上 下
7 / 42

3 豆と女神展 (1)

しおりを挟む
 〈喫珈琲カドー〉を開けはじめて一週間ほど経った頃。とうとういくつかのコーヒー豆のストックが残り少なくなった。客数はたかが知れているとはいえ、一日中はもたないかもしれない。
 祖父は豆の焙煎ばいせんを手がけていなかった。なじみの専門店が焙煎したものを、ストックの量を見ながら注文していたらしい。電話で宅配を依頼するのだろう。レジの横に店名と住所、電話番号を書いたメモが貼られていた。
「直接行ったら? 一度挨拶あいさつするべきだよ」
 そのメモを眺めていた時、ハナオが直接出向くことを提案してきた。提案というより後押しといった感じだ。俺もちょうど同じことを考えていた。
 かくして〈喫珈琲カドー〉は久々の休業日をとった。
 メモの住所はそれほど遠くない。二、三十分かかるが徒歩圏内だ。俺は少しほっとした。電車移動はまだしたくない。たとえ平日昼間の各駅停車でも。
 幸い快晴に恵まれ、久しぶりの外出も気分がいい。隣を歩くハナオの影のない足元を見ないようにして、雲一つない淡い青空を見上げた。
「ミツの目って、緑色なんだ?」
 顔を向けると、ハナオが目の前で覗き込むように背のびをしている。おもわず足を止めた。
(危ねぇな)
 ぶつかるだろ――いや、ぶつからないのか。まぎらわしい。
 俺は「あぁ」と呟き、ハナオをよけて再び歩き出す。ハナオは追いつくと隣に並んだ。
「隔世遺伝だよ。ばあちゃんが日本とフランスのハーフで、もっとずっと鮮やかできれいな緑色の目をしていたらしい」
 俺の目は微かに緑がかっている程度で、一見してあきらかに緑色だとはわからない。今みたいに日なたでよく見ない限り気がつかないだろう。実際、気づかれたのも久しぶりだ。他のパーツはどう見ても日本人なのに、なんで目だけ微妙に異国の要素が出てしまったのだか。
「そうは言っても、ばあちゃんはもうかなり前に亡くなっているから、俺は直接会ったことがないし、目の色も知らないんだけど」
 セピア色をした写真の中でなら見たことがある。ガラス作家だったというまだ若い祖母は、色素の薄い髪と負けん気の強そうな表情が印象的だった。祖父母が若かった時代でのあの外見は、苦労も多かったことだろう。
「素敵な色だよ。いいものをもらったね」
「……どうも」
 さらりと言われた言葉に、俺は少し照れた。祖母のようにあからさまではないおかげで特に苦労もなかったが、さりとて特別に褒められたこともない。今さらながら祖母から譲り受けたものが誇らしく感じられ、そう思う自分がなんだか気恥ずかしくて、俺は歩調を速めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

喫茶店オルクスには鬼が潜む

奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。 そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。 そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。 なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

雨降る朔日

ゆきか
キャラ文芸
母が云いました。祭礼の後に降る雨は、子供たちを憐れむ蛇神様の涙だと。 せめて一夜の話し相手となりましょう。 御物語り候へ。 --------- 珠白は、たおやかなる峰々の慈愛に恵まれ豊かな雨の降りそそぐ、農業と医学の国。 薬師の少年、霜辻朔夜は、ひと雨ごとに冬が近付く季節の薬草園の六畳間で、蛇神の悲しい物語に耳を傾けます。 白の霊峰、氷室の祭礼、身代わりの少年たち。 心優しい少年が人ならざるものたちの抱えた思いに寄り添い慰撫する中で成長してゆく物語です。 創作「Galleria60.08」のシリーズ作品となります。 2024.11.25〜12.8 この物語の世界を体験する展示を、箱の中のお店(名古屋)で開催します。 絵:ゆきか 題字:渡邊野乃香

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...