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さらば学園都市

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昼下がりのディケットの街にある食堂、シペア達と昼食を摂る時にいつも利用するそこは、俺の中ではもうすっかり馴染みとなっていた。
今日も俺とパーラとシペアの三人で一緒に昼食を摂ったその席で、とあることをシペアに告げる。

「というわけで、俺達は6日後にこの街を離れることになった」
それを聞いたシペアの手が止まり、料理を掬い上げていた匙を再び皿へと降ろしてこちらを見つめてきた。
「…これまた急だな。出来ればスーリアが一緒の時に教えてもらいたかったもんだな」

今この場にいないスーリアだが、実はウォーダンが招いていた召喚魔術に詳しいという学者がついに学園へと来てくれたため、そのレクチャーを受けているせいでここ数日は授業すらも休み、俺達とこうして会う昼食を一緒に摂る時間も作れないでいた。

シペアが教師から聞いた話ではあるが、やはりスーリアの召喚魔術に関しての本格的な訓練は来年から始められる予定だったらしく、今回ウォーダンが個人的な繋がりのある学者を呼んだおかげで、一年繰り上げての召喚魔術の訓練が始まったのだという。

スーリアのためになるのであれば、俺達と遊ぶ時間などいくらでもつぶれても構わないのだが、蔵書室を利用するために学園へと向かっても、中々会えないことにパーラが寂しそうではあった。

「そうは言ってもな、スーリアも忙しいみたいだし、こういう時間もあんまり作れないんだろ?だから悪いんだけど、シペアの方から言っといてくれよ」
「まぁそれは構わねーけどさ。…んで?次はマクイルーパ王国だって?」
「あぁ。…あれ?マクイルーパに行くって俺話したっけか?」
「いや、パーラから聞いた」

俺とシペアの会話に加わらず、ひたすら目の前の料理を口に運んでいたパーラが、自分の名前が出たことで顔を上げた。
「…ん?なに?」
何か用かと目で俺に尋ねてくるが、チラチラと視線は料理へと動いている様子から、用がないなら食事に戻らせろという無言の圧力がそこにはあった。

「なんでもない。…あぁそうだ、一応聞くけど、出発前に一度はスーリアと会っておきたいよな?」
ヘスニルにいるマースやミルタと同じぐらいに仲良くなっていたようだし、別れの挨拶ぐらいは顔を合わせて済ませたいはずだ。
「そりゃあ会えるなら会いたいけど、スーリアも色々とやることがあるみたいだし仕方ないんじゃない?」

そう言って再び皿をつつきだしたパーラだったが、その横顔は少しだけ寂しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「6日後に出発するんだろ?何とか俺の方でもスーリアと調整できないか話してみるよ。ウォーダン先生辺りにでも相談すればもしかしたら何とかなるかもな」

シペアの考えた通り、ウォーダンが招いた人物がスーリアを教えているのなら、彼を通せば少しの時間を捻出できる可能性もないこともない。
このまま顔を合わせなずにスーリアと別れるだろうと思っていたが、シペアの言葉で笑みを浮かべるパーラを見ると、ウォーダン先生にはなんとか頑張ってスーリアの時間を作ってほしいものだ。

シペアと別れた俺達は、旅立ちの準備に動き回る。
まずは遠学で使った荷車を処分することから始めた。
元が中古で小型な荷車だったこともあって、幌を張り替えてサスペンションを付けたところで高く買われることはない。
商人ならもっと大型の馬車を欲しがるし、旅人が乗るには居住性がいまいちだ。
なので、売り込むなら馬車に取り付けた手作りのサスペンションに価値を見出す相手がいい。

そんなわけで、ディケットで馬車の制作を一手に担っている工房へと持ち込み、職人達に若干大袈裟気味にアピールを行った上で、実際に乗り心地を体験させ、サスペンションの有効性を肌で感じさせてみた。
その結果、サスペンションの技術に食いついた職人たちが思いの外買取価格を釣り上げてくれて、中々いい値段で売れてしまった。

原始的な板バネが最新式となっているこの世界で、コイル状の巨大なバネを搭載した馬車の乗り心地はまさに新感覚といった感じだろう。
製造に手間はかかるが、板バネよりも乗り心地では数段優れているため、世に広まれば多くの人が求めるものとなるに違いない。

貴族や一部の富裕層だけが持つ箱馬車などに搭載されている魔道具性の衝撃吸収機構とは異なるアプローチとなるこの機械式のサスペンションは、職人達の努力でいつか普通の馬車にも搭載できるようになる日が来るのを想像すると、少しだけ胸が熱くなる。

一番の大物が処分できたことで、フットワークも軽くなった俺達はその足で店を見て回り、旅に必要なものを買いそろえていく。
とは言っても、既に飛空艇には長旅に十分耐えられるだけの物資が備蓄されているので、興味の引かれたものや他の土地での転売で利益が見込めそうなものを探してみる。

ペルケティア国内でも有数の大都市であるディケットは、品揃えのいい店舗も非常に多く、軒先を見ていくだけで時間はあっという間に経ってしまう。
買い物のついでにパーラがねだるままに買い食いをしながら歩き、穏やかな時間を楽しむこととなった。








そして日々は瞬く間に過ぎ去り、ディケットの街を発つ日となった。
今朝方までは曇天であったのだが、昼前頃にはすっかり雲も晴れ、旅立ちには絶好の日和となっていた。

本来であれば、飛空艇を覆っている土の壁を取り除き、そのまま飛び立つつもりであったのだが、前日にシペアから昼の少し前に学園の校門前へと来てほしいと言われていたため、俺とパーラはバイクを走らせて待ち合わせの場所へと来ていた。

校門の前には既にシペアが待っており、その隣には久しぶりに顔を見るスーリアの姿もあった。
「スーリア!久しぶり!見送りに来てくれたんだね?」
バイクが完全に止まるのを待つことなく、サイドカーから身を翻してスーリアの元へと駆け寄ったパーラに、スーリアもまた小走りで駆け寄っていき手を取りあう。

バイクを停めた俺の下へとシペアが手を振りながら近づいてきたので、片手をあげて挨拶を返した。
「よう、スーリアの方は何とかなったみたいだな」
「まぁな。ウォーダン先生もアルブ先生―あぁ、召喚魔術を教えてる先生がアルブって名前なんだけど、そのアルブ先生の説得に加わってくれたおかげで、こうして昼前の時間が少しだけ空けてもらえたんだと」

この時になって初めて名前を聞いたが、スーリアに召喚魔術の指導をしているのはアルブと言う名前のようだ。
こうして別れの時間を捻出するのにウォーダンが説得に加わるぐらいには厳格な指導を行っているように感じたが、それだけ固有魔術の希少性を重く見ている人物なのだろうと思えば、納得できるものもある。

俺達とは少し離れて楽し気に会話をしていたスーリアとパーラだが、なにやら頷き合っているなと思っていたら、こちらに手招きをしだした。
シペアを顔を見合わせ、何事かという思いのままパーラ達の下へと歩いていく。

「どうした、二人とも」
「あのね、パーラちゃんとアンディ君に見てほしいものがあるの」
「俺達に?…シペアはいいのか?」
「いや、俺はさっきお前らを待ってるときに見せてもらったよ。中々驚かされたけど、お前らも同じ反応をしてくれると思ってる」

ニヤリと笑み浮かべるシペアの顔は、何かを企んでいる人間のそれだ。
それだけハードルを上げられると、逆に驚きが薄れるということをこいつは知らないのだろうか。

「じゃあその驚かされる何かってのを早速見せてくれ。この場で見せてくれるんだよな?」
「うん。じゃあ、いくよ?」
そう言って掌を俺達に見せ、そこへ召喚陣を浮かび上がらせる。

まぁスーリアが見せたいものと言えば、召喚魔術に関する何かだとは予想していたことだ。
だが次の瞬間、召喚陣から飛び出したものに、俺達は確かに驚きを覚えた。

「…鳥?うぉっ、本物の鳥だ」
藍色の体色を持った小鳥がスーリアの掌から現れ、一度俺達の周りをグルリと飛んだかと思うと、大きく高度を上げてまた円を描いて何周かした後、スーリアの肩に落ち着いた。
「スーリア…、生き物の召喚が出来るようになったんだね。すごいじゃん!」
「ありがとう、パーラちゃん。でも呼び出せるのはまだこの小鳥だけなの。アルブ先生はもう少し訓練が進めばもっと色んな動物とも契約出来るようになるって」

俺達が召喚魔術の契約というものを手探りで模索していたのと比べ、しっかりとした指導者が付くことのメリットを見せつけられた気分だ。
特別自分が魔術に秀でた存在だと思い上がってはいないが、それでもやはり専門に扱う人間には及ばないことを改めて思い知った。

しかし、この小鳥と契約を結ぶとは、一体どうやったのだろうか?
まさか書面にサインをさせたということはないだろうが、人間と交わすような契約とは違う、何か魔術的なやり方があるのか、正直興味は尽きないが、固有魔術である以上俺には縁のない技術だと思おう。

「なぁスーリア。この鳥はどういう風に召喚してるんだ?やっぱりあの異空間に収納してるのか?」
「ううん、この子は普段は普通にこの辺りを飛び回ってるみたいで、私が召喚すれば召喚陣を通って現れるみたい。アルブ先生が言ってたんだけど、あの異空間に物を収納するのって普通の使い方じゃないんだって。というか、召喚陣で物を収納するのは見た事も無いって言ってたよ」

スーリア曰く、あの異空間への収納と取り出しを最初にアルブに見せた時は叫び声をあげて驚かれたそうで、召喚魔術の訓練とは別に、この異空間への収納をアルブが研究したいとスーリア本人に申し出たこともあり、最近のスーリアの忙しさに繋がっていたとのこと。

それにしても、動物の召喚というのは普通に生活してるところに呼び出しがかかるシステムなのか。
そうなると、この小鳥が死ぬと呼び出せなくなるかもしれないが、それも自然の摂理ではあるし、スーリアが実力を付けてより強力な対象と契約を結べば、長い時間を共に過ごす相棒にもなり得る。
動物の中には人間が騎乗できる大きさの鳥などもいるため、もしそういうのと契約できれば、自由に空を飛べる日も来るかもしれない。

「ねぇねぇ、その小鳥って触れるの?」
「うん、大丈夫だよ。契約が済んだ動物は術者と少しだけ意思の疎通が出来るの。はい」

ペット感覚なのか、スーリアから受け取った小鳥を満面の笑みでくすぐるように撫でているパーラの姿は、年相応の少女らしいものだ。
パーラが小鳥と戯れるのをしばらく見守り、気が済んだところで別れの時間となった。

俺とシペアは男同士ということもあり、特に感涙にむせび泣くなどと言う事もせず、握手と言葉一つで終わる。
対してパーラ達の方はというと、抱き合った態勢で少し話をしてから分かれるという感じだ。

「それじゃあスーリア、訓練頑張って」
「うん。パーラちゃんも元気でね」
もう一度強く抱き合い、それを最後としてパーラはサイドカーへとその身を滑り込ませる。

校門前から大通りへと出るとすぐに、パーラがサイドカーから大きく身を乗り出し後ろへ向かって手を振り、サイドミラーに映るスーリアもまた手を振り返していた。
俺から見ても仲の良さが十分に伝わってきた二人だけに別れももっと湿っぽいものになるのかと思っていたが、サイドカーへと座りなおしたパーラの顔は晴れやかなものだ。

以前とは違い、飛空艇を手に入れた今では移動にかかる時間も手間も大分減ったため、別れもそう悲しむものではなくなっていた。
確かに別れの寂しさはあるものの、なにせその気になればいつでもすぐに会いに行ける。
別れの辛さよりも次の旅へと向ける期待の方が膨らむというものだ。

飛空艇へと戻り、バイクを貨物室に固定したら、早速飛空艇の発進だ。
今回、飛空艇の周りを覆っている土を退かすのは俺の仕事なので、操縦はパーラが行う。

操縦席にはパーラが向かい、俺は外へと出て飛空艇が収まっている丘を見上げる。
長いこと放っておいたせいで雑草の繁茂する土のドームは、傍目からは中に飛空艇が収まっていると誰もわからないだろう。

まずドーム全体に魔力で干渉し、土が崩れるギリギリまで結合を弱める。
次に飛空艇の操縦席のある辺り目掛けてランプの明かりで合図を送ると、飛空艇はゆっくりと上昇を始めた。

ドームの天井に船体が触れてもそのまま上昇を続け、ついには土を押し上げて飛空艇の全貌が姿を見せた。
その光景はさしずめ某宇宙戦艦ヤマ○の発進を見ている気分だ。
BGMは同名のあれが相応しい。

土を被ったせいで多少の汚れはあるものの、久しぶりに陽の光に晒された船体は、相変わらず白一色の美しさを誇っている。
これまで家としても十分役立ってはいたが、やはり飛空艇は空を飛んでいる姿が一番だ。

飛空艇に乗り込み、空を駆けて目指すはマクイルーパ…ではなく、まずはヘスニルだ。
というのも、すっかり忘れていたのだが、ディケットへ向かう前、ヘスニルであるものを注文していたことをパーラが思い出させてくれた。

「そういえば私達の防具ってもう出来てる頃じゃない?確か春には完成させるって言ってたよね」
「…すっかり忘れてたな。よし、じゃあまずはヘスニルに寄ってからマクイルーパに向かうってことで。操縦は任せるぞ」
「了~解」

飛空艇は一気に高度を上げ、ペルケティアとアシャドルを分けている山脈に沿って南下する。
途中、ヘクターの墓参りということでベスネー村に寄りつつ、俺達はヘスニルを目指した。

約半年ぶりぐらいに戻って来たへスニルは、以前見た時と全く変わりない姿を俺達の前に見せ、不思議と安堵感を覚えるのはこの街に愛着を覚えているせいだろう。
前に飛空艇を留め置いていた場所がまだ空いていたので、そこへと飛空艇を降ろし、貨物室からバイクと一緒に外へ出る。

その瞬間、ムワッとした暖かい空気とともに、草の匂いが俺達を包み込んだ。
先日までいたディケットが気候的には涼しい部類に入る地方だったせいで、アシャドルが初夏であるにも関わらず夏のように感じてしまうのは一気に飛び回っていることへの弊害だろう。

ヘスニルの街中へとバイクで入ると、まずは注文していた品を受け取るためにヘスニル唯一のオーダーメイドの防具を制作する工房へと向かう。
工房というと真っ先に思い浮かべるのはクレイルズの所なのだが、ここの工房は入り口からしっかりと片付いており、中からは職人達が奏でる槌の音が出迎えてくれる。

「いらっしゃい。…おぉ!アンディさんにパーラさんじゃねーか!やっと受け取りに来てくれたのかよ」
中に入ると、すぐに俺達の姿に気付いた接客係の青年が声をかけてきた。
彼は前に俺とパーラが採寸に訪れたときも応対してくれた人で、今回も彼が俺達についてくれるのは話が早くてありがたい。

「いやぁ遅くなって申し訳ありません。少し遠くへ行っていましたもので。それで、頼んでいたものはどちらに?」
「奥の保管庫だ。付いて来てくれ」

踵を返して工房の奥へと歩いて行く青年の背中を俺とパーラで追う。
天窓からの明かりに照らされて並ぶ防具の列を抜け、一番奥に並ぶ戸棚の中の一つの前へと辿り着くと、その中から厚手の布でくるまれた物を取り出し、俺達の方へと手渡してきた。

「こっちがアンディさんので、こっちのがパーラさんのだ。一応採寸どおりには作ってあると思うが、念のために一度着てみてくれるか?そっちの角に鏡があるから」
指差した先には俺達の全身を写すのに十分な高さの鏡がある。

小さなものならともかく、これほどの大きさの鏡はこっちの世界に来てからは初めて見た。
オーダーメイドの防具を扱う工房だけあって、こういうところにも金をかけているのが流石だと思わせる。

早速先程受け取ったものを横にあるテーブルの上に並べ、まずは今身に付けている防具を外していく。
新旧の防具を見比べてみると、自分の体の成長を改めて実感する。
身長も肩幅も順調に成長しており、身長だけなら前世の俺を超えているのは目線の高さでなんとなく分かった。

大分前に買った革製の軽鎧を今日まで愛用してきたが、紐や布で騙し騙し調整していたのが限界になり、こうしてオーダーメイドの防具に手を出してみたわけだ。

今回は少し奮発して、胸当てと背骨にそれぞれ重さと硬さの異なる金属のプレートを当てた複合素材の革鎧を特注したのだが、身につけてみると体とのフィット感と追従性が抜群で、軽さも前のものとさほど変わりなく、十分満足のいく出来だ。

「どうだい?」
「いい感じです。動きも妨げられることもないし、重さも想像してたのよりずっと軽いですね」
「君達は冒険者だそうだから、防御力と動きやすさを両立させたって言っていたね。使われてる金属も部位毎に重さと硬さを適宜分散させて配置してあるそうだ」

言われてみれば前後左右にバランスが偏るような感じもない。
前面に金属が多用されているはずなのに、背中側と重量の釣り合いが取れているのはそれだけ考えて金属パーツを配置している証だ。

「採寸通りとは言え、不具合があるかもしれないから、何かあったらうちに持ち込んでくれれば手直しはさせてもらうよ」
「その時はお願いしますよ。…パーラ、そっちはどうだ?」

防具を身に着けるだけなのでそんな必要はないのだが、一応布を張って目隠しが用意されていた向こう側へと声をかける。

「大丈夫そう。…んーでもちょっと胸が苦しいかも」
「脇腹の辺りに留め具があるから、それで調節するといい。採寸したとは言っても、君達は成長期だからな。そういうこともある」
慣れているのか、この短期間で驚異的な成長をしていたパーラの胸囲に関して、照れることなく適切なアドバイスをする青年はやはりプロ意識が違うな。

脛当ても着けてみたが、こちらも見事に動きやすい出来で、オーダーメイドの素晴らしさがますます身に沁みてわかった。
細々とした調整をしてもらい、完全に俺達の体と合わされたところで支払いの時間がやってきた。
二人分の上半身と脛当て、占めて金貨3枚。

高いとは思わない。
命を預ける防具というのは高性能であればあるほどいい。
金が許すならもっと積んで上の性能を目指したいところだが、元々俺もパーラも敵を目の前にして殴り合うスタイルではないので、アホみたいに防御力の高い甲冑など身につけたところで動きづらくて仕方ない。

程々に防御力があり、動きやすさも両立できるのならそれでいいのだ。

ついでに使わなくなった以前の防具の方は買い取ってもらったのだが、サイズ的な需要からあまり高く買われることはなく、金貨の200分の1ほどだったとだけ言っておこう。

工房を出るとあたりは夕暮れ時となっており、道行く人々も足早に家路を急いでいるのを気配で感じる。
防具を新調するだけで思ったより時間がかかってしまったが、時間的には夕食にはちょうどいい。
ヘスニルに着たら必ず行くことにしているびっくりアンディへ自然とバイクは向かう。

やはり夕食時だけあり、多くの客で賑わう店内に、一歩踏み入れた俺達をいつもどおりの元気な声が出迎えた。
「いらっしゃい!あ、二人共帰ってきてたんだ!」
ホールを忙しく動き回っていたミルタが、こちらの姿を見つけて嬉しそうな顔をする。

「うん、昼頃にはね。ねぇミルタ、これ見てよ!新しいの買ったんだ!」
早速新調した防具を自慢したいのか、マントの前を開けてその中を見せつけるパーラ。

「へぇ、金属の防具にしたんだ。前のも結構長く使ってたもんね」
「まぁね。それでね、なんとこれ、特注品なの!」
「特注品?そういうのって作ってもらうと高いんじゃないの?」
「なんと、私とアンディの二人分で金貨3枚」
「えぇえ!?嘘でしょ!?」

そうやって話しながらもミルタは給仕の仕事を忘れてはおらず、慣れた動きで俺達を空いているテーブルへと案内する。
店内は夕食時には少し早いとはいえ、相変わらず客の入りは上々のようで、埋まっているテーブルでは会話をしながら食事を楽しむ人達の姿が散見された。

ふと、壁際に掛けられているメニューに目がいくと、新しく追加された札に気付く。
これまでのレギュラーメニューであるハンバーグとトッピング、持ち帰り用のハンバーガーと夏の間だけ限定の冷やし茶漬けに加え、新たにフライドチキンがメニューの端に席が用意されたようだ。

「ミルタ、あのフライドチキンは前に俺がローキスに教えたヤツか?」
「そうだよ。冬にアンディが作ってくれたのをローキスが頑張って再現したんだって。あの名前もアンディが付けたって言ってたけど?」
「ん…まぁ、そうだけど…。え、まじであの名前で店に出してんのか?」
「いや、当り前じゃん。考案した人間が付けた名前なんだから、特に理由がなきゃそのまま使うよ」

前にクリスマスっぽいことをやった時に、俺が持ち込んだお手製のフライドチキンに惚れ込んだローキスに作り方を教えたが、その時にメニューにするときの名前も俺に着けてほしいとローキスが言ったので、少しふざけてしまったのをそのまま採用されているのが衝撃だった。

「へぇ、じゃあそれ食べてみようよ。ミルタ、私とアンディの二人分頂戴」
「はいはーい。サンダースさん家のフライドチキンお二人分ね。じゃあちょっと待ってて」

あぁ…、何も知らない人間は幸せだ。
あの巨大資本の名前を想起させる名前を付けてしまったのは失敗だったか?
いや、まさか異世界にまでKF〇が怒鳴り込んでは来ないだろうが、ビクビクしてしまうのは日本人としてネタ好き精神が染み付いたせいだと思おう。

しかしよく店内を見回してみると、ハンバーグの他にフライドチキンを頼んでいる客も多い。
もしかしたら結構人気料理なのかと思うと、期待せずにはいられない。

「お待たせ―。ケンタ…じゃないや、サンダースさん家のフライドチキンでーす」
運ばれてきたフライドチキンがテーブルの上に並んでいくのを眺めていると、厨房から姿を現したローキスも俺達の下へと近付いてきた。

「やぁ、いらっしゃい二人とも。早速フライドチキンを頼んでくれたんだね。僕なりに工夫もしてあるから、是非感想を聞かせてよ」
「へぇ、どれどれ」

早速一つ手に取り、しげしげと眺めてみるが、見たところ俺が作ったものを忠実に再現してあるように思える。
若干色が濃いぐらいだが、揚げる時間が長いか下味に色のある何かを使ったのか。
これ以上は食べてみないと分からないので、一息に齧り付く。

香ばしい衣とジュワリと滲みだしてくる鳥の脂、それらが口の中で渾然一体となると、最後に香辛料のスパイシーな風味が口の中を洗う。
中々よく出来ている、いやむしろ俺の作ったものよりもあのチェーン店の味に近い。
驚きと感動と少しの懐かしさを覚え、一瞬呆けてしまう。

「…アンディ?どうかな?」
「え…?あぁ…うん、うまいな。よく出来てるぞ。こりゃあ俺のよりも数段上だ。流石はローキス、いい腕してるよ」
「本当?いやぁ~、よかった。アンディにそう言ってもらえてホッとしたよ」

時期的にフライドチキンがメニューに並んだのは俺がディケットの街に行っている時のことなのだろう。
ローキスとしてはまず俺に試食してもらいたかったのに、俺がいなくて今日までモヤモヤしていたのかもしれない。

こうして実際に食べてみると、俺の感想など必要ないほどに完成していたし、フライドチキンを食べた客の顔を見れば満足してもらえたと分かったはずだが、まだどこかでローキスは俺を頼っているのかもしれない。
俺からしたらローキス達は完全に独り立ちしたと思っているが、それでもたまにこうして頼ってくれるのは嬉しい気持ちがある。

「ねぇローキス。あれ話した方がいいんじゃない?」
「あ、そうか。あれはアンディが一番適任なのか」

しみじみとした思いにふけっていた俺を現実に引き戻したのは、ローキスの言葉だった。

「適任?なんだ、何か俺にやってほしい事でもあるのか?まぁ一応詳しく聞いてからどうするか判断するけど」
友人の頼みであるなら快く引き受けたいところではあるが、その内容を聞かずにホイホイとは引き受けられないのが冒険者の性だ。
「やってほしいって言うか…。アンディさ、ディルバさんを覚えてる?」

「ディルバ?ムムム…」
「はぁ…。もう忘れちゃったの?前にマースちゃんに頼まれて、借金取りから助けてあげた人だよ」
腕を組んで唸る俺に、ため息を一つついてパーラが教えてくれた。
そう言えばそんなこともあったな。

「いや、すまん。すっかり忘れていた。んで?そのディルバさんがどうしたんだ?まさかまた借金でも作ったのか?」
だとしら今度は助けてやる気になれんのだが。

「そうじゃなくて、なんかディルバさんを探してるって人がいるんだよ。ほら、あっちのテーブルの人」
ローキスが目だけで示した先にあるテーブルには、身綺麗な格好をした女性が食事をしていた。

連れもなく一人で夕食を摂っているようで、こちらから見える横顔は貴族のご令嬢と言われても納得できるほどに整ったものだが、どこか鋭利な雰囲気を感じさせることから、あるいは騎士階級に属する身分なのかもしれない。
冒険者や傭兵だと思えないのは、食事をとる手付きが礼儀作法を習った者のそれだからだ。
銀髪をボブカットにした姿は、騎士だと仮定すれば動きやすさを求めてのものだと納得も出来る。

「…なんだ、どこかの貴族家の従士かなんかか?」
「なんかどこかの国の騎士だって言ってたよ。確かチャ、チャリウ…?」
「チャスリウスだよ、ミルタ」
「そう、それ。チャスリウス公国から来たって」

チャスリウス…、知らん名前だな。
まぁ俺もこの世界の国全部を覚えているわけじゃない。

「じゃあそのチャスリウス公国の騎士が、何でディルバさんを探してるんだよ?」
「僕もチラっと聞いた程度なんだけど、なんでも凄腕の剣士としてのディルバさんを探してるって言ってたね。自国に招くためにわざわざ来た、せめて直接会わないことには帰れないって。もう20日は毎日うちに通ってくれてるよ」

なんということでしょう。
まさか俺達が作り上げた虚像としての凄腕の剣士ディルバを求めて、遥々他国から騎士が来るとは。
ということは、あの借金取りあたりがゲロったんだろうか?
そう言えばディルバのことは黙ってろとも言ってなかった。
チャスリウスの出身で、里帰りでもした際に誰かに話してあの騎士あたりにでも伝わった、そう考えた方が自然だな。

「おい、その騎士がここにいるってことは、まさか俺達が一枚噛んでたのがバレてるのか?」
「いや、どうもそんな感じじゃなかったよ。なんか凄腕の剣士の噂を聞いてとりあえず来てみたって感じだったね。あぁ、そうそう、本物のディルバさんはなんか同名の別人だって思われてるみたい」

ふむ、ということはディルバの平穏が乱されるようなことはないと見ていいのか。
しかし凄腕の剣士の方のディルバ、言いにくいからディルバ(笑)としよう、そのディルバ(笑)を探していつまでもヘスニルに滞在し続けるのを放っておくのは忍びない。

またアデスに手伝ってもらってあのしょーもない演劇をもう一回やらなければならんのか。
いや、もういっそのこと、本当のことを教えてしまうか?
もうあの借金取りはこの街にいないし、口止めをしっかりすれば全部教えてみてもいいかもしれない。

とりあえず、まずはあの女性にどう接触するか、そこから考えていこうか。
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