俺と私の公爵令嬢生活

桜木弥生

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4話 俺と私のイメチェン大作戦②

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 さて。いくら中身が元男と言えど、17年間見てきた自分の身体だし特にどうこう思うこともなく、いつも通りにアンリエッタ専属メイド部隊…通称アンリメイド隊に髪やら身体やら洗われ、今は浴室の姿見の鏡の前に立っている。
 いつも腰まである縦ロールは濡れてストレートに戻り、バネを無くした髪は膝下までの長さに垂れて、髪から滴る雫が鏡の前に敷かれたバスマットの上に小さな水溜りを作っている。

 この縦ロール。
 毎朝アンリメイド隊に30分以上掛けて巻いて貰っていたんだけど…ぶっちゃけ切りたい。

 これ、かなり重いのだ。
 乾いているならいい。乾いているなら、ちょっと重いなーくらいですむ。
 けれど、濡れるとその質量は半端ない重さになる。
 そして乾きにくいから、半渇きのまま寝る事もしばしば。髪も痛む。

 そしてなにより……ダサイ。

 お洒落人間の多い前世の日本で暮らしてきた俺からすれば、縦ロールなんて空想の世界でもダサいと感じる髪型だ。
 このゲームの世界ですらやっているのはアンリエッタくらいだ。

 それに、前世の日本でのゲームや漫画でも縦ロールなんてほとんど出てこない。
 なのに何故か『悪役お嬢様』=『縦ロール』という、変な公式が出来上がってるんだよなぁ…

 そんなわけで切りたいなーなんて思ってはみるが、一応この身体は『アンリエッタ』の物だし、女の子の髪を勝手に切るのは申し訳ない。

 さて。どうしたもんかなー

 って、あれ?
 身体が勝手に動いて…右手に鋏持って…って…ええええええええ!!!?????

 勝手に動いた右手は、容赦なく尻の辺りで髪をバツンと切り落とした。

 俺じゃないよ!?
 確かに切ったほうが可愛いだろうなーとか思ったけども、そして縦ロールはダサイと思ったけども!!
 女の子の髪を勝手に切るとか、暴力…いや、傷害だよ!?
 やるわけがない!!

――切って…ダサイのは…嫌…――

あぁ…。なるほど。
『アンリエッタ』がやったらしい。
 現代日本の美的感覚やこの世界の美的感覚を、俺を通して確認してしまったらしく、俺の中の『アンリエッタ』がかなりへこんで落ち込んでいる。

 …そりゃそうだわな…今まで美しいと思ってやってきたのが、実はダサイとか…そりゃへこむか。

『アンリエッタ』の行動に、ちょっとだけ同情しながら鏡を見ると、髪を乾かそうとタオルを持ったまま真っ青になって立ち尽くしているユーリンと鏡越しに目が合った。

「お…お嬢様…何を…」

 タオルを持った手がブルブルと震えている。
 あー。なんか今にも倒れそうだ。

「…御髪が…綺麗な…大切にされていた御髪が…」

 その場によろよろと跪き、動揺しながら落ちた髪を大事そうにかき集めるユーリン。
流石に申し訳ないので、その手を優しく握り立たせると、その手に鋏を渡し、落ち着かせるように優しく微笑む。

「気分を変えてみようかと思ったの。
 ねぇ、ユーリン。このくらいの長さに切りそろえて頂戴?」

 気が狂った訳ではないと言う様に柔和な笑みを浮かべてユーリンにお願いする。
 鋏を持たせた手をぎゅっと尚も強く握ってお願いをすると、段々と理解できてきたユーリンは顔色が青から赤に…赤?…

「…お嬢様…侍女の私が申し上げるのはおこがましいとは存じますが、言わせて頂きます…」

 真っ赤な顔で目を据わらせたユーリンは一旦言葉を切ると、息を一気に吸い込む。
 あ。これあれだ。怒鳴られるやつだ。

「何勝手に切っているんですか!!!
 毛先がガタガタじゃないですか!!もう!!!
 これじゃカールできませんよ!!!あああ!!!こっちはもっと短い!!!!
 切るなら切ると先に仰ってくださればお好みの長さに綺麗に切りますのに!!
 これじゃ結構切らないと直せませんからね!!!」

 怒り心頭で涙を浮かべながら髪を引っ張られる。痛いですユーリンさん。

「ユーリン、何を騒いでいるの」

 今日一日分の着替えの準備をしていたセイラがユーリンの怒鳴り声でバスルームに来るや、俺の髪とユーリンの手にある鋏を交互に見、真っ青になった。

 ユーリンの左手は俺の髪を引っ張り、右手に鋏…あ。なんか嫌な予感がする…

「…ユーリン…貴女まさか…お嬢様の髪を…」
「違うわ。違うのよセイラ。私が「お嬢様はお黙りください!」

 勘違いしているセイラを止めようと口を出したら怒られた。

「セイラ、話を「お嬢様!お優しいのはわかりますが、罪ある者を庇ってはユーリンの為になりません!!さぁユーリン、どうしてそんな事をしたか、お話なさい!!」

 セイラに説明しようと口を挟んだらまた止められた。
 頼むから俺の話を聞いてくれ…
 うちのメイド達は何故こうも誤解して暴走するのか…
 とりあえずうちだから良いけど、雇い主の家族に黙れとか不敬だと思うんだが…まぁうちでは許されるけども…

 主人である俺を無視してユーリンがセイラに説明している間、そんな事を考えてぼーっと二人を眺めていたら、説明が終わったユーリンとセイラが此方に来た。

 あれぇ…セイラさん、目が据わってますよ…なんか嫌ぁな予感…

「何勝手になさっているんですか!!!
 毛先がガタガタじゃないですか!!
 こんなに短くするなんて!!!!
 切るなら切ると先に仰って下さいませ!!
 髪だって貴女様の身体の一部なんです!!
 責任は私達にもあるんですよ!!
 大体なんですかこの髪!!直すほうが大変なんですからね!!!
 これじゃ結構切らないと直せませんからね!!!」
「ご…ごめんなさい…」

 うわぁ…ほぼユーリンと同じ事言ってるー…
 流石ユーリンの先輩で師匠…そしてユーリンより怖ぇ…
 あまりの怖さに思わず無意識に謝っちゃったよ…

「これじゃ、この辺りまで切らないと形が整えられません。」

 拒否権を与えない口調で、ユーリンは切る位置を手で示した。
 大体腰くらいか。思った以上に理想的な場所だった。

「それで良いわ。お願いね」

 小さく頷いて許可を出すと、ユーリンは跪いて切る位置に目の高さを合わせ、シャキシャキと軽快な音を出しながら切ってゆく。

 大体五分くらいだろうか。
 その位で髪は切り終わった。
 美容院って、もっと時間が掛かるもんだと思ってたんだけど、実際切るのはそんなに時間いらないのか…

「とりあえず見れるようにはしましたが、また夜にでもきちんと綺麗に致します。
とりあえず切った髪の欠片をお流しになって、朝食に致しましょう。
アラン様もお待ちですし」
「お兄様?お食事はお兄様も一緒なの?」

 いつもは休みでも仕事でも、先に食べてどこかに出掛けたり、部屋で別の仕事をしている兄が、珍しく朝食を一緒にという事らしく待ってくれているらしい。

 切って肌についた細かい髪を残っていた湯でさっと流し、身体を拭いて部屋に戻ると、さっきまで般若のようだったセイラは今日の服を手に持って待っていた。
 …目が、『早くしろ!』って怒っているように釣り上がっている…
 俺だって、お兄様が待っているんであれば髪なんて切らない…って、切ったのはアンリエッタだった。結局とばっちり受けたの俺だけじゃん。

 文句を言いたいが、言っている暇も言う相手もない現状ではどうすることもできず、急かされるまま服を着るしかないのだ。
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