世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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なぜなに妖精族

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「こんなの妖精じゃない…」
「んっだとごらぁ!あたいは正真正銘の妖精だっつーの!見ろこの羽!ほれ、パタパタ~っと…どうみても妖精だろうが」
皆の心情を代表して呟いたスーリアの言葉に、真っ先に噛みついてきた妖精は相変わらず口の悪さが目立ち、自分が妖精であることを証明するために羽を動かす仕草だけは、唯一妖精らしい姿ではあった。

「つーかよ、なんだってあたいを捕まえたんだ?そりゃああんたらをコッソリと見てはいたけどさ、ここまでされるほどのことはしてねーつもりだっての」
この妖精の言う通り、確かに少しやりすぎた感はあるので、そこは申し訳なく思っている。

やっぱり俺達を尾けていたのか。
妖精の疑問の声に、俺達の視線はパーラに集まり、捕縛を行った張本人であるパーラが口を開く。

「実は私達は妖精族を探してて、ちょうどあなたが近くにいたから話を聞ければと思って。手荒な真似をしたのは謝るけど、でも普通に呼びかけたぐらいじゃ出てこなかったでしょ?」
「まぁそりゃそうだけど。あ!てことはお前があの風の鞭を使ったんだな?いやぁ、あれはすごかった。人間の使う魔術なんて子供のお遊びだと思ってたけど、最近の魔術師はあそこまでやれるようになってたんだな」

先程自分を捕まえた魔術を思い出し、しきりに頷きながらパーラを褒める妖精だが、もしかしたらパーラの魔術を一般のレベルだと勘違いしているのではないか?

「いやいや、先程の魔術は彼女だからこその技術だよ。普通の魔術師であそこまでできるのはあまりいないだろうね」
「そうなのか?まぁだとしても、あの魔術はすげーってことには変わりないって。なんせあたいが捕まったんだからな!間違いない!誇っていいぞ!」

この場では一番人生経験のあると思われるウォーダンが妖精の勘違いを正してくれた。
パーラの魔術を褒めるついでに、自分が凄いということもアピールする妖精は、単純なのか強かなのかよく分からないな。

「それで、君は―…失礼だが、名前を教えてもらえるかな?あぁいや、まずこちらから名乗ろうか。私はウォーダン、そっちから順にパーラ、スーリア、シペアにアンディだ」
一応今回の調査の音頭をとっているのはウォーダンなので、妖精に対する聞き取りは彼が行うようだ。

「こんなとこに押し込めておいて失礼もクソもねぇよ。まぁいいや。ん゛ん゛、あーあー、ま~ま~」
何故か急に喉の調子を気にし始めた妖精の様子に、もしかしたら妖精族は名乗る時に歌でも歌うのかと、面白そうな気配を感じて少し身を乗り出して耳を傾ける。

「ん、よし。……やぁやぁ!遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にも見よ!南方霊樹の森随一の射手、一息三射のリッカたぁ、あ、このあたいのこぉとぉさはぁ~!」
こやつめ、傾きよるわ。

何故か格好をつけて武士の名乗り風に名前を言うリッカに、正直全員が目を点にしているが、日本の歴史を義務教育で習った身としては、異世界の妖精がそれをするのにとてつもない違和感を覚えている。

「……おい、なんか言えよ。せっかくあたいが名乗ったんだ。なんかあるだろ。なぁ?」
「え?え?わ、私?なんかって言われても…」
反応がないことに苛立ったのか、リッカに感想を求められるスーリアは、どうしたらいいのかとおろおろする姿が哀れすぎた。
ここは一つ、助け舟を出したほうが良さそうだ。

「まぁまぁまぁ。ちょっと俺達のする名乗り方とは随分違ったから驚いてるんだ。見逃してやってくれ」
「そうなのか?なんだよ、この名乗りの良さがわからないなんざ、人間もまだまだだな」
やれやれといった感じで首を振るリッカだが、もしかしたら妖精族はみんなこうなのか?

「なぁリッカ。さっきの名乗りは妖精族にとって、正式な名乗り方だったりするのか?」
「いや?全然。あたいが考えたから他の奴らはやんないよ」
お前のオリジナルかよ。
だとしたら、それ一つをもって人間のセンスがないとか言うのはどうかと思う。

「お互い名乗りあったことだしさ、いい加減こっから出してくれや。狭っ苦しいところに押し込められてちゃ肩が凝らぁな」
グルグルと肩を回すリッカの言葉に、その場の全員がウォーダンを見つめる。

一応このグループとしての意思を決定するのはウォーダンということになっているので、リッカをどうするかも彼に一任される。

「もちろん私達もいつまでも妖精を閉じ込めておく趣味はないよ。ただ、できれば君には色々と聞きたいこともあるから、ここから出しても逃げないで話をさせて欲しい」
「聞きたいこと?う~ん…あたいも話せることと話せないことがあるけど、それでもいいってんなら」
「決まりだね。アンディ君、解放してあげてくれ」

というわけで、早速解放されたリッカとウォーダンによる、長年起こりえなかった妖精と人間による対談の席が急遽設けられることとなった。
妖精と出会ったことで俺達の目的の殆どが達せられたこともあり、この日はまだ日がある内に適当な場所で小屋を作ってしまうことにした。

「おぉおおおおお!?すげぇえええーー!なんじゃこりゃぁああ!」
地面から生えてくるようにして現れた小屋に強烈な反応を示したのは当然リッカで、妖精族の彼女から見てもこの光景はすごいものだったらしい。

「おいおい!お前まじか!パーラもすげー奴だと思ったけど、お前もとんでもねー野郎だな!」
土の小屋の周りをクルクルと飛び回ると、今度は俺の方へと近づいてきて、ペシペシと頭を叩いてくるリッカが正直うざい。

「ふふーん。そりゃそうよ。アンディは私の魔術の師匠でもあるんだから。けど、まだまだこんなものじゃないよ?アンディがその気になれば城だって作れるんだから!」
「な、なんだってー!!」
いや、流石にそれは無理だと言いたかったが、リッカから向けられる尊敬の眼差しを見てしまうと何も言えなかった。

どうやらパーラとリッカはどこか性格的に合う部分があったらしく、この短時間にすっかり仲良くなっており、間接的にスーリアもリッカと仲良くなっていた。
女三人寄れば姦しいとはよくいったものだが、パーラとリッカだけでもうるさいぐらいだ。

そんな騒がしい面々を引き連れ、小屋の中へと入っていくと、内部を見たリッカがまた騒ぐという、そんな賑やかさはそこそこ長い時間続いた。







「ではリッカ君の属する集団自体は元からこの地方にいたわけではないと?」
「まぁな。大分前に北の方から流れてきたらしいんだけど、この森に住み始めたのは大体200年ぐらい前だって聞いたね。あ、ちなみにあたいはまだ200歳には届いてないから、こっち生まれだな」

テーブルの上に胡座をかいて座るリッカに、ウォーダンがメモを取りながら質問をするというのを、俺達は色々と作業をしつつ遠巻きに眺めているという空間ができていた。

「ふむふむ…。ちなみに妖精族は千年生きると聞いているが、本当かい?」
「そうだなぁ、今うちの所にいる長老なんかはもうじき900歳だって聞いたけど、まだピンピンしてるからそれぐらいは生きるんじゃね?」

「なるほど。……妖精族はどうやって生まれてくるのかな?」
「どうって、普通に木から卵が出来てそこからだけど?」
「木から卵?」
「あぁ、そっか。あれって妖精族だけか。そっからかぁ~…えーつまりだな」
妖精族の繁殖方法に興味が湧いた俺は、マントの綻びを繕う手を止め、その話に耳を傾ける。

リッカが語ったことによると、妖精族というのは霊樹と呼ばれる巨大な木に寄り添って生活しており、その霊樹には極稀に木の実がなり、それが妖精の卵と呼ばれるもので、孵化すると妖精が生まれるというわけだ。
そんなわけで、生殖行為をする必要が無いため性別はないらしく、男と女両方の特徴を有する両性具有という存在に近いようだ。

「すると妖精族には親はいない?」
「生みの親ってのはいないな。けど、生まれたての妖精を育てるためにしばらく面倒を見る奴が親と言えないこともない」

「ちょっと質問」
ウォーダンとリッカが主に話す中、気になったワードでもあったのかシペアが口を挟む。

「今ちょっと出てきたけど霊樹ってのは?」
「詳しいことはあたいにも分かんねーけど、妖精族が移住する際、最初に移り住んだ先で一番大きい木を選ぶんだ。んで、その木を特別な薬で100年ぐらいかけて育てると、霊樹って呼ばれる特別な木になるんだと。なんだっけ?なんとか位階の祝福がどーのこーのって言ってたな」

ほぅ…位階やら祝福やら、これまた男心をくすぐるワードが出てきたな。
この世界で祝福という言葉が使われるのは、神とその御使い、あるいは精霊の力ぐらいなものだ。
妖精というイメージは精霊のそれと近しいものがあるため、もしかしたら精霊からの祝福が件の霊樹にはあるのかもしれない。

「その霊樹ってのがあると、どうなるんだ?」
「まず霊樹とその周囲が結界で包まれて、そこが外界と切り離されることによって、妖精にとって快適な領域になる。出入りできるのは妖精だけだから、安全で快適な住処が出来上がるってわけだ」

100年かけて安全な場所を作るというのも気の長い話ではあるが、寿命が長い妖精族ならではの生き方だな。
しかしそうなると、霊樹が作られるまでの100年は一体どうするのか気になるが、まぁ流石にその間の対策ぐらいは有しているはずだろう。

妖精族が暮らすその領域に興味はあるが、妖精族しか行けないのであればどうしようもない。
それはウォーダンも同様で、露骨に肩を落としている姿は俺にもいくらか気持ちを共有できそうだ。

気を取り直してリッカへの質問を再開しようとしたが、再びそれを遮るような声が上がる。
「ねぇアンディ。私お腹空いた。お昼まだ?」
空腹を訴えたパーラの言葉に、そう言えばと全員が同じ反応をした。

リッカのことがあってすっかり忘れていたが、昼食を摂っていないことに気付くと、それまで感じていなかった空腹が急激に襲い掛かって来た。
少し遅いが、今からでも昼食にしようということで、テーブルの上へとスーリアが食料を出していく。

何もない空間から突然現れる皿の数々にリッカがまたも騒ぐが、空腹を覚えた俺達はそれを適当にいなしてそそくさとテーブルに着く。

「…そういえばリッカちゃんって何を食べるのかしら?」
テーブルに並ぶ料理を珍しそうに見てはしゃいでいるリッカを目で捉えながら、スーリアが呟いた言葉にその場の全員が唸る。

いくらなんでもリッカをのけ者にして食事にしようという者は一人もいないので、彼女にも何か食べ物を勧めようと思うのだが、妖精族というのは生態がほとんど謎に包まれているため、はたして人間と同じものを食べてもいいものか迷う。
なんとなく妖精というものに対するイメージとして、花の蜜を吸って生きるというのがあるし、その辺りのことは本人に聞くのが手っ取り早い。

というわけで、早速スーリアがリッカに声をかける。
「リッカちゃん、よかったらあなたも一緒に食べない?もしも食べられないものがあったら言ってね」
「いいのか?んじゃあ肉以外で頼む。あたいら肉は食わねーし」
「それだとサラダとかになっちゃうよ?」
「構わねーよ。妖精ってのは野草とか果物しか食うもんがないからな。そんなもんでいいさ」

小皿に取り分けた野菜に手を伸ばし、シャクシャクと食べるリッカの姿は、あの口調に目をつぶれば妖精として絵になっている。
しかし肉がダメとなると俺達が用意した料理だとかなり限られてしまう。
野菜だけでも十分だと本人は言うが、やはりちゃんと調理したものを食べさせてやりたい。

「スーリア、確かキノコのチャーハンがあったろ?出してやったらどうだ」
「あぁそうだね。あれならお肉が入ってないからいいかも。……はい、リッカちゃん。これ食べてみて」
すぐに別の小皿に取り分けたチャーハンがリッカの目の前に置かれる。

「ん?なんだこれ?麦…じゃねーな。あ、いい匂い」
目の前に置かれた更に盛られたチャーハンを眺め、匂いを嗅いだりしているリッカに説明をしてやる
「それは米っていう穀物だ。最近アシャドルで出回り始めたもので、まぁ麦とは親戚みたいなもんだと思ってくれ。一応聞くが、キノコは食べられるんだよな?」

「おう、キノコは普通に食うぞ。どれどれ……む!んまい!」
添えてあったスプーンを手にして早速一口頬張り、咀嚼すること数回。
カッと目を見開いたリッカはすぐに続きを口へと書き込み始め、あっという間に小皿は空になってしまった。

なんというか、チャーハンを初めて食べた時の反応というのは、異世界の住人には非常によく似通ったものがある。
チャーハンには彼らに働きかける何かがあるとしか思えない。
論文に纏めて学会とかにだしたら面白そうだ。

「むはぁー…うまかったー。こんなうまいの初めて食った。作ったのは誰なんだ?シェフを呼べ!」
美食倶楽部の何某かのようなセリフを言うリッカだが、パーラも前に似たようなことを言っていたし、もしかして異世界ではポピュラーな慣用句なのだろうか?

「ふふふ、それ私が作ったんだよ。美味しそうに食べてくれたね」
このチャーハンの作り方自体はそれほど難しいものではないが、米を俺が提供して作り方を少し指南しただけであっさりと作り上げたスーリアの才能が恐ろしい。

「スーリアが作ったのか。うん、すげーうまかったぞ。どれ、褒めてやろう」

パタパタと浮かび上がり、スーリアの頭をよしよしと撫でる姿には、なんだかほっこりするものがある。
リッカもあんな伝法な言い方をするが、ちゃんと相手を尊重した振る舞いが出来る辺り、根は素直な奴だと分かる。
まぁその振る舞いもどことなく子供っぽく思えるのは妖精族の性のようなものかもしれない。

食べ始めたばかりの俺達は、すでに食事を終えたリッカが退屈をしないようにと思い、妖精族の食事情について色々と聞いてみる。
心なしか先程よりも応えるリッカの口が滑らかに感じるのは、うまい飯を食えて上機嫌になったからかもしれない。

「さっきも言ったけど、基本野草か果物ばっか食ってる。年寄り連中は花の蜜なんか吸ってるのもいるけど、あたいら若いのからしたらあんなもん、腹の足しにもなんねぇ!」
憤慨してますと言わんばかりに腕を組んでいるリッカの姿を、何故かパーラとスーリアは温かい目で見ている。
ちんまいリッカの怒っている姿が彼女らの琴線にでも触れているのだろうか。

「その点、さっきの米ってのはいいな。腹も膨れるし味もいい!どこに生えてるんだ?」
「どこにって…まぁ自然に生えてるのもあるけど、アシャドルのベスネー村ってとこで主に栽培してる。欲しけりゃそこのトマって人にアンディからの紹介って言えば売ってくれるだろうよ」
「そいつは出来ねーな。あたいら妖精ってのは神秘の存在!人前にのこのこと出ていけるかっての!そう!なぜなら神秘の存在だから!」
何故威張りながら神秘の存在と二度言う?

「…んじゃあ種を分けてやるから自分達で栽培してみるか?」
前にベスネー村へ行った時に分けてもらった玄米がいくらか手元にある。
本当は発芽玄米を作ろうと思っていたのだが、こうも米を渇望するリッカを見てしまうと、分けてやるのが情けと思ってしまう。
とはいえ、米作りの難しさは俺が一番わかっているので、種を渡しても上手く栽培できるかはほとんど運だ。
せめて俺が農業指導でもしてやれればいいが、妖精の領域には人間が入れないのだから仕方ない。

「いいのかよ!?よーし、任せとけ!妖精族の名に懸けて、立派な米を作ってやるからな!」
「頑張れよ。一応言っとくが、米作りには大量の水が必要になるからな」
玄米を紙で包んでリッカの前に置き、忠告をしておく。

「心配すんな。あたいらの郷にはデカい川もある。それに妖精族は植物を育てるのが得意なんだ。霊樹の助けがあれば米だってちゃんと育てられるさ」
よっぽどの自信があるのか、それとも米作りを舐めてるのか。
一応水田の作り方や発生するトラブルの対処法など、紙にでも書いて持たせてやったほうがよさそうだ。

食事を終えて食器の片付けをしている俺達とは別に、テーブルの上で玄米の入った紙包みを手にキャッキャとはしゃぐリッカを、パーラとスーリアはどこか蕩けそうな顔で眺めている。
これは女の子が着せ替え人形に夢中になるのと同じ感じなのだろうか?

「そう言えばさ、リッカはなんであんな所にいたの?」
「あんなところって?」
「ほら、私達の歩いてたところのすぐそばにあった藪。私が使った魔術で捕まった時のことだよ」
「あぁ、あん時か。別にいたくていたわけじゃねーよ。あたいのダチに湖で集まってる人間を見に行こうって誘われてさ、それで見に行ったはいいんだけど、途中で飽きちゃって。んで、森をブラブラしてたらなんか変な音が聞こえてきて、それを辿っていったらアンタラを見つけて、ちょうど暇だったし少しだけ後をついてったら捕まったってわけ」

洗い物をしながら時折様子を伺いつつリッカの話に耳を傾けていたが、どうやらウォーダンの企みであった、湖に子供達を集めると妖精も集まってくるかもしれないというのは見事に功を奏したというわけだ。
疑っていたわけではないが、そんなことで妖精が現れるのかという思いは多少なりともあったため、リッカの言葉を聞いた後ではウォーダンに向ける視線には少しだけ尊敬の念が強まることになりそうだ。

「ちょうどいいや。そのことで聞きたいんだけどさ、あんたらなんか変なもの持ってるだろ?どうも森の中を飛んでたら囁き声みたいな音が聞こえてきたんだよ」
『変なもの?』
リッカが尋ねてきたのは自分が捕まったことの原因となったであろう音のことで、特に心当たりのないパーラ達は首を傾げるだけだ。

しかし、それに心当たりがあるウォーダンは何かを納得したような顔で頷いている。
「リッカ君、それはもしかしたらこれのことじゃないか?」
そう言ってリッカの目の前に、例の妖精を呼び寄せると言われたテルミンの一部を突き出すウォーダン。

それを見たリッカはしばらくジッと睨むようにして棒を見つめ、すぐに身を捩りながら声を上げた。
「くぁ~!これだよ、これ!間違いねぇ、こいつから出てる音があたいらの羽にもにゃもにゃっとした感じを伝えて来てんだ」
まるでマタタビを嗅いだ猫のようにもぞもぞと悶えるリッカの姿は、なんだかちょっとだけエロイ。

一見すると音が出ているようには感じない金の針だが、俺達には聞こえないだけで妖精であるリッカには伝わる何かが発せられているのだろうか?
ウォーダンが語った、妖精の鱗粉が混ぜ込まれているというのが関係しているとも考えられる。

「もにゃもにゃっとした…ねぇ~。私らには何も感じないけど?」
針を摘まみ上げ、目の前で凝視するパーラの顔は訝しさMAXといった感じだ。
「そりゃそうだろ。さっきも言ったけど、羽から伝わってくるんだよ。人間には羽がないから、あたいら妖精にしかわかんねーだろうさ」
なるほど、人間には羽がないので、妖精にだけ分かる感覚も羽が受容器の役割を果たしているのかもしれない。

きちんとした効果を発揮したということは、逆説的ではあるがこの金の棒が本当にウォーダンの語った妖精の鱗粉が混ぜられた楽器というのが証明されたことになる。
これまた疑っていたわけではないのだが、正直妖精の鱗粉云々はかなり胡散臭く思っていたため、心の中でウォーダンには謝っておいた。

「なるほどなるほど。やはりこの針は本物だったわけか。高い買い物は無駄では無かったな…」
ウォーダンも心のどこかではこの金の針を偽物と思う気持ちがほんのわずかでもあったようだが、こうしてリッカの言葉によって本物だと証明され、ホッと安心する姿を見せた。
一体いくらで買ったのか気にはなったが、往々にして研究者の金銭感覚というのは普通ではないものだと言うし、なんだか怖いので聞かずにおこうと思った。

食事を挟んで再開されたウォーダンとリッカの対談は、中断前に重要な質問が粗方消費されていたようで、今はほとんど雑談のようなものになっている。
雑談とは言っても、主に話すのはリッカの方で、時折気になるワードに誰かが質問を挟むといった具合だ。

「へぇ~、やっぱり妖精って音楽が好きなのね?」
「まぁね~。あたいら妖精と言ったら音楽、音楽と言ったら妖精って言ってもいいぐらいだろ」
「うむ。確かに妖精が音楽を足ているというのは各地の伝承でも聞いたことがあるし、私自身もそういう記述のある文献を何度か手にしたことはあったよ」

話題は妖精族がお伽噺に語られるような音楽好きであるかどうかへと移っており、意外と妖精のお伽噺に造詣の深いスーリアがリッカを質問攻めにしている。
時折加えられるウォーダンの解説も自らの経験を交えた分かりやすいもので、聞いているだけでも十分面白い。

「じゃあね、これ使ってみてよ。確かテルミンっていうのでしょ?妖精族の楽器だって先生が言ってたから、リッカちゃんなら演奏できるんじゃない?」
そう言ってテーブルの隅によけられていた例の針をリッカの前に持ってくるが、首を傾げるリッカの口からは衝撃の言葉が飛び出した。
「は…?てるみん?なんだそれ?こいつは楽器じゃねーぞ。いや、広い意味では楽器だけどよ、こりゃあオルゲルの櫛歯だろ?これ一個で演奏は無理だ」

今明かされる真実、テルミンという楽器の一部だと思っていた金属の棒は、実はオルゴールの櫛歯の一部だった。
オルゴールはゼンマイなんかの動力によって回転するピンが、長さの違う櫛歯をはじくことで音を鳴らすため、櫛歯一本だけで演奏をするようなものではない。

先程リッカの言ったオルゲルというのは、確かドイツ語だったか?
元々オルゴールという言葉は日本語での呼び名なので、オルゲルという呼び名も普通に高校で音楽の授業で習ったことがあり、近い発音から推測するに同じものだと思っていい。

『おるげる?』
異世界の住人であるパーラ達にはなじみのない物なのか、誰もが不思議そうな顔をしている。
「なんだ、知らねーのか。しょうがねーな、教えてやるよ。オルゲルってーのはな―」
始まったリッカの説明に、俺以外の人間がふんふんと頷きながらオルゴールを想像していく。

「すると何かね?そのオルゲルというのは奏者がいなくても、勝手に演奏をしてくれると?そんなものが出回れば、世の音楽家を名乗る輩が丸ごと廃業しそうだね」
「いや、そうはなんねーだろ。オルゲルは作るのにえらく手間がかかるし、一つのオルゲルで演奏できるのは一つの曲だけ。色んな音楽を聞くのにはオルゲルは向いてねーんだわ」

リッカの語るそれは俺の知るシリンダー式のオルゴールとも大体同じようなもので、このオルゴールというのは職人が手ずから制作するものであるため、非常に精密な仕組みが必要だったはずだ。
櫛歯一つをとっても、調律には大変な手間がかかるとも聞いたことがある。
もう一度よく見てみれば、確かに針というよりも櫛歯の一部だと言われるとしっくりくる形をしているな。

「なるほど。…そのオルゲルというのは人間でも手に入れられるのかな?」
「さあ?少なくともうちの郷から外には出ていかねーけど、他の妖精の郷が外に出してたら手に入るかもな。ま、そんな事はまずないと思うがな」
その口ぶりからすると入手は難しそうだ。

しかし、人間にはオルゴールは無くテルミンがあり、妖精にはテルミンが無くオルゴールがあるというのが、少し歪に感じてしまうのは、両方を知っている俺だけの感覚だろう。

色々と話しをしているとあっという間に時間は過ぎていくもので、気が付くともう外は暗くなりだしていた。
採光用にと壁に空けていた窓からは、残光の気配を感じられる。
窓の外へと視線を向けて、リッカが軽く伸びをした。

「もうこんな時間かぁ。あたいはもう帰らないとなんねーから、お別れだな」
「今から帰るの?外はもうじき真っ暗になるし、今日は泊まっていったら?」

背の高い木が多いこの森では、完全に日が沈むよりも早く暗闇が訪れる。
リッカはあんな口をきいてはいるが、見た目だけはか弱い少女がそのまま縮んだような姿だ。
スーリアが夜になろうとしている森の中を一人で送り出すのを躊躇う気持ちは俺達にも理解できる。

「大丈夫だって。妖精ってのは動物に襲われないんだ。まぁ魔物は普通に襲い掛かってくるけど、滅多に見つかるもんでもないし、襲われてもぶっ飛ばすからよ」
シュッシュッとパンチとキックをする仕草が少し笑いを誘う。

そう言えば妖精は戦闘能力が高いとウォーダンから聞いていたし、このサイズからして逃げるのもうまそうなので、心配することはないのかもしれない。

こうなると引き留める理由も弱く、渋々といった感じでリッカを送り出すことになったスーリアは、リッカをよっぽど気に入ったのだろう。
お土産にといくらか食べ物を持たせようと、抗菌作用のある葉っぱを取り出していそいそと動きだした。

「リッカ君、今日は話を聞かせてくれてありがとう。君のおかげでこれまで古い文献でしか分からなかった妖精族のことで色々と裏付けがとれたよ」
「いいって。あたいも面白いもんを見せてもらったし、うまいもんも食わしてもらったしな。おまけに土産もくれるってぇんだからこっちが礼を言いてぇよ」
ウォーダンの礼にリッカもまた礼を返し、人間にとって久方ぶりとなる妖精族との交流は、友好的に終えられたのではないだろうか。

「んじゃあもう行くわ。スーリア、お土産ありがとな。郷の皆と一緒に食わしてもらうよ」
小屋の外へと出た俺達は、飛び立つスーリアと別れを惜しむ。
スーリアなどはっきりとわかるぐらいに目を潤ませているほどだ。

お土産として選ばれたチャーハンを包んだ葉っぱに紐を通し、背中に巨大なリュックを背負ったリッカの姿は、果たして空を飛べるのか不安になるのだが、本人からは問題ないと言われている。

実際、風に乗るようにふわりと重さを感じさせないで浮かび上がったため、確かに問題はなさそうだ。
「あぁそうだ。もしまたこの辺りに来ることがあったら、湖の傍でシロヨモギの葉っぱで焚火を起こしなよ。そうすれば、それを目印にしてあたいが合いに行くからさ。じゃあ、元気でな!あばよ!」
ブンブンと手を振って去っていくリッカを、俺達も手を振り返して見送る。

最後にリッカとまた会える可能性を教えられ、泣きそうな顔を笑顔へと変えるスーリアの心情は、俺達も同じだ。
はっきりとは口にしてはいないものの、一緒に過ごしたわずかな時間は、リッカを友と思うには十分濃密なものだった。
いつでも会えるというほど気楽な相手ではないが、それでも二度と会えない別れではないことが、また次の再会へと思いを馳せらせた。
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