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本編
桃色の悪役令嬢
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※閲覧注意※
かなり胸糞な内容が含まれております。ご注意下さい。
―――――――
前世で大好きだった乙女ゲームの世界に転生したと、すぐに判ったわ。
皇国で商売を始めるにあたって皇帝陛下へのご挨拶の為に謁見の場に、15歳になった私は、お父様とお母様と一緒に登城した時だった。
その時に、皇帝陛下の斜め後ろで、腕を後ろに組んで燐と佇むアーサー様を見て、全て思い出したの。
男性なのに決め細やかな肌で、謁見の間にある大窓から入る日の光を反射して輝く黄金の髪に、一見冷たそうなその青い瞳のその人が、前世でも恋をした画面の中のあの人だって。
それからの私は頑張ったわ。
一介の商人だったお父様を皇国一の商会頭にする為に。
本当は私が17の年に皇国一の商会頭になるんだけれど、そんなの待ってなんていられなかった。だって、綺麗になる為にはお金がいるのよ。
前世と違ってシャワーなんてないこの世界じゃ、お風呂に入るのですら大変なの。
それこそ沢山の召使にお湯を沸かさせて、それを湯船に入れて、常にお湯を交換しなくちゃいけないの。
けれど、皇国に引っ越してきたばかりの私達親子は、まだ駆け出しの商人で、小さな邸に家族三人で細々と暮らしている程度だった。まぁ、それでも商売を始めるくらいだから他の家よりはお金はあったわ。けれど、召使を雇うなんてまだまだ無理な状態だった。
17歳で皇国一の商会頭になったお父様と、再度皇帝陛下への謁見をする為に登城して、そこでアーサー様と出会い、親密になるの。それまでには、2年しかないわ。
今のままじゃ前に住んでいた場所が海辺だったから、潮風のせいで髪はごわごわだし、肌だってお父様のお手伝いで日に焼けてボロボロになってる。
特に夏場はもっと酷いわ。
焼けた肌がボロボロと剥けて斑になるの。
爪だってボロボロで、手なんてガサガサ。
こんなんじゃ、ヒロイン補正があったとしてもあの公爵令嬢に勝てるわけがないじゃない。
だから、お父様に言ったの。
「ねぇ、お父様。隣の国では、奴隷制度があるみたいよ。しかも皇国人は高値で取引されてるんですって」
お母様は真っ青になって震えだしたし、お父様は逆に真っ赤にお怒り顔になったわ。
「何を馬鹿な事を言っているんだ!皇国では禁止されている行為だぞ!!」
知っているわよ。そんな事。
でもね?私はいずれ、皇妃になる人間よ?
皇妃が政治に口出すのは良くある事だし、むしろ、私が皇妃になったら奴隷制度の禁止を撤廃しようと思っているの。
だって、奴隷がいれば楽じゃない?
汚い仕事だってさせられるし。使い捨ての人間は必要な物でしょう?
だからね。お父様とお母様に秘密を打ち明けたの。
「お父様、お母様。私、未来が少しだけ判るの。何なら、ちょっと先の未来を言い当てましょうか?…来月、お父様の商売が軌道に乗るわ。そして、貴族の方達とも密接になるでしょう。そして、来月の丁度今日くらいの日に、レスガンティ公爵家に養子が迎えられるわ。二件隣のセシルよ。セシルは、実はレスガンティ公爵の弟であるセイガルド男爵の息子なの。けれど、セイガルド男爵はお亡くなりになって、セイガルド男爵夫人は愛人の子であるセシルを家に迎えたくなくて、レスガンティ公爵に託すの。セシルのお母様は、セイガルド男爵が亡くなった後に亡くなるわ」
ゲームの設定資料集に書かれていた事を告げると、お父様とお母様は私を、気が狂った哀れな子供を見るような目で見つめたわ。本当の事なのに。
けれど一ヵ月後。
仕事から帰ったお父様は真っ青な顔で私に言ったの。
「おまえの言うとおりになった…」
って。だからね。言ったのよ。
「お父様。私、もう二つ大きな未来を知っているの。お父様は皇国一の商会頭になるわ。平民の中で一番のお金持ちになるのよ。そしてね。そのお陰で、私はアーサー様の妃になるの。私が皇妃になったら奴隷制度の禁止を撤廃するわ。そうしたらお父様もお母様も罪には問われないわよ。大丈夫。私を信じて」
お父様もお母様も私の言葉を信じてくれて、すぐさま隣国の奴隷商会に繋ぎを付けたわ。
売るのは、皇国のスラムで生きる親のいない子供達だから足も付き難いし、何より沢山居たし、汚らしくてゴミのような人間がお金になるのよ。素敵でしょう?
そして、私が16の頃には、立派な商会が出来て、そこの商会頭にお父様はなったわ。
そこから私のお金持ち生活が始まったわ。
召使を雇って、毎日お風呂に入れる生活になったし、お風呂の後はエステマッサージをして身体中をピカピカに磨いたわ。
ボロボロだった手は、油を使って保湿をして綺麗にしたし、アーサー様に相応しくなるようにドレスだって揃えた。
皇妃になったらダンスもしなくちゃいけないから、貴族の人達御用達のダンスの先生にも来てもらったわ。
そして17になった際に、皇国一の商会になったお父様の会社の功績を湛えて、商会頭のお父様とその妻のお母様、そして私が皇帝陛下へ呼ばれたの。
ゲームの通りになったわ。
登城して、お父様とお母様と一緒に謁見の間に向う際に私は迷子になってしまうの。
そして『たまたま』辿り付いた皇妃宮の庭でアーサー様に出会う。
「『キミは?ここは皇妃が許可した者しか出入りできない場所なんだけど?』」
「『ごっ…ごめんなさいっ!!私、道に迷ってしまって…』」
ゲームと違って選択肢は出ないから、一言一句間違えないように言わなくちゃ。
もちろん表情もゲームのスチルのように眉を寄せて、不安げに涙を浮かべる。完璧ね!
私の表情に見惚れたようにアーサー様は見詰めてくる。あぁ、やっぱりカッコイイわ。
「『…どこに行くつもりだったんだい?』」
「『謁見の間に…父と母と向っていたのですけど…はぐれてしまって…』」
ストーリーでは、この後アーサー様は小さく笑って『じゃあ迷子のキミをエスコートする権利を私に貰えますか?』と優しく言ってくるのよ。
「『じゃあ…』」
ほらね!
「謁見の間なら、その道を真っ直ぐ行けば正面の門に着くから、そうしたらそこにいる門兵にでも聞けばいいよ」
笑いもせずにそう言ったアーサー様は、呆然とする私に背中を向けてどこかへ行ってしまったわ。
嘘でしょう?何で?おかしくない?バグ?
「エリー!!ここにいたのか!!」
お父様が汗を流しながら走り寄って来る。
あぁ、もしかして、少し設定を弄っちゃったからストーリーが変わったのかな?
まぁいいわ。一応出会いのイベントは終わらせたし、ここでは親密度は上がらないから。
けれど、ストーリーは他にもおかしかったの。
まず、ライバルで悪役令嬢のはずのロベリアが何もしてこない。
ゲームの中では、アーサー様と会う度に出てきては邪魔をしていたロベリアが一度も姿を現さなかった。
もしかしたら私がストーリーを弄ってしまったから、婚約自体無くなってるのかと思ったけど、貴族の夜会では婚約者としてロベリアがアーサー様にエスコートされて出ているらしい。
だから、ロベリアと一度も会った事がないままに、立太子式典が間近に迫ってしまった。
あれか。ロベリアも前世持ち…しかもゲームをプレイしていたヤツね。
じゃないとここまで避けられるのは考えられないわ。
まぁ、ロベリアが居なくても全員のイベントはクリアできてるし、居なくてもいいんだけど。
でも、ロベリアとの婚約を破棄させない事にはアーサー様との結婚ができないじゃない。
だから、私を避けるロベリアの裏をかいて、階段イベントを決行したの。
アーサー様とのデートの日に皇妃とのお茶会があるというのを掴んだから、泣く泣くデートを早めに切り上げて王城に向ったわ。
エントランスからの中央階段で初めて会ったロベリアは、私を見るなり真っ青になっていたわ。
当たり前よね。避けていたはずの最大の山場のシナリオが目の前で進んでいるんだもの。
「『もう止めてくださいっ!私はどうなっても構いませんっ!アーサー様を苦しめないでっ!』」
ほら、次はあんたの台詞よ?悪役令嬢さん。
『貴女みたいな庶民がアーサー様に似合うとでも思ってらっしゃるの?』『アーサー様は皇太子になるべきお方よ。だから皇妃になるワタクシが全てを管理してさしあげているの』よ。さっさと言いなさいよ。じゃないとアーサー様が来ちゃうじゃない。
あぁ!ほら!来ちゃった!もういいわ!勝手に進めるから!
階下の手摺りの陰から金の髪がチラっと見えたから、これから階段を上がってくるだろうアーサー様に聞こえるように、一際大きな声を上げるの。
「『きゃあああああ!!』」
この長い階段を落ちるのはちょっと怖いけど、でもアンタが手を前に出せば私の勝ちよ。パっと見、突き落としたように見えるじゃない?
ゆっくり後ろに倒れるような仕草をしたら、案の定、心優しい聖女様のようなあんたは助けようとして両手を出して来た。
ふふふ。これであんたは終わりよ。
満足気に微笑んで見せながら、落ちる直前で手摺りにしがみ付く。
アーサー様の「大丈夫か!?」という声と、その取り巻き達が来た足音が近付いてくる。タイミングバッチリね!
「アーサー様…皆様…痛っ!」
アーサー様を見てホっとしたような笑顔を見せて立ち上がろうとする。けど、マジで足捻ったわ!痛い!サイアク!
「怪我をしたのか?」
「大丈夫ですか?」
「とりあえず移動しよう。ここでは治療もままならない」
「そうだな。俺が運ぼう」
まぁでもゲームと同じ流れになったし、まぁいいわ。
大人しく脳筋馬鹿にお姫様抱っこされて移動する。
本当はアーサー様にして貰いたいけど、ゲームでもここはダリルだったのよね。仕方ないか。
そしてゲームと同じく怪我をした私は、王城の客間に一泊泊めてもらった。
帰り際にロベリアとすれ違ったけど、泣き腫らした瞳で赤い顔をして逃げるように去って行ったわ。ドレスが昨日と同じだったから、ゲームの通りに地下牢にでも一泊したのかしらね?ざまぁみろ。
容姿端麗で性格も良くてなんて、そんな聖女は私一人で十分よ。あんたは悪役令嬢として私の引き立て役を全うしていればいいの。
あの時は、全てに置いて完璧に進んだと、そう思っていたの。思っていたのよ。
けれど、それは、ただの私の願望でしかなかった。
ふと見上げれば、黒い鉄格子のはまった窓から細い細い猫の爪のような月が見えた。
隣の檻からは私への罵声が聞こえる。
「おまえなんて産まなければ良かった!!」
「この悪魔め!!お前のせいで!!お前なんかの甘言に惑わされなければ!!」
ガシャガシャと檻を叩き、泣きながらお父様とお母様は私を罵倒する。
仕方ないわね。私の責任だもの。
私が間違えた選択肢を選ばなければ、きっとめでたしめでたしで終わっていたのに。
「…どこで間違えたかなぁ…」
選択肢は全部間違えずに選択できたはずなの。
やっぱり時期を急いて、奴隷に手を出したからかな?
でも、そうでもしなきゃボロボロの姿でアーサー様と会わないといけなくなってたし…
「全部だよ」
私の独り言に、檻の外から大好きな声が聞こえた。
ゲームの中の世界そのままだから、声も大好きな声優さんの声なのよね。
「アーサー様!」
嬉しくてアーサー様の側まで行くけど、檻が邪魔でアーサー様に抱きつけない。
「この世界はゲームの中の世界じゃない。みんな生きていて生活しているんだ。キミはそれを間違えた。正しい選択肢なんてありはしないし、一人ひとりが自分の生を生きている。だから、キミの思い通りの世界にはならないんだよ」
この人は何を言っているのかしら?
アーサー様の声で。
アーサー様の姿で。
「だって、ゲームの世界じゃない。私、ヒロインよ?」
「……仮にゲームの世界だとして、そのゲームのヒロインの性格や行動はどんなだったのかな?…」
ヒロインの性格?そんなの決まってるじゃない。
「容姿端麗で次期皇妃としての資質も備えていて、皇国一の商会頭の娘という平民の中では最高の立場にも拘らず偉ぶった所はなくて、お金持ちだけじゃなく貧乏な人にも分け隔てなく優しい、国母に相応しい…」
「そうだね。じゃあ、悪役令嬢の性格や行動は?」
悪役令嬢…
「…傲慢で我侭で、人を人と思わず罪を被せようとするような女で…人を唆して犯罪を犯させるような悪女で…心が醜悪な…………」
私だ…
「…そうだね」
そうか。私はヒロインじゃなかった。
悪役令嬢だったんだ…
その約一ヵ月後。晴天の中で、民衆の前で公開処刑は行われた。
皇太子に虚偽の報告をした罪。
皇太子妃を貶めようとした罪。
そして、禁止されている奴隷の売買を両親に唆した罪。
17歳のその少女は永遠語り継がれるだろう。
『桃色の髪を持つ悪役令嬢』の物語の主人公として。
かなり胸糞な内容が含まれております。ご注意下さい。
―――――――
前世で大好きだった乙女ゲームの世界に転生したと、すぐに判ったわ。
皇国で商売を始めるにあたって皇帝陛下へのご挨拶の為に謁見の場に、15歳になった私は、お父様とお母様と一緒に登城した時だった。
その時に、皇帝陛下の斜め後ろで、腕を後ろに組んで燐と佇むアーサー様を見て、全て思い出したの。
男性なのに決め細やかな肌で、謁見の間にある大窓から入る日の光を反射して輝く黄金の髪に、一見冷たそうなその青い瞳のその人が、前世でも恋をした画面の中のあの人だって。
それからの私は頑張ったわ。
一介の商人だったお父様を皇国一の商会頭にする為に。
本当は私が17の年に皇国一の商会頭になるんだけれど、そんなの待ってなんていられなかった。だって、綺麗になる為にはお金がいるのよ。
前世と違ってシャワーなんてないこの世界じゃ、お風呂に入るのですら大変なの。
それこそ沢山の召使にお湯を沸かさせて、それを湯船に入れて、常にお湯を交換しなくちゃいけないの。
けれど、皇国に引っ越してきたばかりの私達親子は、まだ駆け出しの商人で、小さな邸に家族三人で細々と暮らしている程度だった。まぁ、それでも商売を始めるくらいだから他の家よりはお金はあったわ。けれど、召使を雇うなんてまだまだ無理な状態だった。
17歳で皇国一の商会頭になったお父様と、再度皇帝陛下への謁見をする為に登城して、そこでアーサー様と出会い、親密になるの。それまでには、2年しかないわ。
今のままじゃ前に住んでいた場所が海辺だったから、潮風のせいで髪はごわごわだし、肌だってお父様のお手伝いで日に焼けてボロボロになってる。
特に夏場はもっと酷いわ。
焼けた肌がボロボロと剥けて斑になるの。
爪だってボロボロで、手なんてガサガサ。
こんなんじゃ、ヒロイン補正があったとしてもあの公爵令嬢に勝てるわけがないじゃない。
だから、お父様に言ったの。
「ねぇ、お父様。隣の国では、奴隷制度があるみたいよ。しかも皇国人は高値で取引されてるんですって」
お母様は真っ青になって震えだしたし、お父様は逆に真っ赤にお怒り顔になったわ。
「何を馬鹿な事を言っているんだ!皇国では禁止されている行為だぞ!!」
知っているわよ。そんな事。
でもね?私はいずれ、皇妃になる人間よ?
皇妃が政治に口出すのは良くある事だし、むしろ、私が皇妃になったら奴隷制度の禁止を撤廃しようと思っているの。
だって、奴隷がいれば楽じゃない?
汚い仕事だってさせられるし。使い捨ての人間は必要な物でしょう?
だからね。お父様とお母様に秘密を打ち明けたの。
「お父様、お母様。私、未来が少しだけ判るの。何なら、ちょっと先の未来を言い当てましょうか?…来月、お父様の商売が軌道に乗るわ。そして、貴族の方達とも密接になるでしょう。そして、来月の丁度今日くらいの日に、レスガンティ公爵家に養子が迎えられるわ。二件隣のセシルよ。セシルは、実はレスガンティ公爵の弟であるセイガルド男爵の息子なの。けれど、セイガルド男爵はお亡くなりになって、セイガルド男爵夫人は愛人の子であるセシルを家に迎えたくなくて、レスガンティ公爵に託すの。セシルのお母様は、セイガルド男爵が亡くなった後に亡くなるわ」
ゲームの設定資料集に書かれていた事を告げると、お父様とお母様は私を、気が狂った哀れな子供を見るような目で見つめたわ。本当の事なのに。
けれど一ヵ月後。
仕事から帰ったお父様は真っ青な顔で私に言ったの。
「おまえの言うとおりになった…」
って。だからね。言ったのよ。
「お父様。私、もう二つ大きな未来を知っているの。お父様は皇国一の商会頭になるわ。平民の中で一番のお金持ちになるのよ。そしてね。そのお陰で、私はアーサー様の妃になるの。私が皇妃になったら奴隷制度の禁止を撤廃するわ。そうしたらお父様もお母様も罪には問われないわよ。大丈夫。私を信じて」
お父様もお母様も私の言葉を信じてくれて、すぐさま隣国の奴隷商会に繋ぎを付けたわ。
売るのは、皇国のスラムで生きる親のいない子供達だから足も付き難いし、何より沢山居たし、汚らしくてゴミのような人間がお金になるのよ。素敵でしょう?
そして、私が16の頃には、立派な商会が出来て、そこの商会頭にお父様はなったわ。
そこから私のお金持ち生活が始まったわ。
召使を雇って、毎日お風呂に入れる生活になったし、お風呂の後はエステマッサージをして身体中をピカピカに磨いたわ。
ボロボロだった手は、油を使って保湿をして綺麗にしたし、アーサー様に相応しくなるようにドレスだって揃えた。
皇妃になったらダンスもしなくちゃいけないから、貴族の人達御用達のダンスの先生にも来てもらったわ。
そして17になった際に、皇国一の商会になったお父様の会社の功績を湛えて、商会頭のお父様とその妻のお母様、そして私が皇帝陛下へ呼ばれたの。
ゲームの通りになったわ。
登城して、お父様とお母様と一緒に謁見の間に向う際に私は迷子になってしまうの。
そして『たまたま』辿り付いた皇妃宮の庭でアーサー様に出会う。
「『キミは?ここは皇妃が許可した者しか出入りできない場所なんだけど?』」
「『ごっ…ごめんなさいっ!!私、道に迷ってしまって…』」
ゲームと違って選択肢は出ないから、一言一句間違えないように言わなくちゃ。
もちろん表情もゲームのスチルのように眉を寄せて、不安げに涙を浮かべる。完璧ね!
私の表情に見惚れたようにアーサー様は見詰めてくる。あぁ、やっぱりカッコイイわ。
「『…どこに行くつもりだったんだい?』」
「『謁見の間に…父と母と向っていたのですけど…はぐれてしまって…』」
ストーリーでは、この後アーサー様は小さく笑って『じゃあ迷子のキミをエスコートする権利を私に貰えますか?』と優しく言ってくるのよ。
「『じゃあ…』」
ほらね!
「謁見の間なら、その道を真っ直ぐ行けば正面の門に着くから、そうしたらそこにいる門兵にでも聞けばいいよ」
笑いもせずにそう言ったアーサー様は、呆然とする私に背中を向けてどこかへ行ってしまったわ。
嘘でしょう?何で?おかしくない?バグ?
「エリー!!ここにいたのか!!」
お父様が汗を流しながら走り寄って来る。
あぁ、もしかして、少し設定を弄っちゃったからストーリーが変わったのかな?
まぁいいわ。一応出会いのイベントは終わらせたし、ここでは親密度は上がらないから。
けれど、ストーリーは他にもおかしかったの。
まず、ライバルで悪役令嬢のはずのロベリアが何もしてこない。
ゲームの中では、アーサー様と会う度に出てきては邪魔をしていたロベリアが一度も姿を現さなかった。
もしかしたら私がストーリーを弄ってしまったから、婚約自体無くなってるのかと思ったけど、貴族の夜会では婚約者としてロベリアがアーサー様にエスコートされて出ているらしい。
だから、ロベリアと一度も会った事がないままに、立太子式典が間近に迫ってしまった。
あれか。ロベリアも前世持ち…しかもゲームをプレイしていたヤツね。
じゃないとここまで避けられるのは考えられないわ。
まぁ、ロベリアが居なくても全員のイベントはクリアできてるし、居なくてもいいんだけど。
でも、ロベリアとの婚約を破棄させない事にはアーサー様との結婚ができないじゃない。
だから、私を避けるロベリアの裏をかいて、階段イベントを決行したの。
アーサー様とのデートの日に皇妃とのお茶会があるというのを掴んだから、泣く泣くデートを早めに切り上げて王城に向ったわ。
エントランスからの中央階段で初めて会ったロベリアは、私を見るなり真っ青になっていたわ。
当たり前よね。避けていたはずの最大の山場のシナリオが目の前で進んでいるんだもの。
「『もう止めてくださいっ!私はどうなっても構いませんっ!アーサー様を苦しめないでっ!』」
ほら、次はあんたの台詞よ?悪役令嬢さん。
『貴女みたいな庶民がアーサー様に似合うとでも思ってらっしゃるの?』『アーサー様は皇太子になるべきお方よ。だから皇妃になるワタクシが全てを管理してさしあげているの』よ。さっさと言いなさいよ。じゃないとアーサー様が来ちゃうじゃない。
あぁ!ほら!来ちゃった!もういいわ!勝手に進めるから!
階下の手摺りの陰から金の髪がチラっと見えたから、これから階段を上がってくるだろうアーサー様に聞こえるように、一際大きな声を上げるの。
「『きゃあああああ!!』」
この長い階段を落ちるのはちょっと怖いけど、でもアンタが手を前に出せば私の勝ちよ。パっと見、突き落としたように見えるじゃない?
ゆっくり後ろに倒れるような仕草をしたら、案の定、心優しい聖女様のようなあんたは助けようとして両手を出して来た。
ふふふ。これであんたは終わりよ。
満足気に微笑んで見せながら、落ちる直前で手摺りにしがみ付く。
アーサー様の「大丈夫か!?」という声と、その取り巻き達が来た足音が近付いてくる。タイミングバッチリね!
「アーサー様…皆様…痛っ!」
アーサー様を見てホっとしたような笑顔を見せて立ち上がろうとする。けど、マジで足捻ったわ!痛い!サイアク!
「怪我をしたのか?」
「大丈夫ですか?」
「とりあえず移動しよう。ここでは治療もままならない」
「そうだな。俺が運ぼう」
まぁでもゲームと同じ流れになったし、まぁいいわ。
大人しく脳筋馬鹿にお姫様抱っこされて移動する。
本当はアーサー様にして貰いたいけど、ゲームでもここはダリルだったのよね。仕方ないか。
そしてゲームと同じく怪我をした私は、王城の客間に一泊泊めてもらった。
帰り際にロベリアとすれ違ったけど、泣き腫らした瞳で赤い顔をして逃げるように去って行ったわ。ドレスが昨日と同じだったから、ゲームの通りに地下牢にでも一泊したのかしらね?ざまぁみろ。
容姿端麗で性格も良くてなんて、そんな聖女は私一人で十分よ。あんたは悪役令嬢として私の引き立て役を全うしていればいいの。
あの時は、全てに置いて完璧に進んだと、そう思っていたの。思っていたのよ。
けれど、それは、ただの私の願望でしかなかった。
ふと見上げれば、黒い鉄格子のはまった窓から細い細い猫の爪のような月が見えた。
隣の檻からは私への罵声が聞こえる。
「おまえなんて産まなければ良かった!!」
「この悪魔め!!お前のせいで!!お前なんかの甘言に惑わされなければ!!」
ガシャガシャと檻を叩き、泣きながらお父様とお母様は私を罵倒する。
仕方ないわね。私の責任だもの。
私が間違えた選択肢を選ばなければ、きっとめでたしめでたしで終わっていたのに。
「…どこで間違えたかなぁ…」
選択肢は全部間違えずに選択できたはずなの。
やっぱり時期を急いて、奴隷に手を出したからかな?
でも、そうでもしなきゃボロボロの姿でアーサー様と会わないといけなくなってたし…
「全部だよ」
私の独り言に、檻の外から大好きな声が聞こえた。
ゲームの中の世界そのままだから、声も大好きな声優さんの声なのよね。
「アーサー様!」
嬉しくてアーサー様の側まで行くけど、檻が邪魔でアーサー様に抱きつけない。
「この世界はゲームの中の世界じゃない。みんな生きていて生活しているんだ。キミはそれを間違えた。正しい選択肢なんてありはしないし、一人ひとりが自分の生を生きている。だから、キミの思い通りの世界にはならないんだよ」
この人は何を言っているのかしら?
アーサー様の声で。
アーサー様の姿で。
「だって、ゲームの世界じゃない。私、ヒロインよ?」
「……仮にゲームの世界だとして、そのゲームのヒロインの性格や行動はどんなだったのかな?…」
ヒロインの性格?そんなの決まってるじゃない。
「容姿端麗で次期皇妃としての資質も備えていて、皇国一の商会頭の娘という平民の中では最高の立場にも拘らず偉ぶった所はなくて、お金持ちだけじゃなく貧乏な人にも分け隔てなく優しい、国母に相応しい…」
「そうだね。じゃあ、悪役令嬢の性格や行動は?」
悪役令嬢…
「…傲慢で我侭で、人を人と思わず罪を被せようとするような女で…人を唆して犯罪を犯させるような悪女で…心が醜悪な…………」
私だ…
「…そうだね」
そうか。私はヒロインじゃなかった。
悪役令嬢だったんだ…
その約一ヵ月後。晴天の中で、民衆の前で公開処刑は行われた。
皇太子に虚偽の報告をした罪。
皇太子妃を貶めようとした罪。
そして、禁止されている奴隷の売買を両親に唆した罪。
17歳のその少女は永遠語り継がれるだろう。
『桃色の髪を持つ悪役令嬢』の物語の主人公として。
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