世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実

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家、作らずにはいられない!

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遠学初日の夜を越え、朝を迎えたディケット学園一行は朝食の準備に騒がしく動いていた。
どこか緩慢な動きなのは、慣れているとはいえない野営に疲れが抜けきらない生徒達が多いからだろうか。

対して、暖かな住居で十分な睡眠をとった俺達には疲れも残っておらず、朝食と出発の準備を終えると小屋を出て、パーラとスーリアが少し離れた馬車の列へと加わるためにバイクを走らせる。

バイクはパーラとスーリアが動かし、シペアは朝の点呼と異常なしを報告するために先頭馬車へと向かい、俺は残って小屋の片付けをする。
片付けとはいっても、小屋の出入口に取り付けていた扉代わりの厚手の布を回収し、忘れ物が無いのを確認したら土魔術で小屋をただの土へと戻すだけなのですぐに終わった。

後始末を終えてパーラ達の下へと戻り、荷台に乗り込んだら、出発までの間に四人分のカイロを用意する。
小屋を出て気付いたのだが、今日の朝は久しぶりに真冬並みの冷え込みを肌に感じさせ、パーラ達にねだられる形でこうしてカイロ作りに勤しんでいた。

昨日使ったカイロはもう冷たいものとなっているため、中身は地面に捨てて土魔術で土中に混ぜ込んでおいた。
カイロに使われる鉄粉は少量であれば土が鉄分として吸収するし、ヒル石は土壌改良材として優秀なので、十分に土と混ぜ合わせて捨てると、そこにはいずれ植物が繁茂する可能性も無い事も無い気がする。

不織布の袋は再利用できるが、一応一度使ったものはなるべく使わないように心掛けている。
予備の袋はまだ結構あるので、まとまった量が使用済みとなったら洗濯するつもりだ。

今の所出発の準備が終わっているのは俺達ぐらいで、他の学生達は朝食を摂ったり、テントを片付けたりと動いている中、諸々の作業を終えた俺はその光景を眺めながら荷車に寄りかかり、スーリアから貰った温かいお茶を啜る。
こういう朝の穏やかな時間というのは実に貴重なものだ。

そうしているとようやく食事を終えて出発の準備が整ったのか、次々に馬車へと乗り込んでいく学生達の姿が増え始め、シペアが戻ってきた頃には前方から出発の鐘が鳴り響いてきた。

「んじゃ午前の運転は私がするから、アンディは午後に交代でよろしくね」
「了解。ほれ、カイロだ。ちゃんと太い血管のあるところに当てろよ」
「わかってるって」
「アンディ君、ありがとう」

パーラとスーリアに多めに作ったカイロを手渡し、俺は荷台に潜り込む。
乗り込んだ先では既にシペアがいたのだが、その顔からはなにやら疲れが感じられた。
「どうした?さっき見たときよりも顔が変だぞ」
「誰の顔が変だってんだよ。…まぁご機嫌な顔ってわけじゃないのは自覚してるけどな」

「なんかあったのか?」
「なんかっつーか、ちょっと面倒な話があったってだけだよ」
「面倒な話?それって俺に話せることか?」
「それどころかお前が原因での話だよ。いや、非難してるわけじゃねーぞ?単に教師も節操が無いってだけさ」

いかにも困ったという様子が態度に滲み出ているシペアだが、話の内容がさっぱり見えてこない。
愚痴をこぼすようにポツポツと話し出したのは、どうも昨夜の野営に端を発したものだったらしい。

遠学に参加している生徒同様、教師もまたテントを張って寝起きしていたわけだが、当然ながら快適な環境とは言えない。
何度か遠学を経験しているとはいえ辛いものは辛く、我慢を強いられての旅を過ごすことになっていた。

そんな中、今年の遠学では一風変わった学生が現れた。
誰あろう、シペアとスーリアの二人組だ。
いや、正確にはその二人が連れてきた冒険者が例年にない状況を作り出していた。
つまり俺だ。

ほとんどの生徒がテントで寝起きし、交代で見張りを立てて焚火を絶やさないようにとしている中、俺達は野営という範疇に到底収まらない一軒家を即座に作りだして一夜を明かしたのが問題となっているそうだ。
「なんでそれが問題になるんだよ?土魔術で家を作ってそこで寝ちゃダメだってのか?」
土から小屋を作っているのだから、広義で言えば穴を掘ってその中で眠るのと同じだと俺は思っている。

「いや、どうも教師の口ぶりからすると、お前らだけ快適な寝床を使ってずるいって感じだった。その後に、自分達にも用意することは出来ないのかってえらい遠回しに聞いてきたな」
「なるほど、そういうことか。まぁ教師相手に突っぱねて機嫌を悪くしてお前らの評価に響くのも面倒だし、それぐらいはやってもいいぞ。昼の休みの時にでも言ってこいよ」

一応遠学というのは学園の行事で、何かしらの評価が付いて回るものだと聞いていたから、教師の心証を悪くしてシペア達の評価が下がることはしたくない。
多少理不尽ではあっても、土魔術の小屋一つで収まるなら安いもんだ。

「おいおい、いいのか?そんな簡単に引き受けてよ。あの土魔術の小屋って作るのに結構魔力を使うんじゃねーの?お前の負担が増えるなら、それを口実にしてなんとか断ることもできるぞ」
「大丈夫だって。あの程度のものなら10個作ってもお釣りがくるぐらいには魔力量はあるんだ。一つ余分に作るぐらい大したことじゃないさ」

実際の所、俺自身の魔力量からしたら土魔術で小屋を作るのは大したことではなく、むしろお湯を沸かすための電熱効果を引き起こす方が魔力の消耗は大きいぐらいだ。

「あんなのが10個もいけんのかよ!?…いや凄い奴だとは思ってたけど、ここまでとはなぁ」
「土魔術の小屋は作るのに魔力を消費するけど、作っちまったら維持に魔力は必要ないからな。最初につぎ込む魔力さえあれば、元々の魔力量が少なくても意外と何とかなると思うぞ」
あくまでも俺基準ではあるがな。






そんなわけで、早速二日目の移動が終わる夕暮れ時、シペアに先導される形で教師達がいる先頭の馬車へと向かい、土魔術での家作りをする。
「やあ、待ってたよ。アンディ君だね?君の土魔術による家作りには非常に興味がある。実際に見せてもらえるのが楽しみだよ。あぁ、私はウォーダンという。見ての通り、学園で教鞭をとっている」
馬車に辿り着いた俺達を出迎えたのは、少々顔と服装にくたびれた感が見受けられた、30代ほどと推測できる男性だった。

くすんだ金髪はざっくりと切った程度の整え方しかされておらず、肌は旅のホコリで汚れているが、特に気にはしていないようだ。
どうやら身なりに気を配らない人間のようだが、教師としてはどうなのだろうか。

他にも5人の教師が同行しているそうなのだが、彼らは生徒達の様子を見て回っているため、今この場にいるのはウォーダン一人だ。
「どうも、初めまして。アンディと申します。早速ですが、小屋はどちらに作りましょうか?」
「なるべく街道から離れていないところに頼みたいのだが、どうかな?」
「柔らかい地面の上が作りやすいので、街道からは多少離れた方がいいでしょう」
「なるほど。いや、君のやりやすいようにしてくれて構わない。こちらは頼んだ立場なのだからね」

街道というのは往来のある路面以外に、道の脇もいくらか踏み固められているもので、土魔術で小屋を作るなら柔らかい地面の方が魔力の消費が少なくて済むし、片付けも楽だ。
なので、街道傍に停めてある馬車から5メートルほど離れた土の上に移動し、早速土魔術を発動し、気持ちゆっくり目に小屋を作る。

あまりあっさりと作ってしまうと、かかる労力を軽く見られてしまいかねない。
こういうのは作るのが容易ではないと相手にそれとなく匂わせた方が、無茶な運用を押し付けられたりしないものだ。

俺達が使うのと同じ形の小屋を作り出すと、それまで俺の後ろにいたはずのウォーダンが踊るように飛び出していって、土の小屋をペタペタと触りだした。
「おぉ!本当に土魔術で小屋が出来るのか!…ふーむ、手触りは土のそれだが、妙に固いのはなぜだ?普通の土壁とは作り方が違う?…ほうほう、屋根は見事に半円を描いているな。なるほど、力の分散を考えてか」
爛々と目を輝かせて土の手触りを確かめたり、屋根の形を眺めて頷いたりと、出来上がった小屋に興味津々でたまらないと全身で表している。

「…シペア、あのウォーダンって先生はいつもあんな感じなのか?」
「いや、あの人は俺達の授業を受け持ってないからこういう感じだってのは俺も初めて見たよ。確か神秘学の研究者として有名な人だってのは聞いたことがあるな」
「研究者ね…それでか」
教師というよりも、研究者としてのウォーダンを見るなら、今の行動は納得できる。

普通の土魔術ではまず見られない現象を知ってしまうと、それを分析しようとするのは研究者なら当然の反応だ。
完全に俺達の存在をを忘れ、血走った目で土魔術で出来た小屋の周りをクルクルと動き回っているのを見ると、ウォーダンはいわゆる研究バカというヤツなのだろう。

どうも俺にこれを作らせたのも、自分達が快適に過ごすためというよりも、魔術で作られる建物に興味があったからというのが強いのではないかと思う。

テンションマックスのウォーダンとは対象的に、置いてきぼり状態の俺達はただ眺めているしかなく、もう勝手に帰ろうかと思い始めた時、こちらへと近づいてくる人影に気付く。
大柄と小柄の組み合わせの二人の人物は、まず小屋の存在に気付き、次にその周りを動き回るウォーダンに、最後に俺としペアにと視線が動いた。

「あぁ、そう言えば研究用に一つ用意させてみるって話だったか」
「ケレス先生、研究用ではなく、私達の寝起き用ですよ」
「む、そうだったな」
ケレスと呼ばれた大柄な男性が言った言葉を訂正するように小柄な男性が口を開く。
特に失言だと思っていないのか、その二人のやり取りも軽いものだ。

まぁそれはそれとして、やはり俺の予想は当たっていたようだ。
ああいう建前を用意しているのは、恐らく彼らが学園の教師だからだろう。
立場がある彼らは生徒の引率中、他のことに気を取られるようなことがあっては色々とまずいのかもしれない。
なので、あくまでも寝起き用であって、そのついでにちょっと研究するという体を取っているわけだ。

「そっちの君がアンディか。俺はケレスという。今回はすまないな。こちらの我儘を聞いてくれて感謝する」
そう言ってケレスが礼を言い、軽く頭を下げる仕草をすると、その頭の上にはチョコンとした動物の耳が見えた。
体格とその耳の形から、熊系の獣人だと思われる。

「はじめましてだね、アンディ君。僕はゼビリフ、そっちのケレス先生とウォーダン教授と同じく、学園の教師だよ」
どこか軽薄な雰囲気に感じられるゼビリフは犬系の獣人のようで、黒髪褐色肌のケレスとは対象的に、白一色の髪と白い肌も相まって、もしかしたら白キツネの獣人なのかもしれない。

先程ウォーダンにしたのと寸分違わぬ挨拶をし、大分辺りが暗くなってきたこともあって、自分達はもう帰ってもいいのかを尋ねてみる。
「そうだね、教授があんな感じだと僕達もどうしようもないから、君達はもう戻っても構わないよ。いいですよね?ケレス先生」
「うむ。あの小屋を作ったことでお前達が呼ばれた理由は果たされたのだし、ウォーダン氏もああなったらなんともならん。今日の所はもういいから、ゆっくり休んでくれ」

教師二人のウォーダンへ対する評価は中々辛口なのが言葉の端々から感じられるが、恐らくこれはウォーダンの普段の振る舞いが原因だろうとは何となく理解できる。

そんなわけで、俺とシペアがここに残る理由は無くなったため、早々にパーラ達の元へと戻ることにした。
途中、生徒達が熾した焚火の明かりを眺めながら歩いたが、いくつかの班のテントの周囲には、土魔術で作ったと思われる半円状の土壁が出来ていた。

「アンディ、あれってお前の小屋を真似したんじゃないか?」
「多分そうだろう。完全な屋根付きは無理でも、ああして周りを囲うぐらいならそう難しくもない。というか、あの土壁の感じだと、小屋を作ろうとしたけど屋根が落ちたってとこだな」
焚火の光がチロチロと舐め上げる土壁の上の方は、千切られたような不揃いな様子なので、土魔術でかまくらの形を作ろうとしたが屋根の強度が足りずに抜けて、壁だけが残された形になったのだろう。

詠唱型の土魔術を知らない俺ではあるが、先程の学園の教師達が土魔術の小屋を見てあれだけ騒いでいたのを見ると、土魔術には小屋を作るほどの細かい造形を詠唱だけで賄うものが存在していないのかもしれない。
まだまだ魔術師としては駆け出しの学生達に、俺の土魔術を完全に模倣するのは少々酷なのではなかろうか。

この辺りは詠唱型か意識発動型かの違いはあるが、応用力に欠ける詠唱魔術だけで土の小屋を作るのは諦めて、ああして土壁で周りを囲うにとどめるだけにした方がいい。
周囲を開放されていないことで焚火の熱を内側に留めておけるのだから、まだまだ寒さの厳しい春先の夜でも十分快適になるはずだ。

俺が作った小屋という完成形を知り、それを目指して土魔術の可能性を切り開こうとしている生徒達の努力に、なんだか嬉しくなってくる。
火水土風の魔術の中で、土魔術は地味だという認識が一般的だ。

火のように派手な攻撃もなく、水のような美麗な光景も作れず、風のような利便性に優れた応用力もない。
極論、ただ土を盛り上げたり穴を掘るだけの土魔術は、今一つ人気がない。
しかし、土魔術で家を一軒作れるとしたら話は変わって来る。

旅先で土さえあれば快適な家が作れるなら、土魔術師は商人から貴族まで引っ張りだこになること請け合い。
今はまだ詠唱文だけでの家作りは無理だとしても、ここにいる生徒の誰かがもしかしたら将来、土で家を作る詠唱文を開発でもしたら、土魔術師の地位は一気に向上するどころか逆転一位の人気魔術になる可能性もある。

そういう魔術師の未来を照らす光をこの焚火の一つ一つに見た気がして、今の俺は胸がおっぱいだ。
違った、胸がいっぱいだ。










馬車の大移動も3日目を迎え、昼休憩を終えて少し経った頃、俺達が目指していた場所が見えてきた。
遠くに長大な山々が霞んで見え、こちらへと迫るようにして広がる大森林が見渡す限りにある中、ぽっかりと空けられた穴のように存在する巨大な湖がその姿を見せた。

目的地として目指していたこの湖だが、実はあまり人が寄り付く場所ではないらしい。
今進んでいる街道は湖の辺りで途切れており、その先は深い森と壁のようにそびえる山脈が行く手を阻み、まるで行き止まりのような地形が待っているだけだ。

一応街道が続いていることから、行こうと思えば行けるが、観光地としても特に整備もされていない土地にただただデカい湖があるだけの場所に足を運ぶ人はあまりいないそうだ。
近くに村もなく、自然豊かな環境は生徒にサバイバル演習をさせるのにはうってつけだろう。

湖の畔へと辿り着いた馬車の列は、弧を描く湖の縁に倣うように、少し離れた場所で停車していく。
日が沈むまではまだ時間は早いが、これからしばらく滞在することになる場所だけに、明るいうちに快適な住環境を整えようと、生徒達は一斉に動き始める。

馬車から荷物を降ろしたり、これまでの野営とは違うしっかりと木組みを作っての本格的なテントの設営をしたりと、長旅から解放された学生達の活気あふれる様子は、まるで記憶にある学園祭の準備を見ているかのようだ。

「ふっ、若者の元気に動く姿はいいものだ」
「アンディ何言ってんの?ほとんどは私達と同じぐらいの年じゃん」
ボソリと呟いた言葉は誰にも聞かれないだろうと思っていたのだが、いつの間にやら俺の真横に立っていたパーラに聞きとがめられてしまった。
ちょっと恥ずかしい。

「バカなこと言ってないで、早く家をお願い。スーリアが荷物出せなくて困ってるよ?」
「すまんすまん。んじゃバイクは頼むわ。俺は良さそうな場所を探すから」
「はーい。あ、そうだ。シペアがさ、なるべく湖の近い所に家を作って欲しいってさ」
「眺めのいい水辺にでもってか?まぁ善処しよう」

バイクをパーラに託し、シペアのリクエストに沿って水辺に良さそうな場所がないかを探してみる。
巨大な湖だけあって、潮の匂いこそしないもののどこまでも続く水面は海と錯覚してもおかしくない。
風で起こる波に洗われる水際を歩くと、猶更海を思い起こさせて少しだけセンチメンタルな気分だ。

いつまでもミュージックビデオ風に歩いていても仕方ないので、そろそろちゃんとした小屋に適した場所を探さないといけない。
基本的に水際は土よりも砂利が多いので、土魔術で小屋を作るのに向いてはいない。
なので、選ぶとしたら湖面に突き出した形になるちょっとした岬のような所がいい。

おあつらえ向きに、丁度目の前にそんな場所がある。
俺が今立つ地面よりも2メートルほどの高さの崖が行く手を塞ぎ、そのおかげでこの位置からは頑丈そうな地層が見えており、土魔術で家を作るのに適しているようだ。

湖に向けて伸びた土の橋の先は、水面を割るようにして5メートルほど進んだあたりで切れているが、湖の浸食によるものだろうと推測する。
その先端に立って湖を眺めて見ると、想像していたよりもずっと開けた視界が広がった。

某映画の巨大客船の舳先に立ったカップルが見た光景の何分の一かの感動ではあるだろうが、まるで大海に漕ぎ出した船を彷彿とさせるのは、どこまでも続くかのような水面と、吹き付ける風のせいだ。

中々感動的な光景に少しの間浸ってしまったが、俺がここに来た理由を思い出してすぐに正気に戻る。
眺めもいいし、地盤もかなりしっかりしており、家を作っても崩れる心配もない。
見れば見るほど好立地に思えてくるのだから、見つけられて運がよかった。
唯一気になるのは湖面を渡った風がもたらす肌寒さだが、土魔術の小屋は断熱性に優れているので、それほど深刻な問題にはならないだろう。

早速土魔術で周囲から土を集めて小屋を作る。
足元と後ろ以外は湖なので、念のために崖になっている縁の部分には手摺も作っておく。
これで夜にちょっと外へと出た時に落水する危険性も減るはずだ。

準備が出来たところでパーラとスーリアを呼び寄せる。
バイクは他の馬車と近いところに停めて、身一つで来てもらう。
荷物をスーリアに任せられる俺達だからこその、このフットワークの軽さだ。

湖に突き出した場所に作った小屋はパーラ達女子には強く琴線に触れるものがあったようで、細い岬の先へと駆けていくと、手摺に身を預けるようにして湖を眺めだした。
「ぅうー…ん、いいじゃない。アンディ、いいところ見つけたね」
「景色もいいし、水場もすぐそこだから便利だよ、ここ。あぁ、でもちょっと寒いかなー」

スーリアが言うように、日が傾きだすと寒さが強まってきているようで、風邪をひかないうちに家の中に引っ込んだほうがいいだろう。
「あ、そういえばシペアはここに家を作ったの知ってるの?」
小屋の中に入ろうと動き出した俺達だったが、何気なく呟かれたパーラの言葉でその動きが止まる。

「え、どうだろ…。私は分かんないけど、アンディ君が知らせてたりしないの?」
「いや、俺は言ってないな。けどここは目立つし、火を起こせば煙も上がるから見つけられるだろ」
湖を見渡せば、突き出た岬の先端付近に作った小屋は明らかな人工物として風景の中で浮いて見えるはずなので、目印としてはそう頼りないものでもないと思う。
まぁあまりにも来るのが遅いようなら俺が迎えに行けばいい。

「うーん…それもそうか。じゃあ夕食の準備でもして待ってようか。スーリア、先に薪頂戴。とにかく温まらないと始まんないよ」
ぶるりと大袈裟に身を震わせるパーラだが、その心境は俺達が共有するものと寸分違わぬものなので、否もでることはなく小屋へと入っていった。






いつもと同じように出来立ての作り置き料理をスーリアに出してもらい、風呂の用意も先に済ませた夕暮れ時にシペアが戻ってきた。
「ただいまー。おーい、今戻ったぞー」
仕事帰りの父親かと突っ込みたくなるのをぐっと堪え、夕食の準備が終わったテーブルへと呼ぼうとシペアの方を見ると、その背後に立つ人影に気付く。

「シペア、後ろの人は誰だ?」
「あぁ、そうだった。実はウォーダン先生がアンディに話があるって一緒に来たんだ。夕食の前にちょっと時間をくれるか?」
「いやいや、押しかけたのは私の方だ。食べながら聞いてくれても構わないよ」

俺達の座るテーブルへと近付いてきたウォーダンはそう言うが、流石に俺達だけで食べるのは気まずいため、どうせなら一緒に食卓を囲んだ方がいいだろう。

「でしたらウォーダン先生も一緒に食べませんか?話は食後にゆっくり聞くということで」
「いいのかい?君達の分が減ったりは」
「大丈夫ですよ。いつも量は多めに用意してますから、一人ぐらい増えても問題ありません」

人一倍食べるパーラとシペアのために、いつも多めに用意している料理からウォーダン一人分ぐらいは余裕で分けられるのだ。
パーラ達に食後のデザートで出す果物をやや多めにすれば、寝るまでに空腹を言い出す事も無いだろう。

料理が冷めないうちに即席で作りだした椅子をウォーダンに勧め、全員がテーブルに着いたのを確認したところで食事を開始した。
普通に食べ進める俺達とは違い、テーブルの上に並ぶ皿の数に目移りしている様子のウォーダンはどれから手を付けようか迷っているようだったので、俺の方から料理を勧めてみる。

「ウォーダン先生、こちらの料理なんかどうでしょう?これは俺が作ったものでして、細切れにした野菜を水で溶いた小麦粉と合わせて油で揚げたものです。どうぞ、塩で召し上がってください」
そう言って野菜のかき揚げが盛られた皿をウォーダンの目の前へと置く。
丁度位置的にパーラから一番遠い位置に皿を動かしたせいで、抗議の視線が飛んでくるが無視する。

「どれどれ……うまい!アンディ君、これはいけるな!野菜の甘味が強く感じられるし、なにより歯ごたえがいい。いやぁ~、これは酒が欲しくなるなぁ」
スーリアの魔術のおかげで揚げたての状態に近いかき揚げはサクサクとしたままなので、ご飯のおかずにも酒のつまみにもどちらでもいけるうまさがある。

「先生、次はこっちを食べてみてください。川魚を細かく叩いて丸めたものを、リーキと一緒に煮込んだんです。こっちは私が作りました」
かき揚げをバクバクと食べるウォーダンに、今度はスーリアが自分の作ったスープを差し出す。

「ほう、いい匂いだね。これもうまそうだ。…うん、魚の味がよく染み出している。リーキも甘くていくらでも食べられる」
うんうんと頷きながら、両手で包むように持った椀に夢中のウォーダンの様子に、作ったスーリアも嬉しそうに微笑んでいる。

食後、お茶を全員に配り終えると、ウォーダンが訪ねてきた用件を聞くための時間になった。
「すっかりご馳走になってしまったね。いや実にうまかった。君達はいつもあんな食事をしてるのかい?」
やはり俺達以外の人間にしてみたら、この旅の間に摂る食事のレベルはかなり高いようだ。
ウォーダンの顔からは羨望が感じ取れるぐらいには恵まれた旅をしているというのを実感できた瞬間だった。

「ええ、まぁ。…それで、俺に話があるとのことですが、一体どのような?」
用件は単刀直入がいい、というのが信条でもないが、この後に風呂が控えている身としては長々と話し込む気はない。

「うん、実は私がこの遠学に参加しているのはある目的があってのことなのだよ」
まぁウォーダンは本来、シペア達の学年に授業を持っていないと聞いていたし、直接関係の薄い人選で引率に選ばれるわけもないため、他に目的があると言われても驚かないな。

「今回の遠学が、新しい理事の指示で毎年のものと行き先が変わったというのは知っているかい?」
シペアとスーリアに目線を向けて尋ねると、二人は頷きを返す。
「その新しい理事というのは私の伯父でね。少し無理を言って行き先をここに変えてもらって、私の同行もねじ込ませてもらったんだ。もちろん、学生諸君の遠学での目的を邪魔しないようにと配慮は十分にさせてもらったよ?この地でも例年通りの課題は用意できるからね」

ただ、一つ疑問がある。
何故ウォーダンがこの地に一人ではなく、遠学という集団行動で向かうことを選んだのか。
その理由が分からない俺だったが、次にウォーダンの口から飛び出した言葉で、おおよその納得材料を得ることが出来てしまった。

「時に君たちは、『妖精族』についてどれくらい知っているかな?」
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