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エピローグ
エピローグ(一)
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ワタルと浅倉梢の熱愛報道は、その後マスコミの話題に上ることはなかった。あっけないほど世間の関心はほかの芸能人に移り、ワタルにも日常が戻る。
ワタルが帰京して一週間後、春に始まるドラマに浅倉梢の主演が決まった。主題歌にはオーバー・ザ・レインボウの新曲、劇内で使われるBGMは過去の曲をピアノ中心にアレンジして使いたいというオファーが入る。
嫌がらせも熱愛報道も、梢やオーバー・ザ・レインボウの活動には何の影響も与えなかった。
――実力があるからこそ日の当たる場所にいられる。
ハヤトの言葉に間違いはなかった。
☆ ☆ ☆
長期休暇後に初出社した日、和泉は笑顔で迎えてくれた。
「今日からは今まで通り、バリバリ働いてもらうからな。休んでた間の分も取り返してくれよ」
和泉はニヤリと口元を歪め、大量の書類を沙樹に渡す。
「おまえさんが休んでる間にたまった仕事だ。企画書に、議事録に……。よく解るように、印刷しておいたからな。あ、そうそう。それ以外にもメールもたまってるはずだから、忘れずにチェックしろよ」
「ええーっ?」
「忘れたのか。帰る場所と仕事は残しておくと言っただろう」
捨て台詞を残して、和泉はスタジオに向かった。
「い、和泉さんの、鬼っ」
沙樹は書類の束をデスクに置いた。
「お帰り、沙樹。元気になってよかったね」
頬杖をつき、若干不貞腐れながら資料を流し読みしていると、裕美が声をかけてきた。
「ありがと。体調はよくなったけど、仕事の山に凹み気味よ。いくら『残しておく』と言ったからって、これだけ渡されたら、残業しても追いつけないじゃない」
「ドンマイ、ドンマイ。よく見て。印刷された分は、全部終わった仕事よ。休んでいる間にこれだけ進んだって意味で、和泉さんがあたしに印刷させたの」
「えっ?」
束ねられた書類をひとつ手に取り、表紙を見た。確かに済印が押されている。どれもこれも同じだ。
「うう。和泉さんに遊ばれてる」
泣き真似をする沙樹を宥めるように、裕美はクッキーを書類の束の上に置いた。
「それにしても、風邪をきっかけに二週間の休暇なんて、思い切ったことをしたわね」
「あれは、行きがかりの上なのよ」
「なんでもいいじゃない、休めるときに休まなきゃ。ところでその笑顔はなによ? 泣き真似してても、幸せオーラが溢れているわよ。休んでる間に彼氏ができたの?」
「な、何よ、急に」
沙樹はあせって否定したものの、隠しているのがもったいないような気分だ。
「なーんてね。沙樹に恋人なんているわけないか。あんたって仕事と結婚してる女だもん」
「っと。自分で言っておいて否定する?」
沙樹は思わずデスクに突っ伏す。そんなことにはおかまいなく、裕美は人差し指で沙樹の肩をつついた。
「それより、この前の約束覚えてる?」
「約束?」
「オーバー・ザ・レインボウのメンバーに紹介くれるって言ったでしょ。まさか忘れちゃいないよね」
熱愛報道を裕美に教えられた日のことだった。どさくさに紛れて交わされてしまった約束を、沙樹は今になって思い出す。
「今週の収録に立ち会わせてよ。それだけでいいからぁ」
「和泉さんにはなんて説明するの?」
「将来DJの仕事もしたいから、勉強のために立ち会いたい。そう言えば大丈夫だって」
「そんなので、あの切れ者和泉が納得するかな」
「納得させるの、絶対に。沙樹、これはあなたに与えられた大きな使命なのよ!」
裕美はオーバー・ザ・レインボウのメンバーと話すために必死だ。沙樹はその迫力に負けて、約束を守ることになった。
「ああ、なんて莫迦な約束しちゃったんだろ」
頭を抱えながら今度はメールをチェックする。予想以上に資料が送られていた。これではしばらく残業続きだ。
沙樹は大きくため息をつきながら、タブレットを取り出し、ハヤトに紹介されたバンドをリストアップする。新企画の提案書だ。
番組の目的を入力していると、ハヤトを思い出す。今日もバイトと勉強に追われながら、弾き語りの練習をしているだろうか。
企画が通って番組が実現したら、なるべく早いうちにゲストに呼びしたい。心からそう願いながら、沙樹はPCに彼らの魅力を入力する。
そして一週間後。沙樹はいつものように、あらかじめ番組に届いたリクエストとメッセージのリストをチェックしていた。DJブースでは、哲哉と弘樹が番組を収録している。いつもと変わらない風景の中に、ひとつだけ違う点があった。
機材の前でニュース原稿を持っているのは裕美だ。本来なら専用のスタジオでニュースを読むのだが、この日はここで待機している。和泉はしぶしぶながら、沙樹の申し出を許してくれた。裏に裕美の指示があったことは、見抜かれているに違いない。
裕美は収録中の哲哉と弘樹に熱い視線を送っている。約束だから紹介はしよう。
「あとのことは知らないからね」
裕美の背中にそうつぶやくと、沙樹はメッセージをDJブースのタブレットに送信した。
☆ ☆ ☆
ワタルが帰京して一週間後、春に始まるドラマに浅倉梢の主演が決まった。主題歌にはオーバー・ザ・レインボウの新曲、劇内で使われるBGMは過去の曲をピアノ中心にアレンジして使いたいというオファーが入る。
嫌がらせも熱愛報道も、梢やオーバー・ザ・レインボウの活動には何の影響も与えなかった。
――実力があるからこそ日の当たる場所にいられる。
ハヤトの言葉に間違いはなかった。
☆ ☆ ☆
長期休暇後に初出社した日、和泉は笑顔で迎えてくれた。
「今日からは今まで通り、バリバリ働いてもらうからな。休んでた間の分も取り返してくれよ」
和泉はニヤリと口元を歪め、大量の書類を沙樹に渡す。
「おまえさんが休んでる間にたまった仕事だ。企画書に、議事録に……。よく解るように、印刷しておいたからな。あ、そうそう。それ以外にもメールもたまってるはずだから、忘れずにチェックしろよ」
「ええーっ?」
「忘れたのか。帰る場所と仕事は残しておくと言っただろう」
捨て台詞を残して、和泉はスタジオに向かった。
「い、和泉さんの、鬼っ」
沙樹は書類の束をデスクに置いた。
「お帰り、沙樹。元気になってよかったね」
頬杖をつき、若干不貞腐れながら資料を流し読みしていると、裕美が声をかけてきた。
「ありがと。体調はよくなったけど、仕事の山に凹み気味よ。いくら『残しておく』と言ったからって、これだけ渡されたら、残業しても追いつけないじゃない」
「ドンマイ、ドンマイ。よく見て。印刷された分は、全部終わった仕事よ。休んでいる間にこれだけ進んだって意味で、和泉さんがあたしに印刷させたの」
「えっ?」
束ねられた書類をひとつ手に取り、表紙を見た。確かに済印が押されている。どれもこれも同じだ。
「うう。和泉さんに遊ばれてる」
泣き真似をする沙樹を宥めるように、裕美はクッキーを書類の束の上に置いた。
「それにしても、風邪をきっかけに二週間の休暇なんて、思い切ったことをしたわね」
「あれは、行きがかりの上なのよ」
「なんでもいいじゃない、休めるときに休まなきゃ。ところでその笑顔はなによ? 泣き真似してても、幸せオーラが溢れているわよ。休んでる間に彼氏ができたの?」
「な、何よ、急に」
沙樹はあせって否定したものの、隠しているのがもったいないような気分だ。
「なーんてね。沙樹に恋人なんているわけないか。あんたって仕事と結婚してる女だもん」
「っと。自分で言っておいて否定する?」
沙樹は思わずデスクに突っ伏す。そんなことにはおかまいなく、裕美は人差し指で沙樹の肩をつついた。
「それより、この前の約束覚えてる?」
「約束?」
「オーバー・ザ・レインボウのメンバーに紹介くれるって言ったでしょ。まさか忘れちゃいないよね」
熱愛報道を裕美に教えられた日のことだった。どさくさに紛れて交わされてしまった約束を、沙樹は今になって思い出す。
「今週の収録に立ち会わせてよ。それだけでいいからぁ」
「和泉さんにはなんて説明するの?」
「将来DJの仕事もしたいから、勉強のために立ち会いたい。そう言えば大丈夫だって」
「そんなので、あの切れ者和泉が納得するかな」
「納得させるの、絶対に。沙樹、これはあなたに与えられた大きな使命なのよ!」
裕美はオーバー・ザ・レインボウのメンバーと話すために必死だ。沙樹はその迫力に負けて、約束を守ることになった。
「ああ、なんて莫迦な約束しちゃったんだろ」
頭を抱えながら今度はメールをチェックする。予想以上に資料が送られていた。これではしばらく残業続きだ。
沙樹は大きくため息をつきながら、タブレットを取り出し、ハヤトに紹介されたバンドをリストアップする。新企画の提案書だ。
番組の目的を入力していると、ハヤトを思い出す。今日もバイトと勉強に追われながら、弾き語りの練習をしているだろうか。
企画が通って番組が実現したら、なるべく早いうちにゲストに呼びしたい。心からそう願いながら、沙樹はPCに彼らの魅力を入力する。
そして一週間後。沙樹はいつものように、あらかじめ番組に届いたリクエストとメッセージのリストをチェックしていた。DJブースでは、哲哉と弘樹が番組を収録している。いつもと変わらない風景の中に、ひとつだけ違う点があった。
機材の前でニュース原稿を持っているのは裕美だ。本来なら専用のスタジオでニュースを読むのだが、この日はここで待機している。和泉はしぶしぶながら、沙樹の申し出を許してくれた。裏に裕美の指示があったことは、見抜かれているに違いない。
裕美は収録中の哲哉と弘樹に熱い視線を送っている。約束だから紹介はしよう。
「あとのことは知らないからね」
裕美の背中にそうつぶやくと、沙樹はメッセージをDJブースのタブレットに送信した。
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