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ようせいぞく が あらわれた

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妖精族、或いは単語しふうしゅ翅風種とも呼ばれる種族がいる。
身長が20センチほど、背中には蝶のような二対の羽を持ち、人語も解する知能がある。
また、妖精族独自の魔術を行使し、そのサイズに見合わない戦闘能力は人族を凌駕するとも言われている。

こっちの世界での妖精族を俺は知らないが、前世での記憶にある、いわゆるファンタジー世界の妖精に持っているイメージとそれほど乖離した存在ではないようだ。

種族の特性なのか、総じて臆病な気質であるため、人前にはめったに姿は現さないが、人族には友好的な行動をとることが多い。
かつては人族とも共存していたという文献も残されており、一説には人族に魔術を教えたのは妖精族ではないかと囁かれている。

最後に妖精族が確認されたのは80年前、それも森の奥でそれらしい姿を見たという程度であるため、今では絶滅したと結論付ける学者も少なくないそうだ。
多くの妖精族は森に住む為、そもそも発見が難しい種族ではあるが、長い期間全く姿を見ないとなればそういう考えになるのも不思議ではない。

そんな妖精族が、実はこの辺りに隠れ住んでいる可能性を、ウォーダンが独自に研究した成果で推測し、今回の行動に繋がったというわけだった。
妖精族の痕跡を探し、あわよくば遭遇まで持っていきたいといった感じで、一応調査という名目で学園には伝えているそうだが、フィールドワークとしての側面を考えると、果たして遠学の期間中に終わるようなものか疑問ではある。

本来ならウォーダン以外にも何人か顔見知りの研究者も同行させたかったそうなのだが、流石の学園理事を務める伯父も、ウォーダン一人を遠学の同行者にねじ込むのが精一杯だったため、妖精族を探すのに必要な人手が足りていないのが現状だ。

必要なのは主に荷物持ちなので、最悪は生徒の中から手伝いを募ろうと思っていたところ、俺達に目を付けた。
「つまり、妖精族探しの調査に、荷物持ちとして同行しろと?」
「厳密にはアンディ君、君の土魔術を見込んでのことだよ。なにせ森に分け入ることになるから、安全な寝床を作れる魔術は何よりも欲しいところだからね」

昨日ウォーダン達に提供した土魔術の小屋を体感した結果、どうやら俺を連れて行った方が調査も快適になると踏んだらしい。
「しかし俺とパーラはシペアに雇われた身でして、こいつらを放っていくのはちょっと…」

「それなら心配ない。ここにいる4人全員を調査に連れていくつもりだからね。聞けばそっちのパーラ君は風魔術の使い手としてかなりの腕だそうだし、シペア君は水魔術の使い手として将来有望だと私の耳にも届いていたよ。スーリア君は……まぁ料理の腕を買ってということにしておこうか」
シペアから聞いていたのか、魔術師としてのパーラの腕を知っているようではある。

しかし、スーリアに関してはシペアも詳しくは話さなかったのか、先程の食事を例にしておまけのように同行を決めたように感じられるが、恐らくスーリアの魔術こそが調査において最も有用なものだとウォーダンはまだ知らない。

「そういうわけで、私としては是非君たちに調査への同行を依頼したいのだよ。どうだろう?もし手伝ってくれるならアンディ君達には相応の謝礼を支払うし、シペア君達には課題の免除をした上で評価も優良の判を押そうじゃないか」
その言葉にピクリと反応したのはやはりシペア達だ。

遠学に参加する学生に与えられる課題を免除されるというのはとんでもなく魅力的だろう。
前世で学生を経験したことのある身としては、その気持ちは十分に分かる。

おまけに評価にまで便宜を図るというのだ。
別に不真面目な生徒というわけではないシペア達だが、ウォーダンの提案に魅力を感じるのも学生という身分のせいでもある。
下駄を履かせるどころの話ではなく、やらずして優良の判をもらえるとなれば、惹かれるのも仕方のない事だ。

「シペア達は調査に同行するってことでいいんだよな?」
「あぁ、もちろん。荷物持ちをするだけで課題が免除されるってんなら望むところだろ。なぁ?スーリア」
「うん、そうだね。私はアンディ君みたいに建物を作ったり、シペア君みたいに飲み水を集めたりは出来ないけど、荷物の運搬だけは任せてよ」
ウォーダンを除き、ここにいる全員が荷物の心配をすることがなくなり、調査に向かうことの不安は一つ解消されたことになる。

そんな二人はどうやら乗り気ではあるが、果たしてパーラの方はどうだろうか?
「パーラ、どうする?俺としてはシペア達が行く気みたいだから構わないと思ってるが、お前の気が乗らないなら断ってもいいぞ」
一応シペア達には俺が付いていけばいいので、パーラが残るというのならそれはそれで構わないのだ。
最終的な判断を委ねられた形になったパーラに、その場の全員の目が集まる。

「ちょっと、私に決定権があるみたいに言わないでよ。皆が行くってならいいんじゃないの?ていうか、私達は雇われなんだから、シペア達が行くなら一緒に行くだけでしょ」
まぁパーラの言う通りなのだが、ウォーダンが必要なのは俺の魔術であって、シペア達はついでにという感じだ。
俺が必要だからシペアを引き込み、雇い主についていく必要があるから俺も行くという、なんだか卵が先か鶏が先かに似ているような気がした。

「ふむ、では調査にはこの全員が参加ということでいいかね?」
それまで静観していたウォーダンが話が付いたと判断し、全員の顔を見回しながら確認をとる。
全員が大きくうなずき、それを答えとして受け取ったウォーダンもまた頷きを返した。

目的を果たしたウォーダンが上機嫌で家を出て行くのを見届け、明日から始まるウォーダンの実地調査に備えて装備を整え、この日は眠りについた。

翌日、朝日と共に俺達の下へ現れたウォーダンと共に朝食を摂り、いざ出発という時になってウォーダンがほとんど荷物を持たない俺達に気付く。
「君達、荷物はどうしたんだい?3日ほどの調査とはいえ、食料に水、替えの服と毛布ぐらいはないといかんだろう」
そう言うウォーダンの背中には、かなり大きいリュックがある。
さらに、その足元には水と食料が積まれた背負子が二つあることから、本来であればあれを俺達が背負うことになっていたのだろう。

「あぁそう言えば先生は知らないんでしたね。俺達の荷物はこのスーリアが持ってるんですよ」
そう言ってシペアの指さす方に立つスーリアを見つめるウォーダンに、スーリアが掌に召喚陣から湯気の立つお茶が入ったカップを取り出して見せた。

「これはっ……どういうことかね?彼女は召喚魔術の使い手だと聞いていたのだが…」
目を爛々と輝かせ始めたウォーダンが、スーリアの掌に突然現れたカップへと吸い寄せられるようにして近付いていく。
「ええ、その通りですよ。スーリアの召喚魔術には、生物以外を別の空間へと保管できる効果もあったんです。なので、俺達の荷物はスーリアに預けています」

「どうぞ、先生。まだ熱いので気を付けてくださいね」
取り出したカップの行き場として、とりあえずこの場では召喚魔術に初めて触れるウォーダンにスーリアがお茶を勧めた。

「どれ、頂こう。…ふぅむ、なるほど。まるで今淹れたばかりといった感じだが、そういった効果もあるというわけか」
温かいお茶が出てきたことで、スーリアの魔術には状態を保ったまま保管する効果があるとすぐに見抜いたウォーダンは、伊達に研究者をしていないというのが分かる。

研究者としてスーリアの魔術に対する研究意欲がわいてきたウォーダンを何とか宥め、持ってきた荷物のほとんどをスーリアに収納してもらい、身軽になったウォーダンは文字通り、足取り軽く森へと分け入っていく。
「いやしかし、まさかスーリア君が荷物を全部持ってくれるとは、嬉しい誤算だったよ。召喚魔術というのは便利なものだね」
「ありがとうございます。けど、こういう使い方が出来るって分かったのはアンディ君達のおかげなんです」

「ほぉ~。それは興味深いね。どんな経緯があったのか聞かせてもらっても?」
「ええ、もちろん構いませんよ。ではまず私達が出会った時のことから―」
先頭を進むウォーダンのすぐ後ろに付くスーリアが、ねだられるままに話すのを耳にしつつ、俺は後方への警戒に集中する。

現在、森を進む俺達は、先頭からウォーダン、スーリア、その後に横に並ぶ形でシペアとパーラ、最後尾を俺の順で歩いている。
妖精族の痕跡を探すウォーダンが先頭なのは当然で、俺達の生命線である物資を一手に持つスーリアは、野生動物などからの不意の襲撃に備えて列の真ん中にいる。

いざという時にはシペアとパーラがそれぞれ動き、最後尾の俺は後方からの襲撃を警戒するとともに、撤退時の退路の確保も担うことになる。

とはいえ、森の中での探索術はパーラの得意とするもので、おまけに風魔術で周辺の音を拾う事が出来ることもあって、よほど隠蔽能力の高い相手でもない限り、致命的な奇襲というのはまず有り得ない。
ついでに、妖精族が本当にこの森にいるのなら、パーラの能力は発見に大きく貢献することだろう。

湖を左手に見ながら歩いていたが、かなり森の深いところに来たことでもうとっくに湖も見えなくなっており、目印に期待できるのは太陽と遠くに見える山の頂ぐらいのものだ。
冒険者としてそこそこ森の探索に慣れている身ではあるが、全く未知の場所では慎重さは失ってはならない。

スーリアと和やかに会話をしながらも、ウォーダンは木の幹と自分の手元で何かを確認する仕草で行く先を決めているように見える。
それに気付いているのは俺だけではないようで、会話が途絶えたタイミングを狙ってシペアが口を開いた。

「先生、さっきから行き先を決めるのに迷いがないみたいだけど、妖精を探す手がかりってどんなのがあるんですか?」
「気になるかね?そうだな、いくつかある中でまず一番有名なものだと『妖精の梯子』というのがある。木の幹に這う蔓が、こうジグザグになっているものがあったら、それは妖精が木を登る際に使った証だと言われている。まぁ、ほとんど伝承のようなものだがね」

「伝承…ってことは正確な目印にはならないってことっすか?」
「そういうことだ。しかし、明らかに自然に出来上がるものでもないため、妖精の仕業ではないと否定することもまたできないのだよ」
いわゆる、悪魔の証明というやつだな。
いることの証明よりも、いないことの証明の方がはるかに難しい。

確かに木に絡まる蔦は緩やかなカーブを描いて成長するものであるため、直角で構成される梯子状となるには何かしらの力が働いていると考えたいものだ。
それを妖精がやったのだと考えるのを妄想だと切って捨てるには惜しい気がする。
人が生きていくにはそういう夢があったほうが楽しいじゃないか。

「もう一つ、こっちの方は妖精の梯子ほど不確実な物じゃないぞ?これを見てくれたまえ」
ウォーダンが握りこんでいた右こぶしを俺達に見やすいように突き出してきたところに視線が集まると、ゆっくりと開かれた掌には、金色の細い棒が乗っていた。

「…針?」
若干長さはあるものの、どうみても裁縫の針にしか見えず、そう口にした俺だったが、パーラが否定の声を上げる。
「ううん、これ針じゃないよ。だって針なら端の方に糸を通す穴があるはずだもん」
言われてみれば、片方の先端は尖ってはいるが、反対の方には穴が空いておらず、裁縫用としては用をなさない。

「パーラ君の言う通り、これは針じゃない。妖精族が使う楽器だ」
「楽器ぃ~?これが?」
「おや、シペア君は知らないのかな?これはテルミンと言って、空中で棒の端から手を近付けたり遠ざけたりして音を出すんだ。まぁ、この棒はその装置の一部だがね。ちなみにこれの大きいものは普通に魔道具として学園にあるから、興味が湧いたら触って見るといい」

テルミン!まさか異世界でその名を聞くことになろうとは!
前世でも一度だけ見たことがある。
あのうにょーんとした独特の音が妙にツボにはまって面白かった記憶がある。

確かロシアだかどっかの電子楽器だったと思うが、電気の代わりに魔力を使う魔道具として存在しているとなれば、俺以外の転生者が作ったのだろうか。

「へぇ~…。先生は演奏できるんですか?」
音の出る楽器となればパーラの食いつきがよく、ウォーダンの手にあるテルミンの一部に興味津々だ。
「まさか。テルミンは奏法が非常に複雑でね。正確に演奏できるのは宮廷奏者にすらいるかどうかというほどだよ」
俺の記憶にあるテルミンも、確かに何もない空間で手を動かして音を変化させていたのだから、習得の難しさというのは容易に想像できる。

「あの…、先生?それでそのテルミン?…っていうのでどうやって妖精を探すんでしょう?」
テルミンの演奏に話が盛り上がりだしたのを止めたのはスーリアの控えめな質問だった。
「おぉ!そうだった。このテルミンの一部…まぁ針の方が分かりやすいからそう呼ぼうか。で、この針なんだが、実は妖精の鱗粉が混ぜ込まれたものらしいんだ。私は長年の研究から、妖精の鱗粉には同胞を呼び寄せる効果があると仮説を立てた。今回はそれを試すという目的もあるのだよ」

流石は教鞭をとる身分だけあって、簡潔ながら分かりやすい説明をするその姿は、自身の研究成果を語るということもあって生き生きとしたものだ。
俺とパーラをも学生と見立てて語るその内容は、正直中々面白そうに感じる。

なるほどこれがあるからこそ、妖精を探して歩きまわる足も迷いがないものだったのか。
であれば、俺達もウォーダンが進むのに付いていくのに不安を抱く事も無い。
ただし、あくまでもその針が本物であればという前提があって事のことだが。

まだまだ語り続けようとするウォーダンを何とか押しとどめ、探索を再開したものの特に発見らしい発見もなく、日が落ちる前に適当な空き地に小屋を作り、この日の調査は終了となった。








「しかし、この食事だけでも君達を連れてきてよかったと思えるな。おまけに風呂まで用意してもらって、学園にいるよりも快適に過ごせるのは嬉しいような悲しいような…」
長い時間外を歩き回ったせいですっかり体も冷え切っていたため、先に風呂に入ることにして、今は全員が汚れの落ちた体で食卓を囲んでいる。

まさか調査に赴いた先で風呂にまで入れるとは思っていなかったウォーダンは、小屋の中に用意した風呂に興奮していたが、お湯で体が温まるとすっかりとリラックスした様子になっていた。
「今だけは慣れた方がいいですよ、先生。アンディを連れ歩くってことは普通じゃない目に合うってことなんですから」
「シペア、随分な言い方だな。俺はただ、快適な生活を追及しているだけで、そんなに非常識な人間じゃないぞ?」
「とまぁ、こういう具合に自覚のない男なんですよ」

シペアの言葉に大きくうなずいて同意するパーラとスーリア。
だが俺から言わせてもらえば、スーリアの魔術のほうが非常識だと思っているので、その評価には一言申したい。

相変わらず健啖家なパーラとシペアはともかく、とっくに食事の終わった俺とスーリアとウォーダンはお茶を飲みつつ、何気ない会話を交わしている。
そんな中、スーリアが思いついたように口を開く。
「そう言えば先生、少し気になったんですけど、どうしてこの調査を遠学のついでにやろうと思ったんですか?妖精族の生息域を調査するなら、もう少し時期と人数を考えた方がよかったような気もしますが」

確かにスーリアの言う通り、わざわざ遠学に加わって移動と滞在日数が縛られるよりは、自分で足と人手を確保して調査期間を好きに決めたほうが研究する側としてはいいような気がする。
仮に教師としての仕事があるからと言うのなら仕方のない事だが、それにしては少々大掛かりに手をまわしているのではないか?

「まぁそうなんだが、今回の機会を利用したのは偏に妖精族の習性があってのことでね。聞いたことはないかな?妖精は子供と遊びたがるというのを」
「あ、知ってます!おとぎ話なんかでもよくそういう風に書かれてますよね?」
俺は全く知らない話だが、この世界で生まれ育ったスーリアには覚えがあったようで、納得顔で返事をしていた。

「うん、そうだね。妖精族は子供が好きだというのがおとぎ話に立脚した常識として知れ渡ってるんだが、あらゆる文献や伝承を調べると、そういう描写も散見される。だから今回の遠学で、大勢の生徒達が妖精の生息地と思われる場所に行くことで、妖精も姿を現しやすくなるんじゃないかと思ってね」
そう言われるとウォーダンがわざわざ遠学に無理矢理に近い形で同行したことの理由も納得ができる。

しかし同時に、こうして森に分け入っていることにも疑問を覚える。
「ウォーダン先生、そうなるとこうして森に入るよりも、遠学の野営地に留まっている方が妖精との接触も可能性が高いんじゃないですか?」
乱暴な考えだが、生徒達がわいわいと野営で騒いでいるところにのこのこと現れた妖精を捕まえた方が手っ取り早いと思ってしまう。

「いやいや、そう甘くはないんだよアンディ君。確かに妖精は子供と遊びたがるが、同時に臆病でもあるんだ。あまり大勢がいる場所には姿を見せないものだよ。今あの湖の周りにはうちの生徒達が野営をしてるわけだが、多分妖精達はこっそりとその様子を眺めているのかもしれない」

アユの友釣りというわけでもないだろうが、まだまだ子供と言える学生達が楽しそうにしている姿を見て、興味をひかれた妖精との接触を試みているようだ。
どうやら確たる根拠あっての調査だと改めて知ることが出来て、明日からの森歩きにも意欲を持てそうだ。




しっかりと睡眠をとった翌日、前日の夜にするべき装備の点検をうっかり忘れていたため、その分だけ朝に時間を取られてしまい、夜が明けてしばらく経ってからの出発となった。
森の中ということもあって朝日は見えずとも、木々の間から見える空は朝焼けを微かに残す程度の青さが目に心地よい。

ウォーダンを先頭にして森をかき分けるようにして歩き、今日もまた特に大きな発見もないまま時間が過ぎていき、昼に差し掛かろうとした頃、不意にパーラが低く抑えた声で俺達に指示を飛ばす。
「止まって。…全員その場でゆっくりしゃがんで、動かないように」
パーラを除く全員が指示に従って身を低くし、周囲を警戒し始める。

魔術で視覚と聴覚を強化し、パーラの行動の原因となったものを周辺から探ってみるが、特にそれらしい異常は感じられない。
恐らくはパーラだけが気付いた音でもあったのだろうか。

一応腰に提げた剣の柄に手を添えて、不測の事態に備える心構えだけは済ましておく。
息を押し殺した俺達以外、虫の声と葉が擦れる音だけが聞こえる中、じっと一点だけを見つめていたパーラが動きを見せる。

突然俺達を囲むようにして発生した旋風。
明らかにパーラが使った風魔術だとわかるそれは、徐々に勢いと高さを増しつつ、やがて一筋の細い竜巻へと形を変えると、まるで半透明の蛇が現れたかのように、のたうちながら左手側にある藪の中へと突っ込んでいった。

パーラの見つめる先ではなく、全く別の場所へと向かっていった竜巻に一瞬驚くが、すぐにそれがパーラのやった欺瞞行動だったと理解すると、葉っぱをまき散らしながら再び姿を現した竜巻に注意を向ける。
上へと延びていく竜巻の先端には、何か小さな物体がうごめいているのが見えた。
それは人型をしているようにも見え、もしかしたらあれが妖精なのだろうか?

「アンディ!檻作って!」
「あ…おう!そっから十歩先だ!そこに落とせ!」
叫ぶパーラの声で即座に反応した俺は地面に手を突くと、少し離れたところへ等間隔に格子で囲まれた円形の檻を作る。
さっき見た妖精らしき影の大きさに合わせて作った、直径一メートルもない檻だが、強度は十分だ。

天井部分だけが空いているその檻に、パーラの操る竜巻が向かっていき、激突する寸前、風の勢いが霧散したと同時に、何かが檻の中に降ろされた。
トスっという軽い音が聞こえたのに合わせて、土魔術で檻の空いていた天井部分を塞ぐ。

ここまでかかった時間は約5秒ほど。
普段から連携を組む俺とパーラには普通のことなのだが、シペア達には早業に映ったらしく、感心しながら呆気にとられたような不思議な顔をしていた。

「いやはや、私も教師としてそれなりに魔術師を見てきたつもりだが、実践を知る冒険者が使う魔術というのはこれほどまでに効率的なものなのだな」
「本当に。アンディ君もすごかったけど、パーラちゃんのあの風の鞭みたいなのもすごかったよ。風魔術ってあんなに細かい動きが出来るんだねぇ」
「いや、それは違うぞスーリア君。パーラ君の風魔術は詠唱型じゃないからこそ、あの応用力があったんだ。通常の詠唱魔術であの動きを再現するのはまず無理だろう」

先程の光景にすっかりと興奮したウォーダンとスーリアがパーラを褒め称えるなか、俺達とは離れて一人檻を覗き込んだシペアが声を上げる。
「おい…まじかよ!妖精だこれ!パーラのやつ、妖精を捕まえたのか!」
「なに!?ちょっと見せたまえ!…おぉおおおぉ、本当だ…。本当に妖精がいる…」

妖精という言葉に反応したウォーダンが、シペアを半ば強引に押しのけながら檻の前へと滑り込み、その中を覗き込むと一切の動きを止めてしまった。
漏れ聞こえる声からわかるが、どうやら妖精との邂逅による感動へ浸っているようだ。

ちらりと見た限り、妖精はどうやら気絶しているようで、派手な手段で捕まえた身としては目覚めるまではそっとしておきたい。
正直、攻撃を受けたわけでもないのにこの対応はどうかと思えるので、目が覚めたらまず最初に謝っておいたほうがよさそうだ。

「パーラ、よく妖精の存在に気付いたな」
檻に齧り付いているウォーダンから少し離れ、労う意味も込めて妖精を捕まえたきっかけとなった何かを尋ねてみる。
「実は、結構前から鳥とも虫とも違う妙な風の動きを感じてたんだよね。それが私達にずっと付いてくるから、もしかしたらって思って」
風魔術師としての素養か、周囲を流れる空気の変化には敏感に反応するパーラだからこそだろう。

「なるほどな。あの、風の蛇みたいなのはお前が考えたのか?」
「ううん。ちゃんとした詠唱魔術で風の鞭を作るやつがあるんだけど、それにちょっと手を加えてみただけ。結構魔力を使うから、あんまり長い時間使えないんだよね」

やはり便利な魔術というのはそれなりに魔力の消費も激しいもので、その辺りは俺にも覚えがある。
それでもパーラの使った風の鞭は、まさに魔力で作った腕のようなもので、使いようによっては攻撃と補助の両方にいけそうな面白い技だと思った。

「むむ?どうやら目覚めるぞ。君達も近くに来るといい。妖精の目覚めなど中々見れるものではないぞ」
ウォーダンの勧めにのって、俺達は檻を囲むようにしてしゃがみこみ、その中にいる妖精を観察する。

聞いていた妖精の特徴通り、人がそのまま小さくなった体に蝶の羽を持つ姿は、まさに神秘の生物だ。
体つきからして女性なのだろうが、かなり薄い水色をした髪の毛が無造作に体の周りに広がっている様子は、幻想的な印象をさらに強めている。

身に着けている服はもしかしたら植物の葉っぱで出来ているのだろうか?
緑の色合いが微妙に違うものを組み合わせているようだが、服の各所に葉脈のようなものが見られるので、妖精独自の技術で植物を被服加工出来るのかもしれない。

その妖精の体がピクピクと震え始め、閉じられていた目がゆっくりと開かれると、ゆっくりと身を起こして虚空をしばらく眺めた後、ハッと気づいたように周囲を見回し、俺達と目が合った。

妖精という未知の種族とのファーストコンタクトに、緊張と共に期待も持っている俺としては、その第一声が気になる。
ファンタジーには欠かせない存在の第一位にいる妖精なのだから、きっと歌うような美しい声を聴かせてくれるに違いない。

「おうおうおうおう!何見てやがる、このビチグソどもが!つーか、なんだここ!変なところに閉じ込めやがって!とっとと出しやがれおらぁ!」
その見た目からは想像すらしなかったほどの口汚い言葉を吐きながら、自分を囲む格子を蹴り続ける妖精。

この世界の妖精は、どうやら俺の知るものよりもとんでもなく口が悪い生き物のようだった。
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