上 下
7 / 22
第一部 キミのこないクリスマス・イヴ

第七話 見えない気持ち

しおりを挟む
「ハロー、エブリバディ! メリー・クリスマス! ホワイト・クリスマスを期待していたのに、秋晴れのような気持ちのいい青空が広がっているね。晴れ男DJトミーがお送りするイヴの日の特番、ブチ抜きで午後八時までの十時間、みんなにクリスマス気分をたっぷりとお届けします。まずはオープニングの一曲。リクエストはラジオ・ネーム……」
 番組のテーマソングに続き、軽快なクリスマス・ソングとともに番組がスタートした。
 友也のオープニングトークはいつも以上に熱が入って、リスナーを番組に引き込んでいる。今日の番組に焦点を合わせて体調を整えてきたのだろう。
 沙樹はPCの画面から目を放し、DJブースでしゃべっている友也見たさに視線を向けた。今まで見てきた番組の中で、一番の力の入れようだ。十時間続くのにしょぱなから全開で、最後まで持つのか不安になる。

 今朝局のロビーで偶然顔をあわせたとき、友也は昨夜のことを沙樹に謝った。
 自信たっぷりの態度からは想像できないくらいに、そのときの友也は一回り小さく見えた。見たことのないくらいしょげた態度に沙樹の悪い癖が出る。
 ワタルとの電話をさえぎったこと、そのせいでふたりの間がこじれてしまったことを考えると絶対に許すつもりはなかった。だがあまりの悲愴感に加え、これから始まる特番を考えると、わだかまりが番組の失敗を招きかねない。友也にいくらプロ根性があるといっても、昨日の今日では切り替えるのは難しいだろう。
 ワタルに影響されたお人好しな部分が出てきて、沙樹は不本意ながら許すことにした。
「マジか、ありがてえっ。ああ、よかった。許してもらえて」
 友也はつきものが落ちたように輝くような笑顔を浮かべ、「じゃあまたあとでなっ」と手をふる。そしてデスクに戻る沙樹と別れ、足取りも軽やかにスタジオに向かった。
 スタート直後から元気いっぱいなのは、それが影響しているのかもしれない。
 それに引き換え沙樹は、自分の気持ちにほんのわずかな変化を見つけてしまった。

 ――いや、無意識のうちにトミーさんのことを考えてるよ。沙樹が気づいてないだけで。

 ワタルに指摘されたときは、それだけは絶対にないと心の中で否定した。だがロビーで友也を見かけたら、予想したほどの怒りが湧いてこなかった。加えて、許した後の笑顔が嬉しかったのは事実だ。
 それは本当に、ワタルのお人好しが移っただけなのだろうか。
「西田、リクエストはどんな様子だ?」
「あ、はいっ。えっと……」
 余計なことを考えていたせいで、和泉の質問に即答できなかった自分を恥じる。
 今は何も考えず仕事に集中しよう。友也が気持ちを切り替えて集中しているのに、肝心の沙樹がこんな調子では、番組が失敗してしまう。
 両手で軽く頬を叩き、沙樹はPCに映し出されるリクエストのチェックに戻った。
 豪華なプレゼントの効果もあって、リクエストは普段以上に届き、スタッフの仕事もめまぐるしくなる。多忙な時間は沙樹を仕事に向けさせ、ワタルや友也との件をしばし忘れさせてくれた。


 昼下がりに四十分ほど、曲をメドレーで流す時間になった。その間はDJの休憩時間に当てられる。
 DJブースから出てきた友也は、和泉と簡単な会話を交わすと、リクエストをチェックしている沙樹を食事に誘ってきた。
「だめだめ。今のうちにメドレー明けのコーナーで読むメッセージを選ばないといけないでしょ。友也だって解っているじゃない」
「心配すんなよ。その仕事は和泉さんに頼んだら快く許してくれたんだ。沙樹がずっと根を詰めていたのは、みんなも気づいていたんだってさ。てことで、一緒に休憩しようぜ」
 友也は沙樹の肩越しにパソコンの画面を覗き込んだ。その距離に車内で抱きしめられたことを思い出し、耳が熱くなる。
「さ、飯食いながら午後の部の打ち合わせしようぜ」
 友也は穏やかにノートPCを閉じる。今のは瞬間的な胸の高まりだった。だがそれを知られたくなかったため、断るタイミングを逃した沙樹は渋々ながら友也と一緒にカフェテリアに移動した。
 沙樹の勤めるFM局は、親会社であるテレビ局のワンフロアを間借りしている。社員食堂やカフェテリアは最上階にあり、遠くまで街が見渡せた。
「オープニングでも話たけど、今日はいい天気だな。ホワイト・クリスマスなんて望めそうにないくらい、きれいな青空が広がってる」
 友也は窓際に立ち、地上を見下ろしながら話し始めた。
「おや、気の早い。開場時刻までまだあるのに、もうファンが集まり始めてるぜ」
「ファンって何の?」
「オーバー・ザ・レインボウだよ。今日あそこのホールでライブがあるんだ。確かツアー最終日のはずだ」
 局から電車で一駅離れた場所にコンサートにも使われるドームがある。駅からの人の流れはこのフロアからも確認できた。今日は暖かいから、近くの公園やカフェでファン同士が集まって交流するのだろう。SNS時代だから、これが初顔見せの人たちもいるに違いない。
「そういや沙樹は、彼らと大学時代から知り合いだったよな」
「うん……」
「いいバンドだよな、オーバー・ザ・レインボウって。時代の流行りに流されずに自分たちのスタイルを貫いている。おれ、デビュー当時からファンなんだ。特番がなかったらライブに行きたかったぜ」
「……そうだね」
 沙樹はコンサートホールへ流れる人の列をながめながら、力なく返事をする。ワタルのことを思い出すと、どうしても気持ちが沈む。
「どうしたんだよ、今日は。いつもの元気がないじゃねえか」
 友也は沙樹の正面に座りながら頬杖をつく。
「そ、そんなことないもん」
「あっ、もしかして彼氏と喧嘩けんかしたか?」
 友也は自分が原因を作ったことを理解した上で挑発している。いつもの沙樹ならビシッと反論している。だがワタルに突き放されたかもしれないと思うと、挑発に乗る気力もない。
「まさか……」
「じゃああれか。彼氏が来るかどうか心配してんのか」
 沙樹は力なく首を横にふった。
 考えるまでもなく、ワタルが来ないことは解っている。仮にライブがなかったとしても、沙樹との交際を隠さねばならない状況で、姿を見せられるはずがない。
 それだけではない。あのあといくら待っても、今日のデートについて電話もメールも入らなかった。その事実が、無言のうちに別れを告げられているように感じられた。
「まあ、彼氏が来なくても気にすんなよ。そんときゃおれについて来いって」 
「彼が来なくても、あたしは友也について行きません」
「そうかたくなに拒否するなって。おれはな、運命の女神が微笑みかけてくれそうな気がしてるんだ」
「女神は微笑みません。あたしが言うんだから間違いないの。しつこいのは嫌いだよ」
「そうかな。満更でもないと……」
 沙樹がにらみつけると、友也は言葉を止めて頭をぼりぼりとかいた。
「解った。もう言わない。今は愛してもらえなくても、嫌われるのだけはごめんだから」
 ちょうど運ばれてきたパスタを、友也は器用に食べ始めた。帰国子女だけあってか、ナイフやフォークの使い方は周りの誰よりも上手い。
 あまり食欲がなかったが、このチャンスを逃すといつ食べられるか解らない。沙樹もサンドイッチを一口ほおばる。あまり味がしないが、今の気持ちでは仕方がない。
 食事をしながら交わされる会話は、いつものように他愛のないものばかりに戻る。好きなアーティストの新曲、来日時にゲストに来てもらいたいという願い、英語で読んだ音楽雑誌の話――。
 ずっとこういう関係を続けたかった。ない物ねだりだと解っていても沙樹はそう思う。気の置けない仲間、同じ目標を持った同士。それがたまたま異性だっただけで、友情という枠を超えて恋愛に発展しなくては維持できないとしたら、人生は悲しすぎる。
「ワム!の『ラスト・クリスマス』が流れてきたな。そろそろ休憩も終わりか」
 スマートフォンで番組の進行をチェックした友也は、ポケットからメモを取り出して沙樹の前においた。
「これを四時台の始めに流してくれ。BGMにしてトークを入れるよ」
 そう告げると、コーヒーを飲んでいる沙樹を残してスタジオに戻った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて

須賀マサキ(まー)
ライト文芸
 芸能界のトップアイドル浅倉梢と、人気バンドのギタリスト北島ワタルの熱愛報道が日本中を駆け巡った。ワタルの恋人の沙樹はそれ話を聞き、とてつもなく不安に襲われる。最近はお互いの仕事が忙しく、電話することすらままならないからだ。  会えない時間が長すぎて、ワタルは沙樹を捨て、そばにいる魅力的なアイドルを選んだのか。  報道と同時に連絡の途絶えたワタルを捜し、沙樹は行動を始める。そこにある真実を求めて。そんなが沙樹の前にハヤトという魅力的な学生が姿を現した。沙樹は彼に心を揺さぶられ、だんだん自分の気持ちに自信が持てなくなるが……。     ☆  ☆  ☆  アルファポリス専用アプリで、縦書き表示してお読みすることをお勧めします。電子書籍と同じ感覚で読めるように編集しています。

地球のために

須賀マサキ(まー)
ライト文芸
夏休み直前に出された宿題に戸惑うハヤト。毎日を精一杯生きる中学生には、なかなか思いもよらないテーマだった。 宿題の行方を片隅におきつつ、ハヤトと仲間たちは中学二年の夏休みを、恋愛やバンド活動をして楽しく過ごす。 そしてひと夏を終えたとき、ハヤトの得たものとは?   ☆  ☆  ☆ ロックバンドのメンバーとその仲間たちを描いた「オーバー・ザ・レインボウ」シリーズの番外編です。 『あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて』でキーパーソンとなるハヤトを主人公にした話です。『あなたの……』の大きなネタバレを含んでいるので、未読の方は読後にお読みすることをお勧めします。

【完結】Trick & Trick & Treat

須賀マサキ(まー)
青春
 アルファポリス青春ジャンルで最高4位を記録しました。応援ありがとうございます。  バンド小説『オーバー・ザ・レインボウ』シリーズ。  ハロウィンの日。人気バンドのボーカルを担当している哲哉は、ドラキュラ伯爵の仮装をした。プロのボーカリストだということを隠して、シークレット・ライブを行うためだ。  会場に行く前に、自分が卒業した大学のキャンパスに立ち寄る。そこで後輩たちがゲリラライブをしているところに遭遇し、群衆の前に引っ張り出される。  はたして哲哉は、正体がバレることなく乗り切れるか?!  アプリを使って縦読み表示でお読みいただくことをお勧めします。

狼になりたい

須賀マサキ(まー)
青春
いつも女子三人組に振り回されてばかりの直貴。店にあったハロウィンマスクを見たのがきっかけで、狼のように強くなって、彼女たちの執事役から抜け出そうと決意した。 そんなとき、奏音という音大生にデートに誘われる。 ところがデート当日になって、とんでもないトラブルに巻き込まれる。 バンド小説「オーバー・ザ・レインボウ」シリーズの一作です。 他の作品を読んでいなくてもわかるように書いていますので、お好きな順番でお読みください。   ☆  ☆  ☆ 縦書き表示推奨。アルファポリスさん専用アプリを使えば、簡単に表示できます。

きみに伝えたいこと

須賀マサキ(まー)
ライト文芸
「死ぬとき」の気持ちが知りたくて、おれは真冬の雪の中に、薄着で飛び出した。凍える空気の中に立っていると、本当に死んでしまうのではないとか思う瞬間がやってきた。 そのときおれは、あるものを見た。 それが何か、きみに伝えたい。   ☆  ☆  ☆ ホラミス大賞エントリ中の小説『ゆきおんな』のスピンオフです。 よろしければ二つの作品を読んでいただきたいと思っています。 気に入ったら、『ゆきおんな』への投票をお願いします。   ☆  ☆  ☆ あの夜、武彦が玲子に送ったメールという設定で書いています。本文に名前は出てきませんが、「おれ=武彦」、「玲ちゃん=玲子」を表します。 この二人の関係は『ライブ喫茶ジャスティのバレンタインデー』の最初の方を読めばわかります。 もちろん単独で読んでも大丈夫。雰囲気を味わっていただければ嬉しく思います。

【完結】ライブ喫茶ジャスティのバレンタインデー

須賀マサキ(まー)
ライト文芸
今日はバレンタインデー。おれは自分の店であるライブ喫茶ジャスティを、いつものように開店した。 客たちの中には、うちでレギュラー出演しているオーバー・ザ・レインボウのバンドメンバーもいる。入れ代わり立ち代わり店にやってきて、悲喜交々の姿を見せてくれる。 今年のバレンタインデーは、どんなことが起きるだろう。 いずれにしても、みんなにとっていい一日になりますように。

寒い夜だから

須賀マサキ(まー)
ライト文芸
塾講師のバイトを終えたワタルは、いつものようにいきつけの喫茶ジャスティを訪れる。そこにいたのは沙樹だった。普段ならこんな遅い時間に見かけることはない。 違和感を覚えながらも話しかけると、沙樹から思わぬ答えが返ってきた。 それを聞いたワタルは、自分の本当の気持ちに少し気づき始める。   ☆  ☆  ☆ オーバー・ザ・レインボウシリーズです。 結婚話を書いたあとですが、時間を戻して大学時代のエピソードを書きました。 今回はふたりが互いの気持ちに気づき始めるきっかけとなったエピソードです。   ☆  ☆  ☆ ほっこりじんわり大賞の関係で、エピローグのみ6月中に公開しました。 先に公開した『夕焼けと花火と』の連載終了後に続きを公開していきますことをご了承ください。

雨の庭で来ぬ君を待つ【本編・その後 完結】

ライト文芸
《5/31 その後のお話の更新を始めました》 私は―― 気付けばずっと、孤独だった。 いつも心は寂しくて。その寂しさから目を逸らすように生きていた。 僕は―― 気付けばずっと、苦しい日々だった。 それでも、自分の人生を恨んだりはしなかった。恨んだところで、別の人生をやり直せるわけでもない。 そう思っていた。そう、思えていたはずだった――。 孤独な男女の、静かで哀しい出会いと関わり。 そこから生まれたのは、慰め? 居場所? それともーー。 "キミの孤独を利用したんだ" ※注意……暗いです。かつ、禁断要素ありです。 以前他サイトにて掲載しておりましたものを、修正しております。

処理中です...