スメルスケープ 〜幻想珈琲香〜

市瀬まち

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8 コーヒーと小さな一歩(2)

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 さらにいくつか質問した後、俺はカウンター席に座って、ハナオの答えと試飲の感想を日中のメモとともにノートに書き写しだした。これも閉店後の日課の一つだ。
「ミツって、いっつもノートに書くよね。なんで?」
 ハナオが横から覗き込んで口をはさむ。
「なんで、って、忘れないためだろ」
「そんなの、ちまちま書かないで体で覚えちゃった方が早いじゃない」
「……ちまちまって」
 イヤミか、と思って軽く睨んだ先には、純粋に疑問に感じているらしいハナオの顔があった。
「本気で言ってんのか?」
「へ?」
 本気だ。俺は確信した。イヤミでも皮肉でもない。天然だ。
「あのな、ハナオ。お前が教えてくれることって、結構な量だぞ。そんな一気に覚えきれるわけないだろ」
「……そうかな。だって、いちいちノート見返すの、面倒じゃない? いつも見られるわけでもないし。見た目とか感触はどうとか、こういう手順とか、五感で感じて体に覚え込ませてしまった方が早いよ」
 いまいちピンと来ていないらしく、ハナオは小首を傾げた。言っていることは一理あるのだが、それができれば苦労しない。
(毎日、新しい知識が入ってくるんだから……って、たしかに、かなり多いよな)
 自分で言っておいて今さらだが、改めて振り返れば、日々湧き水のようにハナオの口から流れ出てくる情報量は相当なものだ。しかも、まだ出てきていない知識もかなりのものだろうと予想できる。けれど彼が何かを見たり確認したりといったことは一度もない。
「ハナオは、全部覚えているのか?」
「っていうか、まず、僕はメモとかできないし」
 たしかにそうだ。紙にもペンにもさわれないのでは、脳みそに頼るしかない。
「記憶力がいいんだな。前から?」
「うーん、たぶん。ここまでじゃなかったけど、メモをとることができた頃から覚えるのは苦ではなかったと思うよ」
「……羨ましいヤツめ。どれだけ覚えてるんだ?」
「んー、全部? 読んだ本、聞いた話、訪れた土地の言語、すべて覚えている。言葉も風景も音も匂いも。記憶するしか手段はないし、時間はあり余っているからね。それに、新しいことを知るのはとても楽しいよ」
 キラキラと輝くような笑顔で言われては、水を差す気にもなれない。さらりと言われた知識量に半ば圧倒され、半ばあきれた。
(七十五年以上分、だよな……)
 俺はめまいすら覚えてカウンターに片肘をついた。
「そりゃよかったな。でも、さすがにもう目新しいことも少ないだろ?」
 毎日を〈喫珈琲カドー〉という小さな空間で過ごしている今は特に。
「え、なんで? まさか。毎日が新しい発見の連続だよ! 同じなんてこと一つもない」
 両手をにぎりしめて力説され、若干のけぞる。
「……まぁ、カドーの客は面白い人が多いからな」
「お客さんもだけど、僕にはミツが一番面白いよ!」
 そんなことを無邪気に言われて、俺はなんて返せばいい?
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