしい。その傭兵団が解散して盗賊に身をやつしたという、まぁよくある話だ。ここ何十年、国同士がぶつかるような大きな戦争は起きていないもんだから、大手の傭兵団でも運営は苦しいと聞く。マクイルーパで名のある傭兵団といえばフィルニア傭兵団だが、そのフィルニア傭兵団も少し前に縮小されて姿を見なくなった」
「言い方は悪いですが、戦争で稼ぐ職業ですからね。平和になったら必要とされない仕事というのは侘しいもんです」
「同感だ」

フィルニア傭兵団が規模を縮小したのは、恐らく資金繰りに厳しくなった上、少なくない団員を失ったことが要因だろう。
そしてそれには俺も関係していたのだが、正直あの事件は綺麗に解決したとは言えず、もやっとしたものを思い出してしまう。

「念の為聞いておきたいんですが、ネイさんはホーバンを相手に勝てる算段がおありで?」
「算段も何も、奇襲で首を刈るのだろう?」
「その奇襲が失敗する可能性もありますよ」
「確かにな。…ふむ、そうだな。剣で打ち合うことになった場合、勝てない事も無いが手こずるのは間違いない」

さらっと告げられたが、ネイの強さの一端をこの身で味わった俺からしてみれば、あのレベルの強さを持つネイが手こずる敵と相対することになるのかと、少しばかり背筋に走るものを覚える。

「それほどの相手ですか」
「そうだ。かつて200人の盗賊を率いていたのは奴の弟の手腕も大きいが、それでもホーバンを頭に据えられたのは腕っ節が他と比べものにならないほどだったからだ。以前の討伐行で、私以外でホーバンの前に立てて数号を打ち合えた騎士はいなかったと言えばわかってくれるか」

大規模な盗賊団を率いていたとは聞いていたが、200人とは予想以上だ。
単純に考えて、200人のトップであったホーバンはその中で一番強いということになる。
それでも正規の軍事訓練を積んだであろう騎士であるネイと比べて、果たして脅威となり得る強さなのだろうか。

「もしかしてそのホーバンって奴は魔術師だったりしませんか?」

あのネイと剣だけでやり合って逃げおおせているのを考えると、ホーバンが手練れの魔術師ならあるいはと考えてしまうのも仕方ない。

「魔術師ではないな。むしろ奴が魔術師だったほうがどれだけやりやすかったか…」
「魔術以外でネイさんとやり合えるとなれば、剣の腕がそうとう立つということですか。元傭兵とはいえ、ただの盗賊が」
「いや、奴の剣の腕はそうでもないぞ。奴が手強いのは卓越した鋼体法のせいだ。あれのせいで防御も考えずに向かってくるのだから、やり辛いことこの上ない」

深い溜息を吐くネイだが、俺の耳では聞き覚えのない単語が響いている。

「…鋼体法?ってなんですか?」
「おや、知らないのかね?てっきり君も使えるものだと思ったのだが」
「はぁ、仰る意味がよく…」
「まぁいい。簡単にだが教えようか」

この世界に存在する生き物は全てが魔力をその身に宿している。
人が歩んできた長い年月の中、魔力を用いた技術というのは様々なものが生み出されてきた。
魔術然り、魔道具然り。

その中でも魔力を糧にあらゆる自然現象を発生させることが出来る魔術は最も古くに編みだされた体系だ。
魔術師の数は少ない物の、目に見えて分かりやすい結果を生み出す魔術というのは、広く人に知られることとなっていく。

それに対し、鋼体法は魔力を全身に巡らせ身体能力を増強させるという、これとして目には見えないものの、戦闘に身を置く者達にとっては非常に効果的な技術として知る人ぞ知るといった形で知れ渡っていく。

魔術が魔術師にしか使えない一方で、鋼体法が一定量の魔力量を有していれば普通の人間でも使えるという敷居の低さが前衛職にはありがたく、ある程度経験を積んだ戦士であれば大抵は身に着けている技術だそうだ。

依頼を受ける前に行われた手合わせの場でも、あの最後の高速で行われた一瞬の連撃はこの鋼体法によって繰り出されたものだとネイは語る。

話しを聞く限りでは、鋼体法は俺の使う強化魔術とさほど違いはないようで、恐らく同じものだと判断していいだろう。
この世のすべてを知っているわけではないが、こういう風に未知の魔力運用法を聞くと、まだまだ自分が井の中の蛙―どころかオタマジャクシですらないのではないかと思えてくる。

「しかしてっきり君も鋼体法を使えるものだと思っていたな。あの手合わせの時、途中で急に一撃の重さが変わったものだから、もしやと思っていたのだがね」
「いえ、その鋼体法というものは知りませんでしたが、確かにあの場では使っていました。どうも、こうして聞いて見ると俺自身、鋼体法と同じものを編み出していたようです」
「ふぅむ…魔術師でも鋼体法を身に着ける者は、いるにはいるがそう多くない。しかも独自に編み出して習得していたとなると、アンディ君の魔術師としての才能はかなりのものだ。さすがだよ」

声に楽しげなものが混ざり始めたネイだったが、村長宅を完全に視界へ捉えたところで雰囲気は引き締まったものに変わった。

「ホーバンの鋼体法は特に防御に特化していてな、腰の入っていない剣など皮膚すら切り裂けない。寝込みで仕留めきれなかった場合、恐らく私と打ち合いになるが、そうなったら君は隙を見て魔術で攻撃を加えてくれ。奴の鋼体法を抜けるにはそこそこの威力の魔術が必要なのだ。出来そうか?」
「剣を防ぐほどの皮膚の持ち主に対する攻撃手段はいくつかあります。ただ、どれも発動の隙が大きいか、撃ちだした魔術の速度が遅いなどの欠点もあるので、足さえ止めてもらえれば確実に当ててみせます」
「わかった。なんとかしよう」

その場で簡単に打ち合わせを行い、ネイと共に村長宅へと素早く駆け寄り、二人で扉を挟むようにして家屋の壁に背を付ける。
昼間ここに来た時は小男もいたが、そいつは無視して速攻でホーバンを狙う。

唐突ではあるが、雷魔術を身に着けてから俺の体はどうも勘が鋭くなっているらしい。
なにかしら微弱な電磁波の変化を感じ取っているのか、命の危険が迫ると特に強烈な違和感に襲われる。

ドアノブに手を掛け、一気に引き開けると同時にネイが飛び込む手はずとなっていたのだが、ここで俺の体を衝撃が走った。
衝撃と言ってもあくまでも比喩であって直接攻撃を受けたわけではない。
今までで一番の命の危機と俺の脳が警鐘を鳴らし、それに従ってその場を離れようとする俺よりも早く、こちらに飛び掛かってきてネイに引っ張られる形で地面を転がり、壁から離れていく。

するとさっきまで俺達がいた壁を突き破って棒状の物体が姿を見せた。
月明りに照らされたそれは、穂先の槍とその下方側面に付いた斧頭と反対側に突起といういわゆるハルバードと呼ばれる武器だ。
的確に先程までネイがいた場所を狙ったそれは一度室内に戻ると、続いて俺の背中が付けられていた壁も突き破る。
あのまま動かずにいたら確実にやられていたと確信させる敵意の籠った一撃だった。

「手荒になってすまない。火急のことだったのでな」
「いえ、助かりました。あのハルバード、ホーバンのですかね」
「恐らくは。前は長柄の三日月斧を使っていたが、どこぞで武器を変えたか、もしくは元々の得手がハルバードだったかもしれん」

未だ壁から突き出たままのハルバードを睨みつつ、ネイが零す言葉に思考を巡らせる。
この世界で広く普及している武器の中で、ハルバードというのはまずお目にかかることのないレアなものだ。
槍と斧を融合させた武器と言えば聞こえはいいが、その分槍と斧の両方を扱える技量が要求されるし、重量だって他の長柄の武器と比べれば大分重い。

騎士が馬上で扱うにも、また冒険者や傭兵が持ち歩くにも重量というのは何よりもネックとなるため、ハルバードは戦斧と並んで扱い辛い武器として知られている。
見栄で持つ者はいるが、使い手と呼べる人間は大抵名の知れた武芸者である場合が多い。

そんなハルバードをまさかホーバンが使うとは思っていなかったが、願わくば見栄で持っているだけであって欲しいと切に願ってしまう。

獲物を逃したハルバードが室内に戻り、少しの間を待ってから扉がゆっくりと開いていくと、そこから影が現れる。
それなりに高さのある扉の上枠をくぐるようにして姿を見せたのは、身の丈2メートルは確実に超える巨漢の男だ。
防御特化の鋼体法を使うホーバンはやはり鎧を身に付けてはおらず、巨体を除けば服装はごく普通と言っていい。

ただし、服の上からでもわかるほどに鍛え上げられた筋肉のせいで、月明りの中に立つと人狼のような化け物を彷彿とさせる雰囲気を醸し出していた。
顔の前にまで垂れている海藻のような髪の毛から覗く目がこちらを捉えると、口元が大きく歪んでいくのが見えた。
それは凶悪というものをただ口だけで体現した笑いであった。

「…どうも首の後ろがチリチリしてたまらんと思っていたが、俺の寝込みを襲おうってのがまさかあんただったとはな。ええ?ルネイ・アロ・ユーイさんよぉ!」

三日月に歪む口から飛び出したのは、歓喜と憎悪がないまぜになった咆哮染みたものだった。
どうやら向こうもネイのことは覚えていたようで、弟を殺されたことへの怒りと復讐の機会を得たことの喜びが体全体から溢れ出ている。

「久しぶりだな、ホーバン。私を覚えていたとは意外だったよ。やはり弟を殺した私は忘れがたいか?」
「当たり前だ。てめぇのせいでこんな田舎でしか仕事が出来なくなっちまったんだ。いつかぶっ殺してやると思っていたが、こんなところで叶うとは日頃の行いがよかったか?」
「そうだな、日頃の行いのせいでこうして私に見つかったわけだ。罪状を上げるときりが無いし、聞く耳も持たんだろうが一応聞いてやる。ホーバン、武器を捨てて大人しく縛に付け。そうすれば多少の減刑はあるかもしれんぞ?」

互いに因縁のある身、ネイとホーバンは言葉こそ交わしているが手に持った武器はしっかりと相手に向けられており、なにか切っ掛けがあればすぐにでも戦いが始まりそうなほどに辺りの空気は張り詰めている。

「へっ、大人しく捕まったらどうなるってんだ?多少罪が軽くなったところでどうせ俺は死刑さ。だったらまた前のように逃げてやる。今度はお前の首をいただいてなぁ!」
「ふん、やはりそうなるか。誰が逃がすものかよ!あの日とり損ねた貴様の首、今度こそ貰う!」

どちらもが同時に相手の首をとらんと武器を振るい、重い金属音を辺りにまき散らしながらハルバードと長剣がぶつかる。

互いに決定打となりえなかった一撃を振り払うように、すぐさま次の応酬が始まる。
ネイはハルバードの間合いの内側に潜り込もうと手数で押し、懐への進入を許さんとするホーバンがハルバードでネイの剣を弾く。

一度手合わせをしてネイの実力を知っているつもりだったが、命の取り合いの場面における剣の冴えを見るに、あの時俺は手加減されていたのだということがわかる。

殺すことを前提として振るわれる剣は恐ろしいほどに鋭く、一見すると無意味に思える攻撃でさえも後に繰り出される一撃のための布石であったり、確実に命を奪うという意思が乗せられた剣閃は、向けられている当人でもない俺から見ても恐怖心を掻き立てられる。

一進一退、ともすればネイの方が押しているように見えるのだが、二人の顔に浮かぶのは対照的な感情だ。
眉間に皴を寄せて険しい表情のネイに対し、防戦一方と思わせるホーバンの顔には楽し気な笑みが湛えられている。

その理由はやはりホーバンの鋼体法のせいだ。
直撃ではないにしろ、時折防御を抜けて剣筋の通り道となったはずの体には血の一滴たりとも流れることはなく、痛みすら感じていないのかすぐさまカウンター気味にネイへとハルバードが振るわれる。

聞いてはいたが、こうして実際に目にするとホーバンの鋼体法はとんでもないものだ。
一応、体の部位ごとに防御力は異なるのか、重点的に守る動きを見せる場所も存在しているが、それでも時折当たっているはずの剣が殺傷を生み出さずに過ぎ去っていくのを見ると、布の服だけを身に着けているはずのホーバンの肉体が鉄壁の要塞に見えてくる。

この防御力があるからこそ余計な防具を必要とせず、その分動きやすさが生かされた戦い方は、その巨躯に似つかわしくないしなやかな攻撃を生み出す。
防御を考えず、超重量の一撃をひたすら繰り出してくるホーバンに、さしものネイも徐々に手数は減っていき、防御態勢をとることも多くなっていく。

そしてついに、ハルバードによる掬い上げを剣で受けたネイは大きく体を宙に躍らせることとなり、地面から引き剥がされたその身は大きな隙をさらすことになった。
空中のネイにとどめとして突き出されようとしていたハルバードが、鈍い音を立てて大きく弾かれる。

「…っちぃ!このガキっ」

ネイへの追撃を阻止すべく、俺の放った石の礫は見事にハルバードを捉え、二撃目三撃目と続いた衝撃に、ホーバンは僅かに態勢を崩した。
おまけとばかりに四撃目以降はホーバンへと撃ち込んだのだが、奴の鋼体法の前に礫は大したダメージを与えることは出来ず、逆に砕けてしまった。

とはいえ、轢弾の衝撃までは防ぎ切れなかったようで、足止めの効果は十分に発揮され、その隙に地面へと降り立ったネイはすぐに剣を構えなおし、軽く息を整えてホーバンへと向き直る。
奇しくも俺の隣へと戻ってきたおかげで、立ち位置は最初のものへと戻っていた。

本当なら土魔術の落とし穴でホーバンを地下深くに隔離したいところだが、この辺りの地面はかなり固く、落とし穴を作るのに向いていない。
今の戦いを見てわかるが、これほどの強さを持つ人間というのは魔術による地面の変動には敏感に反応するもので、恐らくホーバンの足元に落とし穴を作ったとしても容易く回避されることだろう。

「助かったぞ、アンディ君」
「いえ。それよりも俺の魔術が全く効いていないんですが…。正直、へこみます」
ちょっとした鉄板なら軽くへこませる威力のある石礫を食らっても体勢を崩すだけで、むしろ礫の方が砕けるとは一体どれほどの防御力があるのか。

「言ったろう?ホーバンの鋼体法は防御に特化していると。おまけに奴め、前よりも腕を上げているせいで、足を止めることもできん」

そんなことをコソコソと話していると、損傷具合を確かめるためか、大きくハルバードを一振りしたホーバンが口を開く。
「そっちの野郎、従卒にしちゃあ意地の悪そうな目つきをしてると思ったが、まさか魔術師だったとはな」

意地の悪そうな目つきとは心外な。
俺ほどピュアな心の持ち主はいないだろうに。

「威力は中々だが、あの程度じゃ俺に傷を負わせるのは10年早ぇ。…だが、やり合いの最中に一々横やりを入れられたらうざってぇ…な!」
「っ下がれ!アンディ君!」

言い終わるや否や、俺の喉元を狙って高速で突かれたホーバンの一撃を、横合いから伸ばされたネイの剣が辛うじて軌道を逸らす。
それでも勢いを殺すことなく迫る穂先は、このままでは俺の額を貫くと判断し、咄嗟に倒れこむことで頭上を通過するハルバードを見送ることができた。

助かったと一息つきたいところだが、引き戻されることなく頭上で存在感を放つままになっているハルバードに気付く。
背筋を走る悪寒に従ってその場から転がるようにして横へと逃げると案の定、予測していた未来をなぞるようにして、先程まで俺が横になっていた地面めがけて斧刃が叩き込まれた。

轟音と共に辺りに石礫と砂煙をまき散らしながら地面を割る一撃は、まともに食らっていれば人間を容易く肉塊へと変えられる威力があった。

仕留めきれなかったと判断したホーバンはすぐさま追撃に移ろうとするが、それを許さんとするのがネイだ。
地面から持ち上がりかけたハルバードを素早く剣で叩き、ターゲットを俺から自分へと変えさせると、再び先程の焼き直しのような攻防が繰り広げられた。

俺を仕留めることに拘泥せず、すぐに脅威度の高いネイへとターゲットを切り替えたホーバンだったが、相変わらず攻め一辺倒の攻撃であるのに対し、ネイは先程よりも手数を減らしている。
これは一撃に威力を込めてホーバンの鋼体法を抜くことを狙ってのことだろう。
ただ、何度か当たっている攻撃にも怯む様子のないホーバンを見るに、あまり効いているとは言えないようだ。

ネイの援護に土魔術による石の弾丸をホーバン目掛けて放つが、当たったところで多少巨体を揺らす程度で終わり、やはり有効だとはなりえない。
しかしわずかに隙を作ることは出来たようで、ホーバンの懐に深く踏み込むのに成功したネイが一気に仕掛ける。

一瞬、ネイの体がブレるようにして動いたかと思うと、轟音と共にハルバードが跳ね上がり、次にホーバンの上半身が大きく後ろへのけぞり、とどめとばかりに顎が右へと揺らされる。

距離のある俺から見ても何が起きたかわからない。
辛うじて耳に届いた音が三つを重ねたものに感じたおかげで、瞬間に三度の攻撃をネイが放ったというのは、似たような攻撃を一度受けた身だからこそ予想できたぐらいだ。

上半身が仰け反る勢いをも利用した顎への一撃は、まず間違いなくホーバンの脳を激しく揺らしたことだろう。
防御特化の鋼体法であろうと流石に脳までは強化できないようで、焦点の合っていない目は歪んだ世界を映しているはずだ。

顎の向きに追従するように、ホーバンの体も俺の方へと向く。
そして完全に足が止まったホーバンを見て、俺の頭の中には勝機の二文字が浮かび上がった。
それはネイも共有したようで、こちらへと目配せをするとその場から素早く退避してく。

事前にレールガン擬きを切り札として使うと話してはいたが、どういうものかを直接見たことがないネイには説明も今一つ通じず、チャンスが来たらとにかくすぐに逃げろとだけ言っておいたのが、こうして同士討ちを気にせず撃てる状況を生み出してくれていた。

すぐさま腰の後ろからナイフを抜き、それを雷魔術によるレールガン擬きで撃ち出す。
たった大銅貨1枚の安物ナイフは必殺の兵器へと昇華され、耳をつんざく程の音を残して俺とホーバンの間に破壊の直線を引いていった。

足を止めていたこともあって、逃げることも出来ずにレールガン擬きをその身に受けたホーバンだったが、果たして鋼体法で防がれてしまったのか、それとも―

「やったか?」
「ちょ、それやってないフラグっ」
「ふらぐ?…なんだかよく分からんが、ホーバンは倒れているようだぞ」

不吉な言葉を口にするネイに俺の不安は掻き立てられたが、指さす先を見てひとまず落ち着く。
そこには仰向けに倒れたホーバンの姿があり、少し離れた場所にはハルバードが付き立っている。

近付いてその体を眺めてみると、胸の辺りが陥没している。
そこは確かに俺の魔術が当たった場所だが、人体に対して使用するにはオーバーキルであるはずのレールガン擬きをしてこの程度の傷跡に収めたホーバンの鋼体法が素直に恐ろしい。

しかも驚くことにホーバンはまだかすかに息をしており、この世界では非常識な威力を持つと自負する雷魔術ですら倒せない人間がいることに衝撃を覚える。
ただ、聞こえてくる呼吸音にカラカラとしたものが混じっていることから、肺は確実にやられている。
折れた肋骨で内臓を損傷したことも考えられるため、この状態から助かることはまずないだろう。

死に体のホーバンを囲むように立つ俺とネイを、未だ戦意の残る目が見上げてきた。
呼吸すら覚束ない状態で敵ながら大した度胸だと言いたいところだが、同時に目に浮かんでいる諦観の念から、自分の息が長くはない事を知っての意地だと思える。

「ホーバン、貴様にはチャスリウス公国より生死を問わずの懸賞金が掛けられている。可能であれば裁判にて罪状を詳らかにした上での処刑が望ましかったが、もはやその息では長く持つまい。…楽になどしてやらん。貴様の罪はただ死ぬだけで贖えるようなものではない。苦しんで死ぬがいい」

そう淡々と告げるネイの顔を見て、言葉を発することは出来ずともせめてと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるホーバン。
悪党にしては中々の気概を見せると少しだけ感心したが、それだけに惜しかった。

鉄壁の防御でネイと互角以上に戦えるだけの戦闘能力を有しこれほどのガッツもあるのだから、真っ当な道を歩んでいれば武芸者か騎士として名を挙げていたことだろう。
まぁ今はこうして盗賊に身を落としていたわけだから、有り得たかもしれない可能性に過ぎないが。

ホーバンが完全に息を引き取るまで見届けるつもりなのか、その場を動こうとしないネイに俺も少しだけ付き合おうと思っていたが、やや離れた場所からの微かな喧騒染みた雑音を耳が捉える。

「ネイさん、どうやら他の連中も起きてきたみたいですよ」
「だろうな。あれだけ音を立てて戦えば、流石に気付くさ。…よし、首を落として一味にホーバンの死を伝えよう」

先程の戦闘でのハルバードと剣が立てる轟音に加え、叫びに近い大声も上げていたし、とどめに使ったレールガン擬きが爆音を立てていた。
あれだけ騒いでいつまでも寝ていられるほど、この世界の盗賊連中は気楽な生き方はしていない。
いや、危機意識という点では遅すぎるとは言えるか。

ガヤガヤとした音と共に、怒号に似た言葉も上がっていることから、そう遠くない内にここへ詰めかけてくる。

虚ろになった目と、呼吸も完全に止まったことで死亡を確認したホーバンの首を斬り落とし、それを手にしたネイが村長宅を背に大通りへと体を向けて立つ。
すぐにむさ苦しい男達が現れ、半包囲の形を取って手にした武器を俺達へと向けてきた。

今の集団をまとめているであろう代表らしき男が口を開こうとするよりも一瞬早く、ネイがホーバンの首を掲げる。
するとこの場に満ちていた殺気が一気に引いていく。

「聞け!お前達の頭、ホーバンは死んだ!もういない!…最早一団はおしまいだ。大人しく捕まれば命はとらん。武器を捨てその場に跪け」

流石は騎士だけあって大人数を相手にしての声の通りは確かなもので、切断された痕から新鮮な血を垂らすホーバンの首も相まって場の空気はネイが完全に掌握していた。

自分達の頭が死んだことで呆然とはしたものの、すぐに全員が言われた通りに武器を捨てて地面に跪くが、同時にネイへと向けられる視線は恐怖に彩られたものとなっている。

やはりホーバンの化け物染みた強さは一味の全員が共有していたもので、それを倒したと見えるネイは更にそれを超える化け物としてその目に映っていることだろう。
おまけにホーバンの首を切り落とした時に噴出した血がネイの全身を染めており、月明かりの元で生首を手に立つネイはかなり怖い。
その恐怖が演出されているおかげで面倒な反抗が起こらないのは楽でいい。

武装解除が済んだところで、賊を一人ずつ拘束していくと、事前に聞いていた一味の数よりも少ないことに気付く。
そのことをネイに話し、適当な者を選んで話を聞くと、俺達の所に向かうグループとは別に、監禁している村人を確認しに行った人間が何人かいたと明かされた。

それを聞いてすぐにその場から駆け出そうとしたネイを宥め、ひとまず拘束を手早く終えてから倉庫のある方へと歩いていく。
普段通りに歩く俺とは対照的に、先を急ごうとするネイを落ち着かせながらの移動は中々に疲れる。

「アンディ君、なんでそんなに落ち着いているんだ。村人が人質に取られるかもしれないんだぞ!?」
「いや、だから言ってるじゃないですか。あっちにはパーラがいるって。こっそり潜んで倉庫に近付く奴を銃で撃つだけの簡単な仕事です」
「それでも5人が向かったんだぞ?一人で相手にするには数が―」

話しているうちに倉庫のあるエリアに辿り着いた俺達を出迎えたのは、脚から血を流して地面に横たわる男達の姿だった。
呻き声が聞こえていることから、死んではいないようだ。
どうやらパーラが倉庫に近付く人間を狙撃で仕留めていった結果が目の前の光景となっている。

「ひぃふぅみぃ……5人、と。どれ、倉庫の方は…うん、大丈夫そうです」

倉庫へと向かった人間と倒れている人数が一致していることから、どうやら村人が人質に取られるという事態は起こらないで済みそうだ。
動けないとは思いながらも一応転がっている男達を縛り上げ、どこかでこちらを見ているであろうパーラへの合図に、頭の上で掲げたランプを振る。
すると合図を送ってから間を置かず、すぐに俺の隣へとパーラが下り立った。

「よう、お疲れさん」
「お疲れー。そっちは何とかなったみたいだね。こっちは見ての通り、こいつらが倉庫に近付いてきたからとりあえず足を撃っておくだけにしたから」
「十分だ。こっちはもう片が付いたから、村の人を解放しよう。いつまでも倉庫に押し込められてちゃかわいそうだ。…いいですよね、ネイさん」
「これほどの……え?」

転がる男達が武器を抜く暇もなく無力されたことがよほど驚きなのか、先程から銃創を眺めてはブツブツと呟いていたネイに声をかける。

「いや、村の人達を解放しましょうって」
「あ、あぁ、そうだな。早く外へ出してやらないとな」

気を取り直したネイを連れ、いくつかある倉庫から適当に選んでその前に立つ。
倉庫の扉を開け放った瞬間、中にあった大勢の気配が入り口から遠ざかるように離れていくのを感じた。

「どうもー、助けに来ましたー…よ?」

倉庫の中は明かりがなく真っ暗ではあったが、それでも入り口から差し込む月明りによって奥にいる村人の顔を少しだけ見ることが出来た。
だが、助けが来たというのに怯えの宿る表情は一向に晴れる様子がない。
助けに来たと先ほど言ったし、ネイとパーラはどう見ても盗賊の一味とは見えないはずなのに、何故怖がっているのだろうか?
首を傾げる俺の肩がポンポンと叩かれる。

「アンディアンディ。この人達さ、多分ネイさんを見て怖がってるんじゃない?」
「ネイさんを?なんで―あっ」

耳元に口を寄せて囁くパーラの言葉で視線をネイの方へと向けると、そこには月光を浴びて佇む血塗れの美しくも強い気配をその身に纏うネイの姿があった。
なるほど、今まで監禁されていた村人達にはこの姿は少し刺激が強すぎたようだ。

しかし月下に立つ血塗れの剣士か…。

なんかかっこいい…。
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