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手と手を合わせて手合わせ
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「―そうか。そういう事情があったのであれば、仕方のない事だろう。だが私個人の感情では、その借金取りにしたそちらの所業を好意的に受け取ることは出来ないことだけは言っておきたい」
「ええ、俺達は俺達の事情で事を起こしましたから。非難の声も当然覚悟しています」
「誤解のないように言っておくが、なにもそちらの全てを非難しようというのではないぞ?怪我人が出ないようにとの配慮があったことも理解しているつもりだ」
客のいなくなったびっくりアンディ店内で、テーブルの一つに俺とパーラと例の女性、チャスリウス公国から遥々やって来た騎士で名前をネイと名乗った彼女の3人で座り、話をしていた。
ミルタとローキスは店の片付けと明日の準備があるのでこの場にはいないが、場所を借してもらっているというのもあるため、ここでのことは後でさらっと話しておくつもりだ。
ネイには既にディルバの身に降りかかったことと、それに対して俺達がとった手段を粗方話し終えている。
なので、彼女が探し求めている凄腕の方のディルバが存在しないことは理解してもらえたと思う。
勿論落胆はされたが、同時にいくら探しても手掛かりのないディルバの正体も分かり、謎が解けてすっきりとした顔もしていた。
「実は俺はチャスリウス公国という名前を今日まで聞いたことがありませんでした。少なくとアシャドルの近隣国ということではないでしょうから、それなりに長い旅をしたのでは?」
「確かに、我が国はアシャドルとは直接国境を接してはいないし、国土もそれほど大きくはない。だが、マクイルーパを経由すればそれほど旅の道は厳しいものではないよ」
今現在、アシャドルと直接国境を接している国は三つ。
西にペルケティア、南にソーマルガ、そして東にマクイルーパだ。
北には大陸を横切るようにして高い山脈が走っており、その向こう側とは直接の交流はないと聞く。
さらに、ソーマルガとマクイルーパは間に山脈か広大な森が横たわっているので、旅人の往来はあれど、軍が国境に展開しての緊張状態というのはまずなかった。
しかし、少し前にマクイルーパが少数の傭兵団を使ってアシャドル国内で起こした事件はこの意識をガラリと変え、マクイルーパとの国境である大森林の近くには常に一定数の軍が滞在しているというのを風の噂で聞いていた。
なので、ネイがマクイルーパからアシャドルへと入った際には、騎士としての身形もあってか少しばかり厳しめの誰何はあったものの、特に問題なくここまで来れたのだそうだ。
「ここまでは馬で?」
「ああ、私の愛馬でな、名をフスと言う。チャスリウスは名馬の産地として知られている。フスもチャスリウス産の馬としては中々のものだぞ」
この世界での旅は徒歩が圧倒的に多く、騎士という立場により馬で移動してこれたネイは中々に恵まれた旅をしているようだ。
なにせ旅の足に馬があるだけで、移動にかかる時間は大分短縮される。
バイクや飛空艇で旅をしていると忘れがちだが、丘越えや悪路もある中で一日に100キロの道のりを進むことが出来る馬は十分に名馬と呼ばれるものであり、彼女の馬もまたそれだけの能力を有しているのだろう。
初対面の人間同士、まずは軽く話しをして緊張を解そうと思ってここまで雑談を続けてきたが、そろそろ本題へ入るとしよう。
何故わざわざ異国の地にまで来て件の偽ディルバを探していたのか。
「済まないが、他国の人間に軽々しく話せることではない事情がある、とだけで許してほしい」
確かに、わざわざ騎士が他の国に単身乗り込むほどの事情となれば、一冒険者である俺達にそう簡単に話すことはしないだろう。
機密性の保持ももちろんだが、俺達の見た目がまだ若いというのも影響しているのかもしれないが。
「…がしかしだ、それも先程までの話。事情が変わった。アンディ君、私は君が信頼に足る人物だと少し思えている」
「…はい?それはなぜでしょう?まさか、この短い会話でそう判断したんですか?」
そうだとしたら騎士らしからぬ安直な思考の持ち主だと思うが、首を振ってそれを否定するネイを見て少しだけ安心した。
「もちろん、こうして話してみて君が礼儀を持って接してくれているのは分かっている。しかしそれ以外に、そのマントの合わせに着けてある勲章だ。その勲章、ダンガ勲章だね?昔、祖父の家にあった絵画で見たことがあるぞ。それを持っている君だからこそ信頼に足ると判断したのだ。ついでといってはなんだが、君と一緒にいるパーラ君もね」
すっかり忘れていたが、今日の防具の新調に合わせ、マントも新しいのを一緒に購入するつもりでいたため、ダンガ勲章との合わせも見ようと持ってきてはいた。
他国の貴族にもダンガ勲章は多少の効力はあると聞いていたのだが、一騎士であるネイにもそれが通じるということは、彼女の騎士としての序列が相応に高いのか、あるいは俺が知るよりも意外とダンガ勲章の知名度が高いのか。
いずれにしても、ダンガ勲章のおかげで話しがスムーズに進むのならばありがたい。
一度お茶で口を湿らせたネイが語りだしたのは、何とも面倒臭そうな匂いのある話だった。
現在、チャスリウス公国では王位継承権を巡って二人の王族が水面下で争っている。
継承権第一位のヘンドリクス王子と継承権第三位のナスターシャ王女がそれぞれを支援する貴族達と派閥を組み、互いに牽制し合っているという。
チャスリウス公王であるマハティガル王が病床に臥せっており、そのせいで巻き起こっている秘かな王位継承戦争であるが、それぞれの勢力が拮抗しているおかげで、大々的に表立った争いが起こっておらず、一応表面的な平穏は保たれていた。
そんな中、マハティガルが一時危篤状態に陥る事態が発生する。
懸命な治療によって何とか命の危機は脱したものの、この出来事で現国王の死というものが自他共に明確な意識として現れるようになっていく。
その結果、密かに王の死を覚悟した周囲の進言に乗る形で次期公王を指名する運びとなった。
誰もが王位争いをしている二人のどちらかが次期公王になると思われた中、マハティガルが指名したのは王位継承権第二位にありながら、未だ10歳にも満たない幼い王子であった。
当然ながら、王位を得られるのは自分達であると思っていた王子達は憤慨し、父であるマハティガルには表立っては言わずとも、影では激しく非難をするほどに彼らの不満は溜まっていく。
一方の突然次期公王に指名された当人である継承権第二位のダルカン、母方の爵位の低さと未だ幼いということもあって後見に付いていた貴族の少なさゆえに、王宮内ではさほどの影響力もないおかげで、上の王子二人からの嫌がらせは日毎に増えて来ていた。
それでも次期公王としての教育と共に支持者の確保も拙いながらに続けられていったおかげで、最近になってようやく謀殺の危機は薄れてきていた。
ところがある時、大勢の貴族がいる場でナスターシャがダルカンの王としての資質に対して疑問の声を上げてしまう。
ほとんどが年齢に言及してのものだったが、それでも多くの貴族達に同意の感情を醸成する原因となったのは、事細かに事例を挙げるダルカンの貴族としての気構えのなさについてが多かったせいだ。
「ナスターシャ殿下の言葉はほとんど言いがかりのようなものだ。貴族としての何たるかを説くには、あの方はいささか苛烈な性格でおられる。あの方を基準にされては、多くの貴族が貴族足り得んと言われるのに等しい。…ダルカン王子はまだ幼く、そしてそれ以上に心根のお優しい方だ。王としての成長が見込めるダルカン様を資質無しと切って捨てるにはあまりにも早すぎる」
悔し気に唇をかんで言うネイを見ていると、どうやら彼女はそのダルカン王子の派閥に属しているのだと推測する。
ということは、やはり今回ここに来た理由もそれが関係している可能性が高い。
ナスターシャの言葉に同調したのは、意外というかやはりと言うかヘンドリクスだった。
彼もまた、ダルカンの資質についての疑義を唱えたわけだが、この二人の狙いがダルカンの失脚、あるいは自ら王位継承を辞退させることのどちらかだというのは俺にもわかるぐらいだから、他の貴族連中も気が付いていないわけがない。
しかしながらそれでも二人の王子に表立って逆らうというのは憚られたようで、緩慢な決断ではあるがダルカンの資質を試す場が設けられることが決まってしまったという。
「10歳にもなってない子供に王の資質を問うの?それって普通有り得ること?」
「有り得ん…と言いたいところだが、実は過去に一度だけ、同じことが起きている。その時は対象となった王子がダルカン様以上に幼いと言うことで騒ぎは沈静化されたそうだが、今回はそうはいかないだろう。なにせ二人の継承権保持者が主導して動いているのだしな」
パーラの口にした疑問は当然俺も感じてはいたが、ネイの答えもまた俺には予想されたものだった。
現代日本でもそうだったが、ほとんど言いがかりに近いものであっても、過去に実例があればそれを引っ張り出してきて論議に持ち込めるのが知恵のある生き物というものだ。
「まぁ10歳の子供に王の資質を問うのもどうかというのは俺も同意見ですけど、その方法はどういう…?」
「あぁ、それはそういう儀式…のようなものがあるとだけ言っておこう。実は、今回私がここに来た目的もその儀式に関することでな。説明すると―」
チャスリウス公国にはかつて、次代の王となる王子・王女に試練を課すという時代があった。
強制されるものではないが、自ら申し出た時に試練は始まり、それを乗り越えた時、王として認められるというものであったため、王位継承権の序列もこの試練の前では霞むほどに強力な印となる。
しかしそれは試練が容易に乗り越えられないということでもあり、過去には試練に挑んだ王族の悉くが死亡するという惨事も起きていたため、随分昔に廃れた儀式となっていた。
それを今回、ダルカンへと適用させようとしたのがナスターシャであった。
既に廃れたとされる儀式だが、それを現代に復活させ、幼い王子に課そうというのだから相当な根回しがあったに違いない。
それこそ、自分から申し出ずともダルカンが試練を受けざるを得ないようにする程度には。
そしてこの試練だが、挑戦者が対策を講じられないよう厳重に情報が秘匿されていたせいで、現代まで残された情報があまりにも少ない。
そのせいでダルカンに課す試練の選定に非常に時間がかかっていることが唯一の救いだとネイは語った。
「ただ、数少ない文献によって分かっていることとして『試練に際し、この地に住む何者も助力を禁ず』というのが私達にとっては大きな問題だった。このせいで私達騎士はもちろん、チャスリウス公国で活動する冒険者も傭兵も使うことが出来なくなった。他国の者を呼び寄せるにしても、生半可な者で試練に臨むのは不安であるし、かと言って腕利きを呼び寄せるとなれば必ず他から邪魔が入る」
企み事に長けたナスターシャなら、国境を越えてくる実力者の足を止めて、何かしらの対策を講じてくる可能性もあるとのこと。
「なるほど、噂で耳にした凄腕の剣士であればダルカン王子殿下を守るのを任せられる、しかもネイさんがこれまで聞いた事も無いぐらいの知名度であればチャスリウス公国へと入っても邪魔が入る可能性は低いと考えたんですね」
「そういうことだ。…まぁ実際は噂も当てにならんという教訓しか手に入らなかったがな」
勇み足、あるいは無駄足だったことを自嘲するネイの姿に、俺は少しだけ苦い感情を覚える。
王族の争いはともかく、こうしてネイに無駄足を踏ませたのは他ならぬ、俺プロデュースによる小芝居が原因だ。
悪い気がしているだけに、出来ることがあるなら手助けしてやりたいという思いは先程から胸にある。
「だったらその役目、私達が請け負うよ!元々はアンディのせいでネイさんがここまでくる羽目になったんだから、私達が何とかしないと。ね?」
同意を求めて俺に向けられた視線に頷きを返し、ネイの反応をうかがう。
「…申し出はありがたいが、正直、今の私達が求めているのは確かな実力者なのだ。不躾ではあるが、君達はそれだけの実力があると言えるのかな?」
ネイの尤もな疑問に対する答えとして、俺とパーラはギルドカードを差し出した。
今この場で俺達の力を示すには、やはり冒険者としてのランクが一番わかりやすいだろう。
「ほう…。二人とも、その年で白級とはかなりのものだな。贅沢を言うなら黄級であれば尚良かったが、まぁそれはいい」
テーブルの上に並んで置かれたギルドカードを眺め、感心したように頷きながらそうこぼすネイの声色が若干高い物に変わっていることから、手応えとしてはそう悪いものではなさそうだ。
「ふぅむ…、やはりこれだけでは少しばかり判断には欠ける。どうだろう、ここは一つ私と手合わせといかないか?」
妙に楽し気なネイが言いだしたことは十分予想できていたものだったが、その顔からは真剣な気配も感じ取ることができ、この手合わせが通過儀礼的なものであることとして俺は受け入れることにした。
翌日、ネイが手合わせの場として手配してくれたギルドの訓練場に立つ俺達は、防具を身に着けた状態で訓練用の木剣を手にして向かい合っている。
この光景はネイが騎士だということもあり、剣での立ち合いを俺の方から申し出た結果のものだ。
本来であれば魔術師である俺が騎士を相手に剣で戦うのは非常識なのだが、近接戦闘もそこそこやれると自負しているので、まずは剣の腕を見せようと思ったわけだ。
もちろんネイは渋ったのだが、そこは何とか俺が押し切らせてもらった。
「私から手合わせを提案しておいてなんだが、本当にいいんだな?今から魔術アリに変更しても構わないが?」
「お気遣いなく。俺は剣の方もそこそこ使えますので。魔術の腕は後でパーラも交えて見せますよ」
ネイがくれた戦闘開始前の最後の通告も断り、俺達は剣を構える。
間には審判役としてパーラが立ち、開始の合図を上げる。
「それじゃあ双方構えて~はい始めぇ~」
審判役がつまらないのか、パーラのダルそうな開始の合図を告げられるとこちらのテンションもいまいち上がらないのだが、ネイの方はそうでもないようだった。
開始と同時に踏み込んだネイは、同時に大きく振り上げた木剣を俺の頭目掛けてまっすぐに振り下ろす。
そこそこのスピードで振るわれた剣だが、特別鋭い攻撃でもないので俺も横に寝かせた剣を自分の頭よりも高い位置へと置いて、ネイの剣を受け止める。
ネイも防がれることを予想していたのか、カンという木剣同士がぶつかる甲高い音が鳴るとすぐに剣を引き戻し、腰をやや落として左足を軸足とした回転切りで俺の胴を狙ってくる。
かなり動きの派手な攻撃ではあるが、ほぼ密着している状態で繰り出される回転切りは、一撃目を防いでもすぐに二撃目が俺を襲ってきた。
反射的に一撃目は防いだが、思ったよりも重い斬撃に俺の持つ剣はやや横に弾かれてしまい、二撃目を防ぐには時間が足りなかった。
なので防御は諦め、すぐに回避行動へと移る。
ただし、大きく動いてはそれだけ隙も生じやすいので、右足からフッと力を抜くと自然と体が右側へと流れるように傾くのをそのまま回避に使う。
体の力みがない動きというのは見切りに長けた人間ほど意表を突かれるもので、現にネイは自分の左後方へと滑るように回避した俺の動きに目を見開いて驚いていた。
とりあえず回避には成功したので、一旦距離をとって息を整える。
向こうも追撃はせず、こちらに猶予をくれるかのように楽し気な様子で声をかけてきた。
「はははははっ!実に面白い!先程の動きは一体なんだ!?今までに見た事も無い体捌きだったぞ!」
「さて?教えてもよろしいのですが、そうすると腕試しの意義が半減するかもしれませんよ」
「ふむ、それもそうだな。ならば言わずとも構わん」
正直、はったりもいいところだ。
先程の回避方法は別に特別な技術は使われていない。
単に相手の実力がかなりの高水準にあるがために起きた錯覚のようなものだ。
多分、同じ状況を再び作られたとしたら、ネイの実力からすると二度目は普通に対処されることだろう。
ここまでで呼吸も落ち着き、それを待っていたのかネイが再び俺に攻撃を仕掛けてくる。
今度は突きで俺の鳩尾あたりを狙っているが、俺もただ迎え撃つだけでは芸がない。
こちらも突きに合わせて上段からの撃ち落としを仕掛ける。
目測ではあるが、向かってきているネイの突きが届くよりも先に、俺の剣がネイの剣の切っ先を逸らしたまま頭を叩けるはずだった。
だがしかし、剣が交差するほんの一瞬、どういう原理かはわからないが、ネイの剣がまるで蛇のように軌道を変えて俺の手元を狙ってきた。
まさに今振り下ろさんとしていた俺は、大地を踏みしめる足にも力が籠ってしまっているため、攻撃を中断して回避に映るのは不可能だ。
先程使った足の力を抜いての回避方法も、攻撃に体の力を使っている今の状態では使えない。
普通はこうなると俺の取れる手段はほぼ一つしかない。
すなわち、手を犠牲にして相手に一撃を食らわせるということ。
しかし、これもネイには十分に予想されているはずなので、ここは意表を突く行動に出る。
手元に迫るネイの剣が当たるよりも早く、俺は振り下ろそうとしていた剣の柄から手を放し、そのまま振り抜く動きを行う。
これで剣の重さから解放された腕の動きは断然早くなり、ギリギリではあったがネイの剣が俺の腕を掠めるようにして抜けていった。
戦いの最中に武器を手放すという俺の行動に驚いた顔をするネイだったが、それと同時に好機とも捉えたようで、突きを放った腕が素早く引き戻されて次の攻撃に移ろうとしていた。
攻撃が来る前に防御態勢に移りたいところだが、先程手放した剣は俺から少し離れたネイの左手側に付き立っており、手を伸ばして届く距離には少し遠い。
まさに王手がかかった状態だが、そこは発想の逆転だ。
前世でどこかの王妃が言った言葉にこんなものがある。
『武器がないなら奪えばいいじゃない』と。
実際は少し違うが、今は大した問題ではない。
ということで、まさに俺の目の前を通り過ぎようとしていたネイの剣の柄頭を、引き戻される方向とは逆へと向けて思いっきりぶっ叩く。
その際、ネイの手首も一緒に叩くようにすれば、強く握っているほどに衝撃がそのまま手首にかかるので、うまくすれば利き手も潰せる。
ゴッという鈍い音と共に、柄頭に当たった俺の裏拳はしっかりとその役目を果たしてくれたようで、ネイは突きに合わせて片手で握っていた剣をあっさりと手放してしまい、宙に浮く形になった剣を俺が素早く回収し、その勢いのまま切りかかる。
今度はネイが武器を失った形になったが、そこは流石騎士だけあって、すぐに先程俺が捨てた剣を左手で引っこ抜き、俺の剣を真正面から受け止める。
鍔迫り合いの形になった俺達は、ここで至近距離でお互いの顔を見ることになり、実に愉快だという顔のネイと対面してしまった。
「くっくっくっくっく…。武器を捨てるなど愚かと思ったが、まさかその後に私の武器を奪うとは、実に愉快じゃあないか。並の剣士であれば、剣を失った時点で負けを認めるものだが、相手の武器までも勘定に入れて戦いを続けるのは実戦的な発想だ」
「そこまで手放しの褒められてはなんだかむず痒いですねっ…。というか、てっきり武器を手放したことを非難されると思ったんですっが!」
「戦闘中に武器にこだわって死ぬような者はただのバカだ。他の騎士はどうか知らんが、私は君の姿勢はむしろ好ましいとも思うがね」
剣を押し込もうと力を籠める俺とは対照的に涼しい顔で話すネイ。
身体強化を使ってはいないが、それでもそこそこ力のついている今の俺がこうまでしても小動もしないネイの腕力は一体どうなっているのか。
長身ではあっても細身のネイだが、剣越しに感じられる力は象でも相手にしてるのかというぐらいだ。
これは無理だと判断し、剣で押し込むのは諦めて半歩ほど下がると、今度は早さを主体にした連続切りを仕掛けてみる。
斬り、突き、掬い上げからの落とし切り、時々蹴りなんかも混ぜて攻撃を仕掛けるが、そのどれもがネイには簡単に対処されてしまい、むしろ攻撃の繋ぎ目を突かれてこちらを攻めてくるほどに剣での勝負は向こうの有利に傾いていた。
こうして実際にやり合ってみて分かったが、やはり正当な剣術というのは凄いものだ。
俺が繰り出す攻撃も、決まった型で捌かれるとすぐにカウンターが飛んでくる。
どこまでも効率的に連撃を組み立てられる剣術というのは、息をつく暇すら与えてくれない。
この手合わせはある程度実力を示せば十分だと思ってはいたが、やはり男の子としては勝ちたいもので、少々ずるいがこっそり身体強化を使おう。
動体視力と腕力をそれぞれ強化すると、それまで防戦一方だった打ち合いにも攻め手が混じり始める。
「これは驚きだ!急に剣筋が重さを増したな!ここまで実力を隠していたのかね!?はははははははっ!」
木剣がぶつかる音が絶え間ない中、笑い声をあげるネイの言葉には高速の打ち合いを楽しんでいる節がある。
こっちは剣戟を捌くのに手いっぱいで頭が沸騰しそうだというのに、なぜそうも余裕なのか、目の前にいる人間が化け物に思えてきて仕方ない。
そんなことを思いながら攻撃を繰り出していると、いよいよもって腕に限界が近付いてくる。
受ける一撃一撃がとんでもなく重いせいで、防ぐだけでこちらの腕に痺れを齎し、長引くとまずいとは分かっていたが、決め手に欠いたまま戦闘は続くと思われた。
だが、不意にネイの目が鋭さを増したのに気付いた瞬間、ネイがそれまでとは比べ物にならない速度で逆袈裟に切り上げるのと同時に、足元を払われて地面に倒れこむ俺の首筋を追う木剣、3つの攻撃が俺の知覚の中ではほぼ一瞬の動作として行われ、横たわる俺の首に添えられたネイの木剣が試合終了を悟らせた。
一連の動きを辛うじて目で終えていたはずの俺でさえ何が起きたのか正しく認識できていないのだが、こうして確かに転がされて首を剣で抑えられている形である以上、負けたということだけは理解できている。
「勝負あり、だね」
そう言ってネイが差し出した手を取り、立ち上がるのを助けてもらった。
「ええ、参りました。正直、何が起きたのか分からないまま負けたという感じですがね」
「まぁこれでも国許ではそこそこ強い方だったからな。とはいえ最後の技、私のとっておきを使わせたのは君の実力が高かったことの証明だ。これは誇っていいことだぞ?」
「ということは、俺の腕は依頼するに足るということで?」
「もちろんだ。魔術師であそこまで剣も使えるなら是非もない。アンディ君、どうか私の主、ダルカン様に力を貸してほしい」
真摯な態度で頼んでくるネイに、俺も快諾を返す。
負けはしたものの実力を示したことで、俺達はネイのお眼鏡に適ったということになる。
最後に、ネイがパーラの実力も見たいと言い出したため、訓練場に置かれている案山子が被っている兜をパーラに銃で撃たせ、衝撃で上に飛び上がった兜が地面に落ちる前にまた銃弾を当てるという曲芸じみた技を披露することになった。
宙に浮いてから落下するまでの間、都合6発の銃弾を浴びた鉄製の兜はボロボロになっており、中には貫通した痕もあったことから、ネイの顔は完全に引きつっていた。
騎士として剣で戦う技術に自信を持っているであろうネイにとって、長距離からほぼ無音かつ高速で迫る弾丸というのは悪夢のようなものだ。
ネイも自分に銃弾が向かってくるのを想像したらこの反応は当然のものか。
色々と思うところはあるだろうが、とりあえず俺達の実力は分かってもらえたと思うので、訓練場はさっさと次の利用者に明け渡すとしよう。
今後の打ち合わせと親睦を深めるのも兼ねて、俺達はびっくりアンディへと足を向けた。
意外とでも言うのか、ネイはフライドチキンをいたく気に入っているそうで、昼食の話が出た瞬間にびっくりアンディを提案するほどに嵌まってしまっていた。
訓練場を出ていく際、視界の隅で見学していたであろう冒険者達の一喜一憂している姿が見られたのだが、恐らくあれは俺とネイの戦いで賭けをしていた者の成れの果てだろう。
何人かは見知った顔もいたことから、ある程度俺の強さを知っていたせいで俺の勝ちに掛けたようだが、見事外して落ち込んでいる姿は自業自得以外の何ものでもない。
だから泣きそうな目で俺を見て来ても無視してやることにした。
なお、その中にはオルムの姿もあったのだが、人一倍体の大きい鬼人族が地面に膝をついて落ち込んでいる姿はなんとも侘しいものだった。
黄級の冒険者であるオルムの稼ぎは相当なもののはずだが、ああまで落ち込むということは一体どれだけつぎ込んだのか。
賭け事は魔物、喰われないように気を付けようという、ちょっとした教訓が俺の心に刻まれた瞬間だった。
「ええ、俺達は俺達の事情で事を起こしましたから。非難の声も当然覚悟しています」
「誤解のないように言っておくが、なにもそちらの全てを非難しようというのではないぞ?怪我人が出ないようにとの配慮があったことも理解しているつもりだ」
客のいなくなったびっくりアンディ店内で、テーブルの一つに俺とパーラと例の女性、チャスリウス公国から遥々やって来た騎士で名前をネイと名乗った彼女の3人で座り、話をしていた。
ミルタとローキスは店の片付けと明日の準備があるのでこの場にはいないが、場所を借してもらっているというのもあるため、ここでのことは後でさらっと話しておくつもりだ。
ネイには既にディルバの身に降りかかったことと、それに対して俺達がとった手段を粗方話し終えている。
なので、彼女が探し求めている凄腕の方のディルバが存在しないことは理解してもらえたと思う。
勿論落胆はされたが、同時にいくら探しても手掛かりのないディルバの正体も分かり、謎が解けてすっきりとした顔もしていた。
「実は俺はチャスリウス公国という名前を今日まで聞いたことがありませんでした。少なくとアシャドルの近隣国ということではないでしょうから、それなりに長い旅をしたのでは?」
「確かに、我が国はアシャドルとは直接国境を接してはいないし、国土もそれほど大きくはない。だが、マクイルーパを経由すればそれほど旅の道は厳しいものではないよ」
今現在、アシャドルと直接国境を接している国は三つ。
西にペルケティア、南にソーマルガ、そして東にマクイルーパだ。
北には大陸を横切るようにして高い山脈が走っており、その向こう側とは直接の交流はないと聞く。
さらに、ソーマルガとマクイルーパは間に山脈か広大な森が横たわっているので、旅人の往来はあれど、軍が国境に展開しての緊張状態というのはまずなかった。
しかし、少し前にマクイルーパが少数の傭兵団を使ってアシャドル国内で起こした事件はこの意識をガラリと変え、マクイルーパとの国境である大森林の近くには常に一定数の軍が滞在しているというのを風の噂で聞いていた。
なので、ネイがマクイルーパからアシャドルへと入った際には、騎士としての身形もあってか少しばかり厳しめの誰何はあったものの、特に問題なくここまで来れたのだそうだ。
「ここまでは馬で?」
「ああ、私の愛馬でな、名をフスと言う。チャスリウスは名馬の産地として知られている。フスもチャスリウス産の馬としては中々のものだぞ」
この世界での旅は徒歩が圧倒的に多く、騎士という立場により馬で移動してこれたネイは中々に恵まれた旅をしているようだ。
なにせ旅の足に馬があるだけで、移動にかかる時間は大分短縮される。
バイクや飛空艇で旅をしていると忘れがちだが、丘越えや悪路もある中で一日に100キロの道のりを進むことが出来る馬は十分に名馬と呼ばれるものであり、彼女の馬もまたそれだけの能力を有しているのだろう。
初対面の人間同士、まずは軽く話しをして緊張を解そうと思ってここまで雑談を続けてきたが、そろそろ本題へ入るとしよう。
何故わざわざ異国の地にまで来て件の偽ディルバを探していたのか。
「済まないが、他国の人間に軽々しく話せることではない事情がある、とだけで許してほしい」
確かに、わざわざ騎士が他の国に単身乗り込むほどの事情となれば、一冒険者である俺達にそう簡単に話すことはしないだろう。
機密性の保持ももちろんだが、俺達の見た目がまだ若いというのも影響しているのかもしれないが。
「…がしかしだ、それも先程までの話。事情が変わった。アンディ君、私は君が信頼に足る人物だと少し思えている」
「…はい?それはなぜでしょう?まさか、この短い会話でそう判断したんですか?」
そうだとしたら騎士らしからぬ安直な思考の持ち主だと思うが、首を振ってそれを否定するネイを見て少しだけ安心した。
「もちろん、こうして話してみて君が礼儀を持って接してくれているのは分かっている。しかしそれ以外に、そのマントの合わせに着けてある勲章だ。その勲章、ダンガ勲章だね?昔、祖父の家にあった絵画で見たことがあるぞ。それを持っている君だからこそ信頼に足ると判断したのだ。ついでといってはなんだが、君と一緒にいるパーラ君もね」
すっかり忘れていたが、今日の防具の新調に合わせ、マントも新しいのを一緒に購入するつもりでいたため、ダンガ勲章との合わせも見ようと持ってきてはいた。
他国の貴族にもダンガ勲章は多少の効力はあると聞いていたのだが、一騎士であるネイにもそれが通じるということは、彼女の騎士としての序列が相応に高いのか、あるいは俺が知るよりも意外とダンガ勲章の知名度が高いのか。
いずれにしても、ダンガ勲章のおかげで話しがスムーズに進むのならばありがたい。
一度お茶で口を湿らせたネイが語りだしたのは、何とも面倒臭そうな匂いのある話だった。
現在、チャスリウス公国では王位継承権を巡って二人の王族が水面下で争っている。
継承権第一位のヘンドリクス王子と継承権第三位のナスターシャ王女がそれぞれを支援する貴族達と派閥を組み、互いに牽制し合っているという。
チャスリウス公王であるマハティガル王が病床に臥せっており、そのせいで巻き起こっている秘かな王位継承戦争であるが、それぞれの勢力が拮抗しているおかげで、大々的に表立った争いが起こっておらず、一応表面的な平穏は保たれていた。
そんな中、マハティガルが一時危篤状態に陥る事態が発生する。
懸命な治療によって何とか命の危機は脱したものの、この出来事で現国王の死というものが自他共に明確な意識として現れるようになっていく。
その結果、密かに王の死を覚悟した周囲の進言に乗る形で次期公王を指名する運びとなった。
誰もが王位争いをしている二人のどちらかが次期公王になると思われた中、マハティガルが指名したのは王位継承権第二位にありながら、未だ10歳にも満たない幼い王子であった。
当然ながら、王位を得られるのは自分達であると思っていた王子達は憤慨し、父であるマハティガルには表立っては言わずとも、影では激しく非難をするほどに彼らの不満は溜まっていく。
一方の突然次期公王に指名された当人である継承権第二位のダルカン、母方の爵位の低さと未だ幼いということもあって後見に付いていた貴族の少なさゆえに、王宮内ではさほどの影響力もないおかげで、上の王子二人からの嫌がらせは日毎に増えて来ていた。
それでも次期公王としての教育と共に支持者の確保も拙いながらに続けられていったおかげで、最近になってようやく謀殺の危機は薄れてきていた。
ところがある時、大勢の貴族がいる場でナスターシャがダルカンの王としての資質に対して疑問の声を上げてしまう。
ほとんどが年齢に言及してのものだったが、それでも多くの貴族達に同意の感情を醸成する原因となったのは、事細かに事例を挙げるダルカンの貴族としての気構えのなさについてが多かったせいだ。
「ナスターシャ殿下の言葉はほとんど言いがかりのようなものだ。貴族としての何たるかを説くには、あの方はいささか苛烈な性格でおられる。あの方を基準にされては、多くの貴族が貴族足り得んと言われるのに等しい。…ダルカン王子はまだ幼く、そしてそれ以上に心根のお優しい方だ。王としての成長が見込めるダルカン様を資質無しと切って捨てるにはあまりにも早すぎる」
悔し気に唇をかんで言うネイを見ていると、どうやら彼女はそのダルカン王子の派閥に属しているのだと推測する。
ということは、やはり今回ここに来た理由もそれが関係している可能性が高い。
ナスターシャの言葉に同調したのは、意外というかやはりと言うかヘンドリクスだった。
彼もまた、ダルカンの資質についての疑義を唱えたわけだが、この二人の狙いがダルカンの失脚、あるいは自ら王位継承を辞退させることのどちらかだというのは俺にもわかるぐらいだから、他の貴族連中も気が付いていないわけがない。
しかしながらそれでも二人の王子に表立って逆らうというのは憚られたようで、緩慢な決断ではあるがダルカンの資質を試す場が設けられることが決まってしまったという。
「10歳にもなってない子供に王の資質を問うの?それって普通有り得ること?」
「有り得ん…と言いたいところだが、実は過去に一度だけ、同じことが起きている。その時は対象となった王子がダルカン様以上に幼いと言うことで騒ぎは沈静化されたそうだが、今回はそうはいかないだろう。なにせ二人の継承権保持者が主導して動いているのだしな」
パーラの口にした疑問は当然俺も感じてはいたが、ネイの答えもまた俺には予想されたものだった。
現代日本でもそうだったが、ほとんど言いがかりに近いものであっても、過去に実例があればそれを引っ張り出してきて論議に持ち込めるのが知恵のある生き物というものだ。
「まぁ10歳の子供に王の資質を問うのもどうかというのは俺も同意見ですけど、その方法はどういう…?」
「あぁ、それはそういう儀式…のようなものがあるとだけ言っておこう。実は、今回私がここに来た目的もその儀式に関することでな。説明すると―」
チャスリウス公国にはかつて、次代の王となる王子・王女に試練を課すという時代があった。
強制されるものではないが、自ら申し出た時に試練は始まり、それを乗り越えた時、王として認められるというものであったため、王位継承権の序列もこの試練の前では霞むほどに強力な印となる。
しかしそれは試練が容易に乗り越えられないということでもあり、過去には試練に挑んだ王族の悉くが死亡するという惨事も起きていたため、随分昔に廃れた儀式となっていた。
それを今回、ダルカンへと適用させようとしたのがナスターシャであった。
既に廃れたとされる儀式だが、それを現代に復活させ、幼い王子に課そうというのだから相当な根回しがあったに違いない。
それこそ、自分から申し出ずともダルカンが試練を受けざるを得ないようにする程度には。
そしてこの試練だが、挑戦者が対策を講じられないよう厳重に情報が秘匿されていたせいで、現代まで残された情報があまりにも少ない。
そのせいでダルカンに課す試練の選定に非常に時間がかかっていることが唯一の救いだとネイは語った。
「ただ、数少ない文献によって分かっていることとして『試練に際し、この地に住む何者も助力を禁ず』というのが私達にとっては大きな問題だった。このせいで私達騎士はもちろん、チャスリウス公国で活動する冒険者も傭兵も使うことが出来なくなった。他国の者を呼び寄せるにしても、生半可な者で試練に臨むのは不安であるし、かと言って腕利きを呼び寄せるとなれば必ず他から邪魔が入る」
企み事に長けたナスターシャなら、国境を越えてくる実力者の足を止めて、何かしらの対策を講じてくる可能性もあるとのこと。
「なるほど、噂で耳にした凄腕の剣士であればダルカン王子殿下を守るのを任せられる、しかもネイさんがこれまで聞いた事も無いぐらいの知名度であればチャスリウス公国へと入っても邪魔が入る可能性は低いと考えたんですね」
「そういうことだ。…まぁ実際は噂も当てにならんという教訓しか手に入らなかったがな」
勇み足、あるいは無駄足だったことを自嘲するネイの姿に、俺は少しだけ苦い感情を覚える。
王族の争いはともかく、こうしてネイに無駄足を踏ませたのは他ならぬ、俺プロデュースによる小芝居が原因だ。
悪い気がしているだけに、出来ることがあるなら手助けしてやりたいという思いは先程から胸にある。
「だったらその役目、私達が請け負うよ!元々はアンディのせいでネイさんがここまでくる羽目になったんだから、私達が何とかしないと。ね?」
同意を求めて俺に向けられた視線に頷きを返し、ネイの反応をうかがう。
「…申し出はありがたいが、正直、今の私達が求めているのは確かな実力者なのだ。不躾ではあるが、君達はそれだけの実力があると言えるのかな?」
ネイの尤もな疑問に対する答えとして、俺とパーラはギルドカードを差し出した。
今この場で俺達の力を示すには、やはり冒険者としてのランクが一番わかりやすいだろう。
「ほう…。二人とも、その年で白級とはかなりのものだな。贅沢を言うなら黄級であれば尚良かったが、まぁそれはいい」
テーブルの上に並んで置かれたギルドカードを眺め、感心したように頷きながらそうこぼすネイの声色が若干高い物に変わっていることから、手応えとしてはそう悪いものではなさそうだ。
「ふぅむ…、やはりこれだけでは少しばかり判断には欠ける。どうだろう、ここは一つ私と手合わせといかないか?」
妙に楽し気なネイが言いだしたことは十分予想できていたものだったが、その顔からは真剣な気配も感じ取ることができ、この手合わせが通過儀礼的なものであることとして俺は受け入れることにした。
翌日、ネイが手合わせの場として手配してくれたギルドの訓練場に立つ俺達は、防具を身に着けた状態で訓練用の木剣を手にして向かい合っている。
この光景はネイが騎士だということもあり、剣での立ち合いを俺の方から申し出た結果のものだ。
本来であれば魔術師である俺が騎士を相手に剣で戦うのは非常識なのだが、近接戦闘もそこそこやれると自負しているので、まずは剣の腕を見せようと思ったわけだ。
もちろんネイは渋ったのだが、そこは何とか俺が押し切らせてもらった。
「私から手合わせを提案しておいてなんだが、本当にいいんだな?今から魔術アリに変更しても構わないが?」
「お気遣いなく。俺は剣の方もそこそこ使えますので。魔術の腕は後でパーラも交えて見せますよ」
ネイがくれた戦闘開始前の最後の通告も断り、俺達は剣を構える。
間には審判役としてパーラが立ち、開始の合図を上げる。
「それじゃあ双方構えて~はい始めぇ~」
審判役がつまらないのか、パーラのダルそうな開始の合図を告げられるとこちらのテンションもいまいち上がらないのだが、ネイの方はそうでもないようだった。
開始と同時に踏み込んだネイは、同時に大きく振り上げた木剣を俺の頭目掛けてまっすぐに振り下ろす。
そこそこのスピードで振るわれた剣だが、特別鋭い攻撃でもないので俺も横に寝かせた剣を自分の頭よりも高い位置へと置いて、ネイの剣を受け止める。
ネイも防がれることを予想していたのか、カンという木剣同士がぶつかる甲高い音が鳴るとすぐに剣を引き戻し、腰をやや落として左足を軸足とした回転切りで俺の胴を狙ってくる。
かなり動きの派手な攻撃ではあるが、ほぼ密着している状態で繰り出される回転切りは、一撃目を防いでもすぐに二撃目が俺を襲ってきた。
反射的に一撃目は防いだが、思ったよりも重い斬撃に俺の持つ剣はやや横に弾かれてしまい、二撃目を防ぐには時間が足りなかった。
なので防御は諦め、すぐに回避行動へと移る。
ただし、大きく動いてはそれだけ隙も生じやすいので、右足からフッと力を抜くと自然と体が右側へと流れるように傾くのをそのまま回避に使う。
体の力みがない動きというのは見切りに長けた人間ほど意表を突かれるもので、現にネイは自分の左後方へと滑るように回避した俺の動きに目を見開いて驚いていた。
とりあえず回避には成功したので、一旦距離をとって息を整える。
向こうも追撃はせず、こちらに猶予をくれるかのように楽し気な様子で声をかけてきた。
「はははははっ!実に面白い!先程の動きは一体なんだ!?今までに見た事も無い体捌きだったぞ!」
「さて?教えてもよろしいのですが、そうすると腕試しの意義が半減するかもしれませんよ」
「ふむ、それもそうだな。ならば言わずとも構わん」
正直、はったりもいいところだ。
先程の回避方法は別に特別な技術は使われていない。
単に相手の実力がかなりの高水準にあるがために起きた錯覚のようなものだ。
多分、同じ状況を再び作られたとしたら、ネイの実力からすると二度目は普通に対処されることだろう。
ここまでで呼吸も落ち着き、それを待っていたのかネイが再び俺に攻撃を仕掛けてくる。
今度は突きで俺の鳩尾あたりを狙っているが、俺もただ迎え撃つだけでは芸がない。
こちらも突きに合わせて上段からの撃ち落としを仕掛ける。
目測ではあるが、向かってきているネイの突きが届くよりも先に、俺の剣がネイの剣の切っ先を逸らしたまま頭を叩けるはずだった。
だがしかし、剣が交差するほんの一瞬、どういう原理かはわからないが、ネイの剣がまるで蛇のように軌道を変えて俺の手元を狙ってきた。
まさに今振り下ろさんとしていた俺は、大地を踏みしめる足にも力が籠ってしまっているため、攻撃を中断して回避に映るのは不可能だ。
先程使った足の力を抜いての回避方法も、攻撃に体の力を使っている今の状態では使えない。
普通はこうなると俺の取れる手段はほぼ一つしかない。
すなわち、手を犠牲にして相手に一撃を食らわせるということ。
しかし、これもネイには十分に予想されているはずなので、ここは意表を突く行動に出る。
手元に迫るネイの剣が当たるよりも早く、俺は振り下ろそうとしていた剣の柄から手を放し、そのまま振り抜く動きを行う。
これで剣の重さから解放された腕の動きは断然早くなり、ギリギリではあったがネイの剣が俺の腕を掠めるようにして抜けていった。
戦いの最中に武器を手放すという俺の行動に驚いた顔をするネイだったが、それと同時に好機とも捉えたようで、突きを放った腕が素早く引き戻されて次の攻撃に移ろうとしていた。
攻撃が来る前に防御態勢に移りたいところだが、先程手放した剣は俺から少し離れたネイの左手側に付き立っており、手を伸ばして届く距離には少し遠い。
まさに王手がかかった状態だが、そこは発想の逆転だ。
前世でどこかの王妃が言った言葉にこんなものがある。
『武器がないなら奪えばいいじゃない』と。
実際は少し違うが、今は大した問題ではない。
ということで、まさに俺の目の前を通り過ぎようとしていたネイの剣の柄頭を、引き戻される方向とは逆へと向けて思いっきりぶっ叩く。
その際、ネイの手首も一緒に叩くようにすれば、強く握っているほどに衝撃がそのまま手首にかかるので、うまくすれば利き手も潰せる。
ゴッという鈍い音と共に、柄頭に当たった俺の裏拳はしっかりとその役目を果たしてくれたようで、ネイは突きに合わせて片手で握っていた剣をあっさりと手放してしまい、宙に浮く形になった剣を俺が素早く回収し、その勢いのまま切りかかる。
今度はネイが武器を失った形になったが、そこは流石騎士だけあって、すぐに先程俺が捨てた剣を左手で引っこ抜き、俺の剣を真正面から受け止める。
鍔迫り合いの形になった俺達は、ここで至近距離でお互いの顔を見ることになり、実に愉快だという顔のネイと対面してしまった。
「くっくっくっくっく…。武器を捨てるなど愚かと思ったが、まさかその後に私の武器を奪うとは、実に愉快じゃあないか。並の剣士であれば、剣を失った時点で負けを認めるものだが、相手の武器までも勘定に入れて戦いを続けるのは実戦的な発想だ」
「そこまで手放しの褒められてはなんだかむず痒いですねっ…。というか、てっきり武器を手放したことを非難されると思ったんですっが!」
「戦闘中に武器にこだわって死ぬような者はただのバカだ。他の騎士はどうか知らんが、私は君の姿勢はむしろ好ましいとも思うがね」
剣を押し込もうと力を籠める俺とは対照的に涼しい顔で話すネイ。
身体強化を使ってはいないが、それでもそこそこ力のついている今の俺がこうまでしても小動もしないネイの腕力は一体どうなっているのか。
長身ではあっても細身のネイだが、剣越しに感じられる力は象でも相手にしてるのかというぐらいだ。
これは無理だと判断し、剣で押し込むのは諦めて半歩ほど下がると、今度は早さを主体にした連続切りを仕掛けてみる。
斬り、突き、掬い上げからの落とし切り、時々蹴りなんかも混ぜて攻撃を仕掛けるが、そのどれもがネイには簡単に対処されてしまい、むしろ攻撃の繋ぎ目を突かれてこちらを攻めてくるほどに剣での勝負は向こうの有利に傾いていた。
こうして実際にやり合ってみて分かったが、やはり正当な剣術というのは凄いものだ。
俺が繰り出す攻撃も、決まった型で捌かれるとすぐにカウンターが飛んでくる。
どこまでも効率的に連撃を組み立てられる剣術というのは、息をつく暇すら与えてくれない。
この手合わせはある程度実力を示せば十分だと思ってはいたが、やはり男の子としては勝ちたいもので、少々ずるいがこっそり身体強化を使おう。
動体視力と腕力をそれぞれ強化すると、それまで防戦一方だった打ち合いにも攻め手が混じり始める。
「これは驚きだ!急に剣筋が重さを増したな!ここまで実力を隠していたのかね!?はははははははっ!」
木剣がぶつかる音が絶え間ない中、笑い声をあげるネイの言葉には高速の打ち合いを楽しんでいる節がある。
こっちは剣戟を捌くのに手いっぱいで頭が沸騰しそうだというのに、なぜそうも余裕なのか、目の前にいる人間が化け物に思えてきて仕方ない。
そんなことを思いながら攻撃を繰り出していると、いよいよもって腕に限界が近付いてくる。
受ける一撃一撃がとんでもなく重いせいで、防ぐだけでこちらの腕に痺れを齎し、長引くとまずいとは分かっていたが、決め手に欠いたまま戦闘は続くと思われた。
だが、不意にネイの目が鋭さを増したのに気付いた瞬間、ネイがそれまでとは比べ物にならない速度で逆袈裟に切り上げるのと同時に、足元を払われて地面に倒れこむ俺の首筋を追う木剣、3つの攻撃が俺の知覚の中ではほぼ一瞬の動作として行われ、横たわる俺の首に添えられたネイの木剣が試合終了を悟らせた。
一連の動きを辛うじて目で終えていたはずの俺でさえ何が起きたのか正しく認識できていないのだが、こうして確かに転がされて首を剣で抑えられている形である以上、負けたということだけは理解できている。
「勝負あり、だね」
そう言ってネイが差し出した手を取り、立ち上がるのを助けてもらった。
「ええ、参りました。正直、何が起きたのか分からないまま負けたという感じですがね」
「まぁこれでも国許ではそこそこ強い方だったからな。とはいえ最後の技、私のとっておきを使わせたのは君の実力が高かったことの証明だ。これは誇っていいことだぞ?」
「ということは、俺の腕は依頼するに足るということで?」
「もちろんだ。魔術師であそこまで剣も使えるなら是非もない。アンディ君、どうか私の主、ダルカン様に力を貸してほしい」
真摯な態度で頼んでくるネイに、俺も快諾を返す。
負けはしたものの実力を示したことで、俺達はネイのお眼鏡に適ったということになる。
最後に、ネイがパーラの実力も見たいと言い出したため、訓練場に置かれている案山子が被っている兜をパーラに銃で撃たせ、衝撃で上に飛び上がった兜が地面に落ちる前にまた銃弾を当てるという曲芸じみた技を披露することになった。
宙に浮いてから落下するまでの間、都合6発の銃弾を浴びた鉄製の兜はボロボロになっており、中には貫通した痕もあったことから、ネイの顔は完全に引きつっていた。
騎士として剣で戦う技術に自信を持っているであろうネイにとって、長距離からほぼ無音かつ高速で迫る弾丸というのは悪夢のようなものだ。
ネイも自分に銃弾が向かってくるのを想像したらこの反応は当然のものか。
色々と思うところはあるだろうが、とりあえず俺達の実力は分かってもらえたと思うので、訓練場はさっさと次の利用者に明け渡すとしよう。
今後の打ち合わせと親睦を深めるのも兼ねて、俺達はびっくりアンディへと足を向けた。
意外とでも言うのか、ネイはフライドチキンをいたく気に入っているそうで、昼食の話が出た瞬間にびっくりアンディを提案するほどに嵌まってしまっていた。
訓練場を出ていく際、視界の隅で見学していたであろう冒険者達の一喜一憂している姿が見られたのだが、恐らくあれは俺とネイの戦いで賭けをしていた者の成れの果てだろう。
何人かは見知った顔もいたことから、ある程度俺の強さを知っていたせいで俺の勝ちに掛けたようだが、見事外して落ち込んでいる姿は自業自得以外の何ものでもない。
だから泣きそうな目で俺を見て来ても無視してやることにした。
なお、その中にはオルムの姿もあったのだが、人一倍体の大きい鬼人族が地面に膝をついて落ち込んでいる姿はなんとも侘しいものだった。
黄級の冒険者であるオルムの稼ぎは相当なもののはずだが、ああまで落ち込むということは一体どれだけつぎ込んだのか。
賭け事は魔物、喰われないように気を付けようという、ちょっとした教訓が俺の心に刻まれた瞬間だった。
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