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3 豆と女神展 (2)

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 目的のコーヒー豆店は、やはり住宅街に隣接していた。とはいっても〈喫珈琲カドー〉とは違い、目の前には二車線の道路が走り、近辺にはスーパーマーケットやドラッグストア、飲食店や小売店が点在している。間口はさほど広くはないもののガラス張りの小ぎれいな外観で、〈コーヒービーンズ イコール〉と染め抜かれたひさしが客を迎える。
(……店って、普通はこうだよな)
 ガラス扉を押して中に入ると、来客を知らせるベルがカラカラと鳴った。
 隣でハナオが、くんくんと嗅ぐように鼻を鳴らし、深呼吸をしている。大きく息を吐き出した表情は、まるで上質なワインを味わうかのようだ。
「いらっしゃい」
 店の奥から声がかかる。五十代くらいの中年男性が、顔も上げずに机に向かって作業をしていた。
「〈喫珈琲カドー〉です。コーヒー豆を買いたいのですが」
 男性はようやく顔を上げて、少しだけ怪訝けげんそうな表情をした。
「……マスターが若返ったわけじゃないよな。彼はどうした?」
「孫の角尾かどお充嗣みつぐと申します。祖父が体調を崩したので、代わりに店に立っています。それで今日は、ご挨拶も兼ねてうかがいました」
「そう。若いのにえらいね。彼に、お大事に、って伝えて。――で、今日は何が欲しい?」
 男性は椅子いすから立ち上がると、エプロンをはたく。店内には他に客もスタッフも見当たらない。彼が店主だろうか。
 あらかじめハナオに言われてメモしたコーヒー豆の種類を読みあげる。ブラジルにコロンビア……あとは聞き慣れない名前がいくつか。
 店主だろう男性は頷いて準備を始めた。店内手前には褐色のコーヒー豆の入った大ぶりのガラス瓶がいくつも置かれているほか、ドリッパーやサーバー、ペーパーフィルター、それに見慣れない器具も売られている。その奥には側面に丸みのあるたるがいくつか。彼はその樽からコーヒー豆を取りだして測り、紙袋に入れていく。さらにその奥は作業台と円筒型の機械。あれが焙煎機か?
 あれこれと店内を見回している俺の横で、ハナオは男性を凝視しているようだった。――が、突然口を開く。
「どういうつもり? そんなことをするなら、こちらも今後の付き合いを考えざるを得ないよ」
 いつもより低く、怒気を含んだ声。何を口走ってるんだ?
「ミツ。悪いけど彼に伝えてくれる? なるべく怒った口調で」
 おもわず顔を向けてしまう。ハナオは店主であろう男性をにらみつけていた。早く、と戸惑う俺をハナオが急かす。仕方がない。俺はもう一度前に向き直った。
「……あの。どういうつもりですか? そういうことをなさるなら、こちらも今後の付き合い方を考えなければいけませんが」
 男性は樽から顔を上げて、まっすぐに俺を見つめた。
「そういうこと、とは?」
「言わなくてもわかるでしょ」
 ハナオが即座に応戦する。俺は男性から目を逸らさないで、もう一度ハナオの言葉を繰り返した。
 しばらく男性と俺――もといハナオは無言で睨み合っていた。事情を呑み込めない俺が目を逸らしそうになった頃、男性は相好そうごうを崩した。まるでにらめっこにでも負けたか、いたずらがバレた子どもみたいな顔だ。
「ははは、いや、悪かった。しっかし、さすがはカドーの孫だ、恐れ入ったよ。改めて自己紹介させてくれ。オレはこのコーヒー豆専門店〈コーヒービーンズ イコール〉の店主で種田たねだだ。今後とも良好な関係をよろしく頼む」
 男性――種田氏は、準備して樽のそばの棚に置いていた紙袋の一つを作業台へ移すと、俺の方へ歩み寄って手を差しだす。
「いいよ。立場ってものがあるからね」
 そう言ったハナオを横目で見ると、満足そうに微笑んでいた。何やら納得したようだが、さっぱりわからない。
「いいえ。こちらこそ、よろしくお願いします」
 求められるままに笑顔で握手あくしゅを交わす。ハナオのように笑えていたかは疑問だが、種田氏はやはり満足そうだ。手を離すと、再びきびすを返す。
「すまんが、ちょっと待ってくれ。一つ作り直さなけりゃいかんから」
「マンデリンももらえるー?」
 奥へ向かう彼の背中を、ハナオの追加注文が追いかけた。
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