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第一部 キミのこないクリスマス・イヴ
第七話 見えない気持ち
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「ハロー、エブリバディ! メリー・クリスマス! ホワイト・クリスマスを期待していたのに、秋晴れのような気持ちのいい青空が広がっているね。晴れ男DJトミーがお送りするイヴの日の特番、ブチ抜きで午後八時までの十時間、みんなにクリスマス気分をたっぷりとお届けします。まずはオープニングの一曲。リクエストはラジオ・ネーム……」
番組のテーマソングに続き、軽快なクリスマス・ソングとともに番組がスタートした。
友也のオープニングトークはいつも以上に熱が入って、リスナーを番組に引き込んでいる。今日の番組に焦点を合わせて体調を整えてきたのだろう。
沙樹はPCの画面から目を放し、DJブースでしゃべっている友也見たさに視線を向けた。今まで見てきた番組の中で、一番の力の入れようだ。十時間続くのに初っ端から全開で、最後まで持つのか不安になる。
今朝局のロビーで偶然顔をあわせたとき、友也は昨夜のことを沙樹に謝った。
自信たっぷりの態度からは想像できないくらいに、そのときの友也は一回り小さく見えた。見たことのないくらいしょげた態度に沙樹の悪い癖が出る。
ワタルとの電話を遮ったこと、そのせいでふたりの間が拗れてしまったことを考えると絶対に許すつもりはなかった。だがあまりの悲愴感に加え、これから始まる特番を考えると、蟠りが番組の失敗を招きかねない。友也にいくらプロ根性があるといっても、昨日の今日では切り替えるのは難しいだろう。
ワタルに影響されたお人好しな部分が出てきて、沙樹は不本意ながら許すことにした。
「マジか、ありがてえっ。ああ、よかった。許してもらえて」
友也はつきものが落ちたように輝くような笑顔を浮かべ、「じゃあまたあとでなっ」と手をふる。そしてデスクに戻る沙樹と別れ、足取りも軽やかにスタジオに向かった。
スタート直後から元気いっぱいなのは、それが影響しているのかもしれない。
それに引き換え沙樹は、自分の気持ちにほんのわずかな変化を見つけてしまった。
――いや、無意識のうちにトミーさんのことを考えてるよ。沙樹が気づいてないだけで。
ワタルに指摘されたときは、それだけは絶対にないと心の中で否定した。だがロビーで友也を見かけたら、予想したほどの怒りが湧いてこなかった。加えて、許した後の笑顔が嬉しかったのは事実だ。
それは本当に、ワタルのお人好しが移っただけなのだろうか。
「西田、リクエストはどんな様子だ?」
「あ、はいっ。えっと……」
余計なことを考えていたせいで、和泉の質問に即答できなかった自分を恥じる。
今は何も考えず仕事に集中しよう。友也が気持ちを切り替えて集中しているのに、肝心の沙樹がこんな調子では、番組が失敗してしまう。
両手で軽く頬を叩き、沙樹はPCに映し出されるリクエストのチェックに戻った。
豪華なプレゼントの効果もあって、リクエストは普段以上に届き、スタッフの仕事もめまぐるしくなる。多忙な時間は沙樹を仕事に向けさせ、ワタルや友也との件をしばし忘れさせてくれた。
昼下がりに四十分ほど、曲をメドレーで流す時間になった。その間はDJの休憩時間に当てられる。
DJブースから出てきた友也は、和泉と簡単な会話を交わすと、リクエストをチェックしている沙樹を食事に誘ってきた。
「だめだめ。今のうちにメドレー明けのコーナーで読むメッセージを選ばないといけないでしょ。友也だって解っているじゃない」
「心配すんなよ。その仕事は和泉さんに頼んだら快く許してくれたんだ。沙樹がずっと根を詰めていたのは、みんなも気づいていたんだってさ。てことで、一緒に休憩しようぜ」
友也は沙樹の肩越しにパソコンの画面を覗き込んだ。その距離に車内で抱きしめられたことを思い出し、耳が熱くなる。
「さ、飯食いながら午後の部の打ち合わせしようぜ」
友也は穏やかにノートPCを閉じる。今のは瞬間的な胸の高まりだった。だがそれを知られたくなかったため、断るタイミングを逃した沙樹は渋々ながら友也と一緒にカフェテリアに移動した。
沙樹の勤めるFM局は、親会社であるテレビ局のワンフロアを間借りしている。社員食堂やカフェテリアは最上階にあり、遠くまで街が見渡せた。
「オープニングでも話たけど、今日はいい天気だな。ホワイト・クリスマスなんて望めそうにないくらい、きれいな青空が広がってる」
友也は窓際に立ち、地上を見下ろしながら話し始めた。
「おや、気の早い。開場時刻までまだあるのに、もうファンが集まり始めてるぜ」
「ファンって何の?」
「オーバー・ザ・レインボウだよ。今日あそこのホールでライブがあるんだ。確かツアー最終日のはずだ」
局から電車で一駅離れた場所にコンサートにも使われるドームがある。駅からの人の流れはこのフロアからも確認できた。今日は暖かいから、近くの公園やカフェでファン同士が集まって交流するのだろう。SNS時代だから、これが初顔見せの人たちもいるに違いない。
「そういや沙樹は、彼らと大学時代から知り合いだったよな」
「うん……」
「いいバンドだよな、オーバー・ザ・レインボウって。時代の流行りに流されずに自分たちのスタイルを貫いている。おれ、デビュー当時からファンなんだ。特番がなかったらライブに行きたかったぜ」
「……そうだね」
沙樹はコンサートホールへ流れる人の列を眺めながら、力なく返事をする。ワタルのことを思い出すと、どうしても気持ちが沈む。
「どうしたんだよ、今日は。いつもの元気がないじゃねえか」
友也は沙樹の正面に座りながら頬杖をつく。
「そ、そんなことないもん」
「あっ、もしかして彼氏と喧嘩したか?」
友也は自分が原因を作ったことを理解した上で挑発している。いつもの沙樹ならビシッと反論している。だがワタルに突き放されたかもしれないと思うと、挑発に乗る気力もない。
「まさか……」
「じゃああれか。彼氏が来るかどうか心配してんのか」
沙樹は力なく首を横にふった。
考えるまでもなく、ワタルが来ないことは解っている。仮にライブがなかったとしても、沙樹との交際を隠さねばならない状況で、姿を見せられるはずがない。
それだけではない。あのあといくら待っても、今日のデートについて電話もメールも入らなかった。その事実が、無言のうちに別れを告げられているように感じられた。
「まあ、彼氏が来なくても気にすんなよ。そんときゃおれについて来いって」
「彼が来なくても、あたしは友也について行きません」
「そう頑なに拒否するなって。おれはな、運命の女神が微笑みかけてくれそうな気がしてるんだ」
「女神は微笑みません。あたしが言うんだから間違いないの。しつこいのは嫌いだよ」
「そうかな。満更でもないと……」
沙樹がにらみつけると、友也は言葉を止めて頭をぼりぼりとかいた。
「解った。もう言わない。今は愛してもらえなくても、嫌われるのだけはごめんだから」
ちょうど運ばれてきたパスタを、友也は器用に食べ始めた。帰国子女だけあってか、ナイフやフォークの使い方は周りの誰よりも上手い。
あまり食欲がなかったが、このチャンスを逃すといつ食べられるか解らない。沙樹もサンドイッチを一口ほおばる。あまり味がしないが、今の気持ちでは仕方がない。
食事をしながら交わされる会話は、いつものように他愛のないものばかりに戻る。好きなアーティストの新曲、来日時にゲストに来てもらいたいという願い、英語で読んだ音楽雑誌の話――。
ずっとこういう関係を続けたかった。ない物ねだりだと解っていても沙樹はそう思う。気の置けない仲間、同じ目標を持った同士。それがたまたま異性だっただけで、友情という枠を超えて恋愛に発展しなくては維持できないとしたら、人生は悲しすぎる。
「ワム!の『ラスト・クリスマス』が流れてきたな。そろそろ休憩も終わりか」
スマートフォンで番組の進行をチェックした友也は、ポケットからメモを取り出して沙樹の前においた。
「これを四時台の始めに流してくれ。BGMにしてトークを入れるよ」
そう告げると、コーヒーを飲んでいる沙樹を残してスタジオに戻った。
番組のテーマソングに続き、軽快なクリスマス・ソングとともに番組がスタートした。
友也のオープニングトークはいつも以上に熱が入って、リスナーを番組に引き込んでいる。今日の番組に焦点を合わせて体調を整えてきたのだろう。
沙樹はPCの画面から目を放し、DJブースでしゃべっている友也見たさに視線を向けた。今まで見てきた番組の中で、一番の力の入れようだ。十時間続くのに初っ端から全開で、最後まで持つのか不安になる。
今朝局のロビーで偶然顔をあわせたとき、友也は昨夜のことを沙樹に謝った。
自信たっぷりの態度からは想像できないくらいに、そのときの友也は一回り小さく見えた。見たことのないくらいしょげた態度に沙樹の悪い癖が出る。
ワタルとの電話を遮ったこと、そのせいでふたりの間が拗れてしまったことを考えると絶対に許すつもりはなかった。だがあまりの悲愴感に加え、これから始まる特番を考えると、蟠りが番組の失敗を招きかねない。友也にいくらプロ根性があるといっても、昨日の今日では切り替えるのは難しいだろう。
ワタルに影響されたお人好しな部分が出てきて、沙樹は不本意ながら許すことにした。
「マジか、ありがてえっ。ああ、よかった。許してもらえて」
友也はつきものが落ちたように輝くような笑顔を浮かべ、「じゃあまたあとでなっ」と手をふる。そしてデスクに戻る沙樹と別れ、足取りも軽やかにスタジオに向かった。
スタート直後から元気いっぱいなのは、それが影響しているのかもしれない。
それに引き換え沙樹は、自分の気持ちにほんのわずかな変化を見つけてしまった。
――いや、無意識のうちにトミーさんのことを考えてるよ。沙樹が気づいてないだけで。
ワタルに指摘されたときは、それだけは絶対にないと心の中で否定した。だがロビーで友也を見かけたら、予想したほどの怒りが湧いてこなかった。加えて、許した後の笑顔が嬉しかったのは事実だ。
それは本当に、ワタルのお人好しが移っただけなのだろうか。
「西田、リクエストはどんな様子だ?」
「あ、はいっ。えっと……」
余計なことを考えていたせいで、和泉の質問に即答できなかった自分を恥じる。
今は何も考えず仕事に集中しよう。友也が気持ちを切り替えて集中しているのに、肝心の沙樹がこんな調子では、番組が失敗してしまう。
両手で軽く頬を叩き、沙樹はPCに映し出されるリクエストのチェックに戻った。
豪華なプレゼントの効果もあって、リクエストは普段以上に届き、スタッフの仕事もめまぐるしくなる。多忙な時間は沙樹を仕事に向けさせ、ワタルや友也との件をしばし忘れさせてくれた。
昼下がりに四十分ほど、曲をメドレーで流す時間になった。その間はDJの休憩時間に当てられる。
DJブースから出てきた友也は、和泉と簡単な会話を交わすと、リクエストをチェックしている沙樹を食事に誘ってきた。
「だめだめ。今のうちにメドレー明けのコーナーで読むメッセージを選ばないといけないでしょ。友也だって解っているじゃない」
「心配すんなよ。その仕事は和泉さんに頼んだら快く許してくれたんだ。沙樹がずっと根を詰めていたのは、みんなも気づいていたんだってさ。てことで、一緒に休憩しようぜ」
友也は沙樹の肩越しにパソコンの画面を覗き込んだ。その距離に車内で抱きしめられたことを思い出し、耳が熱くなる。
「さ、飯食いながら午後の部の打ち合わせしようぜ」
友也は穏やかにノートPCを閉じる。今のは瞬間的な胸の高まりだった。だがそれを知られたくなかったため、断るタイミングを逃した沙樹は渋々ながら友也と一緒にカフェテリアに移動した。
沙樹の勤めるFM局は、親会社であるテレビ局のワンフロアを間借りしている。社員食堂やカフェテリアは最上階にあり、遠くまで街が見渡せた。
「オープニングでも話たけど、今日はいい天気だな。ホワイト・クリスマスなんて望めそうにないくらい、きれいな青空が広がってる」
友也は窓際に立ち、地上を見下ろしながら話し始めた。
「おや、気の早い。開場時刻までまだあるのに、もうファンが集まり始めてるぜ」
「ファンって何の?」
「オーバー・ザ・レインボウだよ。今日あそこのホールでライブがあるんだ。確かツアー最終日のはずだ」
局から電車で一駅離れた場所にコンサートにも使われるドームがある。駅からの人の流れはこのフロアからも確認できた。今日は暖かいから、近くの公園やカフェでファン同士が集まって交流するのだろう。SNS時代だから、これが初顔見せの人たちもいるに違いない。
「そういや沙樹は、彼らと大学時代から知り合いだったよな」
「うん……」
「いいバンドだよな、オーバー・ザ・レインボウって。時代の流行りに流されずに自分たちのスタイルを貫いている。おれ、デビュー当時からファンなんだ。特番がなかったらライブに行きたかったぜ」
「……そうだね」
沙樹はコンサートホールへ流れる人の列を眺めながら、力なく返事をする。ワタルのことを思い出すと、どうしても気持ちが沈む。
「どうしたんだよ、今日は。いつもの元気がないじゃねえか」
友也は沙樹の正面に座りながら頬杖をつく。
「そ、そんなことないもん」
「あっ、もしかして彼氏と喧嘩したか?」
友也は自分が原因を作ったことを理解した上で挑発している。いつもの沙樹ならビシッと反論している。だがワタルに突き放されたかもしれないと思うと、挑発に乗る気力もない。
「まさか……」
「じゃああれか。彼氏が来るかどうか心配してんのか」
沙樹は力なく首を横にふった。
考えるまでもなく、ワタルが来ないことは解っている。仮にライブがなかったとしても、沙樹との交際を隠さねばならない状況で、姿を見せられるはずがない。
それだけではない。あのあといくら待っても、今日のデートについて電話もメールも入らなかった。その事実が、無言のうちに別れを告げられているように感じられた。
「まあ、彼氏が来なくても気にすんなよ。そんときゃおれについて来いって」
「彼が来なくても、あたしは友也について行きません」
「そう頑なに拒否するなって。おれはな、運命の女神が微笑みかけてくれそうな気がしてるんだ」
「女神は微笑みません。あたしが言うんだから間違いないの。しつこいのは嫌いだよ」
「そうかな。満更でもないと……」
沙樹がにらみつけると、友也は言葉を止めて頭をぼりぼりとかいた。
「解った。もう言わない。今は愛してもらえなくても、嫌われるのだけはごめんだから」
ちょうど運ばれてきたパスタを、友也は器用に食べ始めた。帰国子女だけあってか、ナイフやフォークの使い方は周りの誰よりも上手い。
あまり食欲がなかったが、このチャンスを逃すといつ食べられるか解らない。沙樹もサンドイッチを一口ほおばる。あまり味がしないが、今の気持ちでは仕方がない。
食事をしながら交わされる会話は、いつものように他愛のないものばかりに戻る。好きなアーティストの新曲、来日時にゲストに来てもらいたいという願い、英語で読んだ音楽雑誌の話――。
ずっとこういう関係を続けたかった。ない物ねだりだと解っていても沙樹はそう思う。気の置けない仲間、同じ目標を持った同士。それがたまたま異性だっただけで、友情という枠を超えて恋愛に発展しなくては維持できないとしたら、人生は悲しすぎる。
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